キリのいい話数という事もあり今回から一気に話が進みます!
「警戒を怠るなよ」
基地の夜。もちろん全員就寝、というわけにもいかないので敵襲に備えるために限られた人員の中で見回りを編成し、巡回していた。
たとえ『裏切り者』が来なかったとしても、テラフォーマーが侵入してくる事は時々ある。
この基地の出入り口にはテラフォーマーが嫌う何らかの成分が散布されていたらしいが、それの正体がわからないので追加する、という事も不可能だ。
今後テラフォーマーの侵入はほぼ確実に増加するだろう、という研究者たちの予想に憂鬱な気分になってしまうが、だからといってこの見回りをやめるわけにもいかない。
「わかってるさ、でもずっとこのままなのか?」
見回りの二人組、もう一人が少し不満を含んだ口調で言い返す。
こんな事がもう五日。広い基地をできる限り隙無く見張るには相応の人員が必要だ。
彼らが毎日のように駆り出されているという事もあり、その疲れとストレスは限界に近くなっていた。
これが地球での警備ならまだしも、ここは容赦無く命を狙ってくる存在がいつ襲ってくるかわからない火星だ。
「おわっ!?」
「ただの石だ、ビビるな」
壁に埋まっていた小石が転げ落ちる音。一人がそれに反応し、そちらを向いて構える。
小石一つ。たったそれだけの事にも、神経をすり減らされてしまう。
「全くお前は、慎重なのは結構だけどな」
自分の相方もだいぶ参っている。今日の仕事が終わったら配置換えを要求しよう。
そう考え、見回りの片方は先を歩く。
「班長達も班長達で忙しいみたいだしな、甘い事は言ってられないぞ」
返事は返ってこない。相方の疲れはよくわかる、少し言い過ぎたか、と少し反省。
「ま、かったるい仕事だよな、ホント」
相方に肯定を示す見回りだが、やはり返事は返ってこない。
不審に思い、後ろを振り向く。
そこには、首から血を流して力なく横たわっている相方の姿。
「ッ! 本部、応答を―」
非常事態に同様しつつも、我を失わず本部への連絡。彼の動きは今の状況として正しいものだ。
だが、その声は最後まで発せられなかった。
大振りのナイフが一本、首を貫く。
何故だ。自分達も訓練された軍人だ。なのに、何故。全く気配が感じ取れなかった。
その思考を最後に、見回りは変態する事もできず崩れ落ちた。
「……」
二人が息絶えたのを確認した後、一つの影がほっと一息つき、その獲物を下した。
その後、顔全体を覆い隠すように被っていたガスマスクのようなものを外して『薬』を懐にしまう。
そこにいたのは、黒髪の少女だった。底の厚い靴で身長をごまかしているが、その本来の体躯は小柄で、自信なさげな表情を浮かべている。
「……しょうがないですよね、戦場ですから」
そんな、自分に言い訳するような言葉を一つ吐き、少女は無線機を耳に当てた。
―――――――――
――基地一階
轟音。それ以外に言い表す事のできない音が響き渡り、元は火星の山肌であった硬い基地の壁が粉砕される。
それを聞きつけ、近場で作業していた戦闘員が三人、駆け付けた。
三人は『薬』を手にし、素早く変態を済ませて状況を確認しようと集まる。
壁を粉々に破壊したため立ち込めている砂埃。それが徐々に時間と共に晴れていき、壁を破壊したその存在の姿を確認できるようになる。
それは、一人の男だった。
黒色につやを持った外殻。威圧感を与える巨体とそれに相応しい頑強な筋肉。歴戦の戦士である事を予感させる、顔についた無数の傷。
そして、その頭部から王冠のように生える三本の角。
深夜の来訪者は、極悪な笑みを浮かべ、迎撃に出た三人を見る。
「お邪魔するぜ、せいぜい楽しませてくれよ?」
その男の威圧感にいつでも戦闘できるよう構えながらも一歩、また一歩と下がる三人。救援要求は送った。
だから、少しでも時間を稼げば援軍は訪れるだろう。さらに悪い事に、開いた壁の向こうには、軍団が見える。こちらに向かっているわけではないが、敵が大攻勢を仕掛けてきているのははっきりしていた。
しかし。
肌に感じるこの圧倒される感覚。果たして、自分達は時間稼ぎになるのか?
