奏物語   作:ラトリラ

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エピソード。

 

体格の三倍はあろうかという、体重の三乗はあろうかという巨大な十字架を片手で肩に担ぐ、白ランで三白眼の男。

 

彼は──ヴァンパイア・ハンターだそうだ。

 

報奨金目当てで吸血鬼を狩る、言うなら殺し屋。

 

そして──更にそれに加えて。

 

彼は、ヴァンパイア・ハーフだという。

 

ハンターにしてハーフ。

 

角度によっては幼くも見えなくもないその風貌とは裏腹に、キスショットから左足を奪った吸血鬼退治の専門家──それが、エピソードなのである

 

 

「・・・・・・・・・・・・遅いなぁ」

 

 

あれから三日で──四月四日。

 

微妙に縁起の悪い数字の並びなのが気になるが、しかし、そんなどうしようもないことにこだわっていても仕方がない。

 

腕時計で時間を確認しようとして、腕時計を着け忘れてきたことに気づく──じゃあ携帯電話で確認しようと思えば、携帯電話を忘れてきていた。

 

いかんな。

 

やっぱり、冷静じゃないのか。

 

とにかく、四月四日の夜。

 

僕はまた、私立直江津高校の、夜のグラウンドに来ていた。

 

当然──第二戦。

 

吸血鬼退治の専門家の二人目、エピソードとやり合うためである。この三日間色々考えたが──しかし、最終的な結論として、ドラマツルギー戦と同じく、行き当たりばったりな突発的な思いつきで戦うことにした。

 

羽川は、素手の方がいいとアドバイスをくれたのだが、その理由を覆せる理由──僕の場合、何でも入る倉庫のようなものを常備しているので、そのアドバイスは聞き入れることができなかった。

 

例によって、キスショットのアドバイスもあんまり参考にならなかったし。

 

 

「ヴァンパイア・ハンターでヴァンパイア・ハーフね──まあ、それくらいの吸血鬼用語は、僕も知っているけれど、しかしキスショット、もうちょっと詳しい情報はもらえないのか?」

 

 

十二歳の姿になったキスショットは、しかし、僕のそんな質問に、

 

 

「忘れた」

 

 

と言った。

 

忘れたって・・・・・・。

 

相変わらず威張った態度でも胸を張っている──十歳から十二歳、いわゆる第二性微期を経ているので、胸の膨らみはそれなりになっていたが、しかし威張っていうほどではないのは確かだった。

 

 

「んー。だから記憶力が落ちておるのじゃ。あ、これ前に言ったかの?」

 

「聞いたことはないな。そのセリフは面白いが・・・・・・」

 

「ふむ。ちょっと待っておれ」

 

 

言って、キスショットは、右手を顔の横で手刀の形にして、何の矯めもなくその四本の爪を自分のこめかみに差し込んだ。

 

金髪少女の頭部に、小さな右手が手首まで陥没した。

 

勢いよく血が噴き出しては、蒸発して消えていく。

 

 

「お、お、お前・・・・・・っ!」

 

「待っておれ。すぐに思い出す」

 

 

そのままキスショットは、自分の頭部、即ち脳内を、雑な感じにぐちゃぐちゃとかき混ぜた。傷口からは血だけではなく脳漿とも思える液体がぴゅーぴゅーこぼれ出る。

 

いやいやいやいやいやいやいやいや。

 

眼筋にも指が絡んでるのか、右目が悪魔に取り憑かれたとしか考えられないような、奇抜な動きを見せてるし。

 

も、文字通り記憶を探ってるのか・・・・・・。

 

どんな記憶術だ。

 

 

「ふむ」

 

 

真っ赤に染まった手を、ようやく引き抜いたキスショット。

 

爽快な笑顔だった。

 

 

「思い出した」

 

「・・・・・・何を」

 

 

金髪を赤く染めていた血液もまた蒸発していくのを見ながら、僕は合いの手を入れる。

 

 

「何を、思い出した?」

 

「ドラマツルギーは、うぬを仲間に引き入れようとしたことからも分かるよう、何も嫌いで吸血鬼を狩っておるわけではないのじゃが、エピソードは違う。あやつは吸血鬼を毛嫌いしているのじゃ」

 

「毛嫌い? なんで──ハーフってことは半分は吸血鬼なんだろ? いやまあ、ハンターなんてやってるってことは、少なくとも味方じゃないんだろうけど──」

 

「いや、ヴァンパイア・ハーフは──そもそもサンプルが少ないから断定的なことは言えんのじゃが──たいていの場合、吸血鬼を憎むことになるものなのじゃ」

 

「半分は吸血鬼なのに?」

 

