厄祭の英雄 -The Legend of the Calamity War-《完結》   作:アグニ会幹部

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本編の後日談となる「火星分割編」になります。
その為、本編読了後にお読み頂くコトを推奨、というかそういう前提で書きました。
後書きのオマケにしようとして書いたんですが、普通に本編五〜十話分くらい行けそうな長さになってしまったので、時間に余裕が有る時にでもどうぞ。

なお、章タイトルの訳は「弾圧される意志」です。
オマケだからと言って、ライトになるとかそういうコトは全くなかったよ……なんでさ。


断章 支配 -The Will to be Suppressed-

 P.D.0001年。ギャラルホルンの発した「ヴィーンゴールヴ宣言」により、厄祭戦が終結した。

 その後、ギャラルホルンはエイハブ・リアクターを始めとする技術の独占を確固たるモノとし、戦力の増強と各地での地固めに努めた。

 

 その翌年、P.D.0002年。

 各四大経済圏の代表とギャラルホルンの代表が出席し、戦後の世界体制について協議する「マルタ会議」が、数ヶ月にも渡って断続的に行われた。

 マルタ会談終結後には、ギャラルホルン地球本部「ヴィーンゴールヴ」内の会議場に、現在のギャラルホルンを統括する七人が集った。

 

 第一席「イシュー家」当主、カロム・イシュー。

 第二席「ファリド家」当主、フェンリス・ファリド。

 第三席「ボードウィン家」当主、クリウス・ボードウィン。

 第四席「エリオン家」当主、ドワーム・エリオン。

 第五席「クジャン家」当主、ケニング・クジャン。

 第六席「バクラザン家」当主、ディアス・バクラザン。

 第七席「ファルク家」当主、ミズガルズ・ファルク。

 

 総称して「セブンスターズ」と呼ばれ、ギャラルホルンの創設者アグニカ・カイエルと共に、ガンダム・フレームを駆って戦った英雄達である。

 

「ではこれより、マルタ会議を受けての今後の政策について、セブンスターズ会議を開始する」

 

 会議の開幕を告げたのは、ミズガルズ・ファルク――クリウス・ボードウィン、ディアス・バクラザンと共に、ギャラルホルン代表として「マルタ会議」に参加した男だ。

 ギャラルホルンがセブンスターズによる合議制を執っている都合上、本来ならセブンスターズ全員が参加すべきではあったが、セブンスターズは各員がまだ不安定な組織内で、重要な職務を担っている。

 カロム・イシューは地球外縁軌道統制統合艦隊司令官、フェンリス・ファリドは地球本部司令、ドワーム・エリオンは月外縁軌道統制統合艦隊「アリアンロッド」司令、ケニング・クジャンは同艦隊副司令――といった具合である。様々な職務内容やスケジュールを確認した結果、上記の三人が抜擢されたという訳だ。

 

「大体の内容は、各人が既に把握している通りだが――ギャラルホルンが特段行わなければならないのは、核兵器やダインスレイヴ等の禁止兵器並びに機械化技術の管理及び独占と、火星分割の二点だ」

 

 その二つは、マルタ会議での最重要課題だった。

 大規模破壊兵器であり、会議で結ばれた条約により禁止兵器に認定された核兵器やダインスレイヴなどは、ギャラルホルンが厳重に管理、独占する。反体制派の組織にでも渡れば、簡単には防ぎ得ぬ戦火の火種となるコトは間違い無い。

 また、同時に会議は人体の機械化も禁止した。これはギャラルホルンの提案が四大経済圏に受け入れられる形での決定だが、禁止目的は「阿頼耶識」の根絶に有る。厄祭戦時はモビルアーマーの脅威に対抗する為に必要とされたが、阿頼耶識は誰の目から見ても非人道的なシステムである。MAが無くなった今、その禁止は妥当と言えよう。

 加えて、阿頼耶識はガンダム・フレームと合わせれば、ギャラルホルンを脅かしかねない強大な力となる。ガンダム・フレームには行方知れずの機体も多く、ギャラルホルン自体が「ガンダム・バエル」というガンダム・フレームを錦の御旗とする組織である為、ガンダム・フレーム共々阿頼耶識の悪用を防ぐコトが、ギャラルホルンが唯一無二の正当性と絶対性を維持する為には必要となる。

 この他、会議では世界の通貨単位を「ギャラー」に統一するコト、既存の通貨単位とギャラーの為替レートの設定、核兵器の禁止兵器化に伴う地球各都市の核シェルターの解体なども議論された。

 

「地球での統制は、地球外縁軌道統制統合艦隊が地球本部と協力して行うわ。良いわね、フェンリス」

「ああ、構わないよ。地球外縁軌道統制統合艦隊と地球本部が中心となって展開しつつ、統制局と警察局の手も借り、迅速に進めるとしよう。スヴィエート統制幕僚長とブラッグ警察幕僚長には、私から通達しておく」

「ならば、月及びコロニー群、圏外圏は我々月外縁軌道統制統合艦隊、アリアンロッドの仕事だな。実働はお前に任せるぞ、ケニング」

「俺に丸投げするな艦隊司令! ――フェンリス、両幕僚長に通達する時は、アリアンロッドにも力を貸せと伝えておけ」

「了解した」

 

 カロムの名乗りにフェンリスが同調し、ドワームとケニングが続く。禁止兵器及び機械化禁止については、地球外縁軌道統制統合艦隊とアリアンロッド艦隊の下、条約通りに進められるコトが決定した。

 

「それはフェンリスとカロム、ケニングに任せておくとして―――問題は、火星分割だな」

「ああ。クリウスの言う通り、そっちの方が問題だろうよ」

 

 クリウスの意見に、ディアスが同意する。ミズガルズも頷き、会議の決定について補足する。

 

「火星分割統治条約が、四大経済圏の合意の下で締結された。厄祭戦の引き金となった火星を、四大経済圏が植民地として、分割統治を行っていくコトを定めた条約だ。国境線を引く役目は、我々ギャラルホルンに一任されている」

「引き方はこれから考えて、四大経済圏が出来るだけ平等かつ公平になるようにすりゃ良いが、火星が地球の決めた分割案を素直に受け入れる訳がねぇ」

「だろうな。火星はレヒニータ・悠那・バーンスタインの下で、事実上の自治が行われている状態だ。今更地球の植民地に逆戻りするなど、火星は絶対に容認出来ない」

 

 ディアスの予想を、フェンリスは肯定し――「少なからず、血が流されるコトになる」と断言した。

 

「反抗すると言うなら、ギャラルホルンの武力で強引にでも従わせなければならないか」

「当然だろう。ギャラルホルンはこれまでもこれからも、そういう組織でなければならないのだ。――それに、世界にギャラルホルンの力を示すには、良い機会でもある」

 

 影を落とした表情で言ったクリウスの言葉に、ドワームが力強く、確固たる意志を持って続ける。今回の火星分割の成否には、ギャラルホルンが治安維持の為の暴力装置として相応しいかを世界に示せるかもかかっている。四大経済圏から一任された以上は、絶対に火星分割を成功させなければならない。

 

