深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第2話 数と力

 MO手術において、誰が手術を受けようと安定した実力を発揮できる生物がいる。

 

 

 その利便性、種によっては特殊な能力を持っている事があるその生物は、採取が楽で数も揃えやすく、能力も十分に高いというMO手術にうってつけのものだった。

 

 

 実際に『バグズ二号』でもその生物の一種をベースにした人間は本人の優れた肉体と技術も合わさりテラフォーマー一体にも叶わず散っていく人間が多い中で凄まじい戦果を叩きだした。

 

 

 とても身近でよく見かける、しかしその小さな体には無限の可能性がある、その生物は……

 

 

 

 

「その触角、甲虫の甲皮に傷を付けられる腕力、なるほど、お前、『アリ』だな?」

 

 

 俊輝を庇うように侵入者の男との間に割って入り、剣を男の胸に突き立てたのは、日本第二班の班長、この宇宙艦の艦長だった。

 

 

 その頭からは昆虫と思われるものの触角が生え、体にはその昆虫の体表と思われる黒色を纏っている。

 

 

 そして両手首の辺りから生えているのは、飴色の刺突剣(レイピア)

 

 

 動揺した男に反撃の隙を許す事無く、班長は廻し蹴りを見舞い男を艦の外に放り出す。

 

 

 

 その距離、約15m。一瞬で宇宙艦の中から脅威は消え去った。

 

 

 乗員達はこれを好機とばかりに入口付近の薬保管庫に駆け入り、薬を取りに。

 

 

 

 俊輝は先程のショックで戦闘では役に立ちそうもない静香を抱え、艦の奥に避難する。

 

 

 自分も戦闘員としては十分な実力を持っていると自負している俊輝だったが、今は優先すべきものがあると考えたのだ。

そしてそれ以上に、自分が出る幕など今のこの戦いではもう無いとわかっていたから。

 

 

 艦の外。今度は逆に、男が恐怖を覚える番だった。先程の女性、静香のように腰が抜けて動けないのか、無防備な体勢で立ちあがる事もできずに後ずさるだけの男。それを威圧するようにゆっくりと近寄っていく班長。

 

 

 そこには乗員の薬の不所持を信じて一方的な暴力に愉悦を感じていた侵入者の姿はどこにも無い。

 

 

 だが。

 

 

「背中がガラ空きだぜぇ!」

 

 品の無い声と共に、男を追って宇宙艦から出た班長に死角から襲いかかる、二つの影。どちらも、男と同じような特徴が体に現われている。

 

 

 アリの最大の武器。それは、力でも無く、顎でも無い。

 

 

 

 数、である。

 

 

―――――――

西暦2619年10月20日 U-NASA

 

 

 薄暗い会議室。前方にはモニターが置かれ、それとささやかな照明のみがこの部屋の光を占めていた。

 

 

 部屋の隅には大勢の武装した兵士。彼らには今すぐにでも戦場に行くかのような緊張した雰囲気が流れている。

 

 その原因は二つ。

 

 

 一つはモニターに映し出された資料、映像の説明をしている青年、蛭間七星。

 

 

 もう一つは、それに各々違った反応を見せる六人の男女。

 

 

「へえ、ゴキブリが。僕の敵だね」

 頬杖をついて暇そうにしている赤髪の青年が、資料を見てひとり呟く。

 スーツを着て身なりこそ立派な社会人であるものの、その態度から真面目さは微塵も感じられない。

 

「あらあら、意外と可愛いじゃない」

 

 今モニターに映しだされているのは、テラフォーマーの解剖図。それを見て常人がしそうもない発言をしたのは、紫を基調にしたシックなドレスを身に纏う長身の老婆。枯れ木のようにやせ細ってはいるものの、その身からは殺気に近い威圧感が常に放たれている。

 

 

「気持ち悪いです……」

 至極まともな一般的感性での感想を述べ、若干青ざめながらも真面目に見なければいけないという使命感に駆られているのか硬直して画面から目を離さないのは、長く伸ばした銀髪にロシア帽を乗せた小柄な少女。

