絵描きのIS   作:(´鋼`)

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お気に入り700人突破していて歓喜してる合金です。

伸びなくなったなぁと一時期思ってたら、また増えてる。……好きですねぇ皆さん。

ならば私もそれに応えましょう!またサブタイトル変わりますので、お楽しみに。


価値観

 人の見方は千差満別であり、そもそもそうでなければならない。それ程までに認識の違いというのは重宝されるべきものであって、抑圧されるべきではない。しかしながら他者の見方が自身にとって不必要と考えるものは少なくないだろう。故に人は拒否をするのだ、人の持つ特有の価値観を無意識に否定して自身の在り方をそのままにさせる。

 

 だがその価値観は他人が決めるべきことではない。ましてや他者の言葉で邪魔されるべきものですらない。そんな思い、そんな苦しみ、そんな喜びを感じるのは、他でもない自分自身である。それと同時に、価値観の違いによる対立も起こることを知っておかなければならない。その分、その対立は自身にとって大きな成果を得ることもまた事実だが。

 

 ……彼の持つ価値観とは、どのようなものだろうか。今でこそ“描きたいから描く”ということを貫き通す彼だからこそ、その考えに至るまで、どのような過程が生まれていったのだろうか。もっとも、彼は信頼に値する人物の言葉しか聞かないのだが。要するにここで彼の機嫌を損ねては、この先何が起こるか分かったものでは無い。

 

 

──

───

────

─────

 

 

 ある日の昼休み、セシリア・オルコットは1人階段を上り続けていた。その手にサンドイッチを数個ほど持っているのだが、表情はどことなく呆れや諦めがあった。何故そうなったのか……問題はあの代表決めの時のセシリアの発言にあった。

 

 あの発言により彼女には1つ、アウェー感を感じていた。周りから多少なりと聞こえるセシリアへの侮蔑の意を持つ発言の数々、他学年や他クラスならばまだ分かる。だがその声が1組から聞こえているのならば、これ以上の疎外感は他に無いだろう。こんな声は幼い頃によく聞いていた、それでも前に進むしか無かったセシリアは彼女なりの思いと力を使った。

 

 そうだとしても、どうにもならないことはある。他者からの蔑みは無視してきたが、今回は貴族の社交界にあらず学園生活の中。不快ならば、その不快の原因である自分が離れれば毎日聞いているあの声が聞こえずに済む。だからこそ彼女は1人になれる場所、屋上まで歩いていた。

 

 そうして屋上の扉を開けると、視線の先に先客が居た。もう1人の男性操縦者の波山楓花であった。そんな彼はじっと真っ直ぐを見つめていた。地べたに座り柵越しに何を見ているのだろうか、セシリアは気になったので彼の元へと歩み寄る。

 

 

「────ん、あっ。」

 

 

 セシリアの足音に気付いたのか、すぐに後ろに振り返る波山。彼に会釈をしたあと、また歩んで彼の元へと辿り着く。

 

 

「ナミヤマ氏、こちらで何をされているのですか?」

「……んとね、海見てたの。」

「海?」

「うん。」

 

 

 彼はまた視界を海の方へと移す。その瞳から穏やかで、まるで子どもを見守る母親のような優しげな目をしていた。それと同時に、同じく見守っている父親のような優しげな目をもしていた。

 

 彼女にとってその目は、その瞳は眩しくて……辛いものであった。彼女の両親は既にこの世にいない、2人とも列車事故によって亡くなっていた。その現実を突き付けられるセシリアは、まだ幼かった。故に彼が海を見つめるその視線が、深く心に抉りこんだ。

 

 

「──なぜ、海を見ているのですか?」

 

 

 この気持ちを、この黒い中身を悟られたくないがために、彼女は咄嗟に思いついたことを訊ねた。

 

 

「────海が、好きなんだ。」

 

 

 優しく優しく、赤ん坊に聴かせる子守唄のような声色が彼の口から出た。

 