「それで、誰が担当する? 地球のコトも有る、七人まとめて火星に向かう訳にも行かないだろう?」

「職域としてはアリアンロッドだけど?」

「無論、我々アリアンロッドがリーダーシップを発揮する他に無かろう。ただ、ギャラルホルンの力を示すという意味合いを果たすには、我が艦隊だけではいささか不足だ」

 

 新造のスキップジャック級大型戦艦の他、ハーフビーク級宇宙戦艦二十隻からなるのが、アリアンロッド艦隊である。しかし、艦隊もモビルスーツ隊も戦力を整えている最中であり、火星全土を制圧するには少々心もとない。

 

「宣言で言葉を発したのは、カロムとフェンリスだが――火星に行けるか?」

「私は無理ね。地球外縁軌道統制統合艦隊司令として、地球を離れる訳には行かないわ。それに、地球外縁軌道統制統合艦隊がアリアンロッド艦隊の職域を侵すのは、今後の為にも望ましくないでしょう」

「となると……フェンリスはどうなんだ?」

「地球本部司令の仕事が有るが――どこぞの暇な二人が肩代わりしてくれると言うなら、作戦に参加出来るだろう」

 

 カロムが地球から動けないと答えた一方、フェンリスはディアスとミズガルズに視線を向けつつ、そう答えた。視線に気付いた二人は、了承の意味を込めて両手を肘から持ち上げる。

 頷きつつ、ドワームが確認を取る。

 

「では、作戦統括は私として――参加するセブンスターズは私とケニング、フェンリスと……クリウスにも手伝ってもらうとするか」

「俺もか。――まあ、問題は無いだろうが。ボードウィン家の艦隊も一緒にか?」

「そうしてもらえると助かる。フェンリスもだな」

「良いだろう」

 

 かくして、火星分割はアリアンロッド艦隊主導の下、ファリド家麾下の艦隊とボードウィン家麾下の艦隊、動ける名家の艦隊を合わせて行われるコトが決まった。

 

「実行はいつにする? 四大経済圏からは『三年以内に』という条件が出ているが」

「『ヘリヤル・フレーム』がある程度増えてからだな。司令官としては、艦隊も増強したいところだ」

 

 ドワームの言う「ヘリヤル・フレーム」とは、ギャラルホルンが独自に開発を進めているMS用インナー・フレームである。現在、増産に取り掛かっているが、まだ実戦投入出来る機体の数は少ない。

 

「アリアンロッド艦隊としては、とりあえず百機は欲しいところだ。残りは……まあ、既存のロディ・フレームとヘキサ・フレームをそれっぽくしておけば、マスメディアの誤魔化しには充分だろう」

「ケニング。今、ロールアウトしているヘリヤル・フレームは何機有る?」

「ざっと二十機弱だ。百機揃えて既存機の全機改修と調整を終えるまで、四〜五ヶ月ってところか」

 

 ふむ、と全員が考え込む。

 今はP.D.0002年の九月七日。四〜五ヶ月後となると、出発する時にはとうに年を越している。火星までは約一ヶ月かかるので、遅ければ火星分割の実行は半年後と言ったところか。

 

「早ければ早いほど良いわ。ヘリヤル・フレームの地球外縁軌道統制統合艦隊への供給分を全部アリアンロッドに回してあげるから、ヘキサ・フレームとロディ・フレームの全機改修と調整も含めて、三ヶ月以内に準備を整えて出発なさい」

「ほう。これまた思い切ったな」

「ドワーム、ケニング。それなら出来そうか?」

 

 カロムの提案にフェンリスが感心し、ディアスが二人に問う。問われたドワームとケニングは、即座に首を縦に振った。

 

「感心してる場合じゃないわよ、フェンリス。クリウスも。貴方達も三ヶ月で、麾下の艦隊の準備をするのよ? MSも含めてね」

「マジか。――フェンリス、どうする?」

「カロムとドワームとケニングが言っているんだ、我々もどうにかするしかない。何、最悪でも移動しながら、艦内で改修作業をやってしまえば良い」

「良し。任せろカロム、何とかするぞ」

「オイお前たち、道中の海賊とかをアリアンロッドに丸投げする前提で話をするな」

 

 すり合わせた上で、クリウスはカロムに応える。

 ドワームは思わず二人に異議を唱えるが、合計四十隻弱にもなるギャラルホルンの大艦隊にわざわざ喧嘩を売るバカなど、そもそもいるハズがない。

 

「決まりだな」

「ああ。今年中に、ドワームとケニングのアリアンロッドを中心として、フェンリスとクリウス、名家の艦隊を加えた大軍を、分割統治体制構築の為に火星へ派遣するモノとする」

 

 

   ◇

 

 

 「ヴィーンゴールヴ宣言」に火星代表として署名したレヒニータ・悠那・バーンスタインは、ギャラルホルンの護衛の下、火星へと帰還した。

 そして、火星全土に向けて改めて戦争の終結を宣言し、火星が地球から自治権を得たコトを報告するのだった。

 

『私たちは十三年もの間、戦争状態に置かれ、多くの人の命や財産、様々なかけがえの無いモノを失いました。今回の戦争の始まりは、互いに憎み合い、滅ぼさんとした地球と火星の衝突――しかし、もうそれを終わらせる時代が来たのです。

 元ヘイムダル……現「ギャラルホルン」の下で、地球は戦争状態を終結させ、私も先日、至らぬ身ながら火星の代表として終戦宣言に調印しました。火星も自治権を得た以上、これからは対等に地球と向き合って行かなければなりません。

 私はこれからも、希望ある未来の為に、皆さんの為に尽くす覚悟です。地球と渡り合える、誇りある火星を作る為に――どうか、皆さんのお力を貸して下さい』

 

 レヒニータの声明は、火星の大部分の人々に歓迎され、受け入れられた。各地で勢力を伸ばし、影響力を拡大させていた富裕層の人々は「勝手に火星の代表面をするな」と考えつつも、自ら地球に赴いて火星の自治権を獲得して来たレヒニータを支持する意向だ。

 唯一、レヒニータを批判したのは極右の人々だ。彼らは地球と終戦で合意したコトからレヒニータへの批判を強め、独立の為に戦った火星独立軍とセレドニオ・ピリーの考えを支持していたが、全体からすれば少数派であり、固められたレヒニータの支持基盤を揺るがすには至らない。

 レヒニータは火星代表としてリーダーシップを発揮し、戦後の復興に取り掛かるのだった。

 

 

 しかし、レヒニータは勘違いしていた。

 見落としていた――いや、騙されたと言うべきかもしれない。

 

 四大経済圏は、終戦宣言を結ぶに辺り、確かに火星の自治権を認めた。ただ、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして、件のマルタ会議では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

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 完全な後出しジャンケンであり、普通は国同士で定められる条約や約束事に、こんな詐欺(イカサマ)は認められない。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 レヒニータは確かに火星代表として地球に呼ばれ、ヴィーンゴールヴ宣言に署名したが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 地球から火星に終戦を持ちかけたコトも、戦後の分割統治に関連している。

 MAの登場で途中からあやふやになったものの、戦争で優位に立っていたのは地球である。最初こそ火星独立軍のコロニー落とし作戦に振り回されたとは言え、そもそも国力が違いすぎる。最初のコロニー落とし作戦で地球の指導者と大国の中心地を殲滅出来なかった時点で、火星の敗北は必至だった。

