深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第99話です、戦闘メイン回。


第99話 Far away 遠き友よ

――2599年 U-NASA

 

「ありがとうな、こんな時間に」

「構やしねぇよ。どうせ毎日これくらいまで仕事仕事だ」

 

 話したいことがある。

 

 高校(ハイスクール)からの腐れ縁の男と、何故か職場で出会った。

 それも、外部の客ではなくあからさまに身内側である、といういで立ちで。

 困惑する俺に、奴が説明したいと言って待ち合わせ場所に選んだのは、訓練用の広場だった。

 

「で、なんでここにいやがる。俺なんぞより立派なトコに務めてたんじゃねえのかよ、優等生サマよ」

 

 昔から、いけ好かないヤツだった。

 

 勉学でもスポーツでも、どれだけ努力しても俺の上を行きやがる。

 自分は優秀だと言う自負があった。

 なのにアイツにはいつも勝てなかった。

 

 その癖して、「お前が羨ましい」などと抜かしやがった。

 

 最初にそれを言われた時には、取っ組み合いの喧嘩になったものだ。

 勿論、怒りに我を失った俺が掴みかかる形で。

 

「あの時はさ、悪かった」

「テメェのそういうとこが嫌いなんだよ」

 

 お前が謝る理由がどこにある。

 むしろ、そうするべきは俺の方だ。

 俺がそう思っていることまで理解してなお、自分が謝るような奴だった。

 

「……んな話は今はいい、時間の無駄だ。とっとと本題に入れ」

 

 震えるように寒い、冬の夜だった。

 澄み渡る空に、満点の星が輝いていた。

 

 その天頂に輝く緑の星を眺めながら、奴は笑った。

 大学の合格通知を二人して恐る恐る確認した時のような、真夜中にいきなりガキができたと報告してきた時のような、らしくもない砕けた表情だった。

 

――俺、宇宙飛行士になれるんだ。

 

 俺は、あの時アイツを祝福してやるべきだったのか。

 それとも、殴り倒してでも止めるべきだったのか。

 

 何度自分に問いかけてみても、明確な答えは出なかった。

 

―――――

 

 

――オリエントスズメバチ

 学名『Vespa orientalis』

 

 地上に覇を唱える生命種、ヒト。

 我ら、彼らは文明を維持し発展させるための莫大なコストを賄うべく、常にエネルギーを得る手段を模索し続けてきた。

 

 そうしてたどり着いたの答えの一つが『再生可能資源を利用したエネルギー供給』である。

 地熱や水流、風。

 自然から定常的に供給される資源を利用した、電力の供給。

 供給量やタイミングこそ不安定であるが、化石資源などとは異なり枯渇の可能性が限りなく低いものを使用したそれらは、2620年現在では電力供給の一角を担っている。

 

 だが。

 人が頭脳の限りを尽くして生み出した技術を、大自然の設計図は遥か昔より運用していたという事実が判明したのは、およそ600年前のことであった。

 

 

「な、に……?」

 

 肉体、頭脳共に旧時代の遺物。

 その存在を知ってから現在に至るまで、ランベールはセドリックのことをそう認識していた。

 

 ランベールがU-NASAへと潜り込み、上層部を掌握し今この場に立つまでに、わずか数日しか経っていない。

 たとえ、内乱によって壊滅状態に陥ったアポリエール家の中から新たに選ばれた枢機卿であったとしても。

 その地位でさえ、本来選ばれなかった身を彼らの背後に立つ存在が掬い上げたものであったとしても。

 

 たかがこの程度、アポリエール家上級司祭の力を以てすれば事足りるのだ。

『紫色の枢機卿』。

 教団において情報戦略を担当する部門の最高位たる存在。

 持てる能力を存分に振るい、ランベールはU-NASAの機密情報へとアクセスすることで迅速に組織を侵していった。

 

「馬鹿な」

 

 U-NASA上層部の個人データは、ランベールが最初に把握した情報である。

 どのような経歴の人間であるのか。どのような部門に属しているのか。接触するには、どのような手段を用いるのが望ましいか。

 