 

「海はね、優しいんだ。あの中で、色んな生命(いのち)が生まれたんだ。とっても優しくて……お母さんみたいで、とっても大好きなんだ。」

 

 

 あぁ、駄目だ。これでは私が墓穴を掘っただけではないか、とそのように感じ取っていたセシリア。彼女の心がまた黒く塗りつぶされていく。徐々に増えていくそれは、過去の両親の在り方を思い出されていく。

 

 

「──お母さんが好きなんだ、僕に優しかったから。

 ──お父さんも好きなんだ、大好きなことを手伝ってくれたし、優しかったから。

 

 

 ──だから海が好きなんだ。僕達全員のお母さんなんだもん。」

 

 

 綺麗な見方だ。とても純粋極まりなく、その眩しさは時に嫌というほど黒を消していく。黒が消されていく白というのは、時に1つの狂気を帯びることもある。しかし彼の中にそんな白さ(狂気)は──ない。

 

 

「……お母さんも、お父さんも、居ないから。お母さんに……なって、くれる……から……。」

 

 

 彼の声に詰まりが出ると、セシリアは我に返った。彼もまた、彼女と同じように両親が居ない。彼の両親は交通事故に遭って亡くなっている。10歳という、まだ生きるために頼らざるを得ない歳である。境遇自体はセシリアと何ら変わらないが、彼は所謂臆病者であった。

 

 しかし自分にも出来ることはあった。自分にしか出来ないことを彼もセシリアもやった。家柄を守るために、自分が自分としてあるために、2人は心血を注いだ。

 

 違うことがあるとすれば、彼は家族を思い出して泣く。セシリアは弱さを見せないために泣かなくなった。頼れる存在の有無はどちらにもあったが、前に進み続けるのか、過去を思い返すのか。それだけしか違わずとも、人に与える影響は計り知れない。

 

 セシリアは彼の隣に座り、彼の頬に伝わる涙を指で拭いとった。伝わる人肌の温かみが彼をセシリアへと向けさせた。

 

 

「あり……がとう…………。」

 

 

 同じ痛みを分かち合えるのならば、彼の前で弱さを隠すのは止めよう。セシリア自身が味わった苦しみと、彼の味わった苦しみが緩和されるのなら……弱くなってもいいのかもしれない。

 

 

「──私も、両親が居ません。列車事故に巻き込まれて。」

「えっ……そうなの?」

「えぇ。それからは、とても大変でした。」

 

 

 海を見た。彼の見ている海が、何となくセシリアにも分かった気がしていた。

 

 

「周りはお金が目的で、家を狙ってきました。両親が残した家を必死に守ってきた……全ては、今は亡き2人の為に。」

「────じゃあ、僕と違うね。」

「違う、とは?」

「他の人は……僕を欲しがってた。絵が売れるから、お金になるから……人の目が怖かった。」

 

 

 両親の親族が彼を狙ったのは、彼個人の価値そのものであった。彼が描く絵は世界に影響を与えるため、正しく彼は金の成る木に見えたことだろう。それまで彼に対して冷たくしていたも親族でさえも、彼を好意的に捉えていた親族でさえも、こぞって彼に対して色眼鏡を付けた。

 

 とても小学四年生が見ていい光景ではない。多くの人が自分を狙って異様なまでの執着を見せるその姿も見ていいわけが無い。だからこそ彼は1番信頼出来る所に身を置いた。金や彼の価値を無視して1人の人間として見ることのできる人達の元へ。

 

 それを思い出して、また涙が零れる。セシリアはその涙をまた拭いとる。彼は芸術家という立場に居る故に、その天性の才能を我がものにしようとする者がいる。セシリアは家柄の良さが災いし、その価値を狙おうとする者がいた。

 

 同じ苦しみがあったからこそ、共感できる。立場が違っていても分かり合えるものがある。セシリアは彼を抱きしめて目を閉じる。

 

 

