けものフレンズR [Resurrection]   作:A.Unno

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第二話「かんき その1」

 日差しが、あの〈しせつ〉のあたりとは全然ちがう。ぎらぎらと照りつけてきて、なんだか空気も乾燥している。

 いつの間にか、周りから木が減っていた。森のようなものは見当たらなくて、一面枯れた草ばっかりだ。

 

「あっついなあ……」

「ここはもう〈さばんなちほー〉だからね。今は雨季の手前だから、いちばん暑い時期なんだ」

 

 ラッキーさんの解説はとってもわかりやすい。なんだか周りの景色が変わってきたと思ったけれど、別の〈ちほー〉に来ていたのか。

 ラッキーさんが言うには、ジャパリパークにはいくつかの〈きこう〉に合わせた〈ちほー〉があるらしい。ここは、そのうちの〈さばんなきこう〉に合わせたちほーということだ。

 

「はっはっ……なかなか、この暑さはこたえますね」

「イエイヌちゃん、大丈夫?」

「イエイヌは高温があまり得意ではない動物だからね。そろそろ、水分補給をしたほうがいいかもね」

 

 ジャパリバイクはとっても快調に進んでいくから気が付かなかったけれど、実はかなりからだの水分が抜けているみたい。

 まだ大丈夫そうだけど、イエイヌちゃんがちょっと心配。

 

「ラッキーさん、このあたりでお水を飲める場所ってあるかな?」

「ちょっと待ってね。検索中……」

 

 ピピピ、と電子音が続く。何秒かすると、ラッキーさんは「あったよ」と言った。

 

「東の方にフレンズがよく集まるポイントがあるみたいだから、そこに向かうね」

 

 ハンドルに置いていた手が、勝手に右へ曲がった。運転はラッキーさんの担当だから、あたしは楽ちんだ。

 

 それにしても、サバンナはとっても広い。

 イエイヌちゃんがまえ、ジャパリパークをとっても広いと言っていたけど、このちほーがいくつもあるんだから相当なんだろうな。

 

「どのぐらいで着くかな、ラッキーさん」

「すぐ近くだからね。あと10分もすれば着くよ」

「よかった、すぐ近くだね、イエイヌちゃん」

「助かります、ありがとうございます、ボス」

 

 イエイヌちゃんは返事をしてくれないラッキーさんにも、きちんとお礼を言っている。えらいなあ。でも、あたしにおはなしするときにも、かたくるしいしゃべり方なんだよね……。

 

「ねえねえ、イエイヌちゃん」

「? なんでしょう」

「イエイヌちゃんって、どうしてそんなにまじめなの?」

「まじめ……わたしって、まじめなんですか?」

「ええ、まじめだよー。えらいなあって思うもん」

 

 イエイヌちゃんは首をかしげているけど、ちいさく尻尾をふりふりしているのが見えた。ちょっとだけうれしそう。イエイヌちゃんのいいところを見つけるのって楽しい。反応がかわいくてついついやめられない。

 

「わたしの使命はヒトを守ったり、役に立ったりすることですから」

「あーまたそんなこと言って。あたしはご主人さまじゃなくて、おともだちなんだからねー」

 

 ちょっとしたからかいのつもりで言ってみると、イエイヌちゃんは「いえいえ」と大真面目に首をふった。

 

「ご主人さまでも、おともだちでもいっしょです。わたしがともえちゃんを守ります!」

「ふふ、ありがとう」

「はい!」

 

 さばんなの太陽が、イエイヌちゃんの目をきらめかせていた。水色と金色の目は、あたしと同じで左右ちがう色をしている。

 なんだか安心するな。どうしてだろ。

 

「ラッキーさーん、まだー」

「もう見えてくるはずだよ」

 

 ちょっとした丘を登ると、ラッキーさんはバイクを止めた。話ではこのあたりに水があるって話だけど――

 

「うーん、水の匂いはしませんねえ……」

 

