深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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コラボ編、三話です。前半は私が個人的に入れたかったコラボ本筋ストーリーとの関わりは薄い部分、後半が本筋ストーリー進行となります。


Mind Game:第3話 剣盾会合

 二つの影が瞬間的に交差し、剣と剣がぶつかり合う音が響く。

 一瞬で間合いを詰め、かと思えば離れ。

 

 常人では姿を追い続けるのも困難な高速の戦闘。

 片方が振るった剣をもう片方が身を屈め回避すると同時に反撃を繰り出し、それを織り込み済みだった先に攻撃を仕掛けた人間は素早く飛び退く。

 

 攻防が一体となった、理想的な剣術の動き。

 時に教科書のように模範的に、時に戦場のように実践的な動きで、互いは己が得物、日本刀を縦横無尽に振るう。

 

 永久に続くかと思われた剣舞は、片方のペースが崩れ動きに微かな陰りが見えた事により終わりを迎えた。

 ここが好機、と相手の急所へ向け襲い掛かる剣と、この交差を逃せば勝機は無い、と防御を捨て相手より早く、と走る剣。

 

 それは、互いの首を刎ねんと一直線に放たれ――

 

 

 

「はい、そこまでっす!」

 

 

――観客兼審判の声と手を叩いた音により、両者は同時に相手の首の手前で刀を止める。

 

 

「……ありがとうございました、オスカル様」

 

 

 疲労を見せまいとしているのか、大きく息を吸って吐いて、を数度繰り返した後に、和装の少女、千古はその長い髪をまとめていた髪留めを取り、試合の相手へと一礼する。

 

 

「いいのよ。アナタがお願いをしてくるなんて珍しいし……アタシも楽しかったわぁ」

 

 その礼を受けた相手は、優し気な声の後、満足気に微笑む。

 ゴテゴテのメイクを施した、坊主頭の男性だ。彼、オスカルは刀を鞘へ収め、少し崩れた革のジャケットを整える。

 

「いやー、チコちゃんもオスカルちゃんも相変わらずキレキレの動きっすねー」

 

 二人から数メートル離れその試合を見ていた希维は、実戦に迫るその試合の感想と同時に拍手を送る。

 オスカルが今この場所にいる理由。それは、一族を代表として千古を迎えに来たからだ。

 

 上月千古。ニュートンの一族、上月家の跡継ぎである彼女は先日とある事情により深手を負い、槍の一族、その王であるオリヴィエに保護されていた。

 得体の知れない、特にここ最近起こっている、アメリカを舞台とした騒乱に関わっている疑惑のある槍の一族。そこに外部の一族の人間を置いておくのは様々な理由から危険と判断した一族の総意として、彼女の身柄の返還を求めた。

 

 一族に対し叛意を持っている可能性がある彼らとはいえ、現状は一族の一員として振る舞っている以上は拒否できるはずもない。

 こうして、千古は一族の下へと帰ることになったのだが。

 問題は、一族の誰が迎えに行くか、であった。交換条件として相手が要求してきたのは、一人で迎えに来ること。

 彼らは自身の本拠地の場所が割れることを極端に嫌う。それは、一族にもしもの事があった時の備えとして存在するその所在を危機に晒さないためだ、当然と言えよう。一族ですら、当主と参謀にしかその情報は知らされていないのである。

 この理由は事実なのだろうが、だが連中が、こちらが一人であることに付け込んで何か仕掛けて来ないとも限らない。

 

 総合的に判断して、一族の中でも上位の人間ではない、かつ戦闘能力に長けた人間を選ぶことが決定された。

 もしもの事があっても一族としての損失を最小限に済ませられるように。対処できるように。

 

 こうして、一族の筆頭、ニュートン家からの指示により、一族の中位下位に位置する人間のまとめ役、ミルチャが話し合いその役割を任せたのが、いまこの場所にいる彼、オスカル・新界だ。

 

 上月という家系が新界家の分家という近しい親戚関係である事。新界家もまた、一族の中枢とは遠縁の家系である事。一族の中でも高い戦闘の技能を持っている事。彼は今回の任に求められる条件を全て満たしていたのである。

