深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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コラボ第2話です。しかし敵サイドのお話のため肝心の他作品要素が少ないという致命的問題。


Mind Game:第2話 狂気螺旋

「君は『救済』についてどう思うかなぁ?」

 

「は、哀れな人間を救う尊い行いかと存じております」

 

 路地裏。怪しい物品が取引され、表舞台を追いやられた人間達がうろつく危険地帯。

 ヨーロッパの治安事情は数十年前の致命的な経済危機とそれにより貧困に追いやられた人間が犯罪組織に加入する、犯罪組織が規模を増し経済に干渉し悪化する、という負の連鎖により大きく悪化していた。

 

 現在、2618年このフランスでは現大統領の采配によりかなりの回復を見せてはいるが、だが数十年に渡る負債のその全てを拭い切れたわけでは無く今だにこのような路地裏は小規模なスラム街と化し、一般人が近づいてはいけない危険地帯となっている。

 

「いやしかし良かったよ、俺一人では色々と大変だったからな! 感謝するよ~、アンセルム」

 

猊下(げいか)の御心を広めるためであれば、私なぞ如何様にもお使いください」

 

 そんな路地裏を歩くのは二人の男だ。しかし、彼らはよれよれのTシャツが制服と言えるこの路地裏には似合わない恰好をしていた。

 

 テンション高く笑うのは、金髪碧眼の男である。その身はアジア圏の道教の信奉者が纏う道服と呼ばれる衣を虹の七色に染めたものを纏っており、頭には開花しかけた蓮の花を模した、そこに無数の目玉と蝶の模様が刻まれた司教冠が乗っている。

 

 男はその傍らに控える青年に上機嫌で軽く話しかける。

 その言葉を受けた彼、アンセルム・アポリエールは当然の事です、と丁寧に返答する。

 

 アンセルムはアポリエール家の人間として正式に宗教組織に加入してから、瞬く間にその地位を築き上げてきた優秀な男だ。

 齢22にして本来であれば中年ほどでようやくたどり着ける上級司祭に片足をかけている地位、と言えば彼の能力の高さ、それに加え何より自身の地位を高める機会を逃さない目ざとさがわかるというものである。

 

 そんな彼がつい先日参加したアポリエール家司祭・司教の会合において挙げられた議題。

 それは、一人の高位聖職者のサポート役を誰にするか。

 

『赤色の枢機卿』アヴァターラ・コギト・アポリエール。

 定員7人の内現在2人しかいない枢機卿の片割れであり、アポリエール家の聖職者の中でも最高位の一人。

 そんな彼が、他ならぬアポリエール家により長く幽閉されていた彼が突然その戒めを解かれ、フランスへと赴く事になったために供を必要としているという。

 

 雑談から入るはずの普段の会議は皆目線を下げ、誰かに弱弱しく押し付けるかのような論調。

 普段は嫌という程饒舌なロドリゲス卿が何も言わない。

 本来であれば以前にも彼のサポートをしていたブリュンヒルデ卿は現在収監中である。脱獄したという噂もあるが、では何故ここに参加しない。

 

 煮え切らない様子の他の司祭たちに、アンセルムの苛立ちと侮蔑は次第に強まっていった。

 他の司祭や司教はアンセルムより地位も年も上の人間ばかりである。

 何故自分よりも先を言っているはずの彼らが、こんなにも愚かなのか?

 

「その任、私が引き受けましょう」

 

 枢機卿のお供を務めるなど、自身の有用性を示す恰好の機会ではないか。

 ああ成程、コイツらは恐ろしいのだろう。

 話と資料の限りでは、戦闘を含んだ業務がある。それが嫌なのだ。

 肥え太ったお偉い連中は、今更命は張れないと。

 他に聞こえない程度に鼻で笑い、アンセルムは立ち上がる。

 

 このような荒事の、他がやりたがらないような、しかし自身の地位を大きく向上させるような任を待っていたからこそ、修練を重ねた。『手術』も受けた。

 そして、アンセルムは今回における枢機卿の補佐に正式に認められた。

 

「いやぁ、優秀だなー最近の信徒は」

 

「お褒めいただき光栄です」

 

