一寸の小鬼にも魂あり   作:母音イェーガー・ダムドチーフ

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とある姉弟の話

 

 その日の事は今でも忘れられない。

 五年前、何時もと変わらない筈の夜に、私たちの故郷は滅びた。

 闇夜に乗じて襲撃してきた小鬼たちが、我が物顔で故郷を襲ってきたのだ。

 悲鳴と愉悦の鳴き声に叩き起こされた私は、何が起こったのか理解してしまった。村の中から悲鳴が上がるということは、夜警を突破してきたということ。

 辺境の開拓村に都合よく腕利きの人物がいる訳もない。つまり、ここはまず滅びる。

 

「いい?何があっても決してここを動いては駄目よ?」

 

 思い至った最悪の想像に身震いする間もなく、体が勝手に動いていた。 此方を不安そうに見つめる弟を宥め、床下に押し込める。

 

「姉さんは‥‥」

 

「大丈夫よーーお姉ちゃんは大丈夫だから」

 

 何が大丈夫なものか。でも、それでもできる事をするべきと思った。

 弟だけでも逃がす。そう覚悟を決め、今にも雪崩れ込んでくるであろうゴブリンたちを待ち構える。

 耳障りな金切り声。暴力と略奪の悦びが嫌というほど込められたそれは、小賢しくも立て籠る獲物(自分たち)を攻め立てた。

 今にも蹴破られそうなドアと向き合う。体の震えを必死に押さえる。

 護る、自分がどうなっても、弟だけはーー

 

「GORBGOBO!!?」

 

 その決意に届いたのは、肉が裂ける音と、愉悦の欠片もない苦痛にまみれた悲鳴だった。ぎゃあぎゃあと喚く小鬼たちの絶叫に、彼女は困惑する。 

 やがて悲鳴はやみ、限界を迎えていた扉が軋むように開けられた。

 

「ひっ‥‥ッ」

 

 そこには悪鬼がいた。脳髄の欠片がふんだんにまぶされた鍬を片手に、全身を傷と殺意でたぎらせた田舎小鬼(ホブゴブリン)が。

 微かな灯りに照らされた体躯は、毒々しい緑の肌を自身のものも含めた鮮血で染め上げ、しかし目だけが爛々と輝いていた。

 それは理性のようにも、狂気を宿しているようにも見える。

 

『まだヤられてないか、良かった』

 

 その血濡れ小鬼(レッドキャップ)は此方を一別すると、聞いたこともない言葉で何かを呟く。

 立ち尽くす自分をみて何処か安心したような調子(ニュアンス)が混じったそれに、酷く驚いたことを覚えている。

 僅かな間に嫌というほど聞こえてきた小鬼のそれとは明らかに違う言語だった。

 

 そいつはふと床下に目を移した。気づかれた!そう凍りつく彼女に気づいているのかいないのか、ただそこを指差すと急かすような仕草をする。まさか、隠れろと言いたいのか?小鬼が、只人を助ける?そんな馬鹿な!?

 ありえない状況だが、相手の方も通じていないことは理解しているらしい。ただ苦笑しながら手にもった鍬を振り抜いた。

 己に降り下ろされると思ったが、違った。

 

「GOR!?」

 

『気づいてんだよ、バーカ』

 

 背後から奇襲してきた仲間を打ち落とし、苦しむそれを踏み潰す。ぐしゃ、と肉と骨が潰れ、床を汚した。そいつは、その感触に嬉しそうに笑っていたように見えた。

 仲間を平然と殺す姿に、やはり只人(じぶんたち)とは違うとはっきりとわかる。

 それ(怯え)が伝わったのか、小鬼に似つかわしくない寂しそうな表情をしたが、続けて聞こえてきた怒声に無表情になる。

 仲間を殺されたゴブリンたちの不愉快な怒声が轟き、敵をーー恐らくはこのホブを捜してうろついているようだ。

 それを察したのか、例の小鬼は何かを呟き(確か『ザンキオオスギマジクソゲー』だったか?)急かすようにして出ていった。

 やがて外から凄まじい金切り声と争いの音が聞こえてきた。あの奇妙なホブが、他の小鬼と争っていることは明らかだった。

 

「姉さんッ!!」

 

 想定外の事態にどうすればいいのか分からずにいると、隠れていた弟が隠れ場所から飛び出てきて、そのまま私をそのまま引きずり込んだ。驚いたが、鬼気迫る様子の表情に呑まれてなすがままにされてしまった。

 気の弱い方だった弟が出した勇気に驚いたのを覚えてる。

 幸いにもゴブリンたちは裏切り者に手一杯なのか、あれ以降は近づいて来なかった。あの個体が散らかしていった小鬼の残骸が匂いを隠していたかもしれないが。

 ただ遠くから聞こえてくる悲鳴や怒声から、あの奇妙な個体が健闘しているらしいことだけは解った。

 

 日常の何もかもが崩壊した。壊したのはゴブリンで、気まぐれかもしれないが、助けられたのもそのゴブリンだった。

 

