深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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本編がひと段落、という事で一話話の本筋とは違う話を。

二部に登場する人物の紹介的なお話です。


幕間 ある施設にて

「……んふふ……今日も絶好調です……」

 

 真っ白な壁に覆われた、無機質な部屋。その内にあるのは、一つのベッドと本棚。それが、少女の世界の全てであった。

 

 スピーカーから流れてくる音声、それに従い、『能力』を用いた訓練を行い、その結果に満足し、少女は得意げにその無い胸を張る。

 

「ふふ……師匠、帰って来たらビックリするでしょうね……けふっ!?」

 

 やはり何もない真っ白な天井を見て何処かに思いを馳せていた少女は、唐突に下を向き、よろめいた。倒れそうになる体を支える為に両手でつかんだのは、彼女の手足に刺さっている注射器、それを接続されている点滴用の装置。

 

「あー……やっぱ調子、あんまりでしょうか」

 

 ふらつく体を何とか支え、彼女は足元を見て少し声の調子を落とし、呟く。そこには、彼女が吐いた赤い液体が広がっていた。

 

 

「ねえ、師匠はいつ帰ってくるのですか?」

 

 

 足元に広がる小さな血の池から目を離した少女の、不安と不満の入り混じった、質問。

 それに、スピーカーからの答えは無かった。別に、一方通行というわけではない。少女の要望やその不安定な体調の変化を聞く為に、その声は外のオペレーターに届くようになっている。

 ただ、機密に関わる事であるため、そのオペレーターにも回答となる情報は知らされていなかったのだ。

 

――換気システムを起動します、鎮静薬を飲みなさい――

 

 質問を無視したいつもの命令。それに一つ息を付き、その通りにベッドの上に置かれた薬を飲む。

 

 

 少女は、今の生活に不満があるわけではなかった。むしろ、自身の命を救ってくれていたこの状況には感謝していた。

 少女はこの場所とは違うとある国の道具として扱われている人間であった。いつまで生きていられるかも不明瞭な、周囲の姉妹達が次々と死んでいくという環境で何とか生を繋いでいた。

 そんなある日、少女の人生に転機が訪れる。少女は謎の手術を受ける事になったのだ。

 

 説明もされず、勿論拒否権など無く、受けたその手術。成功確率が0.3%である事など伏せられた、いや、知らせる必要など無かったそれは当たり前のように失敗し、少女は自身の体の中が別の何かに食いつぶされるような地獄を味わった。

 

 虫の息となり、後はただ死を待つだけとなった彼女はあっさりと捨てられ、自分と同じ手術を受けた、自分とは違う、しかしすぐ同じものになるであろう屍の山の中で、少女は苦痛にもがき苦しみながらその時を待っていた。

 

 そんな彼女が救い出された、正確には利用価値を認められて他国のスパイに回収されて命を救われたのは、奇跡だったのだろう。

 

 しかし、その肉体は常にその内に宿した生物の因子により侵食され、専用の薬品によってそれを抑え込まねば命を繋ぐ事さえままならない状態。それでも彼女が価値を見出されたのは、その能力がそれだけ希少かつ強力なものである証左でもあった。

 

 結局兵器として利用される事となった少女の日々は楽しい物とは言えなかった。能力が暴走する危険が常にあるため小さな部屋に隔離され、そこでずっと日々を過ごして来た。体調は徐々に悪化していき、血を吐く事も寝込む事も増えてきた。ただ、そんな彼女が生にしがみ付こうとした、一つの救いがあった。

 

「えへへ……師匠……いつ見てもかっこいいなぁ……」

 

 ベッドに寝ころび、本棚から取り出したアルバムを開いて少女は頬を緩ませる。

 彼女の見ている写真は、二人の人間が映っているものだった。

 

 今少女のいるこの部屋にて満面の笑みでピースをしている少女と、その横に立っている、ぎこちないながらも何とか笑みのようなものを浮かべている、一人の男性。

 

 少女は強力な能力を持っているが、手術は失敗に終わり死にかけていたため、それを上手く制御、活用する事はできない状態であった。それを実戦で運用できる段階にまで持っていくため、上級軍人が一人、彼女の能力の指導に当たっていたのだ。

 

 少女がその師匠にどのような感情を抱いているのかは、これまでの彼女の様子通り。

 しかし、師匠は一か月ほど前に出張でしばらく帰らない、と言って少女の元を去ってしまった。

 それから毎日のような「師匠まだですか?」という質問攻めが始まり、それに疲れ果てた彼女を担当するオペレーターは何とか通話くらいできないか、と軍部に訴えかけたものの、回答はノー、であった。

 

「元気にしてますか、わたしは頑張ってます……そうだ、手紙を――」

「その質問、お答えするっす!」

 

 しばらくアルバムを堪能した後、少女はおもむろにその上半身を起こす。

 これは名案、目を輝かせ、早速筆記具と可愛いレターセットを要求しようとした、その時。

 少女の声と被るように、部屋の中に声が響く。

 

「ほあぁー!?」

 

 間抜けな叫び声を上げ、少女はびくっと体を震わせる。

 何故ならば、その声は聴き慣れた機械を通したものではなく、生の声だったのだから。

 

 少女に与えられた部屋に直接入って来る人間は、師匠を含めわずかしかいない。

 さらには、大抵の場合防護服を着ているため、何も通さない生の声、というものは聞き覚えが無かったのだ。

 

「……お、お姉さん誰なのですか……」

 

 少女の目の前に立っていたのは、一人の若い女性だった。ビジネススーツに、ポニーテールに纏められた黒髪。人懐っこい人格を伺わせる親しげな笑みを浮かべたその女性は、少女が落ち着くのを待っている様子で両手を後ろで組んでいた。

 