 のんびりとした口調でアンセルムを褒めながらぱちぱちと手を叩くアヴァターラ。

 フランスに到着した後にアヴァターラがまずしたのが、裏路地へと入る事だった。

 

 どうやら、街の外れに放棄されている良い物件があったため、そこに居を構える事にしたらしい。

 では何故裏路地に、放棄されているなら勝手に住めばいいのでは、という疑問を呈したアンセルムであったが、その回答としてアヴァターラが取り出したのは一冊の本だった。

 

『ヨーロッパスラム街生活完全ガイドブック~引っ越しから美味しいレストランからアハンウフンなお店まで~』

 

 ……よく見かけるフリー素材のイラストで作られた適当な表紙とそれ以上に謎のタイトルに、何ですかそれ? と言いたくなるアンセルムだったが、無言を貫く。

 

「オリヴィエ様に渡されたんだ。"アダム君がくれたから役立てるといい"ってね」

 

 ああ、あの一族に噛みついてくるふざけた狂人どもの、とアンセルムは納得するが、それと同時に不信が少し募る。何故、我らが枢機卿とそれが忠誠を誓っている一族の人間が、アダムなんぞに組しているのか、と。

 

「これの引っ越し編によれば、『一見ナイスに見える放棄物件でも裏路地のコワいお兄さんが管理している可能性が高いです! まずは許可を貰おう!』と言う事だそうでね~」

 

「そうですか……」

 

 ああ、だからなのか。アンセルムは頷き。

 

「では、彼は救ってあげても?」

 

 髪を掴み無理矢理立たせている男の喉に、刃を突きつけた。

 

「ああ、悲しいな。もはや神に至る事の叶わない、堕落しきってしまったヒトの子」

 

 それに答える事はせず、独り言のようにぽつぽつ語るアヴァターラ。

 その周囲には、十人近い屍が転がっていた。

 

「……救って、あげよう。神になれる可能性が無いなんて、それでもこの世界に生き続けるなんて、可哀想だ」

 

「承知いたしました」

 

 瞬間、血飛沫と首が舞った。

 

 

 少し予定とは違ったけど、これで住居の心配は無くなったね。

 そう言って笑うアヴァターラの背を観察し、アンセルムは考えていた。

 

 裏路地を彷徨い歩き、その物件を(勝手に)管理しているとかいうこの辺り一帯を取り仕切っているらしいギャング……というには規模が小さいか、不良グループに話を通そうとし。しかし、彼らの答えは、交渉を長引かせている間に自分とアヴァターラ卿を取り囲む事だった。

 服装から、自分達が金持ちに見えたのだろう。その通りであるが、まあ仕方ない。路地裏のクズなど、その程度のレベルだろう。彼我の戦力差すら理解できないのだから。

 

 交戦の許可を、とアヴァターラ卿に尋ねた時、彼は涙を流していた。そして、呟いたのだ。可哀想だ、と。

 狂信者。補助の任に就く事が決まった後、アヴァターラ卿の事を司教の老人に聞いた時、彼は小さな声でそう答えた。

 聖職者である人間が、狂信者などという言葉を。自分はそう苦言を呈そうとしたが、立場が上の相手にわざわざ逆らってもいい事は無い、適当に流した。

 今になって、その言葉の意味がよく理解できた。

 

 彼は、余りに信仰に真摯なのだ。我らの教義、それは『人間はいずれ神に至る事ができる』。

 進化などせずとも、普通の人間が自身の身と心で得られるものだけで、人はその先へと進む事ができる。それを見守り時に導くのが、自分達だ。

 

 神へと至る道こそが、人間の幸福。だからこそなのだろう。

――もう神への可能性が閉ざされた人間は可哀想だ、死という救済を与えてあげようと考えるのは。

 

 しかし、一方で疑問も残る。今回の彼の任務は、クズだけでなく一般人も殺戮の対象としている。

 一般人というのは他ならない、神へと至る可能性、『ただの人間』だ。

 彼はそれに、どのような折り合いを付けているのだろうか?

