深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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ひゃあ我慢できねぇ1部終わったしストックを吐き出すぜ!……みたいな感じで更新であります。

幕間その1です。正直な所情報量は殆ど無い回で0.5話分みたいな感じなのですが、一応何かしらがわかる部分があったりなかったり?

 タイトルからなんとなく察せるかもしれない人の回です。


幕間 腐った林檎

 2577年 12月21日 U-NASA本部 第三地下研究室

 

 暗い闇に包まれた部屋の中で、男は数人の部下と共に黙々と作業を進めていた。

 彼の名はアレクサンドル・グスタフ・ニュートン。『ニュートンの一族』本家の人間であり、現在進められている『バグズ二号計画』の責任者である。

 

 そんな彼は、液体に満たされたガラス容器に入っているものをじっと見つめる。それは、人型生物の生首。

 しかし、その特徴は現行の人類とはかけ離れたものであった。近いものを言うならば、それは、原人のような。

 

 

 火星を人間の住める土地に変える為、何百年もの期間をかけて進められてきた『テラフォーミング計画』。それは、コケとある生物を火星にばら撒き、それによって環境を変化させようという試みであった。

 そして計画は今最終段階に達し、いよいよ人間がその調査のため火星に……というのは、数か月前の話だ。

 

 結果は、失敗。生存者0名の第三次、その詳細は国連航空宇宙局、U-NASAの上層部の意思によって闇へと葬られる事となった。

 何が原因だったのか? 発射に失敗した? いいや、人類の英知を結集し万全を期して始められたそれが、初期段階で失敗する事は無かった。火星での事故? 半分以上正解と言えよう。

 

 その答えは、アレクサンドルが見つめる生首であった。

 この生物の名はテラフォーマー。コケと共にばら撒かれた生物、ゴキブリが火星の苛酷な環境下で進化した、と考えられている火星の知的生命体。

 

 バグズ一号の搭乗員は、この生物の手によって命を落とした。

 この場所にある生首は、搭乗員の一人、ジョージ・スマイルズが死の間際に地球に送ったものである。

 

「……本当に、素晴らしいものを届けてくれた」

 

 不気味な宇宙生物の生首を満足げに眺めるアレクサンドルに、部下達は何も言わない。彼らはU-NASAの中でも選り抜きの優秀な科学者達であり、アレクサンドルが推し進める計画の賛同者である。何かの感情を表に出す、という程慣れていないわけではないのだ。

 

 人間を、超える。それが、このテラフォーマーの首が届き、分析の結果、他の生物のDNAを体内に共存させる『選択的免疫寛容』と呼ばれる機能を果たす臓器、MO(モザイクオーガン)を発見したアレクサンドルの言葉。

 

 このMOを何とか人間に移植し、他の生物との融合を可能とできないものか。まずは、昆虫。さらには。

 そのような考えから、計画は進められている。

 

 表向きは、次の火星探査計画に向けて、テラフォーマーに抗し得る人間を作り出す事。裏では、さらにそれを発展させ、最終的には人間を超えるため。

 

 

「夜分遅くに失礼するよ」

 

 表向き、などといっても最高機密であるその計画は裏の奥底で進められており、今アレクサンドル達が研究を進めているのもU-NASAの地下深部にある研究施設である。厳重なセキュリティが敷かれ、部外者は近づく事などできようはずもない。

 そんな場所のドアが、唐突に開かれた。

 

 

 そこに立っていたのは、一人の青年であった。

 時代錯誤甚だしい白の一枚布という服装と、その胸の部分にあしらわれた、二重螺旋と血に濡れた槍の穂先、といった意匠のエンブレム。

 

「……何の用だ、オリヴィエ」

 

 唐突な来訪者に対し、アレクサンドルは冷徹な調子の声で短く質問する。

 しかし、その体全体から滲みだす怒りの表情は隠しきれず、重たい威圧感が部屋全体に圧し掛かる。

 

 研究員たちは来訪者に対する驚きよりも、アレクサンドルの怒りに萎縮し、動作を取る事ができないでいる。

 しかし、少ししてその来訪者、オリヴィエの放つ歪な気配に気付き、得体の知れない不安に襲われた。

 

 彼らはアレクサンドルに時々会いに来る、親戚だと言う人間と何度か会っている。彼らが皆一様に持ち合わせるのは、平然としている時でも感じられる威風。

 我らは人間の先にある者なのだ、と言わんばかりのひりつくような空気の変化。さらには、今のアレクサンドルのような激しい感情を発露させた時の、実際に空気が凍り付く、もしくは焼け付いているのではないかとも思える、畏怖と命の恐怖さえ覚える覇気とも言えるもの。

 

 

 だが、目の前の青年は。アレクサンドルの親戚たちに比肩する、もしくはそれ以上なのではないかという人間の黄金比、と呼んでも差し支えの無い整った顔立ちと体形の、貴公子と表現するのがぴったりであろう、その青年は。

 

