深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第3話です。
ベース紹介された次の回のサブタイトルは原作の煽りのようにベース生物の二つ名的なものになる予定です。
誰か、かっこよくてオシャレな二つ名の付け方、教えてください……


第3話 双刃の執行者

トビキバアリ。ブルドックアリの亜種である。

 

 

この仲間は世界に90種近く存在し、アリの中でも大型の種が多いが、このトビキバアリはその中でも小柄だ。

 

 

その大きさは近縁種に3cm、4cm級の怪物が闊歩する中で、日本のアリよりわずかに大きい1cmほど。

 

 

ではこのアリは弱いのか。そうではなかった。

 

 

 

 

 

弱視が当然のアリとしては異例の、2,3m先まで見渡す事のできる視力。

 

 

己の体長の20倍近い高さを跳ぶジャンプ力。

 

 

そして、二本の頑丈な長い牙に加えて有する毒針。

 

 

その毒は昆虫界最強の一つに数えられ、1cmの小さな体には人間すら殺し得るものが秘められている。

 

 

しかもこのアリは、一般的なアリと違い集団で狩りを行わず単独、または少数で獲物を狙う。

 

 

ごく少数で自分の数倍、数十倍の体躯を持つ獲物に襲いかかりそれを打ち倒す姿は、大自然の狩人と呼べるだろう。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

「ひ、ひいいい……」

 

 

「は、はあ?」

 

 

三人の刺客を相手にし、日本班班長、島原剛大はなんの感情も示さない。

 

 

『薬』を持たない無防備な宇宙艦内の人間を皆殺しにする。もし何らかの反撃があっても待機していた二人が加勢し、三人掛かりで挑む。侵入者達はこれを簡単な任務だと思っていた。

 

 

だが、それはたった一人のイレギュラーによって崩される。

アネックス計画では班長の部屋に薬の一部を置いておく、というだけで班長自体は常備しているはずではなかった。今回の計画でもアネックス1号に準じてそうなっているはず。

 

少なくとも、彼らの依頼人はそう話していた。だからこそ、強力なベースを持っていると言われていた幹部搭乗員を変態前に戦闘する事無く始末する事ができると思っていたのだ。

 

 

しかし結果はこのありさまである。

最初にかかった一人は打ち込まれた毒の影響で動けず、背後から襲った内の一人は頭から地面に突き刺さり、間欠泉のように血を噴き出している。

 

 

無事なのは一人だけ。普通ならばここで退くだろう。だが、最後の一人はそうはしなかった。

 

 

「ザッケンなやコラアアァァ!」

半ばヤケクソ気味に叫び、背を向けている剛大に突貫をかける。だが、剛大は振り向きもしない。

 

 

こちらを舐めているという怒りと油断しているなら殺れるという少しの希望。

 

 

二つが入り混じったままその拳は剛大に到達した……かと思われた。

 

 

 

「なっ!?」

 

目の前から、剛大が消えている。自分達三人のベースは『クロオオアリ』。

特にこれといって特別な要素は無い、力持ちで筋肉の鎧をまとった一般的なアリだ。

 

体格ではトビキバアリに劣っているが、これは虫同士の対決ではなくあらゆる生物がほぼ同サイズになって戦うMO手術被術者同士の戦い。力では決して劣らないはず。まだ勝機はある。

 

 

 

 

そんな希望はいとも簡単に打ち砕かれる。

 

 

 

「どこを見ている? ここだよ」

 

慌てて辺りを見回す男の耳に入った声。それは、頭上から聞こえてきた。

同じアリでも、この二種の力はここまで違う。トビキバアリの跳躍力を、この哀れな刺客は知らなかったのだ。

 

慌てて上を見た男の顔に容赦なくトビキバアリの剱が突き刺さる。

 

 

音も無く崩れ落ち、貫通した頭から赤と薄いピンクの入り混じった何かを地面に散らせる男。

その体が動く事は二度と無い。

 

 

「さて、最後の一名。情報を吐けば生かしてやらんでもない。どうだ?」

右腕の(つるぎ)に付いた犠牲者の一部を振って払い、毒が体に回り喋るのも辛そうな相手に剛大は話しかける。

 

 