 

 

 

「きゃっ……」

 

「おや?」

 

 そこまで考えて、小さな悲鳴の声と同時にアヴァターラが立ち止まった事により、アンセルムの思考は中断された。

 素早くアヴァターラの隣へと移動したアンセルムの目に入ったのは、尻もちをついているまだ十歳過ぎ程の少女だった。

 その周囲には、散らばってしまった、籠に入っているどこにでもあるような花。どこかに売られて逃げてきたのか、元は華やかだったであろう服は汚れきって茶と黒に染まり、よれよれに伸びた服の隙間から伺えるその身体つきはお世辞にも恵まれているとは言えない貧相なものだ。

 

「あ、あの、ごめんなさっ、えっと、お花……」

 

「……」

 

 商魂たくましく、アヴァターラにぶつかってしまったその少女は謝罪をしながら散らばってしまった花をかき集め、上目遣いでアヴァターラを見つめる。

 

「全部買ってくれたら、えっと」

 

 服の襟の部分を引っ張り、胸元をちらりと見せる少女。

 ああ成程、捨てられたか、あまりの待遇に逃げ出したか。こうしないと生きていけないのだな。いや、こうする以外を知らないのだろう、哀れだ。

   

 アンセルムは憐憫を覚えるが、しかし。

 

「このお方を誰と心得る、売女」

 

「ぅぐっ……!」

 

 無言のアヴァターラの意思を遂行し、アンセルムは少女の腹に蹴りを加える。

 金持ちと思ってすり寄って来たのだろう。高位の聖職者が自身の権力を利用して女を飼っているという案件も絶えない。

 だからいけるとでも思ったのか? 我らが枢機卿を馬鹿にしているのか。

 そんな怒りと、アヴァターラへのアピールの入り混じった態度で、アンセルムは少女の弱弱しい体を道の脇にどけるように何度か蹴る。

 

「お嬢さん、君は何でお金がいるのかな?」

 

「……セナが、病気だから」

 

 友人か、家族か、恋人か。腹の痛みに呻きながらも名前を呟く少女。誰かは知らないが、安いお涙頂戴の嘘だ。

 これ以上、慈悲深くも問いかけたアヴァターラ卿の耳を腐らせるわけにはいかないだろう。

 

「本当に?」

 

「ほんと、です……」

 

 だが、そう考え少女に黙れ、と言い次いでの暴力を振るおうとしたアンセルムはそこでアヴァターラの様子が違う事に気付いた。

 じっと少女の目を見て問いかける彼。少女の目線もまた、弱弱しくはありながらもアヴァターラの目へと逸らさずに向けられている。

 

 だが、アヴァターラの背から、彼の能力によって生成された『体』が一本、生えていた。

 複数の人間の胴体が、そこから生える腕がうねうねと動く。

 アヴァターラの目に集中しているのだろう、少女はその異形に気付く様子は無い。

 

 

――ああ、なんと恐ろしいお方だ。このような年端も行かないような少女もまた、『救済』されるのですね。

 

 ずるりと、何も知らない少女に、何本もの腕が地獄へと引きずり込まんとするかのように伸びる。

 目を閉じ、アンセルムは少女への哀れみからの微かな黙祷を捧げ。

 

 

「アンセルム。俺は、こう思っている」

 

 自身へと向けられた言葉に、彼は目を開いた。

 視界の端に少女が映る。しかしそれは彼の想像した、血みどろの惨劇とは違い。

 

 

 

「泥の中からでも花は開くものなのだと」

 

 

 その異形の無数の手は、少女の耳と目を、そっと押さえていた。

 

 

 

「がっ、はっ!?」

 

 それを認識した瞬間、アンセルムの頭に、火花が散る。

 何が起こったのか、彼には理解できなかった。

 一瞬して、今の状況ではそれ以外には無いと、しかし信じ難いと、その可能性を-

 

「猊下、何を! 何を!?」

 

  

 アヴァターラの拳が、アンセルムのこめかみを捉えていた。

 次いで、さらに拳が、もんどりうって倒れた彼の腹に蹴りが。

 

 

 

「貴様はッ! 貴様はその地位に至るまで何を学んだッ! いと尊き神に至る可能性を! その卵を足蹴にしたのか!? 我々のような、愚かにも進化などという選択をし袋小路に迷い込んだ塵屑がかッ!? 我らの信仰を愚弄するのか、貴様は!!」

 

