一寸の小鬼にも魂あり   作:母音イェーガー・ダムドチーフ

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レッドキャップ・ハンティング

 

 緑の月明かりに照らされた夜。日が落ち、秩序が寝静まった時間は混沌に属するものが動き出す。日常は何も秩序の特権ではないのだ。

 

「GOR、GBGO、GBO!!」

 

 そんなある晩、一匹の小鬼が森を駆けていた。足を必死に動かし、息も絶え絶えといった様子だが、絶対に立ち止まろうとはしない。時おり背後を振り返り、追ってくるであろう何かに酷く怯えていた。

 

 何故、どうしてこうなった!そう悲観する小鬼に、恐らく死に絶えたであろう仲間たちの事は欠片も残されていない。奴等は肉盾にもならなかった糞だとしか思っていなかった。日頃偉そうにふんぞり返っていた首領(ホブ)すら、何の役にも立たず殺されてしまった。

 

 

 始まりはその小鬼の巣穴に風変わりな渡りがやって来た事だ。肉厚な大斧(アクス)と杖を携え、只人の木こりのような服と鉄の長靴を履き、赤錆色のとんがり帽子(レッドキャップ)を被った一回り大きな体躯の呪文使い(シャーマン)だった。

 そいつは首領の田舎者(ホブ)に早々に挨拶すると、この群れの用心棒にして欲しいと申し出てきた。

 田舎者(ホブ)ならともかく、群れの長に収まる呪文使いが用心棒になりたがるのは稀だ。首魁は最初群れを乗っとるつもりかと警戒していたが、呪文使いの下手な態度と持参してきた果実(フルーツ)を献上されて気をよくして快諾した。

 手下は多いが脆い。忌々しい冒険者によって数を減らされる事を考えると、使える駒は多いほど良い。それに、渡りを繰り返し冒険者とも戦って生き残ってきたホブは、己の実力に自信を持っていた。

 首に下げられた冒険者の認識表(タグ)がその証であり、象徴と言っていい。

 呪文は長ったらしく言葉を唱える必要があるし、発動に時間がかかることは経験で知っていた。この渡りが妙なことを考えていたとしても、呪文を使われる前に捻り潰す自信も充分にあった。

 捕まえていた孕み袋をあてがってやろうとしたら断ってきたのも妙だったが、慢心からその違和感に気づきもしない。

 献上された新鮮な果実にかぶりつき、熟れた果肉の旨さと増えた仲間(手駒)に喜ぶホブだったが、それはとんでもない勘違いだった。

 暫くすると急に体に異変が起こった。

 

「‥‥GORB?」

 

 腹を満たし、さて孕み袋で遊ぶかと立ち上がろうとしたら妙に体の動きが鈍い。それに目が霞む。手先も震えていた。

 毒を盛られた!そう気づく時にはもう遅く、呪文使いが詠唱を終えていた。

 杖から放出され、巣穴に蔓延する眠雲(スリープ)。狭い洞窟に充満するそれを吸い込み、手下の小鬼が痙攣して倒れる。

 (ダイス)が良かったのか、首魁のみ意識を繋いでいた。

 役立たずのチビどもが!呑気にいびきをかく手下を罵倒しようとしたが、舌が痺れて声が出せない。

 やり場のない怒りに任せ、此方を嫌らしい笑みで見つめる呪文使いに飛びかかるが、毒で麻痺した動きは容易くかわされた。

 無様に転がる首魁が最後に見た光景は、呪文使いにあるまじき腕力で降り下ろされる肉厚な斧の刃だった。

 

 命じられた見張りに飽いた当番は、仕事を早々に切り上げた。通した渡りが持参してきた果物を食べてから妙に体が怠いし、ありつけなかった相棒がごねて煩わしかったからだ。

 そんな彼らが巣穴の奥に戻ってきた時に目にしたのは、転がる首を踏み潰す呪文使いの姿だった。

 凄惨な笑みを浮かべ、無言で斧を降り下ろす姿に驚いたが、「あぁ、首魁(でかぶつ)を殺して長になったのか」と中毒で霞んだ頭で呑気に近づく。

 呪文使いは早々にその間抜けの頭を斧で砕き、躯を蹴り飛ばす。

 そして漫然とした動作で固まっていた片割れに視線を向けた。

 

