エガオノダイカ ミライヘノイシヅエ(完結) 作:ファルメール
遠い昔、何百年かあるいは千年も前か。
この星に生きる人間の先祖は、地球という星から移り住んできた。
彼等は星から星へと渡り歩き、全く違う惑星の環境を地球に似せて作り替えてしまうほどの高度な科学力を有していた。
それらの技術は現在にまで続く永い時の流れの中で、あるものは戦火の中で消失し、あるものは経年劣化によって打ち捨てられていった。
だがそれらの中で、現在に至るまで稼働し続けていたものがあった。
既に誰の記憶からも忘れ去られていたが、彼等は待っていた。待ち続けていた。
彼等に再び、命令を下す者が現れることを。
「ここが……」
ステラが、圧倒されるかのように息を呑んだ。
そこは工場のようであり、神殿のようにも見える空間だった。あるいは城のようにも思えた。無数に立ち並ぶ機械人形は、城を守る衛兵を連想させたからだ。
実際にそうなのだろうが、何百年も誰も訪れた事が無いような静寂だけが支配する空間だった。それにも関わらず、床や壁には少しも埃が積もってはいないし錆び付いてもいない。千年超もの時流から、この場所だけが切り離されているのかも知れない。
「ここまで完全な形で残ってるなんて……」
嬉しい誤算だったと、ユウキは笑う。
「あなたは、ここに来たかったのね……」
「うん」
ユウキが頷いた。
移民時代の人類が使っていたもの。
現在のこの星からは喪失してしまった技術。
クラルスに代わる、新しいエネルギー源。
「クラルスの危険性を公開し、その上でここの技術を世界中に配給すれば……戦いを終わらせる事が出来る……?」
「……多分、終わらないと思うよ」
ユウキが、諦めたように首を振った。
「え……」
「クラルスを使い続けるのがまずい事だと分かっても……そしたら今度は、ここのエネルギーを巡っての争いが始まるだけ。今の、クラルスを巡って起こっている戦争が、新しいエネルギーを巡っての戦争にすり替わるだけだよ」
「……じゃあ」
どうしてと、ステラが詰め寄る。
クラルスを使わない代わりに、その代替エネルギーを発見し、戦いを終わらせるのが目的ではなかったのか?
「あなたは、その為にここを探していたんじゃ……」
「半分はね」
どこかはぐらかすようにユウキは言って、パネルを操作し始める。
薄暗かった設備に光が灯り始めて、巨大生物の唸り声のような重々しい駆動音が鳴り始める。思わず、ステラが怯えるようにたたらを踏んだ。
何百年振りか、あるいは千年振りか。
喪われた技術、彼等の待ち続けていた主が、今再び還ってきたのだ。
真っ黒だったモニターに、次々とこの星のあちこちの情景が映し出される。
刻一刻と移り変わるこの星の情報をリアルタイムで表示する球形のホログラフが、空間に浮かび上がる。
ただの金属の彫像でしかなかった機械人形が、軋み一つ上げず滑らかに動き始める。
「ここのエネルギーを、世界に届けるんじゃないなら……あなたはどうして……?」
「脅威として存在させるのよ」
「脅威……?」
言葉の意味を掴みかねたステラが、鸚鵡返しする。
くすっと、ユウキは笑ってステラを振り返る。その顔は笑っているけど、今にも泣き出しそうに見えた。
「もし。クラルスが今後も使用される危険性が明らかになって、それに代わる新しいエネルギーの存在が公表されて、でもそれをたった一人の人間が独占して世界征服でも始めようとしているとしたら……みんなはどうするかな?」
「……!!」
謎かけのように、ユウキが語る。
ここまで聞いた事で、ステラにもユウキの真意が遂に読めた。はっとした表情になる。
「世界中の人達に、あなたを討つ為の戦いを強いると言うの……?」
「そうだよ」
あまりにもあっさりと、ユウキは認めた。
「私を倒す事は、王国や帝国の垣根を越えて行なうべき一大事業になる。その結果、戦いは終わる。人類は、更に進歩するのよ」
動き出した機械兵が、忠誠を誓う騎士のように新たな主、ユウキの前に跪いた。
「あなたが、世界の敵になると……? たった一人で……」
「そうだよ、ステラ……私は歴史も勉強してきたけど……この星に人が移住してきてから今迄、人類が一つの目的に向かって一致団結した事は、ただの一度も無かった。その機会を、これから私が作るのよ」
「でも……それは……あなたが倒されるまでの一時の事かも知れないわよ?」