「何故、何故!?」

 

 唐突に怒りが爆発したアヴァターラの言葉に、アンセルムは必死に、その意思を尋ねる事しかできない。

 だがその答えは腹に、頭に、手足に、無造作な暴力として返ってくる。その全てが、怒りと憎しみに満ちた感情を伴って。

 

 その全身が、何本もの腕によって掴まれ、さらに無数の、武器を持った手が次々と刃を体に突き立てていく。

 

 抵抗すらできず。

 一体何が起こったのか、何を間違ったのか、理解する事も無く。

 

 彼の地位を求めた22年の生涯は、終わった。

 

 

 

 彼が理解していなかったのは、アヴァターラという男の信仰だった。

 

 彼が救済の対象か否かを判断する定義は、他人が簡単に推し量れる単純なものではないと言う事。

 神の卵と救済の対象。神に至る可能性があるか否か、それぞれ形は違えど、彼が人間という存在をどれほど愛している事か。

 

 そして、自分を含めたニュートンの一族を、どれほど下等なものと考え嫌悪しているのか。 

 

 勿論それは、常人には理解できない狂気を含んだものであるのだが。

 

 

 

「ん……ぇ……」

 

 数分間の暗闇の後に目を開いた少女は、目の前で膝を曲げて微笑む男を見た。

 一体自分の目と耳が何で塞がれていたのか、男の従者がどこにいったのか? そんな疑問はあったが。

 

「えーっと、その薬は、俺はよく知らないのだけど、いくらかな」

 

 少女は値段を言う。それは薬の値段に加えて、()()()の暫く分の、最低限の食糧が買えるだけの値段であるという事を、合わせて伝えて。

 

「成程。今持ち合わせは少ないけど……これでいいか」

 

 アヴァターラが取り出したそれに、少女は目を丸くして硬直する。

 それは、少女がこれまで見た事もない、厚い紙幣の束だったからだ。

 

「ヒトの子よ、どうか、君の行く末に、神への道が開かれていますように」

 

 まるで祝福するかのように、腰を抜かして座り込んでいる少女の足を手で軽く持ち上げ、その靴すら履いていない甲に一度、口付けをし、籠の中の花を一輪だけ取り立ち上がる。

 一連の突然の出来事にどう反応していいのかわからず何度も礼を精一杯の声で言う少女をその場に残し、邪教の枢機卿は立ち去った。

 

 

 

 

 

 

「……さてはて、これからどうしようかな!」

 

 彼女のこれからについて、アヴァターラは自身の信念に従った儀式以外で関与する事を考えていない。

 大切な誰かを救って、残りのお金でささやかな暮らしを始めるのか、一発逆転の大博打でもするのか。自分は一々周囲に知覚を巡らせていなかったため今の光景を見ていた人間がいて、金を全て奪われ殺されるのか。

 

 彼女こそが神へと届く可能性なのか、そうではないのか。

 

 その全てがあり得るのが人間の可能性であり、人生である。だからこそ、尊いのだ。

 

 

 そんな、彼が愛する輝きを見る事ができた満足感に浸りながら、代わりの人員を頼まないとな、などと考え路地裏を抜けようとした、瞬間。

 

 

「貴様かあぁ!」

 

「うわっとぉ!?」

 

 叫び声に近い大声と共に長斧がアヴァターラの頭に向け振り下ろされるのと、彼が慌てて背後に飛び退くのは、同時だった。

 

「危っ! 何をするんだ、死ぬ所だったじゃないか!」

 

 地面のアスファルトを砕き割り立ちこめる土煙の中、その向こうに立つ攻撃を仕掛けてきた人間に対し、アヴァターラは抗議する。

 

 しかし、それに答えるよりも先に、今度は横薙ぎに斧が振るわれる。

 

 

「通報が入った! バケモノが俺の仲間を殺した、と!」

 

 煙が晴れ、そこに立っていたのは大柄な女性だった。

 その目は怒りに燃え、アヴァターラを突きささんばかりだ。

 

 まいったな、とアヴァターラは頬を掻く。

 オリアンヌ・ド・ヴァリエ。オリヴィエから聞いていた、恐らく今回の任務を果たすにあたり障害となるであろう一人。

 こんな所で遭遇してしまったか。一人救済をし損ねたが、そこからバレてしまったか。

 

