深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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26話です。ほんわか&……


第26話 悪夢

「追手は見えるか」

 

「いえ」

 

 

夜が明け、陽光が疲弊した日本班の皆を照らしていた。

中国班が裏切った。それは予想できていた事だった。

 

だが、想像以上に敵の戦力は強大だった。。

班員のプラチャオでさえ剛大とほぼ互角に戦えるほどで、副班長の欣はさらに強い。

こちらは戦闘員のほぼ全てを投入したというのに、結果は這う這うの体で何とか逃げ出せた、というだけである。

 

だが、自分達だけでは勝てないという事がわかっただけでも幸運だ。

あの場で死んでしまっては、それすらわからなかったのだから。

 

敵の主戦力のベース生物もある程度は判明した。

合流後、今後の対策としていい情報になるだろう。

 

 

目の前に見えるのは、火星の岩山。その麓には、小さな入口があった。

 

 

 

――――

 

基地の中は、班の皆が思っていたよりもずっと快適そうな空間だった。

入口付近こそ洞窟そのものだが、奥に進むと簡易な電燈とそれに電気を送っている配線が張り巡らされており、

岩も綺麗に削られていて歩くのにも困らないそこそこ平坦に加工された床が広がっている。壁には時折監視カメラのようなものが見えるが、全て壊されている様子。

 

そして、複雑な分かれ道に班の皆が困っていた時、一人の青年が彼らの目の前に姿を見せた。

金髪碧眼に、真面目な印象も与えるが人懐っこそうな笑顔。

 

「ようこそいらっしゃいました! 遠路はるばる、ご無事で何よりです」

「おお、ダニエルじゃねーか!」

「ダニエル君、久しぶり」

「君は第5班のダニエル君だったか。こちらは日本第2班の合流組……と言っても14人全員が合流するつもりでいる」

 

俊輝と静香の挨拶と、剛大の状況説明。

それを聞き、ダニエルは少し驚いた表情を見せる。

「えっ、全員ですか!? それはありがたい話なのですが、そちらの宇宙艦は……」

 

「必要な情報だけ持って処分してきた。こうなったら総力戦だ、と思ってな」

 

その後はここまでの経緯を説明し、今後の予定を尋ねる剛大と、それに対し基地の設備を説明するダニエルという一幕があり、最後にダニエルがヨーゼフの伝言を伝えた。

 

 

「では剛大様と静香さんは僕に付いて来てください。うちの班長からお伝えしたい事があるそうなので」

「えっ、私が?」

 

頷く剛大と、驚く静香。

班長である剛大が呼ばれるのは当然の事だろう。今後の事について班長同士で話し合わなければならないし、詳しい状況報告も必要だ。

だが、静香は違う。自分は上位ランカーであるが、それだけだ。その理由で呼ばれたのなら俊輝も呼ばれて然るべきだし、自分だけが呼ばれる理由が無い、と静香はドイツの班長の考えを読めずに不思議そうな顔をしていた。

 

「では他の方は休憩室へどうぞ。ここを左に曲がって見える三番目の部屋です、怪我をした方は医務室へどうぞ」

 

その言葉に従い、俊輝、翔、健吾の三人は休憩室へ向かい、欣との戦いで毒棘が刺さった武は医務室へ向かう。

ダニエルと剛大、静香は4人とは別の道へと向かい、階段やはしごを使って上階を目指して登っていく。

 

「君たちの班に被害は出たか」

 

移動の暇に、剛大がダニエルに質問を投げかける。

幸い、自分達日本班は最初の奇襲で犠牲になった一人だけでそれ以上の死者は出ていない。他の班はどうなのだろうか、という疑問である。

後追いで合流する予定の残り8人が心配だが、今はまだ無事を祈る他無い。

 

 

「ああ、僕らにはまだ被害は出ていません。博士が一人で宇宙艦の防衛からこの基地の制圧までしてしまいましたから」

軽く言うダニエルに驚きを隠せない二人。ランキング二位、アネックス1号計画のドイツ班も上位ランカーが少ない分班長の強さが飛びぬけていたが、こっちもそうなのか。

腕相撲の時といい体力テストの時といい、『身体能力』という点では全くもって論外な博士だが、2位という称号は伊達ではないようだ。ベース生物に依存している強さなのか、それとも他にも何かあるのか、少し思案する剛大。

 

 

「到着です。博士、2班のお二人をお連れしました」

 

