深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第8話、回想というか説明回です


第8話 吹雪に漂う狂気

 ゆらゆらと空中を漂う糸。喧騒。怒号。悲鳴。

 

 それら全てを聞きながら、歩みを進める少女が一人。

 

 

 人口の光を身に浴び、その周囲に漂う糸が人間に絡みつき、次々とその命を奪っていく。

 

 

 その姿は、あまりに幽玄で、あまりにおぞましいものだった。

 

 

―――――――――――――――

 

 北の大国、ロシア。かの国は、火星開発計画に関してとある悩みを抱えていた。

 

 自分達には、計画で十分にアドバンテージを取ることのできるモノがない。

 

 

 いまだ衰えぬ技術大国、日本。

 

 自分達が火星に旅立つ拠点、U-NASAを擁する米国(アメリカ)

 

 多くの国を統べ、一大勢力に成長したローマ連邦。

 

 実用性には疑問が残るものの、MO手術を超える新技術を開発しようとしているという噂の独逸(ドイツ)

 

 もはや言うまでもない、世界の覇権に最も近い中国。

 

 

 

 我々はどうなのか。宇宙開発で米国に先を越され、軍事力も今となっては過去の栄光だ。

 何かを生み出さなければならない。そう、他国に退けをとらぬ何かを。

 

 

 焦った彼らは、以前より研究を進めていたある計画を本格的に実行に移した。

 

 MO手術の成功率は約36%。新手術に至ってはさらに低くなる可能性がある。人間を使うには、あまりに無謀な賭けだ。

 死刑囚を使うのも一考だが、それでも数に限りがあるし、そんな連中に力を与えたらどうなるかわからない。

 

 各国も頭を抱えるこの問題を解決する技術をこの国は持っていた。

 

 

 それは、禁忌の研究。神に近づこうとする愚かな行為。

 

 

 

――――人間がたくさん必要なのなら、()ればいいじゃないか

 

 

 

 

 簡単な事だった。足りないのなら、造ればいいのだ。

 

 死刑囚のように我儘でなく、軍人のように金がかかるわけでもなく、一般人のように人権に触れる事もない。

 

 そんな、『製品』を。

 

 

 巧みに隠された地下工場で、計画は始動した。

 

 

 

 MO手術の成功率が若干高い女性で。

 

 

 御しやすくするために、大人しく気弱な性格で。

 

 

 無駄な栄養を消費しないために、コンパクトな小さな体に。

 

 

 全てが目的の為、円滑に進められた。

 無数の試験管の中、すやすやと眠る赤ん坊達。

 

 多くの研究者が心を病み、計画を去った。

 だが、代わりはいくらでもいたのだ。

 

 その計画は止まる事がなかった。

 

 

 次々と『製品』は製造され、大きくなっていった。

 

 必要な知識を『植え付け』られ、死への恐怖を『かき消さ』れる。

 

 百を飛び越え、千を追い越し、万をも超えたその体。

 当の研究者以外の誰がこの狂気に満ちた光景を想像できるだろうか。

 

 

 

 しかしである。ここで大きな問題が発覚した。

 

 

 

 彼女達は、非常に弱かったのだ。

 

 各国で訓練、研究用に生み出されたクローンのテラフォーマーは、劣化コピーでしかなかった。

 それと同じ、不十分な技術の上で生み出された彼女達は、人間未満の肉体しか持っていなかったのだ。とある天才的な科学者が計画には携わっていたが、それでも、そこまでが限界であった。

 

 

 人間の劣化コピー。ただでさえ36%、もしくはそれ以下。

 

 それを劣化コピーで行おうとしたならば、どれほど低い確率になってしまうのか。

 

 困った事態だ。さてどうしようか。廃棄処分するのか。いや、そうではなかった。

 

 

 科学者達は、彼女達を殺すことはしなかった。

 

 あまりに可哀想になったからか。いや、そんな甘い考えではない。ここに至るまで計画に残っていた化学者達が、まともなはずがないのだから。

 

 

 簡潔に言えば、『肉体改造手術』である。

 

 体をいじくりまわし、手術に持ちこたえられる体に改造する。

 

 