「人違いでは?」

 

「人間は切り傷が即座に塞がったりはしない」

 

 猪突猛進、単純な人間とは聞いていたが、戦闘に関しての頭はまずまずのようだ。

 アヴァターラは既に癒えた、最初に飛んできた石の欠片で切った頬を撫でる。

 

 武器は持っていない。仕方ない、とアヴァターラは斧の射程外へと後退しながら、自身の『薬』を取り出す。

 オリアンヌも同時に薬を取り出し、両者は同時にそれを用いる。

 

 変化もまた、両者同時に訪れた。

 

 オリアンヌの全身が分厚い装甲の様相を纏い、背中には棘のようなコブのようなものがいくつも形成される。さらに、その左腕の手の甲から肘にかけてまでに鈍器、としか形容できない巨大な塊が現れる。

 

 アヴァターラの全身の色素が薄くなり、体の部分部分にオレンジやピンクに近い赤色が現れる。

 その額には新たに一対二つの人間のそれでは無い目と三本の昆虫とは質感の異なった触角のような、どちらかと言えば触手と形容した方が近いものが生える。

 

 

「お前が、エドガー様を害する不届き者か!」

 

「さあ、な!」

 

 お互いに完全に変態が終わった事を知覚し、両者が激突する。

 オリアンヌが地面を蹴り、アヴァターラとの間合いを詰める。

 

 先と違い、後退の姿勢を見せないアヴァターラ。だが。

 

「むっ!?」

 

 オリアンヌの眼が、驚きで大きく開く。

 アヴァターラの胴体から、腹から、背から。

 

 その身から生え伸びる形で、異形の怪物が姿を現したからだ。

 

 サイズにして小学生ほどの、人間の胴体。

 肩の上に次の胴の腹が、という構造が繰り返されいくつも連なった物体が、伸びていく。

 

 一番外側にある胴体にも頭部は無く、人間の正常な構造通りに腕がそれぞれに一対生えているそれは、まるで頭の無いムカデのような姿である。

 

「面妖な能力を……!」

 

 オリアンヌに生物の知識は無い。この熱にうなされた時の夢で見るような見た目の能力が何の生物に由来するのか皆目見当もつかないが。

 いや。そもそも、付ける必要など無い。

 

 オリアンヌの四方から襲い掛かるそれを、左腕一本で迎撃する。

 

「だが、殴れば死ぬならそれでいい!」

 

「おや」

 

 振るわれた左腕の威力に、怪物の一本が柔らかな腹の一つから引きちぎられ、血を撒き散らし痙攣し動かなくなる。

 アヴァターラの手術ベースはそこまで頑丈な生物では無い。

 オリアンヌの力強い一撃はその強度を容易く超え、破壊した。

 

―――このまま押し切る。

 

 何本もの腕がオリアンヌの体を掴みその進撃を食い止めようとするが、その力は力の強い人間がMO手術によって最低限の強化を受けた、程度のものであり、数人程度では障害にすらならないオリアンヌの突進を防ぐ事は到底叶わない。

 

 その勢いのままアヴァターラの本体へと接近し、鈍器を勢いよく振るう。

 

「ご、ぱっ」

 

 血の花が、開いた。アヴァターラの頭は無残に砕けピンク色と赤を撒き散らし、オリアンヌの止まらない勢いのままタックルされた頭を失った体は骨がいくつもひしゃげながら数メートル吹き飛ばされる。

 

「……」

 

 沈黙が、訪れた。赤色を地面に広げていくアヴァターラの残骸。

 恐らく、特殊な系統の生物の能力。何度もエドガーを狙う暗殺者と戦ってきたオリアンヌであるが、このようなものは見た事が無かった。

 

 回収すれば、エドガー様は喜んでくれるだろうか。

 逸る気持ち。だが、それをオリアンヌは抑える。

 

 

「早く起きろ。狸寝入りを見逃してやると思ったのか?」

 

「あア゛……やっぱりか~」

 