 火星独立軍が造らせ、暴走して人類そのものに牙を向けるようになったMAの殲滅が完了した後、火星には戦力と呼べるモノが残らなかったのに対し、地球は弱体化しながらも戦力を残していた。内ゲバでそれどころではなかったが、戦争が地球優位のまま最終局面を迎えたのは間違い無い。

 本来なら地球が火星に降伏を迫り、火星がそれを受け入れるか、火星から地球に「お願いします、終戦させて下さい」と降伏するべき状況だ。そうなれば、終戦宣言を地球優位の内容にして、合意するコトが出来る。地球としては完全勝利である。

 

 にも関わらず、地球はそうしなかった。

 あろうことか自ら終戦を火星に持ちかけ、後々ひっくり返す予定とは言え自治権までも保障して、わざわざ対等な立場での終戦宣言を発布した。

 

 優位に立った上で終戦するコトが可能だったハズなのに、地球は何故、その優位性を自ら捨て去ったのか。

 そこには、大まかに言って二つの思惑が有る。

 

 一つは、時間を稼ぐ為。

 地球では既存の十国体制が崩壊し、十三年間もの戦争で傾いた経済が復興するには至っていない。四大経済圏とギャラルホルンからなる新しい世界体制が安定し、ある程度経済を回復させるまで、地球には火星に構う余裕が無い。地固めを行う為、火星にアメを与えてでも、時間を稼ぎたかったのである。

 

 そしてもう一つは――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一度貰った権利を奪われ、地球の都合だけで好き勝手に分割され、戦前以上の冷や飯を食わされ続けるとあっては、火星は間違い無く反発する。当然のコトだ。火星の反地球感情は爆発し、大規模な反抗が起きるだろう。

 その全てを圧倒的な武力でねじ伏せ、反乱分子を根こそぎ抹殺し、その代表をまとめて公開処刑(ギロチン)にかける。コロニーや金星、火星の人々に地球に歯向かうとどうなるかをまざまざと見せしめるコトにより、根本から地球への反骨精神を奪い去り、悠久に従わせる為に。

 植民地の従僕化は、新しい世界体制を長く維持する為に、絶対的に必要とされるコトだ。そして、ギャラルホルンとは、世界秩序を乱すモノを武力によってのみ断罪する暴力装置。反乱鎮圧と火星分割の役目を担うには、まさしくうってつけである。

 

 以上のコトを鑑みて、火星が自治権を発揮し続ける為には、ギャラルホルンの大軍が火星に到着するまでに、火星を一つにまとめ上げて大軍に対抗出来るだけの戦力を整えておく必要が有る。

 もっとも、これは困難極まりない話である上に、P.D.0001年の時点で地球の真の思惑に気付いていた者は、誰一人として火星にはいなかった。火星に流れて来る地球の情報のほぼ全てが、ギャラルホルンの管理するアリアドネを通じたモノであり、それ以外には交易の為の艦に乗る人たちから話を聞くくらいしかなかった以上、情報不足過ぎて気付けるハズもない訳だが。

 

 

 そんな状況下で、レヒニータは火星代表として政府を打ち立て、様々な政策を執り行った。

 レヒニータがまず目指したのは、火星の安定化。特に貧困問題の解決である。貧困層への支援を充実させると共に、労働環境の改善などを行い、人々に寄り添う政治家として支持を得た。レヒニータ自身が孤児であり、バーンスタイン家に拾われたという経歴があったればこその政策だ。

 しかし、その財源を確保する為に、富裕層に負担をかけるコトになった。資産の再分配による貧困率の減少、格差是正には有用だが、これが各地で力を持つ富裕層からの反発を大いに招いてしまった。

 レヒニータは富裕層だけでなく、富裕層から資金援助を受けている政治家や活動家にも反発され、人々から圧倒的な支持を受ける一方、支援者となっている人々からの支持を損ねる結果になった。

 

 また、地球との外交政策も、思うようには行かなかった。

 そもそも、地球には火星に譲歩する気が一切無い上に、力では火星より地球の方が大きい。前提からして対等ではないので、上手く行くハズもない。

 特有の天然資源である火星ハーフメタル採掘量の制限や食料価格などにおいて、ギャラルホルンの武力を盾に厳しい経済協定を呑まざるを得ない状況に追い込まれてしまった。戦前と何一つ変わらず、それどころか悪化しているという状況から、レヒニータは厳しい批判を浴び、中産階級以下の労働者層からも反発の声が上がるようになっていった。

 

 火星の状況は最早、一つにまとまるなどというレベルではなくなっていた。

 レヒニータの火星代表という立場自体、地球に認められただけのモノである。レヒニータが立てた統一政府の正当性が問われるようになり、火星各地で力を持っていた富裕層や政治家、活動家たちは自身の正当性を主張して自ら政府を立ち上げ始めた。

 各地に樹立された政府は各地で自治を開始し、火星全土におけるレヒニータの影響力は大きく低下。ハーフメタルなどの資源含有地を巡って、自治政府同士が衝突する事態も各地で発生するようになり――火星の中の分断は、決定的なモノになった。

 

 一時は全土に影響力を持っていたレヒニータの統一政府は、クリュセ周辺地域を治めるだけのモノにまで成り下がった。

 しかし、クリュセの人々には相変わらず熱狂的な支持を得ていたレヒニータはなおも諦めず、周辺の自治区を中心に呼びかけて再びの結束を働きかけ続けたが、これも上手く行かずに難航した。

 

『地球と対等に話し合って行く為には、まず火星が一つにならなければなりません! 戦いをやめ、また結束しましょう!』

 

 P.D.0002年も、十一月を迎えて数日――クリュセと袂を分かった、キンメリア自治区。

 夜の街の中、酒場のテレビから流されるレヒニータの言葉に、耳を貸す者はいない。かつてはレヒニータが映る度、誰もが注目していたと言うのに。

 

「おやっさん。ここからクリュセまで、どうやって行くの?」

 

 カウンターに座る銀髪金眼の青年が、酒場を経営するバーテンダーに問う。バーテンダーはウィスキーを常連の青年に滑り出しつつ、タバコを吹かせて答えた。

 

「いきなり何だ。旅行かい?」

「まあね。知り合いが何人かクリュセにいるから、久々に顔を見たいんだ」

「ケッ。せっかく羽振りの良い上客になってくれるかと思ったのによ」

「そう言わずに教えてよ。最短でどのくらい?」

 

 冗談混じりに悪態をつきつつ、バーテンダーは懐から小型端末を取り出し、地図を表示させて青年に見せる。青年は義手となっている左手で受け取り、画面を参照する。

 

「水素エンジン車でマリネリスを横切って、順調ならクリュセまで三ヶ月ってとこか。マリネリスとキンメリアは衝突してるから、オススメはしねぇが。

 安全に行きたけりゃ、ヘラスからホイヘンス、スキャパレリ経由だな。こっちは物流も盛んだ。時間はかかるがな」

「安全ルートの時間は?」

「どんなに速くても半年、(つまづ)きまくったら年単位は覚悟しなきゃならねぇよ」

「分かった。マリネリスだね」

 

 青年はグラスを傾けて、キッパリと断言した。

 バーテンダーは青年の前に置いた端末を懐に戻しつつ、その判断の速さが気になって、カマをかけるコトにしたようだ。

 