「‥‥G、GBR?」

 

 炙れて果実にありつけなかったその小鬼は、正常に働く頭で、この異様な状況が己の不利にしかならないことを悟っていた。

 そしてこの呪文使いが、騙し討ちで群れを乗っとるどころかもっと邪悪なことを考えていたんだと、その目を見れば嫌でもわかる。

 

『どうした?そんな顔して、嗤えよほら 仲間(間抜け)が死んだら、いつだって小鬼はそうするじゃないか』

 

 自分達と違う言葉で囁き、斧で亡骸を弄くり回す呪文使い。その視線は片時も此方を外さず、嗤っていた。

 唯一の生存者(サバイバー)となったゴブリンは、果たして本当にこいつが俺たち(ゴブリン)と同じなのか解らなくなった。

 殺すのが愉しいのはわかる。弱者を痛め付けて滑稽に泣きわめく姿は心が踊るし、自分達(ゴブリン)より劣っていると見下せる。

 同族を殺すのもわかる。群れを乗っとるためならそうする上位種は大勢いる。

 でも何故、俺たちまで殺し尽くす!群れが欲しい訳じゃないのか。ワザワザ毒の果実まで用意したのに、どういう意味があってこんな事をしたのかが理解できない。

 理解できぬ物を人は恐れる。小鬼もしかり。

 恐怖と困惑で答えぬ姿勢に飽いたのか、呪文使いが一歩、此方に足を動かす。べちゃり、と同胞の血が滴るも気にする素振りはない。

 そこでようやく生存本能が恐怖を上回った。

 ふざけるな、冗談じゃない。こんな所でこんな訳のわからない奴に殺されてたまるか!

 手に持っていた粗雑な槍を呪文使いに放り投げる。自分じゃ勝てないし、少しでも時間稼ぎになれば。そんな高等な策があった訳ではないが、煩わしげに叩き落とした呪文使いを尻目に、脇目も振らず一目散に逃走する。

 

『おぉう良いねェ!!鬼ごっこ!!俺が鬼でお前は獲物な! いやどっちも小鬼か!! HAHAHAHAHA!!!』

 

 言葉は分からずとも、背後から木霊するそれが悪意に満ちたものであるとはわかる。余裕をもって追いかけてくるそれに、小鬼は必死に足を動かして少しでも遠ざかろうとした。

 洞窟を飛び出し、森を駆け抜け、体力の続く限り走り続けた小鬼は限界を迎えた。

 

 

「GOR‥‥、GBG‥‥、‥‥GORY!!」

 

 ぜぇぜぇと息をつき、後ろを振り返る。奴はーー居ない!足跡も自分の分しかない!

 居ってきていない!やったぞ!撒けたんだ!俺は生き残った!

 あぁ、腹が減った。喉が乾いて死にそうだ。水が飲みたい。

 疲労と安堵から膝から倒れ落ちた小鬼は、仰向けの姿勢で体を休める。

 

 

 

 

 

 

『ドーモ、ゴブリン=サン! 私メリーサン!今あなたの真上に要るの!』

 

 

 

 居た。呪文使いが、木々の高みからじっと此方を見下ろしていた。

 ゴブリンは奇襲することは慣れていても、奇襲される事にはなれていない。思い浮かびもしなかった木々の上からの追跡に、その小鬼はまんまと翻弄されていただけだった。

まんまと翻弄されていただけだった。

 慌てて立ち上がろうともたつく小鬼を愉快げに見下ろし、呪文使いは敏捷な動きで重力に委せるままに飛び降りる。着地点は、言わずもながその小鬼であった。

 

「GOB!!」

 

 小鬼は鉄の靴底で、自らの内蔵と脳髄を踏み尽くされる感触を感じていた。そのまま塵のように死に、こうしてひとつの群れが滅ぼされた。

 

