けものフレンズR [Resurrection] 作:A.Unno
「あ、そこ段差あるから気を付けてください」
「おっとと、ありがと」
イエイヌちゃんはとっても礼儀正しい。最初こそテンションがすっごく高かったけれど、いまはなんだかしっかり者に見える。
薄暗い廊下は、ちょこちょこ天井が地上まで抜けていて、光が落ちていた。どういう建物だったかすっごく興味がわくけど、それ以上に気になることもあった。
「ねえ、あたしってどんな匂いなの?」
「ふむ……むずかしい質問ですね」足を止めたイエイヌちゃんは、考え込むようにあごへ手を添える。天井からの光が当たって、右の目が水色に光った。「一言で言うとなつかしい……んですけど、でも、それだけじゃないっていうか……」
「ふうん、そうなの」なつかしい、か。「イエイヌちゃん、むかし人に会ったことあったの?」
「ある……はずなんですが、そのときのことを覚えていなくて」
「もしかして、イエイヌちゃんも記憶喪失?」
「いえ、フレンズ化する前の記憶だと思うので。どうぶつはサンドスターっていうキラキラとぶつかると、フレンズになるんです。そのとき、前の記憶をなくしちゃう子もいるので」
「へえー……そうなんだ。ものしりだね、イエイヌちゃん」
「そっ、そんなことないですよ!」
口ではそう言いつつ、しっぽがものすごくぱたぱたしている。イエイヌちゃんは顔じゃなくてしっぽに出やすいタイプみたいだ。
階段を上がると、だんだんあたしにも匂いがわかってきた。空気の匂い。土や葉っぱが織りなす自然の匂いが、鼻をくすぐる。記憶喪失だけれど、この匂いをずっと嗅いでいたことはわかる。
「あ、そうだ。それこそ、記憶喪失のヒトの話なら〈はかせ〉が詳しいですよ」
「そうなの?」
「実はさいきん、ジャパリパークにヒトがいたんです。〈かばんさん〉っていうんですけど――そのヒトも、最初は記憶喪失だったそうなので」
「そうなんだ」でもイエイヌちゃんの言い方だと、もうその〈かばんさん〉はパークにはいないみたいだ。「〈かばんさん〉、どこに行っちゃったの?」
「ヒトのなわばりをさがしに、別の島へ行ったとか」
「じゃあ、この島にはヒトはいなかったんだね」
「そういうことになるんでしょうか」
会ってみたかったな、かばんさん。同じヒトの仲間がいるなら、心強いんだけど。
長い長い階段が終わろうとしている。外の匂いはどんどん強くなってきて、風が下まで舞い込んできた。砂が混じっているそれに、あたしはおもわず帽子をおさえる。自然と笑みがこぼれてきて、駆け足にのぼっていく。
「うわあ……すごいな、ここ……」
おおきな空が、どこまでも高くて、青い。それと対照をなすように、地面には草原が広がっている。風が吹き抜けていくと、少し遠くにある木々が揺れた。さらにその奥にあるのは――赤い、おおきな車輪?
「なんだろうあれ……」
「ああ、あれは〈かんらんしゃ〉というものらしいです。いまは壊れているので、あんまり近づかない方がいいそうです」
へえ、と思いながら、自然と手がかばんに伸びる。片手でクレヨンとスケッチブックを手に取って、青色のクレヨンをすべらせる。手が勝手に動いていた。まるでいままでそうしてきたかのように、自然に、あたしは目の前の風景を絵にしていく。
「ともえちゃん? なにしてるんですか、それ」
「えっ? ああ、絵を描いたの」
きれいな風景だから、つい――とスケッチブックを手渡す。イエイヌちゃんの顔がぱああっと明るくなった。スケッチブックをいろんな角度にして、とってもはしゃいでいる。
「すごいですね、これ! まるでオオカミさんみたいです」
「オオカミさん?」
「はい、ろっじアリツカってところにマンガ家さんがいるんです。でも、ともえちゃんの絵もとってもすてきです」
「へえ、マンガ家さんなんているんだ。なんかそんな子と比べられちゃうと照れるな」
「これから会えますよ。〈あれ〉さえ使えば、きっとひとっとびです」
「〈あれ〉?」
ふふん、と鼻を鳴らすイエイヌちゃんは、なんだかとても得意げだ。イエイヌちゃんの案内についていくと、森の中から急に建物が現れた。かなり古びているけど、あの〈しせつ〉よりはまだきれいなほうだ。入り口のシャッターは半開きで、そこから何か見えている。