「お前の仲間は何人いる? お前達のような人間はアネックス本艦の乗員名簿には無かった。何者だ? お前達の依頼主とは誰だ?」

矢継ぎ早に質問する剛大だが、もちろん襲撃者はそれに答える事はできない。

 

「頼む、見逃してくれ……俺には故郷に残してきた家族が……あっ」

 

突然の風を切る音。剛大の目の前に吹き出た大量の血液。

 

 

ひざまずき命乞いをする襲撃者。剛大も元から一人だけは生かしておいて情報を聞きだそうという考えだったが、それは失敗に終わった。突然飛んできた石が襲撃者の胸を貫いたのだ。

 

 

何が起こったのかわからないまま絶命した襲撃者から目を離し、石が飛んできた方角を見る剛大。

 

 

 

「じょうじ」

 

「じょうじょう」

 

 

小高い崖の上から宇宙艦を見据える人型。だがそれは人でないもの。

 

 

テラフォーマー。火星でのミッションにおける最大の障害が謎の襲撃者を退けた日本班に襲いかかろうとしていた。その数、十数匹。

 

 

だが、剛大はそれに動じない。先程の投石攻撃は脅威であるものの、日本班の戦力は彼だけではない。

 

 

 

職務に忠実な班長は告げる。『薬』を持ち艦から出てきた個性的かつ優秀な部下達に。

 

「総員、戦闘態勢! 薬は使えるだけ使って構わん、良い演習だ、奴らを殲滅するぞ!」

 

 

 

「おうおう、初陣の相手はゴキブリっすか班長。腕が鳴るな!」

 

 静香を艦の奥に避難させ戻ってきた俊輝が剛大の隣に立ち、テラフォーマーに指を突き付ける。

 

 その隣では、ピアスを付け髪を何色にも染めた見るからに素行が悪そうな青年。

「ぱねえな、マジぱねえわ。艦長、こいつら俺と俊輝っちだけでやっちゃっていい感じ?」

 

その後ろでは他の戦闘員達が薬を使い変態を終え、臨戦態勢に入っている。

 

「流石に二人じゃきついだろ、勘弁してくれ、健悟(けんご)

 

 

「いやいや、俺ら割りと上位だし、俊輝っちがいれば楽勝っしょ?」

 

 

「お前なあ……」

 

 

「そうだ、あの子とどこまでいったんだ? 幼馴染だって聞いてるぜえー?」

 

テラフォーマーはそんな集団を見て完全に敵と判断したのか、全速で日本班へと駆けてくる。

 

 

瞬く間に乱戦へと突入。お互いの怒号が響き、それぞれが独立して戦闘を開始する。

 

そこに、作戦などというものは無い。

 

 

そして、彼ら二人も当然戦闘に参加することになる。

 

にやいやと笑いながら俊輝をからかう健悟と呼ばれた青年に突進してくるテラフォーマー。

 

 

 

一撃で人体を粉砕する一撃が健悟を襲った。

 

 

 

だが。

 

 

「人がダチと恋バナしてるときに邪魔すんな、ゴキブリ野郎が」

 

その攻撃は、まるで届かない。それは健悟の左腕が変化した長い槍がその胸部を貫いたからだ。

 

 

恐怖や痛みを感じないテラフォーマーだったが、それは決して死なないというわけではない。

 

 

どんな生物でも、生存に必要な中枢が機能しなくなれば絶命する。それは当然の事だ。

 

 

テラフォーマーの体のコントロールを担う中枢はゴキブリの特徴を残しており、胸部の食道下神経節にある。

 

 

そこを破壊されれば活動は停止する事になるというわけだ。

 

 

「チッ、手が汚れちまったぜ」

 

両腕が2m近い巨大なノコ歯を持つ大顎に変化したその姿は、二刀流の剣士の様相。

 

 

テラフォーマーを貫いた大顎をそのまま振るいその体を引き裂いてもう一体のテラフォーマーに再び突き刺す。

 

 

だが、その二本の大顎を使っても一度に相手にできる数は限られている。

 

 

大顎に刺さった仲間の死体を潜り抜け、無防備になった体に拳を叩きこもうとするテラフォーマー。

 

 

その拳は、あと数センチで華奢な人間の首に到達するという所で体から離れ、地に落ちた。

 