 当然ながら、上層部のひとりであるセドリックの経歴にもランベールは目を通している。

 U-NASAで公的にバグズ手術を受けたにも関わらず、バグズ二号計画には不参加であったという情報までも。

 だが『手術ベースが何であるのか』という部分には厳重な情報規制が施されていた。

 

「……時代遅れの旧式が、何故……」

 

 やろうと思えば、ある程度の時間こそかかるものの情報を手にすることができていただろう。

 だがランベールは、深い追究をしなかった。

 何故ならば『セドリックはバグズ手術の被験者である』という情報は、何ら意味の無いものであると考えていたからだ。

 

 バグズ手術。

 旧式の人体改造術であり、肉体に組み込める生物は昆虫に限定されている。

 そして昆虫型に限られるならば、その特性のバリエーションは決して広いものではない。

 

 戦力として有用であろう多くは強力な顎や毒針を活かした近接戦闘能力の高い種が殆どであり、特殊な特性といってもせいぜいが毒液の噴霧や寄生バチなどに代表される宿主の行動操作といったところだろう。

  

 であれば、何も問題はない。

 ランベールはそう考えていた。

 せいぜい戦える兵士が一コマ増えるだけ。寄生生物の類だったとしても、最新鋭のαMO手術によって大幅に強化されている己の特性による支配権を超えることなどないだろう。

 

 そして肉弾戦となれば、それこそ負ける道理はない。

 行動をコントロールした操り人形たちによる人海戦術。

 高度な再生能力を持つ生物たちを手術ベースとしている上、痛みも死も恐れない宣教団。

 

 これらの戦力を用いれば、たとえセドリックが敵対的姿勢を取ったとしても、赤子の手を捻るように殺すことができる、と。

 

 

「──がっ!?」

 

 バチリ、と空気が爆ぜる音が響く。

 瞬間、セドリックに猛然と襲い掛かった宣教団のひとりが、体から煙を噴き上げ床に崩れ落ちる。

 再生能力は機能せず、それどころか痙攣を続ける体は異形へと変質し、そのまま活動を止めた。

 

「どうした、ご自慢の最新鋭技術ってのはこんなモンか?」

 

 四肢を捥がれようと平然と戦線復帰できるだけの再生能力を宿した一団が、またひとり無力化される。

 特性発現の核、体内深くに隠されたMOを焼き切られるという形で。

 

 

 

──時に暖かく時に苛烈な太陽の光は、生物の生存にとって必須であると同時に過ぎれば害を及ぼす存在でもある。

 その事実を指し示すように、彼らが属するスズメバチの殆どは日が差していながらもそれが生命活動に支障をきたさない強さとなる早朝に活動する。

 

 だが、彼らのみは違った。

 日差しが最も苛烈な日中に最も活発な活動を示し、縦横無尽に生息域を飛び回る。

 

 なぜこの種だけが、そのような生態を有しているのか?

 

 

 

「こんな、ことが……有り得るわけ……あり得ていいわけがありませんねェ!!」

 

 ランベールの怒声に呼応するかのように、宣教団が、ランベールに操られもはやまともな思考能力を失ったU-NASA上層部の人間たちが一斉にセドリックへと躍りかかる。

 

 対するセドリックは、ただその場に立ち止まった。

 怒涛のように押し寄せる、殺意の波。

 

 心を静かに保ち、距離を測り、接敵まで3、2、1。

 

 

 瞬間。

 人為変態によって得た甲皮が。

 茶と黄色、スズメバチを象徴するふたつの体色がぼう、と輝き。

 

 一面の光景が、稲光に霞む。

 

 

「……は?」

 

 

 呆然と呟くランベールの傍には、もはや誰も控えてはいなかった。

 その場に残されたのは、ぶすぶすと煙を立ち上らせる屍のみ。

 

 

『太陽光発電』。

 それこそが、バグズ二号計画において一度手術ベースとして選ばれながらも選外とされた昆虫、オリエントスズメバチの最も特異な性質である。

 

