ギロチンカッター。
ハリネズミのような髪型をした、神父風の男。
一見、穏やかに見える糸目。
人間。
怪異の存在を否定する──人間。
怪異の存在を消去する──人間。
武器を持たない。
信仰による吸血鬼退治の専門家。
キスショットの言うところの『新興宗教』の大司教にして、『裏特務部隊「闇」第四グループ』に属する黒分隊の影隊長。
ヴァンパイア・ハーフのエピソードがえげつないと表現し、あのキスショットでさえ警戒すべきだと言った、聖職者。
それが──キスショットから両腕を奪った、ギロチンカッターなのだった。
「おや、 走ってこられたのですか──お疲れ様です。しかし、身体を霧に変えることもできないとは、その辺りはまだなりたてといった様子ですね」
ギロチンカッターは、そう言った。
馬鹿みたいに丁寧な口調で──目を細めている。
「・・・・・・・・・」
僕は、何も言わなかった。
返す言葉がなかった。
私立直江津高校のグラウンド──である。
先月末三月三十一日にドラマツルギーとやりあい、昨晩はエピソードと戦ったのと同じ場所で──ギロチンカッターは僕を待ち構えていた。
片腕に羽川翼の身体を抱いて。
武器を持たないというその手は──
羽川の首に、がっちりとかかっていた。
「き、如月くん──」
羽川は──今のところ、無事だった。
傷つけられてもいないし、気絶させられてもいない。
当然だ。
彼女は、この僕に対する──人質なのだから。
無事でなければ意味がない。
今のところは。
「ご、ごめん、如月くん──私」
「勝手に喋らないでくださいよ」
ぐい、と首に回した指に力を入れて。
ギロチンカッターは羽川を無理矢理黙らせた。
かふ、と、喉の奥から息が漏れた。
「お、おい──お前」
下手に刺激してはまずいと思ったが、しかしさすがに黙っていられず──僕は口を挟んだ。
「はい?」
極めて穏やかな口調で──
ギロチンカッター物腰柔らかに言う。
「どうかしましたか? 化物さん」
「お・・・・・・女の子だぞ」
「僕は男女差別を嫌います」
「でも──一般人だ」
「ええ。そうでないと人質になりませんね」
「ぁ」
確かに。
一瞬でもそう思ってしまった。
その考えを頭を振って外へと飛ばし、口を開く。
「酷いことを・・・・・・するな」
「酷いこと? たとえばこういうことですか?」
首根っこに指を食い込ませたまま、ギロチンカッターは羽川の身体を持ち上げてみせた。それはまるで、首を吊っているのと同じ図だった。
「う・・・・・・ううっ!」
羽川が──苦しそうにうめく。
それに対してギロチンカッターは、
「うるさいですねえ」
と、腕を下ろして、彼女の足を地面につけた。
それでも羽川は咳き込むことさえ許されなかった──たとえ生理反応であっても、そんなことをすれば、ギロチンカッターがどんな行動に出るのか、想像もできない。
ただ──ぐったりしていた。
「お・・・・・・お前」
軽くとらえていたつもりはない。
エピソードの言葉やキスショットの言葉を、決して軽くとらえていたつもりはない──だけど僕は相変わらず何もわかっちゃいなかった。
ギロチンカッター。
あるいは僕は『人間』と聞いたときに、どこかで安心していたのかもしれない。安心してしまっていたのかもしれない。少なくとも、吸血鬼やヴァンパイア・ハーフのように、怪力や不死力を持たない以上──そういう意味での難易度は下がると思っていた。
しかしそれどころではない。
こいつは躊躇なく人質を取り──
その上で、僕に決闘を申し込んできたのだ。
「いや、これは完全に僕が悪い」
忍野は。
学習塾跡の二階、キスショットがようやく起きたところに戻ってきて──そして羽川がさらわれたということを僕に告げた後、本当に申し訳なさそうに言った。
チャラけた軽口も、ここではなかった。
「一昨日までならともかく、昨日の夜、僕は委員長ちゃんの事も請け負うと約束したんだからね。──しかし、それでも想像外だった。エピソードが委員長ちゃんに十字架を投げたのは問題だが、あれはあれで戦闘行為の一環とも言える。しかしそれでも、普通はこの世界に生きる人間は、僕のような立場の人間も含めて、一般人を巻き込みたがらないものなんだが──」
「だから──お前は羽川を避けていたのか?」
「避けてたつもりはないけれど、確かに顔を合わすつもりはなかったよ。彼女は僕と言葉を交わすべきじゃないと、思っていたからね──そう、まあ、僕だって、委員長ちゃんに限らず、積極的に一般人を巻き込みたいとは勿論思わない。止めようとも思わないけれど、促そうとも思わない──そういう立場だ。だけどギロチンカッターは」
まるで躊躇がなかった、と忍野は言う。
「全然、悪びれてなかった──僕としたことが全く、不覚だったよ。相手の器量と力量を、完全に見誤っていた」
「・・・・・・でも、何で羽川が──この場所はわからないはずだろ」
「見ていたんだろ。多分──エピソードとの戦い。あるいは、ひょっとしたらドラマツルギーとの戦いも──そういうことを避けるために、三人バラバラに交渉をしたんだけどね──しかし、裏をかかれた」
羽川が校舎の陰で見ていたように。
忍野がどこかから見ていたように。
ギロチンカッターも──見ていたのか。
「後をつけられても結果は有効に作用するが、委員長ちゃんここに住んでいるわけじゃないからね──探せば見つかるさ」
「・・・・・・・・・」
学習塾──結界をあとにして。
その帰り道で、見つかったということか。
あるいは、自宅の前ででも待ち構えられていたのか?
