深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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すいません、思ったより戦闘パートが長くなってしまいました。
会話パートは次回に持ち越しです


第19話 紅色の老婆

エレオノーラ・スノーレソン

 

MO手術ベース 軟体動物型 『サメハダテナガダコ』

 

ヨーロッパの多くで悪魔と忌み嫌われる生物、蛸。それが彼女のベースである。

その体躯はヒョウモンダコのように小柄ではなく、かといってミズダコのように人間を上回る巨躯でもない。タコとしては標準的なサイズだ。その腕は、体長の半分に達するほどに長く、そして強靭な筋肉の塊である。

引きちぎった腕をまるで玩具のように弄び、すぐに飽きたかのように放り投げる。

 

 

「っ!?」

 

腕をねじ切られ、一瞬の事で反応が遅れたが、エレオノーラに襲い掛かった4人はそれでも戦士、苦痛の唸り声をあげながらも一歩下がる。

 

だが、ほんの少し遅かった。4本の触手が2本づつ襲い掛かり2人の首に巻きつく。そして、もう一人はすでに絶命した女性の頭から手を抜き地を抉るほどの脚力で追撃してくるエレオノーラに頭を掴まれた。

 

直後、骨が砕け割れる音が三つ。ただ一人、追撃を逃れた男はすでに戦意を喪失している。

仲間たちの死に、勝利を確信していた周囲の残る5人は撤退すべきか攻勢を仕掛けるべきか悩んでいた。

 

自分たちはまだ有利な側だ。有利ならこれまで通りの硬直戦にもちこめるはず。

その安心が一瞬の隙を生み出す。4人が襲いかかった段階で変態こそ終わらせていたものの、回避が遅れた。

 

戦意を喪失した男を無視しそのまま走るのをやめなかったエレオノーラが包囲の一角にいた裏切り者の一人を

目に映し突貫する。同時に、いつのまにやら拾っていた小石を思いっきりその一人以外に投擲し牽制。流石に致命傷にはならないが、タコの筋力と本人の剛腕で投げられた石を体に受け、出血程度のダメージを受けてしまっていた。それと同時に動きも少しだけだが止められ、救援が遅れる。狙われた男は慌てて腕をクロスさせ無意識の内に三人の死亡原因である首と頭を守ろうと試みた。

 

だが、一撃は訪れない。疑念を抱いた直後、腕の防御を強制的に引きはがされ、足も何かに拘束され宙に持ち上げられる。

 

触手4本で両手両足を縛られ、大の字になる形で浮かされていたのだ。

 

「なんだよ……人質をとったから見逃せってか?」

 

 

それに対し、エレオノーラは何も答えない。ただにこやかな、老婆が孫が走り回っているのをロッキングチェアーに座って編み物でもしながら見ている時のような笑顔を浮かべているだけだ。

 

4人は慎重に再び包囲を作ろうとエレオノーラの四方に移動する。

まだだ、まだわからない。これまで死んだ4人は不意打ちによるものだ。正面から戦えばまだわからない。

それに自分たちには、こいつ(タコ)と戦った経験がある。

訓練を思い出せ。あの人も、恐らくこの妖怪ババアと同じくらい強いに決まっている。マニュアル通り戦えば、対処できない相手ではないはずだ。そう考え、4人は沈黙を守る

 

数秒、数十秒、緊張して時間の進みもわからないが硬直状態で時間が流れる。

 

 

「いだ……痛い痛い痛い痛い痛い痛いアアアアァア!!!」

 

それを破ったのは、絶叫だった。エレオノーラに拘束されている男が、明らかにおかしな様子を見せていた。白目を剥き、体中が震えている。最初こそ絶叫にかき消されたがそれと同時に確かに聞こえる、ミシミシやブチブチという音。

 

「あら、人質? なんの話をしているのかしら」

 

直後、その異音は最高潮に達し、そして聞こえる事は無くなった。

4本の触手が力余ってアーチのように2本づつ、きれいに左右に散開する。背に(おびただ)しい返り血を浴びながらもエレオノーラの笑みは崩れない。変態により赤みのかかった触手と本人の体をさらに赤く染め上げ、ニ分割された人間だったものの残骸は無残に地に落ちた。

 

「てめぇ……」

 

交渉なんて通じる相手ではない。それを仲間一人の尊い犠牲によって理解した彼らは、同時に走り出し、それぞれの武器を取り出した。

 

 

一人が変態によって手にした大振りな刃で襲い掛かる。カマキリ系列の生物だろうか。

 

「私はね、ここに来てよかったと思っているのよ」

 

エレオノーラは相性が悪いと即座に判断し、触手で顔を突きに行く。

それを回避したものの、頬にかすり、皮膚を引きはがして血が噴出した。攻撃もバランスを崩して中断させられてしまう。迂闊に飛び込めば、触手4本による熱烈な抱擁が待っている事は想像に難くない。

