深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第114話 管制室強襲戦(前編)

 中央実験棟、その中階層に在る管制室にて。

 

「な、な……!」

 

 何をやっている愚図どもが!

 そう怒鳴りつけそうになるのをどうにか堪え、軍装の少年……エミールは握り込んだ拳を震わせた。

 

「ソウメイ、デミアン……! 貴様ら、そのザマはどういうことだ!!」

 

 彼の怒りの原因となったのは、モニターと監視カメラの映像から伝わった各戦線の決着である。

 

 本計画における施設制圧後の人員配置は、エミールが主体となって決めたものだ。

 敵が奪還を試みてくるのは大前提である。加えて、敵はこちらと同じく少数精鋭での奇襲が想定されるという事前情報があった。

 であれば、如何に効率よく敵の戦力をすり潰し大勝に導けるかが腕の見せ所だ。

 

 空中哨戒を担い、侵入を許したとしても今度は逆に敵の退路を塞ぐ役割を与えた宗明。

 自分と同様に司令官としての経験があり、純然たる戦闘能力においては参加人員で次点に位置することから、施設全域への侵入経路となる要所のひとつである中央ロビーの防衛を任せたデミアン。及び、彼の部下であり一対多の戦闘に長けたイーリス。

 

 この三人によって敵を漸減し、他の重要区画に最低限しか寄せ付けない。突破されたところで、取るに足らない弱敵しか残さない。

 自分が立てた方針と戦力の分配に、誤りなどなかったはずだ。

 

「この程度の戦果しか挙げられぬとは……。それでも、栄光あるエインヘリャルの一員か……?」

 

 だが、実際はどういうことか?

 宗明は脅威と注目してもいなかった数人に敗れ去り、敵を大幅に減らす算段だったデミアンとイーリスは有力な戦闘員相手とはいえたった一人ずつしか削ることができなかった。

 勝つのが当然、敗死して複数人を道連れにするのが最悪の場合だと見積もっていたにも関わらず。

 

「計画に過ちはなかったはず……。ならば、要因は明らかだ……」

 

 敵の主戦力は未だ多く残っており、各区画への到達を許そうとしている。

 エミールは席を立ち、落ち着きなく室内を歩き回る。

 顔に深い影を落とし、彼はぶつぶつと独り言つぶやきながら思案に耽っていく。

 

「奴らが、不甲斐なかったのが悪い……! 小生に此度の責などない!」

 

 中央モニターの周囲をうろつきしばし時間を消費した後、エミールは戦局悪化の原因が配下にあると結論付けた。

 どれほど指揮官が優れていようとも、実際に任を遂行する兵に問題があれば完全な勝利は遠のいてしまう。

 無能に足を引っ張られ有能な人間が頭を痛める、古今東西数えきれない程繰り返されてきた戦場の悲劇に彼は嘆息する。

 

「落ち着け……結果については何ら変わらないではないか」

 

 しかし同時に、エミールは苛立ってこそいたが焦ってはいなかった。

 痛い見込み違いであったのは否定できないが、実際のところ大した問題でもないのだ。

 

 敵方の無傷かつ有力な戦闘員は、かつての火星派遣計画での幹部搭乗員がひとりにそれに次ぐ戦力がふたり。上級戦闘員が三人程。

 なるほど、MO手術を用いた作戦部隊として有力な一群であると認めよう。

 

「どちらにせよ、奴らに勝利の結末など残されていない……アレに引き裂かれるだけだ」

 

 だがその程度であれば、同時に相手取って捻り潰せるだけの戦力がこちらに存在する。

 必死に防衛線を潜り抜けてきたところで、彼らに待っているのは凄惨な結末のみ。

 こればかりについては、敵ながら同情するしかない。

 

 大いなる主の使徒により生み出された怪物を、己という指揮官が操る。

 この一幕に、最初から敗北の可能性など存在していないのだ。

 

「あの報告を受けた時は少々驚いたと認めるが……くだらん」

 

 エミールが今回の作戦で不安を覚えたのは、ただ一度だけである。

『敵の指揮官として、アネックス計画におけるロシア連邦の幹部搭乗員が投入される可能性が高い』という報告を受けた際だ。

 

 出立の準備を整えていた時にそれを聞いたエミールは、動揺で立ち止まり冷や汗を流した。

 

 もしかしたら、覆されるかもしれない。

 理想の為離れた祖国が、本来なら一息で潰されてもおかしくない巨大な相手に抗い続けられていたように。

 そのような恐怖による硬直は、少し気分を落ち着けるだけで和らいだ。

 

「亡霊に恐れを抱くなど、とんだ笑い話だ」 

 

 あの瞬間脳裏に過った姿は、もはやこの世界に存在し得ないのだから。

 

「……む」

 

 少し目を離してしまっていた監視モニターを、感慨を振り払うように見る。

 すると、連中は最上階である頂塔直通のエレベーター前に集まっているようだった。

 本丸と言える地点に敵が押し寄せんとしている、本来であれば危機的な状況だ。

 

「愚か者どもめ。その判断を後悔するがいい」

 

 しかしエミールは、彼らの選択を鼻で笑った。

 浮かしていた腰を、再び椅子に深く沈める。

 

 自分がこれ以上、手を出す余地はないと見た。

 後は、推移を見守るだけでいい。

 もし想定外の事態となれば自分が穴埋めに走る可能性もあり得るが、その時はその時だ。

 

──証明、したいのではないですか?

