一寸の小鬼にも魂あり   作:母音イェーガー・ダムドチーフ

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小鬼は辛いよ

 小鬼という種族は総じて傲慢である。

 己以外の全てが劣っており、利用されるのが当然と心底考え、そしてその括りには同胞すらも入っている。

 その上異常なほど嫉妬深く、愉しくないこと以外には等しく怠惰だ。まさに救いようのない種族。同じ混沌の祈らぬ者(ノンプレイヤー)たちからも見下されるのも仕方のないことだ。

 ただし、単に愚かそのものという訳ではない。

 そこそここなれたゴブリンの渡りならば、それこそ呪文を使えるほど頭のいい呪術師などは罠を仕掛ける程度の工夫はするし、当然身をもって知った経験からそれなりの学習もする。

 例えば冒険者が灯りをもって移動する、というのも、これまで数えきれないほど討伐され、しかし生き延びた渡りが他の巣に伝える事で定着した常識だ。

 つまり、どんな馬鹿でもやってやれないことはない。そういう事だろう。

 

 地元民はおろか、冒険者もそう易々と近寄らない森の奥で、一匹のゴブリンが鍛練に精を出していた。

 鍛練、といっても錆びた長剣をひたすら素振りするだけのおぼつかないものだったが、略奪を除けば基本的に怠惰なゴブリンが、汗をかきながらもそうするのは異様ですらある。

 それでも体力の限界が来たのか、やがて長剣を放り投げると大の字に延びた。

 

「GOB、GOB、GOBBO!!(はぁ、はぁ、やっぱこういうの自己流じゃ駄目だよなぁ)」

 

 そう愚痴を紡ぐ小鬼転生者は、しかし態々ゴブリンなんぞに剣術を指南してくれる者がいるわけないから仕方ない、と呻いていた。

 その体は通常のゴブリンよりも大柄な体躯の田舎者(ホブ)に成長していた。 

 無論、ここまで来るのにもかなりの経験が必要となった。

 

 大人たちに鳴き声が煩すぎると産まれた直後に殺され、また小鬼に産まれては同様に発狂して死んだ。というか殺された。

 というようなことを数度繰り返し、産まれる回数が二桁を超えるとなると、さすがにどんな馬鹿でもわかってくるものがある。

 

 まず第一に、自分は死んでも記憶を引き継いで再び転生するらしい。それも小鬼限定でという嬉しくないオプションつきで。

 どんなハードモードだよと見たこともない神に絶望したのは良い思い出だ。

 それからは出来る限り生き延びるため、どうすれば長生きできるのかを模索した。

 幸いにも時間も残機も有り余っていたので、それなりの試行錯誤はできた。

 愚者は経験で学ぶというが、小鬼人生そのものをかけて学べたことは三つ。

 

 危なくなったらとっとと逃げる。

 大人の機嫌は損ねない。

 利用できそうなのは良く見て覚える。

 

 基本的にこのルールを厳守すれば、まぁ生き残れないことはなかった。

 それでも抜け目のない冒険者に殺されたり、餓えた野性動物に殺されたり、もしくはふとした拍子に他のゴブリンの機嫌を損ねて殺されるというのも珍しくはない。

 何気に最初の転生が運が良かった方だと知ったのは、俺以外にも兄弟がいる巣に転生した時に知った。

 ゴブリンの子供が最初に食べる肉というのは基本的に死んだ母親か孕み袋のもので、当然数も限られる。となると子供連中で奪い合いになるわけで、大人が育児なんてする訳もなく、あぶれた連中が殺し合いをおっ始めるのも珍しくない。

 となると基本平和主義者の俺が炙れるのは当然な訳で、もう悲惨そのものである。

 あまりにも死にやすすぎて頭のネジが弾け、ついでに快く発散できない性欲が爆発してやけくそで奇声をあげて男女混合の冒険者の一党に全裸で突っ込んだり、新鮮な牛肉を食べたすぎて村に単身奇声をあげて全裸で突っ込んだり、そして当然のように殺されたりして。

 一時期は小鬼転生者(ゴブリンリンターネイション)というよりは小鬼狂人(ゴブリンマッドメン)じゃないかという有り様にもなっていたが、結局破れかぶれになっても何も変わらないと気がついて持ち直した。

 

 今回だって、奇跡的に善人(間抜けなお優しい奴)が見落としたからこそ渡りになれた珍しい展開だったりする。

 ちなみにその冒険者は他のゴブリンに奇襲されてファンブっていた。南無。

 

 今の巣穴が壊滅してからは単独で行動している。他に何人か生き残ったかもしれないが、こっちはそれどころじゃなかったため、知ったことじゃない。

 

 小鬼の巣というものは基本的に何もない。略奪種族の性か、装備が充実しているということはどこかしらか奪ってきた物で、当然その巣穴は冒険者に目をつけられている。

 つまり武器も食料もついでに女も居る!=生き残りやすいとは限らないのだ。いずれにしろ冒険者が殺しに来るのが分かっているので安心して引きこもることもできない。

 尤も、上手く引きこもっても無駄飯ぐらいとして追い出されるか、最悪殺される可能性もあるからまさに素敵な八方塞がりだ。

 

(異世界転生ってもっと夢のあるものだと思ってたんだけどなぁ。当たり前だが現実って厳しい!)