「んー、ナタリヤちゃんの味方、とだけ言っておくっす」

 

 少女、ナタリヤの質問に対し、笑みを崩さないまま返答する女性。

 

「お答えするって……何ですか?」

 

「そりゃあもちろん、ナタリヤちゃんが今一番知りたい事っすよ!」

 

 いきなり目の前に現れた怪しい女の人。いつの間にか入って来ていたし、そもそもこの場所は勝手に入ってこられるような所ではない。すごくあやしい。というのはナタリヤの率直な感想である。しかし。

 

「……師匠の事、教えてくれるんですか?」

 

「もちろん! その為にここに来たんすからね」

 

 少しだけ考え、リナリヤは女性の話を聞く事に決める。少なくとも害意は感じないし、喉から手どころか内蔵が全て出るほど切実に知りたい内容を知っているというのだから。

 

「じゃあ、良い事が一つと悪い事が二つ、どっちから……あ、その前に、ナタリヤちゃんにとって、師匠さんってどんな人なんすか?」

 

「……」

 

 女性の問いに対するナタリヤの答え、それは無言で本棚に歩み寄る事だった。何をするのかな、と小首をかしげる女性を横に置き、ナタリヤは一冊の本……というか、先ほどまで見ていたアルバムを取り出し、再び女性の前まで戻る。

 

「おおー、きれいに撮れてるっすねー、それで――」

「めっちゃかっこよくないですかそうですよねお姉さんもそう思いますよねそうじゃないわけがないのです何がいいってまず性格ですよ性格すごくクールで冷たい人、みたいな感じでわたしに接してくるのに結構すぐ慌てちゃう所とかあったり根っこの優しい部分が隠しきれてない部分とかすごくすごいんです聞いてくださいよわたしが前師匠の為にお料理作ろうかなーって思って無理言って調理器具部屋に入れてもらったんですでもわたし料理なんてできないじゃないですかなんとか何か作ろうかなーって思ってゆで卵を作ったんですよでもダメダメですっかり中身固くなっちゃって取り出す時にやけどまでしちゃってごめんなさい、って謝ったら師匠どうしたと思いますかなんとおいしい、って食べてくれた上にわたしに包帯まで巻いてくれたんですよそれがまた明らかに慣れていない感じでもうわたしは何と言えば良いのでしょうかあとはあれですねわたし師匠にアタックしようかなとか思ってるんですけどこの前けほっ!?」

 

「……大丈夫っすか……」

 

 ごく少量ではあったが血を吐いた事により熱い演説がキャンセルされたナタリヤと、いきなり始まったそれに気圧されてすこし引いていた女性。

 何とも言えない空気が漂う。

 

「ま、まあナタリヤちゃんの思いはよく伝わったっす……」

「……悪い方から聞かせてください」

 

 少しだけ落ち着いたのか、ナタリヤは続きを語るでなく、先ほどの女性の言葉を思い返し、話を聞く態勢に。帰りが遅い、とかかなぁ、嫌だなぁと不安になるナタリヤ。しかし、その『悪い方』は、ナタリヤの想像とは全く違う物であった。

 

 

 

「師匠、亡くなったみたいっす」

「……え……?」

 

 興奮気味のナタリヤの手から、アルバムが落ちる。言葉の意味をもう一度考え直し、その表情はまるで深い淵のように沈み込み。

 

「うそ……そんなのウソです!」

 

「悪い事、もう一つ。……ナタリヤちゃん、国に騙されてるんすよ」

 

「やだ、そんなわけない、ウソウソウソ!」

 

 

 

 師匠は火星に渡り、そこで奮戦するも卑劣な敵の罠にかかり命を落とした。

 出張。それならば何故、連絡の一つも無いのか。それは、もう師匠が連絡などできないからだ。

 そもそも、体調も精神的にも安定していないナタリヤの傍に師匠を早く戻すのが、ナタリヤを利用しようとしている国としても正しい選択ではないか。それができないという事は。

 

 

 嗚咽を漏らし、血の混じった吐瀉物を床に撒き、まるで聞き分けの無い駄々っ子のようになったナタリヤに、女性はただ淡々とその証拠と根拠を突きつける。

 

 否定しようと思えば、否定できる部分もあるだろう。師匠がその動向を一介の施設のオペレーターに漏らせないような任務に携わる可能性のある上級軍人、という話からそれがはっきりと真実である、という断定まではできようもない。

 だが、依存し恋い焦がれていた人間の死、という情報を突きつけられた精神的に未熟な少女に、そこまでの思考ができるわけもなく。

 

「……でも、生き返らせてあげる事ができる、と言ったらどうっすか?」

 

「……いきかえらせる?」

 

 元々弱っていた体で泣き疲れ、ただ光の無い目で重力に身を任せベッドに横たわっていたナタリヤは、その言葉にぴくり、と微かな反応を示す。

 

「私の主様は、それができるんすよ」

 

「ほんとうに?」

 

「うん、本当っすよ。でも、タダじゃダメなんすよ」

 

「わたしは、なにをすればいいんですか」

 

 慈しみの目を向ける女性と、精神的に衰弱し、藁にでも縋りたい、その一心で、虚ろな表情のまま女性の言葉に耳を傾けるナタリヤ。

 

「ナタリヤちゃんの力が必要っす。もし一緒に来て、敵をやっつけてくれたら、そのお礼に、ね?」

 

 

 ナタリヤに向けて、握手、と手を伸ばす女性。ナタリヤの目に、未だ光は戻らなかったが。

 

「がんばります……何でもします……だから、師匠を、お願いします、お願いします……!」

 

 その手を、弱弱しくはあるが強い調子で、握り返した。




観覧ありがとうございました。

次回多分近いうちか本編と同時にキャラクター紹介辺りで……次から本編になりますから!
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