一寸の小鬼にも魂あり   作:母音イェーガー・ダムドチーフ

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傍観という罪

 

 結論からいうと農作は上手くいかなかった。

 錆剣を使ってせっせと耕し、愛着の沸いてきたそれがポッキリ逝って絶望し、疲労困憊になりつつも畑らしきものは作った。

 当たり前だが植物を植えても実がなるのに時間がかかるし、肥料こそ自分の糞尿を使って賄えたが、実際に収穫などの形になるにはそれこそ気長に待つしかない。

 

 それを待っている間にも腹は減る。

 ホブゴブリンになったことで食事の量が増えたことが餓えに拍車をかけた。

 近隣の食べられるものは粗方漁りつくし、ならば肉を探そうにも、案外他のゴブリンや動物に漁られてそうそう見つかるものではない。

 蓄えが少なく、節制のしすぎであまりにも腹が減って、餓死する前に転生(リセット)するのもありか、何て狂った考えが浮かんだが、今回は初の上位種ということもあり勿体無い。次になれる保証は無いのだ。

 

 ーー用心棒になる。

 

 そんな八方塞がりの小鬼転生者の脳裏に浮かんだのは、今まで敢えて考えないようにしていたその選択肢だった。

 当たり前だがホブゴブリンは普通のゴブリンよりは断然に強い。

 野良のゴブリンが渡りとして用心棒になるのは有力な生きる手段でもある。

 

 なあに、危なくなったら他の連中に押し付けて逃げりゃ良いのさ。

 とはなんとも小鬼らしい考えだったが、ここまで成長して死ぬ(リセット)なんて事は絶対避けたい。

 脆弱な小鬼が生き延びるのは想像以上に難しいのだから。

 

「GOBGOB!!(ちわーすっ、俺渡りなんだけど用心棒になるぜ?)」

 

「GOB?!GOBGOB!!」

 

 この辺りに少数の群れがいるのは探索時に見かけたことがあるから知っていた。

 これまで関わるのが嫌で見かけるなり逃げていたが、数が少ないのであれば他に上位種がいない可能性もあり、好都合だ。

 使える奴が増えれば奪うのも楽だし、自分の食い扶持も増えるだろう!と好意的に巣穴に連れていかれるまでは計算内。

 

「GOB!!GOBGOB!!」

 

「‥‥GOB(マジかよ)」

 

 予想外なのは、 そこに(孕み袋)が居たことだった。

 冒険者かどうかは全裸なので判別がつかなが、想定よりも群れの数が少ないのは既に討伐され減られたからかもしれない。

 幸先の良さに一転して最低な気分の上に、挨拶もそこそこに夢中に腰をふる同胞たちにうんざりする。

 産まれは違っても結局ゴブリンの行動はどこも一緒らしい。

 

「あ"、う"っ"‥‥」

 

 鼓膜を打つ苦悶の声に、背筋が凍る。

 前と違っているのは、やられてる最中も叫ぶほどの気力があの子に無いことか。

 遊び半分でいたぶられたのか、身体中生傷だらけでそこそこ使いふるされているらしい。

 みるとその目に生気はなく、食事もろくに食べさせていないのか、あばらも透けて、今すぐに何とかしないと命が危ないことは明らかだ。

 

 貴重品を大切にするなんてゴブリンは考えない。犯している最中に死んだとしても自分が満足するまで使って、お前らが世話しないから死んだんだ!と周囲に当たり散らし、そして悪気もなく喰うだけだろう。

 

 助けないと、死ぬ。また女の子が、運が良ければ幸せな未来もあった筈の、人間の子供を両手で抱いたかもしれないのに、何も悪くないかもしれない子が。 

 

「GOB!!GOB!!」

 

 視線に気がついたのか、性を放出し終わったひとりが此方に駆け寄ってきた。

 次に抱かないかと聞いてくるそのゴブリンは、多分、俺が女にありつけないから機嫌が悪くなったと思ったのだろう。

 小鬼にしては特殊な心掛けだが、気をきかせたというより、苛立ちで暴れられでもしたら困るからしょうがないという苛立ち半分と、ここで強い奴に恩を売っておこうという打算半分といったところか。

 その醜悪な顔には媚を売ってやってやるという感情が丸出しだった。

 実に小鬼らしい打算的な思考だ。隠そうともしない姿勢にヘドが出る。

 

「GOB!!?」

 

 衝動的にそのにやけ面に手が出ていた。

 めり込む拳に鼻が折れた感触が伝わる。悲鳴も何もかもがひたすらに気持ち悪い。

 

 派手なふっ飛びかたをしたが死ぬほどではなかったらしく、

『俺が気を利かせてやったのに、なんだこの恩知らずは!』と喚きだすが、俺の表情を見て口ごもり、不満げに引き下がった。

 今の俺なら冗談抜きで殺されるかもしれないと馬鹿でも悟ったのだろう。

 