「……なに?」

「──私も、怖かった。人の目が、とても恐ろしく思えたのは、あれからでした。」

「……そう、なんだ。」

「……思い出したら、怖くなってきましたわ。」

 

 

 抱きしめる力を少しだけ強める。2人が感じ取っている暖かさが、悲しみや弱さとともに伝わってくる。

 

 

「私も、少し……落ち着いてもよろしいでしょうか?」

「……いいよ。」

「ありがとうございます。」

 

 

 昼休み、この2人はそのような時を過ごしていた。

 

 

─────

────

───

──

 

 

 ────昼休みにまさかナミヤマ氏と出会い、そして……そして…………

 

 

「ッ〜〜〜〜!」

 

 

 わ、私はあの時何をしていたのですかぁああああ!小っ恥ずかしい台詞を吐いてナミヤマ氏にあのような……あのように抱きしめてっ、てててててててて!

 

 

「あの、セシリアさん? だ、大丈夫?」

「! 大丈夫ですわ! ご心配なさらず!」

「あ、うん……。」

 

 

 というか何なんですのあの破壊力は!? ただ表情を綻ばせただけで可愛い人がこの世に居たのがビックリしましたわよ!

 

 お父様とはまた違った男性として、世界で活躍する方なのは昔から聞いていましたが……あんな表情を鷹月さんは毎日見ているというのですか!? 羨まゲフンゲフン体が持ちませんわそんなの!

 

 芯を貫き、絵で認められ、尚且つ可愛い…………────

 

 

「ミアアアアア!」

「うぇい!? いやホントに大丈夫なの!?」

「だ、大丈夫ですわ! 何も問題はないです!」

「いやそんな叫び声聞いた時点で心配はするでしょ普通。」

 

 

 ウグッ……た、確かにそうでしたわ。ここで私が変に慌ててはイギリスの威厳にもオルコット家の威厳にも関わります!ここは誰が来ても平常心で居られるようにしないと──

 

 

「Excuse me. May I talk to Ms.Olcott?」

 

 

 ふあっ!? な、なぜ彼がこちらに!?

 

 

「あれ、誰だろ? 」

 

 

 しまった如月さんが! このままでは彼と鉢合わせてしまう! いや会いたくないわけではありませんが、今この醜態を見られてしまうのは問題以外の何物でもありません!

 

 

「はいはーい。あ、波山さん!?何か用!?」

「えっと……セシリアさんいる?」

「あ、うん! ちょっと待ってて下さい!」

 

 

 如月さぁん!あー待って下さい今この姿を見られるのは不味いにも程が!

 

 

「ほらセシリアさん、ご指名だよ。」

 

 

 ぐっ……ここで出ていかなければ、このセシリア・オルコットのプライドが赦さないと叫んでいますわ!ならば、覚悟を決めてここから1歩踏み出さなければ!

 

 

「あ、居た。」

「ピイッ!?」

 

 

 何で部屋に入ってきたのですか!?普通ここは私がナミヤマ氏の元まで行かなければならないのに!

 

 

「あえ!?ま、待っててくれれば良かったのに。」

「えっとね、渡したいものがあるだけ。あと、お礼も。」

 

 

 そう言ってナミヤマ氏は持ってきていたロール状に纏めた画用紙を私に差し出しました。

 

 

「あの……これは……?」

「今日、ありがとう。そのお礼に、書いたばかりの絵を、プレゼント。」

 

 

 ニヘラと表情を崩した笑顔は、男性なのに可愛さが含まれていることを思わせるほど。そのあとはナミヤマ氏が手を振りながら部屋を出ていきました。……絵を見てみれば、まるで生命の神秘が凝縮されたような1枚の鉛筆画でした。

 

 このような絵までプレゼントされた……これは、代表決定戦は負けていられませんわ!

 

 

「セシリアさん、今日のことってなに?」

 

 

 ──一つ、面倒事が増えたようですけども。


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