 イエイヌちゃんはあたりを見回しながら、目を細めている。暑いのが苦手って聞いたから心配だったけど、案外元気そうでよかった。

 あたしも一緒になってあたりを探してみると、なにやら大きなくぼみのようなものが見つかった。

 一瞬言葉が出てこなくて、さびたネジみたいにあたしはイエイヌちゃんと顔を見合わせた。

 

「ねえ、もしかして……」

「枯れてますね、これ……」

 

 どうしよう、と足元のラッキーさんを見てみると、ぴきーんとかたまっている。いや、よく見るとふるえているような。

 

「アワ、アワワワワワ……」

「ラ、ラッキーさん!?」

 

 池が枯れてたのは、ラッキーさんにとっても予想外のことだったみたい。でも水がないとなると、なんだか急にのどが乾いてくる。

 イエイヌちゃんもちょうど同じことを思ったみたいで、目が合うと困ったように笑う。

 

「どうしよっか、このあたりのフレンズちゃんに聞いてみるとか」

「そうですね、ほかのフレンズの匂いがしないか探してみます」

 

 とりあえずバイクにもどって、今度はフレンズちゃんをさがしに動き回ってみることにした。

 それにしても、どうして水が枯れていたんだろう。やっぱり暑すぎて、もうみんな蒸発しちゃったのかな。でもそしたら、ほかのフレンズちゃんたちもみんなこまっているはずだ。なんとかした方がいい気がする。

 

「ラッキーさん。ほかのフレンズちゃん、見つかった?」

「まだだよ。今日は暑いから、あんまり外に出てないみたいだね」

 

 しばらく走っていると、あたしもだんだん暑さがしんどくなってきた。ふと見上げると、空になにか黒いものが見えた。

 暑すぎて幻でも見ているのかと思ったけど、ちがう。あれは――

 

「ラッキーさん! いますぐあっちに向かって!」

「わかった」

 

 

 バイクが砂をまき上げながら、ぐんぐんそこへ近づいていく。不思議そうだったイエイヌちゃんも、匂いで気がついたようだ。

 大きな木の周りを、炎が取り囲んでいる。さっき見えたのは、草が焼けて立ちのぼった煙だった。

 ボスは一瞬かたまったあと、すぐに「はなれて」と言った。

 

「ラッキービーストが消火のために集まってくるから、それまで――」

「待って! あそこ」

 

 あたしはラッキーさんをさえぎって、木の根本を指さした。そこには古びたテーブルと、ソファがある。

 

「たぶんだれかの大切な場所なんだよ、このままだと燃えちゃう」

「で、でも危ないですよ、ともえちゃん」

「ほっといたら燃え広がっちゃうよ! せめてほかのラッキーさんが来るまで、ここを守らないと!」

 

 あたしは火に向かって無我夢中でかけだした。どうする気ですかっ、とイエイヌちゃんが後ろで叫んでいる。

 手近な木の枝をとって、燃えているところをめちゃくちゃに叩く。すると、草がつぶれていくらか火の勢いが弱まった。

 

「火がこれ以上木に近づかないようにしなきゃ!」

「くっ……手伝います!」

 

 イエイヌちゃんは自慢の爪を使って燃えている草をなぐ。素手なんだから、あたしなんかよりずっと熱いはずだ。

 

「イエイヌちゃん、ありがと――でも無理しないで」

「こっちのセリフです!」

 

 言い返してきたイエイヌちゃんは、でも強気な笑顔だ。すると、ラッキーさんがぴょこぴょことはねながら近づいてくる。

 

「〈じょそうモード〉」

 

 ラッキーさんはまだ燃えていないところを探して、草を刈っている。たぶん、燃え広がるのを防ごうとしてくれてるんだ。

でも三分もしないうちに、あたしたちは汗だくになっていた。ただでさえ暑いのに、火に囲まれてるから当然だ。

 

「イエイヌちゃんは逃げて! あっついの苦手なんでしょ!」

「なに言ってるんです、置いて行けませんっ」

「ともえ、さすがに三人じゃ無理だよ。もうすぐほかのラッキービーストも来るから――」

 

 と、そこでラッキーさんの言葉が途切れた。言い返す気満々だったあたしは、思わずラッキーさんの方を振り返る。

 そこには――なに……? あれは……あたらしい、フレンズ、ちゃん?