そんな事を考えている内に最上階に。

そこは、通信設備や監視カメラのモニターと思われる機器を中心にいくつかのコンピュータが置かれた、司令室のような場所だった。

 

そして、椅子に座り資料を見ている、ドイツの班長の姿。ダニエルの声に反応し顔を上げた彼は、二人に席を勧め、自分は立ち上がった。

 

「ようこそ、生きていて何よりだよ。まあ座りたまえ」

 

ヨーゼフの言葉に従い、ダニエルが運んできた椅子に腰を下ろす二人。

腕を後ろ手で組み、資料をしまいながらヨーゼフは話を始めた。

 

「まず最初に謝らせてくれ、静香君」

「……はい?」

 

突然の謝罪に混乱する静香。全く思いあたる節が無い。

 

「君が我が班の宇宙艦に近づいた時、反射的に敵と認識して攻撃してしまった。すまなかった」

「え、あれってヨーゼフさんだったんですか……?」

 

静香が偵察に出ていた時、巨大なアメーバのような何かが第5班の宇宙艦を取り囲んでいるのを見た。

それは宇宙艦を襲っていた裏切り者勢に対して反撃を仕掛けていたのだが、静香は近づきすぎてそれに襲われ、回避したが頭痛と記憶が混濁した……という事があったのだ。

症状自体は拓也が残してくれた薬が効いたおかげで何とかなったが、テラフォーマー以外の宇宙生物がいるのか、と慌てたものだった。だがその正体がまさか仲間だったとは。

 

「ああ、私の能力だよ。あの時は宇宙艦が襲撃されていたため広域に毒の散布を行い無差別攻撃を行っていた」

「そうだったんですか!?でもよかった、得体のしれない生き物じゃなくて……」

 

ほっと胸をなでおろす静香と、懐から薬瓶を取り出すヨーゼフ。

「これが特効薬だ、症状はこれを飲めば大丈夫だ」

 

「いえ……班員にもらった薬で治りましたから」

薬を渡されるが、静香はそれをやんわりとヨーゼフに返却する。

ぼんやりと頭に浮かぶのは、その時は毒の影響で朧げにしか映らなかった拓也の最後の姿。

 

「……その薬、貸してもらえないか」

怪訝そうな顔をしたヨーゼフに、静香は薬を渡す。

それを確認し、数粒を取り出して口に含み、苦い顔でそれを吐き出す。

静香はその行動の意味を理解できなかったが、ヨーゼフは一言、二人に聞こえないような声で呟いていた。

 

「……なぜ同じものがここにあるんだ」

 

 

「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だよ、気にしないでくれ」

渋い顔のヨーゼフに静香が話しかけ、ヨーゼフはその話を打ち切る。

 

「わざわざ呼び出して済まなかったね、君も休憩室に戻るといい。想い人が待っているのではないのかね」

 

そして、いきなりヨーゼフからキラーパスが送られる。

相変わらず無表情のままだが、その目にはどこか憧憬の色が浮かんでいるように思えた。

 

「ほえ? ……ちちちち違いますから! そんなのじゃないですから!」

 

一瞬その意味を考え込み、手をぶんぶん振って否定する静香。

その反応に、ヨーゼフは顎に手を当て考える姿勢に。

 

「ふむ……? うちのお喋り好きの副官が『日本班の友達が二人ともそれぞれ自分の幼馴染の話ばっかりでウザイ』と言っていたが君と9位の彼の事では無かったのかな? 私の人違いか」

 

 

「あ……う……ほえ……」

予想外の状況でメンタルを削られる静香と、音もなく逃走するダニエル。

 

「でわ、しつれいします」

椅子から立ち上がり、日独の班長に見送られながらカチコチに固まった表情で階段を降りていく静香。

 

「博士、貴方はずいぶんと変わりましたね」

「何の事かね?」

「仕事上の付き合いの人間に日常会話をするような人じゃなかった」

 

ふらふらと階段を降りる静香からヨーゼフへと目を向け、剛大が話しかける。

「まあ、仕事柄上そうなるのも仕方ない。人とは常に周りの環境に染まり変化していくものなのだから」

「生真面目な君がそういうのなら本当にそうなのかもしれんな。さて、ここからは現状の話に移ろうか」

 

軽く流された気がするが、剛大は気にせず話を続ける。

 

「その前に、一つ聞きたい事がある」

 

