深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第7話、主人公の戦いとちょっと他の班の動き。


第7話 森羅の断頭台

 床屋に行った事はあるだろうか?

 

 髭剃りとか、気持ちいいよな。みんな目を(つぶ)っているだろう?

 そんな時、俺は思うんだ。

 

“首を掻き切られないという保障もないのに、なんで皆バカみたいに安心してるんだ?”

 

 

 いや、皆の言いたい事はわかるよ。バカは俺だってことも。

 

 

 でも、俺は油断してたらそうなる世界で生きてきたんだ。そう、平和な国の中だというのに。床屋で隣に座って談笑してた奴が次の瞬間に朱に染まっているような、そんな場所で。

 

 だから、俺を許してほしい。虫のいい話だと自分でも思うけど、俺はきっとこれから、大切なものを失いたくなくて、酷い事をすると思うから。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 オオキバウスバカミキリ。

 

 

 カミキリムシの仲間で最大の顎を持ち、世界第二位の体躯を誇る、カミキリムシ界の怪物。

 

 草食で争いを好まない一般的なカミキリムシとは違い、獰猛でその顎を武器に積極的な自己防衛を行う。

 

 普通、カミキリムシの顎は下向きに生えている、つまりは摂食器官の一部のようなものなのだが、このカミキリムシの大顎はクワガタムシと同じ前方、敵をしっかりと見据えるように生えている。

 

 それは何故なのか。

 

 

 全くわかってはいない。

 

 

 ただ一つ言える事は、この昆虫はその大顎を最大限に利用して敵を追い払い、活用しているということだ。

 

 その大顎に戦いを挑む者は、たとえ堅牢な甲皮を持った甲虫であろうと死を覚悟する必要がある。

―――――――――――――

 

 

「なるほど、敵さんも斥候にするんなら頑丈なヤツがいいって思ったのか」

 

 俊輝は、冷静に身の回りの情報を整理していた。

 

 自分の背後には唐突な戦闘で硬直している静香と拓也。

目の前には、先程のショックから立ち直っているものの、左腕を失っている恐らく甲虫の仲間がベースの男。

 

 ぱっと見でめちゃくちゃ頑丈そうだったから関節から攻める事にした。

 その適当に下した判断は、この状況において非常に正しいものだった。

 

『クロカタゾウムシ』。身を守るため、『堅さ』に特化した昆虫。

 鳥に食われても消化されずに出てくるというほどの堅牢な甲皮は、人間の踏みつけすら意に介さない。

 それを正面から力押しするのは分が悪い。

 

「静香、一応薬使っといてくれ。いつでも逃げれるように」

 

「う、うん。わかった」

 俊輝の呼びかけで、静香は自分のポケットから彼女の薬、アンプル型のそれを取り出す。そのやりとりを眺めていた男が、口を開いた。

 

「その色、その武器。てめえ、『9位』だな」

 

 唐突な相手の問いかけに、俊輝が答えることはない。その代わりに、思考を張り巡らせる。

 

 こいつ、ガラが悪くて裏の店の用心棒、って感じの見た目しているくせに、なかなか洞察力があるじゃないか、と。恐らく敵の持っている情報は、MO手術のベース生物だけで、それを持つ人間の顔は無いのだろう。それは、自分の変態した甲皮の色と大顎を見て9位と判断した事から予想できる。なぜそのような不完全な情報を持っているのか、それはまだわからない。

 

 だが。敵はこちらの戦力をある程度理解している。その情報だけで、十分だ。

ベースを偽装している可能性のある幹部搭乗員(オフィサー)の皆さまはベースから判別できない以上顔が割れているかもしれないが、それはまあいい。

 

 相手が動く気配。仕掛けるチャンスを伺っている。それは、他人の様子を観察するのに慣れている俊輝にはよくわかった。

「なあ、俺もできる限り殺す人数は減らしたいって思ってんだよ……」

 

 

 自分に向けられている殺気を感じながらも、俊輝は言葉を紡ぐのをやめない。

 

