深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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『It takes all the running you can do, to keep in the same place.』


Mind Game:第10話 暗中放蕩

――フランス エリゼ宮殿 廊下

 

 

「取り急ぎ再編成を進めろ! 市民の救助に出した隊も最低限以外は呼び戻せ!」

 

 

 数人の兵士が通路を慌ただしく走り回る。

 非常事態、としか言いようが無かった。

 

 今現在このパリ、大統領官邸周辺に起こっている事案そのものが非常事態である事は言うまでも無いのだが、今このエリゼ宮殿の状態はその異常事態の中でも異常事態、としか言えない。

 

 

 簡易的な弔いすらできずに廊下の端に寄せられただけの損壊した死体の数々が、その状況を簡潔に語っていた。

 

――宮殿の防衛部隊の壊滅。

 

 市民の避難と誘導。異形の怪物の掃討。彼らが現在対処すべき問題は多いが、最も重要なのが臨時の司令部でもあるこの場所の防衛だ。

 だが、フランスという一国の心臓と呼ぶべきこの場所は、その防衛機能を喪失していた。

 

 

 万全の防備を整えていた、数十の精兵。だが、彼らはもう既にこの世にはいない。

 先に侵入した、MO手術を受けていたカルト教団の刺客との交戦によって。

 

 

 たった二人という数で熟練の兵士たちを皆殺しにしたその刺客は今は既に端に寄せられた屍の山に混じっている。

 しかし、それを成した戦士もまた、この場を既に離れていた。

 

 

「そこのお前!」

 

「は!」

 

 

 そんな中、兵士の一人、臨時で周囲に指示を出していた彼は緊張を隠せない様子で歩いている味方の姿を見つけた。

 混乱する状況のさ中であれば、たとえ軍人であっても平静を失ってしまっても決しておかしくは無いだろう。それも、いくら訓練過程を潜り抜けたとはいえ実際に命の奪い合いに直面している新兵であれば、なおさら。

 

 

「気持ちはわかるが焦るな。大丈夫だ、化物の数は減ってきている。我々はあと少しだけ、増援の到着まで警戒を続ければいい」

 

 やはり新兵のようだ。どこかぎこちない動きで敬礼をした兵士の一人を元気付けるように、彼は肩をぽんと叩く。

 こくんと一度頷いた兵士に同じく頷きを返し、背を向け。

  

 

 

「……!?」

 

 

 瞬間、彼の手足に、何かが巻き付いた。

 

 

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

 謝罪の言葉と共に、女性用トイレの個室にその体が放り捨てられ、扉が閉められる。

 言葉を発したのは、先ほどの新兵と思われた兵士。

 

 だが、その声色は見た目通りの青年らしいものでは無く、少女のそれだった。

 まるで普通の人間では無い証明であるかのように腰から生えるのは、うねうねと動く触手だ。

 

 

「……大丈夫だよ、リースちゃん。私も、そうしてたかもしれない」

 

「……染さん」

 

 

 謝罪に答えたのは、空間だった。

 ……否。空間から溶け出すように、人間が姿を現す。

 

「急ごう?」

 

 ガスマスクを付けた不審者としか思えないスタイルの雅维。

 彼女は優しく慰めるように、兵士……では無く、それに扮している静花に声をかける。

 

 こくん、と一度頷く事が、その答えだった。

 同時に。

 

 

 

 

「んー! んんー!」

 

 くぐもった、耳をよく澄まさないと聞こえない必死さの籠った声。

 それは、トイレの個室の中から響いてくる。

 

「自分で解く事はできないだろうし……問題は無いと思うよ?」

 

「……でも、本当なら……殺さないと、いけないのに」

 

 

 結論から言えば、彼、変装した静花に声をかけた兵士は命を奪われずに拘束されていた。

 別に、暇が無かったわけでもない。彼を生かした事に戦術として合理的な理由があるわけでもない。

 

「行きましょう」

 

