深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第50話です。

?+主人公たち視点+? な回。
何を言っているんだ……!?

本編は進行しますが何やらきな臭いパートに挟まれてる回、とお考えください……


第50話 悪意の嚢

「……じ」

 

 黒雲のようなテラフォーマーの集団がいくつかのグループに分かれて各所を攻撃している、という光景を見る事ができる火星の高地。そこにまるで陣を構えているかのように、黒の群れが並んでいた。

 

 まるで機械のように秩序だった隊形を崩さない布陣の最奥に座するのは、一匹のテラフォーマー。

 

 

 石を粗く削って作られた簡易的な椅子に腰を下ろし、その椅子の上には石製の皿に山盛りにされた蚕の蛹。

 左の手で頬杖を付き右の一指し指で椅子を落ち着きなく叩く、他のテラフォーマーよりも人間のような動きをするその個体の頭には、通常のテラフォーマーに存在する頭皮は無く、代わりにその額には『≒』の記号のような形状の模様が刻まれていた。

 

 ここまでであれば、事情を知る人間にとっては無視できる話ではないとはいえ理解できないものではない。

 テラフォーマーの統率者たる変異種、その一個体であるのだと。

 

 しかし、その外見には、他の変異種とは異なる点が一つあった。

 

 この個体の体躯は、そこに立ち並ぶどのテラフォーマーよりも小さい、幼体のそれであったのだ。

 

 

「ジョウ」

 

 布陣の最前線で、どこから手に入れたのか望遠鏡を使い戦線の一つ、二人の人間と戦う群れを観察していた一体が幼体のテラフォーマーへと振り返り、何かを伝える。

 

「じ、じじょうじ」

 

 丁度そのタイミングで観察されていた戦線から帰還してきた一匹のテラフォーマーが陣地に降り立ち、幼体のテラフォーマーの前に駆け込んだ。

 

「じょう、じじ、じじょ」

 

 体の所々に味方の残骸と思われる肉と体液を付着させたその個体は、まるで伺いを立てるかのように片膝を付き、言葉を紡ぐ。

 

 それを無言で聞く幼体のテラフォーマー。口を動かす事を終え、帰還してきたテラフォーマーが一歩後ろに下がろうとしたその時。

 

 

「キイイィィ!」

 

 不意に幼体のテラフォーマーが立ち上がり、悲鳴のような声をあげ、蚕の蛹が盛られた皿を掴む。

 

 

 そして、それで帰還してきたテラフォーマーの頭を殴りつけた。

 

「じ! じょうじ! キィィ!」

 

 頭がへしゃげ、ゴギ、という音と共に帰還してきたテラフォーマーは地面に崩れ落ちる。だが、その蛮行は終わらず、幼体のテラフォーマーは地に伏せたその個体を執拗に殴り蹴り、まるで罵るかのように勢いの強い声を浴びせながら皿を叩きつける。

 

 それは、無感情な通常のテラフォーマーのそれでも、理性的な指導者である変異個体のそれでも無い、まるで癇癪を起こした幼子のような振る舞いであった。

 

「……」

 

 周囲のテラフォーマーは、それに何か反応を見せる事は無く沈黙を守る。

 

 やがて、ぐちゃぐちゃになった死体を見下ろしてようやく落ち着いたのか、幼体のテラフォーマーは再び席に戻る。

 

「じじょう」

 

 座った幼体が目配せをしたのは、望遠鏡を持っていたテラフォーマー。

 

 それに従い、そのテラフォーマーは望遠鏡を幼体のテラフォーマーに差し出す。

 

「じ」

 

 それに満足そうに頷き、幼体のテラフォーマーは望遠鏡を目に当て、戦局を見つめる。

 

 

 ……しばらく各地の戦場を眺めた後、幼体のテラフォーマーはある者に気付き、その口には歪んだ笑みが現れた。

 

 

「ジョウ、じょうじ!」

 

 右手の皿を高く掲げ、幼体のテラフォーマーはそこに居並ぶ総勢に命令を下す。

 

 それをしている最中でも目を離さない望遠鏡、その視線の先には、体から稲光を放ちテラフォーマーを仕留めた一人の男の姿があった。

 

――――――――――

 

「トゲトゲはお前に任せた、後のあっちは俺が見る」

 

「命令するな」

 

「あ、静香は待機……ってか、ちょっと調べて欲しい事がある。えーっと、これとこれと……」

 

「ん、了解」

 

 火星の戦線、テラフォーマーの群れの真っ只中。そこで、俊輝と拓也はMO能力持ちのテラフォーマーと向かい合っていた。

 

 二人の足元には、一匹のテラフォーマーの死骸。力士型を土台とした、甲虫がベースと思われる個体である。

『裏切り者』兵士のベース生物であった、『ゴライアスオオツノハナムグリ』の能力を持ち、純粋なパワーでは3体の中で最も強い個体ではあったが、拓也の近接での毒と電撃の連続攻撃により力尽きる事となった。

 

