深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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リアルが忙しく遅れました、15話です。
久しぶりの主人公勢、だいぶ話が動きます。


第15話 決別

―――――

血の海が広がっていた。

 

人間とテラフォーマー、そしてもう1グループの人間。偵察部隊なのか、片側の人数は少ない。三つ巴と思われた戦いは、突然、何かの命令に従うかのように動きを変えたテラフォーマーがただでさえ数で劣る片側の人間達に襲いかかりはじめ、戦いの決着がつくのにあまり時間はかからなかった。

 

 

 

赤色のカーペットを敷き詰めたかのように染め抜かれた大地。その上をのたうち回る、無数の人間。

凄まじい力で無理やりねじ切られたかのような腕、足、頭。それはまるで悪趣味なオブジェのように、無造作に転がっている。

 

 

そして、それに色を加える、黒色の残骸。

 

そこにたった一人立つ、一人のニンゲン。

 

「や、やめっ!」

 

敗軍の兵の一人、まだ年若い少年が、悠然と近づいてくるそのニンゲンに懇願する。だがそれは、二本の腕で体を持ちあげられた直後に悲鳴に変わった。

 

「貴方を怨んでなんかないわよ、抗争で人が死ぬのは当然のこと。ウチの子達も、それを割りきっていたから」

 

怯える子どもをなだめるように、柔らかな笑顔で、そのニンゲンは語りかける。だが、その瞳は深海よりなおほの暗い。

 

その笑顔のまま、和やかな調子で、まるで撫でるように、

 

 

 

少年の耳をもぎ取った。

 

「ーあ」

 

悲鳴を上げる暇も与えず、もう片方の耳が抉り飛ばされる。

 

そして、それを行った腕は、両耳にぽっかりと開いた傷口をぐりぐりと撫でまわす。

 

声にならない悲痛な叫び声を上げる少年。しかし、腕を拘束されたまま持ちあげられているため、抵抗する事は儘ならなかった。

 

そんな少年を心底愛おしそうにそのニンゲンは眺め、両手(・・)でその弱り切った頬をはさむ。

 

「『エメラルドゴキブリバチ』。楽しい生き物よね。このゴキブリどもを意のままに操って、自分達の戦力にしちゃうんだもの。ねえ、教えて?これをベースに持っているの、貴方達の中にあと何人くらいいるの?」

 

 

その口調に威圧的なものは感じ取れない。だが少年は、目の前のこの存在に底知れない恐怖を抱いていた。

沈黙を守る。今の少年にできる抵抗は、それだけだった。

 

ビッ

 

 

風を切る音と目の前を何かが通過する音を少年は聞いた。

直後、自分の顔の中心辺りに激痛が走り、何かが無くなった感覚を覚えた。

 

顔を伝って口に流れ込んでくる多量の血。もう、いちいち説明されなくても少年は自分の身に起こった事を感じ取る。

 

「耳、鼻、さてはて、次はどこにしましょうか♪」

 

殺される。自分が吐かなかったら、おそらくこのニンゲンは何の感慨も抱かずに自分を殺すだろう。

それこそ、鼻をかんだテッシュをゴミ箱に投げ入れる、そのくらいの感覚で。

 

 

ニンゲンは少年の手を足を眺め、指でわざわざ数を数える。

「あと二十本、楽しめそうね。目は最後にとっておいてあげるわ。ゆっくり自分の体が小さくなっていくのを見なさいな」

 

 

―――――――――――

 

「遅い、遅すぎる」

 

「……」

 

俊輝と拓也、二人は打ち合わせ通り、洞窟の中で待機していた。

異常なければ30分で終了、だが、すでに日は落ち暗くなりはじめ、もう3時間は経過している。

 

最悪の考えが頭をよぎる。しかし、だからといって今自分達にできる事は帰りを待つだけである。

最初の方はひそひそ声で雑談に花を咲かせ、笑っていた二人だったが、片道30分、折り返し1時間という偵察の最低時間を過ぎ、さらに1時間経つ頃には、ただ無言になっていた。

 

 

「なあ、薬ってあと何個くらいあるよ」

 

「……さっき入ってきたゴキを倒した時点で無くなっちまった」

 

「そうか、俺ももうこれだけだ」

 

拓也が懐から取り出したのは、環形動物型特有の点鼻薬型の『薬』。

二人とも、戦力が底をついていた。

 

そもそも戦闘要員でなかった拓也は元々あまり持っていなかったのだろう。

俊輝も、たび重なる戦いで消耗している。

 

「あーあ、静香が帰ってきたらとっとと帰還しようぜ。こんな所にいたら気が滅入るぜ」

 

「なあ、俊輝。もうさ」

「頼む、そこから先は……言わないでくれ」

 

拓也の言いたい事はよく理解できている。だが、それを認めたくは無い。

もう静香は戻ってこない、だから、俺達もここを放棄して任務に戻ろう。

こんな簡単な、大局を見れば俊輝の我儘よりもずっと合理的で正しい答え。

 

もちろん、死の覚悟がある任務って事くらい、出発の前からわかっていた。

自分の大切な友人や知り合いが死ぬ可能性がある事くらい、わかっていた。

 