 

 趣味の小鬼狩り(ゴブリンハント)を終えた呪文使いーー小鬼転生者は、始末した小鬼の纏っていたぼろ布を剥ぎ取ると、優雅に斧の血糊を拭っていた。こういう手間を惜しむとすぐに刃がなまくらになる。折角手に入れたものだし、そこらの小鬼じゃあるまいし雑に扱って駄目にするなんてアホな真似はしない。 

 この斧は鉱人の冒険者が使っていた武器だ。上位種になるため、あっちこっちの巣穴を渡り歩いているうちに手に入れた。

 小鬼らしく卑劣な策で持ち主(ドワーフ)の一党を返り討ちにし、見せびらかして偉そうにしていた田舎小鬼(ホブ)ぶっ殺(アンブッシュ)した時に頂戴したが、さすが冒険者の武器。小鬼の扱う粗雑な石斧とは物がちがう。良く切れるし叩き潰すのにも向いている。ちゅよい。

 近接にも強いでっかい呪文使い。そんな育成方針(コンセプト)でしばし武者修行として放浪していたが、それは成功したと言っていいだろう。久しぶりの成果に血が沸き立ち、発散のために犠牲になって貰った小鬼どもには感謝してやらんこともない。

 時には逃げ、時にはそこそこの相手と戦い、死なない程度に渡りを繰り返すとそこらの呪文使いよりは断然強く育った。勿論、手練れの冒険者には及ばないが。

 ここまで来るのにも相応の苦労が伴ったが、それも良しとしよう。ああ、強いとは素晴らしい!

 ちなみにこのとんがり帽子と服は廃村から回収した物だ。帽子に関しては元は違う色だったが、返り血を落とすのをサボったらそのまま染まってしまったので放置したらこうなった。何故か気に入ったのでそのまま使っている。

 辺境の開拓村は小鬼に襲撃されやすく、棄てられた所も探せば無いことはない。そんな忘れられた場所(ロストステージ)を探索するのが最近の流行り(マイブーム)だ。

 他の呪文使いが威圧感を演出するためにお洒落(ファッション)に気を使うのを参考にしてみた。

 いやー、やはり上位種になると余裕が出てくる。使い捨てられるか駆除されるかで忙しいただの小鬼だとこうはいかない。

 ふんふん、らんらん、適当な鼻唄を歌いながら小鬼の死骸を回収する。

 放置しても良かったが、見知らぬ獣や虫の餌にするのも勿体無い。なので巣穴に持ち帰って解体するつもりだ。

 生きている間は糞そのものの小鬼でも、死ねば使い道はある。具体的には食料とか。皮を鞣して使えるかも試してみたかった。

 同胞の亡骸を引き摺りながら帰路につく赤帽子(レッドキャップ)は、果たして人の心をもつ小鬼なのか、それとも小鬼になった人なのか、それを判別する者はここには居なかった。

 

 

 

 

 

 

 




モンスターブックが更新されました

赤帽子(レッドキャップ)
 極めて危険な呪文使いの希少種。
 加害性の強い小鬼であり、悪鬼。通常の呪文使いより体躯が大きく、赤い帽子と鉄製の長靴を身に着けて、杖をたずさえている。斧を得物とし、これで他者を襲う。身に付けた帽子の赤は犠牲者の血で染められたものであり、それゆえに常に赤錆色を帯びているのだという。
 気に入らない相手はその命を奪おうと強烈な殺意を持って狡猾に迫ってくる極めて残虐な存在であり、廃墟となった村など、とりわけ凄惨な殺しが行われたり流血沙汰になったりした現場に棲み、墓地などにも出没するといわれる  度々同種の小鬼を殺害する姿が目撃されており、救助者の証言だと小鬼の死骸を好んで捕食するらしい。
 冒険者の交戦記録によると、たとえ遠く離れた所にいたとしても恐るべき速さで瞬く間に接近し、斧を振りかざして襲ってくるという。

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