 

 判断を下した瞬間、囁くような声が聞こえた気がした。

 

「チッ……!」

 

 それは彼にとって、忌まわしくも逃れられない呪いの言葉だ。

 エミールは舌打ちと共に、先の決定に反して椅子を引き立ち上がる。

 

 万一の可能性を考えれば、自分も加勢すべきか。

 蘇った苦々しい記憶に無理やり蓋をして、彼は優位な盤面をより万全に固める判断を下した。

 

 戦支度もそこそこに、何かに追い立てられるように部屋から出ようとして、

 

「邪魔、するぜ」

「な──」

 

 品性と礼儀に欠けた声と共に、唯一の出入り口である自動ドアが外からこじ開けられた。

 

────────

「……レナートさんから、接敵の連絡がありました。コントロールルームに敵はひとりだけ、つまり私たちは今監視の目を逃れている状態です」

 

 同時刻。

 通信機から連絡された符丁の意味を読み取り、エリシアはその場に揃った総員に状況を伝える。

 

 コントロールルーム……敵にとって司令部にあたる区画へと単騎で仕掛けにいったレナートからの報告は、都合がいい想定外と言えた。

 

 エリシアたちが臨んでいる戦いは、これからが本番と言える状況にある。

 目的地にたどり着き、玄関口を突破した今までの奮戦は、あくまでも前段階。

 奥部にいるであろう襲撃の首謀者を捕らえるのが、今回の任務の最終目的だ。

 

 その為に必要となるのが、まずは施設全域の設備を管制するコントロールルームの制圧だった。

 任務の完遂において大きな問題となっているのが、恐らく一方的に監視されているであろうという事実である。

 

 こちらの所在を把握されたまま相手の都合のいいように要撃を受けかねない現状は『いつどこに敵がやって来るかわからない』という負担を押し付けられる襲撃側のアドバンテージを失っているも同然だ。

 さらに言えば、首謀者が逃げようと思えば易々と許してしまう状態でもある。

 

 そのため、最優先で敵の目を潰す必要があった。

 ブリーフィングで共有された施設の図面を見る限り、管制室に標的がいる可能性は高くない。

 

 緊急脱出口を除けば出入口がひとつしかないため、防備を固めやすい反面袋のネズミになってしまいかねないのだ。

 また、何らかの手段で大規模な胞子の放出を行っていることから、建物の奥であり外から隔離されている位置にある管制室では直接の作業や指揮はし辛いのではないか、という推測もあった。

 

 これらの認識から、管制室への攻撃は監視の目を逃れつつ少人数で行う、という案に決定。

 

“俺がちょっくら行ってくる。本丸を確実にブッ潰せる戦力は残しときたいだろ?”

 

 では誰が行くか、という段になって真っ先に手を挙げたのが、裏アネックスロシア・北欧第三班の元副長、レナートであった。

 戦闘員として信頼が置ける、かつ本作戦の戦力としてのトップ層ではない。

 失敗は許されないが戦力は温存したい、という都合のいい悩みにおける最適解が名乗り出たことで、話はとんとん拍子に進んだ。

 流石に要所をひとりで攻めるのは、という懸念こそあったものの、エリシアの一存により彼は送り出され、そして今。

 

「最初に話し合った通り──最上階と地下区画深層、二か所を同時に攻略します」

 

 レナートの襲撃によって監視の目が麻痺している状況を、見逃すわけにはいかない。

 短くこれからの行動について復唱した後、エリシアは頭上を見上げ、そのまま視線を足元までゆっくりと下ろす。

 彼女をはじめとした皆の眼前にあるのは、重機材の搬入にも使われていたであろう大型のエレベーターだ。

 

 目指すは施設最上階か、現在は封印されているという最下層の、さらに地下。

 首謀者が潜んでいる有力候補と目星を付けたふたつの区画を同時に捜索し、標的を見つけ出す。

 

「それでは皆さん……今まで以上に気を引き締めて……で、でもあんまり緊張しすぎないで……行きましょう!」

 

 どこか迫力に欠けるエリシアの号令に、苦笑交じりで戦士たちが応じる。

 そのまま乗り込み上階へと向かう組、地下深層に向かうための専用エレベーターを目指し階段を下っていく組と二手に分かれ、彼らは迷宮の如き研究施設を攻略せんと征く。

 

「エリシアちゃん、どしたの? ……調子悪い?」

「そんなことは、ないんですけど……どうしてか、ちょっと胸がざわつくといいますか……」

 

「……ど、どうかなさいましたか? ダニエルさん」

「ああいえ、すみません……少し、考え事を」

 

 理由もわからない不安を、抱きながら。

 