 太陽光が強ければ強いほど活発に動く。

 その生態に疑問を抱いた研究者たちが彼らを解剖した結果、驚くべき事実が判明した。

 

 茶の外骨格。

 それは、自然の芸術としては驚くほどに精巧な『集光装置』。

 紫外線を吸収する色素、メラニンを成分として多数含む上、光を効率的に捕獲する微細な溝を備えたその組織は、受けた太陽光のわずか1%しか反射していなかったのだという。

 

 黄の外骨格。

 それは、明確な実証こそされていないものの光を受けることで電気を生成するとされる色素、キサントプテリンを多量に含んだ『発電板』。

 

 これらを用いて、彼らは太陽光を電気へと変換し活動のためのエネルギーに使用しているのだという。

 

「判断が遅え。少しの想定外ですぐに焦りやがる」

 

 ハッ、と鼻で笑う声が、思考の沼に嵌ったランベールの耳に届く。

 馬鹿な、電気? 時代遅れの技術で、外見的特徴からしても昆虫であるというのに?

 ランベールの疑問は、決しておかしなものとは言えなかった。

 仮にオリエントスズメバチと言う生物を知っていたとしても、セドリックが放った一撃は、不自然なものであったからだ。

 

 デンキウナギ、デンキナマズといった発電生物と異なり、オリエントスズメバチの生成する電気はとても攻撃に用いることができるような量ではない。

 

 その疑問に答えるのが、セドリックの背から生成された羽に絡みつくかのような奇怪な金属線と、その根元となる背中に接続された装置だった。

蜜蝋の翼(イカルス・オリエンタリス)』。

 それこそが、本来であれば攻撃的な電撃に用いることなど不可能であるはずのオリエントスズメバチの電気を最大限に増幅するための装備である。

 特殊な集光器官と増幅装置によってその電気生成を強力に補助し、戦闘に堪えるものとして運用する。

 

「……で、どうする? 命乞いでもしてみるか?」

「なるほど、なるほど! これはこれは、少し油断していたようです」 

 

 ランベールの剣となり盾となるはずの配下は、早くも全滅してしまった。

 だが、セドリックの挑発にランベールが返したのは意外な反応であった。

 

「……ふう、いけないいけない。枢機卿とも、次期教皇ともあろう者が、少し冷静さを失ってしまっていました」

 

 この絶対絶命の危機といえる状況で、ランベールの顔からは焦りが消えていた。

 怪訝そうに眉をひそめるセドリックをよそに、邪教の枢機卿は一歩、また一歩と自分からセドリックへと近づいていく。

 

「貴方、もう電気を放つことができないでしょう?」

 

 セドリックに向けて投げかけた言葉は、質問というよりは答え合わせとでも言いたげな様子であった。

 確信を込めてランベールは尋ねる。

 

「ええ、エエ。回答がいただけるなどと期待はしていません。確証があるので、わざわざ聞く必要もありませんがね」

「必死に隠しているようですが、息が切れかけていますね?」

 

 そして彼はセドリックを指で示し、その態度の根拠をひとつ、また一つと挙げていく。

 

「先ほどから電撃を放つたびに、貴方の表情は険しくなっていた。なるほど、自慢げにこちらに向けてきたその装備は急ごしらえの失敗作のようだ」

「……」

 

「出力こそ大したものですが、己の身をも焼く諸刃の剣。そうでしょう?」

「旧型の手術を用いている上特性の行使に多大な負担を強いるあなたの身体は短時間の戦闘にしか耐えられない。それでも私の宣教団と同僚の皆さんを屠るとは、褒めて差し上げますが」

 

 雷に焼かれ、煙を吹き上げる死体の数々。

 だが、それは敵対者だけではない。

 セドリックの身もまた同時に所々が焼け焦げ、痛ましい痕を刻んでいる。

 それは紛れもない、己の電撃が身を苛んでいる証である。

 

「もしまだ電撃を放てるのならば、今この瞬間にでも私へと向けているはずです。違いますか? ええ、違わないでしょう!」

 

