深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

172 / 184
第111話です。主に会話パート&開戦前となっています


第111話 背信の牙

「……来たか」

 

 血で汚れた管制室の椅子に座し、軍装の少年はひとり呟いた。

 その薄青色の視線が向けられていたのは、無数に並ぶモニターのひとつ。

 正面ロビー前に設置されたカメラからの映像を表示したものだ。

 

「正面突破とはまったく能の無い。この程度の戦力と戦術で攻め落とせると考えられているとは、随分と甘く見積もられたものだ」

 

 そこに映る十人近い人間の中に資料で見た顔をいくらか認め、少年は嘲りと微かな憤りに鼻を鳴らす。

 想定よりも、ずっと生温いと。

 

 少年たちは此度の任に当たって、世界中に散った間諜からいくらかの情報を共有されている。

 各国の切迫した戦力事情とこちらが少数である事は把握されてしまっているという状況から、恐らく少数精鋭での奇襲が濃厚だということ。

 各国のU-NASA支部で国外派遣の任務に対応するかのような動きが見られたこと。

 

「指揮を執ることになるのはロシアの幹部搭乗員だろう、か」

 

 そして、現場指揮官となるのはかつての火星派遣計画で幹部を務めた人間、それも現地であり一番の当事国であるロシアの人間が務める可能性が高いということ。

 

「ふん……間違ってはいないな」

 

 実際に映像で部隊の中心に立っているその指揮官──銀髪の少女を見て、少年は吐き捨てる。

 それから、ゆるゆると首を横に振って己の感情を散らす。

 

 今は任務に臨んでいる最中、余計な考えは捨てるべきだ。

 脳裏でざわつく波を抑え、彼は通信機のチャンネルを合わせ今回の作戦に参加している各員へと回線を繋ぐ。

 

「……ヴァルハラ1,2、聞こえるか。プラン2-1-3だ、健闘を祈る」

 

 相手が応答したことを確認して早々に、少年はごく短く内容を伝えた。それだけで、用件は終わる。

 

 プラン2-1-3とは、出立前のブリーフィングで作成した資料による状況別の作戦計画、その通し番号だ。

 計画の第二段階、施設占領後の防衛。その中で一番可能性が高い『少数精鋭での強襲』。この状況において想定されうる状況のひとつ『正面からの戦力の集中投入による突破』への対応。

 戦況に応じてどの対応策を取るか一言で表すための、彼が今回のために策定した部隊内の符丁である。

 

 作戦は整然と冷静に、短い命令で進めるべきだ。それが彼の軍人としての美学だった。

 短く命令を伝え、忠実で優秀な手駒がいち早く状況に対応する。

 徹底的な合理と鉄のように堅い規則こそが強き軍を作るのだと、彼は信じている。

 

『やあお疲れ様、エミール坊ちゃん。えっと……2-1-3っていうと、“ボクたちが真っ先に接敵するからなんとか頑張って”で合ってるかな?』

 

 ただ、彼が配下を『駒』として自在に操れる程の指揮官か、その拘りが相手に伝わるか、というのはまた別の話である。

 

「貴様……! コールサインというものを一体何だと思っているのだ! それに作戦内容を暴露する馬鹿がどこにいるっ……!」

 

 返ってきたのは、戦場とは思えない朗らかな声。

 理想とする冷静さはどこへやら、少年……エミールと呼ばれた彼は苛立ちを隠し切れず通信機を怒鳴りつける。

 

『そう怒らないで。緊張しているのはわかるけど、もう少しリラックスした方がいいとも。指揮官の感情は下によく伝わってしまうからね』

 

「……先輩面をするな。貴様が此度の任で指揮権を譲り渡してきたのは、より適任だと貴様自身が判断し周囲が同意した結果を証明しているに他ならない。ならば正しきはこの小生にある! 余計な口は叩かず任を遂行するがいい!」

 

『まー、たしかにそりゃそうね。オーケー、仲良くいこうじゃないか』

 

 暖簾に腕押し、糠に釘。

 この男の態度は今に始まったものではない。

 ならば、理路整然と黙らせるに限る。そう考え、エミールはつらつらと今自分たちの上下関係を決定している経緯について語る。

 へらへらとした態度は不愉快だったが、納得は得られたようなのでそれ以上何も言わない。

 この男と話していてもストレスが溜まるばかりだと、彼にはわかっていた。

 

『エミール……うるさい……。今、あたまいたいんだから……静かにしてて……』

 

 が、今度は別の配下からエミールの神経を逆なでする声が。

 あまり寝ていない人間が無理やりたたき起こされた時のような、倦怠感の色が濃い途切れ途切れの呟きだった。

 

「貴様もだ! 次から次へと、作戦行動を遠足かなにかと勘違いしているのではないか……!」

 

 一体どうして、こうも意識が低い不真面目な者たちが多いのか。

 そうだ、ここで一つ言ってやるべきではないのか?