「アンタ、家族とかいたりするか? 奥さんは? お子さんか? 親父とかお袋とかいんだろ?」

 

 当然、相手も無言。戦場で無駄口は不要。相手も相手で、考える事はあるようだ。

 

「……だから、降参してくれ。ウチの班長も、少しなら捕虜として生かしておくと言っていた」

 

 左腕を切り落として戦意を削ぎ、降伏を呼び掛ける。特に策略などはなく、自然にそれは行われていた。

 自分がかなり好戦的な性格だとは理解している俊輝だったが、流石に快楽殺人を行う程ではない。

 

 これが乱戦ならともかく、見守る人間もいない1対1。救える命なら、できれば救いたい。そんな、一般市民ならほぼ誰もが持っている感覚で、この戦場に立った青年は話をしていた。

 

「丁寧な勧告、感謝する。だが、それを受け入れる事はできねえんだよ、俺にも任務ってのがあるんでな」

 

 敵にも敵の矜持というものがある。それも当然の事だ。だって、目の前にいるのは、ゲームに出てくる雑魚キャラじゃなくて、一人の人間なのだから。そう思い、俊輝は手の付け根に生えた大顎を男に向ける。

 

 

「そりゃあ残念。じゃあ、」

 

 

 

 

「行くぜ」

 

 

 その言葉と同時に駆ける俊輝。それに対して真正面から突撃する男。

『クロカタゾウムシ』は攻撃的な生物ではない。

 

 だがしかし、人間サイズでその重厚な甲皮を持って突撃してきたとしたら、その威力は単純ながらも強大。

 そこまで頑丈ではないオオキバウスバカミキリの甲皮では、それに耐える事はできないだろう。

 

 だから、俊輝は当然と言えば当然だがそれを回避する。

 体を少しずらし、あわや激突、という瞬間に体を横に滑らせて回避、すれ違いざまに左足に大顎の一撃を放つ。

 

 切断、とまではいかなかったものの、それは見事に関節の隙間を切り裂き、大量の血液を噴出させた。

 だが、男はそのまま止まらずに走り続けた。その先にいるのは、薬を使って変態を終えているか終えていないか、という状態の静香。

 

 立ち止まって再び自分に向かい合ってくるか、と思って足を止め身構えていた俊輝の顔が青くなる。

 まずい。このままでは。自分はまた、助けられない。

 

慌てて駆けだす俊輝だったが、それは間に合いそうもない。

 

「やめろ……待ってくれ、そっちに行かないでくれ」

 

 顔を歪ませ、俊輝は懇願する。脳裏には、かつて何もできなかった自分の姿がはっきりと映る。

 こうなったらやるしかない。決心し、俊輝は自分の専用装備を取り出そうとする。

 

「……!? かっ……ハアッ……!」

 

 突然、あと数歩という所まで静香に近づいていた男に変化が現れた。

 その動きが止まり、その場に崩れ落ちる。

 

 体はガタガタと震え、それが己の意思で無いことは誰にでも見てとれる。

 

 少しの間をおき、痙攣していたその体が動きを止める。

 完全に生命活動が止まり、徐々にその体は人間のそれに戻っていく。

 

 それを、俊輝は立ち止まってただ虚ろな目で見つめていた。

 もし静香が変態を終わらせていなかったら。拓也と静香、どちらかは恐らく死んでいただろう。

 それを想像し、俊輝の胸の中には冷たいものが姿を見せていた。

 

「大丈夫、私は大丈夫だから」

 

 そんな俊輝に近づいたのは、変態を終えていた静香。

 俊輝に歩み寄り、優しげに言葉をかける。

 

 

「ああ、無事でよかったぜ、静香。間に合ってたみたいだな、よかったよ」

 

 はっと我に帰り、言葉を返す。その声が震えているのは、俊輝自身にもよくわかっていた。

 そして、自分の目の前にいる幼馴染にも。

 

 