 大きな目玉が、あたしたちを見下ろしている。でも直感で、それがほかの〈いきもの〉とは違うなにかだとわかる。

 その〈いきもの〉には、目玉があった。でも、一個しかない。水色で、イエイヌちゃん二人分ぐらいの大きさがある。そして、細長い手が二本、ひょろひょろと伸びていた。その先っぽはワニのくちみたいなかたちをしていて、ばくばくと動いている。

〈いきもの〉はちょうど炎の途切れ目にいて、じりじりと近づいてきていた。あたしはこわくなって、イエイヌちゃんのもとへ駆け寄る。

 

「イ、イエイヌちゃん、あれ……」

「ん、なんです?」

 

 肩を叩かれたイエイヌちゃんは、いっしゅん固まった後、大声で叫んだ。

 

「せっ――セルリアンです! 食べられちゃいます! ともえちゃん、逃げて!!」

「たっ、食べ――? 逃げてって言っても、ここじゃ」

 

 最悪だ。まわりは完全に火で取り囲まれている。どこにも逃げ場はない。

 足がすくんで動けずにいると、イエイヌちゃんが前に飛び出た。

 

「ぐるるるる……!」

 

 イエイヌちゃんの両目が光り、手足の先からきらきらとした光の粒がわき上がりはじめる。――もしかして、戦うつもり?

 

「い、イエイヌちゃん」

「下がっていてください、ここはわたしが!」

 

 そのとき、セルリアンの触手がいきなり襲いかかってくる。イエイヌちゃんはなんとかそれをはじき、あたしをかばうように両腕を広げた。

 なにもできないまま、あたしはその場で腰を抜かしている。ど、どうしよう。見るからにセルリアンは強そうだ。

 

「ラ、ラッキーさん、ほかのラッキーさんたちはまだ!?」

「もう少しかかるよ……!」

 

 こころなしか、ラッキーさんの声がせっぱ詰まったものに聞こえる。不安そうなあたしを見て、イエイヌちゃんはまた笑う。

 

「だいじょうぶです! いくらおっきくても、弱点の〈いし〉さえ叩ければ……」

「〈いし〉?」

 

 水色の大きな身体には、どこにもそれらしいものは見当たらない。きっと、どこかにあるはずだ。戦ってくれているイエイヌちゃんのためにも、見つけなきゃ。

 地面に、触手のさきっぽが突き刺さる。砂ぼこりを上げ、イエイヌちゃんはさっと飛びのいた。

 逃げ場は、炎の壁のせいで徐々に狭くなってきている。イエイヌちゃんもまだ〈いし〉を見つけられないらしく、徐々にあせりが見え始めた。

 

「〈いし〉……どこに……」

「あっ、あそこ!」

 触手を引き抜くためにかがんだところで、セルリアンの頭の上にキラキラした〈いし〉が見えた。――でも。

 

「くっ……わたしのジャンプ力で届くかどうか……」

「――そうね、でもあたしなら余裕よ!」

 

 どこからか声がする。次の瞬間、セルリアンの形が大きくへっこんだ。上からぐにゅ、と押しつぶされている。

 何かがひらめいたかと思うと、ぱっかーんと、セルリアンが破裂した。キラキラとした粒と、水色の破片があたりに飛び散る。

 その中に、その子はいた。黒い耳に、オレンジ色のすらりとした手足。ひらりと着地して、周りを見回す。

 

「さっきよりも火の勢いが弱まってるわ。いまのうちに逃げましょ」

「うっ、うん」

「わかりました!」

 

 あたしはボスを拾って、いちもくさんに駆け出した。たしかに、セルリアンの破片が散ったあたりは火が弱くなっている気がする。

 