 

「第七特務支局が如何程のものかは知らぬが、そのような惰弱の身だから──」

 

 冷静沈着が指揮官のあるべき姿だが、時に怒りを表明するのも舐められないために必要だろう。

 そう己を納得させ、エミールは苛立ちをそのまま吐き出す。

 

『勘違いしているのはキミの方なんじゃないか』

 

 罵倒の言葉は、途中で遮られた。

 エミールの声に中途から重ねられたのは、鋭く冷たい声。

 

『通信傍受の兆候はないと報告が入っているだろう。それにキミが言う“作戦内容の暴露”は本当に重要な部分まで言っていたかな』

 

「何が言いたい……!」

 

 一度納得させたはずの青年が再び喋り始め、さらにはその内容がこちら向けられた棘であるという事実に、エミールの額に青筋が立つ。

 

『不必要なまでの規則は士気に影響するから度合は慎重に見定めるべきだし、独り善がりで過剰な効率化は失敗に繋がる。数字だけで伝えておいて証拠を残さないためにそれ以外の資料もなしなんて、認識に齟齬があったらどうするつもりだったんだい?』

 

「っ……作戦符号も暗記できぬ無能に誹りを受ける義理はない! 他も引き続き任を遂行せよ、状況に変化があれば適宜連絡するように! 小生からは以上だ!」

 

 最初こそ冷えた怒りの感情が伺えたが、今の青年からはその気配は消えている。代わりにあったのは、まだ世間を知らぬ後輩に教え諭すような柔らかい態度。

 それがなおさらエミールの誇りに引っ掻き傷を作り、彼は机を叩き会話を一方的に打ち切った。

 これ以上口論を続けると、危険な人間が会話に割り込んでくるという理由もあったが。

 

『承知いたしました。(わたくし)は坊ちゃんの考えも一理あると考えておりますよ』

「……ふん、中身の無い賞賛は不要だ。恩賞を得たいなら実績で応えてみせよ」

 

『エミール神父もどうか笑顔で。貴方に、聖ニュローネの祝福がありますよう』

「……小生は貴様らの同胞ではない。その不愉快な呼称はやめろ」

 

 終了の流れだと悟ったのか、今まで口を閉ざしていた二者も短く言い添え通信を切っていく。

 エミールは彼らの挨拶にそれぞれ苛立ち混じりで返し、耳に差していた通信機を抜く。

 

 そして、管制室には不服そうに大きく息を付く少年だけが残された。

 

────

 

「入ってすぐ、大ロビーがあります!」

 

 遠くから響く哄笑と銃声をバックに、レナートを先頭とした連合軍の本隊は砕けた自動ドアを潜り抜け施設に突入した。

 

「施設の各所に通じる大動脈……ここから向かうのが、最短です!」

 

 電子地図を手にしたエリシアが、走りながら作戦情報を追加していく。

 その説明通り、彼女たちの眼前に広がっているのは実験施設というよりは空港や先進国の主要駅を思わせる広大なロビーであった。

 

 多くの人間が行き交っていた在りし日の姿を思わせる、多数の待合室やコンビニと思わしき店舗。

 そして何より重要なのは、分岐した通路の先に見える、エレベーターや高速自動歩道、ハイパーループといった数々の移動手段。

 それは、小規模な町区にも匹敵するこの施設の目当てとするエリアに効率よく移動するための大玄関である。

 

 エリシアたちが作戦を遂行するにあたって制圧や捜索が必要となる区画は、広大な施設の中に点在している。

 そこを徒歩で移動するには時間がいくらあっても足りないため、効率的な移動経路の把握と手段の確保は必要不可欠だった。

 その際の重要地点となるのが、この場所。

 

 故に──

 

「はじめまして、侵入者諸君」

 

