エガオノダイカ ミライヘノイシヅエ(完結) 作:ファルメール
「クラルスの停止が一瞬で十分だった……って、それはどういう事なの?」
ステラが、ユウキに詰め寄る。
階下でレイラが言っていた。クラルスが停止すれば現在、自分達の文明で使われている兵器は全てガラクタ同然になると。
最初はそれを使って帝国側の兵器を無力化して、王国が一挙に逆転勝利を収める事を目的にしているのだと思っていたが……しかしユウキと話す中で、彼女の目的はこの星の全てのクラルスを止めて戦いを終わらせる事。
そう、思っていた。
だからこそクラルスの無力化が永続しない時点でこの作戦は失敗だと思っていたのだが……
だが、ユウキの考えは違うようだった。
「答えて。あなたの、本当の目的は何なの?」
戦いを終わらせるなどと口では言っておいて、本当は別の狙いがあったのか? その為に自分を騙していたのか?
裏切られたと感じて、ステラは一度は腰のホルスターに納めていた拳銃に手を掛けた。
もし、先程語った言葉が嘘であったのなら……!!
軍人としての訓練を受けているステラの射撃の腕は一流だ。対してユウキは見た限り武器の類いは携帯しておらず、体付きも全く鍛え込まれているようには見えない。
答え如何によってはステラが放った銃弾は正確にユウキの薄い胸板を、あっさりと撃ち抜いて彼女の命を奪うだろう。
そんな物々しい気配に気付いているのかいないのか、ユウキは動じた様子を見せずに話し始めた。
「私の目的は、さっき話した通りだよ。二度とこの星に、戦いが起こる事の無いように。その為に、クラルスを止めたの」
「でも……」
しかしだとするのなら、その停止現象は永続とは行かないまでもある程度の長期間に渡らなければ意味を成さない筈だ。最低限エネルギーが消失して戦争の継続が物理的に不可能となって、王国と帝国の間で、それが一時とは言え停戦条約が交わされるぐらいの時間は必須だろう。
それが、たった一瞬だけというのはどういう事なのか。
これでは戦争の中に、ほんの僅かなタイムラグを生じさせただけに過ぎないのではないか?
「ステラ、さっきあなたが自分で言ったでしょ? クラルスを止めたら、兵器が止まるだけじゃなくて、生活に必要なエネルギー全てを失う。そんな生活誰も耐えられる訳ないって」
「う、うん……」
人間は、一度手に入れた「便利」を簡単に手放したり忘れたり出来るようには設計されていない。
あるいはそれでも、単純に不便なだけであればまだ我慢する事が出来るかも知れない。たとえ不自由に雁字搦めにされた生活であっても、人々は戦争が起こらない、大切な日が死ななくていい平和な日々をこそ尊いと感じて、耐える道を選ぶかも知れない。
だがクラルスの強制停止は現在この星で使われている全てのエネルギーを止めてしまう。
その中には食料生産プラントや、病院で使われているエネルギーをも含まれているのだ。
ましてこれからは、冬の季節が来る。
クラルスが止まれば……暖房器具も使えなくなって凍死する者の数、限られた食料の奪い合いが始まって巻き込まれて死傷する者の数は想像を絶するに違いない。
ユウキの脳裏には、シエルの顔が浮かんだ。
イザナとエリザの間に生まれた子供、ノエルの弟。
自分がソレイユ王家の名の下に、その誕生を言祝いだ小さな命。
冬の寒さ、飢え……
大人ならばいざ知らず、赤ん坊がそれに耐えられるとは到底思えない。
王族であるユウキは、責任ある立場の自分は死ぬ事も役目・義務の一つだとは思っている。
だがあんな、何の罪の穢れも無い幼子が死なねばならない未来など、受け入れる事は出来ない。
その為に色々と考えたが……
ユウキが執り得る手段は一つだけだった。
「ステラ、これを見て」
取り出した携帯情報端末を、ユウキが差し出す。
それを受け取ったステラが覗き見ると……
端末の画面には地図が表示されていた。
この星全体の、世界地図だ。
地図には一点だけ、輝点が表示されていた。場所はこの施設から北に30キロといった所だろうか。
「これは……」
「さっきの一瞬、この星の全ての動力が停止しているにも関わらず、動力反応が認められたポイントだよ」
「……!! そう、そうか!! それがあなたの本当の目的……!!」
ユウキが頷いた。
施設の機能によって、この星が静止している中で動力反応があった場所。それはつまり、現在王国や帝国で使われているものよりも、遙かに高度な技術が使われている場所に他ならない。
