深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第11話です。
謎ワードはお休みです。


Mind Game:第11話 白亜双哮

「……」

 

 エリゼ宮殿の最奥部と呼ぶべき大統領執務室へと続く通路に、オリアンヌは一人佇んでいた。

 

 状況は自分の想定を超えて悪い。

 宮殿に戻った彼女を出迎えたのは、最終防衛線となる兵士達の遺体の山。

 宮殿への襲撃者との交戦により死者多数、との状況は既に聞いていた。

 

 だが、実際にそれを目の当たりにすると、怒りが酷くこみ上げて来る。

 一つは、襲撃者に対しての当たり前の感情。

 

 もう一つは、物言わぬ屍となっている兵士達に対して。

 いいや、わかっているのだ。彼らは勇敢に戦い、この宮殿を守り抜こうと任務に殉じた。

 ただ、相手が悪かっただけなのだと。

 

 しかし、話をしていると調子が狂うあの車椅子の女性が、もし任務の為、あと少し早く国を出立していたのなら。

 奴らの刃は、エドガー様の喉元に届いていたかもしれない。

 

 その事実が、どうしようも無く彼女の内心を波立たせる。

 たかがカルト教団の使い如きが直接相対したとしてもエドガー様を傷つけられたかどうかはわからない。

 

 だが、エドガー様のおみ足を血で汚す事になる。

 

 それ自体が大統領であるエドガーとこのエリゼ宮殿の守護を任されている共和国第一歩兵連隊の長たるオリアンヌにとっては最大の屈辱であり、それ以上に本人としては自身のプライドなどはどうでもよく、絶対の忠誠を誓う主に羽虫の一匹でも近づけてしまった、エドガーに対して申し訳が立たない、という深い後悔の感情を抱かせる。

 

「近衛長ー!」

 

 市民の救出の為に市街へと向かっている部隊を呼び戻しはしたが、MO手術を受けていると思われる未確認の武装勢力が現れ、現在交戦状態との通信が入っている。

 

 最も近い基地に救援を要請してはいるものの、十分な援軍にはまだ時間がかかりそうだ。

 単純に敵を駆逐するだけであればミサイルでも打ち込んでもらえば早いが、パリが灰燼に帰すのは本末転倒だろう。

 

 増援は期待できない。本来であれば、己も市民の保護へと出撃するべきだった。

 だが、事情が変わってしまった。

 敵は異形の怪物だけでは無い。数人で数十の兵士を殺戮できるような腕利きのMO能力者を派遣してくる、という前例が存在する以上、あれが最後だという確証など何も無い。

 

 そうなれば、いよいよこの宮殿は敵によって制圧されるも同然の状態となる。

 そうさせないために、自分が守りを固めねばならない。

 

 たとえ何が来ようと、ここだけは絶対に通さない――

 

「近衛長!」

 

「む……すまない、考え事をしていたようだ。何だ、クリストフ曹長」

 

 

 状況の整理と改めて覚悟を決めていたオリアンヌは、そこでようやく自身にかけられた声に気付く。

 よほど慌てていたのだろう、敬礼をしながらも荒い息遣いの男性。

 

 宮殿での防衛の任に当たっていた兵士達の数少ない生き残りである彼の名を呼び、オリアンヌはそちらに意識を向ける。

 

「急遽お耳に入れたい事項が! その為大統領にお目通りを願いたく!」

 

「ふむ…よかろう」

 

 どうやらの重要な事柄のようだ。数秒思案した後、オリアンヌは頷く。

 

 

「それにしても貴様、随分と堅苦しいな。事態が事態だ、それも当然ではあるが…こんな時こそ平常心を保つ事も大切だぞ? エドガー様に対しては流石にわきまえねばならんが…貴様のふざけた態度で安心する部下もいるだろう」 

 

 穏やかに微笑むオリアンヌ。あまり気負いすぎるなよ、と労いを込めた言葉を続け、説明するためのデータが入っている、という携帯端末を受け取る。

 

「いえ…殉職した彼らの事を思うと流石に平時のような…」

 