「こちらに乗って移動します!」
「うわあ! すっごーい」
そこにあったのは、黄色いサイドカーつきのバイクだった。真新しくて、あんまり使われてないように見える。ライトが二つついていて、どうぶつの顔みたいなデザインになっていた。カッコイイな、これ。
「これバイクだよね? 運転していいのかな?」
「バイク? はよくわかりませんが、ヒトは乗り物が運転できたそうです」
「ようし、じゃあ乗ってみようよ」
とりあえずまたがってみると、なんとか、ぎりぎり足がペダルにとどいた。イエイヌちゃんはサイドカーにちょこん、と座って、楽しそうに尻尾を振っている。バイクに興味津々な様子で、あちこち叩いたり撫でたりしていた。
「うーん、どれが電源ボタンなのかな……?」
なんとなく勘で、ハンドル横の赤いボタンを押してみる。すると、どるん、という音とともにモーターが動き出した。正解のようだ――けど。
「あれ……?」
みるみるうちに音が小さくなり、止まってしまった。電池切れのような気がする。そういえば、バイクからなんかコードが伸びてたような。
「イエイヌちゃん、バイクから伸びてる紐、ちゃんとどこかにつながってるか確認してくれる?」
「任されましたっ」
きまじめな敬礼をして、イエイヌちゃんはサイドカーから身軽に飛び降りる。黒いコードを追いかけて、部屋の奥へとずんずん進んでいく。先はちょっと薄暗くなっていて、よくわからない。
「どうー?」
「なんか、穴に刺さってます」
「うーん、じゃあコンセントは大丈夫か……」
どうしたもんかな、ともう一回電源ボタンを押すと、急に機械っぽい音声が流れた。〈けんげんがありません〉。うわ、とあたしが驚いていると、すぐにイエイヌちゃんが飛んでくる。
「どうしました、大丈夫ですかっ」
「う、うん。でもけんげん? がありません、だって。運転しちゃダメなのかな」
「ええ、動かないんですか」
うん……とうなだれていると、イエイヌちゃんは「うーむ」とちょっと悩み始めた。
「これは、ボスに頼んだ方がいいかもしれませんね」
「ボス?」
「はい。〈かばんさん〉も、ボスと一緒に〈ばす〉に乗っていたそうなので」
かばんさんもそうだったんだ。ますます会いたくなってきたなあ、かばんさん。きっと、いまのあたしとおんなじような苦労をしてきたんじゃないかな。そしたら、いろんなお話ができそうなのに。
「そのボスっていうのは、どこにいるの?」
「ボスはどこにでもいますよ! ちょっと探してみましょう」
「そうだね、イエイヌちゃんの鼻があればいちころだよ!」
「ぜんっぜん、見つからない……」
もうお日さまがかなり高いところまで来ているのに、まだボスは見つからなかった。イエイヌちゃんの話によると、ボスは水色で、尻尾があって、耳もあって、でも小さくてかわいいらしい。
そんなかわいいデザインならすぐに見つかりそうなものなのに。すると、きゅるる、とおなかが鳴った。そういえば目が覚めてから、なんにも食べてないんだった。
「おや、お腹が空いてるんですか」
「あはは……お恥ずかしい」
それなら、とイエイヌちゃんが差し出してきたのは、黄色くてまんまるなパンのようなものだった。
「これは?」
「じゃぱりまんです。おいしいんですよ」
そう言うと、イエイヌちゃんはじゃぱりまんのはしっこをちょっとだけもぎって、口に放り込んだ。もぐもぐと食べながら、どうぞ、とほほえむ。
「じゃあ、いただきます!」
思い切って大きくかぶりつくと、ふわふわの生地の間から、塩味のペーストがじゅわ、と出てくる。お肉とも野菜ともちがう感じだけれど、とってもおいしい。あたしはそのまま夢中になって食べ進んで、あっという間にじゃぱりまんはなくなってしまった。
「あっ、ごめん。せっかくのじゃぱりまん、全部食べちゃった……」
「いえいえ大丈夫ですよ、まだまだありますから」
でも、とイエイヌちゃんはちょっと困ったような顔をした。どうやら、じゃぱりまんはいつもボスが運んできてくれるものらしい。あたしのぶんもそのうちもらわなきゃいけなくなるし、ますます見つけなくちゃいけない。
「こういうときは、〈たんてい〉にたよるのが一番です」
「〈たんてい〉、そんなのいるんだ」