 

────────

「なんだよ。管制室っつうからわらわらと詰めてるかと思ったら、ガキがひとりだけか?」

 

 力任せに、自動ドアをこじ開ける。

 本隊へと手短に連絡を送った後、レナートは部屋の中を見回して状況を確認していく。

 出立前のブリーフィングで聞いていた機材の配置に大きな違いは見られない。追加で得体の知れない武器や装置が持ち込まれている……という可能性はなさそうだ。

 

 所々に戦闘痕が刻まれ血が飛び散っているのも、想定の範囲内である。

 部屋の外、廊下の隅に山積みとなった職員や軍人と思しき遺体は、監視カメラを誤魔化しながら近付くいい隠れ蓑となってくれた。

 

「品性の欠片もないな。どういう了見だ、貴様?」

 

 唯一と言っていい想定外は、接敵した敵勢力についてだ。

 司令部を任されているのだから、歴戦を思わせる老将でも構えているかと予想していた。

 しかし今レナートに向け不快感を剥き出しにしているのは、恐らく二十歳も迎えていないだろう少年であった。

 

 軍服に官帽、似合わないパイプを咥えている様は、位の高い軍人を彷彿とさせる。

 ただ、レナートからすれば少年の顔立ちは恰好に見合ったものであるとは思えなかった。

 

 決して、若年の将校に対して差別意識があるわけではない。

 得てして、戦の世界では年齢に見合わない地位に就く事態が起こり得る。

 その理由は年配のベテランが存在しなくなるような凄惨な紛争地であったり、あるいは単純に度を越えた天才であったりと様々だ。

 ただ、目の前の少年はどちらでもないように思われた。

 

「泥棒に品性を期待すんのか、坊ちゃんは?」

 

 安い挑発に青筋を立てた少年を見て、レナートはその認識をより強める。

 地獄の戦いを乗り越えてきたような歴戦の気風は感じ取れない。

 どちらかと言えば後者に近い空気はあるものの、レナートが今まで出会ってきた該当者ほどに異質な空気は纏っていない。

 

「嘆かわしい話だ。公的な任を負っているだろう者が、時に国の顔となるべき軍人が、このような非礼──」

 

 ならば第三の可能性として、コネで地位を手にした未熟者か。

 だとすれば、やりやすい相手だ。

 地位に能力が追いついておらず、その不足を埋められる程の才覚は伺えない。

 慢心し頭の硬い、少しの想定外で崩れるタイプだろう。

 

 レナートは分析しつつ、懐に手を入れる。

 相手の意識を向けられないように軽く弄れば、硬い感触が触れた。

 そっと手に取ったのは、基本装備の一つであるサバイバルナイフだ。

 

 そのまま、長々と語っている少年の喉目掛けて音もなく投擲する。

 上手くいけば仕留められるだろうし、そうでなくとも怒りを誘い平静を失わせられるだろう。

 

「……戦の礼儀も知らぬ痴れ者めが。そのような卑劣が通用するとでも思ったか?」 

 

 が、レナートの予想は裏切られた。

 奇襲の一撃をあっさり止めたのは、少年が振るった腕だった。

 突き刺さることすらなく、ナイフが弾き落とされる。

 鋏が形成された、太く膨れ上がった盾によって。

 

 いつの間に“薬”を摂取していたのか。

 少年の身は、宿した生物を色濃く写したものへと変じていく。

 

「語らう時間など元よりない……戦争の時間である。それを以て、示すとしよう」

 

 全身を覆うのは、くすんだ赤茶の装甲。

 両腕に形成されたのは、太く平たい、見るからに堅牢な大鋏。

 

「こいつは……」

 

 その姿を見て、一瞬だけレナートは気圧される。

 相対する少年に対してではない。その身に宿した生物に対して……というのも、間違ってはいないが正確でもない。

 その生物は、ロシアの軍人として、火星派遣計画の参加者として、誰もが知るとある人間を連想させるものだった。

 

「小生は、奴とは違うと……」

 

 レナートの反応に、少年は苛立たしげに鋏を掲げる。

 それはレナートが見聞きした()の宿した特性とは違い、どこか病に侵されでもしているかのような、白色の斑点が浮かぶ甲殻であった。

 

 少年が鋏を幾度か動かせば、じわりと液体が滲み出てくる。

 おそらくただの水ではないだろうそれは、正道の攻防にて無類の強さを誇っていた()とは全く異なる印象を与えていた。

 

「祖国を裏切り敵に魂を売り渡した屑なぞより、余程優れているのだとな……!」

 

 憎しみと執念の籠った声と共に、少年は顔を大きく歪める。

 相対した敵ではなく、その彼方にいる誰かを睨み付けるように。

 

 

 

 

 

 

エミール・ゲネラロフ

 

 

 

 

 

 

国籍:デザ共和国/フィンランド

 

 

 

 

 

 

18歳 ♂  166cm 54kg

 

 

 

 

 

 

MO手術"甲殻型"

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――スベスベマンジュウガニ―――――――――

 

 




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