「ここまでくれば大丈夫――あんたたち、平気? ケガはない?」

「ううん大丈夫、ありがとう。イエイヌちゃんも大丈夫?」

「はい、おかげさまで」

 

 あたしたちを助けてくれたのは、どことなく、ネコっぽい感じのフレンズちゃんだった。ふさふさとした耳がかわいい。

 

「わたし、イエイヌって言います。こっちはともえちゃんです。わたしの――」

「おともだちなの」

 

 むむ、という顔をイエイヌちゃんがするので、おもわずにひひと笑い返してしまう。

 

「イエイヌちゃん、さっきはカッコよかったよ」

「へへ……ありがとうございます。けっきょく、そちらの方がぜんぶ持ってっちゃいましたけど」

「お名前はなんていうの?」

 

「あたしはカラカル。このあたりはあたしの〈なわばり〉なの。――あんたたち、見かけない顔ね?」

「実は、としょかんまでの旅をしてるの。さっきは助けてくれて本当にありがとう」

「いいのよ。あたしのジャンプ力ならあんなの楽勝だから」

 

 自慢げなカラカルちゃんの様子を見て、あたしは図鑑を思い出す。カラカル、というページを探してみるけど、見つからない。

 たぶん、抜けてしまったページのどうぶつだ。すると、抱えられたままのラッキーさんが急にしゃべりだす。

 

「カラカルは、サバンナなどの乾燥した地域に広く生息するネコ科のどうぶつだよ。ジャンプ力が強く、自分の体長の二倍の高さまで飛んだりすることができるんだ」

「へえー」

 

 ラッキーさんがいてくれれば、図鑑に載っていないフレンズちゃんに出くわしても安心だ。とってもわかりやすい。

 

「それがうわさのしゃべるボスってやつ? 初めて見たわ」

「それが、ともえちゃんとしかしゃべってくれないんです」

「あー、そういえばあの子そんなことも言ってたわね」

「あの子?」

「――無茶しすぎよ。あんな火事につっこんでくなんて」

 

 カラカルちゃんは笑っているとも怒っているとも取れるような、ちょっと複雑な表情だ。

 

「あはは……ごめんなさい。きっとあの場所、だれかが大切にしてるんだろうなって思って、つい」

「……そうだったの、ありがとう」

「もしかして、あそこはカラカルさんのおうちなんでしょうか」

 

 イエイヌちゃんは納得した顔だったけど、「ううん」とカラカルちゃんは首をふった。

 

「あそこはあたしのともだちがお気に入りにしてた場所なの。――だから、守ろうとしてくれてありがとう」

「そんな、結局あたしたち、逃げてきちゃったから」

「そうだ、ボス、火事はどうなりましたか?」

「そうだった、ラッキーさん教えて」

「大丈夫だよ。もう消し止められたみたい」

 

 ラッキーさんはあたしのわきから飛び出て、ぽてっと地面に着地する。カラカルちゃんのそれに比べるとちょっとおぼつかない。

 ベルトがまた緑色に光りはじめて、なにか作業中なふんいきだ。

 

「安全が確認されたから、バイクのところまで戻ろうか」

「わかった」

 

 よく考えたら、まだ水も見つかってないんだった。それに気づいたイエイヌちゃんが、カラカルちゃんにたずねている。

 

「カラカルさん、このあたりで水飲み場ってありませんか」

「水? そういえば近くにあったような気がするけど、どうだったかしら」

「カラカルは水をあまり飲まなくても平気なんだ」

「へえ――じゃなくって、たぶんそこ枯れてるとこだよ!」

「あら、そうなの。ほかにもあるから、あたしが案内してあげるわ」

「ほんとに!? ありがとう」

「カラカルさん、よろしくお願いします!」

 

 強力な助っ人が来てくれた。とっても助かるなあ。

 カラカルちゃんは面倒見もよくて、ちょっとお姉さんっぽいところがある。あたしたちが目を輝かせていると、ふふっと笑った。

 

「サバンナガイドね、まかせて」


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