奏物語   作:ラトリラ

4 / 18
かなたヴァンプ
001


友達を作ると、人間強度が下がるから。

 

確か、そんな事を言ったように思う。

 

いつのことかと思い出せば、それは春休みの直前である三月二十五日の土曜日、終業式の日の午後のことだった──そのとき僕は、通っている私立直江津高校の付近を、これといった考えや理由もなく歩いていた。

 

部活動や生徒会実行委員会などに一切所属していない僕のことである。

 

本当に何の用もなく、ただの散歩とも表せる行為を働いていた。

 

明日から春休みということで浮かれていたのかというと、決してそういうわけではなかった。

 

春休みに限らず、夏休みや冬休み、或いはゴールデンウィークだったり、そういう纏まった休日というのは、基本的に学生にとって嬉しいもののはずであるが、僕にとっては暇を持て余してしまう期間である。かといって学校が好きなのかと問われれば勿論NOと答えるし、ただ理由として、長期休暇は家に居づらい。ただそれだけである。

 

そんなわけで──終業式が終わり、教室で個人別成績表を受け取って、ではまた新学期にとクラスが解散になったところで、一直線に家に帰ることを躊躇い、かといって他に行くところもなく、学校付近を不審者よろしくうろうろしているというわけである。

 

再三になるがこの行為に特に目的はない。

 

これ自体が暇潰しというよりはただの時間潰しだ。

 

事実、僕は自転車通学なのだが、自転車はまだ校内の自転車置き場に停めたままだ──これはまだ帰るつもりはないという意思の表れでもあった。

 

そんなわけで、というほどのわけもないのだが、何となく学校の周囲をぐるぐると旋回するように歩いた後、僕はしかし、さすがにそろそろ校内に自転車を取りに戻って、家に帰るべきかと考え始めていた──お腹もすいたし──そこで僕は、意外な人物を見かけたのだった。

 

春休みなので、自分の所属する学年を二年生というべきなのか三年生というべきなのか、正直なところ微妙なのだけれど、とにかく、同じ学年の有名人──羽川翼が、僕の正面から、歩いてきていたのである。

 

彼女に関しての詳しい説明はまた後にするとして、とにかく僕は有名人である彼女を、終業式が終わった今、こうして偶然見かけたことに対して、少しばかり驚いたのだ。

 

まあ。

 

偶然であり、たまたまだ。

 

よく見てみれば彼女は校門から出てきたところらしいが、ふと思い返せば僕がずっと学校のそばをうろちょろしていたのだから、見かけて不思議というほどでもないだろう。

 

そこで僕の彼女に対する興味は欠片もなくなった。

 

羽川の方も、僕に対しての興味関心なんてないだろう。廊下ですれ違っても挨拶すらしない。同じクラスになれば、嫌な顔をされながらも何かしらの声かけがあったりするかもしれないが、所詮はその程度だ。お互い無関心。それで釣合は十分取れている。

 

羽川みたいな優等生タイプは、僕みたいなちゃらんぽらんに生きている人間が、きっと大嫌いだろうからな。ぼくも優等生の委員長はキャラ的に嫌いである。前世のトラウマというやつである。

 

お互い無干渉。このまますれ違うとしよう。

 

だが、それでは駄目だといわんばかりに、まるで運命づけられていたかのように。

 

何の前触れもなく──一陣の風が吹いたのだ。

 

 

・・・目にゴミが入った。

 

果たしてそれは空気中の塵か、それとも何かの暗喩なのかは僕にも分からないけれど、運悪く──僕からしてみれば運良くではあるが、所謂ラッキースケベというやつを回避することになったようだ。鏡を手元に呼び出して、目元を見ながらゴミを探す。

 

一方の羽川は。

 

あっけにとられた表情のままで──僕の方を見ていた。

 

凝視していた。

 

 

「・・・・・・えっと」

 

 

なんだろう。

 

対応に困る。

 

こういうとき、どうすればいいんだろう。

 

 

「・・・・・・見てないよ」

 

 

本当のことを言ってみる。実際見えなかったし。

 

しかし、羽川は、僕のその言葉を否定するでもなく、肯定するでもなく、じっと僕を凝視したまま、どうやら三つ編みの調整は終わったらしく、両手を下ろして、今更のように、スカートの全面をぱたぱたとはたいた。

 

意味あるのだろうか。

 

そして、一瞬だけ僕から目を逸らして天を仰ぐようにし、それから改めて僕を見て、

 

 

「えっへへ」

 

