絵描きのIS   作:Haganed

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天才

 朝も昼も夜もどんな時間であろうとも、ずーっと続けていられることがある。それはなんとも幸福な事であろうか。しかし現実はそんな趣味や特技などを見つけられているのも極僅かしか居ない。ましてや現実を既に見てしまった者の心境からすれば、今の社会で今を生き続けていくことが重要であると思い込み、諦めや悲観ばかりしかしていないように思える。

 

 ただそんな世の中でも、自分の特技や趣味をその才能によって世界に認めさせるほどの腕前を持つ者も少なからず居る。手製のトライアングルが世界の演奏者に認められたり、幼いながらもアクション映画で主役になったりと、憧れへの渇望や単にやってみようと思ったことが世界へと羽ばたいていく者が存在している。

 

 そんな世界が認める逸材の中の1人は、今ルーヴル美術館にて殆どの時間入り浸っていた。じーっとただ1つの絵画を見つめ、想起し、空に創作を描く。傍からすれば何をしているのやらサッパリだが、その周囲の人間はその絵を見ている彼の前方を誰一人として通ろうとしない。見ているのは絵というより、その彼の方を見ているからだ。静かに。

 

 彼の座る横長の椅子にはスケッチブックと絵筆、鉛筆にパン。絵の具等々と正しく絵描きであると認識するのに充分な材料が揃っていた。

 

 ふと彼は何を思ったのか。靴を脱いでその椅子の上で正座すると、鉛筆を持ちスケッチブックに顔を近付けて何か描き始めた。それと同時に人々はその絵の前を通り過ぎ去っていく。物珍しげに日本人観光客が彼を見るが、やはりというか彼の考えていることに理解が持てないようだ。

 

 

「────────」

 

 

 無言、何もない。ただひたすらに描き続けていく。それが彼にとっては唯一自分で居られて、何も考えず夢中になれるのだから。そんな彼に近付く影が1つ、といっても何も危害を加えようという訳ではなく、単に昼御飯の時間だから迎えに来ただけのことである。

 

 

「フーくん」

 

 

 そう呼ばれると彼、『波山(なみやま) 楓花(ふうか)』ことフーくんはその声のした方へと振り向く。その姿を見ると下に置いていたエコバッグの中にスケッチブックと鉛筆以外を入れて、靴を履いてまだ描き続けていく。しかし彼女は特に気にせずただ一言。

 

 

「昼御飯食べよっか。」

「ん……。」

 

 

 淡白なやり取りであるが、何処か心が通じあっている様子が見受けられる。そうして彼女と波山楓花はルーヴル美術館を後にした。途中1ヶ所だけ世界の有名な絵画が1つも無い場所があるのだが、驚くことなかれ。彼個人の絵画ブースである。

 

 

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 私、鷹月静寐は波山楓花の幼馴染だ。元々家も近い上に時折彼のアトリエに遊びに行って、いつも完成した絵を1番に見せてくれた。それは彼が世界の有名画家として名を馳せても尚、それだけは続けてくれた。

 

 彼は高機能自閉症、アスペルガー症候群であると診断されている。そのせいか普通の人とは少しだけズレていたり、普通の人とは比べ物にならないぐらい天才なのだ。小学三年生の時に描いた作品が世界に知られるようになり、正しく絵描きの中では有名人になっている。

 

 前に写真を送ってくれた際は、ローマ法王とツーショット写真を撮っていて一瞬唖然とした。テレビにも引っ張りだこな上にこんな女尊男卑となった時代でさえも彼のことは世界そのものが認めていて、そして彼を世界が保護している。正しく手の届かない人になっていた。

 

 けれど楓花は私を片時も忘れていない。寧ろ有名になるにつれて、私が一緒に行動する機会が増えていったのだ。彼の安心できる人、自惚れかもしれないけれど私がついて行って落ち着かせていた。パニックにならずに済むのなら、それで良い。

 

 彼の理解者である両親は、小学四年生の頃に交通事故でなくなっていた。だからこうして一緒に過ごす時間が増えている事実がある。初めはイギリスで小さな個展を開き、それからというものの海外へと行くことが当たり前になっていた。その分語学の勉強もしなきゃいけなかったから、そこは苦労した。

 

 延々と描き続けて、自分の思うがままに生きている彼はずっと絵と向き合っている。スランプに陥った時だってあった、中学1年生の頃だ。それでも本調子になったのは、スランプから僅か1ヶ月後。その時の彼は何よりも絵に夢中になっていたのをよく覚えている。

 

 自宅はフランスの一等地、景観のいい場所に私の家族と一緒に住んで暮らしている。もう引っ越して1年になるけれど、フランス語はまだ慣れないのがネックだ。

 

 

「フーくん、今日何にしよっか?」

「…… Fete fete」

「そこ好きだね、じゃあ行こっか。」

「ん……。」

 

 

 Fete fete(妖精の宴)、ここは彼が唯一美味しいと感じながら創作意欲を彷彿とさせたレストランだ。個室で優雅に景観を楽しみながら旬の食材を使用している。1番安いコースでも日本円にして5万は下らないほどの高級な場所に彼はずっと足繁く通っているのだから肝が座っている。総資産が既に2億超えてるから金銭感覚を覚えさせるのも一苦労だ。

 

 まぁ、彼のルーティーンを崩すと癇癪を起こすので食事は好きにさせているのだけれど。金銭感覚云々言ったけど、私もとことん彼に甘いなと実感させられる。嫌ではない、こうして彼を支えられているのは少し誇らしいから。