 そうだ。誰だって痛いのは嫌だ。死ぬのなんてもっと嫌だ。俺たち(ゴブリン)も、そして人間も。

 何でそんな当たり前のことが、こいつらは分からないんだ。

 

「GOB!!GOB!!GOB!!GOB!!」

 

 そんな騒ぎなんて知ったことじゃないのか、注目されたのは最初だけで、すぐに他のゴブリンは盛り続ける。

 愛着なんて欠片もない、まさに使い捨ての性具のような扱いだ。

 生きる価値のない屑とはコイツらのことを言うのだろう。

 

 そして、もはや無力な子供じゃないホブゴブリンなら、後先考えずに暴れればまだここの全員から助けられるだろう。

 腕力だって俺の方が強いのはさっきので分かった。

 武器がなんだ。毒が塗られているだろうがゴブリンならすぐ死ぬ訳じゃない‥‥かもしれない。

 後は、やるのかやらないのか。

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、目を逸らした。

 痛いのは嫌だ。嫌なんだ。またやり直す(産まれる)のは嫌なんだ。

 血と汚物にまみれて、何も変わらない現実と向きあわされるのはもう嫌だ。

 

 

 例え助けたとしても、それでどうなる?

 人が小鬼にどんな感情を抱いているかなんて、転生(産まれて)から嫌というほど実感させられた。

 切り殺された。燃やされた。貫かれた。ただ敵意や嫌悪の元にゴミのように殺されて、それでも殺される当人が小鬼(ゴブリン)だからそれも仕方がないと納得してしまうほどに!

 俺がこの子を救っても、向けられるはそういう感情しかあり得ない。

 英雄(ヒーロー)になれる所か、どこまでいっても俺はただの一匹のイカれた小鬼(ゴブリン)でしかない!

 そう、イカれてるのだ。

 普通ならこんなことは考えないし心も痛まない。加虐を愉しみ凌辱を求めない小鬼なんてどうかしてる。ゴブリンにとってそれこそが普通であり、この場においては俺が異常だ。

 

 俺は悪くないんだ。望んでこうなった訳じゃないのに、どうしてこんな気持ちにならなきゃいけないんだ!

 

 

「GOBGOB!!(疲れたから俺は寝る!)」

 

 吐き捨てるように叫ぶと洞窟の奥へと、見たくないものを見ないように走った。

 背中に感じる連中の怪訝そうな視線を無視し、出来る限り音を聞かないように耳を塞ぎ、意識を閉じることで選択から逃げた。

 

 翌朝、畑もどきの様子を見に行った後、巣穴に戻るとあの子は死んでいた。

 かつて人間だったものが、尊厳も何もかも奪い尽くされ、最後にはその躯すらも解体されて貪り喰われる。

 機嫌を取るためだろうか、比較的大きめの肉片を渡された。

 心の何かが壊れた気がした。

 

 

 

 それから数日がたった。

 先日の一件から他のゴブリンは、彼に対して群れの長のような接し方をしていた。

 実力を認められたというより、他にホブゴブリンより強いものがおらず、『急に暴れる危ない奴みたいだから、とりあえず機嫌を損ねないようにしておいてやろう』といった意図が見え透いた尊敬とは程遠いものだったが。

 あれから他の小鬼に対して暴力を振るうことに戸惑いは無くなった。

 どうあがいても馬が合わないとはっきり理解したし、ゴブリンは力を誇示していれば滑稽なほど下手に出てくる。

 その心中にどんな罵倒が渦巻いているのかは別にして。

 飯を食っては食っちゃ寝の姿勢に不満の声はない。

 他のゴブリンも似たようなものだったし、冒険者も今のところ襲撃してくる様子もない。

 ここ最近は自己嫌悪で寧ろ殺されたい気分だったが、つくづく現実は思うようにいかないようだ。

 

「GOB!!GOB!!」

 

 そんな彼の心境などいざ知らず、用心棒を加えて気が大きくなったのか、今夜にでも補充をしようという話が持ち上がっていた。

 どうやら少し遠くに村があるらしく、遠征して襲うつもりらしい。

 玩具(孕み袋)が壊れて新しいのを補充したいし、食い物も残り少ない。

 ついでに増えた仲間(ごくつぶし)が死ねば取り分が増えるし、危なくなったら自分だけ逃げりゃいいのさ。そんな邪悪で身勝手な思考で、不幸な犠牲者がでるのだろう。

 この群れはこれまでと違って数が多い。

 このあたりの食料が乏しいのははぐれの小鬼や小規模の群れが多かったかららしく、あぶれた連中が集合してあっという間に大所帯になった。

 食い扶持のない奴等が統合されたため、上位種こそ俺以外は居ないものの、渡りも含めたその戦力は自衛手段の乏しい村にとって驚異となるほどに成長してしまっている。

 

 まだ得てもいない戦利品や凌辱の想像に沸き立つ小鬼たちを、小鬼転生者は無感動に見つめていた。 

 

 もう止まれないし止められない。

 上手くいくならそれでいい、殺されるなら死んでやる。

 もうどうにでもなれ!

  

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