 

 そして数十分前に両者はここ、現在は一般人の立ち入りは禁じられている遺跡、コロッセオの中にいた。

 ローマ連邦にある古の闘技場。武闘派のこの子を迎えに来るなら丁度いいだろう? と冗談めかして語ったオリヴィエが指定した場所である。

 

 その中心で先に待っていた希维と千古の姿を遠目に観察して、オスカルは堂々と二人の前に出る。

 

「おやや? オスカルちゃんじゃないっすかー! おひさっす!」

 

 満面の、緊張感に欠けた笑顔でぶんぶんと手を振ってくる希维と、その隣でどこか顔に影を落としている千古。

 

「約束通り、アタシは一人よ」

 

「はいな、そうみたいっすね! じゃあこっちも約束通り、チコちゃんをお送りするっす」

 

 名残惜しいっすねー、とハンカチで目元を押さえながら、希维は千古の肩を叩く。

 それに対し、無言の千古。彼女はそのまま、どこか悩んでいる様子でオスカルの傍に歩いていく。

 

 

「……オスカル様」

 

「そんな暗い顔しちゃって……可愛い顔が台無しよぉ!」  

 

 俯いたままオスカルの目の前にまで歩いてきた千古に、オスカルはひとまずは元気付けてあげた方が良さそうだ、と判断し、あえて明るい調子で話しかける。

 

 

「私と、戦ってくださいませんか」

 

 

 しかし、その次の千古の言葉は、オスカルの予想とは少し違うものであると同時に……彼の闘争的な部分を起こすものであった。

 ああそうだ、昔から、悩んでいる時のこの子はいつも同じ事を言う。そう、思い出して。

 

「……ええ、喜んで」

 

 彼は、千古の得物と同じ系統の武器、腰に差した日本刀へと手を添えた。

 

 その振るわれる剣筋に、千古が以前に試合をした時よりも数段強くなっている事を感じ取る。

 だが、集中が乱れているのか、気の迷いがあるのか、微妙なところに隙が生じている。

 

 真剣勝負。隙を逃さず、そこを突き、そして。

 

 

「じゃあ、私はこれで! 今から、アメリカに行かなきゃいけないっすからね!」

 

「あら、忙しいのね」

 

 

 試合は終わり、この会合はお開きの空気を纏いつつある。

 背を向けた希维に、千古は名残惜しそうに少しだけ手を伸ばし、それを途中で止める。

 

 

「ああ、そうだ! オリヴィエ様の写真アルバム電子版、毎週送るっすからね!」

 

 

 その千古の動作を知ってか知らずか、思い出した、というように千古の方に振り替える希维。

 オスカルからしてみれば何だその呪いのアイテムとしか思えないが、試合のあとですっきりとした、という様子ではあるがまだ暗さが抜けていない千古の目に、一瞬だが輝きが戻ったのを感じ取る。

 

 

「ねえ千古ちゃん、先に行っててくれるかしら? 希维ちゃんとね、ちょーっとお仕事の話をね」

 

 オスカルの言葉に千古は頷き、希维とは逆側に歩き出す。

 飛行機の時間いつだったっすかねーと携帯端末を取り出す希维へとオスカルは近づき、それを察知した希维が向き直る。

 

「ん、どうしたっすか?」

 

「……アナタ達が何を考えて何をしようとしてるのかは知らないし、きっとアタシはそれをどうこうはできない」

 

 オスカルの目が、親戚の小さい子を可愛がるそれから、一族としての、戦士としてのものへと変わる。

 どうこうできない。それは、オスカルの実力の問題ではなく、彼が2年後、地球の外へと出向くために問題への対処が場所的な問題で難しいためだ。

 

 

「やだなー、私もオリヴィエ様も、一族のためにあくせく働いているだけっすよー」

 

「千古ちゃんを救ってくれた事、感謝するわ。でも、これだけは覚えておいて頂戴」

 

