色々ある展開。
「第一通路、異常なし」
「第二通路、異常なし」
「武器庫、異常なし」
岩に囲まれた大広間で、無数の通信機がその業務を果たしていた。
続々と報告される『異常なし』。それを満足げに聞くのは、占い師風の怪しいローブに身を包んだ黒人の男。
アントニー・ウェリントン
裏マーズランキング:未定
強固な甲殻とMO手術ベース特有の武器として尾の部分を転用した剣を持つ『アメリカカブトガニ』をベースに持つ、『裏切り者』の幹部の一人。
この火星の司令基地の一つを任された男にして、かつてU-NASAの職員だった男。
そんな彼は、火星の小山を掘りだして作った巨大な要塞の指令室で悠然と椅子に座っていた。
現在も大きな問題は無い。あるとすれば、ドイツ班の襲撃を命じた鳥類ベースの部隊からの連絡が途切れた事くらいだ。
「……見える、かの男が捉えられ、我々の兵器として利用されているのが」
懐から取り出した水晶玉をのぞき込み、なにやらぶつぶつと話しかけている様子に、周囲で護衛をしている部下達は何も言えない。
「さあ、攻撃部隊からの報告を待とう。そして、万が一侵入者が現われたところで、この城を崩す事など不可能。我々は安全な所から祈っていればいい」
アントニーの言葉に間違いなどなかった。この基地は、無数のMO手術を受けた部隊で強固に防衛され、多数設置された監視カメラは侵入者の姿を逃がさない。攻略しようと思えば、裏アネックス計画の精鋭部隊でも大きな被害を出す事になるだろう。
自分達の持つ力の意味をよく理解しているアントニーと部下達は、そこから動く事なく静かに動向を見ていた。
―――――――
「あーあ、それにしても人使い荒いよな。どうせ敵なんて来るわけないんだから適当にサボろうぜ」
「ここに攻め込んでくる奴なんてよっぽどの死にたがりか狂人だよな」
岩をくりぬいた通路を、『裏切り者』の二人の男が哨戒のため歩いていた。
巧妙に山に隠れたこの基地が発見される可能性は低い。だがしかし、この基地は非常に広く、警戒に多くの人員を割く必要があった。内部も複雑で、その全容を知る人間はそういない。自分の警備範囲を知っておくのが関の山だ。
この二人もそうで、ひたすら薄暗い通路を往復するのに飽き、壁にもたれて座りこんでいた。
「……ん?なんだこりゃ」
一人が首をかしげる。ふと目を上げた天井に、何やら透明な液体のようなものが流れていたからだ。
奇妙な光景だったが、それは自分が飲んだ酒のせいだ、と無理やり納得し、再び目線を落とす。
団欒している二人は、全く気がつかなかった。その透明な液体が集結し、監視カメラを包み込んでそのまま圧壊させた事に。
――――――――
「うわっ、冷たっ!」
足元を、粘性の強い水のような何かが流れている。それに気がついた一人が、異常を報告した。
それは設置された通信システムによってすぐに報告される事になった。
だが、返ってきた答えは、『タンクから水漏れしているんだろうから直してこい』。
面倒だな、と思いながらも通路を進み、飲料水用のタンクの整備に向かおうとしていた『裏切り者』の一人は、奇妙な事態に陥っていた。
自分の仕事は、このあたり一帯の通路の警備と施設設備の整備。
だというのに、飲料水用タンクの位置が、わからない。
どの通路を曲がればいいのか、どこの階段を上って行けばいいのか、記憶が頭から抜け落ちている。
しかも頭痛までしてきた。働き過ぎなのだろうか。一旦医務室に行った方がいいのだろうか。
踵を返し、医務室に向かおうとする。だが。
「……あれ?」
その記憶から、医務室の位置はすでに消えていた。
――――――
「あれ、お前、なんでこんな所にいるんだ?」
「いやいや、お前こそ。ここは俺の担当場だぜ?」
「なあ、武器庫ってどっちだっけ」
「そこを左に……右だったか?」
「おい、水漏れしてるぞ! しかも監視カメラが故障してる!」
「修理器具もってこい!」
「どこにあるんだそれはよお!」
「あ? 俺が知るわけねえだろうが!」
基地のあらゆる所で、混乱が起こっていた。
ある者は他者の持ち場に迷い込み、またある者は頭痛や吐き気などの体調不良を訴え医務室へと向かう。
だが、その医務室の位置がわからない。
これだけなら、集団食中毒だのなんだので済んだのかもしれない。だがしかし、今は状況が違っていた。