 ただただ、怖気の走る不快さしかなかった。

 まるで、車に轢かれて道路脇に寄せられた動物の死骸の体内から無数のウジが覗いているのを見てしまった時のような、吐き気を催す不快感の塊。人間では無い、超えるでなく人間を辞めてしまった何かがその皮を被って遊んでいるかのような、気味が悪い存在。その気配が、アレクサンドルの怒気にさえ塗りつぶされずこの空間を覆っている。

 

 

「……いやぁ、何をしに来たのか忘れてしまったよ。まあ多分、優秀なアレクサンドル君が何をしているのか身に来たんだと推測するね。同じ科学者として君の事はすごくリスペクトしているからね」

 

 友好的ですよ、という態度で、オリヴィエはアレクサンドルに近づいていく。

 それを止められる者はおらず、それがせめて本当に友好的なものでありますように、とその場の研究員達は祈る事しかできない。

 

 

「それは重畳。色々と名高い貴様に評価されて嬉しく思うよ。……見せる物は何もない、帰れ」

 

「冷たいなぁ……これから、君達本家筋がピンチになった時の打ち合わせでも、と思ったんだけど」

 

 しょんぼりとした表情を浮かべるオリヴィエ。だがその場にいる全員が、はっきりと感じ取る。コイツは、最初から何の感情も抱いていないのだと。

 

「それは部外者の多いここでする話ではないな、また今度だ」

 

 不満の色を浮かべたアレクサンドルの鋭い目線を受け、肩を竦めるオリヴィエ。

 

「仕方ない。じゃあ、私がやだやだ帰りたくない、とだだを捏ねたとしたら?」

 

「力ずくで叩き出す以外に何かあるのかね?」

 

 一度、温和……と言えるかはわからないが纏まろうとしていた話が、オリヴィエの言葉により再び剣呑な空気を纏う。

 

「……やめておこう、暴力反対だ。肉体的にはアレクサンドル君はほぼ完成形だし、私の体は君には若干劣ってると思うからね。まあ、私一人殺す為に君が重傷を負うのも不毛だろうからお互い様かな?」

 

 アレクサンドルの思いの外肉体的な解決法に少し驚いたのか、引き気味のオリヴィエであったが、一応この研究室で乱闘騒ぎになる可能性は無くなったようで、研究員は胸をなで下ろす。

 

「あまりご機嫌も良くないようだし、私はお暇する事にしようかな……あ、そうだ、用事を思い出したよ」

 

 

 アレクサンドルに背を向け、部屋を出ようとするオリヴィエは、唐突に振り返る。

 

「君の所のお手伝いさんが私の家に迷い込んで来たみたいでねぇ。()()したのはいいんだけど、ちょっと私の方を手伝ってもらったら脳波が狂ってしまってね、もう仕事はできなさそうだけど……お返しした方がいいかな?」

 

「……貴様の好きにするといい」

 

 荒々しくパソコンのスイッチを切りながら、アレクサンドルはその用事とやらを切り捨てる。

 それをオリヴィエは喜びを含んだ顔で見返し、再びその表情を緩める。

 

 

「もう一つ、こっちが本題だよ。……お孫さんの事は、残念だったね。お悔やみ申し上げる」

 

 瞬間、オリヴィエの姿が消え、アレクサンドルの目の前に現れた。それは瞬間移動などではなく特殊な歩方を用いた高速の移動というだけで、アレクサンドルには見慣れたものであるが、研究員たちにはそれは奇異なものに見えたのか、驚愕と恐れを見せる。

 懐から取り出した小さな白の花束と添えられたカードをアレクサンドルに手渡し、再びオリヴィエは部屋を去っていく。

 

「ああ、孝行な孫だったよ」

 

 『バグズ一号』計画の全容は表には出さず機密とされている。オリヴィエのその言葉の意味するものをアレクサンドルは理解していたが、敢えて表情に何かを出す事はせず、それを見送った。

 

「その花、楽園を追放された二人の人間を励ます為に天使が送った、なんて逸話があるそうだよ……ま、天使なんてガラじゃないけど、人の未来を切り開かんとした二人と、残された君への餞とさせてくれたまえ」

 

 一通り話し終えて満足したのか、ドアは閉じられ、再び研究室は平穏に包まれる。

 

「……一族の理念に憑りつかれた亡霊め」

 

 再び、研究員たちは作業を始める。

 休む暇などない、これは人類の為の戦いなのだ。

 アレクサンドルもまた、自身の仕事を再開しようとしたが、その前に、その手に持った、その花束とメッセージカードをダストシュートに力任せで叩きこんだ。

 

 

――――――

 

「貴様がどのような手を用いようが、話す事などない」

「殺したければ好きにする事だな」

 

 

 手足を縛られ、古典的な牢に入れられた数人の男女に、オリヴィエは温かい表情で語り掛ける。

 

「ああ、アレクサンドル君は君達をどうとでもしていい、と言っていたよ」

 

 訓練を受けた彼らはそれで表情を崩したり、取り乱したりする事は無い。しかし、その顔に僅かに浮かんだ恐怖と絶望、それを機敏に感じ取り、それを心底愛おしそうに眺め。

 

「お言葉に甘えて、私の実験を手伝ってもらおうかな?」

 

 暗がりに一歩、足を踏み入れた。




観覧ありがとうございました。
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