 それをいつも通りの能天気な調子で否定する希维。

 しかし、オスカルの態度は、変わらない。

 お前達が何をする気なのかは知らない。即座の対処も恐らくはできない。だが。

 

 

 

 

「あの子の心を裏切るつもりなら、タダじゃ済まないと思いなさい」

 

「……オスカルちゃん、その顔、チコちゃんの前ではしない方がいいっすよ? 刺激が強すぎるっすー」

 

 

 のほほんとした声色といつも通りの笑顔。だが、目だけは笑っていない希维。二人は、数秒視線をぶつけ合う。

 そして返事を返す事は無く、オスカルは踵を返し千古の後を追うのだった。

 

 

 

 

「オスカル様、聞いてくださいますか!? オリヴィエ様の事!」

 

――一時間後。

 カフェでお茶を啜りながら、オスカルは先ほどの姿から一転した千古の延々と語る話に耳を傾けていた。

 萎れていた花に水をかけたみたいだ、と何となく思う。

 

 元気が無い様子の千古にオスカルが振った話題。それは、あっちでの生活はどうだったか、というもの。

 迎えに行った段階で既にオスカルは察していたのだが、千古は向こうで酷い待遇を受けていたから暗い表情をしていたわけではない。むしろ逆だろう。

 

 彼女が一族の人間から無茶振りをされていた事に気付けなかった。それは、自分達の責任である。ミルチャは特に深くそれを気に病んでいた。

 ならば、現在の千古の不安は、むしろこれから自分の待遇は悪化するのではないか、心地よい空間から出る事になってしまって悲しい、と言う類のものではないかと予想していた。

 

 反応は劇的だった。

 はっと顔を上げ、じわりと目の端に涙が滲み、それを慌てて手で拭い、照れくさそうに笑う。

 そして、そこからはもう話題の洪水である。

 

 希维とオリヴィエ、槍の一族の最上層の二人とどのように生活し、二人が自分に何をしてくれたのか。

 尽きぬ話題を、オスカルは微笑ましい気持ちで、だが同時に複雑な心境で聞いていた。

 

 この子は、こんなに感情を表に出す子だったかしら? と。別に、洗脳の類をされているわけでは無いだろう。

 単純に、年相応に感情を発露できる場を、周囲は用意してやれなかった、というだけの話だ。

 彼らは、真意が何であれ彼女にそれを与えたのだ。

 ……例え、一族に、敵対勢力と同様の警戒をされている親戚だったとしても。

 

 そこに関しては、感謝をするべきなのかもしれない。だが。

 

「ねえ、千古ちゃん」

 

「はい!」

 

 確実に、裏があるのだろう。そして、いくら嬉しそうにしていても口を滑らせはしないが、きっとこの子はもうこちら側の存在では無い。

 

「――後悔しないように、やりなさい。……本気の本気のアタシとか当主が相手でも勝ってやる! ってくらい、本気でね」

 

「……」

 

 突然の、力の籠った言葉に目を丸くする千古に、オスカルは次いで語り掛ける。

 

「女の子なんだもの、もっとワガママに生きるべきよぉ!」

 

 そう、相手がどうであれ、その真意がどうであれ、この子は救われた。心から本気になれる相手を得た。それは、事実。

 だとしたら、正義だとか悪だとか、この子がそんな理由で止まってやる理由なんて、無い。

 

 ……それでも止めなければいけないかも知れないのが、この世界というものなのだけど。

 ぽかんとしているその鼻を優しくつつき、オスカルは慈しみの目を向ける。

 

 

「……そうそう、あと一つ、アドバイス」

 

 そうだ、これは、伝えておかないといけない。ある事に考え至り、また聞き役に徹しようとしていたオスカルは、続けて語る。

 

 

「最後の最後に、選ばないといけない時のために、答えはちゃんと用意しておくのよぉ」

 

「答え……?」

 

 

 きっと、この子は気付いていないだろうから。

 たぶん、二つをごちゃ混ぜにしてしまっているだろうから。

 

 

 

 

 