「・・・・・・どうすればいい?」
僕は忍野に聞いた。
「僕は、一体どうすればいい?」
不思議と──忍野責める言葉は出てこなかった。
それよりも今どうすべきか、だった。
そのことしか頭になかった。
「条件は、その上で同じだとさ──如月くんとギロチンカッターが一対一でやりあって、如月くんが勝てばギロチンカッターはハートアンダーブレードの両腕を返す。ギロチンカッターが勝てば、如月くんはハートアンダーブレードの居場所を教える」
「羽川は数に入ってないのか?」
「向こうは数に入れてないよ。多分、道具──いや、武器だと思っているだろうね」
「武器って──」
ドラマツルギーにとっての大剣のような。
エピソードにとっての十字架のような。
ギロチンカッターの武器としての──羽川翼。
ギロチンカッターは羽川翼で武装する。
「ば、場所と時間は」
「向こうから指定してきた。場所はこれまで通り、私立直江津高校のグラウンド──これを向こうから指定してきたところが、あいつがこれまでの戦いを見ていたという証左みたいなもんだけど──そして時間は、四月五日の夜」
「え?」
「つまり今夜だ」
性急すぎるようにも思う指定だったが──ギロチンカッター側の気持ちを、吐き出すような彼側の気持ちを考えれば、わからなくもない。
羽川は一般人なのだ。
しかも彼女は僕のような落ちこぼれではなく、優等生である──夜に出歩くだけで僕でさえ心配になったくらいだ、一晩家に帰らなければ、きっと両親が警察に連絡するだろう。
その前にギロチンカッターは決着をつけたいのだ。
腐ったやり方だが、それもそれで、確かにプロフェッショナル──である。
騒ぎになる前に事を終わらせて──しかし、その後の羽川の無事が保証されるわけではないだろうけれど。
むしろ事情を知った羽川を無事で済ませるつもりがあるとも思えないけれど。
それでも──その『事前の騒ぎ』を嫌ったところは、僕にとっては、確実な付け込みどころであるはずだった。
「その通りだ」
忍野は言った。
「いいぞ、如月くん。その調子だ」
「忍野──」
「・・・・・・どう言い繕ってもこれは僕のミスだからね。今回はもう少しヒントをあげよう。委員長ちゃんを救うための方策だ。
「・・・・・・まるでそれができなきゃ勝てないみたいな言い方だ」
「ああ」
頷く。
「まずは──
続けて──忍野は言った。
「そして、人間であることを諦めろ」
時間はあまりにもなかった。
悩む暇さえなかった。
だから僕は、忍野がそう前置きしてから僕に伝えた作戦に、そのまま頷くしかなかった──戦いにあたってあらかじめ作戦を練るというリスク。
つまり、うまくいかなかった時に動揺して、訳が分からなくなってしまうこと──だけれど、そのリスクは、今度は呑み込まなくてはならないものだった。
すでに三回目の戦いでも。
僕は経験を──何も活かせずにいた。
「ドラマツルギーさんとエピソードくんは、残念なことにもう故郷に帰ってしまいましたからね──僕一人であなた達を相手にするのはいかにもしんどい。人質の一人でも使わないと、釣り合いが取れないでしょう?」
ギロチンカッターはまるで悪びれることなくそう言う。
細い糸目で、おかしそうに笑う。
「それに、ドラマツルギーさんがハートアンダーブレードさんの右脚を、エピソードくんがハートアンダーブレードさんの左脚を、馬鹿正直にもそれぞれ返しちゃってますからね──騎士道精神っていうんですか? 変ですよねえ」
「・・・・・・・・・」
「つまり、ハートアンダーブレードさんはそれなりに復調していることでしょう。元人間の少年。ハートアンダーブレードの眷属くん。貴方と真正面から戦って、僕は怪我をするわけにはいかないんですよ」
何せ僕は不死ではありませんからね──と。
そんなことを、平気で嘯くのだった。
「は、羽川を──どうするつもりだ」
「どうもしませんよ。あなたがどうもしないのなら」
ギロチンカッターは即答した。