「だからこそじゃ。まあ、簡単に言えば、ヴァンパイア・ハーフは吸血鬼の世界には受け入れられん存在ゆえじゃな。かといって人間の世界に受け入れられるわけでもない。だから──吸血鬼の血を憎悪する」

 

「憎んでるくせに吸血鬼の血を否定はしないんだな」

 

 

キスショットの言い方は、人間を憎むことはないと言っているようなものだった。つまりは自らが人間より強いと思っているということで、憎んでいるはずの吸血鬼の血を受け入れているということだろう。

 

例えソレが──無自覚であろうとも。

 

 

「まあ、ハーフとは言え、地力は並の人間とは比べ物にならんからのう。なかでもエピソードは、吸血鬼に対して強い憎しみを持っているようじゃったぞ。どんな育ち方をしていたのかしらんが──まあ、知らんほうがいいような 育て方をされたのじゃろうな。じゃからそう簡単に諦めてくれると思うな。ドラマツルギーと違い、やつは仕事というよりは私情で動いておる」

 

 

なるほど。

 

ドラマツルギーほどに、プロに徹していないということか。

 

 

「ヴァンパイア・ハーフは吸血鬼よりも不死力が弱い代わりに──吸血鬼としての弱点をほとんど持たんのが特徴じゃ。鳳陽の下でも歩ける──影もできる」

 

「へえ・・・・・・影ができるのか」

 

「つまり──逆の言い方をすれば、利点が半減する代わりに弱点がほぼ全滅するということじゃの」

 

 

なるほど。

 

一概には言えないが──弱点がないというのは、少しきついな。

 

 

「で、どうすれば勝てる?」

 

「うん? まあ、普通にやれば?」

 

 

過剰な信頼ありがとう。

 

というわけで当日の夜になってしまった。

 

この三日間、僕は一歩たりとも学習塾跡から外へ出ることはなかった。結局、僕はあまり外出しないほうがいいだろうということになったのだ。

 

そう言ったのは忍野である。

 

四月一日の夜、羽川が帰った直後に、ちょうど忍野は帰ってきて──そのときのことだった。もう少しで羽川を紹介できたのに、とも思ったのだが、しかし忍野は、羽川が帰るのを見計らって帰ってきたようにも思えたので、あえてそこには突っ込まないことにした。

 

 

「ふーん。見事に一本とられたって感じだね。いいセンスをしてるよ。その委員長ちゃん。選んだのが如月くんっていうのがちょっとセンスを疑うけど」

 

 

忍野はそう言ってから、

 

 

「でも、如月くんが、対決の日でもないのに出歩くことには、僕としては反対しなくちゃいけないかな」

 

 

と、続けたのだ。

 

 

「その時を狙われる可能性があるからさ」

 

「いや──でも、そこはお前の交渉で」

 

「相手にチャンスを与えないことが交渉の秘訣だろ。相手がきみに手出しをするとは思わないけれど、後をつけられてもつまらないじゃん」

 

「つけられたところで、ここはわからないんだろ?」

 

 

住んでいる僕やキスショット、それに張った張本人である忍野には通じない結界だけれど──それほどに有効な結界だと、そう言っていたはずだ。

 

 

「そりゃ結界には自信があるさ。でも、最低限、可能性は潰しておきたい」

 

「可能性──」

 

「委員長ちゃんは明日も来てくれるんだろ?  だったらその時にやりたいことしたいことを頼めばいい」

 

「で、でも」

 

「もちろん僕が手伝うわけにはいかないんだから、委員長ちゃんが駄目だって言うなら他の友達に頼るんだね」

 

 

他に友達などいない。

 

羽川に頼るしかなかった。

 

 

「ああ、漫画を頼むんだったら、読み終わったら僕にも貸してね」

 

 

そんなムカつく一言と共に、忍野は去っていったのだった。

 

帰ってすぐ出かけやがった・・・・・・。

 

しかしあいつ、いつ寝てるんだろうな?

 

寝転んでいるシーンはよく見るけれど、寝ているところは、そういえば見ていない──それほどに交渉に精を出しているということなのだろうか。

 

だとすると漫画を貸してあげるくらいは、してもいいのかもしれなかった。

 

そして羽川は本当にいいやつで、その翌日つまり四月二日に学習塾跡に来てくれた時に頼んだら、二つ返事でその『買い出し係』を引き受けてくれ、それから今日、つまり四月四日まで、三日連続で様々なもの&僕の注文したものを買ってきてくれるのだった。

 

いい奴過ぎる。

 

今日も3日ぶりに外出する僕を、

 

 

「頑張ってね」

 

 

と、そんな激励の言葉で送り出してくれた。

 