監視カメラが、次々と壊されている。
そして、混乱の渦に巻き込まれ、冷静な思考能力を失っている『裏切り者』達に足元や天井を這う謎の液体を気にかける、などという事ができるわけもなく。
「お前ら! 何やってやがるんだ!」
次々と監視カメラが壊れていくという異常な状況に、指令室のアントニーから怒号が浴びせられる。
だが、理解を超えた状況に直面して混乱と怒りに満ちている部下達はそれを無視したり怒鳴り返したりと、もうすでにそれは組織の体を成してはいなかった。
「……恐らくヤツが来やがったな」
指令室でも、不安を感じた数人が騒ぎ出す。だが、アントニーはあくまで冷静だった。
これは敵襲に違いない。しかも、自分が狙っていた大物だ。
ローブの奥で笑みを浮かべるアントニー。
指令室にいる部下達は、その笑みを見る事こそできなかったが、自信に溢れる自分達のリーダーを見て、少しだけ落ち着きを取り戻していた。
「全員、落ち着けェ! ひとまずは自分の持ち場を離れるな。怪しい奴がいたらすぐに報告するんだ!」
アントニーは少しの違和感を感じていた。普通なら、侵入者は自分の近くの監視カメラを破壊するし、そもそも遠くのものはできないだろう。だが、今回は違った。全く繋がりの無い場所の監視カメラが、ランダムに破壊されていく。1階中央部のものが破壊されたと思ったら、次は2階西端のものだ。
敵は一体、どこにいるのだろうか。侵入者が複数という可能性も考えられるが、それでも普通に考えて部下達が一人たりとも怪しい人間を見ていないというのはおかしい。
「俺が戦う事になるかもしれないな」
アントニーは水晶玉を眺め、ため息をついた。
この基地は複雑極まりない構造のため、この最上階にある指令室に敵が辿りつくにはかなりの時間がかかるだろう。それまでに、部下達と接触せずに来ることなど不可能。だがしかし、得体の知れない不安があるのだ。
――――
「おい、お前、どこに行こうとしている? 持ち場はどこだ?」
アントニーの命令どおり持ち場で待機していた『裏切り者』の一人が、上階に向かおうとする男を呼びとめた。確か、詳しくは思い出せないが、階をまたいで持ち場を持っている人間はいなかったはず。
医務室も一階に一つはあったはず。そもそも、男の衣装は自分達のものとは違う……はず。
「取りに行くのだよ」
「何をだ」
「君達の大将の首さ」
直後、『裏切り者』は見た。男が何かを口に含むのを。
それを境に、凄まじい頭痛、吐き気、目の痛みや体内の異常など、体中を狂わされ、意識は闇に消え去った。
―――-
「馬鹿な……監視カメラは全滅、これだけの数がいながら敵の正確な正体すら把握できない」
少し苛立っているアントニーに、周囲の部下達はかける言葉もない。目を潰された以上、できる事は、通信をつかって状況を聞く事ばかり。だが、どの場所でも返答は要領を得ず、どこか夢の中にでもいるかのようだ。
しかし、直後に指令室の入り口から現われた姿を見て、それは夢などでない事に気づかされる。
「やあ諸君、元気かな?」
入口の壁という壁を埋め尽くし侵入してくるアメーバと、その中心に立つ人間。
白衣の科学者だ。ひょいと手を上げて挨拶をするその姿にはどこかコミカルなものがあったが、丸眼鏡の内にある目は冷酷な光を持っている。
「裏アネックス第五班班長……ヨーゼフ……!」
それを見て、アントニーはうめき声混じりの声をあげる。
彼が捕縛すべき対象であり、『裏切り者』最大の敵である
その圧倒的な存在感は、ただでさえ冷たい指令室の温度をさらに下げていた。
「何故……こんなにも速くここに?」
アントニーが問いかける。単純に、謎だったのだ。
この複雑な迷路をここまで速く攻略できたのが。
「簡単な事だよ。体の一部を壁に這わせれば、基地の形くらい簡単に把握できるさ」
軽く言い、ヨーゼフは自分の背中から展開しているアメーバを指差す。
そう、ヨーゼフは基地の壁にアメーバを這わせ、その型をとっていたのである。
これにより、迅速に基地の内容を知る事ができた。
「部下達の異常も貴様の仕業だな……!」
「ネグレリア・フォーレリ、あのアメーバを部下達の体内に送り込み、異常を引き起こして混乱させる。立派な戦略だ。だがな……」