──この場に敵が防衛線を構えているのも、また必然。

 

 エリシアたちの行く先を遮るように往路から姿を現し通路の中央に陣取ったのは、ふたりの人間だった。

 

 ひとりは、飄々とした雰囲気を纏う青年。

 顔に浮かべる柔和な笑みは友好的な人格を彷彿とさせるが、その動きは見る者が見れば荒事慣れした人間のものであることが伺えた。

 

 もうひとりは、エリシアよりも幾分幼く見える少女。

 既に人為変態を済ませているようで、額には太い触角が顕れている。

 黒髪黒目、フリル付きのドレスに身を包んだ彼女は暗く淀んだ目を一行に向け、青年の背後に身の半分を隠した。

 

 

「一言目で“味方じゃありません”って名乗ってくれるとは、親切なこった」

 

 元々、未だこの施設にまともな生存者が取り残されている可能性は低い。

 実際、一言目でこのふたりがそれである可能性は潰えた。

 

 彼らに対して、ばきりと拳を鳴らしレナートが一歩前に出る。

 突入部隊の対応は、彼に限らず迅速であった。

 戦闘員は『薬』を手に前へと歩み出で、機内の人員と分散してこちらと行動を共にしていた非戦闘員は戦闘の邪魔にならないよう下がる。

 

 一触即発、お互いにいつ仕掛けるか出方を窺うような、ひりつく空気の中。

 

「……いや。先に行ってくれ。こいつらは、任せてほしい」

 

 レナートを制するように、ひとりが彼より前へと歩み出した。

 

「チャーリー?」

 

 この場において、決して意外な人間ではない。

 元裏アネックス北米第一班の副班長であり、今回のアメリカから派遣された中でもリーダー格を務めている男、チャーリー。

 彼は敵の一人──青年を睨みながら、己の意思をエリシア始め皆へと伝える。

 

 実戦経験豊富な彼が重要な退路となるこの戦線を担当し、皆を先に進ませる。

 それは合理的な作戦判断として納得がいく。

 レナートもまた戦場を知る者として、同じ判断を下していた。

 だからレナートが訝し気にチャーリーを見た理由は、また別の要因だ。

 

「なんでお前がここにいやがる、デミアン……!」

 

 敵を見据える彼の表情には、驚愕と憔悴が色濃く浮かんでいた。

 

「やあチャーリー、奇遇だね。でもちょっと、どんな意味で聞かれてるのかわからないな……ああいや、言わなくてもいいよ。当ててみようじゃないか」

 

 加えていくつもの感情が入り混じった絞り出すかのような問いに、名を呼ばれた青年──デミアンはひらひらと手を振って気さくな態度で答えた。

 知己。チャーリーと敵対者のその関係性を知り、微かなざわめきが上がる。 

 

「ひとつ。U-NASAの職員だったボクが、どうしてここに、しかも敵方でいるのか」

 

 指を一本立てる。

 大仰に、まるで事情を知らない皆に説明するように、デミアンは朗々と語る。

 

「ふたつ。元軍医の後方人員だったはずなのに、どうしてバリバリ前線張りますみたいにやる気出して立ち塞がっているのか」

 

 さらに、一本。

 

「みっつ……あの時死んで死体を埋めたのも確認したはずなのに、どうして生き返っているのか」

 

 最後にもう一本。

 

「驚愕の真実はこの後すぐ! と言いたいところけど……皆さんはここに留まっている場合じゃないだろう? ボクだって、全員相手にして即死! なんて事態はできればごめんだ」

 

 三本立てた指を握り直し、デミアンが問いかける。

 

「そういうワケだから、お先にどうぞ。ボクたちはじっくりゆっくりと、旧交を温めさせてもらうとしよう」

 

 奥の通路──各所への移動手段へと通じる道を指し示すデミアンに、エリシアは一度立ち止まって考える。

 今ここでチャーリーだけに任せるでなく、彼が冗談めかして言ったように全員で袋叩きにして早期の決着を目指した方がいいのではないか。

 そこまではせずとも、もう何人か戦力を配置した方が良いのではないか。

 

「行ってくれ」

 

 迷うエリシアに、チャーリーはたった一言で取るべき作戦を促した。

 

──最低限の人数で足止めするのが、最良だ。

 

