一寸の小鬼にも魂あり   作:AK兄貴

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特異点で周回してて遅れました。


初遭遇(ファーストコンタクト)(大嘘)

 

 辺境の街、その一角にある冒険者ギルドでは、冒険者たちが日々の糧を得るために、あるいは英雄譚を夢見て活気づいていた。 

 

「ゴブリンだ」

 

 そこに彼が来た。一見みすぼらしく見える全身鎧に、小振りな剣と盾を携えた冒険者。避けられがちなゴブリン退治を受け続ける変わり者。自らを小鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)と称するその冒険者は、何時ものように窓口に赴くと平坦な声で依頼を催促する。勿論、求めるのはゴブリン退治だ。

 

「おいおいまたかよ‥‥あいつもうずっとゴブリンばっかだぜ」

 

「ほっとけ‥‥ああいうのと関わるもんじゃない」 

 

 そんな物珍しそうな遠巻きの視線に目もくれず、その予想通りの内容に、しかしギルドの受付嬢は申し訳なさそうに応じる。

 

「‥‥えっと、申し訳ないです。今日は承っていないですね」

 

 秩序の民にとって最も身近な脅威が小鬼であり、その被害は尽きぬことはない。

 只人が失敗すれば一匹沸いてくると揶揄されるほど数が多いゴブリンは、貧しい村には脅威だ。備蓄や家畜が盗まれるのは日常茶判事で、娘がさらわれるのも良くある筈。

 だというのに、最近はその討伐依頼が妙に少ない。ここら一帯の小鬼の被害が奇妙なほど少なくなっているからだ。

 

「‥‥またか」

 

 理由は単純、小鬼が減ったから。

 最近は、新人の冒険者が意気揚々と依頼を受けて、いざ討伐に赴くと何故か全滅していたという奇妙な例が多い。

 

「例の奇行小鬼(ゴブリンストレンジ)が異常発生でもしてるんですかね? いや勿論、ゴブリン案件なんて減ってくれた方が良いんですけど‥‥」

 

 奇行小鬼(ゴブリンストレンジ)。読んで字のごとく、奇妙な個体の小鬼である。

 ここ数年、ここら一帯の辺境では少数ながら奇行種の小鬼が観測されていた。

 新種の上位種という訳ではなく、眉唾ながら通常の小鬼とは異なる言葉を話し、そして極めて奇妙なことに捕虜となった女性を逃がしたり、丁寧に世話もされたなんて噂もある。

 流石にそれに関しては尾ひれのついた見間違えだろうが、どうにも精神に異常をきたした個体は一定数存在するらしく、群れの仲間を皆殺しにしたり壊滅させる行動をとっているらしい。冒険者の前で首を吊ったり自殺したりする個体すら居るという。

 ゴブリンスレイヤーの報告以外にも複数の冒険者から目撃情報の寄せられたその小鬼は、新人たちに楽に思われがちなゴブリン退治をさらに簡単にしてくれる幸運小鬼(ラッキーゴブリン)なんて語られている。

 

 危険だ。小鬼殺しはそう主張する。ゴブリン退治は決して簡単ではない。それに、考えの読めない小鬼は非常に恐ろしいと。

 最も、奇行小鬼はあっさり討伐される例が非常に多いので、その反応も仕方なかった。

 不満げなゴブリンスレイヤーに、受付嬢がそういえば‥‥と、隅に放置されていた依頼を紹介する。ゴブリン関連の案件だし、まさに彼にぴったりの物だろう。

 

「あっ、でもひとつだけゴブリン関連のものがありました! ‥‥討伐の依頼じゃなくて調査ですね。西の廃村付近で小鬼の目撃情報があったらしく、調査と討伐の依頼が出されています」

 

「規模は?」

 

「うーん、ちょっとわからないですね。依頼主の管理人さんもはっきりとは見ていないらしいですし」

 

「廃村と言ったな。はぐれの小鬼が群れで住み着くかもしれん。放置するのは危険だ」

 

 ゴブリンならば問題ない。そこに小鬼がいるのなら、何者だろうと関係ない。ゴブリンは全て殺す。

 そんな小鬼殺しを、受付嬢は曖昧な笑みで見送った。

 

 時間は夕方。ゴブリンにとっての早朝である。この時間は連中の警戒が鈍る。それを彼は経験で知っていた。

 道中は特に問題なく、たどり着いたのは打ち捨てられ、朽ちていくばかりの廃村である。雑草が生い茂り、手入れのされていない柵は朽ちかけだった。完全に無人となり、打ち壊された家々や家具の様子に、ここが捨てられた場所だというのが嫌というほど実感できる。

 まるで、自身の故郷のように。兜の奥で言い知れぬ感情を噛み締めながら、しかし彼は警戒を一層高めた。

 見張りも居ない、小鬼一匹見かけない。罠を仕掛けられた様子もない。

 しかし、目的地について草々に、ゴブリンスレイヤーは、異様なものを発見した。

 小鬼だ。生者ではない。小鬼の骨と皮を繋ぎあわせた醜悪なトーテムが設置され、その下には眼孔に枝を突き刺し、串刺しにされ滑稽な形に飾り立てられた頭部が並べられていた。