「千古ちゃんが最後に伝えたいものが、忠義なのか、それとも別のものなのか、ね」

 

 

 

「……はい。お言葉、耳に留めておきます」

 

 その意味を理解する事ができたのかできなかったのか、千古は首をひねり、その後で返事を返す。

 

 どんな形であれ、この子が満足できる結末を迎えられますように。

 そう願い、オスカルは千古がおずおずと差し出して来た茶菓子を受け取った。 

―――――――――――――

――フランス パリ

 

 芸術の都と謳われ、2618年でも未だその通り名に見劣りなど一切ない絢爛の街、パリ。

 ここにあるフランスの大統領官邸であるエリゼ宮殿は、古く1800年代より大統領官邸として使われている、歴史ある建築物だ。

 

 

「たぶん、何かが起こるならこの辺り、だよね」

 

 その夕暮れの朱に染まった薄暗い街中、宮殿の近辺を、キャロルはできる限り人影が少ない場所を選びながら歩く。

 何故人が少ない場所を選ぶのか。一つは、シモンの考え通り、相手が何かをしでかすために行動しているなら、人気のない場所で動いている可能性が高いから。もう一つは、キャロルとしては自覚が無かった……自覚せざるを得なかったが、キャロルは街を行く何人もの男にお誘いを受けていた。ご一緒に食事でも。街を案内しましょうか。等々。

 せっかく買ってもらったから、すぐに脱ぐと悪い。そんな彼女の律儀さから、結局は動きやすい服装に着替えず、彼女はここに来た時のワンピースのままで街の調査を行っていた。

 

 本格的な調査にはまだ情報は不足しており、この辺りの地形の把握が先だろうか。

 道の配置や建物の構造。どの場所からどのような街の姿が見渡せるのか。

 有事の際の避難誘導や戦闘が起こってしまった際に、これらの情報は必須とも言える。

 

 なので、剛大と手分けをしてキャロルは街を一先ずは若干の観光気分と共に歩き回っていたのだが。

 そんな彼女には相変わらず多くの目線と、時には勇気ある男性から声がかけられる。

 

 やっぱりこの服装、目立っちゃうのかなぁ?

 などと、自身が声をかけられる理由について結局半分以上無自覚なキャロルは、仕方なく人気の少ない所を歩いているのである。 

 

 先進国の大都市だけあって人が多く、建物も入り組んでいる。建物の密集地の隙間にある裏路地などは、キャロルの母国であるアメリカと同じ、少し危険な気配がある。

 身を隠すには、ぴったりの場所。この辺りは少し調べる必要があるかもしれない、というのがキャロルの分析である。

 

 アーク計画関連の調査部門とU-NASA本部付きの特務部隊の調査によれば、ここフランスにはとある中国系のマフィアからの資金の流れが見られるという。今回の件と直接の関係があるのか判断するには情報が足りなさすぎるが、その組織が何かしらの関わりを持っているかもしれない。

 

「っと、あとはあっちかな」

 

 日が暮れはじめ、夜が訪れる。

 そこまで考えて、あと少ししたら一旦滞在先の安ホテルに戻らなきゃ、と時計を確認する。軍資金は多く貰っているけど、できるだけ節約しよう。キャロルと剛大が話し合い、瞬間で決まった結論である。

 

 キャロルの目線の先には、街はずれにあるホテルと、そこに至るまでの直線ルートにある廃墟の群があった。

 その廃墟の一角には、立派な聖堂、大聖堂と呼ぶべき規模のものが一つ、建っている。

 

 地図には何も書いてなかったけど、すごく目立つ建物だよね、とキャロルは首をかしげる。

 都会の、それも大統領官邸の近場にある廃墟群などという周囲から浮いている風景については、先に調べがついていた。

 

 約20年前に起こった、化学工場の爆発事故。それによって百棟以上の家屋が焼け落ち、この一角は未だ整備が追い付いていないらしい。

 聞いた所では、土地の権利の関係で取り壊しができなくなってしまったのだとか。  

 

「んー……うん!」

 