 

 理由を一言で纏めてしまえば、良く言えば優しさ。悪く言えば、ただの甘え、と呼べるものだった。

 敵を殺したくない。そんな、兵士としては失格ものの。

 

 二人に下された命令はそれこそ、標的の殺害だ。

 中国という国家の為、ゲガルド家の為。自身が属する集団の為、エドガー・ド・デカルトを討ち取る。

   

 その任を遂行する事に、二人は躊躇しているわけでは無い。

 仮にエドガーが首を差し出したとしたら、即座にそれを切り落とす事ができる。

 

 軍人として、ゲガルドという家系に生まれた人間として、命を奪う、その行為自体を拒絶する程の忌避感があるわけでは無い。

 

 だが、目の前の、必ずしもそうする必要の無い対象を、その人間の態度を見て、躊躇ってしまった。

 国家の危機に浮足立った新兵を怒りの感情のままに叱咤するわけでもなく、その緊張を和らげようとした。

 

 きっとこの人は優しい人なんだろう。そう考えると、首に刃を突き立てるその手が鈍ってしまったのだ。

 

 

 本当にこれで良かったのか。いいや、悪手なのだろう。

 わかっているのだけれど。それでも、割り切れないものがある。

 

 

 生半可な覚悟などでは遂行できない任務。

 だが、その遂行の全てにおいて冷酷になりきれない性分。

 

 それを抱えながら、二人は再びその身を隠し、大統領執務室への道を進み始めた。

 

 

―――――――――――――

 

「ぬうんっ!」

 

 力の籠った声と共に振るわれる鉄槌が、人間の頭部に直撃する。

 夏の砂浜で棒を振り下ろされた西瓜(スイカ)が如く、威力に耐えられず砕け散り、赤とピンクの入り混じった内容物を撒き散らす。

 

 

「おやおや。単純極まりないですねぇ」

 

 だが、それを受け絶命したはずの対象は、破壊されたはずの頭部、その口から挑発の言葉を吐き、平然と立っている。

 

 

「……忌々しい……!」

 

 舌打ちをしながら、オリアンヌは次いでの一撃を放つ。

 元々の腕力に加わり、MO手術によって得た力による重量と威力の乗った剛腕。

 

 そこに付随した瘤状の鈍器が、容赦無くアレクシアの体を打ち据える。

 

 

「ああ、何と痛い。全く、これだから乱暴者は困ります」

 

 胴体に直撃し、何本もの骨を砕く音。

 内臓もいくつか潰れている事だろう。

 

 しかし、それでさえも決定打にはならなかった。

 

 敵はただの強力な手術ベースを持っているだけでは無い。

 体術に関しても一定の覚えがある。

 

 本来であれば、普通の人間であればこの一撃を受ければ絶命するはずなのだ。

 それは内臓がいくつも潰れれば人間は死ぬ、という生物として当たり前の話では無く、MO手術被術者の急所であるMO(モザイクオーガン)に関する事柄だ。

 

 生物の能力を得た細胞が高速で再生を行う事こそMO能力においては不思議な事では無い。

 だが、手術を受けた本人の細胞がそうであっても、MOに関しては話は別である。

 

 それは、染めた髪の色が新たに生えてくる髪には反映されないように。MOそのものを再生する事はそもそも不可能なのである。

 極めて強力な再生能力を持つ一部のベースや、出芽のような特殊な性質を持つ生物ならばもしくは、という部分ではあるのだが、少なくともMOを破壊されて時間をかけずして身体に何の異常も無く再生する、というのはそれ自体が異常そのものである。

 

 だとすれば、考えられる理由はオリアンヌが思いつくものとしては一つしか無い。

 

「巧みに急所が損傷しないように避けるだけの体捌きか」

 

 オリアンヌの呟きに、アレクシアは曖昧に笑みを返すだけだ。

 

 

「ほらほら、どうしたんですかぁ? もっと貴方の力を見せてくださいよ。そんな事じゃ誰も守れませんよ?」

 

 次いでの露骨な挑発の言葉に、しかしオリアンヌは激情に感情を攫われる事無くアレクシアを見る。

 先ほどから一方的に攻撃を受けているが、反撃に転じてくる様子は無し。

 

 単純にこちらの体皮の鎧を抜けるだけの攻撃能力が無い生物か?