 

と。

 

はにかんだ。

 

・・・何考えてんのか分かんねー。

 

何が面白いんだろう。もしかして困ったことがあったら笑う癖でも付いているんだろうか。

 

 

「何て言うか、さあ」

 

 

両足を揃えたまま、羽川は膝のクッションで跳ねるようにして、僕の方へとよってきた。

 

ちょっと近いくらいの距離まで。

 

 

「スカートって、見られたくないものを隠すにしては、どう考えてもセキュリティ低いよね。やっぱりスパッツってファイアウォールが必要なのかな?」

 

「さ、さあ・・・・・・」

 

 

そんな比喩で話されても困る。

 

それにそのファイアウォール(スパッツ)に発情する輩も一定数居るのだから、対策としては不十分。例えズボンをはこうがロングスカートにしようが、趣向によっては下卑た目線で見られることになるわけで、下着を隠すという意味合いでは、良しとしても、オスの目から自分を守れるかと言えばNOである。

 

 

「ちょっと前にマーフィーの法則って流行ったけどさ。そこに付け加えるべきかもね。後ろに手を回しているときに限って、前向きにスカートがまくれちゃう、とか──後ろは普通に警戒するんだけれど、前って意外と盲点だったり」

 

「ああ・・・・・・そうかもね」

 

 

"If it can happen,(起こる可能性のあることは、) it will happen.(いつか実際に起こることだ)"ということだろうか。でもそれならば、「マーフィーの法則」ではなく、「10代女子の法則」になるのではないだろうか。

その場合。羽川は自分の下着が公衆の面前に晒されても、笑って流す人間だということになる。・・・・・・ああ。笑ってたな。そう言えば。

 

 

「まあ、気にするなよ。僕の他に人影はないし。その僕も、見ていないんだから、誰も見ていないってことだろ」

 

 

彼女にとって幸いなことに──なのかどうかはよくわからないけれど、直江津高校の生徒も含めて周囲に人はいない。

 

 

「ふ、う、うん?」

 

 

羽川は首を傾げる。

 

 

「はっきり見えたんならそう言ってくれた方が、いっそ女子的には気が楽なんだけれど」

 

「見てないものを見たとは言えないよ。事実を偽ることは出来ない」

 

「そうなんだ。偽れないんだ」

 

「ああ。気を楽にしてやれないのが残念だ。いっそのこと、僕に事実を隠蔽し口八丁手八丁の嘘を並べ立てることができれば良いんだけど」

 

 

羽川の下着なんて、見たことがないものを見たという事実にするのは、免罪並に残酷な判断だろう。

 

 

「じゃ。僕はこれで」

 

 

軽く手を上げて、これ以上会話を続ける意思がないことを羽川に示し、僕は前へと足を踏み出した。

 

ずんずん歩く。

 

 

「ちょっと待ってよー」

 

 

後ろから声をかけられた。

 

羽川である。

 

何と、追ってきやがった。

 

 

「やっと追いついた。歩くの速いんだね」

 

「・・・・・・帰るんじゃないのかよ」

 

「んん? そりゃ、最終的には帰るけれど。如月くんこそ、どうして学校に戻ろうとしているの?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

名前を抑えられていた。

 

小学生じゃあるまいし、名札なんかつけてないぞ?

 

 

「・・・・・・えっと、まあ、自転車(忘れ物)を取りに戻ろうと」

 

「忘れ物? 駄目だよ今日中に全部持って帰らなきゃ」

 

「だから戻ってるんだよ」

 

 

いや、そういうことじゃなく。

 

僕が自転車通学だということは、どうやら知らなかったようだけれど。忘れ物も、しない体質だと言う事も知らないようだけど。

 

 

「・・・・・・何で僕の名前、知ってるの?」

 

「えー? そりゃ知ってるよ。同じ学校じゃない」

 

 

羽川は当たり前のようにそう言った。

 

同じ学校って・・・・・・。

 

同じクラスじゃない、みたいなノリでいうなよ。規模が違いすぎる。

 

 

「まあ、如月くんは私の事なんか知らないかもしれないけれど、如月くんってそれなりに有名人だし」

 

「はあ?」

 

 

思わず、そう聞き返してしまった。

 

有名人はお前の方だろう。

 

まして僕など、私立直江津高校においては路傍(ろぼう)の石のような存在である──クラスメイトだって、僕のフルネームを言えるかどうかは怪しいものだ。

 

 