余裕綽々のヨーゼフを嘲笑うように、アントニーは『薬』を摂取して彼のベースである『アメリカカブトガニ』の尾が変化した剣を持ってヨーゼフに突撃する。
それを動く事なくアメーバの壁で自分とアントニーを遮り防御するヨーゼフだったが、アントニーは部下達に起こったような精神と肉体の異常を感じている様子も無くアメーバを攻撃し、切り裂く。
「クククッ、俺はお前の対策としてここにいるんだぜ?」
『アメリカカブトガニ』にはある特徴があるのだ。
それは、あらゆる病原体に対して高い抵抗性を持っているというものである。
特殊な血球が、体内に侵入した病原体を阻むのだ。
それは人間の脳を喰らう『ネグレリア・フォーレリ』といえど例外ではない。
高い抵抗力によって病原体を無効化し、その頑丈な体と剣により本体を叩く。
確かに、相性としてはすばらしいものがある。『ネグレリア・フォーレリ』相手なら完封できるだろう。
だが。それは、ヨーゼフのたった一言で崩れ去る事となる。
「昨日の朝食はなんだったか覚えているかね」
一瞬、ごく一瞬だがアントニーはそのくだらない質問を頭で反復し、思考する。
昨日の朝食。この基地に新鮮な食べ物なんてあまりない。だから淡白な宇宙食だったか。
いや、贅沢をして地球から持って来た生の食材を食べたのだろうか。
おかしい。何故だ。何故思いだせない?
記憶に穴が空き、それを否定しようと別の事柄を思いだそうとする。故郷の家族の顔。ケンカした友人の顔。商売敵の顔。
何も、浮かんでこない。頭の中が空白になっていく。何故? 対策は完璧だったはず。脳を喰うバクテリアなんて、自分のベースの力が通さないはず。おかしい。嘘だ。
言葉が生まれては消えていく。明らかに攻撃の手が鈍り、アントニーの体は次から次へと襲い来るアメーバに押し返されていく。
「一つ面白い話をしてあげよう」
ヨーゼフが、体勢を変えないまま人差し指を持ちあげ、提案するようなポーズをとる。
「MO手術による変態というのは、『人間大のベース生物』が一つ出来上がるのであって、『大量にベースとなった生物を生み出す』などという事はできない」
それは、致命的なミスだった。ネグレリア・フォーレリはヨーゼフ自身なのだ。
その体から新たに元のサイズのネグレリア・フォーレリを生み出す事などできない。
だったら、目の前の化物は一体何をして身体異常を引き起こしていた?
「それにもう一つ。ネグレリア・フォーレリは水棲のアメーバだ。もし仮に生み出す事ができても、空中散布は全く効果がない。それに、私の体の何倍もデカイのは明らかにおかしいだろう」
二つ目は、対ネグレリア・フォーレリを想定していたアントニーが見落としていた事。
ネグレリア・フォーレリは水中のアメーバであり、人間への感染も水を介して行われる。
それを空中散布したところで、人間に感染するわけがない。
そしてあくまでMO手術でできあがるのは、『人間サイズのネグレリア・フォーレリ』。
それ以下のサイズになることもないはずだ。
もう何もわからなくなってきた。記憶の欠落に気がついたのを皮切りにするかのようにさまざまな症状が体を襲う。アンソニーはヤケクソになって叫んでいた。
「見える、見えるぞ! 貴様がこれまでに殺めて来た罪なき魂が、貴様の背中にとりついている……!」
それは、ヨーゼフの過去を抉るためだ。
これで少しでも動揺し、隙を見せてくれれば。
アンソニーのささやかな願いだったが、ヨーゼフの反応は予想だにしないものだった。
「そうか、私は、まだ許されていないんだな……」
ヨーゼフは、首を振って自分の背後を振り返り、心底安心したかのように微笑んでいたのだ。
そのどこか狂気を感じさせる様子に、アントニーは心の底から恐怖を感じていた。
――――――
ヨーゼフは、アントニーの言葉をたとえ嘘だったとしても信じたかった。
自分がかつて殺めてしまった彼らが自分を許さないのであれば、自分はそれを償うために戦い続ける事ができる。
心の弱い自分は、許されたとわかってしまえば、自ら死を選ぶだろうから。
過去は償わなければならない。だが、過去を見続けてはいけない。自分は、未来を救って償うのだ。
過去を清算する? 自分が十分に良い事をしたら、自分が殺した罪の無い彼らの事は無かった事になるとでも? ハイ人の為になることしたから君達は私への怨み忘れてね、と言う権利があるとでも?