 二人はそのまま体を寄り添いあってじっと惨劇(イベント)が収まるのを待った。

 糞尿を垂れ流し、土を食べ飢えを凌ぎ、ただ待ち続けた。

 数分、数時間、やがて三日も経つと、只人のものも小鬼の悲鳴も聞こえなくなる。

 限界に近くなった体を無理矢理に動かし、恐る恐る這い出て外を覗き込むと、村を蹂躙していた小鬼たちが肉塊となって転がっていた。

 小さな村だ。隣人の夫婦や見知った知り合いも、無惨に放置されていたが。

 空腹と疲労で痛む体にむち打ち、どうするべきか考える。帰りの馬車がないということは、ここがゴブリンの襲撃にあっていることは気づかれている。

 知っていて、誰も来なかったのだ。達観していた姉はそう冷静に思考できた。

 兎も角、街道にでればーー

 

「GORBGOBO!!」

 

 限界まで追い詰められていたからだろう。生き残りのゴブリンが接近していることに彼女は気づけなかった。

 

 楽勝だった筈の襲撃がホブゴブリン(狂った奴)の裏切りで台無しになった。

 仲間の殆どが殺されるか逃げるかして見事に取り残され、怒りつつ途方に暮れていたそのゴブリンは、まだ新鮮な、しかも襲いやすそうな相手を見つけて途端に上機嫌になった。

 しかも、片方は女だ。小鬼の矮小な脳内で下卑た想像が駆け巡る。

 男がいるのは残念だが、まだひ弱そうな子供だ。食いでが無さそうなのが残念だが、始末するのは容易いだろう。

 仲間もあの裏切り者に殆ど殺されてしまったが、数が減ったということは取り分が増えるということだ。そう都合(ポジティブ)よく解釈し、此方に気付きもしない間抜けどもに飛びかかる。

 直前で気づいたらしい雌が悲鳴をあげるが、間に合わない。馬鹿め、そう嘲ったゴブリンの無駄に高い鼻がへし折れた。

 

 咄嗟に姉を突き飛ばし、地面に頭から激突した小鬼は痛みでわめいていた。途端に殺意が膨れ上がり、考える前に体が動いていた。

 弟が石を拾い上げ、ゴブリンに上乗りになり殴打し続ける様子を姉は呆然と見ていた。幼い彼は疲労も限界まで貯まっているだろうに、激情がそれを無視して体を動かしていた。

 

 糞ッ!糞ッ!ちくしょうッ!全てが憎くて、そんな悪態を口にする暇も惜しい。何も悪いことをしていないのに、家族()を壊そうとして、隣人を殺し尽くして、その上まだ奪おうとするゴブリンが憎かった。そして誰も助けにきてくれなかったどうしようもない現実が憎くて憎くて堪らなかった。彼はその全てを暴力に変換していた。

 肉を殴打する音がやがて土を削る音に変わるまで腕を動かし、遂に限界を迎えたのか弟は残骸に覆い被さるように気絶した。

 

「やるじャねェか、ガキ」

 

 慌てて駆け寄ろうとする姉の背後から、見知らぬ人物の共通語が聞こえてきた。振り替えると、小柄な人影がいた。

 一瞬小鬼かと思ったが、それは一人の老圃人(レーア)だった。

 

「はッ、こりャまた、根性のあるガキがいたもんだなァ」

 

 感心したように呟くと、じろりと此方を一別する。小鬼に負けず劣らずな醜悪な顔だったが、そこには祈る者(プレイヤー)としての理性が確かに見てとれた。

 信じられない事に、これほどの襲撃でも生き残りは僅かだが居る。歩ける奴は街道方面に先導(エスコート)したと、老圃人は淡々と語った。

 

「小鬼どもがどいつもこいつも死に絶えてやがる。あッちでおッ死んでやがる田舎小鬼(ホブ)の仕業かァ? たく、一体どんな賽の目が出たんだかわかりャしねェな」

 

 不思議そうに語る老圃人を省みるに、あの奇怪なゴブリンは死んだらしい。去る際の小鬼らしくない表情が思い浮かぶ。

 アレが果たして何を考えて事を起こしたのかは、今となっては分からなくなった。

 

「ともあれ見込みがあるかもしれねェ‥‥おい、アンタ。コイツは暫く預からせてもらおう」

 

 信じがたいことに、失神(スタン)する弟を連れ去ろうとする老圃人に堪らずすがり付く。また家族が消えるなんて嫌だ!勝手なことをしないで!そう訴えたが、しかし聞く耳なんて持ってはくれなかった。

 

「何時か返す。」それだけ告げ、老圃人は弟をつれて消えた。

 それからは、よく覚えていない。茫然自失のまま、気づけば保護されていた。

 偶然にも襲撃(レイズ)の前日に街に行き、難を逃れた隣人の子が居た。彼女の叔父の牧場に世話になり、ただ生きていた。

 あの老圃人の言葉を信じ、また弟と会えることを希望にして生き続けた。

 やがて成長し、小鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)の道へと歩み始めた弟と再会したのは、それから五年もの歳月が経ってからだった。

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