そんな疑問にふと襲われる。
だが、ここで退くわけにはいかないのだ。
三人は覚悟を決め、一歩前へと踏み出した。
――――――
同時刻、基地の地下部でも、また変化が起こっていた。
こちらでも、見回りとの通信が突如として途切れたのだ。非常事態と認識し、重要度の低い任務に就いていた戦闘員が向かう事に。
「暗いな……」
「地下、か」
地下への通路を下り、さらに下へと降りていくのは二人の青年。
「穴でも掘ってきやがったのか?」
その片方は日本班所属、『裏マーズランキング』9位の強者、俊輝。
もう片方はドイツの副官、見るからに真面目人間のダニエル。
二人とも、即応できる戦闘員としては最強の部類に入る。幹部搭乗員たちは最上階にいるのでいざ敵襲があってそれを迎撃しようとしても時間がかかってしまう。
それに、各国の上に立つ幹部搭乗員だ、その役割の割り振りにも少し時間がかかるだろう。
ならば、自分達が動いて敵を叩き潰す。それが、今の状況に合った選択肢というものだ。
「それが一つ。もう一つ、明らかな侵入口があるんだ。ちょっとここから侵入は難しいだろうからまだ各国班員には知らされていないけどね」
ダニエルの言葉に疑問符を浮かべる俊輝だったが、敵襲の可能性が上がった、という事は理解できた。
二人は足を早め、地下通路の奥へと急ぐ。
「……止まれ、ダニエル!」
何かに気が付き、ダニエルを押しとどめる俊輝。
その行動の意味がわからなかったダニエルだが、その焦った口調から何かがある、という事はよくわかったため素直に言葉に従い足を止めた。
ダニエルの疑問に答えるように俊輝は通路の中空へと目をやる。
その目線を追ったダニエルは、とある事に気が付いた。
透明な糸が無数に張り巡らされていたのだ。
このまま突っ込めば、硬く鋭い糸なら体を切り裂かれて、そうでないならからめとられて身動きが取れなくなっていただろう。
「この糸……ただのピアノ線とかのトラップか、それとも……」
変態した俊輝の腕から生えた刃で糸を切りながら少しづつ先へと進んでいく。
「おー、ひっかからなかった? やるじゃん」
二人の疑問に答えるように、洞窟の壁を声が反響する。
その声が発せられた方向に顔を向ける二人。
そこには、壁にもたれかかってガムを膨らませる金髪の少年の姿。
その体は青みがかかった黒色に染まり、腕にはベース生物のものと思われる黒い湾曲した牙が生えている。
ぱちぱちと手を叩いているが、そこに賞賛の色は薄く、二人を嘲っているような調子だ。
「ん? どした、そんな怖い顔して? ああ、俺? バイロンっていうのよ、シクヨロー」
へらへらとあくまでも軽い調子を崩さない少年、バイロン。
その瞳に宿る暗い光は、二人を測るように動いている。
「念の為に聞いておくが……お前は俺たちの敵か?」
「勿論。それに俺、結構偉いさんだから殺せりゃお前ら、きっと褒められると思うぜ」
首に手刀を当て引くジェスチャーをするバイロン。
「まあ、無理だけどなあ!」
そして、その動作を終えるや否や、二人へと飛びかかった。
――――――
基地地下湖
基地の地下にある地底湖。ここは飲料水を確保する場所であり、地上の水源とも繋がっている場所だ。
基地内部に水の補給地があるというのは籠城戦においては非常に便利な点なのであるが、もう一つの特徴が問題だった。
バシャ、と水から何かが上がる音を聞き、水汲み係の男はびくっと体を震わせそちらに振り向く。
この場所からテラフォーマーが侵入してきた事はなかった。だったら、何だというのだ。
「ふいー、到着到着」
軽い疲れの溜息と楽しさが入り混じった声。
年若い少女のものだった。
髪は染められた金髪、ストラップのようなものが無数についた薄手の学校の制服に軍服の要素を取り入れた、という以外には表現しがたい衣装を身に纏っている。
「あ、どうもこんにちはー。ねえねえ、この基地の司令室、ここからどうやって行くのか案内してくんない?」
無邪気で明るい雰囲気の今時の女の子。そんな雰囲気。しかし、今この状況でのこれは、明らかに……
「動くな!」
『薬』を構え、油断なく少女の方を向く。だが、その緊迫した雰囲気などどこ吹く風という様子で、少女は男に近づき、艶やかな笑みを浮かべる。
「教えてくれるなら、私がイイコトしてあげるんだけどなー」
何を言っている? 頭がおかしいのか? 男は警戒するものの、一瞬だけ少女の言葉に意識が逸れてしまう。
イイコト。この少女は大人びているし、水に濡れて透けているこの服装は煽情的、と言える。胸の膨らみも結構なものだ。
……今の状況で何を馬鹿な事を、と男は自分を恥じ、再び少女へと目を戻す。
だが、その一瞬の隙が命取りとなった。
「ちゅー」