 それとも、他に目的があるのか?

 

 

 

 大振りの一撃を身を屈めて回避し、アレクシアは一度距離を置こうとするオリアンヌへと接近する。

 

 

「貴様ら、何が目的だ?」

 

「神の卵の発見……と、私は愚考しますが、お偉い方々の考えは理解しかねますね」

 

 オリアンヌの質問に対し、アレクシアは少し不満気に目を細める。

 神の卵。オリアンヌがエドガーから渡された資料で知った、ニュートンの一族の分家の一つ。

 彼らの最終目標が、人間の中から神に至る可能性を見つける事である事も同時に資料には書かれていた。

 

「成程。その神の卵の場所なら知っているが」

 

「……はい?」

 

 何だ、そんな簡単な、幼子にもわかるような答えでこのようなテロを行ったのか。

 無辜の民を、このフランスを守る同士達に対して悪辣な虐殺を行ったというのか。

 

 オリアンヌの内心はこのテロリスト達に対する怒りが燃え盛ってはいたが、同時に呆れがそこに加わる。

 オリアンヌの言葉が思ってもみない内容だったのだろう。アレクシアは目を丸くし、動きを止める。 

 

 

「ほう、ほうほう。それはまた、貴方がご存じとは意外ですねぇ。教えていただけるなら、話は早い」

 

「……貴様ら、本当にエドガー様と同じ一族の人間なのか? 私が人に言えた事では無いが、あまりにも愚鈍だな」

 

 

「デカルト家と比べれば随分と血が薄いもので……ご教授いただきたいです」

 

 

 オリアンヌの言葉に悪意を持って発する意図は無く、それはただの本心だった。心底呆れた表情からの言葉なため、挑発にしかなっていないが。

 対するアレクシアは挑発を返される事には慣れているのか、少しの興味を伴って返答し――

 

 

 

 

 

「いずれ神に至る存在。それは……エドガー様以外に存在などしないだろう?」

 

「……はい?」 

 

――やたら早口で返ってきた答えに、思わず疑問形で返した。

 

 

 アレクシアが知らなかったのは、オリアンヌという人間の内心である。

 フランス軍の連隊長の一人に猪突猛進な忠義に厚い人間がいる。

 その程度の情報は聞いていたものの、所詮は一族の人間でもないタダの人間でしょう、と気にも留めなかった。

 

 今回の任務で一族の外の人間で警戒するべきは、デカルトが飼っている拳法使いの老人と眼鏡の暗殺者くらいだろう。

 それがアレクシアの認識である。

 加えて、アヴァターラとの交戦の話から、それほどでもない、という印象は強くなったばかりで、その存在は視野の外だった。

 

 

「いやいや、エドガー様は違うんですって。一族の人間は神には――」

 

「エドガー様を侮辱するのか貴様ァ!!!」

 

 

 秒と経たず消し飛ぶアレクシアの頭。

 やべえこいつ心理戦じゃどうにもならないタイプだと察し頭部を再生したアレクシアは背後に跳び、同時に頭部から生える触手によってオリアンヌを拘束しようとする。

 

 

「全く、世話をかけさせないでくださいよ……その神様ももうすぐ死んじゃいますし」

 

 アヴァターラが生み出した怪物たちの対処に当たっている兵士が事を終わらせてこちらに仕掛けてくるまで目いっぱい時間を稼ごうと思っていたが、仕方ない。

 

 とっとと麻痺毒で終わらせてやろう。

 

 

 

「そんなものは効かん!」

 