 少し考え。キャロルは、あまり人が通りたがらない廃墟の群を突っ切るため、足を踏み入れる。

 廃墟。身を隠して何かをするには不気味がって人が近寄らないこの場所はぴったりだろう。後に、本格的な調査をする必要があるかもしれない。そう、考えて。

 

 

「ああ、忙しい」

 

 キャロルの目は、自分と同じく廃墟の道をぼやきながら歩く中学生くらいの少女を目に捉えた。

 普段通りのキャロルであれば、少女に対しこの時間にこんなとこ歩いてたら危ないよ、と自分も若い女性である事を棚に上げて声をかけていたのかもしれない。

 

 しかし、その少女の服装を見て、一瞬動きが止まってしまう。

 少女は、修道服を身に着けていた。そして、聖堂へと向けて足を進めている。

 

 既に廃棄された場所なのでは? 聖堂も、確かにその姿こそ保ってはいるけれど、壁面は長年放置されているのか汚れと経年劣化でボロボロになっていて、整備されている様子は無い。そんな所に、人がいるものなのか?

 

 何故か見てはいけないものの気がして、キャロルは廃墟の瓦礫に身を隠し、少女を目で追う。

 少女はそのまま歩みを進め、聖堂の正面扉を開け、中へと入っていった。

 

「……」

 

 何か、怪しいのでは?

 そう判断したキャロルは、どうしたものかと考える。

 行ってみる? 時間的にはもう少しは大丈夫。でも、大丈夫かな?

 

「……よし!」

 

 考えた結果、キャロルは聖堂の前まで早足で移動する。

 修道服の人、シスターさんだろうか。聖職者の人がいるなら、きっと危ないような場所じゃないだろうし、もし聖職者の人が脅されて無理矢理、なんて状況であれば、それこそ業務外とはいえ、自分の出番だろう。

 

 そう考えて、キャロルは扉を開け。

 

 

「わぁ……!」

 

 その内部の風景に、目を奪われた。

 外からでも伺えた高い天井と、開けた、奥に続く通路。その奥には多くの椅子が並べられている。

 

 そして何よりも、彼女の視線を釘付けにしていたのが、壁面を彩るステンドグラスだった。

 左右の通路の窓に作られた幾何学模様。最奥部の大窓を飾るのは、虹の七色に輝く槍の穂先と思われるものに全方向から無数の線が伸びる、というような絵柄。

 

 色彩豊かな着色ガラスの小片によって作られた、夕焼けの通過光によって美しく映えるガラスの絵画とでも呼ぶべきいくつもの芸術作品が、キャロルを出迎える。

 

 いくらか埃こそ溜まっているものの、それは20年という長期間を経ているようなものとは到底思えない。

 少女を探す目的とこの芸術の閲覧。二つを同時に兼ねて周りを見回しながら、キャロルは一歩、また一歩と聖堂の奥へと足を進めていく。

 

 誰もいないのだろうか。椅子が沢山あると言う事は、お祈りをする場所、教会で間違いは無いのだろうけど。

 最奥部、椅子の並ぶ場所までたどり着いたキャロルは、左右にも自分が歩いてきたのと同じような通路がある事に気付く、少女はどちらかに行ったのか。

 

 ……それにしても綺麗な模様だな、こんな大きいステンドグラスって写真でしか見た事なかったな。

 改めて、近くで見ると美しさと同時に迫力も感じるその大窓に描かれたものを、見て。

 

「――っ!?」

 

 ぞくりと、キャロルの背筋に怖気が走る。

 数十数百という無数の細い直線、曲線が中央に描かれた虹色の槍の穂先へと向かっている。遠目で見ればそうだった。だが、その無数の線は近くでよく見ると。

 

 

 

 

 

――――全て、人間の腕として描かれたものだった。

 

 

 

 

 まるで、救いを求めて伸ばしているかのような、その描かれた光景。そして。

 

 

「おや! お客さん第一号がこのような綺麗なお嬢さんとは!」

 

「ひゃいっ!?」

 

