深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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今回も長いです。
それと私の苦手な心理描写……




地球番外編 9話 血戦

「……はぁ、はぁ」

 

足が重たい。それは、疲れが理由では無い気がする。……いや、疲れが理由の一つである事に疑いは無い。

正確には、疲れだけが理由では無い気がする。

 

「大丈夫、ですわよね……?」

 

拷問具コレクションの部屋を抜け、よろよろと遅い足取りでエミリーは地上への階段を目指していた。

先ほどの光景、シロが目にもとまらぬ速さでエレオノーラに突撃し、逃げろ、と言った。

ベースはシオヤアブ。そう聞いていた。でも、あれは明らかにこれまでのシロが見せた動きではなかった。

何かを隠していたのか。土壇場で新しい力に目覚めたのか。考えても意味は無い。何故なら、今の自分はそのシロを見捨てて逃げているのだから。

 

「早くここから出て……」

 

早くここから出て。

 

 

「それから……」

 

それから?

 

 

それから、何ができるのか?

助けを呼ぶ? 誰に? 何と言って? アレを止められる人間がこんな所にいるのか? 博物館の地下にとんでもない魔境があって自分の仲間が館長に襲われているので助けてください、なんて話を誰が信じてくれるのか?

 

じゃあ、答えなんて最初から一つしかないじゃないか。

シロの事は忘れて、見捨てて、自分一人で逃亡する。

 

エミリーは自分の心に黒い棘が刺さるような感覚を覚える。

それで本当にいいのか。いいじゃないか、逃げろ、と言ったのは他ならぬシロだ。

逃げるんだ、シロが勝ったら合流する。それで元通りじゃないか。

収穫があるのかはわからないけど、それで逃亡生活を続ければいい。

 

今戻ってどうなる? むざむざ彼が作ってくれたチャンスを捨てるのか?

考えれば考えるほど、このまま逃げるべきだ、という思考が頭の中を埋めていく。

 

体を疲れが覆い、視界がぼやける。

 

そもそも、この旅が始まったのは、シロが自分を無理やり連れだしたから始まったのだ。

先の見通しも立たない、今現在死にかけている、何故私を連れだしたんだ。こんな事になるのなら、こんな事になるのなら。

 

「つぅ……」

 

その続きの思考は、左手を走る痛みでキャンセルされた。

エレオノーラの触手に挽き潰されたそれは、原型こそ残っているものの、ぱっと見では血と肉の塊と化し、痛ましい状態となっている。

 

その現実をまじまじと見て、エミリーの頭は少しづつ思考を早めていた。冷静になった、というわけではなく、それはむしろ熱くなっていく。

 

これまでの旅。暗く、ただ国の為に生きて国の為に死ぬ兵器として育成される毎日。

かつての親友は、それに食いつぶされた。

でも、ある日その日常はすっかりとぶち壊された。自分を連れだして外の世界へと足を進めたあの少年。

 

船の襲撃では、力を得てしまったが故にそれに苦しむ彼の弱さに触れた。

研究所では、過去に苦しみ、現実への対応を拒否した甘い自分を支え、理解してくれた彼の強さに触れた。

……なら、今は。

 

いつ死ぬかもわからない、無計画で勝手な旅。

それは、兵器として生きる人生と何が違うのか?

 

彼はいない。よくよく考えれば、そんな状況は逃亡から初めてだった。

この状況で、考えられるのは自分だけ。

さあ、どうする?

 

 

――――――――――――――――

 

「言い残す事はあるかしら」

 

シロの首を捕え持ち上げながら、エレオノーラは静かに告げる。

答えは無い。何を考えているのかわからない表情で、シロはエレオノーラの目を見返す。

 

「よかったわね、今からあの娘を追いかける時間は無いみたい。貴方の勝ちよ」

 

残念そうにエレオノーラは呟く。その体の数カ所からは出血し、四本の触手はすでに変態が解けているのか消滅している。

 

「貴方は最後まで弱者だったわね。情に流されて、ヒーロー気取りで他人を庇って自分が死ぬ。あんなに素晴らしい力を持っているというのに、惜しくて仕方がないわ」

 

エレオノーラの言葉にシロは満足げな笑みを浮かべる。その顔を見て何を感じたのかはシロにはわからなかったが、エレオノーラは目を細めた。

 

「お褒めに預かり光栄……だぜ……」

 

自分の首に力がかかり、圧迫されるのを感じながらシロはぼんやりと考えていた。

エミリーは一人で生きていけるだろうか。

寂しがりで弱い自分の支えになってくれたあの子は、幸せになってくれるだろうか。

 

