――ローマ連邦 大統領府
「よし、お前の質問に答えてやろうか。まず人間が努力をする一番の原動力、って何だと思う?」
世界に冠たる大国、ローマ連邦。その大統領である立場にしてはまだ年若い男、ルーク・スノーレソンは客人の青年にそんな話をしていた。
「……わかりませんね」
青年は少し悩んだ後、ぎこちない様子で答えを返した。ルークはその答えに少し得意げなご様子。
そもそも一国の大統領が何故このようなどう見ても平民、というなりの青年と話しているのか。
それは、この青年がルークを脅していると同時にルークの庇護を受けている、という複雑な関係にあったからである。少し複雑な関係の客人なのだ。
「アイツには負けたくない、って対抗心。アイツに仕返してやる、って復讐心。全てをあの人の為に、って忠誠心。努力するのにゃまあ色々理由があるだろうよ」
ルークは昼食のピザを切り分け、青年に手渡す。ぎこちない動きで受け取る青年。緊張しているようだ。
「確かにそれでも正解だ。でもな、それは一部の強い人間の話さ。 一部を除いた殆どの人間が努力する、いや、せざるを得なくなるものがある」
青年は話を黙って聞いている。
「『恐怖』だ」
顔を上げた青年が何かを言おうとするが、ルークはテーブルの真ん中に置かれた追加の切り分けられたピザを青年の口に押し込んで黙らせた。
「その中でも一番の恐怖、ってのがもちろんアレだ、『死への恐怖』ってやつだ」
少し不満げな青年だが、ピザを咀嚼しながら黙って話を聞いている。
「ああ、お前は自分が死んでも大事な人を守りたい、って感じのヤツだったな。けどな、お前みたいな奴は珍しいタイプだぜ」
「本題に戻ろうか。例えば……百人学生を集めてな、一週間後にするテストの点数で最上位一人以外はギロチン、って感じにしようか」
「ひでえ例えですね」
水を飲みながら相槌を打つ青年。
「黙って聞きな。それ聞いたら、全員死にもの狂いで努力すんだろ?」
「そりゃそうでしょう」
「で、百回それを繰り返してさ、生き残った百回分のそれぞれの最優秀者、合計百人を集めるんだ」
「言いたい事はわかったんでもういいです」
青年は顔をしかめ、ルークの言葉を遮る。たとえ話とはいえ、何とも酷い話である。
「これを繰り返していったら、最後にはすげえ奴が残るんじゃねえか?」
ルークの言葉に、青年はどうにも腑に落ちない点があった。これがただの例え話だからだろうか。
「そうかもしれませんけど……その人、もう恐怖で精神ボロボロか頭おかしくなっちゃってるんじゃないですかね」
「実際とは色々違うけどな、まあ大まかに言えばそれが質問への答えだ」
青年はルークの言葉に納得した様子で頷いた。ルークが語った一連の流れ。ここから何が読み取れたのか、青年はなるほど……という表情を浮かべている。
「チッ、もうこんな時間か……わりぃ、俺は仕事に行くんで適当に帰ってくれ。詳しい話はまた今度してやるよ」
「あの、ルーク大統領」
腕時計を確認し、舌打ちするルーク。青年はそんな不機嫌そうなルークに対し少し慌てた様子で疑問を投げかけるかのように話しかける。
「あいつへのお土産にしたいんでピザ持って帰っていいですか」
「……勝手にしてくれ」
―――――
「あらぁ」
切断され、地面に落ちる右腕。それを見て、少しだけ声色を変えるエレオノーラ。そこに混じっていたのは、ほんの少しの怒り。
タネはわかったと言わんばかりに、次いでの左腕がジェネジオの背中に叩きこまれる。
しかし、その打撃の先は脆い甲皮の隙間ではなく、硬い部分の甲皮そのままの部分。隙間を攻撃すれば、右腕の二の舞だ。
「……効かねえなぁ!」
が、当然硬い甲皮に攻撃しても有効なダメージは与えられない。触手を捌ききったジェネジオが再び身を翻し、素早くエレオノーラの腹にカウンターの一撃を加える。
伸ばされた腕の場所から推測した腹の位置への攻撃。目視での確認よりも素早く攻撃を加える事ができる。
エレオノーラも反撃は読めていたのか、回避動作をとろうとする。だが、それより早くジェネジオの拳が腹に加えられた。
姿勢が少し崩れたエレオノーラにジェネジオはさらなる攻撃を加えようとするが、流石にそこまでは許されず、戻ってきた触手が腕を受け止め、衝撃を和らげる。そのままその触手は螺旋状にジェノジオの腕に絡みつこうとするものの、その吸盤が吸着する前の一瞬の時間で腕を引き、回避。
エレオノーラはそれに楽しそうな表情を見せ、上に跳ぶ。ジェネジオはエレオノーラの姿を追って天井を見上げた。そこに飛び込んできたのは、視界全体を覆い尽くすような黒。
それが何かわからないまま、思わずジェネジオは左腕で顔をガードする。
腕に襲い来るのは、べったりとした液体の感触。それが何なのか把握する暇を与えず、腹の柔らかい部位に触手の一撃が突き刺さる。
だが、これも大したダメージではない。触手の突きはその筋力から繰り出される重量と速度がダメージの大きな要素となっている。触手そのものは筋肉の塊であるもののどちらかというと柔らかいのだ。
なので、容易に貫かれ、最悪の場合脳まで達する目とは違い、腹への攻撃は最低限の硬さがあって貫かれでもしなければそこまでの脅威ではない。
もちろん、それがわからないエレオノーラではないだろう。ならばこの攻撃は。
「オラァ!」
ジェネジオはでたらめな方向に腕を振るいながら後ろに跳ぶ。
先ほどの黒い液体は、墨。視線を誘導してから目潰しをするつもりだったのだろう。あれを防御できたのは偶然の要素が大きいが、強者と強者の戦いでは少しの運の要素が勝敗に関わってくるなどよくある事だ。
墨による目潰しと腹への陽動攻撃。ならば、本命は?
