小鬼転生者は飽いていた。基本的に小鬼の社会というのは寝るか食うか襲うか犯すかしかない。そんな生産性の欠片もない連中を不幸にするのは至上の喜びと言っても過言ではないが、それを何百と繰り返すと何というか、飽きてくる。
小鬼という奴らは変化がない。それ以外で変わった事と言えば、ちょっとした
山火事か何かで煙に巻かれて死んだり、川の氾濫でも起こったのか洞窟に雪崩れ込んできた水で溺死したり、
何とも不運なことだが、数えるのも億劫になるほど
それにしたってただ死んだだけだし、特に何かが劇的に変わった訳じゃない。
自分の行いで何かが変わると思っていたからかもしれない。何か成し遂げられると奢っていたのかもしれない。
例えそんな大それたことを思わなくとも、現在進行形で己の行為が何一つ成果として形にならないというのは虚しいものだ。
殺しても逃がしても助けても何も変わらずゴブリンどもは加虐を謳歌し、助けた相手は此方に敵意を向ける。流石に拘束を解いた
小鬼が小鬼を殺す何て珍しくもなく、そこに
結局のところ、小鬼の生死なんてとるに足りない出来事に過ぎないのだ。死ぬときは死ぬし、生きるときは生きているだけ。そこに意味なんてない。
しかし、どうにもただの小鬼として出来ることはやり尽くしてしまった。
死んで覚える。これで出来ることが意外と少ない。
必死に冒険者の剣術を盗み覚えても、体が覚えるとは良くいったもので、どれだけ観察しても死亡したらはいそれまで。
呪文などは拙い記憶力をフル活用して覚えることで幾つかは修得した。肝心の発動に関しては
他の成果と言えるものは、薬草の煎じ方や毒物の扱いが上手くなったり、
あいつら単純だからおだてるのはそう難しくない。対人よりは楽だ。行動の基準が強い弱い愉しい愉しくないしかないし、駆け引き上等な心理戦とは無縁だし。
今回は久しぶりに条件に当てはまる巣穴に産まれたので、内部崩壊させて遊ぶことにした。殺っちゃいましょう!作戦である。
一致団結という言葉をゴブリンを知らない。そんな連中がなぜ群れるのかというと、数が多いと色々と楽だから。それに尽きる。
頭数が多ければ襲撃の際には獲物を襲いやすいし、いざというときには盾になる。危なくなったら囮にして自分だけでも逃げりゃいい。といった邪悪で短絡的な目的で数を増やそうとする。実に浅ましい。
どれだけ
ただ、
体がでかいというのはどうにも視覚的に分かりやすいからか、コイツには敵わないと馬鹿でも思うらしい。
しかし呪文使いの体格は平均的な小鬼とそう変わらない。だから呪文抜きだと基本的に侮られる傾向にある。
だからこそ、
経験のある渡りなら話は別だろうが、ただの小鬼なら、『何?あの偉そうな奴は実は一日に少ししか呪文を使えないだって? なら使ったときを狙えば楽勝じゃないか!』といった具合になるからだ。
しかし実に馬鹿だな、小鬼って。
「GORBY‥‥GORG、ORB!!?」
冒険者を相手に呪文を使い果たし、勝利の余韻に浸っていた
日頃から余裕綽々で威張り散らしていた奴が、信じられないといった風に喚く姿が実に愉快だったが、これも少し飽きてきた。
小鬼という奴らはどいつもこいつも単純で、策が嵌まりすぎてどうにも面白くない。
勇猛さと無縁で臆病な小鬼は、必然的に上下関係は絶対だ。ただ、一度でも自分より下だと思った相手はたちまち餌食にする。それが事実か勘違いかは問わないだけだ。
当たり前だが自分の切り札を詳細に語る程の間抜けな首魁は流石に居ない。呪文が本当に使いきられているのかは知らなかったが、今回は当たりだったようだ。
まぁ、多くて一日に2回か3回なので山勘を外すことは余りないのだが。
そうすると鵜呑みにした馬鹿が忽ち偉そうに他の面子に高圧的になる。そしたら別の奴に同じように‥‥ということを数回繰り返すと、下克上で血のたぎっていた小鬼どもはもう止まらない。血で血を洗う第二回戦の始まりだ。
巻き込まれないように隅によって観戦する。
こういう場合、どういった立ち位置なら割を食わないのかはとっくに学んだ。
野次を飛ばしたくなったが、そうすると途端に
しかし、汚く罵り合いながら仲間同士で取っ組み合う姿は、分かりきっていたが浅ましく醜い。さっきまで手を取り合ってリンチしてたろうに、清々しい手のひら返しだ。
噂に聞く
「GORBRY!!」
そんな事を考えている内に試合は終わってしまったらしい。
血塗れで動かない奴らを足蹴に勝鬨をあげる優勝者を見る。
満身創痍だが、長となった優越感と気持ちのいい勝利感で満ち溢れた様子で、外野のことなどすっかり忘却してしまったらしい。
真っ先に武器を手に取り争奪戦に挑んだ奴だ。非力な小鬼同士の闘いなど泥仕合が当たり前だが、どうやら残忍さと容赦のなさで勝ちを納めたようだ。上位種になる素質のありそうな小鬼だな。生意気で気に入らない。
戦利品のつもりなのか、呪文使いの遺品である触媒の杖を掲げ、意気揚々とする勝利者の姿に失笑を禁じ得ない。
生き残りが俺を含めて二人で、しかも冒険者が目をつけた巣穴を得たところでどうするつもりなのか聞いてみたいが、どうせ何も考えていないだろうし、今のうちに処分することに決めた。
地面に転がっていた粗雑な棍棒を持ち上げ、隙だらけの頭部を全力で殴打する。ぐぎゃと鳴いて地面に倒れた隙に馬乗りになり、手早く止めを刺した。疲労困憊の小鬼と元気満点の小鬼では元気な方が強い。はっきりわかんだね。
何か勝ち誇ってた顔がムカついたので原型をとどめないくらいグシャグシャに殴り潰してから一息つく。すっきり!