思考が、日が落ち夜が訪れるようにゆっくりと闇に閉ざされていく。

 

 

 

 

 

「待ちなさいなあああぁぁぁぁ!!!」

 

唐突に、絞り出すような絶叫が通路に響き渡った。首にかけられる力が緩み、シロの意識が戻ってくる。

ああ、嘘だろ。やめてくれ。シロは青ざめながら、今の声が自分の幻聴である事を祈ってその声の方向へと目線を向ける。

 

 

そこには、原型を失った左手を押さえながら、エレオノーラを睨み付ける少女の姿があった。

次いで、エレオノーラの方を見る。

 

「……」

 

無言だ。だが、その目はぎらぎらと輝き、邪悪な光が宿っていた。

最悪の展開だった。

 

「あら、おかえりなさい……何をしにきたのかしら、エミリーちゃん」

 

シロを床に置き、エレオノーラは再び臨戦態勢に入った。懐からスイッチを取り出し、それを押す。

……だが、何も起こらない。

 

「……あら、ストックが切れちゃってるわ」

 

残念そうなエレオノーラが言葉を言い終わるや否や、その顔に向けて銃弾が放たれる。

それをひょいと回避して、エレオノーラはエミリーに近づいていく。

逃げろ、と再びシロは声を出そうとするものの、声は出なかった。

 

 

「シロ君を返してくださいまし、エレオノーラさん」

「いやよ、私の可愛い甥っ子への手土産にするんですもの」

 

交渉になっていない交渉は即決裂。ふっと笑い、エレオノーラの長い腕が棒立ちのエミリーに伸びる。

しかしその腕は空を切った。エミリーはエレオノーラを回避し、シロに駆け寄っていく。

 

「バカかお前ッ!」

近づいてくるエミリーにシロは怒りをぶつけた。

あのまま逃げてくれればよかったのに。最悪の状況の中で考え得る限り最良の結果が得られたのに。

 

「お説教なら後で聞きますわシロ君!」

 

シロの服を漁り、お目当ての二つのものを入手する。一つは、何故か落ちていた手榴弾。以前の侵入者が落としたものだろうか。もう一つは、シロにとっては見慣れたもの。それを見て、シロは驚きの表情を浮かべていた。

 

 

 

「薬、借りていきますわ」

 

 

 

 

エミリーは薬を首に当て、少し考える。膝は笑っている。吐き気は止まらない。あの時と同じだ。

でも、この力を使って未来が見えるのなら。そこに、シロと笑い合って生きる光景があるのなら。

過去なんて、いくらでも捨ててやる。

そして、エミリーの脳裏にはかつての親友の表情が浮かんでいた。

 

「……私の事、見守っていてくださいまし」

 

逃げて苦労しながら自由に生きるという選択肢。兵器として生きる選択肢。どちらもできず世を去った彼女に心の中で一言謝り、エミリーは、その注射器のピストンを押し込んだ。

 

 

左手が、完全に元通りとまではいかなくても原型を取り戻す。

両腕の付け根からはそのベースとなった生き物のものである小さな、しかし鋭い牙が姿を見せる。

全身は赤茶のような色へと変わり、甲殻の類は見られない。

ああ、あの時と同じ、この姿。

 

でも、身を襲うトラウマはいつの間にか消えていて、不思議とすっきりとしたものをエミリーは感じていた。

目の前には2mを超える巨躯の怪物。動けないシロには見向きもしない様子で、笑顔のままエミリーを観察するかのように見つめている。まるで、眼前の食糧よりも動く獲物に反応する肉食昆虫のようだ、となんとなしに思う。

 

「……参りますわ」

 

たっ、と地を蹴り、エレオノーラの頭目掛けて腕の牙を振りかざす。それを見てエレオノーラは姿勢の崩れた状態で脚の筋力だけで後ろに跳び、回避。そのまま体を無理やり前に倒して姿勢を変え、エミリーの喉にその右手を伸ばした。だが、その腕の動きは鈍重で、エミリーはあっさりとそれを回避する。

 

表情を変えるエレオノーラ。何が起こったのだろうか。自分の腕の動きが思い通りにならない、とその腕を見ると、そこには白い糸のような液体のようなものがこびり付いていた。

 

それが何かを考える暇なく、エミリーの頭を狙った攻撃が繰り出される。

 

 

「懐かしい……感覚ですわ」

 

 

 

 

 

――――――節足動物

 

地球上で最も繁栄した生物、とも言われている昆虫を始めとした、カニ、エビ、シャコなどの属する動物門。

非常に多彩に分化した生物の数々は地球上の様々な場所で生を育み、時に人間を驚嘆させるその生態や特徴は、MO手術の原型、『バグズ手術』や『MO手術』のベース生物として遺憾なくその性能を発揮している。