「随分な即決だな。女でも残して来たのか?」

「うーん……まあ、ある意味そうかな」

「ヘェ。けどよ、ずっと一人でブラブラしてるって言ってたよな? 向こうはとっくに忘れて、今頃は新しい恋でもしてんじゃねぇ?」

 

 火星ヤシを添えた薄い人工肉ステーキをテーブルに出しつつ、バーテンダーはからかうように言う。対する青年は火星ヤシを摘んで口に入れ、ハズレだったのかほんの僅かに顔を顰めながら、またもキッパリと言い返した。

 

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「自信が有るってか。イイねェ、色男だなこンにゃろう」

「おやっさァん! 酒が足んねぇぞゴラァ!!」

「安心しろ、今持ってってやるよ! せいぜい急性アル中にでもなりやがれ!」

「かァーッ!! やってみろコノヤロー!」

 

 常連に投げやりな罵声を浴びせつつ、バーテンダーは酒瓶を持ってカウンターから出て行く。青年は傍目にその光景を見て微笑みつつ、固い人工肉と火星ヤシを一緒に酒で身体に流し込み、チップを置いて席を立つ。

 戻って来たバーテンダーに、青年は挨拶する。

 

「教えてくれてありがとう。それじゃあ」

「行くのかい。――今度は女も連れて来いよ!」

「向こうが行きたいって言ったらね」

 

 酒場を出て、青年は喧騒の中へと入る。

 資源採掘場の労働者が多く住むこの街は、夜はひと仕事終えて酒を楽しむ輩が、毎日のように騒ぎ立てている。――こんな光景も、レヒニータが貧困層への支援と労働環境の改善の為に努力した結果だ。

 

「――さてと、どんな顔で会えば良いのかな」

 

 星の輝く空を見上げて呟いた後、クレイグ・オーガスはクリュセに向かうべく、足となる車を探しに行くのだった。

 

 

   ◇

 

 

 P.D.0002年、十二月二十日。

 地球衛星軌道から少し離れた地球圏の宇宙(そら)に、月外縁軌道統制統合艦隊「アリアンロッド」を主力とする、ギャラルホルンの火星派遣艦隊が集結していた。

 

『作戦艦隊、並びにギャラルホルン全軍に告げる』

 

 作戦の指揮官は、セブンスターズ第四席「エリオン家」当主にして、アリアンロッド艦隊司令の職務を預かる男、ドワーム・エリオン。

 彼の座乗艦にしてアリアンロッド艦隊旗艦たるスキップジャック級大型戦艦を中心に、数十隻ものハーフビーク級宇宙戦艦がズラリと並ぶ様は、まさしく「圧巻」の一言。ギャラルホルンという組織の力を一目で見て取れる、目にした者を圧倒する光景。

 

『私は月外縁軌道統制統合艦隊「アリアンロッド」司令官、ドワーム・エリオンである。我々の艦隊はこれより、ギャラルホルンが四大経済圏より託されし火星分割の任の為、火星へと出立する』

 

 ドワームの他にも、アリアンロッド艦隊副司令を務めるセブンスターズ第五席「クジャン家」当主ケニング・クジャン、セブンスターズ第二席「ファリド家」当主フェンリス・ファリド、セブンスターズ第三席「ボードウィン家」当主クリウス・ボードウィンが作戦に参加する。また、ギャラルホルン設立に貢献した名家からは「ザルムフォート家」当主のシプリアノ・ザルムフォートが出向している。

 セブンスターズの内、半数以上にもなる四家門と名家より一家門、当主自らが出向くという点においても、今回の作戦が如何に重要であるかが分かる。

 

『今回の任務は、ギャラルホルンの力を世界に改めて示す機会である。ここで世界に我々の武力を見せつけるコトで、現体制の恒久的な継続は、より現実的なモノとなる。皆、それぞれ思いは有るだろうが――英雄アグニカ・カイエルの望んだ平和と、世界秩序を維持し続けていく為に、任務を完遂すべく、全力で挑んでほしい』

 

 今より始まるは、ギャラルホルンの威信をかけた戦い。火星支部の創設と基地建設も兼ね、火星に影響力を及ぼすとともに、世界に力を見せつける為の作戦である。

 

『―――全艦隊、進軍を開始せよ!』

 

 ドワームの命令を合図に、スキップジャック級大型戦艦を先頭とし、一斉に進軍が開始された。火星に新しい秩序をもたらす者たちが今、地球を発って太陽の反対側の宇宙へと進んで行く。

 そのただ中にある、ザルムフォート家所有のハーフビーク級宇宙戦艦の艦橋(ブリッジ)に立つシプリアノ・ザルムフォートは、眼前の宇宙を眺めながら目を細めた。

 

「……どうしましたか、ご当主。いえ、敢えて『大尉』とお呼びした方がよろしいでしょうか?」

「分かっているなら聞かないでくれよ」

 

 傍らの艦長席に座る女性艦長が、意地の悪い笑みを浮かべてシプリアノにそう問いかける。数少ない火星防衛軍のMS隊の生き残りである彼女は、シプリアノが一体何を思っているか、大体察しているようだ。

 シプリアノはため息混じりに返しつつ、なおもモニター越しの宇宙に目線を向ける。艦隊が進む先、暗い宇宙の向こうには、今回の目的地である赤い星――火星がある。

 

「かつて守る為に戦った火星を、今度は攻め落とそうと言うんです。世界秩序の為に、と――おかしな話になったモノですね」

「全く同感だ。だが――これはギャラルホルンに身を置く今、やらなければならないコトだからな」

 

 自分に言い聞かせるように、シプリアノは言う。

 今回、火星出身者が多く、当主も元火星防衛軍という経歴を持つ「ザルムフォート家」の艦隊が作戦に参加させられた理由――それは、火星に詳しいというコト以上に、「踏み絵」の意味合いが強い。

 

 

 ギャラルホルンとして、使命を忠実に全う出来るか――その為に、自らの母星に銃を向け、かつて守った人々を撃てるかという「踏み絵」だ。

 

 

 「いくら何でも、直接やりたくはないだろう」というクリウス・ボードウィンの気遣いが有り、ザルムフォート家の部隊は鎮圧終了後の処理の仕事を任されている。鎮圧作戦を主導して火星の人々を撃つコトはないが、鎮圧作戦後も暴動が起きる可能性は充分にある。

 今回の作戦で、ザルムフォート家と傘下の火星出身者たちは、任務を完遂するコトでギャラルホルンへの忠誠を示さなければならない。それが、火星に対するギャラルホルンの今後の対応姿勢、その変化にも繋がる。

 

(――ギャラルホルンの為に、レヒニータ様から言質を取るコトもしたのだ。今はどうしようもなくとも、いずれ火星が権利を得る日が来る。それには時が必要、というコトになるが)

 

 火星の反抗を誘発させ、武力で捻り潰し見せしめとする――今回のギャラルホルンの作戦に、反感が無い訳ではない。かと言って異を唱えれば、ギャラルホルン内におけるザルムフォート家の立場と火星への心象は悪化し、将来的な火星の待遇改善には繋がらない。

 

「我々はただ、任務を遂行する。良いな?」

「分かっていますよ。――ご当主がそんな冴えない顔をなさっていては、決意が鈍りますが」

「む」

 

