ゴブリン。この言葉を聞いて、四方世界に生きる善良な人々の殆どが"敵"と答える。
混沌の者にして最弱最低の怪物である小鬼は、最弱という名に反して多くの冒険者を殺し、生活を脅かすもっとも身近な人類の敵であるし、それは一点の曇りもない事実だ。
小鬼の存在しない世界を生きた"彼"の抱く印象も、差異はあれど概ね同じであり、駆除できるのならばした方がいい存在として考えていた。
しかし立場が変われば主張も変わるもの。現在の彼は、小鬼を生かしたいと考えている。
だって、死にたくないから。
そう、この物語における
「GORB!!GORB!!」
「あっ、いや!やめ、ぎゃあああ!!痛い痛い!やめてぇぇぇぇー!!」
辺境の森の奥、洞窟の奥では哀れで不運な村娘を主菜とした宴が行われていた。
この世界では
そんな
「‥‥GOR」
好き勝手に女たちを楽しむ仲間に混ざらず、かといって奪い取った戦利品を漁ることもなく、ただ静かに覚めた目でその光景を見つめる一匹の若い小鬼がいた。
別にあぶれて見張りを任されることもないのに、率先してお楽しみに混ざらないのは自制という言葉と無縁な小鬼にしては、かなり珍しい。
最初こそ怪訝な顔をされたものの、そこは欲望に素直なゴブリンのこと、獲物を前にぼさっとするただ愚鈍なやつだと馬鹿にされるも放置される程度で落ち着いた。
そんな同胞の揶揄も何のその、ぎゃあぎゃあごぶごぶ!と楽しげな連中から外れ、ただあまりものの肉片をかじりながら壁を背に座り込んでいる姿は惨めですらあった。
犯されている女と目があった。彼はそっと目をそらす。
現在進行形で地獄を味わっている彼女が気づいたのかは定かではないが、その瞳に映る感情は憐れみであった。
(やべーぞレ○プだ!‥‥いやいやそんなこと言ってる場合じゃないけどさ)
――転生者。それが変わり者の小鬼の正体であった。
産まれ落ちた瞬間に冒険者の
前世に関しては特筆すべき事はない。病気だか事故だかで死因ははっきりとはしないし、ついでに名前も思い出せない。
ただ普通に生きて普通に過ごしていた日本人という事は覚えていて、そしてこの新たな小鬼生活を受け入れられないだけの無駄な倫理観だけがある。
そこは最初はもう流れに任せてヒャッハー!な展開も良いかと思ったが、実行する勇気のなかった小市民、そして女の子が不幸すぎる展開はちょっと趣味ではない、などと心中言い訳を述べ、しかし実際には助けようとはしない。
自分以外のゴブリンに情なんて高等なものが備わっていないことは直ぐに解った。
群れているのはそうすることで略奪がうまくいくからで、精々が弾除け程度の考えしかない。そして、そんな連中から折角の玩具を取り上げるなんてことしたら、仲間意識の欠片もない
(こいつら笑いながら仲間もぶっ殺すからなぁ‥‥。俺が食ってるこの肉だって、人のなのか仲間のなのか分かったもんじゃない)
それでも、喰わなきゃ死ぬしそれは嫌だ。
「GORB!GORBB!!」
自分達がひとしきり楽しんだ後、この群れを率いる
そう冒険者!頭の痛くなる話だが、そんなRPGでしかお目にかかったことのない職業がこの世界では一般的に存在するらしい。
徒党を組んで巣穴に我が物顔でやって来ては、自分達を襲ってくる連中だ!と大人たちは憤っていたが、どう考えても自業自得だしやっぱコイツらやべー奴らじゃんと絶句したのは記憶に新しい。
(おいおい勘弁してくれよ‥‥戦うのとかやなんだけど)
そう思ったのは彼だけではないらしく、その知らせを聞き他の面々も機嫌を悪くする。
それも一党に女がいることを知らされるまでで、件の彼以外の小鬼が直ぐに下卑た顔を浮かべた。
もっとお楽しみにありつける!戦う前から自分が殺されるかもとは考えもしないその愚直な素直さが、一周回って羨ましくもあった。
