深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第一話です。『裏アネックス計画』……我ながらネーミングセンスが!センスが!


第1話 幹部搭乗員

「ふう、なんとか着陸には成功したようだ。全員、艦体の損傷を確認しろ!」

 

 『裏アネックス計画』実行部隊の一つ、日本第二班の宇宙艦は、若干地面にめり込みながらも何とか形を保ち火星の大地に辿り着いていた。

 

 半ば墜落に近い形の不時着。生きているだけでも儲けもの、と思わなければいけないのかもしれないが、いつ敵の襲撃を受けるかもわからないこの状況では、のんびりと神に感謝している暇は無い。

 

 

 自体は一刻を争う。

 艦内の指令室に集まった班員達は、慌ただしく動き始めた。各々担当の場所に移動し、配線を繋いだり、機器の動作を確認したりしている。思いの外艦体への被害が少ない事に安堵する船員達だったが、ある重大な欠陥を発見し、それが通達された事により艦内に緊張が走る。

 

 

「なんだこれは……通信関連が全部イカレてやがる……」

 

 先程まで映っていた各国のモニターは全て砂嵐。スピーカーからも雑音しか流れない。

 

「復旧できそうか?」

 

「わからん」

 

 

 直接的な損害こそないものの、情報を得られないというのは間接的に大きな被害をもたらす事がある。

 

 特に、何が起こるかわからないこの火星では。

 

 そんな窮状に、黒髪の青年、俊輝は隣の友人、拓也とため息をつく。

 

 

「通信機器だけ損壊とか露骨すぎるよなぁ……」

 

 

「全くだぜ」

 

 

 自分の持ち場で仕事をこなしながらも軽口を叩いて、ついでに外の様子を眺めている。

 話しながらなので作業の進みが悪いのは少し問題だが。

 

「ん……? あれは」

 

「ちょっと二人とも! ちゃんと仕事しなきゃダメだよ!」

 

 ふと、俊輝の視界の端、窓の外に見えていた無機質な火星の大地に、一瞬何かが映った気がする。

 次の瞬間、にわかに俊輝の頭に一撃が加えられる。突然の事に驚きながらも振り返る二人。

 そこに立っていたのは一人の女性。

 

 

 少し幼いものの顔立ちから二人と同年代という事だけはわかる。だが、その身長は俊輝の胸ほども無い。

 

 

 これで頭を叩けたのは、俊輝が座っていたからと、雑談をしていて油断していたからだ。

 

 

「痛ッ! なにすんだよ、静香」

 

 

「あんたらがサボッてるのがいけないんですー」

 

 

 静香と呼ばれた女性はいたずらな笑みを浮かべながら、逃げるように遠ざかる。

 

 

 それを追う気力も無く、二人はまた配線を繋ぐ作業に戻った。

 

 

 俊輝は溜息を付く。変な事態になってしまった。火星までの短い旅だったが、宇宙艦という狭い空間の中で共同生活を送り、他の乗組員との交流は深めたつもりだ。

だけど、これからの戦いではその仲良くなった連中が死ぬかもしれない。あの地球にいた時からの悪友のチビ女も、U-NASAでできた自分の隣にいる友人も。

 

 

 少し気分が沈む俊輝だったが、もう一度、先程一瞬だけ見えたものが視界に入り、その背筋に寒気が走る。

 

 

 人間が、艦に歩いてきている。まさか、火星人か。いや、この火星の原住民は、もっと違う姿をしていたはずだ。だとすれば、考えられるのは。

 

 

『アネックス一号』の搭乗員。こんな外れた着陸地点に何故いるのか、それはわからない。

 

 

 だが、偶然自分達の不時着地点を見つけ、急いで駆け付けてきてくれたのかもしれない。

 そうだとしたら好都合だ。早々にアネックス一号のチームと合流できるのは、自分達の班の評価アップに繋がるだろう。

 これが、仲良く手を繋いで一緒にゴール、というだけの話で済まない計画である以上、各国の手柄の奪い合いで先を行く事ができるのは大きな利益となるのである。

 

 

 窓から見える範囲にはいなくなってしまったものの、あの人間がこの艦を見つけ、入って来ようとしている事はほぼ確定だ。少し安堵する俊輝であったが、一つの違和感を覚える。

 

 

「なあ、なんでゴキが襲ってこないんだ」

 

 

 彼らが宇宙を旅していた時に入ってきた通信。それは、成層圏に突入中の『アネックス一号』がゴキブリに襲撃されたという情報だ。

 