「ん? どうしたの? 如月くん」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「二月の和風月名、つまり旧暦二月の暦、月の如くと書いて、如月くん。下の名前は奏でる音で奏音(かなた)、だよね。だから如月奏音くん」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

フルネームだけでなく、その漢字すらも、完璧に抑えられていた。

 

マジかよ・・・・・・。

 

もしやこいつストーカーなんじゃないだろうかと思いもしたが、この近現代そう言った名前を知るような技術はどこにでもある。おかしな話じゃあないのかもしれない。もちろん悪用されないように対策はしてあるらしいし、発展しすぎた技術力は今や当たり前になっているけれど、抜け道などありはしないといううたい文句をつけることができるほど、超科学が犯罪に使用されることはない。超科学を使って犯罪をするということは、自分の悪事をネットに証拠付きで上げるのと同義だ。

 

だけどまさか、同級生がそんな事をしているとは思わなかったなぁ・・・。

 

まさか自分の足で確認してまわる古典的な方法で、僕を含んだ全学年全生徒の名前を覚えた。なんてそんな冗談みたいな行動を羽川がしたとも思えない。

 

・・・・・逆に羽川だからしているのか?

 

余計に分からなくなってきた。

 

 

「そういうお前は羽川、だ」

 

 

仕返しというわけでも、意地を張ったというわけでもないが、しかし僕は会えて彼女の言葉には頷かず、そう言い返した。

 

 

「羽川翼、だ」

 

「わお」

 

 

羽川は、露骨に驚いたみたいな表情を見せる。

 

 

「すごい。私なんかの名前、知ってるなんて」

 

「二年生一学期の期末テストで、保健体育及び芸術科目まで含めた全教科で、日ノ本史の穴埋め問題一問しか間違えなかった、羽川翼」

 

「え? ちょっと・・・・・・やだもう、なんでそんなことまで知ってるの?」

 

 

更に驚く羽川。

 

どうやら演技ではないらしい。それにしてはあからさますぎるリアクションではあるが。

 

 

「あれ・・・・・・? ひょっとして如月くんて、私のストーカーだったりする? あっはー、それはいくらなんでも被害妄想強すぎかな」

 

「・・・・・・多分な」

 

 

どうもこいつ──有名人の自覚がないようだ。

 

自分のことを『普通』だと思い込んでいる。

 

ちょっと真面目なだけが取り柄の普通の女の子、か?

 

その上で僕なんかのことを有名人扱いしてくるのだから、性質が悪い──僕なんか、毎回平均点をとるくらいなものだ。その辺ではそこそこ名が知れているのかもしれない。

 

しかしだからといって、それを指摘したところでといえる。

 

僕は適当に答えておくことにした。

 

 

「海底人の友達に聞いたんだよ」

 

「え? 如月くん、友達いるの?」

 

「海底人の存在の有無を先に訊け!」

 

 

ほぼ初対面の相手に突っ込みを入れてしまった。

 

しかし、悪気はなさそうだが、なかなかに酷い物言いである。

 

 

「いや、その」

 

 

さすがにそれは自覚したようで、羽川は罰が悪そうな感じにいう。

 

 

「如月くんって、いつも一人で、孤高に暮らしているみたいなイメージがあったから」

 

「どこの格好いい奴だよ、それ」

 

 

一応僕のことを知っているようだが。

 

やっぱり、よくは知らないようだ。

 

因みに僕みたいな存在のことを孤高と書いて孤高(ぼっち)と読む。

 

さて、羽川翼という少女に対する元からなかった興味が完全に尽きたところで僕は口を閉じる。

 

校門を前にした横断歩道が赤信号だったので、僕はそこで足を止めた──羽川もその横に並ぶ。

 

・・・・・・・・・・・・。

 

こいつ、なんでついてくるんだ?

 

学校に忘れ物でもしたのか?

 

 

「ねえ、如月くん」

 

 

考えていると。

 

羽川の方から、そんな事を言い出した。

 

 

「如月くんは、吸血鬼って信じる?」

 

「いたら良いな、くらいには」

 

 

以前誰かに空想上の存在を信じるか否かを問われたときと同じような返答をした。

 

実際には存在しないはずだし、私は吸血鬼の末裔・・・。とか言いだしたら最高にイタい奴だ。

 

 

「で? その吸血鬼がどうかしたのか」

 

 

まあ、それでも、それで彼女の気が済むのであればと、僕は羽川が振ってきた話題に乗ることにした。どうせならさっさと分かれたまた知らない奴にというのが理想ではあるが。

 