 

「お前なあ、一対多戦闘に向いてないベースなんだからもうちょっと考えろって」

 

 

手を失った事で一瞬動きを止めたテラフォーマーの喉が引き裂かれ、臓腑を撒き散らす。

 

 

先程は受け身になったせいでその能力を活用できなかったが今は遠慮なく全力を出せる、と再び変態した俊輝が健悟の傍らに立ち、したり顔で動きを止めた後続のテラフォーマーを見つめていた。

 

 

「ヒューッ! 相変わらず鮮やかぁー! お前になら抱かれてもいいぜぇ!」

 

健悟が軽い口調で、変質していない肩に近い部分の腕で俊輝の肩を押す。

 

「俺にそういう趣味ねーから」

 

それに対し、冷ややかな目で返す俊輝。

この命の懸った状況で、あまりに日常的な会話。まるで登校中の男子高校生が交わすようなそれに、周りからも笑いが漏れる。

 

 

「俺の事忘れてないか?」

 

赤く変色した皮膚の青年が二人の後ろから現われ、地面に持っていた荷物を乱暴に下ろす。

それは、絶命したテラフォーマー。だが、青年もかなり疲れている様子で、呼吸が乱れている。

 

「やるじゃんか、拓也」

 

「拓也っち、ひょっとしてランキング上位勢? 中国三千年の技術力?」

 

何やらわけのわからない事を言っている健悟を放置し、拓也は息を整える。

「俺のベース知ってるか!? 『ゴカイ』だぜ? 強いわけねえだろ!? バリバリの下位だよ!」

 

 

ゴカイ。簡単に説明すると、ムカデとミミズを足して二で割ったような生き物である。

主に釣り餌で使われる。

 

 

もう大勢は決したようで、三人も雑談に花を咲かせる余裕ができていた。

 

「しかも環形動物型特有の薬は予算の無駄だったとか言われてるんだぜ?」

 

 

MO手術の力を使うのに必要な薬は、ベースとなった生物の種類によって摂取方法が異なっている。

カニやシャコなどの甲殻類なら葉巻型、アリや蛾などの昆虫ならば注射型、植物ならばカプセル型、といったように。

 

それを、拓也が偶然適合したゴカイの属する環形動物用の薬が無かったからといってわざわざ新しく開発したのである。しかも、そのくせして強くない。環形動物にはヒルやミミズが属しているが、百歩譲ってもベースに向いているとは言い難いだろう。

 

 

 

 

「じょ……う……」

テラフォーマーの断末魔が、試合終了を告げた。

 

 

立っているのは、異星からの来訪者達。一人として地に伏せる者がいないという圧勝である。

 

 

本来ならここで息のありそうなテラフォーマーを確保する所だろう。

 

 

だが彼らの仕事はテラフォーマーのサンプルの採集では無く、別の所にある。

 

 

『アネックス1号』の名簿には無かった謎の襲撃者。嫌な予感はきっちりと当たっていた。

 

 

裏切り者は、確かに存在した。

 

 

三人組は班長の方を見る。テラフォーマーの頭を持った剛大は、それに答えるかのように班の全員に告げる。

 

「我々は本艦への合流の前に、この襲撃者達への対処を優先する」

 

 

「休むのはもう少し後だ」

 

彼らの方針は、班長の手によって決定される。それは、各班で独立して行われる事だ。

テラフォーマーの掃討をするも、サンプルを集めるも、宇宙艦で引き籠るも自由。

 

なぜなら、これは6団体合同の任務では無く、各国それぞれで行う任務だから。

 

「さあ、お前達」

 

 

 

呆けた顔の体が歪に曲がっている死体を持った博士が。

 

 

 

耳から血を流し体中が爛れている死体を足でつつく赤髪の青年が。

 

 

 

苦悶の形相で倒れている死体を悲しげに見つめる少女が。

 

 

 

軍服をたなびかせ、腕を組み地平線を眺める武人が。

 

 

 

あらぬ方向に間接が曲がりマリオネットのようになっている死体を見て微笑む老婆が。

 

 

調査()るぞ」

 

ほぼ同時に、己の班のあり方を宣言していた。




観覧ありがとうございました。
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