「…悪かったな。それも尤もだ。心無い事を言ってしまった。許せ」

 

 いえそんな、という声を受けながら背を向け、オリアンヌは執務室のドアへと一歩足を進め。

 

「ああ、それと――」

 

 

 

 

「――クリストフ曹長は普段から生真面目すぎて胃腸薬を手放せない男だ」

 

 同時に己の剛腕で自身の背後を薙ぎ払いながら振り向く。

 

 

「っ!」

 

 それは、本来であればクリストフが立っていた場所には届かない一撃だった。

 だが、オリアンヌは自身の腕が何かに接触した事を認識する。

 

 

 異なった人物像を提示されたのに否定せず、疑問を抱いた様子も無かった。

 エドガー様に対して確認を取ろうとする自分を待たず、近づこうとした。

 

 それは、微かな疑念を確定した事実として捉えるには十分すぎる要素だ。

 

「残念だがエドガー様へ謁見を許すわけにはいかんな」

 

 自身の腕に接触したのが黒と黄の縞模様を持つ蛸の触手であった事を確認したオリアンヌは、そのまま駆け出す。

 まだ宮殿に入り込んでいた敵がいたか。

 

 忌々し気にクリストフ…否、戦闘時になりそれに集中する為か、変化した顔や体格を元に戻したであろう少女、静花を見やり、オリアンヌは懐から『薬』を取り出し、それを摂取しようとする。

 

 

「……!」

 

 だが、その行動は腕を正確に狙った触手の一撃により弾かれる。

 当たり前と言えば当たり前だが、相手には戦闘の心得があるようだ。

 

 今のオリアンヌは動きやすさとを優先し甲冑を脱いでいる。

 その身を包む軍服もまたある程度の防刃防弾性能を持ってはいるものの、当たり所が悪ければ手傷を負いかねない。

 

 流石に変態をせずに組み伏せるのは難しいか。

 即座に判断し、『薬』の使用を第一に考え動くが。

 

「させないっ!」

 

 自分が後退した分だけ、相手は前へと踏み出してくる。

 そして、オリアンヌはこれ以上背後に下がる事はできない。

 そこには、何を置いてでも優先すべき対象、己が主が控える執務室への扉があるからだ。

 

「っ!?」 

 

 腕に巻き付き動きを止めようとする触手。それを掴みオリアンヌは力任せに引く。

 流石に正面切って戦いを挑んで来る事は無いだろう。MO手術を受けた相手に生身の力で対抗するなどという選択肢がそもそも無謀だ。そう考えて攻勢に出た静花の顔に驚愕の色が浮かぶ。

 

 それが、一瞬とは言え、生身の人間に力負けした?

 動揺の隙を突かれ引き寄せられた静花の腹へとオリアンヌの拳が突き刺さる。

 

 苦悶を滲ませる静花。しかし、実際に彼女が受けたダメージはそれほどでは無い。

 蛸の筋力と、重心移動を生かした回避術。

 それにより、オリアンヌの一撃を最低限の衝撃に和らげる。

 

 

「む……!」

 

 拳へと返って来る感触が弱い事に気付いたオリアンヌが、警戒の色を強め両腕を盾にするかのように胸から顔にかけて構え、防御の姿勢を取る。

 

 同時に、その腕へと巻き付いた、本来であれば首を狙っていた触手が凝縮し、凄まじい力で腕を締め上げる。

 

「ほう……!」

 

 

 オリアンヌ・ド・ヴァリエ。

 フランスの守護者たる共和国親衛隊を率いる連隊長の一人。

 『フランスの三枚盾』の異名と共に語られるその武勇は、今回の任務の詳細を聞いた際に与えられた資料により静花も把握している。

 

 そして、最も交戦する可能性が高いのがこのオリアンヌだろう、とも聞いていた。

 フランスで開発された特殊なMO手術を施しているらしく、さらには若いながら数多くの激戦を生き抜いてきた百戦錬磨の軍人。

 同じ土俵に立って正面切って相手をするには、静花は自分では不足だという認識がある。

 