一人、また一人とその記憶は浮上し、ヨーゼフの頭に明確な姿を見せる。
―――ミゲル、君はとても真面目な子だったね。いつでもみんなを引っ張ってくれていた。
――-ソーニャ、君は芯の強い子だった。皆を守って最初に実験材料になったのは君だった。……すまない。
―――アベル、君はいつもヤンチャをして皆を困らせていたっけな。……注意ばかりしていたが、そんな君を見るのは少し楽しかったよ。
「なんなんだよ、お前は……やめろ、来るな、来るなあ!」
背後を振り返って独り言を言いながら近づいてくるヨーゼフに、アントニーは後ずさりしながら逃げている。
もう、この場に正常な人間などいなかった。
あるのは、ただ狂気と贖罪に彩られた人間のみ。
そして、ヨーゼフはとっくの前に『薬』を使っていた。
アメーバが変形しては元に戻り、時々ラッパの様な形の器官が姿を見せる。
『SYSTEM:
ヨーゼフ本人が開発した最高傑作のひとつにして、日本と独逸の最高技術を組み合わせた狂気の結晶体。
その能力は、生物が一生の内にとる姿をいくつでも同時に体の別々の部位に発現できるというもの。
ただ、普通のベース生物にはこれは必要ない。そんないくつもの形態を持ち、それら全てが戦闘に適した能力を持つ生物など、ほぼ存在しないからだ。
『ネグレリア・フォーレリ』とて、普通の生物の範疇でしかない。いくつかの形態はあるものの、それは日本に供与されたプロトタイプで十分に使いこなせるレベルである。
ではなぜ、こんなオーバースペックなものを作ったのか。
この専用装備は、ヨーゼフの
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その体から放出される毒素は、水中の生物に等しく死を与え、人間にもさまざまな障害を引き起こす。
しかし、その生物はそれだけの単純な存在ではなかった。
外敵から身を守るために数百倍のサイズへと変形し、毒で弱った獲物を発見すれば追う為に泳ぎに適した形に変化し、植物プランクトンを喰らいその葉緑体を取り込んで植物のような生活を送ったりする。
餌が無くなれば水中で静かに眠り、その形態は硫酸すらものともしない耐性を有する事すら可能である。
生き抜くために進化を重ね、あらゆる状況に適応できるようにその姿を増やし、24もの姿を持つその生物は瞬く間に水域を支配し、死を撒き散らす。
魚の死骸に溢れた水域などにはどんな興味があろうと絶対に近づいてはならない。
そこはもはや、猛毒と彼らの支配する楽園へと姿を変えているのだから。
「君はなぜか最後まで私になついていたな。プレゼントをしてくれて、それを無碍にしてしまった事を覚えている」
一人一人思いだし、最後に頭に浮かんだのは、一人の少女だった。
一度たりとも忘れたことの無い記憶が浮かびあがり、頭の中の空白を埋めていく。
それは、αMO手術開発主任にして最初の被術者、狂人と恐れられた天才の追憶にしては、とてもちっぽけなものだった。
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「実験の前に、ひとつだけプレゼントがあるのです」
「くだらん、実験動物は黙って実験室に行け」
「そんな事言わずに、はい、どうぞ!」
「一体なんなのだ、これは」
「今日は父の日です! だからはかせにはプレゼントです!」
「……何故父の日に私にプレゼントを?」
「だってはかせは……わたし達のお父さんみたいなものでしたから」
「……本当にくだらないな。私のような人間が父なわけがなかろうに。さっさと行きたまえ」
「わたしとの約束、忘れないでくださいね。さようなら、はかせ」
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「でもね、本当はとても嬉しかったよ、ナターシャ」
ヨーゼフ・ベルトルト
国籍:ドイツ
46歳 ♂ 185cm 75kg
『裏マーズ・ランキング』2位
αMO手術 “渦鞭毛植物型”
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観覧ありがとうございましたー。
この生物、不思議な生き物としてご存知の方は多いのではないでしょうか。
次回、バトル&解説