簡潔な言葉だけれど、心に染みた。

 

 

「本当・・・・・・人間に戻れたら、どんだけのお礼を言えばいいのかって話だよな」

 

 

しかし。

 

僕はこのとき──まるで的外れだった。

 

羽川翼という女の強さ。

 

そして危うさを──この期に及んで、まだ理解していなかったのだ。

 

 

「ちゃんと家に帰ったかな、あいつ──」

 

 

と。

 

後の展開から考えれば酷く牧歌的なことを呟いたときに──ようやく、エピソードは現れた。

 

私立直江津高校のグラウンドに現れた。

 

霧のように──現れた。

 

 

「・・・・・・・・・・・」

 

 

ヴァンパイア・ハンター。

 

ヴァンパイア・ハーフ。

 

吸血鬼としての弱点がなく。

 

しかし──半分ほどに弱まっているとは言え、吸血鬼としての能力は残っている。

 

線の細いイメージの──三白眼の男。

 

白い学ラン。

 

幼くも見えるが──片手で肩に背負うようにした巨大な十字架が、その印象を否定している。

 

あの日と同じように薄笑いで──僕を鋭く睨みつけていた。

 

エピソード。

 

キスショットの左脚を奪った男。

 

 

「超ウケる」

 

 

彼はいきなり言った。

 

遅刻しておいて詫びの言葉もない。

 

 

「本当、笑うよな──ドラマツルギーの旦那が、てめえみたいなガキに逆退治されちまうなんてよ。どんだけ油断してたんだって話だよなあ──俺ァ吸血鬼が、吸血鬼退治の連中も含めて大嫌いだけど、それでもドラマツルギーの旦那だけは評価してたってのによ──」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

敵意も悪意も満々だな。

 

その上で、僕を見下している。

 

まあ、吸血鬼が嫌いで人間も嫌いなのなら、元人間でつい最近吸血鬼になったばかりの僕なんて、一番嫌いなタイプだろうな。

 

 

「で? 俺はどうすりゃいいんだ? ガキ」

 

「・・・・・・どうすればって」

 

「勝負すんだろうがよ──なんで勝負すりゃいいんだ? 別に暴力沙汰じゃなくたっていいんだぜ、俺ァ──お前なんかに、何やったって負ける気がしねえよ」

 

「悪いけど」

 

 

僕は言う。

 

 

「キスショットの眷属であるという以外は、僕は全くただの人間で──その中でも落ちこぼれだったもんでね。ヴァンパイア・ハンターと吸血鬼としてしか、やりようがないよ。あとはジャンケンくらいでしか、お前には勝てないと思う」

 

「そうかい。そりゃ──超ウケるな」

 

 

マジで笑うわ、とエピソード。

 

 

「随分弱気じゃねえか。この間の強気はどこいったんだよ。元人間の吸血鬼何てもっと調子こいてなんぼだろうが、全能にでもなった感じでよお。モスキートみたいな能力手に入れただけで、世界の支配者気取りだぜ。超ウケる」

 

「あいにくだけど、熱した鉄は冷めやすいんだ」

 

 

どれだけ『現地の言葉』を心がけてるのか知らないけど、こんな物騒な十字架を担いだ男が『超ウケる』を連発するのはどうにもこうにも違和感があるな・・・・・・。

 

本人はどういうつもりなのか知らないけど。

 

 

「ま、そういう連中には俺が現実を教えてやるんだけどな。しかしお前にはその必要はなさそうだ──手間が省けて助かるぜ。だから、今日は特別サービスだ」

 

 

エピソードは片目を閉じて、言う。

 

それはウインクかもしれなかった。

 

 

「後遺症が残らない程度に殺してやるよ」

 

「・・・・・・その台詞は前にも聞いたぜ」

 

「俺の決め台詞だ。超ウケるだろ? 真似する時はちゃんとアレンジしろよ」

 

 

そう言って──エピソードは、十字架を持っているのとは逆の側の手を、差し出してきた。

 

握手?

 

試合前の握手か?