 ランベールの顔には、再び嗜虐の笑みが浮かんでいた。

 アポリエールという家系が積み上げてきた、人心掌握術。

 その中には、付け入る相手を探すための人間観察の手管も多分に含まれている。

 

 肉体的に、精神的に追い込まれている人間にはどのような特徴があるのか。どのような反応を示すのか。

 腐肉の臭いを敏感に嗅ぎつける蠅が如き、邪教の嗅覚。

 それを以てして、ランベールは今こうして相対した男が弱り切っていることを理解していたのだ。  

 

 

 

「考えてもみてください。貴方は所詮ただの人間。電撃を放つ昆虫とは驚きましたが、それも結局は旧式の産物」

 

 一歩、一歩と距離を詰める。

 

「一方の私は人類の最先端を行く選ばれし者、ニュートンの一角。貴方とは土台からして違うのですよ」

 

 セドリックの5歩前で立ち止まり、ランベールは両腕をすっと上げる。

 その両腕が幾何学模様を描くかのような奇怪な動きを取り、ぴたりと一点で止まる。

 

「……さっきからピーピーと喧しいな。結局何が言いてえんだ」

「はぁ。なにやら冷静ぶっているようですが、所詮は品の無い劣等種。口汚くて仕方ない」

 

 吐き捨てるような調子のセドリックの言葉にも、もはやランベールは動じなかった。

 

 毒蛇を彷彿とさせる独特の構え。

 それこそは、既に表の世界では失伝して久しい、印度の裏社会に伝わる古代武術。

 

「いいでしょう、簡単に説明して差し上げます」

 

 醜い肉塊が蠢く、表皮が半透明に透ける右腕。

 それこそは、槍の一族が積み上げたMO技術の到達点がひとつ。

 一瞬の接触でさえ脳を侵す無数の虫体を送り込める、αMO手術、その一分野における特性の極点。

 

「この戦いは一瞬で終わるでしょう。貴方風情が私に勝てる道理など、塵一つも無いわけですねェ!!」

 

 うねる蛇のような軌道で伸ばされた右腕が、消耗したセドリックの喉を貫かんと狡猾に迫る。

 

 

 

―――

「……何故ですか、ニュートン博士! どうして俺を外したんですか!」

 

 ようやく許された面会の席は、酷く剣呑な空気に包まれていた。

 それがモニター越しでなければ掴みかかっていたであろう勢いで、セドリックは計画の最高責任者を問い詰める。

 

「手術を受けた! 適性訓練の結果だって、参加者の平均を超えていたはずだ! だと言うのに……!」

 

『その通りだ、セドリック君。だがね、こちらにも事情というものがある』

『君が力を宿した昆虫は、貴重な性質を有している。おいそれともしかしたら(・・・・・・)身に危険が及ぶかもしれない現場に投入するわけにはいかないのだよ』

 

 煙に巻くような言葉に、セドリックはぎりと歯を噛みしめる。

 目の前の男は、真実を語っていない。

 

 もしかしたら。

 此度の計画は、それで済ませられるような安全なものではない。

 

 実態がわかっているからこそ、自分は志願したというのに。

 だがそれを発言してしまえばどうなるか、という自覚もまた、彼にはあった。

 

 火星への人類派遣計画。移住に適しているかの調査任務。

 表向きは平和的なものだと職員たちには知らされていた調査地が、実は怪物の蔓延る地獄である……という情報は、セドリックが表沙汰にできない手段で入手したものであったのだから。

 

「この“特性”が実験台として役立つなら、俺以外の誰かに改めて埋め込めばいい。どうか、ご再考を……」

『……ふむ。これは伝えようか悩んだのだがね』

 

 

 抗弁するセドリックに向けられたのは、少しの思考を挟んだ後の尊大な、だがどこか憐れむような声だった。

 葉巻を咥えた画面先の男は、セドリックに何かを告げようとして。

 

「……俺が博士に嘆願したんだ。お前をメンバーに入れないように、と」

 

 彼の言葉を、セドリックの背後からの声が遮った。

 

「博士。ここからは私が説明します」

『ふむ、そうかね。私としては別に構わないが』

 