 

 

そして、節足動物の祖である生物が存在する。

 

 

生きた化石と呼ばれ、かつては世界にその勢力を広げながらも現在は森の影で密かに暮らすその生物。

 

長射程高命中精度を誇る糸状の粘液で獲物を絡めとり、口内に隠された牙でそれを喰らう。

 

その身には太古の遺伝子が、そして今現在地球の自然世界で覇を唱える一族の始祖の血が流れているのだ。

 

 

 

 

エミリー・オーランシュ

 

 

国籍:フランス

 

18歳 ♀ 151cm 48㎏

 

 

 

 

MO手術 “有爪動物型”

 

 

 

 

――――――バルバドスカギムシ――――――

 

 

 

 

――――――――――

 

「……虫かしらねぇ」

 

エレオノーラは粘液を浴びていない方である左腕で飛びかかって来るエミリーを迎撃する。

その動きは俊敏だったが、それは所詮生身の人間の範疇でしかない。

大丈夫だ、恐ろしい練度であるがこの老婆の肉体は決して人間を超えているわけではない。

 

 

今なら、その動きをはっきりと捉える事ができる。

エミリーは姿勢を下げ、無理やり左腕を避ける。

 

 

そして、まだ不完全ではあるが変態の影響で治った左腕とそれに付いている牙をエレオノーラに叩きこんだ。

 

「ふぃふぃふでをふぃてひるふぁ」

 

エレオノーラの何やらよくわからない言葉。頭を狙った攻撃は、エレオノーラが歯で受け止めていた。

反応速度は若干人間を止めている領域な気がしない事も無いが、想定の範囲内。エミリーはもう一本の腕、完全な右腕をもう一発頭に打ち込もうとする。

 

狙いを定めようとエレオノーラの顔を見る。その目からは、光が消えていた。これまでと違って何かがおかしい。

 

……そこで背に悪寒が走った。

 

本能に従って左腕の牙をエレオノーラの口から引き抜き、全速で離脱する。そのエミリーを狙ったエレオノーラの右フックは空振り、通路の壁に当たる。

 

 

そして、通路の壁にヒビが入り砕けた。

 

「――――っ!?」

 

相手は変態をしていない。だというのに、なんだこの力は。

前言撤回。完全に人間を辞めている。

 

「私は人間よ、人間にできる技術でしかないわ」

 

そのエミリーの思考を読んだように、エレオノーラは呟く。

 

 

――――――

ルークは、秘書にプレゼンテーションで説明をしていた。客人であるアネックス・裏アネックス計画中国班幹部クラスである彼らが面会を望んだ人物がどんなに危険であるかという事、命の保証はできないという事。それを解説する際の予行演習である。客は客室に待たせている。

 

「これくらいでいいと思うか?」

 

「はい、大丈夫かと」

 

納得した様子の秘書。とりあえず安心なようだ。

 

「……あ、これ何ですか?」

 

秘書の質問に、ルークは画面を見る。

そこには、消し忘れていた資料のスライド。

 

「『人間の脳にはリミッターがかかっている』って知っているか?」

 

「ええ、聞いた事はあります」

 

「それ自体はもうだいぶ昔に否定された話だがな。けど、人間ってのは元々本来のスペックを出せないように脳が抑え込んでるらしいぜ」

 

「本気出したら体がぶっ壊れちまう、ってな。車の下敷きになった親を助けるために車を持ち上げた女の子、とかが聞いたことあるか?」

 

「昔の記事にありましたね」

 

「本来人間って凄いパワーがあるんだな」

 

「そうですね」

 

「じゃあ、それを意図的に使用できるとしたらどうなるよ」

 

 のんびりとノートパソコンをしまいながらルークは秘書に尋ねる。

 

「それは……コミックのヒーローみたいなものかと」

 

「ま、実際やってるのはバケモノだけどな」

 

 

「それと、アイツはお前が思ってるような奴とは少し違うな」

 

「と、言うと」

 

「アイツの本気は遊ぶために殺す、とか楽しいから殺す、とかじゃないんだよ」

 

「……」

 

秘書はそこで黙る。制御できるのかもわからない、あの怪物。遊びで楽しみで人を踏みにじる姿は、今もトラウマとして焼き付いている。

 

「殺すために殺す、邪魔をするのであれば敵だろうが味方だろうが関係なく、な」

 

「そこにそれ以上の理由なんてない、生粋の狂戦士(ベルセルク)だ」

――――――――

 

