けものフレンズR [Resurrection] 作:A.Unno
今日もおひさまが、空にかがやいています。
こんな日は、木陰でうとうとするにかぎります。わたし――イエイヌにかぎらず、フレンズならばみんなそうでしょう。いまはじゃぱりまんを食べたばっかりなので、とくに眠たいのです。目を閉じると、いろんな音や匂いが、はっきりとしてきます。風が吹く音、はっぱがさらさらとこすれる音、舞い上がった土の匂い。
ああ、かすかになつかしい匂いもしてきました。これは、ヒトの――
ん?
ヒト!?
考えるよりもさきに、からだが動いていました。地面から一瞬で起き上がって、匂いのしてくる方向へ猛ダッシュです。風が運んでくる匂いは、どうやらわたしのなわばりの近くの『しせつ』からしているようでした。
くずれかけた壁を飛び越え、匂いのはじまっている場所へと急ぎます。階段を五段飛ばしで降り、こわれたドアを突き破ると、匂いがいっそう強くなってきました。まちがいない――ついに、わたしが使命を果たすときがやってきたのです。
ヒトに会ったことはないはずなのですが、わたしの中の〈なにか〉が、これがヒトの匂いだと知っています。いったい、どれほどこの日を待ち望んできたことか!
通路の奥から、ひときわ強い匂いがしています。ということは、あそこにいるにちがいありません!
「――そこですかー!?」
「うわああっ!? なに!?」
またもドアを突き破って飛び込むと、そこには――
目を覚ますと、そこは〈まっしろ〉の中だった。
ぷしゅう、という音が聞こえたかと思うと、目の前にあった〈まっしろ〉が急に開いて、あたしは外へ出られた。
「どこだろここ……」
どこからか差し込んでくる日の光で、なんとかまわりが見える。せまい部屋は荒れ放題で、ところどころ天井も崩れかけている。自分が入っていた箱を見ると、そこにはなにかきらきらしたものがしき詰めてあって、何本か管が通っていた。
箱の外装には『SC……4……』なんとか、とか書いてある。意味は、よくわからない。気を取り直してまたあたりを見回してみる。薄暗くてよくわからないけれど、部屋にほかの人はいなさそうだった。
「んっんん……おーい! だれかー!」
叫んでみたけれど、とくに返事はない。むなしく反響するあたしの声が吸い込まれていく。急に、いろいろと不安になってきた。あたし、誰なんだろう? 名前も思い出せない。なんでここにいるんだろう? あの箱はいったいなに?
部屋には鏡があった。おそるおそる近づいてみると、そこに写っているのは、帽子をかぶった緑色の髪の女の子だ。自分の顔なのに、なんだか見覚えがないような気がする。目は左右で違う色をしているし、おまけに爪の色も緑色だ。
「な、なんだろこれ……どうしよ……」
と、途方に暮れていたそのとき。とつぜん、天井の方からすごい音がしてきた。だれかが走り回っているような、そんな音。それはどんどん近づいてきて――壁が勢いよく吹っ飛んだ。
「――そこですかー!?」
「うわああっ!? なに!?」
「ああ……」そこに立っていたのは、全身が白っぽい……イヌっぽい……いやヒトっぽい……女の子、的な?「会いたかった――――――っ!!」
女の子は目にもとまらぬ速さでジャンプすると、そのままあたしに飛びついてくる。
「うわ! え、ちょ――」
あ、なんか、もふもふ――とか思っていると、受け止めきれずにバランスがくずれる。二人でひっくりかえって、あたしはしたたかに頭を打った。
「す、すみません……やっとヒトに会えたと思って、おもわず……」
ちょこん、と女の子が正座している。
かわいい。ちょっと目つきがするどいけれど、ぜんぜん悪い子じゃない。両目で色違いの瞳が、おずおずと上目づかいにようすをうかがっている。頭の上には、けもののような耳が生えていて、しかもおしりからはもふもふの毛でおおわれたしっぽが生えている。
かわいい生き物だ。なんていう子なんだろう。
「ううん、いいのいいの。えっと、あなたは?」
「わたし、イエイヌっていいます。イエイヌのフレンズなので」
「フレンズ?」
あっ、そうか、という顔をイエイヌちゃんはした。あたしが本格的に何も覚えていないらしいことをさとり、ちょっとだけ思案顔になる。どこから説明したものか、という雰囲気だ。
「フレンズというのは、わたしたちみたいな動物がヒト化したものを言うんです。わたし以外にも、たくさんのフレンズがいますよ」
「そうなんだ、ありがとう。――それにしてもイエイヌちゃん、どうしてあたしがヒトだってわかったの? というかあたし、ヒトなんだね」
「ええっ」
イエイヌちゃんはちょっとオーバーにも思える反応をした。そして下から上までなめるようにあたしを見た後、「失礼します」と言って、あたしの首筋のあたりをかぎ始めた。なんか恥ずかしいな。
「――やっぱりヒトですよ! 匂いでわかります!」
「匂い? イエイヌちゃん、匂いでわかるの?」
「はい、イヌ科なので! 鼻がとってもきくんです」
「すごいね、イエイヌちゃん! えっと、あたしは……」ああ、そうだった。名前、思い出せないんだった。あたしは照れくさそうに頭を掻いて、あはは、と笑う。「ごめんなさい。なまえ、わからないんだ。あたし」
「ええっ、それって、いま頭を打ったから」
「ああ、違うの! イエイヌちゃんのせいじゃないよ! 元からなの」
「そうなんですか……」イエイヌちゃんは心配そうに、あたしのたんこぶを見つめている。「なめたら治りますかね?」
「へっ!? いや、大丈夫! ほっとけばなおるよ!」