 

 最初は渡りの性質を理解したとき、転生前の知識を上手く活用できないか考えた。

 上位種がいるなら兎も角、ただのゴブリンしかいない巣穴の警戒は雑で、戦術も奇襲か突撃しかない。

 落とし穴や鳴子などを用意するだけでも大分変わるだろうし、よしんば日本の現代知識で異世界無双も可能なのではーー

 

 

 

 

 ーーといった青い希望は即潰えた。

 

 

 

 

 例えば幼稚園児が無職の大人相手に生活が安定するから働こう!なんて言ったら馬鹿正直に聞き入れるだろうか?

 常識的な相手なら兎も角、短気な相手なら激怒するのがオチだ。

 そして現代の無職よりも遥かに短気で傲慢で危険なゴブリン相手に、上位種どころか産まれたてのガキが意見したら‥‥お察しである。

 

 それを身をもって知った時、何にせよ小鬼の社会で幅を効かせるには実力が必要だということが痛いほど分かった。

 混乱に乗じて巣穴に転がっていた名も知れない誰かの遺品をかき集め、逃げ出すことこそ出来たものの方針は定かではない。

 小鬼の体は脆弱性に反して環境には強いらしく、ちょっとやそっとの不衛生では病気にならないし妙なものを食っても腹を下さない。

 できるだけ楽に手にはいるもの、森の植物や動物の死肉などをあさって、とりあえずは生き延びることはできている。

 どうにかしてまともな物を食べようとして、毒性の木の実やらの中毒で死んで産まれ直した経験がここで生きた。

 取り返しのつかないミスをしても帳消しになる。これだけは転生体質の数少ない利点と言えるかもしれない。

 

 しかし、いざ強くなる!と決心しても成果といえば体がでかくなったこと以外はない。

 どうせ死ぬときは死ぬんだから!とその場で手にはいる食料は食えるだけ掻き込んだが、その意地汚さが光ったのかもしれない。

 一人で思い付くような自己鍛練など想像よりも高が知れているし、とりあえずの素振りの練習も様になっておらず、前世で剣道か空手でも習っておけば良かったと後悔した。

 どれだけ楽観視しても、己の実力は一般的なホブゴブリンより下だろう。

 

 ならば最初の巣穴の首魁のように呪術師(シャーマン)になればとも思ったが、想像よりも上位種は希少らしく、中々遭遇したことがない。あの横暴な態度もそれなりの才能がある故のものだったのかもしれない。

 必死に記憶を辿り、唱えていた呪文も真似て唱えてみたが、才能がないのかそれとも指南される必要があるのか発動できなかった。

 ならば人間の魔術師が使う呪文を盗み聞きして覚えようにも、聞き取るまえに彼方か此方が殺されるかして上手くいかない。

 火球(ファイアボルト)電撃(サンダーボルト)で殺されるのはもうこりごりだ。

 今更ながら、魔法なんてものがあるとはつくづくファンタジーRPGの世界である。ならばせめて自分も魔法を使ってみたい。そして程々に無双してみたい。

 

 この糞みたいな小鬼生活を生きなければならないんだ。それぐらいの夢を見たって良いじゃないか。

 

 この転生が続くのであれば呪術師の巣穴に産まれることもあるだろうし、その時はどうにか呪文を教えてもらうにしても、今はどうにもできないことだ。

 

「GOBGOBGOBGOB!!!(カァッー!労働のあとの水はうめえぇーー!!)」

 

 側に放り投げていた皮袋を手繰り寄せ、水をがぶ飲みする。

 ああ甘味が欲しい。砂糖!チョコレート!そしてジュース!酒でもいい!炊きたてのご飯と作りたての味噌汁が飲みたい! 

 前者は兎も角、後半はこの中世っぽい世界ではまず手には入らなさそうなのが辛い。

 他もゴブリンの自分が食するにはこの皮袋と錆剣のように奪い取るしかないだろうし、前途多難である。

 森で手にはいるものも限界があるだろうし、どうにかして食料が手には要らないものだろうか。できれば人を傷つけずに。

 そんなことをぼんやりと考えていると、ふと食い散らかした木の実の残骸に目が止まる。

 

(これ、植えたらそのまま生えてきたりしないかなぁ)

 

 農作をする。もしかしたらこれ以上ない名案なのではないだろうか。人から奪うのが嫌なら、自分で作れば良いのではないか!

 自分で考え、新しい何かを作り出すことは人間の特権。ゴブリンとはいえ元人間である自分ができない通りはない!

 

 そもそもガーデニングの経験すらない素人が知らない植物を育てられるのかとか、素手は無理だし耕すのはどうするのだとか、そもそも植えて育つものなのかとか、そんな現実的な問題からはしばし目をそらし、彼はその不確かな希望に胸を踊らせていた。

 

 そうしないとやっていられなかった。

 

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