 何も知らない人間からはその猪突猛進ぷりを見て、単細胞の脳筋と思われているオリアンヌ。

 だが、彼女が近衛長として置かれているのは、それだけの才と能力がある事を意味している。

 戦闘における判断では、彼女は表層しか知らない周囲の評価に当てはまるものでは無い。

 

 オリアンヌの言葉で、アヴァターラはちぇー、とでも言いたげに、残念そうに起き上がる。

 砕けて原型を留めていなかった頭部はみるみる内にその姿を取り戻していき、骨が砕けた事なんて無かったかのようにその体の動きにもぎこちなさや痛みを感じている様子は無い。

 

「いやいや、そんな目で見ないで欲しいな~。生きてるだけだよ。俺の方からも貴女に決定打が無いからね、負け負け」

 

 オリアンヌの眼に、おどけた様子で言い訳するかのように説明をするアヴァターラ。

 本人のものだけでなくその額の眼までが悲しい、とでもいいたげに狭められる。

 

 相手の言っている事は、真実か? 確かに先の攻防を見れば、そうだ。

 得体の知れない能力ではあるが、そこまで強力なものでは無かった。相性の問題もあるだろう。

 

 相手は負けを認めているし、このままひっ捕らえて終わり、でいいか?

 

「……って事で、縄ででも縛って大統領様の所まで案内して――」

 

 にこにことしながら降参するアヴァターラの脇腹めがけ、槌が振るわれる。

 奇襲に対応し背後に退くアヴァターラのその悪意を秘めた瞳を見て、オリアンヌは判断した。

 

 

 コイツはここで殺しておかなければいけない、と。

 

 確かに、生きて捕えた方がいいだろう。拷問して情報を吐かせてもいいし、エドガー様の取引相手の実験台にでもしてもいい。だが。

 そうやって生かしておくとまずい奴だ。彼女の最も優れた部分である動物的直感に従い、再度アヴァターラに襲い掛かる。

 頭部を破壊しても再生できる生物。ならば――

 

「ああ、やる気なら仕方ない……」

 

 瞬間、オリアンヌの視界からアヴァターラは消えた。視線誘導や脚運びを利用した相手に悟られない移動術。オリアンヌは憎々し気に舌打ちする。これよりさらに高い練度の同じような動きを、己が主に盾付く男の事を思い出してしまったからだ。

 

 

「人為変態――」

 

 声の方向を見ると、アヴァターラは懐から『薬』を取り出していた。最初に変態を行った時と同じ系統のものでありながら、細部が異なっているそれを、アヴァターラは自身に用いる。

 

 

「――"偽神の芽(アルコーン)"」

 

 

 変化は、オリアンヌが次の一撃を繰り出す前に訪れる。

 アヴァターラの体から生えた異形の手のそれぞれに、生物の牙であろう刃と貝殻のような盾が形成される。

 

 その盾が、オリアンヌの一撃を受け止めた。

 だがそれだけでは無かった。

 

 純粋に同じ系統の薬を重ねて投与した結果なのか、それとも先の攻防は本気では無かったのか。

 さらに異形がその胴体の数を増やし、さらにはその異形の胴体の中ほどからも同じものが枝分かれし、拡大していく。

 まるで唐草模様のような、趣味の悪い現代アートのように膨れ上がったそれが、四方八方から剣を振るい、盾を押し出し、オリアンヌへと襲い掛かる。

 

「ぬ……ぐっ!」

 

 だが、その圧倒的な数の暴力を相手にしても交戦を続けられるのは、彼女の身に宿した生物のスペックの高さと彼女の弛まぬ修練の成果と言うべきだろうか?

 

 その破壊的な一撃は盾ごと腕を砕き血と盾の欠片を散らせるが、異形の胴へと浴びせようとした次いでの一撃は別の胴から生えた手の盾が防ぐ。その隙に、破壊した盾と腕が再生される。

 幸い、その反撃として振るわれる剣がオリアンヌの鎧を貫く程の威力が無い事が幸運だろうか。

 何かの生物の牙だろうが、オリアンヌの厚い鎧の表面に傷を付ける事はできても、そこまでだ。

 

「うおおォッ!」

 

 とはいえこのまま戦ってもジリ貧だ。そう判断したオリアンヌは、異形の対処を全て捨てアヴァターラに向けて勢いを付けて駆ける。

 殺せるかはわからない。だが、一度本体を叩けば勢いはひとまずは止まるはずだ。

 

「……残念だったな」

 

 しかし。オリアンヌの身体が、ぐらりと揺れる。

 体が制御を失ったかのように思うように動かないのを感じ取り、動揺が走る。

 

 毒? いや、体内に刃を通していない以上、それは無いはずだ。別の場所から入った?