 

剛大の言葉に、空気が凍り付いた。ヨーゼフが、その声色から何か重大な事である、と感じ取ったからだ。

剛大が口を開きかける。だが、一瞬何かを躊躇するような表情になり、口を閉じる。

 

「……どうかしたか」

「いえ、うちの班員が作ったケーキがあるんです」

 

剛大が取り出したのは、出発前に班で作られたケーキ。

ヨーゼフは少し訝しげにそれを受け取ったが、口にする。何か危ない物が入っているわけでもなかろう。

 

「どうです? 美味しいですか?」

「ああ、普通に美味しいケーキだが、これがどうかしたのかね」

 

「……」

剛大はヨーゼフの様子を見て、何かを確信した様子だった。

それが何なのかは、ヨーゼフのうかがい知れる所ではなかったが。

 

「いえ、頭脳労働には甘い物、ってだけですよ。すいませんがさっきの戦闘で毒を受けてしまいまして、これからの議論の前に、一度医務室で軽い治療だけ受けたいな、と」

 

「そうか。なら3階の医務室なら開いているだろう、私はここで待っているよ」

 

その言葉を聞き、剛大もまた、部屋を後にする。

後は、ケーキの続きに取り掛かり、ぼんやりと冷たい岩の天井を眺めるヨーゼフの姿だけが残った。

 

 

―――――――――――――――

「到着ですよ、皆さん!」

 

その少し後、第3班もまた、日本班とは別の方向から基地に辿り着いていた。

エリシアが、喜びを隠しきれないのか両手を上げてはしゃいでいるのを和やかに見つめる班員たち。

 

その班員達にも、疲労こそあったがようやく到着、という事で安堵の色が浮かんでいた。

だが、その穏やかな時間もそう長くは続かなかった。

 

 

「じょう」

「じょうじ」

「じぎぎ」

 

十数匹のテラフォーマーが、地中から飛び出してきたからである。

だが、実戦慣れしている第3班は冷静に対処し、対テラフォーマー能力の低いエリシアを庇うようにテラフォーマーの一団の前に立ちふさがる。

 

「チッ、間の悪い……」

 

二人の班員が変態を終え、集団に突貫をかける。

数匹のテラフォーマーがそれに対応するが、二人は攻撃を巧みに回避し、一撃を叩きこんでいく。

 

「お前ら、お嬢をとっとと基地に逃がせ! ここは俺たちが始末する!」

 

副官、レナートが後ろを振り向き、エリシアとその左右を守っている班員に告げる。

だが、レナートはエリシアと護衛の二人の様子がおかしいのを見た。

 

三人とも何か悪い夢でも見てしまったかのように驚きと恐怖の入り混じった顔をしている。

直後響く、叫び声と骨肉の潰れる音。

その意味がわからず、視線を戻すレナート。

 

 

突っ込んだ内の一人が、肉塊へと姿を変えていた。

そして、恐怖という感情を持たないはずのテラフォーマーが何かを恐れるようにある地点を境に左右に分かれる。

 

―――キィィイ……

 

レナートの耳に聞こえてきたのは、テラフォーマーの断末魔の声のような何か。

そして、目に入ったのは、テラフォーマーのような何か。

 

 

 

左右に分かれたテラフォーマーの間から、異形の生命体が姿を現した。

ベースとなっているのは力士型とかマッチョゴキとか言われている、カイコガの動物性タンパク質により強化されている個体、という事はわかる。というか、それしかわからない。

 

「キィィィ……キィィ……」

 

腕が、腹の辺りからもう一本生えて三本に。脚が、右のわき腹から、二つの尾葉の間から、左尻から、本来のものと合わせて5本に。

あらぬ場所に存在するそれは、元々の足と高さが合っていないために歩行の役には立たず宙に浮き、腹から生えている腕は、何かを求めるかのようにぶらぶらと揺れながらも手のひらをロシア班に向けている。

 

白目を剥いて泡を吐くその顔とそれが存在する頭部は体の上に乗っている付属品、程度の扱いであるかのように体の動きにつられて揺れ、半開きになったその口からは断末魔のような声が常に響く。

 

 

「……ちょっと俺の理解を超えてやがるな、俺の学歴の低さとはたぶん無関係に」

 

そう冗談めいていながらも震える声を隠せないレナートの前に、もう一人の仲間だったものが無造作に投げ捨てられた。




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