少女が素早い動作で飛びつき、男の唇を奪う。暗い地下洞窟という背景は無視するとしてここだけ切り取れば、メロドラマの一幕としても成り立つかもしれない。しかし、その直後。
「ぐああぁぁ!!」
男が苦しみ、がくがくと痙攣する。こんなにも密着している少女に反撃の一つもする事ができない。
ただ、苦痛の叫び声を上げるだけだ。
数秒後、男の全身から力が抜け、倒れ伏す。その倒れた時の音は、まるで水袋を落とした時のようなべちゃ、という鈍いものだった。
「さーてと」
少女はポケットから取り出した地図を見て、しばらく考える。
先ほどまで楽しげだった表情は、渋いものへと変わっていった。
「……ま、適当にあるけばつくでしょ」
――――――
――司令室
「内部には侵入者、外には軍勢。我々がここに集まっている暇などあるか?」
剛大が、静かながらも苛立ちを隠せない様子で全員に話しかける。
基地の各部で起こっている戦闘。今すぐにでも救援に向かいたい、というのが本音だろう。しかし。
一度話し合わなければならない理由があった。
「第四班の宇宙艦の位置を特定した」
ヨーゼフのその言葉。一瞬で幹部搭乗員たちの表情が変化し、それぞれの反応を見せる。
基地内の救援と迎撃を第一に、のエリシアとダリウス、剛大。
即座に兵力を派遣、元凶を叩くべき、のエレオノーラ、ヨーゼフ。
意見は二つに割れている。
こちらの本陣が壊滅してはたとえ相手の本陣を叩けたとしても意味が無い、味方の救援を優先し、第四班への攻撃はその後行うべきである。
『裏切り者』の大部分がこちらに来ているのであれば、あちらの本陣は班員以上の守りは薄いはず。即座に攻撃をしかけ、制圧すべきである。
多数決で言えば本陣の守りを固めるべき、が選ばれるだろう。しかし、班員全体への命令を行えるのは彼らだ。
エレオノーラとヨーゼフが納得しなければ、彼らの班員は防衛の戦力にできなくなるかもしれない。
そうなれば、たとえ防衛側の意見が通ったとしてもむしろ防衛能力を下げる事になってしまうだろう。
だが、このまま待っていても最大戦力たる幹部搭乗員が動けないのであれば無駄な犠牲を広げる事になりかねない。
ここに来てのまさかの不和。
「……いいでしょう。私が、私達が第四班を叩きましょう」
そう言い放った一人の発言に、他の五人は驚きの様子を見せていた。
それを言ったのは、剛大。防衛派の筆頭だったからだ。
「私ともう一人、ダリウスが班員を率いて第四班への襲撃を行う、と言ったのです」
剛大は冗談を言うような人間ではない。その表情も真剣そのものだ。
「だが、博士。貴方の能力は毒を使わないでも防衛向きだ、そちらに専念してほしい。それと、各班の宇宙艦に待機している人員の参戦を各班に要求したい」
剛大の発言から、幹部搭乗員たちは彼の意図をだいたい察していた。
このまま硬直して幹部搭乗員が動けないよりも、戦力を分けてでも動くべきだ。
防衛派である自分とダリウスがあえて出るのだから、防衛に適したヨーゼフには逆に自分の案である基地防衛を受け持ってもらおう、というわけだ。
その上、第四班襲撃の人員が不足しないように各班の宇宙艦で留守番している戦力も加える、と。
「いいと思います。皆さん、急ぎましょう!」
「まあ、僕の能力防衛向けじゃないですしね」
「いいでしょう、賛成するわ」
各班長もそれで納得し、勢いよく立ち上がる。
結局はどこの班長も早く動きたかったのだ。
「第一班と第二班は交戦地帯から遠い戦闘員を司令室に! 各班宇宙艦と通信し出撃するように! 合流地点は後ほど連絡する!」
「第三、第五、第六班は防衛に専念するのだ! 通信設備を最大限に利用して戦況確認を怠るな!」
剛大とヨーゼフ、逆襲と防衛の指揮者が動き始める。他の班長もそれぞれの戦線に向かい、司令室から去っていった。
『裏切り者』VS『裏アネックス』。アネックス計画の裏を担う二つの陣営の決戦は、こうして幕を開けたのだった。
――――――
「~♪」
「始まったか」
鼻歌を歌いながら、上機嫌で火星の小山を眺める銀髪の女性。
その横に立つ軍人の青年。
「キィィ」
「アアィ」
「ジョッ」
そして、二人の背後には、全身にびっしりと棘の生えた異形のテラフォーマーが三匹。
女性が銀色の機械的な装飾がなされた杖で火星の地面を叩く。
それに反応して動きを見せる三匹の異形のテラフォーマー。
女性はそれに満足げに柔らかな笑みを浮かべると、杖で小山を指した。
「さあ、私達も動きましょうか」
観覧ありがとうございましたー。
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次回からしばらくバトル&ベース紹介が続く会となるかと思います