奏物語   作:ラトリラ

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四月一日の、日没直後である。

 

当たり前だが、キスショットはまだ眠っている。

 

人とは昼夜逆転している吸血鬼──それは僕にしても同じことなのだが、優等生の羽川をあまり夜の遅い時間に引っ張り出すのは気が引けたので、頑張って()()()した。

 

理由はそれだけではなく、僕達が拠点にしているこの学習塾跡には結界が張ってある。

 

忍野がそう言っていた。あくまで、あいつのいう事を信じるのならばであるが。

 

それは、キスショットや僕の存在を専門家から隠すだけでなく、一般人でも道案内なしでは辿り着くのは難しい──らしい。だから羽川には近くまで来てもらって、日が沈んでから僕が直接迎えに行くという予定にしていた。

 

約束通りの時間に指定通りの場所へ、羽川は来ていた。

 

見慣れた、いつも通りの制服姿である。

 

 

「や」

 

 

羽川は僕に手を上げた。

 

気まずさを感じさせない、気さくな態度だった。

 

思わず皮肉が口から零れそうになるが、慌てて押しとどめる。

 

 

「頼んだもの、持ってきてくれたか?」

 

「うん。この通り」

 

「そっか。ありがとう。じゃあ、こっち」

 

 

そして──僕は学習塾跡に羽川を案内した。

 

現在、忍野は交渉に出ているし、キスショットは眠っている。

 

キスショットに羽川を連れてくることを言ったのだが、特に興味はなさそうだった。

 

込み入った話になるかもしれなかったから別の教室で話すべきかもしれなかったが、しかし、羽川にキスショットの姿を見ていておいて欲しかった。

 

だから羽川と話すのに、僕は二階の、普段過ごしているのと同じ教室を選んだ。

 

脇でキスショットが惰眠を貪ってるという、そういう環境である。

 

 

そして僕は、多少の世間話をした後(何せ春休みからこっち、新聞にもテレビにも接していないので)今日の朝までのことを、羽川に話した──羽川うんうんと、興味深そうに聞いていた。

 

勉強好きは、未知のものに対する好奇心は、人並み以上のものがあるのかもしれない。

 

僕は彼女に、話せることは全部話した。

 

隠し事はしたくない。

 

いくら今日は四月一日でも、嘘をつきたくもなかった。

 

そして僕がキスショットの体の『成長』のことを話し終えたところで──羽川は、

 

 

「・・・・・・つまり、奪われた手足を一本ずつ食べるごとに、その子の体は成長していくってことなのね?」

 

 

と、言ったのだった。

 

 

「五百年も生きている吸血鬼を『その子』っていうのも変だけど──そういうことだよね」

 

 

ああ。

 

確かに。

 

そうだな、と僕は頷いた。

 

 

「右脚・・・・・・膝から先で二歳くらい年を取ったから・・・・・・、そうだな、残りの手足を集めれば、多分元の姿・・・・・・二十七歳位の姿まで、ちゃんと戻るってことだと思う」

 

「ふうん──」

 

「まあ、フリーザ様風に言うなら、左脚と両腕であと二回も変身を残しているって事だ」

 

「あ、わかりやすい」

 

 

言いながら、羽川は、忍野が作った簡易ベッドの上ですうすうと眠るキスショットを見る。

 

吸血鬼とはいえ、ぱっと見、可愛らしい十二歳の女の子にしか見えないからな・・・・・・廃墟の中、僕と彼女が一緒にいる絵というのは、本当に犯罪性を帯びているような気もする。

 

羽川がそんな判断をしないことを祈るばかりだ。

 

 

「じゃあ、私のせい──なのかもね」

 

「え? 何が?」

 

「如月くんが吸血鬼に遭ったのって」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

どうしてそうなった?

 

話せることは全部話した、 夜に出かけた理由だって、羽川とは全く関係がないって話したじゃないか。

 

しかし羽川がそう思った理由は、僕の予想を大きく外れていた。

 

 

「噂をすれば影がさすって言うじゃない? あの諺って 、怪談なんかでは割と有効な話でね。()()()()()──怪異っていうのは向こうの方から寄ってくるんだって」

 

「ふうん。でも、僕は別に──」

 

 

あ。

 

そうか。

 

僕はあの日──羽川から噂を聞いていたのだ。

 

吸血鬼に関する噂。

 

夜、一人で出歩くと──

 

 

「──いや、それはおかしいだろ。だったら羽川、僕にその噂を教えてくれたお前のところにも吸血鬼が現れなくちゃいけないってことに」

 

「いけないってことはないよ。あくまで可能性が増えるってだけなんだろうし。それに、私の前にも、現れた現れたでしょ?」

 

「ん?」

 

「如月くん」

 

 

え。

 

あ、そうか。

 

僕も吸血鬼なのだった。

 

そうか──ドラマツルギーとの勝負に向かう道中、あんなところであんなタイミングで偶然に羽川と会った理由は、ひょっとしたら、そういう確率の底上げがあったからなのかもしれない。