 それだけ聞くと質の悪い冗談のようにしか思えないが、この話はほぼほぼ本当の事である。

 

 

 アネックス計画の前身、テラフォーミング計画。その第一段階である火星に苔と黒い生き物を撒き、火星を温かくするというそれは、意外な方向に進んでいた。五百年の間に火星の黒い生き物、ゴキブリは進化し、人型にまでなっていたのだ。

 

 そしてそれだけではない。その進化したゴキブリ、『テラフォーマー』と名付けられたそれは、素手で人間を殺傷し得る凄まじい身体能力を持っていた。

 

 

 武器を持った軍人ですら殺傷し得るそれ。しかも知能まで人間のものに近くなっており、武器を逆に利用される危険性すら出てきている。

 

 

 ここで問題が発生した。武器が使えない。生身では勝てない。どうしようか。

 

 解決方法は簡単……ではなかったが、人の英知によって示された。

 だったら、人間自体が変わればいい。

 

 

 

 そして極秘裏に開発されたのが、テラフォーマー特有の臓器、『免疫寛容臓(モザイクオーガン)』を利用して薬の力で遺伝子を昆虫のそれに近づけ、その力を人間が使用できるようにする『バグズ手術』。

 

 

 だが、これでさえもテラフォーマーに完全に通用したとは言えなかった。

 

 

 計画は失敗、死者多数。

 

 

 人類はテラフォーミング計画を放棄した。だが、火星に由来するとされる謎のウイルスが地球で蔓延、培養できないという通常のウイルスの性質に反したそれのサンプルを採りに行く為に人類は再び火星へ。

 

 これの目的がテラフォーマーの懺滅なら、水爆でも落とせばいい。だが、今回はサンプルの採集。

 

 

 結局のところ、人間が生身で集めなければいけない。バグズ手術では完全とは言えなかった。では、今回は。

 

 

 という事で計画は進んだのだが、大元のアネックス一号がテラフォーマーに強襲され、死者も出た。

 

 どんな手術であろうと、生身のままではただの人間。力を使う為の『薬』が無ければ意味が無い。

 

 そして、テラフォーマーはその『薬』を優先的に破壊するという行動を取った。この時点で、テラフォーマーに情報を流した裏切り者がいるという事はわかった。

 

 

 情報が漏れていたなら、この墜落も計画の内のはず。不時着地点を読まれ、テラフォーマーが殺到してきてもおかしくない。だが、この艦にはやってきていない。

 

 

「まあ運良く見つからなかったんだろ」

 

 

 その違和感は運がいい、の一言で終了してしまう。だが。

 

 

「ん? おお、君は本艦の人間か!」

 

 入口が開かれ、先程の人間が艦の中に入って来る。

 

 

 すでに戦闘を行っていたのか、『変態』を行った状態で。

 

 火星での厳しい戦いのせいなのか、厳しく凶悪な人相をしているその男は彼を労っている入口近くにいた乗員の一人に近づき、

 

 

 

「やあ、よく生き」

 

 

 

 力任せにその頭をもぎ取った。

 

 

 

「う、うわあああああ!」

 

 当然、艦内は混乱状態。そして、それは他の艦でも起こっていた。

 

 

――――――――

「馬鹿な、君は一体!?」

 

――――――――

「きゃっ!?」

 

「クソッ、なんだてめえは!」

 

――――――――

「…………」

 

――――――――

「博士、早くお逃げください!」

 

「……なるほど、面白い」

 

――――――――

「あらあら、参ったわね、これは」

 

――――――――

 

 手術で得た力を使う為の薬の保管庫は、艦の入り口付近にある。

 それは、ちょうどその男が差しかかっているあたり。

 

 

 繰り返してしまうのか。本艦の失敗を。しかも、敵が人間という状況で。

 

 

 男は乗員が薬を持っていないのがわかっているのか、悠然と艦の奥の方へと歩み始める。

 

 

 その進路に倒れていたのは、先程の女性、静香。腰が抜けて、立つこともできずに震えている。

 

 

 それを見て男は悪意を込めた笑みを浮かべ、そのテラフォーマーとも争える剛腕を振り下ろそうとした。

 

 

 

 だが。

 

 

「ソイツに手を出すんじゃねえ!!」

 

 俊輝が懐から注射器を取り出し、首筋に突き刺す。

 

 