 特殊なMO手術、と言われれば自分もある意味ではそうなのかもしれない。

 戦闘に関しても、研究所の訓練で、第四班の皆と、あれこれ鍛練を重ねている。

 

 ただ、それでも実戦経験とその修練の密度には差があるのだろう。

 これまでの数度の攻防で、その認識はさらに強まった。

 

 だから、こうする。馬鹿正直に相手と同じ土俵に立っても勝ち目など無い。

 話は至極シンプルで簡単だ。

 

 相手に人為変態を許す事なく仕留める。

 たとえ相手がいかに強大なベース生物を持っていようと、『薬』が使えなければただの人間だ。

 世の中には生身でテラフォーマーに対抗できる怪物もいるらしいが、少なくともこれまでの攻防の限りではオリアンヌはその段階では無い。

 

 ミシミシという音を立て、オリアンヌの腕が軋む。

 蛸の腕力だ、恐らく、折れるまでにそう時間はかからない。

 

 腕を取ってしまえば、後は消化試合も同然。この場所に敵の援軍が来る様子も無い。

 

「フンッ!」

 

「!」

 

 ……だが、手を封じただけでは不足だった。

 オリアンヌが背を逸らし、直後その頭を静花に向けて突き出す。

 勢いの良い頭突きに直感で危機感を覚えた静花は身を捩り回避するが、同時に拘束が緩んでしまう。

 

 静花が回避したのを悪手とは言い切れないだろう。この頭突きをもろに受ければ、より悪い状態になっていた可能性が高い。最悪戦闘を継続できなくなっていたかもしれない。

 

 だが、それによりオリアンヌの縛めが解かれる。

 緩んだ触手を力任せに振りほどき、好機とばかりにその拳が静花の顔に向けて放たれる。

 

 

 ここで決着を付ける。その意思と共に繰り出された一撃を、静花は何とか触手で受け止め、顔面への直撃こそ免れはしたが、大きくよろめき後退してしまう。

 

 

 それはまるで意趣返しのように。先ほどオリアンヌを追い詰めた時のように、オリアンヌが前のめりの姿勢のまま床を抉らんばかりの脚力で前進し、再び拳を構える。

 

 次こそは防げない。静花は自分の身に死が襲い来るのを、目の前の人間が自身を仕留めるために意識が集中したのを、確かに感じ取り。

 

 

「……お願いします」

 

 オリアンヌにとっては意味がわからない言葉を、呟くかのように言った。

 

 

「…?」

 

 何を言っている。これから仕留めんとする目の前の相手にわざわざ確認などする気は無かったものの、オリアンヌは疑問を抱き。

 

 直後、それは解決した。自身の頭に伝わった、その根本である首から伝播してきた衝撃。

 次いで訪れる、焼けるような痛み。

 

 思わず、その場所へと目を向ける。

 

 

 

 そこには、己の首に深々と突き立った、銀の刃が、そしてその先で自分を見つめている……かはわからない、ガスマスクを装着した一人の人間の姿があった。

 一体、何が? 周囲に、敵味方含めて人の気配など無かったはずだ。

 

「ぎ……が……!?」

 

 だが、何故なにと理由を考えるだけの余裕は、今のオリアンヌには無かった。

 苦悶の声と共に血の泡を吐き、その巨体が膝を折り崩れる。

 唖然と、何が起こったと目を痙攣させながらその下手人を驚愕と共に見るオリアンヌに、刃を振るった彼女はガスマスク越しに複雑な表情を浮かべる。

 

 

「……ごめんなさい。でも、さようなら」

 

 この戦いは、正々堂々の決闘などでは無い。標的を何としてでも仕留めんとする暗殺者と、それを阻止しようとする守護者の殺し合いだ。

 

 正面切って戦わなければいけないわけでも、1対1という決まりがあるわけでもない。

 卑怯だと罵られるいわれも勿論無い。……多少の消えない罪悪感は、あるのだけれど。

 