 ギャラルホルンの大軍が火星に到着するまで、およそ一ヶ月。その時は、刻一刻と迫っていた。

 

 

   ◇

 

 

断章 支配 -The Will to be Suppressed-

 

 

   ◇

 

 

 P.D.0003年は一月二十日――クリュセ。

 火星の自治区の一つである街の中心、統一政府官邸の一室で、レヒニータ・悠那・バーンスタインはため息と共に、代表席の椅子に身を投げ出した。

 

「はぁ……っと、いけませんね」

 

 しかし、レヒニータはまたすぐに気を引き締め直し、机の上の情報端末を手に取る。

 今のレヒニータは火星統一政府代表として在り、クリュセ自治区の代表も務めている。旧ヘイムダルや、かつて有った火星防衛軍と共に「革命の乙女」として様々な政策を執り行い、リーダーシップを発揮して来た結果だ。

 

「解決すべき問題は山ほどあります。私が手を止めてどうすると言うのですか」

 

 レヒニータは自らを鞭打ち、鼓舞するように口に出し、自戒する。

 火星統一政府とは言うものの、現在の火星は各地に統一政府を名乗る組織が幾つもあり、それぞれが自身の正当性を訴え、周辺の自治区を取りまとめて対立している状態だ。現在の火星は分裂しており、意思の統一が成せていない。

 そして、そうした現在の火星の状態を作り出してしまったコトは、レヒニータに多くの責任が有ると言える。無論、時代や環境が要因となっている面も多々有るのだが、レヒニータがそのように考え、周囲に責任転嫁して逃げるコトは決して無い。

 

(今の火星の経済力、立場を考えれば、全土統一を前提として初めて、地球との対等な交渉に臨める。暴力に訴えるのではなく、地道な交渉と会談の積み重ねで、双方理解の上に意思を統一していかなければ)

 

 そうでなければ、また戦争が起きる。

 事実として、資源含有地を巡る火星の自治区同士での紛争も頻発している。暴力に頼っては、何も変わらない。やがて、厄祭戦と同じような大きな戦争を、人類は引き起こすコトになるだろう――以上の考えから、レヒニータは穏健派として通っていた。

 

(まずはスキャパレリ自治区、マリネリス自治区への働きかけを継続していくしかありませんね)

 

 ただ、他の自治区に攻撃されないよう、モビルワーカーを中心とする火星防衛軍の残存戦力をクリュセ防衛軍に再編し、抑止力として保持してはいる。対等な交渉の為には、対等な力を持たねばならない――それは軍事力においても同様だ。

 レヒニータはこういった面から、現実的な政策を打てる政治家だと言えよう。そして、クリュセ自治区は現在、火星において最も治安の良く発展した街となっており、レヒニータは住民からの支持を集めている。

 

(交渉を急いではならないと分かってはいますが、クリュセの人達の為にも、成果を出し続けないと)

 

 しかし、今のレヒニータを取り巻く状況は、決して良くはない。影響力と求心力の低下、地球との貿易交渉の難航による経済の停滞、資源を巡る周辺自治区との関係悪化など、問題は山積みだ。穏健派であり過ぎるが故に、自治区内の保守層からの支持も揺らぎつつある。

 格差是正に労働環境改善など、これまで行って来た政策が間違っているとは考えていない。元々レヒニータは、自らも間近で見た問題を解決したいと望んだからこそ、政治の世界へと飛び込んだのだ。

 

 それでも――取り組んだ結果として、こうした状況を招いてしまったコトを思うと、思わずため息の一つも吐いてしまうというモノである。

 

 レヒニータとしては最も現実的で公平、平等な策を弄したつもりではあったが、それだけで全てが上手く行くほど、世界は単純ではなかった。それを予測しきれなかったのは、レヒニータの若さ故の失態と言うべきか。

 

「―――クレイグ。私は、前に進めているのでしょうか」

 

 端末から目を離し、夕日の光が差し込む窓に視線をやって、レヒニータは小さく呟きを漏らした。

 

 自分の命を救うばかりか、決意を確固たるモノにしてくれて、理想の実現の為に――何より、最期まで火星を守る為に戦ってくれた「ガンダム・バルバトス」のパイロット。火星を襲った「四大天使」ウリエル戦において、愛機共々大気圏に突入し、消息不明となった青年――クレイグ・オーガス。

 もうこの世にいない彼に、レヒニータは今でも恋をしている。「革命の乙女」として火星に人生を捧げて来た彼女は、一人の女としての幸せなど全く考えていなかったし、これからも考えはしないが――彼が命を賭して切り開いた火星の未来をより良いモノにする為、自分に出来るコトは全てやろうと、レヒニータは誓っている。

 

 ただ――時折、自分は間違っていないかと、問いたくなってしまうのだ。統一政府内の者たちと違って、彼ならばきっと、忌憚無き意見を述べてくれるだろうから。

 

「……さて、ボーッとしてる暇は有りま―――」

 

 レヒニータが仕事に向き直ろうとした途端、手に持つ端末が光った。どうやら、クリュセ防衛軍からのQCCS通信のようだ。――防衛軍からの秘匿暗号通信など、初めてのコトだった。

 

「どうしましたか?」

『レヒニータ様、緊急事態です! 「方舟」から、大量のエイハブ・ウェーブ反応を検知したとの報告が有りました! しかも、火星に向かって来ているとのコトで……!』

「原因は分かりますか?」

『今、全力で究明に努めて――ッ、分かりました!

 艦隊です!! 大規模な宇宙艦隊が、火星に接近して来ています!!!』

 

 レヒニータは驚きのあまり、椅子から立ち上がって、通信先の士官が述べた言葉を反復した。

 

 

「―――宇宙、艦隊……!?」

 

 

 

   ◇

 

 

 P.D.0003年、一月二十一日。

 分割の為に地球から出発した、月外縁軌道統制統合艦隊「アリアンロッド」を中心とするギャラルホルンの派遣艦隊は、火星の衛星軌道に到達した。

 

「予定通りだ。通達の後、作戦を開始する。

 ケニング麾下の艦隊は共同宇宙港『方舟』を押さえに行け。フェンリス、クリウス率いる地上制圧部隊は、降下の後に火星主要都市を順次制圧。反乱分子の全てに射殺を許可する。代表者のみ捕縛、拘束せよ」

『『『了解』』』

「エリオン司令。LCSの準備が整いました。いつでも火星全土へ放送可能です」

「よし。すぐに開け」

 

 火星全土への通信が開かれ、無慈悲なる通達が始まった。一方的な通達に、一切の是非は無い。

 

『こちらはギャラルホルン月外縁軌道統制統合艦隊「アリアンロッド」司令、ドワーム・エリオン。我々はこれより、地球の四大経済圏の決定を受け、植民地である火星の分割を開始する。速やかに降伏し、我々の決定に従え。

 抵抗する者がいたならば、秩序を守る為にその全てを鎮圧する。そうするだけの権利と武力を、我々は有している。賢明な決断に期待する』

 

 ただこれだけを告げ、火星の未来を決定する通達は終了。同時に、艦隊が動き出す。

 

「『方舟』制圧艦隊は、我が艦に続け!」

 