 

怪異にはそれに相応しい理由がある。

 

僕が吸血鬼に出会った理由──

 

 

「こういう考え方もあるんだよ。噂の方が、本来の怪異 よりも先行するって考え方噂されることによって、怪異 っていうのは生じるって考え方。いわゆる民間伝承とか、そんな感じだよね」

 

「存在するから噂になるのか、噂になるから存在するのか──か。卵が好きか鶏肉が好きか、みたいな問題だな」

 

「んん? 私は卵が好きだけど」

 

 

ボケが通じなかった。

 

不発弾。

 

元々のジレンマを知っていないと、伝わらないネタだったようだ。

 

 

「・・・・・・お前は何でも知ってるな」

 

「何でも知らないわよ。知ってることだけ」

 

「ふうん」

 

 

頷いて。

 

僕は話を本筋へと戻す。

 

 

「その、噂云々はともかくとして、羽川は──昨日、むしろ自分から吸血鬼を探していたんだよな」

 

 

それで──僕は激昂してしまったのだ。

 

今日は、もちろんそんなことはしないけれど。

 

 

「どうして、そんなことをしてたんだ? 上位の存在──だっけ? おしゃべりをしたいとか、なんとか──」

 

「いや、そりゃ私も本気で探していたわけじゃないよ。ないものねだりって奴なのかな。なんていうのかな、私もなんだか行き詰まっててさ──生活に変化を望んだって感じ?」

 

「変化ね・・・・・・」

 

 

僕の場合、生活に変化というか、生態が変化してしまったのだが。

 

そんなの。やっぱり、たまったものじゃない。

 

けれど──僕は。

 

委員長の中の委員長、羽川翼でも、行き詰まりを感じることがあるというのは、ちょっとした驚きだった。

 

いや人間なのだから、そんなことは当然か。

 

吸血鬼になった僕でも、悩みは尽きないのだから。

 

いやむしろ悩みは増えたんだろう。

 

 

「現実逃避なんだよね、結局」

 

「僕は現実に戻りたいよ」

 

「戻れるよ、きっと」

 

 

羽川はそう言ってくれた。

 

何の保証もない言葉だったが──嬉しい言葉だった。

 

 

「でも、力になりたいとは言ったものの──そこまで大それた話になってくると、私にできることってあんまりなさそうだよね」

 

「そうでもないさ」

 

 

僕は言う。

 

羽川が持ってきてくれた荷物──大きなリュックサックに入っている──を、指で指して。

 

 

「着替えやら何やら、生活用品を持って来てくれたのはありがたい」

 

「ううん、いいよ。これくらい」

 

 

はにかむ羽川。

 

 

「それより、早く着替えたら? その服、ぼろぼろだし」

 

「むう」

 

「さすがにその格好のまま迎えに来られた時はびっくりしたよ。その、忍野って人に服を借りるって事はできないの?」

 

「あいつ、アロハしか持ってないんだよ・・・・・・」

 

「いいじゃない。アロハ」

 

ともかく、この服で行動するのもさすがに限界だ。キスショットのように物質創造ができればよいのだが、そんなこと、できるわけもない。できないが、服等の着替え、生活必需品は全ていつでも取り出せる場所にあるため、持ってきて貰った、というのは羽川を呼ぶための方便でもあった。

 

 

「そうだな──えっと」

 

 

とは言え。

 

女子の前で着替えるのは、さすがに抵抗があるな・・・・・・着替えるとなれば下半身のほうも脱がなくちゃいけないし。

 

 

「でも、そんな慌てなくても・・・・・・って」

 

 

おい。

 

今気づいたぞ。

 

何の考えもなく、昨日の夜、僕は羽川に「着替えを買ってきてくれ」と頼んだけれど・・・・・・、この場合の着替えって、シャツやらズボンやらだけでなく、パンツとかも含まれるんじゃないのか?

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

えええ・・・・・・。

 

ええええええ・・・・・・?

 

 

「ま、まあ──でも、上半身くらいは替えてもいいかな」

 

 

平静を装いながら、僕は羽川が持ってきてくれたリュックサックに手を伸ばす。ん、結構詰まってるな・・・・・・。まあ、入ってるのは服だけじゃないから・・・・・・しかし、チャックを開ければ、着替えは上のほうに積まれていた。

 

というか、パンツが一番上だった。

 

 

「サイズはLでよかったんだよね?」

 

「う、うん」

 

「パンツはブリーフとトランクス、両方用意しといたから」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

不要な気遣いだった。

 

いや・・・・・・、僕が悪い。悪いのは僕だ。僕の頭があまりにも回らな過ぎた。そのためにブリーフやトランクスを買わなくちゃいけなかった羽川の方が、きっと恥ずかしい思いをしたはずなんだ・・・・・・。

 

 

「? どうしたの? 着替えないの?」

 