 その思考を纏める事なく、次には先の事実を否定するかのように、背中に焼けるような痛みを受け、オリアンヌの進撃は完全に停止する。

 表面を引っかく程度での鎧に加わる痒さでは無く、体内に刃が達した苦痛。それが訪れる。

 

「くっ!?」

 

 あの剣以上に鋭い何かが背に、それも何本も突き立っている。

 

「さようなら、ニュートンの信奉者。残念ながら、ここまでだ」

 

 体を痺れさせた何かと、鎧を貫通した何か。その正体を考える隙など与えず、動きを止めたオリアンヌに異形の剣が再び殺到する。

 もはや人間の胴体に囲まれてアヴァターラからは見えなくなったその体。

 終わりを確信し、アヴァターラはふう、と息を吐き出す。

 

「なん、のオォォ!!」

 

 それは、一瞬の油断だった。ニュートンの一族として決して濃い血は無いが、その生い立ちから本人の戦闘技能もまた、一族の上位に劣らない彼が、安全圏だ、と戦闘中に微かな休息を取った、ただそれだけだ。

 0.5秒にも満たない、その時間で。

 

 

「ぐっ、うぅ……!?」

 

 異形の胴を貫き、アヴァターラへと高速で投擲されたオリアンヌの武器、ハルバード。

 それがアヴァターラが隙を見せたタイミングだったのは全くの幸運だったが、しかし。

 

 本体の胴にそれは突き刺さり、衝撃が骨を揺らす。

 

「……はっ、ははは、それでこそ、人間だ……」

 

 命を燃やし抵抗し、今まさに、反撃とまでは至らずとも、それがただの幸運であろうとも、一矢報いた。

 その姿にアヴァターラは満足げに笑い、刺さったハルバードを引き抜き。

 

「ごぷっ」

 

 血を吐いた。それは、単に内蔵が傷ついた、それだけでは無い。

 まずい。αMO(アルファモザイクオーガン)が損傷したか?

 このまま続ければ、間違いなくオリアンヌは殺せる。だが、能力を行使し続ければ、傷が広がる可能性がある。

 自身の再生能力なら、MOであれども多少ならば再生できる。しかし、これ以上ダメージを受ければ、後の仕事に影響が出る可能性が。

 

 一瞬でその可能性と判断が頭の中を巡り、アヴァターラは自身の能力を引っ込める。

 アヴァターラの体内へと戻っていく異形。

 

 先までそれが殺到していた場所には、全身に傷を負いながらも今だ気丈にアヴァターラを睨み付けるオリアンヌの姿があった。

 

「……戦いに本気で臨もうとしなかった無礼を詫びよう。貴女は、正しく勇敢な人間だ」

 

 目の前のオリアンヌに賞賛と謝罪の混ざった言葉をかけ、アヴァターラは路地裏の横道へと消える。

 待て、と声を出そうとするオリアンヌだったが、その身に追った傷と体内に回った物質の影響から、それは掠れて消える。

 

 

――白と黒の、盤外の戦争。その切っ先は、こうして決着が付く事無く終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――

――フランス 大統領執務室

 

「まあ! それでそれで! どうなったのかしら!」

 

「黙って話を聞いていろ」

 

 何故余の周りには煩い人間が多いのか―?