振るった左腕に触手が接触し、弾き飛ばされる。ジェネジオの側から触りに来るのは予想外だったのか、触手は吹き飛ばされるままで追撃の反応を示さなかった。一つ目の攻勢は防いだ。次は。
右方からもう一本の触手が襲い来るが、こちらはジェネジオの目の前を通過した。触手で距離をとってその隙に失った左腕を再生させるつもりか。……いや。
前を横切った触手の動きは巧みに偽装されているが不自然。わざと当てなかったようにも思える。そして、ジェネジオの現在の視界は横切った触手が大半を占めている。
「そういう事かよ……!」
相手の意図を察し、ジェネジオは反撃のために残しておいた右腕を迷わず腹に回す。
その動作が終わるか終わらないか、という刹那の瞬間、鋭い殺意と共に繰り出された拳が腕に直撃し、その甲皮にヒビを入れた。
「おお、速い速い」
どこか嬉しそうな声に呼応するように触手がジェネジオの視界を妨害するように動き、その死角から触手が、それ以上の破壊力を持った左腕が振るわれる。
再生を行うよりもこちらを仕留める事を優先した動き。ジェネジオはその悪意と執念にうすら寒いものを覚える。危険だ。目の前の敵を叩き潰す事しか考えていない。しかも、ただ無謀な突撃というわけでなく戦術を凝らしたやり方で。
……だが、この戦局は。
「ウラァ!」
掛け声と共にジェネジオは視界を塞ぐ触手をわしづかみにする。そして、最低限の動きでその触手を持ち上げ、下を潜った。それだけではない。ジェネジオは再び羽を開く。そして、潜った触手をそれで切り裂く。
これで、一本目。
残る触手が迎撃のために動くが、それより一瞬早く、ジェネジオは触手の包囲を抜け、エレオノーラの本体に肉薄する。右腕と切り落とした一本の触手はまだ再生していない。思った通りだ、相手は己の身の再生より攻勢を優先させていた。
相手は片腕。触手は自分の技能であれば十分に対処できる。本体と直接組み合う態勢になれば。
純粋なパワーではジェネジオはエレオノーラを上回る。それに加えて、腕一本のハンデ。
敵は、己の優位を見誤った。ジェネジオは確信する。相手の優位は、触手による中距離戦闘と再生能力による継戦能力、さらにはそこまでの強さではないが毒の蒸気。全体的にじわじわとゆっくり攻めていく戦術をとるべきだった。
だが、相手は明らかにこちらを積極的に仕留めようしている。
「……どうしたバアさん、アンタも弱くなったもんだなぁ!」
ジェネジオは噂だけであるがエレオノーラを知っていた。その内容は、身の毛もよだつ真っ黒な英雄譚。
人ならざる存在ではないか、という馬鹿みたいな内容が真に迫って囁かれるほどの恐ろしい怪物。
しかし、実際はどうだ。自分が強くなりすぎたのか。
神話の実態を知ってしまった少しの失望と、自分がそれを越す事が出来ているという興奮。
さらに士気を上げたジェネジオは、一気にエレオノーラに攻勢をかける。
背後から襲い来る触手を力任せに地面に叩きつけ、落盤によって発生した鋭い杭状の岩の欠片で突き刺し、地面に固定する。
正面からの殴り合いはジェネジオの完全なる優位。ならば、一本一本触手を無力化していけばいい。
残る触手は二本。その内の一本、頭を狙ったそれを回避し、頭上を通りすぎたそれを頭から生えた三本の角で挟み込み、そのままサバ折りの要領で真っ二つにする。
正面からの打ち合いではエレオノーラに攻撃を当てる事は出来ていない。だが、触手を処理しながらの打ち合いなのだ、それは仕方ない事だろう。
最後の一本の触手が、ジェネジオの強靭な、棘付きの足による踵落としによって力任せに引きちぎられる。
一本の固定と三本の切断。触手は完全に無力化した。さあ、いよいよこの戦いも終わりだ。
小細工無しの真っ向勝負。もう邪魔する触手は無い。
ジェネジオは渾身の力を込め、エレオノーラに一撃を加えようとする。
「……?」
が、その拳を繰り出そうとした瞬間、エレオノーラは口を開けた。命乞いでもしたいのか、それとも、墨か。
いつでも墨に対応できるよう、ジェネジオは一旦構えを解く。
「……」
しかし、エレオノーラは墨を吐くわけでもなく、何か言葉を話すわけでもなく、そのまま口を閉じたのだ。
舐めやがって、ただのハッタリか時間稼ぎか。ジェネジオは怒りを覚え、その拳を無防備な頭に向けて繰り出した。