 

「いや、最近ね。ちょっとした噂になってるんだけど。今、この町に吸血鬼がいるって。だから夜とか、一人で出歩いちゃ駄目だって」

 

「曖昧な・・・・・・しかも、信憑性のない噂だな」

 

 

僕は正直な感想を漏らした。

 

 

「大体、この科学一辺倒の世の中で吸血鬼なんて空想の存在がなんで噂されるんだ? まだ宇宙人の方が信じられるよ」

 

 

その宇宙人自体も、宇宙開発が進む今の世の中じゃ肯定されるか否定されるかの両極端だけれどな。

 

 

「けど、色々と目撃証言があったりするのよ」

 

「目撃証言? 吸血鬼の?」

 

「うちの学校の女子だけじゃなくて──この辺の学校に通っている女子の間では有名な話。て言うか、女の子の間だけで流行ってる噂なんだけど」

 

「女の子だけの噂って・・・・・・昔どっかで聞いたような話だな」

 

「金髪の、凄く綺麗な女の人で──背筋が凍るくらい冷たい眼をした吸血鬼なんだってさ」

 

「えらく具体的な目撃証言だな。でもそれだけじゃあ吸血鬼だって証明できないぞ。金髪だから目立ってるだけの、一般人じゃないのか?」

 

 

何せ郊外の田舎町である。

 

地方の、外れの町。

 

 

「でも、街灯に照らされて、金髪は眩しいくらいだったのに──影がなかったって」

 

「ああ・・・・・・」

 

 

吸血鬼。

 

よく聞く、今となっては古びた感のある単語ではあるが、僕もそう詳しいわけではない。しかし、言われて見れば聞いたことがある──吸血鬼には影が出来ないのだ。

 

あれ、鏡に映らないんだったか?

 

それにただ街灯に照らされていたというのなら、影が出来るのは真下。自分に合った影が小さく出来るだけだ。だから、先入観で見逃したというせんもあるだろう──大体、街灯という舞台装置が、いかにも嘘っぽくないか?

 

嘘っぽいというか、安っぽいというか。

 

 

「まあね」

 

 

僕がそんな無粋なことを言っても、羽川は別に気分を害するでもなく、むしろそんな風に同意を示した。

 

話し上手だし、聞き上手だ。

 

 

「うん。馬鹿馬鹿しい噂だと、私も思う。けど、その噂のお陰で女の子が夜とかに一人で出歩かなくなるっていうのは、治安的にはいい話だよね」

 

「まあ、そりゃそうだ」

 

「でも、私はね。吸血鬼がいるなら、会ってみたいって思うのよ」

 

「・・・そりゃまたなんで?」

 

 

吸血鬼なんて人の血を吸う変態じゃあないか。特殊性癖といってもいい。もしかしたら一般化されて吸血鬼と呼んでいるだけであって、より正確には食人鬼かもしれない。血と一緒に生命力的な何かを吸い取っているのかもしれないが、僕はどうも血だけで空腹を満たす事ができるとは思えない。

 

どちらにせよ、血を吸われて殺されるという点では変わらないのかもしれない。

 

 

「血を吸われて、殺されちゃうんだぜ?」

 

「まあ、殺されるのはやだけどさ。そうだね、会ってみたいっていうのは違うかも。でも、そういう──人よりも上位の存在、みたいなのがいたらいいなって」

 

「人より上位って、神様とかか?」

 

「別に神様じゃなくても良いんだけど」

 

 

羽川は言葉を選ぶように、暫く黙ったが、しかしやがて、

 

 

「でないと、色々、報われないじゃない?」

 

 

と、言った。

 

いつの間にか。

 

信号は青に変わっていた。

 

けれど、僕も羽川も動かない。

 

正直なところ。

 

僕には、羽川が何を言っているのかはおろか、羽川が何を言いたいのかさえ、全く分からなかった──話がまるで繋がっていないようにすら感じる。

 

 

「いけない、いけない。如月くん、意外と話しやすい人なんだね。なんだか口が滑って、ちょっと訳の分からないことを言っちゃったような気がするよ」

 

「あ──ああ。まあ、確かに理解不能だったけれども」

 

「こんなに話しやすい如月くんに友達がいないなんて、おかしいね。なんで友達、作らないの?」

 

 

率直な問いだった。

 

多分、悪気はないのだろう。

 

そのくらいのことはわかる。

 

作らないんじゃなくて作れないんだ、と、ここで率直に答えるのも憚られた。

 