遠い昔に、自分達の先祖が地球という故郷の星からこの星へと渡り、移り住んできた頃に使われていたような。
その場所を見付ける為に、惑星全土に及ぶクラルスの停止現象を発生させる必要があったのだ。
当然、その場所は現時点で王国も帝国も発見してはいない。そもそも既に見付けているのならば、こんな戦争が起こる必然など無かったであろう。
ユウキにとってもそんな場所が実在しているかどうか、あるとしてそこの技術が生きているかどうかは確証のある事ではなかったに違いない。だからこそ、そこは「賭け」であったのだ。
その「賭け」に王国の兵も帝国の兵も、多くの人の命がベットされる事になってしまったのだが……
だが、この戦争はとっくの昔に後戻り出来ないほど泥沼化していて、ましてクラルスを使えば使い続けるほど、星の環境も悪化していく。分の悪い賭けであろうと、乗らなければならなかったのだ。
そしてユウキは、賭けに勝ったのだ。
「ステラ、私をここに連れて行って」
*
*
*
<ステラ姉、作戦開始時刻5分前です>
「……ええ、分かっているわ。リリィ」
今やすっかり愛機となった帝国の最新型テウルギア、指揮官用少数生産型クレーエⅢ(ドライ)のコクピットで、集中力を高める為に瞑想を行なっていたステラはアラーム代わりのリリィの声を受け、ゆっくりと瞼を開いた。
従来の物とは異なる全周囲型モニターは、実際には分厚い装甲に囲まれて密閉されているにも関わらず、まるで本当に空中に浮かぶ玉座に座しているかのような錯覚をステラに与えてくる。
ステラ機の周囲には、リリィ機の他にビュルガー分隊の面々、それに新しくこの部隊に配置された兵士が乗るクレーエⅠやⅡの姿も見える。
そしてすぐ隣のポイントには、ソレイユ王国のテウルギア、ガルドやスクワイア、クリバノフで構成された部隊が見えた。この部隊も、帝国機と同じ方向を見据えて整列している。
逆隣には、王国機と帝国機の混成部隊もあった。
<けど、いつ見ても信じられないです。こうして、王国の人達と一緒に戦う日が来るなんて>
「……そう、そうね」
どこか上の空で、ステラはリリィに相槌を打った。
彼女の言う通り、王国機と帝国機が一堂に会して同じ方向を向いているなど、ほんの3ヶ月前までは想像もしなかった光景だ。後方では作戦本部として、王国と帝国の陸上空母がそれぞれ並んで待機状態にある。
<ステラ姉、指揮官の訓示が始まります>
「ええ」
周波数を合わせる。
機体のスピーカーから、今となっては聞き慣れたアイネ・フリート参謀長の凜とした声が入ってきた。彼女は今回の戦いで、連合軍の最高指揮官に就任していたのだ。
<王国と帝国の垣根を越え、この戦場へ集ってくれた全ての者に、深く感謝の言葉を述べたい。既にユウキ軍の防衛線はほぼ崩壊しており、これが最後の戦いになる。この一戦に勝利すれば、魔王ユウキの手に独占された技術が我らの手に取り戻され、我らはクラルスに代わるエネルギーを手にする事になる>
「……」
<諸君、この星の未来の為、我らの子とその子らの為に、あと一息、あと一息その力を貸してもらいたい!! 各員の奮闘を期待する!!>
通信が切れて、そして機体の装甲越しに歓声が聞こえてきた気がした。
王国・帝国連合軍の士気が大きく上がったのが分かる。
<ステラ姉、来ました!!>
リリィの声とほぼ同時に機体のレーダーに反応があって、最前線の偵察機から送られてきた画像がサブディスプレイに表示される。
王国機とも帝国機とも違うテウルギア。
パイロットを必要とせず、中枢部からの指令によって駆動する無人機。
かつて人類が星から星へと旅していた時代、移民船を守る為に駆動していたテウルギアの原型機。
パイロットが居ないこの機体は、恐怖や逡巡を覚えず王国機・帝国機が当たり前に反応するものに反応しない。その一点に於いて、ステラ達はこの軍団と相対する度に言い知れぬ空恐ろしさ感じていた。
だがそれも、今日で終わりだ。
共通の敵の出現によって一致団結した王国と帝国によって戦いの趨勢は徐々に変わっていき、機械兵団もこの戦場に残った物のみとなった。ここを突破すれば、後は魔王ユウキの本拠地までの道程を遮る障害は何も無い。
アイネ参謀長の言葉通り、これが最後の戦いになるのだ。
ステラは通信機を調節すると、指揮下の機体へと回線を繋いだ。
「……隊長機より各機へ。シャイニング分隊、出撃するわよ」