 静花の能力による変装でだまし討ちにできればそれで良し。

 しかし、変装相手の事を深く知るだけの時間が無かったため、これは失敗する可能性が高い。だから、交戦状態になった際の戦術に関してもぬかりは無かった。

 静花が変態を封じると同時に、隙あらば大統領執務室に突入を試みていると思わせ、オリアンヌの意識を集中させる。

 その隙を突き、雅维が仕留める。

 

 変態を許さなかったにも関わらずここまで抵抗されたのは想定外だったが、しかし二人とも大きな怪我は負わずに済んだ。これからエドガーと一戦交えるまでに消耗を負わずに済んだ。

 ひとまず、第一段階は成功だ、と二人はほっと息を付く。

 

 そして、首から血を流すオリアンヌに次こそトドメを刺さんと。

 

 

 

 視界が、霞む。

 引き抜かれるナイフに、それで栓をされていた創傷が開き、血が噴出する。おしまいだ、と再度首に向け構えられたそれを見て、オリアンヌの意識は濃い霧に溶けるかのように薄れていき――

 

 

――――――――――――――――――

――数週間前 パリ市内

 

 上機嫌な客の声が飛び交う店内。ビストロと呼ばれる、身近な言葉に直すと居酒屋に近い小料理屋の個室で、三人は小さな三角テーブルを囲っていた。

 

 

「うぅー……私はエドガー様にどこまでも付いていくぞー……万歳……」

 

 普段の豪胆さ……は残っているものの、部下が見れば目を疑うであろう、机に突っ伏して涙を流しているオリアンヌ。

 

「うんうん、わかるわかる。ところでオリアンヌたん、腹筋触ってもいいかい?」

 

「殺す」

 

 そんなオリアンヌに対して上機嫌で話しかけ、酔っているのをいい事にさりげなく自分の欲望を満たそうとして冷たく返されたのは、スーツを着た美青年だ。その席には、中折れ帽が置かれている。

 

「フィリップ……もう少し遠まわしにだな……つーかオリアンヌも毎度の事だけど飲み過ぎだ」

 

「おいおいセレスたん、俺にこの筋肉を前に待てをしろって言うのか!?」

 

 またこいつらは……と窘め二割、呆れ八割の感情で投げかけられた声に、美青年……フィリップ・ド・デカルトは熱の籠った口調で言い返す。

 

 その姿を見てダメだこいつ、と諦め、ぐいっとグラスに入ったワインを煽ったのは、良くも悪くも個性に溢れた二人と比較するとどこか地味な印象の男性だった。

 黒髪に青の瞳の彼、セレスタン・バルテは苦笑いしながらも、しかし決して悪い関係では無い事が伺える様子で二人へとそれぞれ冷えた水の入ったグラスを差し出す。

 

 

 彼ら三人、フランス軍の一つ、国家憲兵隊の中でも要人、要衝の警備と護衛を担う共和国親衛隊の部隊長を務め、フランスに襲い来たいくつもの危機を跳ね除けたその経歴から『フランスの三枚盾』と異名を取る上級軍人である。

 

 そんな彼らは、こんな安い居酒屋のような店では無くもっと高級な店でも好きなだけ飲み食いできるだけの給料を貰ってはいるのだが、この場所に集まったのには理由がある。

 

 ここは、いわば彼らにとって経歴を積み上げたスタート地点のような場所なのだ。

 

 フランスの要人と親戚関係にありその関係で軍に入ったセレスタンとフィリップ、エドガーに才を見出され軍に務める事となったオリアンヌ。それぞれ違った道を歩んでいた三者、まだ今のような地位も名誉も無かった彼らが共に理想を語らい合ったのが、この店だった。

 

 だから、何かあるたびに三人はこの店に集まっているのである。

 

 今回は、これから三人が臨む大統領より直接預かった裏関係の仕事に関してのそれぞれに対する激励会。

 

 何やら宇宙から撃ち込まれるとか言う危険な人物の確保を担う事となったセレスタン。

 

 数十人でアメリカを征服しに行く、などというまるで自殺ツアーとしか思えないような無謀な任務を担う一員となるフィリップ。

 