「あなたがこの子をどうにかするつもりなら、僕もこの子をどうにかしますけれどね──なりたての元吸血鬼さんには、人質が普通に通用するから楽でいいですね。純正の吸血鬼相手では、こうも行きませんから──それとも人質が眷属ならば話は別なのでしょうか? あなた、ハートアンダーブレードさん用の人質になってみます?」
「・・・・・・ふざけるな」
「大真面目ですよ」
すい、と。
まるで羽川の身体を盾にするかのように、僕に突き出してみせるギロチンカッター。
まるで──道具のように。
そのもの──道具のように。
「僕は貴方方のような怪力を所有してはいませんが。それでも、結構鍛えているんですよ。女の子ひとりくらいなら──簡単に殺せます」
「ぐっ・・・・・・」
鍛えているのは分かる。
さっきから、羽川を片手で扱っていることからもよくわかる──しかし、この男が鍛えているのは、身体ではなく精神力のほうだろう。
メンタルが強過ぎる。
この状況で──まるで隙を見せない。
「ちなみに、エピソードくんのときのように、蘇生させる暇を与えるような殺し方はしませんよ──一撃で脳を潰します。人間の脳髄くらい複雑な器官を壊してしまえば、いかにハートアンダーブレードさんの眷属の血でも、完全回復は不可能でしょう?」
「・・・・・・お前、それでも現代人か」
「いいえ。僕は神です」
ギロチンカッターは。
もう片方の手を胸の前に置いて、そう宣言した。
いや、そういう意味じゃないんだけど。
「故に、僕に敵対するあなた方は存在するべきではありません。僕は神、つまり僕に誓って──あなた方の存在を許しません」
「・・・・・・・・・」
「ドラマツルギーさんやエピソードくんのように、もしも僕に味方をしてくれるというのなら──生かしてあげないこともありませんが?」
「・・・・・・わかった。お前バカだろ」
僕は反射的に、そう言ってしまった。
神父然した格好から、何となく察してはいた。
現代人らしからぬ浮き世離れした言動。
質問に対して全く見当外れの答えを返すことに加えて、長文的な自分語り。
見た目から痛々しい奴だとは思っていたけれど、まさかここまでとは。
一周回って頭が冷えてきた。
何がそんなに僕を冷静にさせたのかと言えば、我が星の馬鹿げた技術力に起因する。
その内容は存外どうでもいいことかもしれないけれど、一応知らぬ人のために、ここで補足をしておくと、思い起こせば──我々現代人の体の中にはナノマシンが埋め込まれているのである。
毎日毎日、彼らが僕達の身体の情報を記録してくれている。一年に一度それを国に提出するための定期検診があるのだが、その時のデータは全て国によって丁重に保管されていたりする。
提出データ内容は身長と体重──血液型からDNAまで。僕らは自分の体に関するありとあらゆる情報を、国に提出する義務があるのだ。自らの健康のために。そして──生命のために。
なぜ生命のためにそんなものを提出する必要があるのかといえば、その情報があれば人間の肉体を──再生することができるからだ。
どれほどの長さで、どれほどの重さがあったのか。どんな情報を記録しどんな使われ方をしてきたのか。その全てが情報としてあることで──復元できる。
それは例え脳だって例外じゃない。まるでパソコンのデータのように人間の記憶を機械が記録し、そして新しく作った脳に記録する。やろうと思えば。噂程度の眉唾物だが。
実際に、国のお偉いさんとかはやっているらしい──見たことはない。学生同士の根拠のない噂話みたいなものだ──死んでも生き返ることができるという研究内容が発表されたことがある。
それがこの星の現状、進みすぎた医学による生物の──現実だった。
まあ、たとえ、不老不死のようなことができる医療があったとして、羽川を傷つけていいかといえばそれはノーと答えるのだが。
そんなことも知らないこいつが現代人なのか、俗世離れしているのか。
分かってもらえただろうか。
僕が一周回って冷静になれた理由が、理解してもらえただろうか。
さて、先程の僕の発言をどう受け取ったのか、
「そうですか」
と、さして残念そうでもなく、ギロチンカッターは頷いた。
頭の冷えた僕はここで、とある一手を──起死回生の方法を思いついた。