「……面倒な方押しつけやがって」

 

 舌打ちする拓也。しかし、未知の敵を相手取るよりは知っている相手の方がマシだ、と考え、『オニヒトデ』の能力を持ったテラフォーマーに躍りかかる。

 

「ジョウ!」

 

 それを迎撃したオニヒトデのテラフォーマーが繰り出すのは、膝蹴り。だが、拓也はそれを正面から片腕で受け止める。膝に生えていた棘が何本も刺さり傷を作るが、それを全く気にする様子は無く。

 

「残念だったな、一歩遅い!」

 

 残った右の腕がテラフォーマーの急所、喉に向けて繰り出される。体勢があまり良くない事もあり、拓也の純粋なパワーは単純に殴っただけでテラフォーマーの喉を貫通できる程ではない。しかし。

 

「ギィ……!」

 

 テラフォーマーの喉に、楔が突き刺さる。それを引き抜く暇も与えず、電撃がテラフォーマーの喉に直に放たれる。

 

「ッ!」

 

 しかし、その状態で振るわれたテラフォーマーの腕が拓也の首を打ち、2m程吹き飛ばされる。

 

 

「ギィィ……ジョウ!」

 

 拓也を引き剥がした後も苦しんでいたテラフォーマー。しかし、その表情はすぐに元のものへと戻っていた。それと同時に、喉に空いた穴もじわじわと塞がっていく。

 

「オイオイ、再生能力(ソレ)まで持ってんのかよ……」

 

 血を吐き捨て、拓也は再びテラフォーマーと向き直る。

 だが、その闘志は尽きず、むしろ増しているかのような凶暴な笑みを浮かべ、両者は再びぶつかり合った。

 

 

「……向こうは任せた、つったけどどうしたモンかねこれ」

 

 その真っ向からのタイマンと異なり、一方の俊輝ともう一体のMO能力持ちテラフォーマーはお互いを牽制し合っていた。

 

 相手のテラフォーマーが俊輝を捕えようとし、それを俊輝は回避し一撃を加える。だが、テラフォーマーの硬い甲皮に回避ついでの一撃で与えられるダメージは小さく、早くも戦いは膠着状態となりつつあった。

 

 スタミナを考えれば、土台が人間の俊輝が圧倒的不利。早めに打開策を立ち上げないといけない。

 

 俊輝は相手の能力について考える。これまでの攻防で、敵は特に何か特殊な性質を発現してはいない。

 ただ気になるのが、他のテラフォーマーと違い、こちらに触れにこようとしている動作だ。

 

 これまで、地球で訓練として戦ったクローン個体は、殴る蹴るという形で接触を試みてきた。しかし、この敵はどちらかと言えばそのような暴力による殺傷よりもこちらに触れる事そのものが目的のように感じられる。

 

 何故。

 

「じょう」

 

 それを答える必要は無い、と言った調子で両腕を広げたまま俊輝に襲い来るテラフォーマー。

 

 

 実験台。背の触手と触角状の何か。物理攻撃ではなく単なる接触。

 

 

「まさか……しまっ!?」

 

 これまで通り攻撃を回避しようとしたが、テラフォーマーが突如軌道を変え、迫って来る。

 何とか直撃は避けたものの、その左腕をテラフォーマーの剛腕が掠め、甲皮の一部が裂け血が流れる。

 

 

「つ……ぁ……!?」

 

 その直後に俊輝を襲ったのは、猛烈な痺れ。これまで多くの修羅場を潜り抜け、痛みには強いと自負している俊輝が苦痛に顔を歪ませる程の激痛。

 

 

 相手が何の生き物かはわからない。しかし、これだけはわかった。相手は、猛毒を備えた生物だ。

 一瞬触れただけでもこの始末。本格的に接触でもしたら、恐らくは、死。

 

 

「俊輝! 準備できたよ!」

 

 

 持って行かれそうになる意識を引き留めたのは、俊輝のその状態を知ってか知らずかの静香であった。

 準備はできた。しかし。

 

 

「ちっ……!」

「くっ……」

 

 二人は手が離せない状態。何とかして隙を作らねば。そう考えた、その時。

 

―――――――――!!

 

 空気を震わせる爆音が、周囲に響き渡る。

 

 思わずそちらに注目する、能力持ちの2匹を含めたテラフォーマーの群れ。

 

 

「……今だ!」

 

 全くの偶然。正体もよくわからない謎の都合のいい幸運。だが、これを逃す手は無い。痺れが回り始めた体を引きずり、俊輝は静香の手を掴む。

 

「やってくれ、静香!」

 

 それに力強く頷き、静香は自身の背に取り付けられた専用装備を全開にし、とある方向の空へと向ける。

 

 荒れ狂う風に乗って放たれる、『ズグロモリモズ』の猛毒を持つ羽毛を砕いた粉末。

 その脅威を既に知っていたのか、進路上の空中にテラフォーマーが一斉に退避する。

 