 

「……なっ」

 

 一斉に襲い掛かった、毒の触手たち。

 しかしそれはオリアンヌの体に接触したにも関わらず、何の効果も及ぼさない。

 

 ……体皮が分厚すぎて刺胞が通らない。

 一瞬で分析し、アレクシアは一歩下がる。

 問題無い。相手にも決定打は無い。

 

 高い再生能力に対する対処方の一つが、何度も殺し再生能力を削り切る事だが、そのための手段として、打撃よりも切断、が有効となる。

 

 内臓や骨を砕いてもまだ体と繋がっていた場合、その破壊された部分を材料に再構築する形で再生し、体への負担は小さいものとなる。一方で完全に体から切り離してしまえば、それを再生するにはその部分の骨肉まるまるを生成する栄養が必要となる。

 破壊力によっては切断という手段が難しい鎧の上からでも相手の体を損傷させられる打撃にも利点はあるが、その真逆、軟ではあるが極めて強力な再生能力を誇るアレクシアのベースにオリアンヌの攻撃は通用しない。

 

 これまで通り戦いを長引かせればいいだけだ。

 そうすれば、事は終わる。

 

 

――エドガーの死という結果によって。

 

 

「アポリエールの使いよ、あまり私を舐めてもらっては困る」

 

 

「全く、面倒な……でも、付き合ってあげますよ。さあ、続け――」

 

 

 オリアンヌが懐を探り、『薬』を取り出す。

 投薬量を増やして強化するつもりか。無駄だ、自分の再生能力を貫けはしない。そう、アレクシアは内心でほくそ笑む。しかし。

 

 

「 E l d e r() ― M E T A M O R() P H O S I S(変       態) 」

 

 

 

「……はい!?」

 

 オリアンヌが取り出したそれと同時に発した言葉に、思わず声を上げてしまう。

 取り出したのは、注射器だった。即ち、昆虫型の『薬』。

 

 あの鎧は明らかに昆虫のそれでは無い。節足動物の甲殻というよりは、分厚い皮膚の哺乳類や爬虫類の質感に近いものだ。

 だというのに、注射器?

 さらには、原始変態? 

 

 馬鹿な。何を。奴の手術ベースはそもそもがESMO手術のものだったと聞く。これまで発現していたこれが、そのESMO手術のものでは無いのか?

 

 

「……我が身の全て、主君に捧げたもの。その為に研鑽を連ねる事など、至極当然」

 

 

 それは、狂信に等しい忠義が可能とした判断だった。

 同じく狂った信仰に身を捧げるアレクシアが、まさかそんな事をするはずないと可能性を選択肢から外す程の。

 

 不安定な研究段階のMO手術を、重ねて施す、などという。

 

 

「貴様は先程から私を足止めしようとしていた。つまりは……エドガー様にネズミを送り込んだ、という事だな?」

 

「!」

 

 何故アレクシアは自分を足止めしようとしているのか。

 市民の被害を広げる為というには、命を張ってまで自分を足止めしようとするのは理由として弱い。

 少しの足止めで大きな成果が得られるものは、今の戦況で考えれば何か?

 

 導き出された答えは至極単純で、しかしオリアンヌの中の最も強い感情を煮え滾らせるものに他ならなかった。

 

 

 変態を終えたオリアンヌの右腕から、軽く湾曲した長い昆虫の牙と思わしき剣が一本、生える。

 大きな変化はその程度だ。表面上から見える外見にもそれ以上の差異は無い。

 

 

 

「貴様らの事など知った事では無いが……これだけは覚えておけ、アポリエールの小娘」

 

 

 切断を可能とする武器。このままでは不味いとアレクシアは咄嗟に、アヴァターラの生み出した怪物の死骸、人間の胴体を拾い上げ盾として構える。

 

 

 時間としては十分だろう。自分はこの辺りで退くとしよう。肉の盾を構え、オリアンヌがその剣を振るうのに合わせるため、それが振るわれるタイミングを見計らう。

 