自己催眠によるリミッター解除とアドレナリンの異常分泌による人為的な痛覚麻痺。

それが、エレオノーラの人外の身体能力の根拠である。

 

 

次に気が付いた時、エミリーは廻し蹴りを食らって吹き飛ばされていた。

あれだけの力を使ったら自分の骨や筋肉も無事では済まないはずなのに。エミリーは体勢を立て直すが、次いでの一撃を回避するのに精いっぱいで反撃の糸口がつかめない。ほんの少しの隙を見つけて粘液を繰り出すが、全て軽い動きで回避されてしまう。

 

 

「遅いわね、ホントに変態しているのかしら」

 

 

情け容赦ない猛攻を避けながら、エミリーは必死にエレオノーラの一挙一動を観察する。

全く規則性の無い、一撃一撃が岩壁をも砕く攻撃。暴風雨の中で綱渡りをするような攻防に、次第にエミリーの疲労は溜まっていく。

 

変態が解けてしまえば、恐らくその次の瞬間に自分は肉塊に変わる事となるだろう。時間制限もある。

だったら、その前に。

 

「そこですわ!」

 

一種の賭けだった。次にどこに飛んでくるのかわからない手の、足の攻撃の隙間を見つけ、そこに攻撃を叩きこむ。次の瞬間にはその抜け穴に攻撃が叩きこまれるかもしれない。でも、やるしかない。

 

そして。

 

「あら?」

 

がくり、とエレオノーラの体がぐらつく。エミリーにも何が起こったのかわからなかった。

エレオノーラの左足の太腿に穴が開き、血が噴き出す。

 

痛覚が麻痺している。それは、苦痛に関係無く戦闘を続行できるという利点の為に……体の異常を知らせる機能を切り捨てる、という事なのだ。

 

 

「女の子だけに無茶させる……ってわけにもいかねえもんなぁ!」

 

シロが起き上がり、その針をエレオノーラの膝に横から打ち込んだのだ。

今がチャンスだった。止んだ攻撃の抜け道に、両腕でエレオノーラの首を挟み込むように牙を振りかざした。

咄嗟に首をガードしたエレオノーラ。人間という種の極限まで磨き抜かれた反射神経は、寸分の狂いも無く持ち主を守ろうとする。

 

「残念、違いますわ」

 

そのエレオノーラの顔の前に構えた腕をエミリーは無理やり、両手で力いっぱい押す。

致死の一撃がガードされるのは最初からわかっていた。

体格差もありエレオノーラは数歩後退しただけだったが、それで十分だった。

エレオノーラの体は、壁にぶつかる。

 

ぎろりと目を開き、壁を足で蹴りながら二人を葬ろうと再びその両腕を振ろうとするが……

 

その体は、一歩も動かなかった。

そこには、先ほどの攻防で避けられたカギムシの粘液がたっぷりとあったからだ。

 

「これで最後! ですわ!」

 

そしてエミリーは手榴弾を投げつけた。

それは壁に固定されたエレオノーラの鼻先で輝きを放ち、轟音と共に周囲を爆炎で包み込んだ。

 

 

「シロ君、逃げますわよ!」

「ああ!」

 

威勢よく声を上げるものの、二人ともけが人である。

二人で肩を支え合ってゆっくりと確実に、外界への道を歩いていく。

途中、エミリーのポケットに上から何かが落ちてきて入ったが、もうそんな事はどうでもよかった。

 

地下を抜け博物館にを抜け、外に出る。

 

 

「ねえシロ君、私、この通り凄く強いんですのよ、頼ってくれてもよろしくてよ」

 

「何言ってんだ、俺の方が強いから。あとこれでも男だ!」

 

意地を見せる、と言わんばかりに叫ぶシロ。痛みで飛びそうな意識を保つ、という意味でもあった。

 

「あら、シロ君……それを言うなら、私、シロ君より一か月ほどお姉さんでしてよ」

 

くすりと笑みを浮かべ、わいわいと騒ぐシロの唇に手を当て黙らせる。

どきっとした様子で押し黙るシロ。

 

 

二人で冗談を言い合い、他愛ない話で生き残れた事を喜び合う。

 

そんな二人の眺める空では、夜が明け始めていた。

 

 




観覧ありがとうございました!

次回で番外編は終了、本編に戻ります。
それと同時に更新ペースは少し遅くなる予定です。


なんか本編より主人公&ヒロインだった気がしますが、今度からまたオフィサーに出番食われる系主人公とヒロインらしい事ほとんどやってない系ヒロインに戻ります、また読んでいただければ嬉しいです! 感想なんてもらった日には踊ります!
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