 そして、二人の留守を任されると同時にフィリップの任を補佐する為敵対勢力の妨害に関しての任務を受けたオリアンヌ。

 

 大仕事だ、頑張っていこうぜという明るい調子で、しかし同時に互いが互いに、自分の身がただでは済まないだろうという直感を持ちながら、彼らは今回酒の席を囲っていた。

 

 

 彼らは同じ軍属の同僚というだけでは無く、そこから繋がっての友人同士でもある。

 

 男子二人が馬鹿をやっているとオリアンヌが頭を痛め。

 

 こう見えて戦闘になると熱が高まるセレスタンと猪突猛進のオリアンヌに後始末を押し付けられフィリップが顔をひきつらせ。

 

 フィリップとオリアンヌ、変人の二人が色んな意味で目立ちセレスタンが胃を痛める。

 

 

 そんな互いに迷惑をかけ合いながら持ちつ持たれつの関係である彼ら。

 

 また生きて会おう。そんな、しんみりした空気はあまり長続きせず。

 

 

 いつものように早々に酔って泣き上戸を発揮したオリアンヌが大統領、エドガーを褒め称える演説を始め、フィリップがそれに乗っかり(その内約六割はエドガーでは無くオリアンヌの筋肉を褒め称えている)、セレスタンはそんな喧騒を肴に、時にやんややんやと煽りながら笑う。

 

 そんな、変わらない日常の光景も一端落ち着き、現在。

 

「……私は、お前達が羨ましい」

 

 オリアンヌが、静かに、しかしどこか暗い色の表情で、静かに呟いた。

 

 

「エドガー様より厚い信頼を預かっている二人が。私は、外征を担う戦士に選ばれなかった」

 

 普段は常に強気なオリアンヌから、こぼれ落ちていく言葉。

 アメリカという大国の征服。それは間違い無く困難を極める任務だ。さらには、たかが数十人で完遂するなど。勿論策はあるのだろう。集められた戦士も、当たり前ながら精鋭中の精鋭である。

 

 セレスタンの任務も、フィリップのものと比べれば簡単に映るかもしれないが、未確認事項が多すぎる。

 対象が何なのかも詳しい部分では不明。さらには、ニュートンの一族が介入してくる可能性もあるのだと言う。

 

 それに比べると、重要だとは理解しているが来るかもわからない敵をただ待つのと、手伝いをするだけ、などと。

 

「……わかっているんだ。これが必然だって事は。エドガー様のご采配だから、なんて考えるまでも無く私の実力がお前達に及ばない事は。無力なこの身が悔しくて仕方ないよ」

 

 それは、酒が回ったからつい零した弱気、などでは無く。

 二人が友人だからこそ打ち明けられる内心そのものだった。

 

 

 

「なあ、オリアンヌ」

「ねえ、オリアンヌたん」

 

 

 その返答は、二人の口から同時に語られんとする。

 顔を見合わせ、お前の方がこういうの向いてるだろ、とセレスタンが苦笑いをし、フィリップが頷く。

 

 

「じゃあ、俺が代表して。オリアンヌたん、大統領(エドガー叔父さん)ってさ、バカだと思う?」

 

「……何だと?」

 

 突然の言葉に、オリアンヌは言葉の意味がわからず固まる。

 そして、その言葉を噛みしめるにつれて、オリアンヌの表情は怒りに染まっていく。

 

 

「フィリップ……いくらお前と言えど、エドガー様を軽んずるなどと……!」

 

「ああ、その通りだ。エドガー叔父さんは凄く優秀だ。身内贔屓なんてしなくてもね」

 

 

 そのような朝に日が昇るのと同列の事実を今更確認して何になるのか、という感情冷め止まぬオリアンヌに、フィリップは続ける。

 

「結論から言うと、オリアンヌたんは勘違いをしている」

 

「……」

 

 一体、何を言っているのか。フィリップの言葉の意味が掴めず、困惑するオリアンヌ。

 

「そうだな、オリアンヌ。お前、弓矢で相手の剣だの槍だのを防ごうとするか?」

 