 クジャン家のハーフビーク級宇宙戦艦「フギンムニン」を初めとする、アリアンロッド艦隊副司令ケニング・クジャンが率いる五隻の艦隊は、火星の衛星「ダイモス」に造られた民間共同宇宙港「方舟」を、一時間足らずの内に制圧。

 駐屯していたクリュセ防衛軍の士官を全員射殺または捕縛、拘束した上で、ケニングは宇宙港の指令室に陣取った。

 

「クジャン副司令より通信! 『方舟』の制圧完了とのコトです!」

「よし。作戦終了まで『方舟』は閉鎖せよ。

 降下部隊は?」

「既に、資源コンテナの投下は成功。

 MS部隊も間もなく出撃し、大気圏突入を開始します」

 

 大気圏突入用ボードに乗って大気圏を突破し、何百機ものMSが、一斉に火星へと降下する。降下部隊を指揮するのは、フェンリス・ファリドとクリウス・ボードウィンだ。

 

「まずは拠点を築き上げる。降下後はコンテナの確認、基地の敷設作業を急ピッチで行う」

「部隊を三つに分け、二つは敷設作業、もう一つは周辺の護衛にあたるぞ!」

 

 フェンリスの「ガンダム・アスモデウス」とクリウスの「ガンダム・キマリストルーパー」を先頭に新量産MS「ヘリヤル」、残存のロディ・フレームを改修した「シルト・ロディ」、ヘキサ・フレームの「フレック」が次々と火星の赤い大地へと着陸していく。

 通達から二時間と経たず、火星は宇宙港を失い、本土へと攻め込まれた。そもそも戦力が残っていない上に突然の事態であり、攻め込まれる前に手を打つコトなど最初(ハナ)から出来るハズもなかったが。

 

「どうなってんだ!?」

「アイツら、何しようってんだ!」

「政府は何をやってたんだ!」

「俺たちはどうなるんだよ! 説明しろ!」

 

 かくして、火星は全土においてパニックが巻き起こっていた。各地の自治区では統一政府の官邸の前に民衆が群がって説明を求めているが、当の政府にとっても全く予想外の展開だ。

 加えて、問題なのは通達の内容。自治権を全て奪い取られ、地球に従属して地球の都合だけでの分割を受け入れろと言う。そんなコト、到底受け入れられるハズもない。

 

「レヒニータ様、民衆と各政府が説明を求めて来ています!」

「これはどういうコトですか!? さっきの放送は何だったんですか!?」

 

 そして、それはレヒニータのいるクリュセでも同様。むしろ、レヒニータは地球との交渉を行っていた為、最も混乱が大きかった。

 

「ギャラルホルンに説明を要求し、交渉します。『方舟』への通信を開いて下さい」

 

 しかし、レヒニータは平静を保ち、ギャラルホルンとの対話と交渉の為、接触を試みた。そして、ひとまずギャラルホルンに制圧された「方舟」との通信が開かれ、アリアンロッド副司令ケニング・クジャンに応じてもらえるコトになった。

 

「これは一体、どういうコトでしょうか。火星を分割する、反乱分子は全て鎮圧する――そうお聞き致しましたが」

『言葉通りの意味です。地球の四大経済圏は植民地である火星を分割し、共同で治めるコトを決定しました。そして、その分割権は我々ギャラルホルンに委ねられた。我々は世界の新たなる秩序を火星に構築する為に、必要な手段を取っているに過ぎない』

 

 そう断言したケニングに対し、レヒニータは焦燥とともに疑問をぶつける。

 

「火星は独立したハズです! 地球が植民地とし、そちらの都合だけで分割するなど――そんな横暴なコトが、赦される訳が有りません!」

『……火星の独立とは、()()()()()()()

 地球は確かに自治権を認めましたが、その自治権はギャラルホルンによる分割が為される前までのモノだと、マルタ会議で条約として決定されました。地球の植民地である火星を、地球がどのように分割しようとも、地球の自由だと思いますが』

 

 な、とレヒニータは絶句した。

 独立は認めていない、与えたのは自治権のみ、その権利は条約により期限が定められている――メチャクチャな話だ。

 まるで話にならない。()()()()()()()()()()()()

 

「し、しかし……そのように軍を送り込み、力づくで従わせようなど! 何の話し合いも無く――」

『我々は秩序維持の為、手段を問わない。ギャラルホルンとは戦後世界秩序維持の為の暴力装置としてのみ、存在を赦されている組織なのだから。

 それに――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。お忘れなら、聞かせて差し上げますが』

 

 何を、と言い返そうとし――レヒニータは、再び絶句した。今度は全身から冷や汗が垂れ、次の言葉と思い浮かばず、頭が真っ白になった。

 

《戦後の治安維持については、地球と同じく我々、ギャラルホルンが請け負います。宣言が発布され、レヒニータ様を火星に送らせて頂いた後、部隊を派遣させてもらうコトになるかと思いますが、どうかご了承下さい》

 

 ヴィーンゴールヴ宣言の前、レヒニータの下を訪れたシプリアノ・ザルムフォートはそう言った。レヒニータはこの言葉を、治安を守る駐屯部隊を派遣するというコトだと解釈し。

 

《……分かりました。それなら心配は有りません》

 

 まんまと口車に乗せられ、了承してしまった。

 この「部隊」がどんな部隊なのか、シプリアノは一言も口にしていないにも関わらず。

 

「そ、んな……!?」

 

 レヒニータは震えながら、かき消えそうな声を漏らした。視界が真っ暗になる錯覚すら覚えた。

 それでは、()()()()()()()()()。火星側の認識がどうあれ、地球側がそう考えていると言うなら、対話を成立させるコトは困難だ。そもそも力が違いすぎるのだから、地球は火星の言い分を聞く必要が無い。ただ従わせるだけで済む。

 

 火星に残された選択肢は二つ。

 大人しく降伏し、支配を受け入れるか。

 それとも、抗って虐殺され、支配されるかだ。

 

『――こちらも、赦される限りの譲歩はしている。本来なら、降伏勧告をする必要も無いのだからな。ただ黙って街を制圧し、火星(そちら)の権力者を全て処刑して、分割を完了させても構わないところに、こうして通達しているのだ。

 我々とて、いくら秩序を守る為とは言え、血が流されるコトを望んでいる訳ではない。俺たちにとっても、火星はアグニカと共に、MAの侵略から守るべく背を向けた土地だ。そこに住む人々の血で、赤く染め上げたいとは思わない。思えない。

 だから、どうか―――賢明な判断を下してくれ』

 

 その言葉を最後に、通信は途切れた。

 レヒニータは膝から崩れ落ち、カーペットの敷かれた床に両手をついて、呼吸も忘れて絶望した。流れた冷や汗と涙がカーペットに落ち、複数のシミを作っていく。

 ただ、今の通信で分かった――分かってしまったコトが、一つだけ有る。

 

 交渉は出来ない。対話も出来ない。

 火星の独立など、夢のまた夢だ。

 

 

「また、間違えた―――」

 

 何も変わっていなかった。

 何一つ、変えられなかった。

 レヒニータは結局、何も分かっていない小娘のままだった。

 