――――ガギン
「あ……?」
それは、ジェネジオが戦闘中に聞いた事の無い音。
硬質なものと硬質なものが激突する音だった。
ジェノジオは繰り出した己の拳を見る。
その拳は、エレオノーラの左手に、止められていた。
様子がおかしい。拳を止めている手が、黒色に変化している。さらに、その形も人間の手のそれではない。
「……がっ!?」
直後その拳に走るのは鋭い痛み。肉による筋力で押しつぶすのではない、硬質なものにすり潰されるかのような感覚。
なんだこれは。ジェネジオは動揺したが、今なら再生していない相手はがら空きだ、ともう片方の拳を繰り出す。
「……!?」
その拳は、防がれる、という過程に至る事すらなく、動かす事ができなかった。
拳を、腕を拘束するのは、二本の触手。
何故。全ての触手は無力化したはず。これは……何だ?
ジェネジオは素早く状況を読み、必死で策を考える。
「教えてあげるわ、小悪党」
そこに、エレオノーラから言葉が投げかけられる。
――――――
とある、宗教団体があった。
目的は、『神に等しい人間を作る事』。
そして、その宗教団体は"とある一族"を敵視していた。
さて、どうやってそれを作るのか。
……答えを言えば、それは、進化……ではなかった。
人間の『品種改良』などではなく。
無数のサンプルにあらゆる苦難を与え、その苦難に適応し、生き残れる『変化』。
死にたくない。生きたい、死にたくない。常に死の恐怖を与え続ける。その純粋な感情のままに環境に適応し、あらゆる生きる術を身に着け、人間でありながら人間を超える。
『サラブレッド』を品種改良するような繊細さなどではなく。悪意の嵐の中からそれに適応できる生命体を生み出す。そんな荒々しい計画。
『変化』こそが至高。
そして、生まれてしまった。
彼らが"とある一族"と同じように目指した人を超えた存在ではなく。
―――――悪意の嵐に耐え抜き、それを飲み込んだ人を外れた存在が。
『悪魔に最も近い生物』が。
『死にたくない』からあらゆる生きる術を取得し、『死にたくない』からあらゆる戦闘技能を手に入れ、『死にたくない』からあらゆる人間を掌握する術を手に入れた。
――――数百人の裏に生きる人間が彼女の玉座を手に入れんと彼女に戦いを挑み、一人残らず命を落とした
――――数千人の正義に燃える人間が大切なものを守るために彼女に戦いを挑み、一人残らず命を落とした
――――数万人の罪無き人間が臓物と血の世界で蠢く彼女に巻き込まれ、一人残らず命を落とした
それは、"人類の特異点" "魔人" と恐れられた存在。
―――――
エレオノーラの全身に浮かぶ『サメハダテナガダコ』の蝋に近い濁った色の白い斑点が徐々に拡大していき、『サメハダテナガダコ』の赤を侵食して彼女の全身を白く染め上げる。そして、次の瞬間にエレオノーラの全身は朱色に染まった。
まるで世界の終焉の空のようなその光景をただ見つめるしかできないジェネジオに、エレオノーラは無機質な笑顔を浮かべながら、呟くかのように言い放った。
「切り札は最後の最後まで取っておくものよ」
エレオノーラ・スノーレソン
国籍:ローマ連邦
82歳 ♀ 207cm 110kg
MO手術"軟体動物型"
―――――――――――――――サメハダテナガダコ―――――――――――――――
『裏マーズ・ランキング』同率4位
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αMO手術"軟体動物型"
―――――――――――――――フンボルトイカ―――――――――――――――
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観覧ありがとうございました。
今回は特別に原作煽り風二つ名が本編についています。恐らくは今回限りです。
スマホで読んでいただいた方は最後の方にズレズレで意味のわからないものがあると思いますがあれ、『+』が3行使って作ってあるんです。
それと原作煽り演出の内容が他の作者さんの最新話のものと被ってしまうという事態が……申し訳ないです……
タコにもアレはありますが、今回登場の生物のアレは少し特別なのです。
次回、ババァの過去と引き続きバトルでお送りします、お楽しみに!