 勿論、自殺などではない。静香を殺そうとしていた男は、驚きで動きを止め目を丸くしている。

 

 

「貴様……なぜそれを!?」

 

 侵入者の男は、驚愕の表情を見せた。何故ならば、男が行ったのは、それをさせない為の奇襲だったからだ。

 

 だんだんと俊輝の体が異形へと変わっていく。人間の体型そのものは変わらないものの、体中を薄黄色と黒色の模様を持つ甲皮が包み、頭には触角、腕の付け根から二本の刃が姿を見せる。

 

 カマキリの鎌のように内側に小刻みな鋸歯のついたそれは、クワガタに近いものを想像させる。

 

 

(モザイク)(オーガン)手術(オペレーション)』。

 それは、人類の新たな力。昆虫に限らず、地球に存在する全生物をベースにできる上に、さまざまな生き物に合う多様性に富んだツノゼミと言う昆虫を上乗せし、バグズ手術の強みである甲皮、筋力、開放血管系を上乗せし基礎能力を強化するという手術。

 

 それにより他の生物に近い姿に変わった俊輝は、人間には出せない速度で男の場所に向かい、静香を庇う。だが当然、そんな麗しい友情に男は容赦をすることなどなく、背を向けた俊輝に向かって容赦無く拳を振り下ろす。

 

 たとえ強化されていたとしても、相手もそれは同じ。振り下ろされた拳は俊輝の背の変質して硬くなった表皮の層にヒビを入れる。

 

 

「がっ……!」

 

 

 苦悶の声を上げる俊輝。元々彼のベースになっている生物は甲虫でこそあるもののそこまで頑丈な甲皮は有していない。たとえ俊輝が男を上回る戦闘能力を持っていても、このままではなぶり殺しである。

 

 

「薬を密かに持ち出すとは、重大な規則違反だ。後に厳しく罰する」

 

 身を挺して仲間の盾になる俊輝。暴力に愉悦を覚え腕を振るう男。両者の耳に、厳然とした声色の言葉が入ってくる。

 

 

「だが、仲間を守ったというこの成果、評価に値する。……プラマイゼロだな」

 

 

 その直後、男の手は止まった。何かに掴まれ、動けないからだ。

 そして、その腹に何かが突き刺される。先ほどの俊輝が使ったような注射器では無く、殺傷を目的とした針が。

 

 薬がある場所。それは保管庫、艦長の部屋、そして……

 

 

 

 各艦艦長が、携帯を義務付けられている。

 

 

――――――――――――――――――――

地球 某所

 

 洒落たバーの中で、二人の男が会話をしていた。

 一人は若いながらも威風堂々、という様子の青年。『アネックス1号計画』副司令官の一人、蛭間七星。

 

 もう一人は、初老の眼鏡をかけたバーのマスター。その存在は世界すらを動かしかねない男、本多晃。

 

「裏マーズランキング……?」

 

 

「ええ、マーズランキングに合わせて、こちらの計画でも、という事で。ごく単純な名前ですが」

 

 

「アネックス計画と同じく、上位に名を連ねる各国の“幹部”達は人間側の兵器といっても差し支えがない」

 

 

「だが、その兵器はアネックス一号とは別の危険性を秘めているものが多い」

 

「ほう」

 

 

 蛭間七星は、初めて笑った。それは、素直に認める事ができない、という苦々しいものであったが。

 そして、続きを口にする。

 

 

「各国クルーを指揮し、だが、ほぼ全員が軍隊出身者ではなく……」

 

 

 

 

「選ばれたベースに適合し訓練を受けた彼らは―――」

 

 

――――――――――――――――――対人でも

 

 

 

 

――――――――――――――――――対虫でも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――対テラフォーマーでもない

 

 

――――――――――

「耳栓でもして部屋に隠れていなさい、みんな」

 

―――――――――――

「みなさん、なんでもいいので肌を出さないようにしてください……」

 

―――――――――――

「諸君、息を止めて自室に引きこもっていてくれたまえ」

 

―――――――――――

「ちょっとグロテスクだから嫌な子は見ないでねー」

 

――――――――――――――――――――

 日本、アメリカ、ロシア、中国、ドイツ、ローマ連邦。

 

 

 

「各加盟国より選り抜きの、対MO手術被術者戦のプロフェッショナルです」

 




観覧ありがとうございました。

各国幹部のセリフで、ほんのちょっとだけベースが予想できるかも。

3巻のあのシーンが大好きなんです、はい。
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