そうですか、とちょっと残念そうにイエイヌちゃんは戻っていく。
「あ、もしかして」イエイヌちゃんにはなにか心当たりがあるらしく、ひとりでにうなずいている。「記憶喪失なんでしょうか」
「たぶん、そうだと思う。自分の、名前も思い出せなくて……」
「大丈夫ですよ! ときどき、そういうフレンズの子もいますから」
イエイヌちゃんはかわいいだけでなく、やさしい子でもあるみたいだ。人懐っこい笑顔を浮かべて、ぱたぱたと尻尾を振っている。
「イエイヌちゃんはすてきなフレンズなんだね」
「そんなことないですよう」
ちょっと照れくさそうに笑ったイエイヌちゃんは、「でも」と立ち上がって言った。
「ヒトもすてきなどうぶつですよ! わたしはヒトに尽くすために生まれてきたんですから!」
「つくす……?」
「はい!」イエイヌちゃんはパタパタと尻尾を振っている。「なんなりと命じてください、ヒトはわたしのご主人さまなので!」
「ご主人さまって……」
「あれしろ、とか、これしろ、とか。そういうことを言ってくれるヒトです!〈しゅじゅうかんけい〉ってやつです!」
「そんなこと、しないよ」
「えっ」
「だってイエイヌちゃんは、あたしのおともだちでしょ?」
「そんな」愕然とした様子で、イエイヌちゃんは何歩か後ずさった。「わたしではなにか不足ですか!?」
「そんなことないよ! イエイヌちゃんはすっごくかわいいし、やさしいし。〈しゅじゅうかんけい〉っていうのはよくわからないけど、おともだちからじゃダメかな……?」
「ダ、ダメではないですけど……」
はうう、とイエイヌちゃんはよくわからないところから声を出した。照れているのか、もじもじしている。やっぱりかわいい。
とにかく、なにか思い出せるような手がかりを探そう。もう一度部屋を見回すと、そこにはかばんが落ちていた。
「これ……あたしのかな?」
中に入っていたのは、スケッチブックと、ぼろぼろになったどうぶつ図鑑に、あとはクレヨンだった。もしかしたら、と思ってスケッチブックを開いたけれど、とくになにも手がかりはない。
「あ、ここ。なにか書いてありますよ」
イエイヌちゃんが指差したところには〈とも え〉と書かれている。
「とも……え……」
「それがお名前なんでしょうか」
「……うーん、特にピンとはこないけど」でも、こういうときは悩んでいても仕方がない。「うん、そうしよっか! あたし、ともえ! よろしくね、イエイヌちゃん」
「はい! よろしくお願いします、ともえさん!」
「もう」イエイヌちゃんはちょっとおカタい。そこもかわいいけど。「さん付けはやめてよー」
「じゃ、じゃあ、ともえ……ちゃん」
「えへへ。なんか照れくさいね」
「もう、ともえさ――じゃなかった、ともえちゃんが言ったんじゃないですかー!」
「あー、またしゃべり方がかたいよー」
「うう、こればっかりはまだ……」
イエイヌちゃんは困ったように耳をおさえている。代わりに、しっぽがぴょこぴょこと動いて恥ずかしがっているみたいだ。ちょっとからかいたくなってしまう。
「そういえば、そっちの……その本はなんなんでしょう」
「これ? これは図鑑……だね。どうぶつ図鑑って書いてあるよ」
でも、ちょっと古くなっているみたい。水にぬれたり、落っこどされたりしたようなあとがある。ページもけっこう抜けていて、ぼろぼろだ。ぱらぱら、とめくると、「おお……」とイエイヌちゃんが反応する。
「なんだかこれも、なつかしい匂いがします! ともえちゃんといっしょです!」
「えっ、そうなの? じゃあやっぱり、これもあたしのなのかな?」
そのままぱらぱらとめくっていくと、大きくやぶけたページに出る。ここらへんだけまとめてページが落ちていて、なんのどうぶつが載っていたのかぜんぜんわからない。下の方だけが残ったページには、なにやら文字が書かれていた。
「〈たいせつな、ともだち〉……」
「大事なおともだちがいらっしゃったんですね」
「うーん、もしかしたら、その子に会えばあたしのこともわかるのかな……でも、なんの動物のページなんだろう……なにか、心当たりある?」
「いえ、わたしには、完全にやぶれちゃってますし……こういうのは、『としょかん』で聞くしかないかと」
「図書館?」
「はい。しんりんちほーってところにあるんです」
しんりんちほー、か。特に聞き覚えはない気がする。
あ、そういえば。ここがどこなんだか、すっかり聞くのを忘れてた。
「ごめん、いまさらなんだけど……ここって、どこなのかな……?」
「ここですか? ここはジャパリパークの真ん中にあるパーク・セントラルです!」
「ジャパリ、パーク?」
「フレンズがたくさん暮らしてて、すっごーくひろいんですよ!」
ジャパリパークかあ、なんだか楽しそうな響きの言葉だな。でもやっぱり聞いた記憶がない気がする。というか、イエイヌちゃんの言葉を信じるなら、
「もしかして、図書館もすっごーくとおいってこと?」
「はい、歩いたら何日もかかっちゃうかもです」
イエイヌちゃんは内容にそぐわず元気いっぱいに答えてくれた。
「まあ、しょうがないか……」
「案内しますよ! 図書館で、その〈たいせつなともだち〉を探しましょう!」
「本当に? 何日もかかっちゃうけど、いいの?」
「おまかせください! それがわたしの使命ですから!」
どん、とイエイヌちゃんは胸を張った。ふふん、と鼻を鳴らして「さあ行きましょう!」とあたしの手を取る。
「うん」
イエイヌちゃんの手は、とってもやわらかかった。
しかもどこか、なつかしい気がする。