 

「……?」

 

 そこで、アレクシアは何故か自分の体が宙に浮く感覚を感じ取った。

 突然の違和感に、しかしニュートンの一族の感覚は目の前の敵から目を離すまい、とオリアンヌへと再度意識を集中する。

 

 

「……あれ?」

 

 不思議そうに首をかしげるアレクシア。オリアンヌの剣は、既に振り抜かれていたのだ。

 それを認識した瞬間、視界が独りでに斜めに傾く。浮遊感は止まない。

 

 

 どうした、体に力が入らない。アレクシアは己の体を、見て。

 

 

「……え?」

 

 

 己の上半身と下半身が両断されている事に、初めて気付いた。

 何が起こった、え、どうして、なんで。

 

 再び、オリアンヌが剣を構える。

 

 まずい、まずい!

 アレクシアの意識が消し飛ぶ、最後に映ったもの。

 

 

 

 

「……神と呼べる御方は、エドガー様以外に存在などしないのだと」

 

 

 それは、生々しく、所々が鈍い銀の反射光を放つオリアンヌの剣だった。

 

 

 

―――――――――――――

――U-NASA本部 研究棟

 

「この株を遠心分離に。終わったら上澄みを除去し分析に回してくれたまえ」

 

「培養は終わったかね? あとどれくらいかかる?」

 

「ラットを3頭、管理部から許可をもらってきてくれ。届き次第摂取試験を行う」

 

 

 各所に指示を飛ばしながら、ヨーゼフはその様子を観察し、眉をひそめる。

 職員たちに濃い疲れの色が浮かんでいる。

 

 

 現在、この研究棟は24時間休憩の時間も碌に無く稼働し続け、二日目の夜を迎えようとしていた。

 

 とはいえ、U-NASAがブラック企業体質というわけでは無く、この無茶な労働には相応の理由が存在していた。

 

 それは『狂人病』のワクチンの開発。

 アダム・ベイリアルによって作成された、人間をゾンビへと変質させるウイルス。

 

 アメリカのある施設で使用が確認され、さらに広域への拡大の可能性が危惧されているそれは、ワクチンが存在しない致死性の病である。

 

 かけ合わせられた元である『狂犬病ウイルス』と『ストーン熱ウイルス』のワクチンの情報を集め、しかしに悪意を持った改悪が施されているそれに単純なワクチンでは効果が無い事が判明し、作業は難航。

 

 それでも現在、大まかな目途が立ち摂取試験により安全性を確かめるまで、という段階まで来たのは人間離れした御業、としか言いようが無かった。新種の病原体に対するワクチンなど、年単位での作成が基本なのに、それを三日で終わらせるなど。

 

 全くとんでもない事だ、とヨーゼフは気密の実験室の外、閉じられた休憩室の扉を見て、その向こう側にいる人物に考えを巡らせる。

 クロード・ヴァレンシュタイン博士。自分と共にこのワクチン制作の指揮を執った、U-NASA所属の科学者。

 何やら忙しいらしくこれまでは殆ど話した事が無かったが、まさかこれほどの人物とは思ってもみなかった。

 

 

 かつて、取り返す事などできない罪を犯した。

 MO手術の新たな方式の開発者。

 

 共通点はいくらかあった。だが、二人が真に意気投合したのは、虚しく後ろ向きな、しかし切実な一つの確信を共有していたからだ。

 

『私は、絶対に天国には行けまい』

 

 

 過去を償うために、地獄に落ちる覚悟がある。未来を切り開くために、地獄を作り出す覚悟がある。

 だからこそ、彼らはU-NASAで今日も戦い続けるのだ。

 

 

「……おや」

 

 ヴァレンシュタイン博士が休憩室から出てきた。

 表情が暗い。何かあったのだろうか?

