ドラマツルギー。
二メートルを越える巨漢の男。
両手に波打つ大剣──フランベルジェだったか、を持つ二刀流。
筋骨隆々──筋肉の塊のような男。
前髪をかけあげるカチューシャが印象深い。
キスショットから右腕を奪った、吸血鬼狩りの専門家──である。
紆余曲折あって──まあ、どんな紆余曲折があったのか知っているのは忍野だけで、僕は何があったそうなったのかは分からないのだけれど、とにかく彼が、最初の相手となった。
「はあ・・・・・・」
思わずもれてしまったため息。
理由としては忍野が決めたルールしかない。
1つ、場所は直江津高校のグラウンド。勝敗がつくまでここから出てはいけない。
2つ、僕が勝てばハートアンダーブレードの部品を、専門家が勝てばハートアンダーブレードを渡す。
3つ、この勝負に無関係の者を巻き込んではいけない。
4つ、ルールを破った場合、破った側は強制的に負けとなり、忍野が然るべき対処をする。
5つ、一対一で戦う。
6つ、僕は五分以内に敵を戦闘不能、もしくは降参させなければその場で負け。
なんだよ、この鬼畜ルール。
そのときは、もちろん、忍野と揉めた。
「な・・・・・・なんだよそれ! 僕だけ時間制限付き? それじゃあ不利じゃあないか!」
「最初に言っただろう、如月くん。僕は君を助けるつもりはないって。僕は君達が平等に戦えるように戦場を整えてあげるだけなんだ。いわば運営さ。如月くんが確実に勝つ試合なんて、相手は望まない。交渉とは、互いの妥協点を探すことなんだよ」
「・・・・・・それにしたって、五分は短いよ。それじゃあ殺さなきゃ勝てない」
「はっはー。如月くんは元気が良いなぁ。でも、殺したらハートアンダーブレードの部品を返してもらえないよ?」
「・・・・・・できる限りのことはやることにする。信用するって言ったんだし」
「そうしてくれよ」
思わずもう一つ溜め息がもれる。
だが、誰かに聞かれても言い訳はきくので、そのままにしながら、僕は今日も夜の町を歩いていた。
日付は三月三十一日。
三月最後の日だった。
「ドラマツルギーは吸血鬼じゃ」
ついさっき。
出かける前のぎりぎりで、二回のあの教室で改めて、キスショットは僕にドラマツルギーに関する説明をしてくれた。
というか、その情報は初耳だ。
「きゅ・・・・・・吸血鬼? あいつ──吸血鬼なのか?」
「・・・・・・見れば分かるじゃろう」
「いや、吸血鬼が吸血鬼退治を専門にしてることに吃驚して」
「同族殺しの吸血鬼など、さほど珍しくもなかろうよ。眼には眼、歯には歯、吸血鬼には吸血鬼──じゃ」
な、なるほど。理に適っている。
「それに、同族殺しなどさほど珍しくもなかろう。人間は殺し合ったりせんのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「そんなわけがあるまい。儂の知る限り、同族を殺さぬ動物など一種類たりとも存在せぬ」
知性がある獣。
それがどこかの誰かが、人という生物につけた蔑称だ。
「何か気を付けておいた方がいい事ってあるか?」
「そうじゃな、ドラマツルギーは立場的にそんな戦法は取らんと思うが,一応、奴に血を吸われんように気をつけることじゃな。吸血鬼が吸血鬼に血を吸われると、存在そのものが絞りつくされるからのう」
アドバイス、なのだろうか。
・・・・・・どうも、僕の目を覚ましてからのキスショットの反応を聞いていると、彼女は僕のことをえらく高く評価しているようだった。
「・・・・・・・・・・・・」
僕は、足を止めつ進めつ、ゆっくりと歩きながら──身体の調子を確かめていた。
空気を裂く音と共に、腕が消え、手だけが残像のようにその場に残る。
絶好調である。
「うーむ・・・・・・」
しかし、どうも力を持て余している気がする。
吸血鬼になった影響だろうか、そのパワーを生かし切れていない、殺してしまっている、そんな気がしてならないのだ。元々、僕が使うのは、どの流派にも属さない特殊な武道だけど、それはあくまで人の延長線上にあるもので、吸血鬼が本来使うべき物じゃあないのかもしれない。僕の十七年で生み出した戦法は、吸血鬼になったことで全く意味のないものになってしまった。
というわけで意識改革だ。
参考にする漫画を変えることにしよう。
吸血鬼漫画の代表、いつまでたっても最強の吸血鬼の筆頭として創作の世界に存在する、ラスボス系主人公。彼を参考に、戦い方を決めていくことにしよう。
そんな事を考えながら歩き進め──そして、とりあえずはざっと、立て終えることができた。
でも。
あの漫画のほとんどを覚えてないんだよなぁ。BDも全部揃えて見たはずなのに、どうしても思い出せない。知識はあれど記憶はないってやつだ。
辛うじて覚えているのは、カッコイイ台詞集みたいなものだけだ。
こんなので良いのだろうか──と、そこで。
「ひょっとして、如月くん?」
と。
後ろから声を掛けられた。
振り向くと──そこには羽川翼がいた。
春休みだというのに制服姿で立っていた。
「あ──羽川」
こいつ、なんでこんなところにいるんだ?