 飛び交う蝿と沸き出す蛆虫が、見るもの全てにそのトーテムを一層醜悪(グロテスク)に演出していた。

 

(呪文使いか‥‥しかし、これは‥‥)

 

 ゴブリンは生来から悪辣だ。トーテムを作るのは呪文使いの習性である。それは、わかる。

 だが、それでもこれほど同族への悪意に満ちた代物は初めてだった。

 このトーテム全体から『楽しんで作りました』という製作者の感情が見え透いてくる。

 

 呪文使いとなると群れを率いている。しかし、同族をこうも惨殺するタイプの敵は初めてだ。見張りもいないのなら単独の可能性もある。判断がつかない。未知は敵だ。考えろ。

 そうして暫し考え込んで出した結論は、ともあれ、情報が必要といったものだった。知らないのなら、調べればいい。

 臭い消しは万全だ。最初の洞窟での失敗のように悟られることもないし、まだ時間に猶予はある。

 洞窟と違って広いここなら、小鬼が隠れられる場所は多いが、逆に逃げ込める場所が此方にもあるということだ。後ろからの挟み撃ちの心配もない。

 学び、次にいかす。それをするために斥候を続ける彼を、じっと窺う視線には気づかなかった。

 

 やがて、この村に住み着く小鬼が使っていたであろう焚き火を見つけた。この場所で一番家の体をなしていた廃墟に足を踏み入れると、確かに何者かが生活していた痕跡があった。

 屋内は妙に小綺麗に整頓され、埃やゴミが一ヶ所に纏められている。藁を敷き詰めた粗末な寝台もあつらえられているし、その様子は小鬼が使っていた処とは思えないが、ここまで調べていく内に一貫してわかったことがある。それは、この場合では常識など宛にならないことだ。

 釜戸で灰となった薪の上に、雑に切り落とされた肉片が蔓で縛られ、吊るされていた。燻して干し肉にでもするつもりだったのか。小鬼が、保存食を作る発想を持つ。単純だが、その恐ろしさを理解できない筈がない。

 緑の肌の切れっぱしから、それがゴブリンのものであることはわかる。どれもこれも、小鬼だ。ここの主は小鬼の死骸で遊んでいる。そして、食っていた。

 燃え残りを確かめる。まだ暖かい。少し前まで確かに使われていたものだ。使っていたらしい赤錆だらけの鍋を開けてみると、食べかけの雑炊が鍋底にこびりついていた。

 雑草と穀物を煮たそれに、味付けのつもりなのか、生皮を剥いだ小鬼の頭部がすっぽりと収まっていた。

 小ぶりなそれは明らかに幼体のもので、溶けた眼球がこちらを見ていた気がした。

 ただひたすらに胸糞悪い。音をたてないように蓋を閉じる傍らに、撤退を視野にいれる。言い知れぬ不安が沸き上がるのもあるが、幾らなんでも得体が知れなさすぎる。

 巣をここまで漁ってまだ一匹も見かけないのなら、冒険者の気配を察して立ち去っているのかもしれない。

 様子をうかがい、戻ってくるのならば焼き討ちして炙り出す。若しくは井戸に毒でも仕込んでおくか。

 訪れた痕跡を消し、頭の中で未知の小鬼を駆逐する策を巡らしながら廃墟を出る。

 

「コーー」

 

 壊れかけのドアを潜り抜けた瞬間、頭上から声が聞こえた。

 思考より先に体が動く。機敏な動作で地面を蹴りあげると、転がるようにして距離を稼ぎ、衝撃に備える。

 しかし、こない。攻撃も、呪文の詠唱も無かった。

 視線の先、廃墟の屋根に陣取った呪文使いは、ただじっと彼を見下ろす。

 赤錆色のとんがり帽子を被り、斧と杖を携えた呪文使い。姿形も個体も違うのに、その表情は、何処かで見たことのあるそれで。

 領域を荒らされた者が浮かべる恐怖でも、怒りでも、殺意でもない感情。

 彼の脳裏に、幾つかの始末してきた小鬼の顔が思い浮かぶ。殺した筈のそれらが、まるで蘇ったかのような錯覚を覚えた。

 双方が見下ろし見下ろされる奇妙な硬直状態は、ふいに破られる。

 相対する赤帽子(レッドキャップ)は、醜い顔を不気味に歪ませて口を開く。紡がれるのは呪詛ではない。

 

 

「ーーーこ、ーーーコンニーーーチ、ハァ」

 

 聞きなれた小鬼のそれではなく、その口から出たのは酷く聞き取りづらい共通語の挨拶だった。瞬間、兜の奥でうなじが逆立つ。

 共通語を話す小鬼の存在に、ではない。その言葉に正真正銘の歓迎の意があることを察したからだ。偽りだとしても、それを隠すという高等な行為をゴブリンはしない。

 ゴブリンというのは愚か者の代名詞だが、それゆえに分かりやすい。こいつはゴブリンだ。間違いない。だが、その考えが全くわからないのは初めての事だった。

 

 

 

 

 

 


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