 

 Fete feteに着いたら、普段のように専属ウェイターが出迎えてくれる。天才故の感覚、というより自閉の彼は対応してくれる人が同じでないと困惑するのだ。

 

 言い忘れていたが、このレストランは今ランチメニューの内容で提供されているが彼だけ夜用のメニューの提供であったりする。それを本当に美味しそうに食べていくのを見ると、こっちまで嬉しくなる。

 

 スケッチブックと鉛筆はエコバッグの中にしまい、料理を頬張っていく中、何やら店内が騒がしい。何だろうかと思っていたが、その前に楓花が心配であった。というのも、彼は学校でもピアノやリコーダーの音などに対しかなり聴覚が敏感であるため騒がしい場所はすぐに走って逃げていくほど。

 

 ただ私はこの騒ぎを何故か不可思議に思えた。普段は人々が沸き立つニュースが放送されようともここは静寂な雰囲気に包まれていたのだから、これだけ騒がれる何かがとても気になった。

 

 そしてそれが、初の男性IS操縦者が現れた報道を知ったのはお父さんからの電話からであった。

 

 

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 それから波山楓花は朝からご機嫌斜めであった。それもその筈、世界初の男性IS操縦者が現れたことにより全世界で新たな操縦者を発見しようとする試みが行われているのだ。それは男として産まれた波山も同じ……だが、彼が最も嫌うのは自分の絵描きを邪魔されることだ。絵を描いていたら突然政府関係者がやって来て検査を受けてくれないかと交渉してきたのだ。

 

 当然絵描きは中断、むすっとリスみたく頬を膨らませて“不機嫌です”と態度に現れている。話を聞こうともしないので完全にお手上げ状態であったが、鷹月静寐の父『鷹月 涼馬(りょうま)』の説得により渋々ながらも行ったのだ。

 

 そこでIS適正Aを叩き出したため、さらに絵描きの時間は中断されてしまい、さらに不機嫌になっていく。ついでに言えば、ISに興味無い上に“何それ美味しいの?”な彼にとってこれ以上苛立たせることはあるのだろうか。いやない。

 

 そして政府の保護観察中にも感情のままに絵を描いていき、完成した絵がまたも美術界を騒がせたのは単なる余談である。

 

 時は流れ、彼は鷹月静寐と共にプライベートジェットでIS学園に来た。本来はモノレールが唯一の交通手段だが、騒がしいのが苦手な彼は日本へ行くことを嫌がっていた。なので態々プライベートジェットで直接来たのである。

 

 そしてジェット内でも、外に出ても終始ムスッとした表情を崩さない波山は鷹月のフォロー(飴玉プレゼント)により表情を綻ばせていた。

 

 IS学園の滑走路を後にし出迎えたのは待機していた専属SP、その女性に案内され体育館へと向かう。

 

 

「…………ふぁ」

「眠い?」

「ぅん……」

 

 

 時差ボケで眠くなっているようだ。今更かと思うが、機内で絵描きに集中しすぎて寝ることを忘れていたようだ。

 

 そんな彼と鷹月静寐、そしてSPは集団から離れた場所で開会式に参加していたのだとか。

 

 

──

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─────

 

 

 

 終始ご機嫌斜めな様子、かと思いきや飴玉を頬張って嬉しそうに微笑む。あの方は喜怒哀楽が豊富ですぐに変わりやすい、それは分かっていた。何よりも騒々しさを嫌い、静寂に生きて大きな地位を築いたフウカ・ナミヤマ。世界を渡り、オーストラリア、ロシア、フランス、オランダ、イタリア、ベルギー、日本、アメリカ、そして我が国イギリスで個展を開き名を馳せるあの方。

 

 その絵からは何度も見続けられる中毒性のようなものが伝わってくる。見るだけ、ただそれだけなのに心を鷲掴みされた上に妙な安心感や好奇心……言葉にしても足りないぐらいにあまりにも美しく、あまりにも恐ろしい。ふと思い出すと、あの絵を買いたいと思ってしまう。

 

 まるで……麻薬。絵画というあの方特有の作られる麻薬だ。故に個展を開いたと報道が出たのなら、迷わずチケットを買い我先にと絵を見ようとする者達が後を絶たない。無論、私とてその一人。

 

 世界の名だたる富豪達がこぞって彼の絵を集めようとする。あの絵が何故そのような気持ちを引き立たせてくれるのか、分からない。恐らく、誰であろうと分からない。それが当たり前だと思い理解しようともしない。

 

 そんな絵を描く方は、大勢の女性に珍しげな視線……いえ、それは最初の方でした。彼の場合は──

 

 

「さ、サインください!お願いします!」

「お願いします簡単な絵で良いのでこの色紙に描いてくれませんか!?」

「なぜあのような絵を描くことが出来るんですか!? お願いします何でもしますから!」

あぅぅぅ……

「すみませんが先輩方、順番に落ち着いて並んでくれませんか?」

 

 

 彼の名を知る方々がこぞってサインや絵を欲しがっている。その人数は後を絶たない。1番前に座って項垂れた様子のイチカ・オリムラは、その集団を見て訳が分からない様子だ。……恐らく。

 

 それはそうとして──────

 

 

「どーぞ…………」

「ありがとうございますッ!」

「家宝にしますッ!」

「是非美術部への入部をッ!」

「まだ早いですって。」

 

 

 ──後で描いてもらいましょう。正直に言えば私もあの絵は欲しくてたまりません。

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