付近に特別な施設があるわけでもない。
忍野が定めた『決闘場所』に行くための、最短距離のルートというだけで、ただの住宅街である。
ええ?
羽川の家、この辺なのか?
そんな事を思案していると羽川は、
「んん?」
と首を傾けて。
それから、ぱっと両手で、スカートの前を押さえた。
「駄目だよー。今日は見せてあげない」
「・・・・・・・・・・・・」
この女・・・・・・。
すげぇ台詞を天然で言うな・・・・・・。
「今日は? まるで僕が以前お前のパンツを見たことがあるみたいじゃあないか」
「んん? あれ、忘れちゃってる?」
「そっちこそ、記憶を改竄されている事を疑った方が良い」
「・・・・・・かまをかけようとしたんだけど、失敗みたいだね」
当たり前だ。
僕は嘘はつかない人間である。
というか、僕は女性用下着に興奮するような変態ではない。
じゃあ何に興奮するんだろう・・・・・・?
僕の性癖の事なんて、今は置いておこう。
そんな事より。
「羽川・・・・・・どうしたんだ、こんなところで」
「んん? 散歩? かな?」
「散歩・・・・・・、こんな時間に──」
僕みたいな不良人間(元)ならともかく、羽川みたいな真面目な学生の出歩く時間ではない。
と、思うんだけど。
「お互い様でしょ。だったら如月くんこそ、どうしてこんな時間にひとりでGメン'75みたいに歩いてるの?」
「ひとりでGメン'75みたいに歩くのは不可能だ」
「じゃあ何してるの? 女の子探して徘徊してるとか?」
探してるんじゃなくて、会いに行くんだし、女の子じゃなくて、野郎なんだけど、突っ込むのは野暮ってもんだろ。
「僕を勝手に不審者にするな!」
「じゃあ、エッチな本を買いに行く途中とか?」
「馬鹿なことを言うな。僕はそんな下劣な書物には触れたことさえない。魂が穢れるといけないからな」
これは本当である。
一人でしようものなら、恐らく妹達が乱入してくるであろうことは予想できる。だから僕は見ることもないし、することもない。至って健全な今時珍しいくらいピュアな高校生である。
まあ、ネットで動画漁るまでもなく、女性の裸には見慣れているんだけどね。
「ま、それじゃ、そういうわけで」
今回のルールでは無関係の人間を巻き込んだらその時点で終了だ。僕の負けが決定する。
だから今日はお前と関わる意思はないぞと言うことをアピールした。
「んん? 待ってよ。如月くんって本当に歩くの早いなあ。折角会えたんだから、もっとお喋りしようよ」
颯爽と背を向け、歩き出したつもりだったのだが、羽川は追って来た。
「お喋り? こんな時間に、こんな場所で何を話すって言うんだよ」
「んん? そうだね──じゃあ、如月くん。今日、どんな勉強をしたの?」
「・・・・・・・・・・・・」
そんな世間話聞いたこともない。
吸血気になって昼夜逆転した僕にとって今日とは、ついさきほど始まったばかりなのだ。
「私は数学を重点的に攻めてみたの」
「ふぅん」
誰も聞いてない。
むしろ答えてもない。
勝手に聞いて、勝手に答えやがった。
「僕は誰が何を勉強したかなんて気にならないけどな。人間、一生勉強らしいし」
「んん? いいこと言うじゃない」
「だからもっと建設的なことを、そう、社会をよくする方法なんかを考えよう」
「そうね」
羽川は、僕の後から思い出せば何を言ったか覚えていないようなどうでもいい発言を、真に受けた。
「いじめってどうすればなくなると思う?」
「・・・・・・・・・・・・」
知るか!
軽く話すには重すぎるわ!