「……するわけが無いだろう」

 

「エドガー様は、弓は射るもので鎧は着るもの、ってちゃんと理解してんだよ」

 

 そこに言葉を投げたのは、セレスタン。

 弓矢で防御? 強度、構造、形状。あらゆる面で向いていない。何の話だ? とオリアンヌは疑問を深める。

 

 

「セレスたんってさ、頭柔らかくて器用だろ? 色んな事が起こっても、同時に考えて対処できる」

 

「ああ、そうだな」

 

「俺はさ、アドリブとか得意なんだよ。非常事態でも逆境でもやべぇやべぇ言いながら何とかしちゃうよ?」

 

「……そうだったな」

 

「でもさ、エドガー叔父さんに忠実に、取りこぼしを無く拾えるのは、オリアンヌたんなんだよ」

 

 次いでのフィリップの言に、二度、頷き。最後に自分の事を言われ、そうなのだろうかとオリアンヌは思案する。

 

 

「俺やセレスたんの仕事は、やべー失敗だってなっても最悪逃げればいい。でも、オリアンヌたんのはそうじゃない。何かを見落として崩れちゃったら、全てが終わっちまう」

 

「……」

 

 その通りだ、だから必死に自分はその任を務める。そうオリアンヌは思う。

 ただ、何が言いたいのかまでは結局わからない。その辺りは自分の頭の回転の悪さを憎く思うオリアンヌであるが。

 

「オリアンヌたんはさ、自分はエドガー様の騎士に選ばれなかった、ってしょげてたけどさ、そもそも違うんだよ」

 

「ああ、その通りだ。別に、悲観するする事なんざ何もないんだ」

 

 わからない。自分が、エドガー様に選ばれなかった、というわけでは無い? 何故だ。では何故……

 素面の彼女であれば気付いていたのかもしれない。だが、マイナス思考と酒の影響が残る頭という事もあり混乱するオリアンヌ。

 

 

 

「オリアンヌ――君は、フランスの、エドガー叔父さんの騎士に選ばれなかったんじゃない―――」

 

 

 

 手元の冷水が入ったコップ、融けた氷がからんと揺れ、涼し気な音が響く。

 まるで、オリアンヌに、落ち着きを与えようとするかのように。

 

 

 

 

「――――俺達が剣に選ばれたように、君は盾として、鎧として選ばれたんだよ」

 

「……!」

 

 セレスタンが、フィリップが、微笑む。

 物分かりのちょっと悪い、血筋では、そこから来る才能では確かに自分達には及ばない、でもその努力を、忠義を、そして磨き上げた実力を、同僚として、友として、一番近くで知っている彼女へと向けて。

 

 

「ああ。だから――」

 

「オリアンヌたん――」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

―――――俺達の帰る場所を、よろしく頼む。

 

―――――エドガー叔父さんを、守ってくれ。

 

 

 

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アァァ!!」

 

 

―――そして、目が覚める。

 

 ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな!

 この国に、エドガー様に、これ以上触れさせはしない。

 

 私は主に、戦友に、そう誓ったのだ!

 それが、ここで斃れるなど、あっていいものか!

 

 

 猛り狂う絶叫に、雅维と静花が気圧され、一瞬硬直する。

 だが、そこは暗殺の任を担う人間というべきか、即座に雅维は気を取り直し、トドメをささんと、そのナイフを突き立てようと動き出す。

 

 だが、微かに遅かった。

 

 胸ポケットに入っている、『薬』。

 爬虫類型のそれと、昆虫型のそれを同時に握り、握り、そして握り潰す。

 二つの形式の変態薬が入り混じったその液を、砕けた注射器の破片で切った傷の事も厭わず、自身の首に開いた致命傷、その傷口に手を突っ込むかのような勢いで体内に入れ込む。

 

 

 瞬間、雅维のナイフはオリアンヌの首に突き立った。

 

 

 ……だが。

 

「う、そ」

 

 奥まで刺さらない。それを知覚した雅维は即座にナイフを引き抜き離脱しようとするが、今度はどれだけ力を込めても抜けない。

 