 軍人としての状況判断で、彼は今の戦局をそう考えている。

 全員で戦えば、確かに早期の決着を期待できるのは大きな利点である。

 だが、こちらは攻め込む側で敵は待ち受ける側という部分は無視できない。

 もし何らかの仕込みがあった場合のリスクが大きすぎる。

 例えば毒ガスを流し込む……などされてしまい一網打尽になれば、それでおしまいだ。

 この広い場所にたったふたりしか配置されていないという点も、そのような疑念を後押ししていた。

 

 かといって中途半端に同格だろう程度の戦力を置けば、今後の作戦遂行に支障が出かねない。

 ここは確かに重要なポイントだが、あくまで入口である。

 敵には守るべき本丸が別にあり、そこにも戦力が配置されているのは想像に容易い。

 道中のために戦力を割くすぎて本隊が敗れ壊滅しては、本末転倒だ。

 

 敵は少数精鋭の部隊であると、事前に得られた情報が語っていた。

 ならば戦力が不足し捻出に苦しんでいるのは、恐らく敵も同じ。

 

「無理はなさらないでください!」

 

 同じように、エリシアも判断したのだろう。

 チャーリーの作戦に同意する、という意味の籠った激励の言葉に皆は動き出した。

 向かい合う両者の隣をすり抜け、施設の奥部へと駆け抜けていく。

 

 チャーリーはデミアンの動きを油断なく睨み続けていたが、どうやら本当に追い打ちをかけるつもりは無いらしい。

 まるで見送るかのように、チャーリーと向かい合ったままひらひらと手を振っているだけだ。

 避けきれぬ戦いの空気が、微かに和らいで数秒。

 

 

「……」

 

 デミアンの振られていた手が、言葉もなく不意に裏返された。

 

「ん」

「ッ!!」

 

 デミアンの隣から発せられたごく小さな了承の返答が耳に入るまでもない。

 軍人として鍛え抜かれた反射神経と危機予測が、チャーリーの背に鳥肌を湧きたたせる。

 

 同時──デミアンの隣で今まで沈黙を保っていた少女の身体が、()()()()()()()()()()()()()()

 

「──」

 

 それは、少女を軸に、彼女が手にしていた剣を円盤部とした独楽(こま)のような。

 静止していたはずの状態から突然に加速し、回転する凶刃がエリシア達の背へと襲い掛かった。

 

 まるで物理法則を無視したかのような奇怪な動きに、チャーリーの思考が停止しかける。

 

「プラチャオッ!」

 

 だが(すんで)の所で、彼は現実を受け入れ叫ぶ。

 呼んだのは、本隊の殿を務めていた青年の名。

 

เข้าใจ แล้ว(承知ッ)!」

 

 鋭い掛け声と共に、彼──プラチャオは振り返った。

 その脚は既に鱗状の頑健な皮膚に包まれ始めている。

 

 未だ完全ではない、人為変態の途中段階。

 己の状態も厭わず、彼は迫る刃を下方から掬うように蹴り上げた。

 

「っ……ん!?」

 

 本来なら、間に合わなかっただろう。十分に変態できていない状態での蹴打は、ただ回転の勢いに弾き飛ばされるだけで終わるはずだった。

 だがその一撃は刃を大きく跳ね上げ、少女の姿勢を崩し軌道を捻じ曲げる。

 

「まだ、下等生物……だったはずのに……止められた……」

 

 そのまま本隊の頭上を通り過ぎた少女は起立する柱の高所に着地し、回転を止めた。

 忌々しげなその目は、己の殺戮を止めた青年へと向けられる。

 

「……今日この時ほど、これに感謝した覚えはありませんね」

 

 敵意に満ちた視線を浴びながら、プラチャオは呟く。

 迎撃が間に合い皆を救ったのは、彼が弛まず己を鍛え抜いた生粋の戦士だから、というだけではない。

 紅式手術。非変態時でも高い身体能力と一部能力の発現を可能とする、かつて火星で脅威を振りまいた独自技術。

 

 

「大筋はそのままだ! ここは任せろ!」

 

 敵の強襲で立ち止まった一同に向けて、チャーリーは大声で伝えた。

 やはり迎撃し皆で戦うべきか──その迷いを一息で否定し、そのまま視線をプラチャオへと。

 

「カッコ悪ぃ話だが、こりゃ想像よりきつそうだ……頼まれてくれるか」

「承知です」

 