《小娘が粋がって綺麗事を語った所で、このクソみてぇな火星の現状は何も変わらねぇ!!! 世界の残酷さを、俺達の怨念のデカさも知らずに人の苦しみを語ってんじゃねぇぞクソガキがァァ!!!!》

 

 セレドニオ・ピリーの言葉が、レヒニータの脳裏に反芻し、突き刺さる。全く以て、セレドニオの言う通りだった。

 何が「対等な立場での交渉」だ。そんなモノ、初めから不可能だ。世界は平等に不平等で、力に明確な優劣が有るなら、話し合いなどするハズがない。必要無い。力でねじ伏せて、自分の意見を相手に無理矢理受け入れさせてしまえば良いのだから。

 

「私は、何も――何も…………」

 

 火星の現状は、戦前から一つも変わっていない。持つ力は地球に劣り、地球に搾取され続ける奴隷の星――今でもそうだ。地球をねじ伏せる機会は、厄祭戦時に有った。セレドニオはやろうとしていた。

 それは間違いだと叫び、レヒニータはセレドニオを止めた。セレドニオの策は火星を無防備にし、MAの蹂躙すら許す策だった。セレドニオの動機は地球への復讐であり、火星を憂いての行いではなかった。しかし、動機が何であれ、仮にあそこで地球を叩きのめしていれば、今のような状況にはならなかっただろう。

 レヒニータの行為は、戦時中においては正しかったかもしれないが、戦後においては間違いであり――セレドニオの行為は戦時中において間違いであったかもしれないが、戦後においては正しかった。

 

「レヒニータ様! 交渉はどうなりましたか!?」

 

 部屋の扉を開け、閣僚達がレヒニータの意思を問うべく、次々と入室して来る。レヒニータは身体を持ち上げ、ゾンビのように重々しく立ち上がる。

 

「交渉は! 結果は!?」

「どうしますか、レヒニータ様!」

 

 そう、打ちひしがれている場合ではない。

 レヒニータは責務を負う身だ。火星の人々は混乱し、レヒニータの言葉を待っている。

 

「官邸前に会見場を設けました! お言葉を!」

 

 なら、レヒニータは結論しなければならない。

 「賢明な判断」とは何なのか。この詰んでいる状況で、火星は未来の為に、どうしていくべきか。

 火星の人々の命を守る為に、取るべき選択とは。

 

「―――行きます。会見場へ行きます」

 

 代表としての、最後の仕事だ。

 例え何と罵られるコトになろうと、レヒニータは責任を負う者として、人々の命を守る選択をしなければならない。

 

 

   ◇

 

 

 数ヶ月の車移動を経て、ようやく辿り着いたクリュセの街は、混乱に包まれていた。理由は明白――先ほどの、ギャラルホルンの放送だ。

 

「……レヒニータは」

 

 クレイグ・オーガスは車を降り、周囲を見回す。街頭のテレビでは臨時ニュースが流れ、数時間前のギャラルホルンの通達と各地の混乱について放送されている。多くの人が興奮状態で叫ぶように言い合っていて、混乱に乗じて悪党が窃盗している。聞き耳を立てる限り、住民の多くはレヒニータのいる統一政府官邸の前に集まり、レヒニータに説明を求めているらしい。

 その時、臨時ニュースから、こんな言葉が聞こえてきた。

 

『ただ今、速報が入りました! クリュセ自治区のレヒニータ・悠那・バーンスタイン代表が、二十分後から官邸前広場にて、会見を行うとのコトです! また、バーンスタイン代表は落ち着いて説明を聞いてほしいと求めており―――』

 

 クレイグは車に飛び乗り、すぐさま官邸前の広場へと向かった。人が集まり過ぎている為、広場から数キロメートル離れた地点に車を乗り捨て、群衆の中を泳いで広場の前列を目指す。

 そして、何とか壇上が見える場所に着いたところで、時間が来たらしく――壇上に、レヒニータが姿を現した。星の輝く夜空の下、レヒニータは充分な光が確保された会見場の中央に立った。

 

『―――火星の皆さん。私はレヒニータ・悠那・バーンスタインです』

 

 堂々と立ち、レヒニータは会見を開始した。人々の喧騒も途切れこそせずとも少し収まり、レヒニータの言葉に耳を傾ける。

 それは火星の人々は勿論、ギャラルホルンにとっても同様だった。ひとまず敷設を完了した地上基地でシプリアノら降下部隊、クリュセ郊外に念の為駆けつけたフェンリスとクリウス、制圧された民間共同宇宙港「方舟」でケニング、衛星軌道上で火星支部基地の建設作業に取り掛かっていたドワームも、手を止めて火星の決断を聞く。

 

『先のギャラルホルンの通達は、皆さん内容まで把握していらっしゃると思います。地球は火星を四つに分割して植民地とし、支配しようとしています。それに従わなければ、武力を以て制圧すると。

 彼らは本気です。先ほど、代表との交渉に臨みましたが、進展はありませんでした。彼らは「通達の内容通り」との一点張りであり、譲歩する気は一切無いとのコトでした』

 

 広場の喧騒が、再び大きくなる。その声のほとんどが怒りを伴っており、人々は地球の横暴を許し難いモノと捉えているらしい。

 当然だ。地球の言いなりになれば、戦前の状況に逆戻りである。いや――厄祭戦の引き金となった以上、戦前よりも状況が悪くなるコトは、火を見るより明らかだ。

 

 

『以上を踏まえて、私は――通達を受け入れ、降伏するべきだと考えています』

 

 

 この一言で――人々の怒声が、遂に爆発した。

 広場はレヒニータへの怒声や罵声に包まれ、どんどん人々のボルテージは高まって行く。

 

『待って下さい! どうか落ち着いて、話を聞いて下さい! 確かに、火星分割は受け入れ難いモノですが、ギャラルホルンが火星を圧倒する武力を有している以上―――』

『もう綺麗事は聞き飽きたんだよ、売国奴!!!』

 

 広場の左側から、拡声器に乗った男の声が高らかに響き渡り、レヒニータを黙らせた。人々の怒号を代表するかのような一言で、広場は一時的に静寂を取り戻し、その場の全員が男に注目する。

 そこには複数のモビルワーカー。その内の一台に男が立ち、片手にマイクを握っている。更に、後ろには武装した五十人弱の集団がいる。

 

『―――貴方がたは、一体……』

『俺たちは「火星解放軍」! 火星独立軍司令、セレドニオ・ピリーの意志を継ぎ、火星の解放を目指す義勇軍だ!』

 

 セレドニオ・ピリーを崇拝する極右勢力、火星解放軍。

 それを率い、今マイクを握っている男の名は、デメトリオ・ウォッシュボーン。彼はかつて火星独立軍士官として、セレドニオの率いた火星独立軍第一艦隊で戦っていた。

 

『なぁみんな、こんな売国奴の話なんて聞く必要ねぇよ! この女は昔っから、地球の手先だったって知ってるか!? コイツのバーンスタイン家は、地球から移住して来やがった家柄なのさ!

 孤児だったところをバーンスタイン家に拾われて、格差問題や労働環境問題の改善を志したってのも、ぜ〜んぶ真っ赤なウソなんだよ! コイツは地球のバーンスタイン本家でぬくぬく育って、火星を地球に従順な犬っころの星に変える為に、地球から移り住んで来たのさ!』

『な、何をバカなコトを―――』

『だから、本当に火星を地球から独立させようとしてた火星独立軍のセレドニオ・ピリーを謀殺して、火星防衛軍なんて腑抜けた組織を作って、地球と仲良く協力しようってしたんだよ!