 

だが、一人ではない。それが、彼に安心して攻撃を中止し退けさせた。

エレオノーラの左方から、両腕を組んで振り下ろす重たい一撃が加えられる。

本人の体格とベース生物『ゴライアスオオツノハナムグリ』によるものだ。

 

対応し、左腕でガードするものの、腕一本では分が悪かったようで、徐々に押されていく。

エレオノーラが固定されたのをいいことに、右方より鋭く尖った爪の一撃が触手を、その先にある心臓を狙って放たれる。

 

「おしゃべりとは余裕だなババア」

 

その攻撃の結果は成功とも失敗ともいえない。触手の一本に突き刺さり、さらに勢いに乗ってエレオノーラの体にも到達したからだ。致命傷ではないが、ようやくダメージを入れる事ができた。

 

「よっしゃ、決めてやれ!」

 

現在のエレオノーラの持つ手札は、触手2本と右腕のみ。突き刺された触手と防御に使っている左腕は当然使えず、前方に突き出した触手を引きもどしている時間はない。

 

背後から最後に繰り出されるのは、昆虫界最強の力を持つとされる『フンコロガシ』による打撃。

 

その力、自分の体重の300倍を持ち上げられるほど。これを受ければ、さすがに強靭なタコといえど……

 

 

 

――――ヤットアソビバガテニハイッタ

 

 

その声を聞いたのは、4人の内何人だっただろうか。だが、そんな事は問題ではなかった。

 

エレオノーラの姿勢が、ゴライアスオオツノハナムグリの力によって抑え込まれていたはずの体が急に前倒しになる。それと同時に左手の力が抜け、左方からの攻撃は抵抗を無くした腕ではなく地面に叩きつけられた。

 

そして後ろに下がった男の顔に黒い液体が吐きつけられる。

 

爪で(はりつけ)にされていた触手が動き、背中に刺さった爪を引き抜いた。慌てた裏切り者勢がそれを触手から抜こうとするものの、触手の筋肉は強力に凝縮され力が込められており、ぴくりとも動かない。そして爪を食い込ませたままその腕を残り3本の触手が引きちぎる。

 

急激な重心移動、視界を一瞬で奪い去る墨、あらゆる方向に自由自在に力を加えられる強靭な筋肉。

これら全てが、蛸という生物。西洋で古くから忌まれ、恐れられてきた海の魔物の力。

 

全ての戒めから解放されたエレオノーラがターンし背後へと向き直る。

 

その武器、4本の触手と四肢、合計8本。

4本の触手が容赦無く振り上げられた、力が失われているその瞬間の腕を縛り付け、骨を砕く。

左右の足で交互に蹴りを放ち足元を崩し、ぐらついた体を両腕でつかみ掲げる。

 

「くそっ、待ってろよ、今助け」

 

なんとか復帰した3人が、背を向けているエレオノーラを再び力強く見据える。

だが、拘束され、唯一エレオノーラと向き合っている彼は見てしまった。

 

エレオノーラの口から、何かの気体が漏れ出しているのを。

 

「うっ」

「なっ!?」

「……え」

 

3人が、同時に崩れ落ちた。

 

もう一つだけ、『サメハダテナガダコ』には特徴がある。

それは、ヒョウモンダコほどではないにしろ強力な毒を持っているという点である。

 

人体を痺れさせる効果のあるそれは、死亡事例こそないものの、対応が遅れれば死に至る可能性もあるという代物だ。もちろん、即効性の毒ではないし、空中散布するならば傷口が無いと効果的には機能しない。

 

「ババア……まさか、俺たちに石を投げて傷を付けたのは……」

 

エレオノーラは何も答えない。

もう興味を失ったかのように、ちらりと横を見る。そこには、エレオノーラが戦闘前に持っていた肉塊。苦しそうに呼吸をしているさまが見て取れる。

 

「さて、捕虜が増えちゃったわね。この数はさすがに老人一人では大変だわ。だから」

 

毒で薄れゆく意識の中、男はエレオノーラが自分の腕に手を伸ばすのを見た。

 

「もうちょっと、軽くしないとね」

 

ぼとっ、と何かが地面に落ちる音を聞きながら、男の意識は闇に沈んでいった。




観覧ありがとうございました。

おまけ
Q,あなたのベース生物、どうやって採取されましたか?

ダリウス「うーん、忘れちゃいました」

剛大「確かオーストラリアに研究班が採取しに行ってたな」

エリシア「えーっと、水族館からもらってきたそうです!」

欣「どこだったかな、研究班が病院送りになったとだけは聞いたのだが」

ヨーゼフ「研究所にサンプルがあったからそれを使ったよ」

エレオノーラ「ジャパンの三重県」

全員「えっ?」

エレオノーラ「三重県」
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