 これまでにかかった予算から考えると、これが一番合理的な考えだった。

 

 かくして、施設は同じ顔の子ども達の学びやから、苦悶の叫び声が絶えない地獄へと姿を変えた。

 

 

 改造手術の痛みなど関係無い。なぜなら、それを施すのはいくらでも代わりがある、人間などではない、ただの『製品』なのだから。

 

 被術者の負担など見ず、一番効果の高いものを。元々弱い彼女達がそんな手術の日々に耐えられるわけもなく、次々と死んでいった。

 

 

 生き残った個体は、さらに苦痛の増す手術に。彼女達の地獄は、終わる事が無かった。

 

 

 

 そして、それでも耐え続け、MO手術を受ける水準に達した生き残り。

 

 

 ここでも、不幸は続く。十数年続けられたそれの結果は、ただの無駄骨だった。

 

 

 

 再び行われる事となった火星計画、正式名称『アネックス計画』のロシア担当班が、志願者のみで埋まってしまったのだ。

 

 かくして、彼女達は存在価値を失った。研究者も暴走し、死への恐怖も世間の常識も無く育てられた彼女達は、さまざまな用途で酷使される事になった。労働力、被検体、そして、あまり表で言えないような目的にも。

 

 その中でも次々と死んでいった。そう、手術の後遺症で弱っていた体は、耐える事ができなかったのだ。

 

 

 

 

 

 しかし、それはある日終わりを迎える。

 

 

 『アネックス計画』の戦力不足が危惧され、増援部隊が結成される事になった。

 

 それと同時にドイツが例の新技術、正式名称『αMO手術』被験者の公募を開始。

 

 

 今更なんなんだ、という文句もあったが、新技術には、ロシアが望んでいたある条件を満たしたベースに適応できるかもしれないという希望があった。

 

 そして、自分達には格好の素材がいる。

 

 これには、食いつかないわけにはいかない。至急、生き残った『製品』達が集められ、強制的に手術を受けさせられた。処分に困っていたんだ、一人でも成功すれば儲けものだし、失敗だったとしても面倒な余りものを処分できる。

 

 

 何も感じず、無表情で手術室に入り、無表情で順番を待つ同じ顔の少女達。

 

 それを見て、手術の担当者は何を思ったのだろうか。

 

 わかってはいたが、あえて何も言わなかったに違いない。

 

 

 そして、たった一人、生き残った。

 

 手術に成功したたった一つの『製品』は『ヒト』に格上げされ、厚い待遇と庇護の下、任務の遂行に必要な訓練を受けてきた。

 

 これが、北の大国、その隠された計画である。

 

――――――――――――――――――――――

 

「どうですか、私の『能力(チカラ)』は」

 

 誰に言うでなく、ロシア・北欧第三班班長、エリシアは呟く。

 

 もちろん、その言葉に耳を傾ける人間はその場にいない。

 

 

 彼女の声に答えるのは、悲鳴、怒号、断末魔の声。

 

 

 恐らくは昆虫型であろう、黒々とした甲皮の男が勇敢にも挑みかかって来る。

 

 だが、エリシアは退く事すらしない。

 

 

 飛びかかってきた男の体が、無数の糸のようなもの、『触手』と呼ばれる器官に飲み込まれる。

 

 

 彼女の能力はテラフォーマーに対してはほとんど効果を持たない。

 

 全身を甲皮に包んだ火星のゴキブリに、その針は関節の隙間に当たるという奇跡でも起こらない限り通らないからだ。

 

 

 空中で男の体がぐらつき、地に落ちる。

 

 いくら甲虫の甲皮を変態で得られると言っても、それは体全体をカバーしているわけではない。

 

 当然、人間の皮膚のままの部分もあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その毒、全生物で最強クラス。

 

 ボツリヌス菌により産生される毒素、ボツリヌストキシン。その毒性は、500gあれば全人類を殺す事ができるほどのもの。

 

 

 そして、それを武器として持つ生物がいる。

 

 

 

 

 

『オーストラリアウンバチクラゲ 』

 

 

 

 学名『キロネックス・フレッケリ』

 

 

 

 高い遊泳能力を持ち、発達した目で獲物を探して彷徨う海の亡霊。

 