 次いで、唐突にキャロルの背後から人の気配が浮かび上がると同時にテンションの高い声がかけられる。

 心臓が飛び出るほどに驚いたキャロルが体を跳ねさせ、その声の方向へと振り返る。

 

 

「あ、驚かせてしまったようだ! これは失礼を!」

 

 

 そこに立っていたのは、キャロルより少し年上か、というくらいの青年だった。

 金髪碧眼、明るい性格を思わせる整った顔に浮かぶ嬉しそうな笑顔の彼は、キャロルの来訪がよほど嬉しいのか、スキップでもし始めそうなくらいの軽快な早足でキャロルの隣を抜け、ステンドグラスの根本にある祭壇へと移動する。

 

「改めて、ようこそ。今日はお祈りに?」

 

 その立ち振る舞いは、神父のそれだろう。しかし、改めて目の前に立った彼の姿を見たキャロルは、その服装があまりにもこの場所とはミスマッチである事に気付く。

 

 彼が着ている虹の七色に染められたそれは、法衣や道服とでも呼ぶべき仏教や道教といった宗教の信奉者が着るものなのだ。キャロルにアジア圏の宗教に関係した衣類の専門的な知識は無いものの、少なくとも教会、という場にいる聖職者が着ているものとは明らかに違う事はわかる。

 

 その頭に乗った冠も、蕾から開きかけている花を模した、普通の司教や司祭の冠と全く異なるものだ。

 

 

「……猊下、侵入者、ですか?」

 

 

 その服装に疑問を抱いていたキャロルは、自身に向けて警戒の目線が向けられている事に気付く。

 キャロルから向かって左側の通路に、先ほどの修道服の少女が立っていた。

 

 

「ははっ、何を言っているんだい? ……お客さんだよ、あまり失礼な事を言うものじゃない」

 

 明るい調子で少女の誤解を解く青年。だが、その言葉の後半には微かな少女への叱咤の色と、同時に目が少し細められる。

 

「ひっ……!」

 

 青年の目と声に、少女は微かな悲鳴を漏らし硬直する。

 大丈夫ですから、と少女をフォローするキャロル。やっぱりこういう場所は礼儀とか厳しいのかな、などと考えながら。

 

「アタシは全然気にしてませんから、あんまり叱ってあげないでもらえると……」

 

「おや、お優しい! さあ、何を止まっているんだ、お客さんにお茶を頼むよ、シスター・アレクシア」

 

「っ、はいっ」

 

 

 青年の声で弾かれたように、修道服の少女はキャロルが別にお茶も大丈夫ですから、と言う隙も無く立ち去っていく。

 

「えっとその、ごめんなさい。アタシが来たの、お祈りとかじゃないんです」

 

「おや。これは早とちりを! どのようなご用事で?」

 

 キャロルの若干の申し訳なさが滲んだ言葉に、青年ははて、と顎に手を添え考え込む。

 

「この教会、人がいたんだなーって気になっちゃって」

 

「ああ、ああ! それはごもっとも! こんなボロ教会、気にならない方が珍しい!」

 

 

 キャロルの、嘘は言っていない言葉に青年はぽんと手を打ち、説明を始める。

 自分は信仰を広めるためにここに来た、丁度うち捨てられた自分のところの宗教の古い教会があったから、土地の仮管理人さんと交渉して借りて現在は掃除中。そのような事情のため、まだ人を呼べる状態では無かったけど、予想外にお客さんが、という事らしい。

 

「そうそう、この教会、地下に……というかここの足元にめちゃくちゃ深い縦穴が空いててね! 穴の外周に螺旋階段も付いてるから見ます?」

 

 そう言い、部屋の端にある地下へと続く階段を親指で差す青年に、今度機会があれば、とキャロルは社交辞令的にお断りする。

 ひとまず、怪しい人達では無いのかな? そう考え、キャロルは今日の調査はここまでかなと考える。 

 

「お話、ありがとうございました。また今度、お祈りに」

 

「とんでもない。いつでもどうぞ! ……どうか、貴女の行く末に、神への道が開かれていますように」

 