だから──僕はそのとき、こう答えたのだ。

 

 

「友達を作ると、人間強度が下がるから」

 

「・・・・・・え? ごめん、ちょっと意味が分からない」

 

「分からなくていいさ。誰にも理解してもらおうなんて思ってない」

 

 

孤高(ぼっち)という存在は誰とも話が合わない、誰にも理解されないから認識される。つまり、僕はぼっちだった。

 

理解者が欲しいとは思うけれど、誰も彼も理解してもらおうとは思っていない。できれば某ライトノベル主人公さんのように、何億年の時間を共にした上でできたカワイイ理解者が欲しいところである。

 

 

「私、これから図書館に行こうと思うんだけど」

 

「うん?」

 

「如月くんと話してる内に、図書館に行きたくなっちゃった」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

どういう思考回路してるんだ。

 

 

「明日が日曜日で休館日だから、今日の内に行っておかないといけないんだ」

 

「ふうん」

 

「如月くんも一緒に行く?」

 

「なんで。図書館で何するんだよ」

 

「そりゃ、勉強でしょう」

 

「そりゃって・・・・・・。生憎、僕は宿題もない春休みにわざわざ自主的に勉強するほど、奇特じゃないんだ」

 

「でも、来年はもう受験生だよ?」

 

「受験も何も・・・・・・僕は勉強してもしなくても取れる点数に変わりはない。何したって変わらないんなら、せいぜい、内申点を下げないために来年度は遅刻しないように頑張るだけだ」

 

「・・・・・・ふうん」

 

 

羽川は──なんだかつまらなさそうに、そう呟いた。

 

信号は赤と青を繰り返している。

 

今は赤だった。

 

次に青に変わったときが別れ時だな、と僕は思った──それくらいがちょうどいいタイミングだろう。

 

 

「如月くん。携帯、持ってる?」

 

「携帯? 持ってるけど・・・」

 

「貸して?」

 

 

そう言って、手を差し出す。

 

なんだろう。

 

携帯電話なんて奇異なものを持っているか訊くなんて。大体、今のご時世、携帯電話を持っている人間の方が珍しい。発展した科学力によって携帯電話は不要になり、PCも不要になった。なのになぜ、羽川は携帯電話の有無を訊いたのだろうか。

 

いや、持ってるんだけど。

 

 

「あれ? 新しい機種だね」

 

「新しい? 確かに携帯電話としては最新の機種だけど、今じゃあ誰も使ってないだろ」

 

 

羽川は、僕の言うことなぞ聞きもせず、その携帯をいじり出した。

 

委員長の中の委員長、絵に描いたような優等生といえど、そこはさすがに女子高生、打鍵がめちゃくちゃ速い。あれ、スマホってフリック操作だっけ?

 

 

「ありがと。はい、返す」

 

 

すぐに羽川は、僕の手に携帯を戻してきた。

 

 

「・・・・・・何したんだよ」

 

「私の番号とメルアド、登録しといたから」

 

「はい?」

 

「ざーんねん。友達、できちゃったね」

 

 

そうして。

 

羽川は、僕に何かを言われる前にとばかりに、横断歩道を駆け足で渡っていった──信号はいつの間にか、青に変わっていたのだ。

 

羽川が僕の友達だって?

 

冗談じゃない。

 

これはクラスの連絡網と同じだ。そう思うことにしよう。

 

渡りきったところで振り向いて、「じゃあね」と手を振る羽川。

 

それに対し僕は手を振りながら言ってやる。

 

 

「僕の友達になりたきゃ、胸を小さくしてから出直してこい」

 

 

羽川は目を丸くして、何か言いたいことがあったのだろうが、図書館の閉館時間もあるのだろう。無理とだけ言って踵を返して、校門の直前を右に折れ、歩いていった。

 

それを確認して、僕は携帯電話を確認する。

 

アドレス帳には、『羽川翼』が登録されていた。

 

事実か・・・。

 

まあ、もう会うこともないだろう。例え来年度、同じクラスになろう事があれど、記憶喪失的なノリで忘れることにしよう。それか、薄れる記憶として。

 

 

「初春の午後の夢ってやつだ」

 

 

委員長の中の委員長。

 

羽川翼。

 

終業式の午後にこんな風にすれ違った彼女と、僕はこの少しあと──春休みの最中に会うことになるのだが、しかしそんな事はこの時点では分かるわけもなかった。

 

記憶喪失も、薄れた記憶も、使えなくなることも。

 

まるで知らなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。