 

意外と礼儀正しい奴なのか・・・・・・と、思いながら、僕はその手を握ろうとしたが、しかしその瞬間、エピソードその手をさっと動かして──

 

──その手を鋏の形にした。

 

 

「はい、俺の勝ちぃ」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「てめえはじゃんけんでも俺には勝てねえんだよ──だからヴァンパイア・ハンターと吸血鬼としてでも、俺の勝ちだ」

 

「忍野は苦手なタイプだが」

 

 

僕は言った。

 

 

「お前は──嫌いなタイプだよ」

 

「おいおい、俺程度でそんなこと言ってたら、ギロチンカッターとはやりあえないぜ──あいつのえげつなさは、この俺でさえも軽く引いちゃうくらいだからな。今夜俺に負けちまうから、幸運にもお前がギロチンカッターとやりあうことはないわけだが」

 

「大した自信だな」

 

「まあね」

 

 

しかし、と彼は言う。

 

 

「あの忍野メメって男が一筋縄じゃいかねーやろーだってところにゃ同意するぜ。ったく、超うける。こんな茶番を成立させちまうんだからよ──元人間の吸血鬼を相手にした時でも純正の吸血鬼を相手にした時でも、こんな正々堂々の戦いをやったこたぁねえぜ」

 

「・・・・・・条件は聞いてるな」

 

「ああ。俺が勝ったらてめえがハートアンダーブレードの居場所を教える──万が一にもてめえが俺に勝ったらあの女の左脚を返す。そういうことだな?」

 

「ああ──その通りだ」

 

「ところでてめえ、この条件、意味わかってるか?」

 

 

エピソードは、頷く僕に、にやけ顔で続けた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()──この勝負。俺はてめぇからハートアンダーブレードの居場所を聞き出すために、お前を殺すわけにはいかないし、てめえも俺からの女の左脚を取り返すために、俺を殺すわけにはいかない。乱暴なやり方に見えて、殺し合いからは一線を引いている。平和主義なこったよ──」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

ゲーム。

 

そんな風に──忍野は言っていた。

 

殺し合いではない、ゲーム。

 

 

「そして──お前の言う通りだ。ドラマツルギーの旦那も、ギロチンカッターも、この俺も、プロフェッショナル──このやり方でしか、お前に勝機はない。唯一、お前に勝ち目のあるやり方を選んだってことさ」

 

 

そう──なのか?

 

それがバランスってことなのか?

 

あのチャラい男が──そこまで考えて、こんな勝負をセッティングしているというのだろうか。

 

中立の──交渉役として。

 

二百万円──だった。

 

 

「まあ勿論、俺はキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの居場所さえわかりゃ、てめえとあの女、ふたりまとめて──やっぱり、後遺症が残らない程度に殺してやるんだけどな?」

 

 

エピソードは笑う。

 

 

「言っておくが、手加減してもらえるとか思うなよ。俺は弱い者いじめは大嫌いだが──悪い者いじめは大好きなんだ」

 

「僕は悪い者か」

 

「そりゃそうだろ? 化物なんだから」

 

「その化物とやり合う時点で、お前も十分バケモンだよ」

 

「一緒にすんな」

 

「もういいだろ。始めようぜ」

 

「ああ、終わらそう」

 

 

前説は、ここまでだった。

 

ドラマツルギーを相手にした時とは逆に、 先手を打ったのは僕だった──様子見をするより攻勢に打って出た方が、事態は好転するとよんだのだった。

 

とりあえず、素人ヅラでもしてやろうと──そんなこと初対面の印象を考えれば全く無意味そうなものだが、 全体重を乗せた拳を繰り出した。

 

しかし、その拳は空を切った。

 

と言うより──霧を切った。

 

瞬間で、エピソードが体を霧に変えたのだ──霧を殴ることはできない。変な形で体重を乗せてしまった腕に引っ張られる形で、前方にふらつきかけたので無理やり体重を移動させ何とか耐える。

 

反撃が来ないことを疑問に思えば、霧と化した向こうは、攻撃ができなくて当然である。

 

巨大な十字架ごと霧と化したエピソードは、

 

 

「悪いが、単純な力じゃ怪異殺しの眷属やろお前の方が圧倒的に上なんでな──接近戦でやりあうつもりはないぜ」

 

 

と、霧のままで言って──僕からかなり離れた場所で、その身体を復元させた。

 

十字架も元に戻る。

 

どうやって喋ってるんだ。

 

 

「・・・・・・そんな離れたところから、何をするつもりだ?」

 

「こうするんだよ!」

 

 

言ってエピソードは──

 

その巨大な十字架を、 僕に向かって投擲した。

 

無造作に──

 

ピッチングフォームも何もあったものじゃない、ただの力技で──投げつけてきた。

 

 

「うわっ、まじか!?」

 

 

完璧に予想外だった。

 

まさかあんな巨大な十字架を、自分の身長の三倍はあろうかという大きさの十字架を投げてくるなんて──いや、ヴァンパイア・ハーフなんだし、おかしな話ではなかったか。

 

武器だろうとは思っていたが──てっきり、近接攻撃用とばかり──!

 

 

「・・・・・・よいしょお!」

 

 

奇しくもそれは、初対面の時と同じように、飛んできた十字架を()()()()()()を使って、空中に固定した。

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