 はっとそれに気付いた刹那、雅维の体に腕の一振りが襲い来る。

 巨大な瘤のような塊が形成された腕。受ければ、タダでは済まないだろう。

 

 ただ、刺さったナイフを捨て離脱するには、少し時間が無い。

 

「あ、ぐっ……!」

 

 苦痛を堪えながら、雅维が吹き飛ばされる。

 

 

「……っ!」

 

 雅维が受け身を取ったのを目で追いながらも、静花はオリアンヌへと仕掛ける。右腕に形成されているのは、昆虫の牙と思われる武器。だが、今の体勢からならば迎撃は間に合わないだろう。

 

 首の傷を押し広げられれば、今ならまだ!

 

 そう判断した静花の目に、右手を下げた状態のオリアンヌの刃が再び映る。

 

 あれ、何だろう? あの刃……何か、震えているような――

 

 

――刹那、銀の刃が跳ね上がる。

 

「リースちゃんっ!!」

 

 幸いだったのは、彼女のパートナーが、ニュートンの血を引いた高い身体能力と動体視力、反射神経を持っていた事。

 チャンスなのに、何で自分を後ろに引っ張るのか。静花は雅维の行動に、疑問を覚え。

 

 瞬間、彼女の胴体に、斜めの赤の線が走る。

 

「ぅ……あ……?」

 

 何が起こったのか認識すらできないまま、静花の胴から血が溢れだす。

 雅维がすんでの所で間に合ったためか、深く臓器に達したわけではないが、薄皮を切っただけ、では済んでいない、肉体の表面を切り裂いた斬撃。百人が見れば百人が重傷と判断する傷を受け、崩れ落ちる静花。

 

 

「ここから先に、羽虫の一匹も通れる隙間など存在しないと知るがいい」

 

 

 全身の筋肉が隆起し、古傷が浮かび上がり鮮明な姿を晒す。

  

 

 携えるのは、弓手に鎚、馬手に刀刃。

 そして、全身を覆う、鎧と呼ぶ事すら生温い、装甲、城塞とまで言える域に達した茶に微かな薄緑の混じった皮膚。

 

 

 失血で青ざめる静花と、静花の体を支えながら、じりじりと後退する雅维。

 彼女達の目の前には、高き絶望の城壁が立ち塞がっていた。

 

 

 

 

 

「我が名はオリアンヌ・ド・ヴァリエ! フランス共和国の守人にして、エドガー様の盾なり!」

 

 

 

 

 

 

 

オリアンヌ・ド・ヴァリエ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国籍:フランス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

28歳 ♀  184cm 96㎏

 

 

 

 

 

 

 

             ESMO手術"古代爬虫類型"

 

 

 

 

 

―――――――――――――――アンキロサウルス―――――――――――――――

 

 

 

                 +

 

 

 

 

             ESMO手術"古代昆虫型"

 

 

 

 

―――――――――――――リンガミュルメクス・ヴラディ―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

――――白亜の鎧鎚(アンキロサウルス)再臨(リバイブ)

 

 

 

――――始原の鉄刀(リンガミュルメクス・ヴラディ)両断(バイセクション)




~おまけ~

・フィリップ・ド・デカルト(贖罪のゼロ・コラボ編)
 フランス共和国親衛隊(元)騎兵連隊長。
 変態の甥(byエドガー)。エドガー叔父さん、と呼ぶその通り、エドガー・ド・デカルトの甥である。
 痛し痒しにおける『黒のビショップ』にして、筋肉フェチ。
 今後の色んな意味での活躍に期待したい。
 


・セレスタン・バルテ(インペリアルマーズ・裏設定)
 フランス共和国親衛隊第二連隊長。
 オリアンヌとフィリップの同僚。
 変人二人に挟まれて可哀想……と思いきや本人も何だかんだで楽しんでいるようだ。
 とある人物の孫でもある。

 『贖罪のゼロ』コラボにおいて少し出番が。
 狂想賛歌ADAM-6 赤の憂鬱をチェックだ!(宣伝)
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