でも、実際、それに向き合う事なんて自分はできなかった。

俊輝は自分の心の弱さに苦笑していた。今撤退すれば、犠牲はもうすでに手遅れな静香一人だけで済むかもしれない。

 

ここで退かなければ、敵がやってきて、薬の無い自分と戦闘要員でない拓也は殺されるかもしれない。

何を選ぶべきかは、わかりきっているのに。ただ一言、もう撤退しよう、それだけで今現在この状況で最良の結果が得られるはずなのに。

 

頭が、喉が、口が、鉛のように重くなって言葉が出てこない。拓也も、グループリーダーである自分の考えに従うつもりなのだろう。言わなければ、たとえ後悔しか残らないとしても、言わなければいけない。

 

 

 

「よし、拓や―」

 

俊輝が決断し、ためらいながらも拓也に話しかけた瞬間。

 

洞窟の外で、何かが着地、いや、墜落する音がした。それと同時に聞こえてくるのは、悪意に満ちた下品な笑い声。状況を予想した二人は同時に頷き、外に駆け出していった。

 

 

 

 

外にあったのは、二人の予想とは少し外れた光景だった。

 

ぐったりとした静香が横たわっているのを確認した途端、俊輝が慌てて傍に駆け寄り庇うように前に立つ。

 

「うえ……? 俊輝? 拓也? よかった、戻ってこられたんだ……」

 

息も絶え絶え、熱があるのか顔も赤くなっていてどう考えても無事ではなさそうだが、ひとまず生きてはいる。心底安心した様子の俊輝を見て少し申し訳なさそうな表情をしていたが、それは二人の様子から状況を把握して、すぐに冷静な顔に変わった。

 

「敵がいるの……?」

 

「まだわかんねえが、たぶんいるだろうな」

 

 

「だったら私も……!」

 

立ち上がろうとする静香、しかし体調不良には抗えず、すぐにへたりこんでしまう。

 

「無理すんなって、大丈夫だ、俺達二人で何とかするから」

 

そうは言ってみたものの、現在まともに動けそうな二人では、勝てるかどうか。

 

 

二人に勝ち目の薄さを悟らせたのは、洞窟の向こう側から現われた大柄な男だった。

 

無精ひげに薄暗い目、体は鍛えられているものの、どこか不健康そうな雰囲気を漂わせている。

 

 

「んー、なんだあ、女がフラフラ飛んでやがるからコッソリ追いかけてみたらツレがいんのかよ!あーあ、久しぶりにストレス解消できると思ったのによ!」

 

 

ストレス解消、暴力か性的なものか、その意味がどうであれ、静香がまともな扱いをされるわけがない。

 

二人は構えるものの、恐らく相手は裏切り者、U-NASAの配給服を着ている自分達を見てそんな発言が出来る時点で、味方とは言い難い存在だ。

 

だが、今自分達には全く武器がない。戦闘員である俊輝の薬は尽き、静香はこの体調なので戦力としては数えられそうにない。

 

困った事に、これは詰んでいる、という状況だ。

 

だからこそ。ためらいなく、彼は前に出た。

 

「俊輝、静香を連れて逃げろ。時間なら俺が稼いでやるからさ」

 

 

男の前に立ち、拓也は堂々と宣言する。

 

「やめろ拓也、お前がここで死ぬ必要は無い!」

 

当然、拓也の発言に俊輝は反対する。しかし。

 

「よくよく考えてみろよ、生身のお前と下位だけど薬が残ってる俺、どっちが時間稼ぎできそうだ?」

 

その一言で俊輝は黙り込んでしまう。最良の選択、それは仲間を捨てる事。せっかく、静香が生きていたのに。結局、自分は仲間を失ってしまうのか。

 

 

「それとこれ、やるよ」

 

拓也がおもむろに何かを投げる。受け取り、確認すると、それは何かの薬のようだった。

「静香にあげてくれ。きっと治ると思うから」

 

何故薬なんて持っているのか。静香の症状の原因がわかっているのか。聞きたいことは色々とあるが、今はそれどころではなかった。

 

男が薬を、拓也と同じ環形動物型の点鼻薬を使用し、変態を済ませる。

 

「じゃあ静香、俊輝を頼む。俊輝、静香を頼んだぞ」

 

「わかってるさ……お前も帰ってこいよ! 待ってるからな!」

 

強く言う、自分の生還を信じている俊輝に対して、静かに告げる。

「なあ、俊輝」

 

「なんだよ……」

 

「悪りいな、あの時立て替えてくれたラーメンライス代、返せそうにねえや」

 

暗に自分の事は諦めろ、という拓也に悲しげな目を向ける俊輝。

何度も後ろを振り返りながら去って行く二人の友人を見送り、安心した表情を見せる拓也。

 

 

「おーおー、時間稼ぎとは言ってくれるなあ! この俺様によお!」

男の身体は暗色に光沢を持った不気味な姿に変わり、額には五本の触角、腕にはおそらく牙と思われる鋭い刃が付いている。

 

 

その禍々しい姿は、普通の環形動物とは一線を画するものだった。

 

「あーあ、楽しかったなあ……」

拓也は先ほど俊輝に見せた自分の環形動物型の薬を取り出す。

 

 

中身なんてもう入っていないそれを見て、拓也は虚しそうに笑っていた。




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