すやすやと眠っている彼を気遣いつつ静かに織斑一夏は勉強を鷹月静寐に見てもらっている。着いてきた篠ノ之箒はその彼の寝姿と織斑一夏の後ろ姿をそれぞれ交互に見ている。彼の寝姿は正しく子どものようで、見ていて穏やかになれるものがあった。
時折彼が身動ぎすることはあれども、寝苦しくて起きることはなかった。ふいに箒が彼の頭を撫でるのだが、夢でも見ているのか微笑むだけで起きる様子は全くなかった。その微笑みが箒にも現れていたところを静寐は見ていた。
「ちょっと休憩入れようか、お茶でも用意するよ。」
「いや、そこまでやらなくても良いよ。」
「まぁまぁ、お客様はごゆっくりしてなさいって。」
台所に立つ彼女は手馴れた様子でカップとソーサラーを3人分用意し、ミルクティーを入れていく。全員分入れ終えるとトレーに乗せてテーブルの上に置くとそれぞれの席の前に置く。
「日本茶じゃないのはゴメンね。フーくんがミルクティー好きなんだ。」
「へぇ……」
「……牛乳が濃いな。」
「本場イギリスだとそのぐらいの牛乳が使われるのが普通でね、フーくんがそれじゃないと不機嫌になるんだ。」
1口飲んだ箒の感想にそう答えた静寐。同じくゆっくりとカップを手に取り1口だけ飲んでソーサラーに置くと、穏やかな笑みを浮かべて口を開く。
「可愛いでしょ、フーくんの寝顔。」
「幼く見えるな。」
「可愛い……のかは分からないけど、確かに幼く見える。」
「ちなみにあの状態だと何されても起きないんだよね。地震がきた時も寝てたし。」
自閉症スペクトラムやアスペルガーに見られるのだが、五感が人よりも鋭敏に感知するため無意識的に気を張り続けている状態にも似ている。だからこそなのだろうか、寝る時だけは五感と体を休めるために機能が殆ど遮断される。
とはいえ筋肉の痙攣や寝苦しさによって極稀に起きることはあるが、普段はこのように爆睡し続けている。ついでに彼の寝姿は子どもというよりも、まるで胎児のように背を丸めて眠っている。これは人間が産まれる以前に、母体の中で背を丸めてい続けたため。大きな安心を得るために彼はこのようにして眠る傾向があった。
それらのことを2人に説明すると、何となく理解したような返事が返ってくる。
「胎児か……成程、言われてみればそうだな。」
「幼い以前に赤ん坊だったのか……」
「これ見てると疲れが消えるからねぇ、それに好き放題できるからいじりたくなるんだよ。」
”うりうり”と言いつつ彼のエクボの辺りをムニムニと人差し指でつつき、遊ぶ鷹月。ふと、一夏が尋ねる。
「なぁ鷹月さん。」
「ん、なに?」
「鷹月さんって、波山のこと好きなのか?」
急な質問に対して箒がむせた。変なところにミルクティーが入ったせいで咳き込みながら、一夏を見る。
「一夏……お前…………!」
「好きだよ。」
「んなっ!?」
「じゃなきゃ、ここまで着いていかないよ。フーくんの方はどうかは知らないけど、私は一緒に隣に立つよ。嫌だ嫌だって言っても、私が居なきゃ健康管理すら出来やしないんだから。」
「そ、そうなのか……」
ここまで好意を包み隠さず言ったためか、質問した一夏本人と聞いていた箒の顔が熱くなってくる。ここは大抵の場合、“そんなんじゃないから!”というフレーズが出てきそうなものだが、案外鷹月の方も彼に影響されているのかもしれない。
「聞くけどさ織斑君。」
「な、何だ?」
「好きな人居るの?」
箒が息を呑む。あのドスレートな発言により1つ変な緊張感が箒を襲ったが、結果は虚しく。
「いや、居ないけど。」
これである。内心箒は項垂れた。
「じゃあ告白されたことはある? 正直絶対女子から手紙渡されたり、付き合って下さいなんて言われたんじゃない?」
「手紙……は、靴箱の中に入ってたのはあった。買い物に付き合ってくれとは言われたけど告白は無かったな。」
「────あぁ、そういう。」
「ん?」
呆れた様子でティーカップを取ってミルクティーを飲む。ティーカップの半分ほど飲んだあと、椅子に背を預けてため息を一つ。
「難攻不落とかじゃなくて、攻略不可能なのか。大変だね篠ノ之さん。」
「ふぇッ!? わ、私はその……ちがっ……」
「いや、箒とはそんな関係じゃないぞ。」
こりゃダメだ。と思い、鷹月は頭を抑えて首を横に振り、箒は一夏へと睨みを効かせる。しかし悲しいかな、彼はどうにもこうにも気付きはしない。
「……勉強、再開しよっか。」
「お、分かった。」
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夢を見ていた。その夢は彼にとっては心地良かった。目を開いてみれば、そこは美しい青の世界。ただ青いだけではなく、中には鮮やかな赤や黄色、緑、白等々……正しく幻想的な世界だ。同時に、母親に包み込まれているような安心感さえあった。