 あのスペアの配下のように、黙って指示に従う人形の方がいくらかマシというものだ。

 

 エドガーは目の前で繰り広げられている茶番に癖癖としつつ、珈琲を一口飲む。

 

『クカカ……そう急かすな、女。今はエドガーへの報告の時間だ』

 

 執務室に置かれたモニターに映っている男は、いやに上機嫌だ。

 エドガーと違い、自分の武勇伝を楽しみながら聞いてくれる相手がいるからか? いや。

 彼はそんなものに興味は無い。定例報告の前に血沸き肉躍る敵との戦いを楽しんだからである。

 

「エドガー様ったらひどい! 私、怒っちゃうわ! 三月……ちょうど最近ね! そう、三月のウサギさんみたいに!」

 

――とんでもないモノを押し付けてくれたものだ。

 エドガーは自分に向けてぶーぶーと文句を言う女性を一目見て、露骨に顔をしかめる。

 

 大統領執務室。国を束ねる大統領の仕事場に、その姿は余りにも場違いであった。

 

 そこに居たのは、ワインレッドに染められたウェディングドレスを着た年若い女性だった。

 兎の耳を模した髪飾りや懐中時計といった小物が所々にあしらわれ、胸元が派手に開きその豊満な胸の谷間を覗かせている衣装は、まるでゲームのキャラクターか何かのようである。

 窓からさ迷い込んできた蝶を掌に乗せて撫でているその姿は、大人びた体つきとは対照的な幼さを感じさせる。

 

 道化師め。ここまで狂っているとは、想像の遥か下だった。エドガーは一人、報告を聞きながらぼやく。

 トランプにおけるジョーカーとは、ゲームのルールによって持っていたままでは負けるか、それとも最強の手か、極端な札だ。

 

 この女は、そのどちらでもある。自身の手に置いておけば、いずれ禍根をもたらす。

 だが、相手の手に渡れば、それは最悪の札としてこちらに牙を剥いてくるだろう。

 

 だから、突如の宣言と同時に地球に打ち込まれたロケットから確保した。

 忌々しいスペアの手に、一族の手に渡ってしまえば、厄介であるために。

 

『それにしても、良かったな、エドガー』

 

 何がだ、と聞き返すのも面倒だ。エドガーは続きを言え、と無言で促す。

 

『晴れて貴公も、ゲガルドの王のように大陸すら滅ぼせるコマを手にしたわけだ』

 

 いいや、既に持っていたかな? などと自問する通信相手を無視し、思案する。

 さて、どう使ってやろうか、と。

 

『寝物語なら、そこの大統領閣下が聞かせてくれるだろうよ。そう気を悪くするな――』

 

 エドガーと通信相手のどちらにもあしらわれ頬を膨らませる女性に、通信相手は冗談めかしてフォローをすると同時に、その名をどこか楽し気に語るのだった。

 

 

 

 

 

『――"赤の女王"、アストリス・メギストス・ニュートン』




観覧ありがとうございました!

~用語・キャラ紹介~

痛し痒し(ツークツワンク)』(贖罪のゼロ・用語)
 何故これが最初に説明されていないのか?
『贖罪のゼロ』コラボ編のストーリー。
 拙作のラスボス格、オリヴィエ・G・ニュートンと『インペリアルマーズ』のラスボス格、エドガー・ド・デカルトが『贖罪のゼロ』ラスボス格のアダム・ベイリアルの手によって引き合わされて戦力が制限された中でアメリカを先に占領した方が勝ち、というゲームを繰り広げ、各作品のキャラがそれを食い止めるために戦う、というお話。
 チェスになぞらえてオリヴィエが白、エドガーが黒陣営とされており、それを阻止するアメリカは灰陣営と呼称される。

 拙作のコラボはこの裏側のお話です。

 なおオリヴィエとエドガーは同じ世界にいたとしても両者の性格から野望の最終段階以外で激突する事は無いため、こんな事になっているのはアダムのせいである。なんという事をしてくれたのでしょう。
 
『シド・クロムウェル』(贖罪のゼロ・インペリアルマーズコラボ編)
 最後にエドガーと通信してた人。
『痛し痒し』の黒陣営の現場指揮官を務めている男。
 インテリ系戦闘狂。本職は殺し屋であり、元々はエドガーを暗殺するために送り込まれたが色々あってエドガーが神に至るまでその障害を排除する、という契約を交わしているようだ。たぶん強い奴と戦いたい性分なのだろう。戦闘をエンジョイしすぎてオリヴィエ陣営の指揮官を殺すのをうっかり忘れていたため(ギャグ的なあとがきのオマケにて)オリアンヌのアイアンクローを受ける事が内定した。逃げろ。
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