「重いからって逃げちゃ駄目だよ。重の道も一歩からって言うでしょ?」
「いや、それを言うなら千里の──」
あ。
千里って、重か。
・・・・・・うまいこと言うな、こいつ。
「・・・・・・・・・・・・、とりあえず、イジメの主犯が行動を起こした理由、その根拠、証拠を集めて対策を練る。とか、イジメがありますという証拠を音声や映像、日記なんかの形で残して、十分集まったところで然るべきところに提出して、とか」
「うーん。アイディアとしてはいいけれど、即効性の問題はどうしても残るよね。耐えきれなかったらどうするの?」
「むう」
痛い点を突いてくる。
いじめって誰にも頼れない時期に行われるしな。
人生二週目ともなると、例えイジメだろうがなんだろうが、問答無用で行動を起こせる。というか、今の時代よく考えれば全部記録されているのでは?
「・・・・・・よし、分かった。既に集まっている証拠を提出すればいいんだ。ほら、中学生の時に受けただろ? 一斉注射。あのナノマシンが記録している生体状況や環境情報をデータとして纏めてやれば立派な証拠になる」
「ふうん」
納得しただろうか。
そろそろ移動しないとマズい。
ドラマツルギーとの約束をすっぽかすわけにはいかないんだ。
「羽川・・・・・・そろそろ帰ったらどうだ? 僕も、もう帰るところだし」
「んん? まあ、言われなくともそろそろ帰るつもりだけど」
「羽川の家って、この辺なのか?」
「全然違うよ。散歩してたら、こんなとこまで来ちゃったって感じかな」
「・・・・・・夜とか、出歩くなよ。吸血鬼に遭遇しちゃうかもしれないだろ?」
自虐的な、自分に対する皮肉だった。
「いや、実はそれ、ちょっと期待してたりして」
羽川は、そんな僕に──そう言った。
むしろ、やや茶目っ気を交えた風に。
「まあ、ただの噂だとは思うけれど──ひょっとしたら、吸血鬼に会えるかなって」
「・・・・・・何で?」
僕は思わず聞いてしまった。
「吸血鬼になんて、どうして会いたいんだ?」
「いや、特に考えてないけど──そういう非日常に期待しちゃう年頃なんだよね。吸血鬼と会って、ちょっとおしゃべりしてみたいかなって──」
「ふざけるなよ」
そして思わず。
もの凄く低い声が出た。
地を這うような──そんな声が。
「え・・・・・・、あれ?」
羽川が、戸惑ったような、曖昧な笑みを浮かべ──慌てたように、
「ご、ごめん」
と、言ってきた。
「な、何か気に障ること言っちゃったみたいだね」
「気に障ることを言った? 違うな羽川。今の僕はお前が気に障る」
吸血鬼に会って話がしたい?
ふざけないで欲しい。
「え?」
「不愉快なんだけど、お前──虫唾が走る」
言っている意味がわからないというように、曖昧な笑みを浮かべたままの羽川に、僕は虫の居所が悪くなるのを感じた。
何せ、死にたがりの大馬鹿者である。
今の僕は吸血鬼になってしまってはいるが、人間だった時、吸血鬼の恐ろしさは知っている。
人間を食料としか見ていないあの目。
力が無かったからまだいいものの。
もし、動ける元気があったら、問答無用で食われていた。
そんな吸血鬼に会いたい?
羽川はどうやら、死にたいらしい。
「死にたいなら僕の知らない場所で勝手に死んでくれるか? 友達でも何でもない奴に延々と絡むんじゃねえよ。ウザいから」
「て、き、如月くん、いきなり何を言い出すの? さっきまで、私と楽しくおしゃべりをしてたじゃない」
「楽しい? 春休みに勉強や、イジメの話をすることが? だったら勘違いも甚だしい。楽しくなんかなかったよ。もし楽しそうに見えたのならそれは、お前にとって都合のいい友達の理想像だ」
「そんな──」
会ってみたいんじゃなくて、居たらいいな程度じゃあなかったのかよ。
殺されるのが嫌なら、おしゃべりがしたいなんて言うな。
吸血鬼はどう転んでも、化物で、人間に倒されるべき存在である。
「やめだ。お前の事を心配するのはやめる。好きに出歩くといい。もしかしたら吸血鬼会えるかもしれないぜ?」
殺気、とまではいかなくとも、キスショットの真似をして出せるようになった冷たい覇気、それを羽川に浴びせる。
「昼間、僕は言ったよな。血を吸われて殺されちまうって。その忠告を無視して会いたいなら止めはしないさ。死にたきゃ勝手に死ね」
あ。
「ああ、そうだ。お前からもらった連絡先、消しておくから。じゃ、
羽川に関する記憶を消去しておこう。
アイツは死んだ。
少なくとも、僕の中では、羽川翼という元同級生の少女は居なくなった。
そういう事にしておこう。
予想外に時間を食ってしまったが、しかしそれでもまだ遅刻の心配はないだろう。
さあ、いざ決戦の