 彼は、皆と行動を共にしていなかった。

 チャーリーの言葉に小さく頷き、プラチャオは背を向け去っていく皆を守るように構える。

 

「削れたのはもうひとりだけ……まあ、結果オーライと言っておこうかな。人手不足に悩むのは、お互い様だろう?」

 

 壁を蹴り着地して己の元に駆け戻った少女を撫でながら、デミアンは己の意図の一部を明かす。

 それはチャーリーが描いていた戦術図と同じく、敵戦力の漸減だった。

 

「でも良かったのかな、チャーリー。キミの強さはボクもよく知るところだし……そこのキミだって、相当な使い手だろう。キミたちは本当に、ここで切っていい札だったのかい?」

 

 時間稼ぎでもするようにつらつら語るデミアン。

 彼が言わんとすることは、チャーリーにとっては明確だった。

 先程危惧した通り、戦力不足に陥るのでは? と指摘しているのだろう。

 かつての火星での戦いにおいてαMO手術の被験者を除いてランキングの最上位だったチャーリーに、中国班でも幹部を除きトップの戦闘員だったプラチャオ。

 このふたりを、まだ序盤というべき戦局で使う程なのか、と。

 

「ぬかせ、そりゃソッチも同じだろ」

 

 一度下した判断を惑わすような問いに、チャーリーは遠回しな是を突き付けた。

 チャーリーがこの場に残り、さらに事前の見込みと違ってプラチャオの助けを借りた理由。

 

「……そこの嬢ちゃんはまだわかんねえが、お前より強いヤツが他に何人いる?」

 

 それは、目の前に立ち塞がる旧知の青年が警戒を要する強者に他ならないからだ。

 

「俺が聞きたかったのは、1と3だ。なんでソッチに付いてんのか、なんで生き返ったのかはわかんねぇよ」

 

 同じU-NASAの同僚であり、第一支部と第七特務という違いこそあれど、多くの言葉を交わした。

 軍人として第七特務の本当の職務を知る身で、ある程度の友誼を結んだと思っている。

 その上で、チャーリーは判断した。

 

「だが──ふたつ目を不思議に思ったことはねぇ。それになにが後方人員だ。指揮官、ってちゃんと言え」

「そんなに高く買ってくれてたのかい? じゃあ合コンの時もっと持ち上げてくれたらよかったのに」

 

 敵の全容が未知数であってなお、彼よりも強い人間がそういるとは思えない。

 そう、実感を伴って言い切ることができる。

 

「名残惜しいけど、仕事の時間だ。行こうかイーリス、大物だよ」

「やったぁ……隊長、帰ったらたくさんほめてくれるかなぁ」

 

 そして、開戦の幕が開く。

 

 隣に立つ少女の名を呼び、デミアンは右腕を横に伸ばす。

 変態薬を打ち込んでいないにも関わらず、その身体は赤錆のような色に覆われた。

 腕には身に宿した生物の腹部を思わせる膨らみが生じ、先端には鋸歯を持つ湾曲した刃が。

 

 彼がその身の感覚を確かめるように腕を小さく捻れば、そこから霧が吹き出した。

 己より遥か大型の同族を狩るための、毒の霧が。

 

「気合入れてけよ……っても、お前が手ぇ抜くと思ってないけどよ。その上で気合入れろ」

「……ええ」

 

 根性論に根性論を重ねたような語彙力に欠ける物言いに、プラチャオは小さく頷く。

 単純だからこそ、チャーリーの言わんとするこれまたシンプルな内容はこの上なく伝わった。

 

 

「アイツは、同類(MO手術被験者)狩りのプロ……U-NASA第七特務の、副隊長だった男だ」

 

 敵は、弱兵などではないと。

 

 

 

──首狩り。

 敵対者を殺し、首級を持ち帰る文化的・宗教的慣例。

 現代人からすれば酷く残忍に映るこの文化は、世界各国様々な時代で見られた。

 

 広く多様な地域で行われていただけあって、その目的もまた多岐に渡る。

 たとえば、日本でも有名なように戦果を証明するためという実利的な理由。

 たとえば、頭部に霊的な力が宿るという信仰に由来する儀礼的な理由。

 

 

 この文化を、生態として有する昆虫が存在する。

 それは、ごく小さなアリの一種だった。

 

 彼らは毒針を持たず体は小さく、牙は細い。

 だが、その真逆の獲物──毒針と巨体、鋭い牙を持つ強大な敵を、巧みな体捌きと化学的擬態、そして多くの同族が自衛の為に用いる武器を攻撃に用いて効率的に殺戮せしめる。

 

 そうして身を喰らった後にその首を巣に持ち帰り、ただ飾る。

 

 彼らの巣の周りは、剥き出しになった首塚が如き様相と化すという。

 何故そのような生態を有しているのか?