 その身は非常に透明度が高く、姿を捉える事はまさに幽霊を捉えるかのごとき難易度。

 

 

 60本の触手とそれに仕込まれた50億の刺胞針。

 この生物の抱擁を受けた者には、例外無く死が訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが、彼女の有する能力の()()である。

 

―――――――――――――――――――――――――

 

―――――進化論は間違っている

 

 

 

 この生物はしばし議論の材料にされる。

 あまりに複雑な機構を体内に有するその生物を見て、世の人々は思ったのだ。

 

 

 このような複雑なシステムが自然選択によって完成するはずもないと。

 

 しかし、それが生存確率を高めるのに少しでも貢献するのであれば。

 進化の繰り返しで、複雑なシステムでも完成される可能性はある。

 

 

 

 

 そして、この生物は徹底的に他者を利用する。

 

 

 喰らった相手の武器を自分の体に取り込み。

 また別の喰らった相手を体内に住まわせ、家賃だと言わんばかりにその相手が生み出したエネルギーを得て。

 

 

 彼女の専用装備、『SYSTEM:Y』。

 ドイツ班班長、ヨーゼフ・ベルトルトの最高傑作の一つにして、その生物の能力をさらに高みに押し上げるもの。

 

 

 体内に取り込んだ他の生物の刺胞、正確にはそれに付随している細胞からDNAを解析し、元の生物の刺胞を有する器官を再現するという代物。さらには、本来彼女のベースとなっている生物が耐性を持ち得ない毒素が体内に入った場合、それを解析し、その毒素に対する血清を生成し、体内に散布するという機能も。

 

 まるで体内から他の生物が現れるようなその姿から、『虚空の門』と呼ばれる地球の物語の邪神(かみ)の名が付けられたその装備は、彼女の体内で冷たく青い輝きを放っていた。

 

――――――――――――

 

 

 次々と積み重なる死体を横目に見ながら、エリシアは静かに微笑んだ。

 

「わたしは、これまでずっと利用されてきました」

 

 その表情を見ることができた人間はいなかったが、

 きっとそれは、喜びと狂気、哀憐の色に染まっていたに違いない。

 

 

 

 

「だから、今度はわたしがあなた達を利用する番です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エリシア・エリセーエフ   

 

 

 

 

国籍:ロシア

 

 

 

 

 

16歳 ♀

 

 

 

144cm 35kg

 

 

 

能力使用可能MOベース

 

 

“刺胞動物型”

 

 

 

 

 

 

 

――――――キロネックス

 

 

 

“刺胞動物型”

 

 

 

 

 

 

 

――――――イルカンジクラゲ

 

 

“刺胞動物型”

 

 

 

 

 

 

 

――――――アナサンゴモドキ

 

 

 

“刺胞動物型”

 

 

 

 

 

 

 

――――――ヘビイソギンチャク

 

 

 

“刺胞動物型”

 

 

 

 

 

 

 

――――――シロガヤ

 

       :

       :

       :

       :

 

 

 

専用装備:体内内蔵型刺胞運用器官再現機構

 

 

SYSTEM(システム):Yog-Sothoth(ヨグ=ソトース)

 

 

 

αMO手術 “軟体動物型”

 

 

 

『裏マーズ・ランキング』3位

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――ムカデミノウミウシ―――――――――――――――




※おわび
 エリシアの姓『エリセーエフ』ですが、作者の知識不足によりロシア語の姓が男性と女性で末尾が変化するという事を知らず、男性姓のものを設定しておりました。(正しくは『エリセーエヴァ』)
 ただ、気付いたのが数年越しという事ですっかり自分の中でこちらが馴染んでしまい、個人的な事情ではありますがこのまま使用させていただくという事でご理解ください……

おまけ

班員「あんたが俺らのリーダーか? 女の子で幹部なんて、随分ヤバいベースなんだよな?」

エリシア「ウミウシ」

班員「えっ」

エリシア「ウミウシ…」

班員「なにそれ弱そう」


観覧ありがとうございました。次回、番外編(地球での表裏アネックス計画の幹部搭乗員編)
かロシア班編続行かのどちらかです。

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