「……さて、この辺りのはずだな、俊輝」
「そうっす、班長」
すでに日は落ち、暗闇が世界を覆っている中、4人の人影が荒野を進んでいく。
日本班班長、剛大と班員の俊輝、その他日本班2名だ。
油断なく周囲を警戒し、奇襲に備えながらも歩き回り、行方不明の班員、拓也を捜索する。
単調な風景が多い火星では正確な位置を把握する事は難しいが、それでも俊輝が覚えていた方角と距離を頼りに足を進め、この場にたどり着いていた。
「我々が探しに来る事を読んで伏兵を配置してある可能性も高い、いつでも薬は使えるようにしておけよ」
「わかってます」
俊輝は注射を、班員の一人もそれぞれの薬を持ち、いつでも使用できる状態に。もう一人はすでに変態を済ませている。常に一人は変態し、敵襲に備えている状態だ。
だが、常に変態ができるようにしておくというその行為は気休め以上の何物でもなく、実際に奇襲を受ければ間に合わない可能性が高い。それほどまでに危険な任務なのであるが、剛大は俊輝の懇願を受け、ここに来ているのだ。本来ならば危険も多く、見返りも少ないという行うべきではない作戦。しかし。剛大の一番の心配である『本艦の防衛』が解決された。さらに、俊輝の報告から敵は『裏切り者』陣営の上層部だと判断し、その尻尾を掴む事ができたのならと思い、今回の作戦を決行したのである。
もちろん、1%たりとも情に流されなかったのか、と言われれば剛大は否定しない。狭い艦内での集団生活で火星までやってきたので班員達の仲は非常に深く良好になっている。複数人での作戦の最終的な決定権は班長である剛大が有しているが、それでも班員全員に決を採ればその多くが捜索を望むだろう。それを独断で自分が切り捨てれば、士気は下がり今後の作戦に影響が出る可能性は高い。
そんな事を考えはしたが、結局は『仲間』を救いたいが立場に縛られて動けない自分に色々理由をつけて作戦決行やむなし、と言い訳をしてを正当化しているだけだな、と剛大は心の中で苦笑していた。
「班長、何か物音がします」
班員の一人が剛大に話しかける。それに無言で頷き、耳を澄ませる。
岩陰で動く音。俊輝ともう一人も実際に聞いたわけではないが、状況を察して歩みを止め、押し黙る。
その時だった。
剛大の持っていた小型通信機が突然鳴り出し、急用を告げた。現在は作戦中なので消音状態にしてあったのだが、これは緊急事態用の仕様だ。いくら緊急事態でも潜伏時などにいきなり鳴ったりしたらどうするんだ、とこの通信機の製作者に物申したいところだったが、今は潜伏中よりマシな状態か、と考えて通信に答えた。
もちろん、三人には岩陰を見張らせたままでだ。
「あ、班長、大変だ!なんかまずい事態が起こってるみたいだぜ!」
通信を送ってきたのは、本陣に戻っている健吾だった。彼らの偵察班が帰還したからこそ、剛大は本艦を離れていたのである。やはり数名はランキング上位者がいた方がいいという判断だ。
「どうした、簡潔に報告を」
「通信設備が回復したんすよ!とりあえずは他班との連絡が取れる状態です!後はややこしいので直接繋ぎます」
ガチャッと古典的な無駄に大音量な音と共に健吾の声は途切れ、入れ替わりに別人の声が耳に入ってくる。
「こちら、ドイツ・南米第5班。今現在わかっている事を情報共有しようと思う。通信が可能な班は応答、現状を報告していただきたい」
――――――――――――
所変わり、ここは北米第一班の宇宙艦周辺。不時着直後にテラフォーマーの大群に襲われ、それを撃退した直後に裏切り者勢の大攻勢を受けているという不幸極まりない班である。
「みんな、大丈夫かい?」
先頭を切って戦っている赤毛の青年、班長であるダリウスが班員達に呼びかける。
物量では押し負けているものの、今現在立っているダリウスを含む6人は全員が戦闘員らしく、一歩も退いていない。
「ジョニーが殺られました、畜生!」
「あまり戦況はよろしくないみたいだね……君たちが艦に避難する隙が作れればいいんだけど難しいか」
通信設備こそなんとか修復できているものの、地球への通信は行えない状態だ。修理も簡単だし遠くの親族より近所の他人、という事で火星内通信こそ修復できたものの、自分たちが最後に確認した時にはまだ応答してくれる班はいなかった。さてはて、援軍は望めない。敵は数こそ少し減ったものの多い。どうしたものか。
そんな事を考えているダリウスとは裏腹に、艦内では絶賛情報共有中なのだが、戦闘中の彼らにそれを確かめる余裕はあるわけがなく、全員がいつ終わるかもわからない戦闘に不安を募らせていた。
「オラァ!」
「うおっ、あぶなっ!」
クワガタムシ系と思われるベースの男が繰り出した一撃を紙一重で回避し、ダリウスは一歩後ろに下がる。そして小吉と同じように両腕から生えた針を素早い動作で男の首に突き刺す。
「ぐっ……」