 声の主に、その言葉に思考が停止したセドリックを間に挟んで短いやり取りが行われる。

 

「それで、なんだが──」

「なん、のっ……つもりだ……! ドナテロォォォ!!」

 

 そして、セドリックの怒りは爆発した。

 背後を振り向くなり、その場に立っていた男の……彼にとっての唯一の友の襟首を力任せに掴み、引き寄せそのまま顔へと拳を見舞う。

 

 その拳を受けた友は、よろめくことすらしなかった。

 これだけ怒りに満ちていたのに身体からは力が抜けてしまっていたのか、もはやセドリックには思い出せない。

 

「キャプテンとか言われて随分と舞い上がってるみたいだな、アア!? そんなに俺に一方的に勝ちたいのか!? 先に宇宙飛行士になってやったぜ、お前なんかより俺の方が優秀だ、ってよ! 昔っから、どんだけ努力してもお前の方が上だったってのに、こんな時にも並ぶ事すら許さねえってか!?」

 

「……すまない、セドリック」

 

 何を、謝る必要がある。

 お前はいつだってそうだ。

 悪いの俺の方だってのに。

 お前が何を考えてその判断をしたのか、わかっていたのに。

 

 それを理解してるクセして、なんでお前の方が謝りやがるんだ。

 

「頼みたいことがある……いや」

 

 セドリックの過去は怒りと不満に満ちている。

 なぜお前はそうなんだ。

 いつもいつも、面倒ごとを押し付けてきやがる。

 皆の人気者だったクセに、性分も態度も悪い俺にわざわざ声をかけてきやがる。

 俺なんかに、人を信じ切った目を向けてきやがる。

 

「お前にしか、頼めないんだ」

 

 だからこそ、彼は。

―――

 

 

 ぼとり、と床に何かが落ちた。

 

 

 

 脈打つ肉塊を湛えた、棒状の肉。

 

「ぎああぁぁァァッ!?」

 

 ランベールの、右腕である。

 それを成したのは、二十年もの年月を研ぎに研がれた刃。 

 

「……はぁ。知らなかったのかよ」

「っ、っ……!」

 

 もはや、戦闘行為の一環である回避行動ですらない。

 最大の武器を失ったランベールは、反射的に逃避のため背後へと飛びずさる──

 

 

「スズメバチってのはよ、強いんだぜ」

「ぐ、げ」

 

──ことは、できなかった。

 

 強引に足を踏みつけられ、その場に磔にされる。

 次いで左胸を毒針が刺し貫く。

 秒と経つか経たぬかという早業である。

 

「そんでもって、だ。俺は物事を勝手に決めつけて話を進めるヤツが嫌いだ。ついさっき言ったばかりだと思うがな?」

 

 じたばたと藻掻く左腕からは、もはや戦意はすっかりと失われていた。

 この動きは、捕食者に押さえつけられ必死に逃れようとする哀れな獲物のそれでしかない。

 

「ま、テメェの言うことも間違っちゃいないがな。俺は火星にゃ行けなかった」

「あ、ぁ……」

 

 日差しが一層強く降り注ぐ。

 セドリックの甲皮が、再び薄ぼんやりと光を放ちはじめる。

 

「計画を止めることも、俺自身(てめぇ)を無理やり参加者にねじ込むこともできなかった負け犬だ」

「……どうか、お慈悲、を」

 

 パリ、パリ、と細かく空気が弾ける音。

 それは、ランベールの予測に対する回答であると同時に、死刑宣告の合図でもある。

 

「でもよ、そんな負け犬にもな……番犬くらいはできるってもんだろ?」

「そ、そうです! 私を捕虜とすれば、貴方たちが望む情報をいくらでも提供できるのではないでしょうか!アポリエールの枢機卿として、この私が有する情報の価値は一聞に値すること間違いなく──」

 

 お得意の観察眼で、セドリックが利く耳などもっていない事をランベールはよく理解できていた。

 恐怖の涙で歪みきった視界には、不満に満ちた表情が写っていた。

 

 