略奪に染まれないし馴染めない。某世紀末のモヒカン以下の感性の小鬼としていきる上で、こんなに不便で不条理な事はない。
自分も純粋に愉しみを見いだせれば良かったのに。そうすればこんな最低な気持ちで死地に赴く必要なんて無かったんだ。
そんな
糸の切れた人形のように動かない娘に、いつのまにか白濁液に濡れた剥き出しの肌に集中していた己の視線を慌ててそらす。
(まだ、俺はまだ人間だ大丈夫。俺は悪くないし、しょうがないことだ。うん)
そんな自己肯定もままならぬ内に、呪術師が彼を含めた小鬼たちに命令を出した。
即ち、男は殺し女を生かして捕まえろ。という作戦というのもおこがましいものであるが、逆らうわけにはいかない。
彼は意気揚々と迎撃に向かう小鬼たちに足取り重くついていった。
幸いにも相手は初心者だったらしく、他の小鬼よりは頭のいい首領によって仕掛けられた罠に上手く嵌まったようだ。
数は三人。戦士職の男が二人に‥‥多分魔術師の女が一人。
その足元には先走った連中が死体となって転がっていた。恐怖で体が震える。それに気がついた隣の奴が馬鹿にしてきたが無視した。
背後から襲撃され、慌てふためく姿に能天気な連中は嗤っているが、そこは同感。どうやらまだまだ俺は生き残れるらしい。
とは言っても油断して殺されるのも嫌だし、最前線でもなく、かといってサボっていると難癖をつけられないような絶妙な位置で棍棒を握って待機する。
暗闇で残虐な小鬼に囲まれ、哀れなほど顔を青くした女魔術師が呪文らしきものを唱える前に、弓矢を扱える奴が打ち込んだ。
呪文が厄介なのは底意地の悪い首領を見本に全員が知っているし、まぁ運が悪かったのだろう。
肩に突き刺さった矢の痛みで中断した隙に背後の連中が飛びかかり、地面に引き倒す。慌てて片割れが助けようとするが後頭部に手痛い一撃を受けて終わった。
敵に後ろを見せるのはいくら新入りでも軽率だなと淡白な感想が沸いてきた。
人が目の前で殺されそうなのに、俺もやっぱり小鬼なんだな。そんな自虐もセットで。
それがいけなかった。
仲間が倒れ、パニックに陥った戦士が、喚きながら剣を振り回す。そしてーー転んだ。
手から離れた刃は慣性に従うままに放物線を描き、此方に飛んできた。
当然、小鬼たちはそれを避ける。戦いに慣れていなかった彼以外は。
「GORB、GO!?(えっちょ待っ)」
そんなのあり!?そう思い浮かべる間もなく、彼に刃が直撃する。
「GORB!GOBO!」
脆弱な小鬼の体に致命的な傷をうけ、倒れる彼に向けられるのは、やれ愚鈍だ何だのという味方からの中傷であった。
余りにも呆気ない最後に浮かぶのは怒りと恐怖は勿論、少しの懺悔があった。
何の非もない女の子を見捨てて生きようとした罰なのかもしれないな、でも死ぬのは嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ!!俺は何も悪くないのに!
暗くなる視界、流れる血と恨み言は誰にも届くことはなかった。
こうして一匹の小鬼が死んだ。
闇一色の光景は突如、肌色と血の赤に変わった。
体が動かない。俺は死んだのでは‥‥まさか今までのが夢だったんじゃ!
「「「「GOR!!!GOBO!!!」 」」」
その希望が続いたのは、げたげたと嗤う憎たらしい小鬼たちの姿を視野に収めるまでだった。
「あっ、嫌ァァァァッ!!!あ、アタシ、へへ、あひゃ、はへへへは、うひゃははは!!」
自らを見下ろす醜悪な面々と、そして股ぐらに自分を挟みながら発狂する女の絶望と嫌悪に染まった視線が全てを理解させた。
ああ、またなのか、また
産まれたての小鬼の意味のない絶叫が洞窟にこだました。