 そのまま静香の手を引き、拓也の方へと向かい俊輝は手を伸ばす。

 

「掴まれ!」

 

 作戦通りの行動だった。だが。

 

「……」

 

 伸ばされたその手を、拓也は取らず。代わりに、その手のひらに一つの変態用ではない薬を握らせ。

 

「っ、もう時間が!」

 

 

 少しだけ、二人の方を振り向いたその表情は。

 

 

「あーもうめんどくせえ!」

 

 

 俊輝には見られる事なく、静香から急いで離れた俊輝によって無理やり腕を掴まれ引っ張られた驚きによってかき消された。

 

 

 それと同時に、静香の専用装備がもう一度機動し、暴風の奔流が再度先ほどの軌道に放たれる。

 先ほどのそれとの違い、それは。

 

「よっしゃ、開けた! ウチ(第二班)の艦への道!」

 

 毒粉が含まれておらず、その風は軌道の滞留していた毒粉を吹き飛ばした、というものである。

 その腰に、拓也の腕を掴んだ俊輝が慌てて飛びつく。

 

 

 そして、最後の一押し。

 静香は専用装備を逆方向に向ける。これだけの連続使用。自分達の宇宙艦があった方向の、基地内で配布された資料での把握と、本来広域に散布する事を目的とした専用装備の効果範囲を狭い所に集中させ、なおかつ連続で使用するためのリミッター解除。これが、戦闘要員を一人削って得た成果。

 

 静香の飛行能力は高くはなく、一人くらいならともかく、大の男二人を抱えてはとても飛ぶ事はできない。

 速度も速くは無く、テラフォーマー相手の飛行勝負でも十分な優位があるとは言えない。

 

 ならば、別の手段で速度を稼ぐ必要がある。

 

 

「二人共舌噛まないでね!」

 

 毒粉を広範囲にばら撒く事を可能とする風量を、ごく一点に集中させ逆噴射する。

 そうすれば、その反動で、どうなるか?

 

 

 その答えは、消えた標的を唖然と見つめるテラフォーマー達が思い知る事となった。

 

 

 そして。

 

 

 先ほどの爆音の聞こえてきた方向から、次々と聞こえる仲間達の断末魔。

 今の己では分が悪い相手だ、と判断し、オニヒトデと触手のテラフォーマーは身を翻し、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

「罪滅ぼし、なんかじゃないですけど……守りたいじゃないですか」

 

「ここまで付いて来てくれた部下たちを地球に帰して見せる、この身に変えてもだ……!」

 

「……ここまで頑張ってくれたみなさん、これ以上誰も死なせません……死なせたくありません!」

 

「この後に及んでまだ俺を信じてるなんて、馬鹿な奴だよ、全く」

 

「私にできる事はここまでだったが……後は、未来は、任せたよ、諸君」

 

「さてはて、何人生き残るのでしょうねぇ♪」

 

 

 それぞれの動機、意思、目的を胸に抱き、生き残り、散り、殺し合い、助け合う人々。

 混迷の火星で繰り広げられる、理不尽なゲームの終盤戦。

 

 

 そこから離れた今はまだ平和な、しかしその裏では害虫の王が密かに版図を広げ、少しずつ侵食されつつある地球。

 

 そのとある地の奥深くで、火星からの来訪者とは違う、しかしどす黒い塊のような悪意が、芽を出しつつあった。

 

 

「私には、理解できないんだ」

 

「何がっすか?」

 

 無数の、液体に満たされ、中に何かが見える透明なシリンダーがまるで支柱か何かのように並ぶ大広間。

 その中央にあるのは、巨大な樹、と形容すべき大掛かりな装置。

 

 二重螺旋状に絡み合った機械と、その内側で一定間隔で配置されている、二つの機械を橋渡しするかのように繋がれた無数のシリンダー。

 

 

「皆と、ジョセフ君の事がさ」

 

 ぼこぼこ、という音と共に機械が動き始める。

 それを眺め、男は不思議そうに呟く。それに相槌を打つ女性。

 

「結局私の物だとはいえ、何故彼らは不満を持ってわざわざ火星を目指したのだろう」

 

「すみません、私にはちょっとわからないっす」

 

 男の言葉の意味が理解できないのか、しゅんとした様子で、しかし何とか話相手になろうとする女性。

 

 

「不毛だとは思わないかい?」

 

「まったくやれやれ、本当に」

 

「人間という生物は、愚かだね」

 

「だからこそ素晴らしい」

 

「……黙れ!」

 

 稼働する機械を愛おしそうに撫で、男は満足げな笑みを浮かべる。

 それに言葉を繋げるように、いくつもの声が部屋の中に響く。女性は申し訳なさげに口をつぐんだまま。その声は、部屋にいつの間にかいた数人の男のものだった。

 

 男は、独り言だから気にしなくていい、と落胆している女性を慰めながら、数人をまるで見えていないかのように気にする事なく、一人ぼやいた。

 

 

「我々は、既に生命の樹を手にしているというのに」




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