まあ、ちょっとおっちょこちょいな人たちですけど、とイエイヌちゃんは付け加える。探偵かあ、きっとさぞかし知的な感じのフレンズちゃんがやってるんだろうなあ。イエイヌちゃんはその子たちの〈じむしょ〉を知っているらしく、こっちですよーと先導しはじめた。やっぱり頼りになるなあ、イエイヌちゃん。
しばらく歩いていくと、なんだか特徴的な建物が見つかった。
「ここが、事務所?」
「そうですよ」
岩山を模した大きな建物には、〈わすれものセンター〉という文字があった。なるほど、〈たんていじむしょ〉はここに入っているらしい。二階に上がって、入り口のドアを開けると、壁の向こうからなにやら声が聞こえてきた。
「――お願いしますです、探してくださいなのです」
「……イエイヌちゃん、先客がいるみたいだよ」
「とりあえず入ってみましょう」
ドアを開けると、そこにはフレンズが三人、一斉にこちらを向いた。いましゃべっていたのは、一番手前の貝殻を着けた子だ。短めの髪は白いが、下半身にかけて黒い毛でおおわれている。なんだかおっとりとした印象を受ける子だ。
「あなたたちは?」
「こんにちは。あたし、ともえって言うの。こっちは、おともだちのイエイヌちゃん」
どうも、とイエイヌちゃんはおじぎをする。それを受けて貝殻の子も、のんびりとしたおじぎを返してきた。それに合わせて、水色の貝殻がきらきらとゆれる。
「こんにちはです。わたし、カリフォルニアラッコです」
「カリフォルニアラッコちゃんね、よろしく」
ささっと、図鑑を開いてみる。ぱらぱらとめくってみて、それらしいどうぶつのページを探してみると……あった、ラッコ。〈触毛と呼ばれる体毛が密に生えており、ここに空気をたくわえることで海中でも体温を維持できる〉かあ。つまり、あったかくてふわふわなのかな、撫でてみたいな……。
「む、なんだろう」
「ああ、新しい依頼者のかたですか?」
奥にいたふたり――きっとこの子たちが、イエイヌちゃんの言う〈たんてい〉かな――が、ラッコちゃんの後ろから顔を出した。二人ともちょっと雰囲気が似ているけれど、べつのどうぶつらしい。黒髪でぱっつんのフレンズと、金髪で丸い耳がかわいいフレンズ。ふたりとも特徴的な帽子をかぶっている。
「わたしはオオアルマジロのアルマー。そしてこっちは」
「オオセンザンコウのセンちゃんです」
自分でちゃん付けしてる……。
アルマーちゃんが黒髪の子で、センちゃんが金髪の子か。よし、覚えた。イエイヌちゃんはおっちょこちょいとか言っていたけど、案外ちゃんとしてそうな子たちだ。図鑑を読むと、
「アルマジロは丸まれるけど、オオセンザンコウは丸まれないのか……」
「いえ、わたしもアルマーから習ったので、いまは丸まれますよ」
「ええっそうなの!? すごいなあ、フレンズってやっぱり不思議だな……」
「センちゃんは、わたしほどはうまくないけどねー」
あはは、と二人で笑い合っている〈たんてい〉コンビは、とっても仲がよさそうだ。ちょっと話がわきみちに逸れてきたところで、イエイヌちゃんがラッコちゃんにたずねる。
「あの、わたしたちも依頼があったんですが、カリフォルニアラッコさんもなにかトラブルが?」
「はい……じつは、さいきんお気に入りの〈いし〉をなくしてしまったんです。……あれがないと眠れないのです……」
「ああ、わかりますその気持ち。ねどこって大事ですよね」
イエイヌちゃんとラッコちゃんはさっそく意気投合している。なんか微妙に、話している内容が違う気がするけれど。
「今日は大いそがしだねえセンちゃん。まずはラッコさんの依頼を解決しなきゃだ」
「そうですね。すみませんが、もう少し待っていてもらえませんか」
「そういうことなら、あたしたちも手伝うよ!」
「ええ、いいんですかあ。ありがとうなのです」
ラッコちゃんは大喜びでわたしの手を取った。ふわふわな毛でおおわれているのかと思ったら、案外ぷにぷにしていてやわらかい。
「簡単な探しものだし、人手は多いほうが助かるねえ」
「そうですね。じゃあ今日だけ、ともえさんとイエイヌさんには〈じょしゅ〉をやってもらいましょうか」
「〈じょしゅ〉かあ……いいねえ、楽しそう」
「ようし、早く見つけて、わたしたちも〈たんてい〉のおふたりに解決してもらいましょう!」