エガオノダイカ ミライヘノイシヅエ(完結) 作:ファルメール
ベルデ皇国旧領土、実験施設。
かつて、この惑星で使用されている動力、クラルスを任意で停止させる技術が研究されていたこの場所は、実現した場合の戦略的価値の高さからこの地が帝国の支配下となった後も解体処理を免れており、良好な状態に保存されていた。
現在、開いた花のように機構を展開させたこの建物の頂上にて、二人の少女が肩を並べていた。
一人はきめ細やかな造りのドレスを纏った少女であり、もう一人は装飾などとは無縁の機能性を突き詰めたボディスーツを纏った少女だった。
ソレイユ王国王女、ユウキ・ソレイユ。
グランディーガ帝国・ビュルガー分隊所属、ステラ・シャイニング一等兵曹。
本来ならば何の接点もある筈も無く、出会う筈も無かった二人の少女が、今、同じ目的の為に同じものを見て、装置に手を掛けていた。
惑星全土のクラルスを停止させ、戦争を終わらせる為に。
「どうして?」
「私も命の恩人に言われたことがあるの。見届けろって。あなたがどんな明日をもたらすのか……それに賭けてみようと思う」
間違いなく軍法会議ものねと、自嘲するようにステラは笑った。
「あなた、名前は?」
「ステラ。ステラ・シャイニング」
「……ありがとう」
ユウキが微笑して、そうして二人は最終起動スイッチに掛けた手に、力を込める。
ゴクン、と二人分の体重が掛かったスイッチが押し込まれて、怪物の唸り声のように施設全体が鳴動を始める。
行き渡った動力が変換された極彩色の光を纏う力場が、この塔のような施設全体に広がっていき、その光はやがて施設から飽和して、オーロラのように空へと広がっていく。どこまでも、どこまでも。星の全てを覆い尽くしていく。
ユウキとステラが視線を向けると、施設周辺で交戦していた王国・帝国双方のテウルギアが糸を切られた人形のように、次々に崩れ落ちていくのが見えた。
「やった……?」
ステラが、興奮気味に声を上げた。
惑星全土に及ぶ、クラルスの停止現象。
階下に居た、自分を庇った王国の女性……レイラは言っていた。クラルスが停止すれば、今現在この星で使われている全ての文明の兵器は、只のガラクタと化すと。
それで、本当に戦いが終わるのかは分からない。
クラルスの兵器が使えなくなって、エネルギーが無くなって両国が停戦するしか選択肢が無くなって戦いが終わるのかも知れない。
あるいはクラルスが無くても銃で、銃の弾が切れても鉄パイプや角材で殺し合うのかも知れない。
それにクラルスが使われているのは武器や兵器だけではない、医療や交通インフラ、生活に必要なエネルギーの全てが消失するのだ。どれほどの混乱が世界を覆うのか、正直……想像も付かない。
戦う場所と使う武器が変わるだけで、それでも人は戦い続けるのか。遠い故郷の星で、ずっとそうしてきたように。
あるいは今度こそはもうこりごりだと、戦う事を止めるのか。
未来がどうなるのかは不透明だが……だが、それでもステラは信じてみたかった。賭けてみたかったのだ。
クラルスが停止して、本当に戦いが終わる未来に。それを見てみたかったのだ。
だが、その時だった。
「!? あれは……」
機能停止していたテウルギアの機体各所が発光して、ゆっくりと立ち上がろうとしている。
軍人であり、テウルギアのパイロットであるステラにはすぐ分かった。あれは、テウルギアが起動する時の動きだ。
「……そんな……!!」
少女の顔が、青ざめる。
先程、がっくりとテウルギアが倒れた事からクラルスが停止した事は間違いない。
だが、その停止は永続ではなかったのだ。
だから、一度エネルギー供給が断たれて駆動停止したテウルギアは、再開されたエネルギー供給によって再び機体に火が入って、再起動しようとしているのだ。
「……クラルスの停止は……たった、一瞬だけだったの……?」
呆然と呟くステラ。
賭けていた希望、夢見ていた未来は、僅か一秒で消滅霧散した。
力なく膝を落として、座り込んでしまう。
「……残念だけど、作戦は失敗よ。クラルスの停止は、一秒しか保たなかったわ」
経年劣化によってこの施設の機能が損なわれていたのか。
元々実験が未完成なものであったのか。
王国側の技術では、完全にこの施設の機能を発揮させる事が出来なかったのか。
あるいはそれら全てか。
いずれにせよ、クラルスを停止させて戦いを終わらせるというユウキの目論見は、脆くも崩れ去ったのだ。
のろのろとユウキを振り返ったステラは、しかしそこで違和感を覚えた。
ステラは、きっと今のユウキは絶望や後悔の表情をしていると思っていた。
だが違っていた。
ユウキは、微笑んでいたのだ。
まるで計画していた悪戯が上手く行った子供や、試験で前日に勉強していた問題が出題された学生のように。
「大丈夫だよ。一秒も保てば、十分だったの」
「……?」
「作戦は成功した。私達は、賭けに勝ったのよ」
*
*
*
一面に咲くヒマワリの花畑。
その名の通り太陽の如く色鮮やかな黄色い花弁を開いたその花は、どれもぴんと元気良く太陽に向かって伸びている。
花畑の中に、一人の少女が傅いていた。
ポニーテールに束ねていた頃より幾分伸びた青い髪は、今はさらりと風に流していて、以前よりも女性らしさを増した体付きは今は、まだ何度も袖を通していないのだろう新しい帝国軍の第一級礼装に包まれていた。
「ステラ姉、ステラ姉!!」
幼さの残る声に少女が振り返ると、下士官の軍服に身を包んだ少女が駆けてきていた。
かつては同じ分隊の所属であったリリィ・エアハートだった。
立ち上がったステラと目が合うと、リリィがはっとした顔になって、踵を揃えて敬礼した。
「あ、し、失礼致しました。シャイニング大尉!!」
「昔と同じ呼び方で良いわよ、リリィ……」
ふっと、ステラは呆れたように微笑む。この反応を受け、リリィも相好を崩した。
「じゃあステラ姉、そろそろ行かないと、式典に間に合わなくなります」
「……今更だけど、リリィ……サボっちゃダメかな? 私、そういうのはどうも……」
それを聞いたリリィが、とんでもないと肩をいからせる。
「ダメですよ、ステラ姉。主役が居なくちゃ、式典が始まりません。何しろステラ姉は、魔王ユウキを討って、この星に新しいエネルギーをもたらした英雄なんですから!!」
「……そう、そうね……」
目を伏せたステラは、ちらりと先程まで膝を落としていた場所に目を向けた。
そこには無数のヒマワリに隠されるようにして数個の石を重ねただけの、墓碑銘も名も刻まれていない簡素な墓があって。
寄り添うように、ヒマワリを模したたてがみをした、ボロボロになったライオンのぬいぐるみが置かれていた。