なに、魔剣を創る力だって!? 作:髪滅具《脱色剤》の担い手
「・・・部長、今のは。」
「えぇ。とても強大な魔力ね。」
ちょうどシャワーを終えたばかりだったリアスは、服を着ながら話していた。カーテン越しに透ける姿は、普段通りに優雅で艶やかなもの。だが、内心には焦りと、僅かながら恐怖すらあった。
(今の魔力は何? 何の特徴も指向性も感じない・・・それでいて純度がすごく高い。理論上の『魔力』・・・いえ、実験室の中でしか存在しないモノよ、あれは。)
火照っていたはずの体が、たちまち温度を下げていく。背筋に氷を当てられたように震えながら、彼女は朱乃に目配せした。
意を汲んだ朱乃は腕を振り、転移魔術を行使する。直系2メートルほどの赤い魔法陣が描き出されると、彼女はリアスに頷いた。
「ありがとう。・・・子猫?」
「分かりました。」
斥候役として配下を先行させ、リアスは準備を整える。と言っても、魔術を一発、待機状態にしておくだけだが。詠唱のラグ無しに放たれる滅びの魔力ほど脅威になるものも珍しい。そういう意味では、万全の準備とも言える。
「誰の領地ではしゃいでいるのか、教えてあげないとね?」
彼女は赤い髪を靡かせながら、魔法陣を潜った。
◇
確かに珍しい魔力だった。だが、勝てないということはないだろう。自分と朱乃で正面から十分打倒可能な相手。そう予想したリアスの判断は、実のところそう間違いではない。
400以上の魔剣を従える魔剣使いであろうと、生物学的には人間だ。たぶん。
ならば魔力量で人類を遥かに凌ぐ悪魔が『弱いな』と感じるのも当然と言える。特に相手が『悪魔の鍵の能力』に頼って魔剣を使役しているような”魔剣使いもどき”なら、尚更だ。・・・だが、それは脅威判定という意味では大いに間違っている。魔剣使いは、たとえ”魔剣使いもどき”と呼ばれるような半人前でも、魔剣と対になって一個の戦力だ。強弱差の激しいペアの弱い方だけを見て判断を下すと。
「私のテリトリーで、随分と好き勝手してくれたようね?」
リアスは確殺の一撃を放ち、颯爽と言い放った。
だがその表情は、白銀の盾に防がれる攻撃を見て強張り、キメ顔と驚愕の中間のような有様だった。
(なんなの、あの盾は・・・水銀? 月霊髄液系統の魔術道具・・・いえ、そのくらいなら貫通するはず。それに、あのモノリス。なんだか無性に頭を垂れたくなるというか、無気力に全てを投げ出したくなるというか・・・)
リアスが追撃を忘れて思索する間に、少年も迎撃を放棄して思索していたようだった。彼は盾に自信を持っていたのか、それが壊れた────消滅した瞬間はかなり驚いていたようだったが、すぐに持ち直すあたり、強敵との戦いに慣れているらしい。面倒な相手だと、リアスは心中で称賛する。
「えぇ・・・きっつ。」
少年の独白に、リアスは秘かに安堵する。自分の魔力性質はどうやら露見しているようだが、それで滅びの魔力の攻撃能力が下がる訳ではない。むしろ、相手に大きなプレッシャーを与えることができる。事実、その少年は被弾=即死という状態に重圧を覚えているではないか。誰の領地を荒らしたのか、それを教え込んだら解放してあげようか。そう、微笑すら浮かべかけて。
「ちょっと本気で行こうか。」
その言葉に、表情を凍り付かせた。
「エンスージアクレイス・・・ワールドイズマイン!!」
どこまでも傲慢な詠唱は、どこまでも悲愴な声で上げられた。
泣き出しそうに。絞り出すように。・・・そして、懺悔するように。
命乞いじみた声が公園に響くと、白銀色のモノリスが輝き始める。
ただの意匠だと思っていた翼が開き、大気中に水銀が流れ出す。重厚感のある液体は、地面に落下することなく渦を巻き、やがて様々な武器の形を取った。
鋭端をリアスに向けて待機する「死」の総数は、全部で28。
弾幕。そう表現しても差支えなかった。
ありえない。リアスは折れそうになる膝を必死で支えた。
(ありえない。こんな、この魔力量・・・サーゼクス兄様より上!?)
量も。質も。攻撃性能で見れば勿論「破滅」の力を有するグレモリー家の力が勝るだろうが、彼のように燃料として焚べるのなら。いや、単純に攻撃性能以外を見るのなら、完敗であった。
「悪魔じゃない。」
当たり前だ。そもそも、こんな奴がいたら魔王になっているだろう。
「天使とも堕天使とも違う。」
当たり前だ。こんな奴がいたら、さっさと投入して戦争を終わらせているだろう。その陣営の圧勝で。
「かといって人間では、それだけの力は持てないでしょう・・・。貴方、何者なの?」
もしもどこかの陣営なら、早急に兄に────魔王に報告する必要がある。
「魔剣────いや、
自嘲するように言って、少年は顔を顰めた。
(666番目の災厄・・・魔界伝承?)
魔界伝承。その名の通り、魔界に伝わる全ての伝承や神話を書き記した書物────の名前を借りた文庫シリーズだ。既に失われたオリジナルに倣い、魔界に伝わる神話や伝承、果ては童話まで載っている。全13巻。
その中に含まれている、『最悪の霊獣』という神話。それに出てくる『最悪の霊獣』こと『霊獣皇アーセナル』は、作中で『666番目の災厄』と呼ばれていた。街を、国を、文明を滅ぼした最悪の災厄。そんな偽名は名乗るだけでも悍ましい。・・・まぁ、中二病っぽくて恥ずかしいというのもあるが。
「666番目の災厄? 偽名にしては随分と畏れ知らずね。まぁいいわ。ここが何処か、誰の領地か。それはお分かりかしら?」
「知らないよ。世界ごと斬らないように細心の注意を払ってたんだから、座標とか気にしてられないっつの。つかおねーさん誰?」
リアスは心中で首を傾げる。滅びの魔力と、紅の髪。これだけ特定できる要素を見せているのに? と。
自意識過剰・・・と謗ることはできない。事実として、天使陣営にも、堕天使陣営にも、そして勿論悪魔陣営にも、この二つの特徴があれば特定されるだろう。それだけの力を、リアス・グレモリーは持っている。
「そう。じゃあ冥途の土産に教えてあげる。私の名前は────」
上空。木々に遮られて視線の通らない場所で魔法を編んでいた朱乃が、ようやく完成させた合図を送ってくる。それに合わせて、注意を逸らそうと一歩進み、名乗りを上げ──── 停滞を解かれた水銀製の死が、リアスの頭を貫かんと殺到した。
「────へぇ?」
だが、リアスは怯えない。驚きの声を漏らすこともない。飛翔する武器は、その全てが雷撃に撃ち落されていく。逆に少年が感心したような声を漏らす始末だ。・・・感心したような、とは、また上から目線なことだが。
「っと。」
攻撃を全て捌き、カウンターで一撃見舞う。身に纏う白銀の鎧で防がれはしたものの、届いた。
防御のキャパシティは何発だ。10か? 20か? どちらにせよ、滅びの魔力が一撃であの水銀を消し飛ばすのは実証済みだ。自分が剥がし、朱乃が決める。
期を窺っていたリアスは、少年が遠い目をしていることに気付く。好機、と、襲い掛かろうと魔力を溜め────魔法が成立するより先に、圧倒的な魔力の奔流に呑み込まれた。