 

 

「これが火星での任務における最大の障害、テラフォーマーに関する資料です。しかし、幹部の皆様は基本的に別のモノを相手にしてもらう事になるかと思います」

 

 モニターを切り替え、テラフォーマーの画像が消滅する。それに心からホッとした様子を見せるロシア帽の少女。

 

 

「次に行かせてもらいます。上位ランカーの装備の携帯に関して。各艦16人、計96人が参加するこの計画は、本艦への増援部隊という都合上、戦闘員の数が多いので、武器に関しましてはアネックス一号より多い25位までのランカーに武器の携帯を許可する事に致しました」

 

 簡潔に話を進める七星。冷静沈着な彼でさえ、早くこの会議を終えたいと願っているように見える。

 

 

 

 

「その中でも特に幹部(オフィサー)の専用装備に関して説明を。ヨーゼフ博士、どうぞ」

 幹部の席を立ち七星がいるモニター前まで歩いてきたのは、白衣の男性。丸眼鏡にツンツン頭という見るからに科学者というオーラを放っている彼は、七星を追いだすかのように正面に立ち、説明を始めた。

 

「改めて名乗らせてもらおう。ドイツ・南米第五班班長、ヨーゼフ・ベルトルトだ。よろしく頼む」

 

 

 名乗り、モニターの準備をするヨーゼフ。切り替えられたモニターには、複雑な計算式が並んでいる。

 

 

「まあこんな物を君達に見せても理解できないと思う。では手短に説明させてもらうよ」

 

 じゃあ映すなよ、と心の中でツッコミをする他の幹部達。

 

「君達五人と私の専用装備は特別製、私が丹精込めて技術の持てる限りを尽くした傑作だ、感謝したまえ」

 

 

「私、マーズランキングの方で88位だったのに、大丈夫なんでしょうか……」

 

 少女が不安そうに呟く。だが、ここにいる人間で誰もそれを気に止める者はいない。今の彼女が、自分達に並ぶ存在だとわかっているからだ。

 

 

 満足げに笑うヨーゼフを白い目で見る幹部達だったが、研究の日々を思い出して感慨に浸っているヨーゼフは全く気がついていない様子。

 

「アネックスの幹部の物も私に任せてくれてよかったのだがね、全く」

 

 

「お前みたいなキチガイの作るものが信用できるわけねーだろ」

 

 小声で呟いたのは、部屋で待機する兵士の一人。怨みを込めた声で、ヨーゼフを睨みつけている。

 

 もちろん、本人がそれに気が付いている様子は無いが。

 

 

「これを存分に使いこなしてくれたまえ。でなければ、過労死寸前の開発局の皆に申し訳が立たないからな」

 

 その言葉が合図だった。兵士の一人が怒りに身を震わせモニターに近づき、ヨーゼフの襟を掴んで怒鳴る。

 

「ふざけてんのかテメエ! あの時と全く変わっていないみたいだな、ここでブッ殺してやる!!」

 

 

 その場にいる全員に緊張が走ったが、真っ先に口を開いたのはヨーゼフだった。

 

「私を殺す? では、私のベースの新しい適合者は見つかったのかい?」

 

 悠然と、自分の命が目の前の兵士に委ねられているなどとは全く思っていないかの様子で、ヨーゼフは言葉を紡ぐ。

 だが、その言葉で兵士はひるんでしまう。

 

「私含めここにいる幹部の存在価値は手術ベースにある事、忘れてはいけないよ。今なら不問にしてあげよう、持ち場に戻りなさい」

 

 

 まるでやんちゃな生徒に語りかける先生のように優しくヨーゼフは告げた。

 それを聞き、先程までの強気が嘘だったかのように兵士は力を弱める。

 

「では、私の話はこれまでだ。清聴、感謝する」

 

 兵士も他国の幹部達も、席に戻っていく科学者をただ見つめる事しかできなかった。

 

 

 彼が最後に言った事。幹部の存在価値は手術ベースにある。これは事実である。

 