皮肉っぽく、ステラが指摘する。
ユウキもそれは、百も承知であったのだろう。慌てた様子も無く頷く。
「確かに、そうだね……でも、1と0は違うよ、ステラ」
その団結が巨大な脅威ありきのものであったとしても。
自分が討たれた先に人類が再び分裂して争いを始めるとしても。
それでも、一時でも世界が一致団結した時代があったのなら。
いつか、いつか人は再びその時代を目指して、過去の栄光を取り戻そうと努力する。
そう、祈れるぐらいにはユウキはまだ人に希望を持っていた。
「さぁ……ステラ。あなたはここから離れて……そして世界に伝えて。ユウキ・ソレイユが新しいエネルギーを自分一人で独占して、世界を支配しようとしているって……」
「……ユウキ、あなたは……」
「……ねぇ、ステラ。私はね、今迄ずっと考えてきたの。私自身、12才になって即位するまで、王国の外で戦争が起こっている事なんて何も知らされず……知らずに、無邪気に笑っていた」
自分が笑っていられるのは、遠い所で誰かが命懸けで戦ってくれているからこそだったのに。
「でも、それは……」
「そして外の世界で戦争が起こっている事を知らされて……大切な人達が、沢山、私の前から居なくなって……」
ハロルド、イザナ、レイラ、ヨシュア……
自分を心から愛し、守ってくれていた人達。
自分が愛してやまなかった人達。
もう、彼等は追憶の中にしか存在し得ないけれど、でもユウキは彼等との思い出、その一つ一つを鮮明に思い出す事が出来る。
自分が今、ここに居られるのはまぎれもなく彼等のお陰だ。
「ねぇ、ステラ。笑顔には代価が必要なのかな? 誰かが幸せになる為には、誰かの犠牲が必要なのかな? 一つの時代を越える為には、誰かの不幸が必要なのかな?」
「…………」
ステラは、その問いに答える事が出来なかった。
確かに今迄、世界に変革が起こった時には必ず争いが生まれ、血が流されてきた。逆説的にはそうした犠牲があったからこそ、世界は次のステージに進む事が出来たとも言えるだろう。
しかしこれは勿論、後世の人間が既に終わった出来事に対して客観的・俯瞰的な視野を持ち得るから言える事かも知れないが……本当にそうするしか無かったのだろうか?
ステラには分からない。
あるいはそれは、人には答えられない命題なのかも知れない。神にしか、答える事の出来ない問いであったのかも知れない。
ユウキは、ふっと微笑する。
「私には分からない。だからどうか、ステラ……いつか……いつかあなたが、その答えを出して」
「ユウキ、あなたは……」
ステラへ、ユウキは優しく透き通った笑みを見せた。
この先ずっと、ステラが忘れないであろう笑顔を。
「いつか……いつか聞かせてほしいの……あなたの答えを……」
*
*
*
ヒマワリの花畑の中、ひっそりと建てられた墓に視線を落としていたステラは、すうっと目を細める。
「これで、良かったのよね……これで望み通り、ユウキ……あなたは大罪人よ……」
後の時代にまで、魔王ユウキの名は語り継がれる。
狂気の独裁者として。
恥知らずの売国奴として。
汚名と共に、永遠に語り継がれる。
「……私にも、まだあなたが出した宿題の、その答えは分からない。でも、一つ言える事は……世界は前よりも、随分マシになったという事よ……」
ユウキを討伐する為に一致団結した事で、王国と帝国は停戦状態にあり、少しずつではあるが交流も生まれてきている。
代替エネルギーが見付かり、クラルスが停止した事で作物も元気を取り戻しつつある。
「……あなたが得る筈だった、名誉も栄光も奪い取って……それを代価にして手に入れた世界だけど。それでも私は、この世界を守っていくわ」
笑顔には代価が必要なのかも知れない。
幸せは犠牲無しには得られないのかも知れない。
時代は不幸無しには越えられないのかも知れない。
そうなのかも知れない。
でも、それなら。それだからこそ。
せめてその犠牲や不幸を払ってでも、迎えた時代にはそれに相応する価値があったと信じられるように。
訪れた時代を、より良きものとする為に。
去っていった者達の為にも、残された者は生き続けていかなければならない。
「ステラ姉、早くはやくー!!」
「ええ、今行くわ!!」
リリィの声にそう返すと、ステラはもう一度ユウキの墓を振り返った。
「だからユウキ。これから先の、私の生き方を見守っていてね」