「教えてやる。電気を使わなかったのは……こうして、テメェを直にぶちのめしたい気分だったから、それだけだ」

 

『U-NASAの猟犬』と恐れ蔑まれた部隊、第七特務支局。

 その、創始者の表情が。

 

「あ、あ、アアアアアァァァァァ!!」

 

 そして、懇願を引き裂くように、胸を貫く針を伝って雷が流し込まれる。

 それは、この戦いにおいて何もかもの予想を外したランベールが唯一言い当てた予想通り。

 一瞬の決着だった。

 

 

 

 

「……ハァ。年長者にあんま肉体労働させんなよな……」

 

 一面に屍の転がる会議室で、セドリックは力なく床に背を預ける。

 此度の戦い、経過からとてもそうとは伺えないが、セドリックにとっては薄氷を渡るような勝利であった。

 

 彼の身を焼いた己自身の電撃は、専用装備に欠陥があるわけではなく元来そのようなコンセプトで作られている。

 最低限命を落とさない程度の防電装置、それ以外の全てを発電効率の向上に当てた、短期決戦に特化した兵装。

 

 

 敵が怒りに我を忘れ一斉攻撃を仕掛けて来ることなく、有力な戦力である宣教団をひとりひとりぶつけて消耗戦に持ち込まれていれば。

 

 少なくとも、この場は撤退を強いられていたかもしれない。

 つまるところ此度の勝敗を左右したのは、敵の指揮官の愚策であった。

 

「こっから面倒なコトになるってのによ」

 

 改めて部屋を見回し、セドリックは深く溜息をつく。

 自分が殺めた、同僚たちの遺体。

 

 ランベール曰く、脳に不可逆の侵蝕を受けていたのだからどうしようもなかった。

 そして戦闘で切り落とした右腕と状況を説明すれば、己が罪に問われることもないだろう。

 

 しかしながら、U-NASAという組織の活動はしばらくは封じられてしまったと考えてもいいだろう。

 念の為戦力を外に逃がしておいたのは、僥倖だったかもしれない。

 

 これからU-NASAは上層部を立て直すまで軍か政府かの麾下に加わることになるだろう。

 そうなれば、非常事態であるとはいえ犯罪者を主体とする第七特務や日本との外交関係に影響してくる第二班を動かすことは難しくなるかもしれない。

 

 さてこの状況に如何にしたものか。

 まったく、本当に面倒ごとを押し付けてくれやがる。

 

 いつものように愚痴を吐いて、だが同時に、小さく笑って。

 セドリックは再び、U-NASAの権力にしがみ付き続けるべく思考を巡らせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

──これは罠だ、と理性が告げている。

──突き進め、と本能と魂が告げている。

 

 通路の陰に、ごく一瞬だけ、ちらりと人影が見えた。

 

 

 フィンランド、エウラヨキ第一生物工学研究所。

 それは、第七特務と日本第二班の連合軍が、とある一区画を目指し進んでいる最中のことであった。

 目指していたのは、中央管制室。

 途中の部屋で見つけた施設全体の概略図から把握した、この施設全体の監視、防衛設備の管制を司る部屋である。

 施設の入り口に置いた監視役からは、目標が脱出しているという報告は受けていない。

 さらに言えば、合同で任務に当たるローマ連邦側の戦力との合流も必要である。

 

 だが標的と味方を発見するため、迷宮のようなこの研究所をしらみつぶしに探して回るのはあまりにも無謀だ。

 故に、施設全体を捕捉する目である管制室を乗っ取る、という判断に至ったのであった。

 

 だが。

 

 

「……隊長。申し訳ございません」

 

 彼だけが、それを視認できた。

 この中で最も高い動体視力と身体能力を有する、彼だけが。

 無謀であるとわかっていた。

 味方にとって、それが理不尽で迷惑極まりない選択であるともわかっていた。

 

 だが。

 それは、彼の宿願であり、第七特務へと身をやつした理由そのものであったのだ。

 

 そしてただ、一言だけを告げ。

 彼──クロヴィスは、俊輝と健吾から離れ、ひとり別の通路へと身を躍らせた。

 




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