彼はその中で背伸びをすると、足をパタパタと動かす。耳から聴こえてくるのは水の流れる音。そして彼に追従するようにして魚達やほ乳類、爬虫類が泳いでいる。
この世界では、彼はまるで人魚のように泳いでいた。とても綺麗な世界だが、同時にとても不思議な世界だ。底に行けば行くほど、別世界に来たかのように生き物達が変わっていく。冷たくもなく、押しつぶされるような感覚もない。
そしてそこで、また新たな生命が誕生した。その瞬間を彼は目撃していて、そして新たにインスピレーションを働かせる。ふと、その産まれたばかりの魚が彼に近付くと、優しく手を広げてにこやかに微笑んだ。
「大丈夫だよ────怖くないから、安心して」
まるで母のように優しく、自分の子どもを抱き抱えるようにして自分の胸へと誘い込むと、体を縮めて背中を丸めて胎児のポーズを取った。すると、その中からとても優しい光が発せられ──────
「……ぅうん」
ここで目が覚めた。そして何も考えず寝巻きのままベッドの下に置いていた白いキャンパスと絵の具を手に取り──ここで首を傾げた。“あれ、黄色が無い?”と思い漸く意識がハッキリとしてくる。そして黄色の絵の具は殆どカーペットの染みとなって消え去り、残量が危ういことを思い出す。
そして途端に膨れっ面になると、今度は鉛筆と画用紙を取り出し描き始めた。何も水彩画やら油絵やらだけが彼の専売特許ではない、絵を描けるのなら鉛筆だろうが木の棒だろうが傘だろうがお構い無し。ナスカの地上絵さながらの出来で彼オリジナルの地上絵が完成される。
そうして描き始めて早1時間、素早く忘れないように描き終えると満足気な表情でその画用紙を持って部屋内をウロウロしたり自分のベットで飛び跳ねたりした。嬉しさが感情表現の仕方から現れでている。
「……んぅ、フーくん? 早いね……ふぁ」
「おはよー。絵、描けたよー。」
「はぁぅ…… 良かったね。でも今6時だから、はしゃいじゃ駄目だよ。」
「?」
「他の人が起きちゃうからね。……何時に起きたの?」
「んとね……5時。」
「ホント早いよねフーくん」
眠たげな瞼のまま鷹月は洗面所まで向かい、先に顔を洗って出ると彼に顔を洗うように誘導させる。ふと彼の書いた絵を見ると、まるで海の中から新しい命が誕生することを彷彿とさせるような絵であった。深海、とても暗い海から眩い光によってそれだけが光り輝いているように見える。
このような絵、実は鷹月は何度も目にしてきた。そして決まって彼に“何故このような絵を描いたのか”と聞かれれば、“夢で見た”と答える。正直夢のことをここまで鮮明に覚えている方もおかしい上に、
人は自分の失敗を覚える。不意に思い出されて、気分が沈むことなんてザラだ。つまるところ、恐れるものに対する記憶は鮮明に脳裏に焼き付くのが普通であり、夢での恐れるものも大抵覚えているのだ。だが彼の場合は恐怖のものではなく、とても穏やかな夢。起きた途端に気分がスッキリする夢を、よく覚えているのだ。
彼が洗顔から戻ると、制服に着替えるように促す。面倒くさそうにしてその場で脱ぎ始めるが、鷹月は別に何とも思っていなさそうだ。いや、実際何度もこういうところはあるので言わなくても良いやと思っているだけだが。そうして準備を終えると、2人は学園の食堂にまで向かったという。
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ロシアのとある施設に、多くの人間が集いたった1つのISを製作している。約5京以上ものナノマシンを操るため、ISそのものの演算処理能力を高める必要性があった。そのため、そのISには理論上での可能性にかけたデュアルコアを採用。そして非武装とし描くための大きな絵筆を装備、フランスの汎用機ラファール・リヴァイブをベースとし、スラスターや装甲の数を減らした。
もっとも創意工夫を凝らしたのは大きな絵筆の方であった。格納領域に使用者の意思を感知して変色させるナノマシンを5京以上、それらを操る機能が最大級の精度のものを使用している。世界へ影響を与える彼に対する、最大限の媚びと同時にお礼でもあった。
ただそのISにも不思議なことが起きていた。完成された状態になった途端、そのISが急に自身の体を丸めて空中に浮かんだのだ。まるで胎児のように浮かんでいるその機体は、もしかすれば彼に影響された……という想像が技術者や研究者の間で1つの考えが一致された。
波山楓花の与える力は、ISにも影響を与えた。それが定かなのかは、正しく神のみぞ知るというものだろう。
もしくは、彼自身が神ではないのかと変な予想を立てた人間も居たりしたが。