奇襲への罪悪感など欠片もない。これは弱いもの虐めではなく悪いもの虐めなのだ。つまり、全てが正義だ。なんつって。
『おっ、きたきた!メーシーウーマー!!』
途端に妙に体に力がみなぎってきた。この感覚は渡りになった時にも感じる。経験を積み体が
魔法しかり奇跡しかり、本当にRPGみたいな世界である。さて、これからどうしようか。田舎小鬼になる方が色々と楽だが、久しぶりに呪文使いになるのも良い。どんな
田舎者はでかいが腕力だけでは限界がある。呪文使いは強力だが素の力が弱い。なら、体がでかくて呪文が使える上位種が居たとしたら最強なのではないか。
そう思い至った小鬼転生者は、呪文使いの使っていた触媒を回収する。
ついでに死んだ冒険者たちの装備も何か使えるものがないか漁ってみたが、小鬼に返り討ちにあった程度の
できれば衣類が欲しかったが、流石に死人を全裸にするのは駄目だしそもそも小鬼のサイズには合わない。なので布だけ頂戴した。
こういった
さて、当面は
呪文使いになった後に体を鍛えたらそうなれるかもしれない。どうせ失敗しても次があるのだ。やってみよう!
でもその前に、女の子を助けないとね!
囚われていた村娘は絶望に沈んでいた。小鬼たちに拐われ、その心は終わりのない凌辱に当にどん底だったが、突如騒ぎ始めた小鬼たちの様子に助けがきたと束の間の希望を抱いた。
きっと村が依頼を出したのだろう。収穫前で蓄えも少なく、厳しい懐事情で負担を強いるのは酷だが、この地獄から救い出されるのならなんだって償うつもりだった。出稼ぎで奉公に出されたとしても、小鬼を相手にするよりは何倍もましだった。
息を潜めて待ち、やがて暗がりから現れたのは、待ち望んだ
松明に照らされた醜悪な顔に、村娘の微かな希望は打ち砕かれた。
「あっ‥‥あぁ‥‥は、あはは、‥‥」
また続くのか、あの行為が。死ぬまで、ずっと。そう考えると、心が悲鳴をあげる。助かるかもしれないという希望が潰え、彼女の心は今度こそ死んだ。
突如笑い始め、そして沈黙した村娘に面食らった転生者は、そうなった原因が自分だと気づいた。
一応毎日飯を食わせたり洗ってやったり世話はしていたんだけどなぁ。まぁ小鬼の区別なんてつかないだろうししょうがないか。
レイプ目で沈黙する女の子にさてどうするか困り果てる。とりあえずできるだけ安心させるよう笑顔を浮かべた。
小鬼の顔だとどんな表情をしても怯えさせてしまう事実はこの際無視する。
『‥‥大丈夫ですよー。俺なにもしないよー』
「‥‥」
『‥‥』
む ら む す め に は こ う か は な か っ た !
残念だが仕方がない。どうせ感謝なんて期待してなかった。そう言い訳しつつ村娘を拘束していた荒縄を切断する。自由になったのに動こうとしない姿に溜め息をつき、とりあえず事後で汚れた体を拭いてあげることにした。
『ほら、綺麗になったよー。もう大丈夫だよー』
「‥‥‥‥」
『これ、ポーション。お腹減ってるでしょ? 乾し肉もあるよ』
最近はよく死ぬので
暴行による衰弱が酷かったので
それでも反応しない村娘だが、しょうがないので放置することにした。
田舎者なら担げるだろうが、今の
冒険者が帰らなければ後続がくるだろうし、そのうち助けが来る。群れの備蓄に使えそうなものがないか漁りながら、そう己を慰める。出来ることはやったさ。俺は正しい。うん。
『じゃあ、お元気で』
返答はなかった。少しだけ虚しくなった。