「着替えます・・・・・・」

 

 

言って僕は、パンツの下に畳まれていた無地のシャツを取り出した。どう見ても新品である。なのに袋に入っておらず、タグも切られているところを見ると、どうやら羽川、購入後、一回洗濯し、乾燥機にかけてから持ってきてくれたようだ。

 

そこまでしなくてもいいのに・・・・・・。

 

お前は僕に弱みでも握られてるのかと思った。

 

とりあえずボロボロになっている上半身の衣服を脱いで、無地のシャツの袖に腕を通そうとした。

 

すると、

 

 

「ちょっと待って」

 

 

と羽川が言った。

 

その声で僕の動きは止まったが、いや、今僕、上半身裸なんだけど・・・・・・。

 

 

「やっぱり──昨日も思ったんだけど、如月くん、ちょっと体格、変わってるよね」

 

「ん?」

 

 

言われてみれば。

 

筋肉の付き方に──無駄が無くなってる?

 

少しつけすぎたかと思っていた筋肉が──根刮ぎなくなっていた。

 

 

「やっぱり」

 

 

と、羽川は繰り返した。

 

 

「昨日見かけた後ろ姿、微妙に如月くんじゃないみたいな気がしたのよね──筋肉の付き方が違ったんだ。細くなっているっていうか、さらに引き締まってる感じもするし」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

ほとんど 接触のない男子生徒を後ろ姿で見分けることのできるお前は何者だ。

 

そっちの方が気になるわ。

 

 

「むにゃむにゃ」

 

 

と。

 

不意に、キスショットが目を覚ましたようだ。

ちなみに『成長』の際、服装や髪型も一新されている──十歳の姿では ふわふわドレスにおかっぱ頭だったが、十二歳の今は、ドレスはやや大人っぽいデザインとなり、髪型は長髪となっていた。

 

 

「吸血鬼になれば、そりゃ身体つきも変わるわい。回復力は肉体を最も健康的な状態に保とうとするからのう」

 

「え?」

 

「ぐう」

 

 

眠った。

 

それだけ言って、彼女は再び眠りに落ちた。

 

起きてるんだか、寝てるんだか・・・・・・。

 

しかし、そういうことだったのか。

 

吸血鬼という存在が、いつどうやって生活しているのか疑問ではあったが、必要ないなら納得できる。

 

散髪も必要なし、身だしなみを整える必要もなし、老廃物すらでない。

 

ご都合主義的な見方も出来るけれど、人の認識によって生まれるのが怪異ならば、おかしな話では無いのかもしれない。

 

 

「・・・・・・寝ちゃったね」

 

「この時間だし、起きたというより、寝言だったんだろう」

 

「あれで──五百歳なんだ」

 

「自己申告だけどな」

 

 

羽川がキスショットに目を向けている間に、さっさとシャツを着る事にする。

 

そもそも着替えというのはおいそれと異性に見せる物では無いと思うのだ。見せるときがあるとすれば、同衾の後の朝くらいな物だろう。

 

 

「ん。いいみたいだね」

 

「ああ。ありがとう──っていうか、悪かったな。ことが済んだら、すぐにお金は払うから」

 

「いいよ。子供の頃からためてたお年玉があったから」

 

「そんなもん使うなや!」

 

 

例えお金は返せようとも、思い出を返す事は出来ないんだよ!

 

そんな物を躊躇なく使うなんて・・・。

 

 

「パーカーが二着、その下に入っているから。あ、ズボンはジーンズで良かったんだよね」

 

「ああ。動きやすさ優先で」

 

「ウエストサイズと裾上げは私の目測でしたけれど、きつかったり短かったりするようなら言って。新しいの買ってくるし」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

多少きつくても多少短くても我慢しよう。

 

そう思った。

 

 

「助かるよ、羽川。このお礼は、絶対にするから」

 

「ううん。私にできるのって、これくらいだし」

 

「これくらいって──十分過ぎるさ」

 

 

正直──心強い。

 

人間強度が地に落ちた事で、やっぱり弱くなっていたんだろう。

 

忍野は味方とは言えないし──キスショットは事の張本人で、しかも吸血鬼だし。

 

 

「本当に──ありがとう」

 

「やだな、困ったときはお互い様でしょ。他にも私にして欲しいことがあったら、如月くん、遠慮せずに何でも言ってね。今はこれくらいが精一杯だけど」

 

「ああ。頼らせて貰うさ」

 

「でも、如月くんがどーしてもっていうなら。罪悪感を消す方法、教えてあげても良いよ?」

 

「マジで?」

 

 

羽川に対するこの罪悪感を消す方法があるっていうのか。

 

だったら一刻も早く教えて貰いたいものだ。

 

 

しかし、それは僕にとっては予想外で、確かに罪悪感はなくなるけれど、また弱くなってしまう方法だった。

 

そんな方法を思いついた羽川は、したり顔で自信満々に言った。

 

 

「私と友達になってください」

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