 

 MO手術に使用される生物の中には、免疫寛容臓(モザイクオーガン)だの技術力だのに関係無く非常に適応しにくい、もしくは不可能ものがある。どんな素晴らしい能力を持った生き物でも、それに適合できる人間がいないと意味がない。

 

 アネックス計画の幹部は各国の優秀な軍人を集めその人間に適合した生物をベースにした。結果として彼ら全員が最上位ランカーの戦闘力を持てた事は一種の奇跡といっても過言ではないだろう。

 

基本的に生身でテラフォーマーと戦える人間は存在しない。

例外はアネックス計画の上位ランカーの数人や他ごく少数いるものの、特例も特例だ。

 どんな優秀な人間でも、ランキング上位に入るにはベースとなる生物の能力も必要なのだ。

 

 

 なので、この点を鑑みて今回はその逆をする事にした。あらかじめ強力なベースを選び、それに適合できる人間を世界中から探し出す。だが、その強力なベースは極めて人間に適合しにくいものだった。

 

 そして、彼らには極めて成功確率の低い、MO手術の後継と言える特殊な術式が施されている。

 

 

 世界各国で適正検査が行われ、ベースに適合し、その術式に耐え生き残ったのはここに立っている六人のみ。

 

 人間ではなく、ベースありきの選定。だからこそ、彼らは戦闘という点で他者を圧倒するものを持っている。

 

 

「ではもうお開きでいいですよね! 剛大さん、エリシアちゃん、昼食でもご一緒にいかがでしょう?」

 

 日本とロシアの幹部(オフィサー)を半ば無理やり連れ、赤髪の青年は部屋を出て行ってしまう。

 

 

 確かに今話すべき事は無いものの、なんて自由で勝手な連中だ、と愚痴をこぼしそうになる七星。

出発数か月前、裏の幹部会議の一コマである。

 

―――――――

 

「……お前らと我々では絶対的に違うものがある」

 

 背後から渾身の一撃を繰りだそうとした男の腹に剣が突き刺さり、そのまま凄まじい力で地面に叩きつけられる。

 

 

 先程その剣を身に受けた侵入者は、ガクガクと震えだした。

 

 それは恐怖では無く、体内に擦りこまれた物質の影響。

 

 

 

 

 

 数は力なり。それは不変の真実だ。だが、それを覆す存在がいるのもまた事実。

 そして、力を持ち数も持つ存在がいる事も。

 

 

 

 昆虫界最強の猛毒。それを持つ生物は何であるのか。毒に頼るのだ、さぞかし非力な存在に違い無い。

 

 

 最初はそう考えるだろう。だが、それは間違いだと気付かされる。

 

 

 

 その生物は毒に頼る虫と呼ばれるにはあまりに力強く、凶暴。

 

 

 

 猛毒の針だけでは物足りず、さらに二本の(つるぎ)を携え、さらに極限まで視力を持った。

 

 

 

 その二本の剣と猛毒の刃を用いるのは、礼儀を重んじる騎士などではなく、無策に見境なく敵に襲いかかる蛮族と呼んだ方が正確な軍団だ。

 

 

 

 されどその刃に己無く、全ては主の為に。蛮族であれど女王に全てを捧げる騎士の如く。

 

 

 

 

 日本第二班班長、島原剛大。

 

 彼は己の腕から生えた二本の(つるぎ)を見て、静かに目を閉じる。

 

 

 同族でありながら、これほどの力の差を持ってしまった彼の目には、何が映っているのか、それは本人以外の誰にもわかるものではなかった。

 

 

 

島原剛大   

 

 

 

 

国籍:日本

 

 

 

 

 

24歳 ♂

 

 

 

187cm 91kg

 

 

 

 

 

 

『裏マーズ・ランキング』4位

 

 

 

 

 

αMO手術 “昆虫型”

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――トビキバアリ―――――――――――――――




観覧ありがとうございました。

幹部搭乗員枠のキャラのベース生物、こんな感じというお試しパート的回でございます。
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