 それに関しては少なくとも2020年代において明確な回答は導き出されていない。

 ただ有力な説として存在するものが、ひとつ。

 

 彼らは、首を使って(・・・)いるのだ。

 人間が、そうするように。

 敵対者を呪う呪術のように。

 己が強さを誇示し、敵対者を恐れさせるように。

 

 首級から発せられる匂いによって、その首の持ち主を恐れる同族を寄せ付けないという目的で。

 

 

 

 

 

 

デミアン・メルテンス

 

 

 

 

 

 

 

国籍:フランス

 

 

 

 

 

 

27歳 ♂  174cm 63kg

 

 

 

 

 

αMO手術"昆虫型"

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――フォルミカ・アーチボルディ―――――――――

 

 

 

+

 

 

 

 

 

MO手術"昆虫型"

 

 

 

 

 

 

―――――――――ヨモギヒゲナガアブラムシ―――――――――

 

 

 

 

 

 

「おにいさんたち……下等生物じゃ、ないんだね……私たちと、同じだ……」

 

 少しだけ悲しそうに、少女は人為変態により姿を変えたふたりの敵対者をじっと見る。

 その衣服の袖から覗くのは、手首と足首に形成された二股の棒状の器官。

 

 

──跳躍。

 それは、多くの生物に見られる基本的な行動のひとつ。

 効率的な移動のため、獲物を捕らえるため、あるいは逆に捕食者から逃れるため、彼らは各々の手段と目的でこれを行う。

 

 彼らもまた、多くの例に漏れず逃走のために跳躍を行う生物の一群であった。

 多く、弱く、土壌の分解者として振る舞い、捕食者の糧となることで生態系を回す、微小ながらも重要な命たち。

 

 この生物が、弱肉強食の世界に食い荒らされ壊れた少女の身に宿されたのは、もしかしたら皮肉な必然だったのかもしれない。

 

「うん、でも……下等生物じゃなくても、わるい人はいるよね? おにいさんたち、きっとそうなんだよね」

 

 彼らは、弱く多い、生態系の基盤を支える生物である。

 特筆すべきは、腹に存在する専用の器官を打ち付けることにより跳躍することと──その際、凄まじい速度で回転すること。

 その特殊性を加味したところで、やはり彼らは過酷な自然で威を示せる程の強さは持たない。人間が、その生態に興味を持つ程度だ。

 

 だが──

 人間サイズに拡大されたスケールで行われるその跳躍が、元の生物が本来持ち得ない凶器が、その逃避の為の手段を殺戮の技巧へと昇華する。

 

 

「……頑張ったら、みんながほめてくれるの。隊長がえらいねってなでてくれるの。だから──」

 

 一瞬目を閉じて、彼女は今までの行いを振り返る。

 くるくる回る。そうすれば、命が消える。今まで散々に自分を踏み躙ってきた悪者が消えて、大好きな人たちが自分を慈しんでくれる。

 

 己の成すべき行いとその結果得られる幸福を思って、少女は笑った。

 そして、その身に余る大きな剣を持ちあげて、掲げる。

 

 

「──だから……さようなら」 

 

 目の前の敵対者たちを、己の糧とするために。

 

 

 

 

 

イーリス・リーフェット

 

 

 

国籍:オランダ

 

  

 

10歳 ♀  136cm 32kg

 

 

 

MO手術"節足動物型"

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――マルトビムシ―――――――――

 

 

 




ご観覧ありがとうございました!


~~おまけ:エインヘリャル、ほのぼの現代編~~

エミール「ソウメイ……ひとついいか?」

宗明「どうした。悩みがあるなら聞くぞ」

エミール「小生の分のプリンがまだ残っていたはずだが、行方を知らぬか?」

宗明「……き、きひ、きひひひひっ!」

エミール「錯乱した振りをして誤魔化せると思っているのか貴様ァ!!」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。