 

 ヨーゼフの目線に気付いたクロードが、手招きをする。

 周囲に明かせない内容なのだと理解したヨーゼフは、少し休憩を取る、と周囲に告げ、気密室を出た。

 

 

 

「すみません、ベルトルト博士」

 

「一旦落ち着いていた所だ。問題は何も」

 

 

「急に申し訳ないですが、これを見ていただきたい」

 

 胸ポケットからクロードが取り出したのは、一本の試験管だった。

 中には、蜂だろうか? 一匹の翅が生えた虫の死骸が転がっていた。

 

 

「……見た事がある生物ですか?」

 

「いや。私には覚えは無い」

 

 MO手術の第一人者が二人。MO手術ベースとして有用な生物のサンプルや知識を山ほど集めている両者が、見た事も無い生物だった。

 

 

「こんな生物がいたら、我々が見落とすはずが無い」

 

 

 薄翅が四枚。黒と黄色の縞模様の体。ここまではいい。

 前足の片方から鎌が生えている。後ろ脚の片方からは、触角が生えていた。

 

 

「奇形の昆虫だろうな。遺伝的な異常だろうか。新種であれば素晴らしい発見だ」

 

 

 生物学的には最もそれが有力であろう、という予想をヨーゼフは立てる。

 蠅の仲間にそのような種は存在するため、詳しく調べれば蜂では無くそれの仲間で、片側にしか鎌が形成され触角の生えた遺伝的な欠損個体。もしくは新種で、同じく遺伝的な欠損が見られる個体。

 

 だが、クロードは異なった考えを持っているようだった。

 

「先日、アフリカのリカバリーゾーンに墜落したロケットの話は覚えていますか?」

 

「……ああ」

 

 

 ヨーゼフは、それを聞いて思い出す。

 少し前に、そんな事があったなと。回収班が向かったようだが、フランス軍の調査隊が先行しており、中は空っぽだったと聞いたが。

 

「これは、その周辺で採取されたものです」

 

「ほう」

 

 

 同時に、クロードは懐から写真を取り出す。

 それは、一枚の衛星写真だ。

 

 

「ふむ。最近の映画はよくできているな」

 

「……ベルトルト博士」

 

 

「……すまない。にわかには信じられなかったものでね」

 

 暗い表情を向けるクロードに、ヨーゼフは謝罪する。

 言葉通りに、そこに映っているものが信じられなかったのと、冗談でも言わないと平静を保てなさそうだったからだ。

 

 

「核兵器を落としてでも、止めるべきだった……! 奴らの仕業だと、わかっていたのに……!」

 

「あまり滅多な事は言うべきでは無いが……私も同意見だよ」

 

 普段は穏やかなクロードが絞り出すようにこんな過激な事を言うなど予想外だったが、同時にヨーゼフは状況を分析し、同じ答えを出す。何なら、今からやってもいいかもしれないと思う程に。

 

 

「裏アネックスの方に、掛け合っていただきたい。何としてでも、原因を処理しなければ」

「……ああ、勿論だ……これを放置すれば、恐らくは――」

 

 椅子から立ち、足早に研究室を出てそれぞれが動員できる戦力に連絡をする二人。

 机には、一枚だけが残される。

 

 

「――世界が滅ぶ可能性すらあり得る」

 

 

 

 森林の中心に墜落したロケットと、その周囲の個性豊かな木々。

 

 

 

 

 刀剣のようにしか見えない鋭い葉が生えたもの。

 

 まるで昆虫の甲殻のような固い質感が見て取れるもの。

 

 一本だけ、他の数倍の高さに成長しているもの。

 

 葉の代わりに動物の角が生えているもの。

 

 昆虫の脚のような形状の枝が無数に伸びているもの。

 

 

 

 そんな、別の世界に迷い込んだとしか思えない異形の世界を映した、一枚の写真が。

 




観覧ありがとうございました!
最近オマケ部分が少ないので次回から頑張っていきたい(謎の決意)
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