「この人、単独行動って事は見張っぽいけど……近くにあるのかな、基地ってやつ」

 

 

 自分達の任務。それは、あくまで偵察だ。

 敵とガチバトルをするためではない。

 

 最初の襲撃があった以上はこちらの本陣である宇宙艦の位置は割れていると思っていい。

 だとすれば、敵がわざわざ偵察部隊を出してくるとは考えにくい。

 

 それでも敵は単独でこの場にいた。ならば、この男の役割は拠点に近づく敵の見張り、という可能性が高い。

 

「よし、じゃあ静香、ちょっとこのあたりの偵察頼むわ。できる限り低空でな。危ないから」

「もう、心配性なんだから……」

 

「じゃ、なにも見つからなかったら30分で終了。向こうにある小さい洞穴で合流だ」

 

 静香が偵察の準備を進めている後方、ふとある事に気がついた俊輝は、絶命している男に近づき、かがみこんでその首にかかっていたロケットペンダントを取り外し、それを開いた。

 

 そこにあったのは、幸せそうな男とピースして一緒に映っている若い女性の写真。

 無言のまま俊輝はそれを男の首につけ直し、静かに手を合わせてその場を後にした。

――――――――――――――――――――

 

「暗いのは嫌いです……」

 

 薄暗い洞窟の中、十数人の男女が歩みを進めていた。

 

 かといって、彼女達は探険隊ではない。アネックス補助計画、そのロシア班の面々である。

 

 そして、歩いているこの地下洞窟も、天然のものではない。先程襲撃してきた『裏切り者』がここまで掘ってきた穴だ。

 

 そこを班員の一人、優秀な触覚器官を持つ『ホシハナモグラ』がベースの男が先導して穴を掘り進めている。

 

 穴は途中で地上への入り口が見えていたのだが、同じ方向にさらに掘り進んでいけば敵の基地の直下に辿りつくのではないか? という考えにより、宇宙艦を護衛させている少数以外はこの地下道に移動している。

 

 だがしかし、彼らは全員が敵陣に突入して戦う気でいるわけではない。

 この場で、敵陣に押し入るのはわずか数人、しかも、先行して突入するのはたった1人だ。

 

 

「……上から声が聞こえるな。でもそんなに数がいるわけじゃない。たぶん前線基地みたいな感じだろう」

 

 トンネルを掘り続け数時間。彼らの考えは当たっていたらしく、頭上からは遊んでいるのか楽しそうな声が聞こえてくる。これが他班の仲間だったら問題なのだが、聴覚に優れたベースを持った数人が調査した結果、少数といえど三十人近くが付近にいる事がわかった。これは約2班分の人数だ。すでに合流した可能性は低いし、もし合流していたのだとしてもこんなに楽しそうなのはおかしい。

 

「じゃあ行ってらっしゃいませ、リーダー」

「俺達もできれば行きてえが、お嬢が本気で戦ってたら死んじまうしな、俺ら」

 

「はい、私、頑張ります!」

 

 美しい銀髪をなびかせ、ロシアの幹部搭乗員(オフィサー)の少女は、緊張しながらも覚悟を決めた顔つきで頷いた。

 

「じゃ、俺らも後で行きますんで」

 

 頭上の岩が砕き割られ、人口の光が漏れだす。そこは、間違いなく人工物として巨岩を加工したものだった。

 

 

「な、何だ!?」

「敵襲だ、急げえ!」

 

 慌てふためく穴付近の人間。だが、それは空中を漂う糸のようなものに触れた瞬間に沈黙した。

 

 そして、岩を砕いたせいで発生していた砂煙が晴れた時、偶然にも穴の近くにいながら生き長らえていた一人は、侵入者の姿を見た。

 

 小さな体と特徴的な北国の帽子。

 その顔は、天使のような表情を浮かべていた。

「たっち、です」

 

 その柔らかな手が肩に置かれた直後、彼は別の天使の顔を見ることとなったのだが。




観覧ありがとうございました。

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