苦しむ男。だが、それだけではなかった。首の筋肉と皮膚が爛れ、醜い傷跡を血と変色した皮膚が赤く染める。
「どうよ? 死ぬ程強い毒でもないけど、人間サイズになれば戦闘の補助くらいには使えるでしょ」
激怒した男の仲間たちの攻撃を避けながら、ダリウスは軽い調子で話す。
しかし、内心ではあまり余裕が無い。早く、仲間たちを艦内に逃がさねば。ここで自分が死ぬわけにもいかないし、班員を死なせるわけにもいかない。
「なあ、君たちさあ、どっかに雇われてるの?」
相手は何も話さない。
まあ当然だとダリウスは思うが、それにしてもおかしい。
この人数を、他の班も襲撃を受けているのだと仮定すればこの何倍もの人数を、誰にも気づかれず、どのようにして火星に送ったのか。
独立した勢力に、こんな事ができるとは思えない。だとすれば、考えられるのは。
――――どこかの大国が音頭をとっている
やはり来たか、という感覚だった。
自分は半強制的にこの計画に参加させられた身であるし、本国からしても処分したい人間である事は自覚している。しかし、そんなくだらない事のためにわざわざここまで手の込んだ事をする事はないだろう。仮にそうだとしたら、到着直後に全ての班に機関部異常が発生した事の説明がつかない。
どこかの国はそれを偽装していた事も考えられるが、少なくともこの班の不時着は本当だ。
他の全部の班が不時着を偽装していたなんて、それはギャグの領域だろう。
これはそんなに簡単な問題ではない。
通信設備が破損したと言っても、それは時間をかければ十分に修復できるレベルだ。仮にどこかの国が裏切り者だとして、正体を現すのが早ければ、一瞬で地球にチクられてしまうだろう。
それの対策も恐らくあるはずだ。だとすれば、さらに急がなければならない。
相手の準備が終わるまでに、通信を回復せねば。地球への、などという贅沢は言わない。
急いで他の班と連絡を取り、連携を行える態勢を整えねばならない。いつでもお前ら以外の全ての国が相手になるぞ、という状態になれば、その国は動けなくなるだろう。裏切り者勢のまだ見ぬ強者はともかく、他国の班員、特に自分と同じ幹部搭乗員は一人違わず危険だ。
ダリウスは一人一人、班長達の顔を思い浮かべる。
自分と仲のいい日本班班長、剛大さん。おそらく彼は、いや彼の国は馬鹿正直にベースを公開しているのだろう、トビキバアリ、あの総合的にハイスペックな能力は脅威になる。
北の大国、ロシア班班長、エリシアちゃん。本人はまだ成人もしていないし気弱な性格の優しい少女で公表されているベースはアカウミガメという明らかに戦闘向きではないそれだが、訓練の時に見た彼女は人間想定の外骨格除去版テラフォーマーを次々と即死させる恐ろしいものだった。クラゲか何かなのだろうが、あの強力な毒は絶対に相手取りたくない。
我が国を超え、世界の覇権に最も近い、中国・アジア班、欣さん。剛大さんに似て物静かで任務に忠実な軍人だ。公表されているベースは『イイジマフクロウニ』。訓練の時もなんかトゲトゲになっていたし、これも正しいベースなのだろうか。だが、本人の高い身体能力、長年の経験から来る判断力と合わさって、物理攻撃を躊躇させるその性質は厄介な相手になりそうだ。あれ、彼は幹部搭乗員だっただろうか? 確か専用装備は彼に渡されていたはずだが。
自分もその身に宿しているαMO手術の開発元、ドイツ・南米班班長、ヨーゼフ博士。気難しそうな人だったのであまり話をした事が無いが、彼がそのαMO手術の開発者、しかも主任だった男だ。悪い事に、幹部搭乗員の専用装備開発は彼が行っており、各幹部の特性を最大限に強化する装備を制作した。これがなぜ悪い事かと言うと簡単で、自分含め幹部搭乗員のベースが全部筒抜けである。本人の実力はよくわからないし腕相撲はハンパ無く弱かったが、おっかないベースだった気がする。
そしてローマ班、エレオノーラさん。いつも穏やかな笑顔を浮かべているお婆さんだ。かなりやせ細っているように見えるのに、めっちゃ力が強かった。しかも、時々おっかない事を言い出したり行動を起こしたりする。
ベースはヒトデの仲間、テヅルモヅルだって書いてあったが、どうなんだろうな。
彼らの内、一人でも敵に回すと考えると嫌になってくる。自分も彼らと戦って勝利できる自信はあるが、それは条件が整っていたらの話だ。状況によっては何もできずに殺される事もあるかもしれない。
だがそれも、他の幹部と共に五人でかかれば大した問題ではない。そのために今自分たちは時間を稼いでいるし、艦内の皆は修理に全力を尽くしてくれているのだ。
「さあみんな、もう一働きするぞ! 命令は一つ、『死ぬな』だ!」
ダリウスが倒した死体を持ち上げ盾にしながら班員達に呼びかける。
北米第一班の戦いは、まだ続きそうだった。
観覧ありがとうございました。
相変わらずどうでもいいところで重要な情報を出される中国の人かわいそう…