 何だか、ちょっと変わった挨拶だな。

 少し疑問に思いながら、手を振る青年に見送られ、キャロルは聖堂を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 教会を出て、キャロルは一つのびをする。

 もうすっかり暗い時間だ。戻ろう。

 

 夜ご飯も買って帰ろうかな、などとあれこれ考えるキャロルは、ふと空をひらひらと舞うものがある事に気付く。

 一匹の蝶だ。これをキャロルが見たのは、完全な偶然と言えるだろう。偶然目に入って、きれいな色の翅だなぁと気付いた、ただそれだけの話だ。

 

 しかし。

 

「へ――」

 

 キャロルは、直後におぞましいものを見た。ただ、背筋を凍らせる、というような反応では無く、目を擦る。

 それがどこか現実離れしていて、超現実的(シュール)なもので、自分の視覚が信じられなくなったからだ。

 

 その間に、蝶はふらふらと飛び去ってしまい、それを確認する術は無くなってしまった。

 

 夜には別の調査をしていた剛大との報告会の予定。これを報告するべきだろうか? いや、疲れからか、何かを見つけないと、という無意識のうちの強迫観念的な何かからか、不思議なものを見てしまったのだろうか。

 

 どうしようなーと悩みながら、キャロルは帰路を急いだ。

 

 

 

―――――――

 

「いやー、可愛かったなァ、あの嬢ちゃん」

 

 深夜の暗闇。細い路地を、ふらふらとした足で男が歩く。顔は真っ赤に染まり、酔っている事は明らかだ。

 彼に鉛筆を見せてこれ何本? と聞いたら3倍くらいの数を答えるかもしれない。

 

「俺もあと二十年若けりゃ……」

 

 昼間街中で見た綺麗な女性の事を思い出しながら、先ほどから同じ言葉を繰り返し、歩行距離にして本来の数倍になるであろう蛇行で家へのショートカットの道筋である路地を進んでいく。

 

 

「あん?」

 

 

 そんな彼の揺れる視界に一瞬、人が映り込んだ気がした。ただ、彼の視界に映ったのはそれは正常な人間の姿では無いのだが。

 

 腕が6本も8本も生えた人間なんていねぇよな。と彼は考える。ただ、彼は自分が酔っている事を理解しているタイプの酔っ払いであった。視界がブレて多く見えただけだろう。

 

「あーあー、回る回る」

 

 そのおかしな視界をけらけら笑いながら、男は立ち止まる。

 

 

 

―――否。その脚を、何かに掴まれて、強制的に止められる。

 

「あン……?」

 

 

 次の言葉を彼が発する事は無かった。

 彼の眼前に、上からぶら下がるように現れた、人間の胴体が連なった怪物。

 

 そこから生える腕が、彼を拘束し、裏路地の闇へと引きずり込んだのだから。  




観覧ありがとうございました!

~おまけ1:コラボ先の作者様がやってたから自分もやりたくなった章キーワード的なもの(展開予想だの何だのでお楽しみください、予想要素があるのは少ないですが)~

赤色(虹色)の枢機卿』

『守護の意味』

『白亜の鎧鎚』

『下半神の園』

カレルレンの庭園(せかい)

『試練と救済』

(It takes)( all the)( running you)( can do,)( to keep)( in the)( same place.)

『神の写身』

(英文のやつはスマホからだと変な部分が繋がって見にくいかもしれません、すみません)

~おまけ2:アレクシアが来た経緯~

アヴァターラ「あいつクソ程役に立たなかったから代わり頼むよ~」

司祭の皆さん「やべぇよ……どうする? ……あっ(ピコーン)」

司祭の皆さん「フランスで神の卵の剪定を行う任務だ……命懸けの危険なものになるが、頼りになる同行者もいる、どうかね?」

アレクシア「新たなる神を迎える下準備……私の命など何を惜しむ必要がありましょうか。喜んで拝命いたします」

-in フランス

アヴァターラ「やあ」

アレクシア「神様たすけて」

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