 後は頃合いを見て軍を排除して、火星から牙という牙を取り除いて、見事に地球に従うしか選択肢のねぇ状況を作り上げちまったのさ!』

 

 レヒニータをガン無視し、デメトリオはとんだデタラメを吹聴する。しかし、現在の地球に追い込まれた状況で、地球の主張を全く受け入れられないと感じている人々は、レヒニータとデメトリオのどちらの言葉に耳を傾けるだろうか。

 

(……まずいな)

 

 群衆の中で、クレイグは懐に右手を入れ、隠し持っていた拳銃の柄に手をかける。これはヤバい雰囲気だ、と肌で感じたが故だ。

 数多の戦場を生き延びて来たクレイグの勘が、デメトリオを――この状況を、危険だと告げていた。

 

『もう分かったろ? あの売女は火星のコトなんざこれっぽっちも考えちゃいねぇ! その結果がこの状況だ! 全部、ぜ〜んぶあの女と、地球に住む猿どもの陰謀なんだよ!!』

 

 デメトリオは、自信たっぷりに断言した。広場に集まった人々は、デメトリオの至極ごもっともに聞こえる言葉を、真実として聞き入れ始める。

 

「そうだ……そうだ!」

「全部、お前のせいだったんだな!」

「騙したのね、このクソ女!」

「よくも俺たちを……俺たちを、コケにしやがったな!!」

 

 レヒニータは呆然とし、フラつくように一歩後退した。目を見開き、口をポカンと開け、ただ立ち尽くすしか出来なかった。

 罵声が広場のあちこちから上がる中、デメトリオは悲痛な叫びを上げて訴える。

 

『あの女の言いなりになったまま、猿どもの言う通りに降伏しちまったら、火星は――俺たちはこの先、何百年も地球の奴隷にされちまう!! 俺たちが、ここにいるみんなが戦うしかねぇんだよ!! あの地球生まれの売女を引きずり下ろして、火星独立軍のように地球と戦って、自分たちの手で火星の未来を切り開かなくっちゃならないんだ!!

 地球は今まで、俺たちに何をして来た!? 今、地球は俺たちに何をしようとしている!? 俺たちは地球の言いなりに、地球生まれの売女の言いなりになっちゃいけねぇんだよ!!!』

「……そうだ、そうなんだ!」

「戦おう……戦わなきゃいけないんだ!!」

「俺たちが戦うんだ! 死んじまった親父たちの分まで!!」

 

 賛同する声はやがて、歓声となる。不満と無念、使命を煽るデメトリオの演説により、広場は地球とレヒニータへの憎悪で溢れかえった。

 デメトリオはほくそ笑み、マイクを持たない左手で腰のホルダーから拳銃を引き抜く。後ろに控えていた武装集団がデメトリオの乗るMWの前に並び、アサルトライフルのセーフティを解除する。

 

『まずはあそこにいる売女を殺して、地球への反抗の狼煙としよう!!! 俺たちの手で、火星の未来を創るんだ!!!』

『うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

「ッ……!」

「全員、突撃!!!」

 

 クレイグが群衆を押し退けて走り出し、騒ぎを聞きつけて来たクリュセ防衛軍が動き出す。

 デメトリオは拳銃をレヒニータに向け、発砲。距離が有る為、デメトリオの放った弾丸がレヒニータに当たるコトは無かったが、それを合図として武装した火星解放軍の構成員達が駆け出し、クリュセ防衛軍の兵士達と広場の中で撃ち合いを開始した。

 広場の歓声がたちまち悲鳴に変わり、人々が走って逃げ出す。右往左往する何万人もの人々が押し合い、躓いてコケた者は容赦無く踏み潰されていく。あらゆる秩序を失い、広場は地獄と呼ぶに相応しい様相を呈している。

 そんな中でも、広場に残ってクリュセ防衛軍に襲いかかる人々がいた。数千人ほどが火星解放軍と共に戦い始め、クリュセ防衛軍は発砲を躊躇って押されて行く。

 

「――全軍、進撃用意だ」

「ここでやるのか、フェンリス」

「勿論だ。私たちは、その為に火星(ここ)に来たのだからな」

 

 そして、その様子を放送越しに見ていたフェンリスとクリウスは、率いて来た部隊に出撃命令を下した。

 

「レヒニータ様を守れ! 絶対に撃たせるな!!」

 

 押されながらもクリュセ防衛軍は奮戦しており、壇上で呆然と立ち尽くすレヒニータの下に辿り着いた火星解放軍兵はまだいないが、銃弾が飛び交って危険な状況に変わりはない。

 

「レヒニータ様、お逃げ下さい!」

「レヒニ……ぐわっ!」

 

 広場の裏に控えていた閣僚たちがレヒニータに駆寄ろうとするが、火星解放軍に見つかり次第、続々と射殺されていく。

 そして、逃げなければならないと分かっているのに、レヒニータは動けなかった。どうしても――足が震えて、動かなかった。

 そんな中、自らにも銃が向けられているというのに、デメトリオは意気揚々と叫び続けている。

 

『見てくれ!! あの売女の作った軍隊は、俺たちに銃を向けて、あろうことか発砲してやがる!! アイツらは俺たち火星の住民がどうなっても、知ったこっちゃないんだよ!! 俺たちの命なんて、地球の奴らは何とも思ってないんだ!! こんな理不尽が赦されて良い訳がないだろう!!!』

「チッ、ゴチャゴチャと……!」

 

 怒りと共に舌打ちしつつ、クレイグは民衆の流れをかいくぐり、全力でレヒニータの下に向かう。金属製の義手で邪魔な人を殴りつけながら、何とか道を切り開いて走る。

 クリュセ防衛軍のMWは、数千人の人々に邪魔され、発砲を躊躇う間に火星解放軍のMWに破壊されていく。爆発が起き、広場は更に混沌とする。

 

「そろそろ終わりにしよう。――撃て」

「了解!」

 

 マイクを一瞬切り、デメトリオは自分が乗るMWを操る兵に命令する。MWに装備された機関銃がレヒニータに向けられ、照準の後、ロックオンした。

 

「レヒニータ!!!」

 

 クレイグが叫びながら、壇上に躍り出る。固まっていたレヒニータは、聞いたコトの有る声にハッと我を取り戻した。

 

『今こそ、地球の手先と決別する時だ!!!』

 

 デメトリオの絶叫と共に、MWの機関銃が放たれる。クレイグはレヒニータを押し倒し、覆い被さる形で凶弾を回避させた。

 それを見て、すぐにMWが照準をやり直そうとした瞬間――放送が途絶すると同時、広場に直径一メートルほどもある機雷が三つ、放り込まれた。

 

「うわああああああああああ!!!」

 

 機雷は即座に爆発し、クリュセ防衛軍も火星解放軍も民衆も問わず、吹き飛ばした。爆炎と黒煙が広場に充満して、その場にいる者の視界を塗り潰す。

 無事だったデメトリオはMWの中に戻ってハッチを閉じ、LCSで仲間たちに連絡する。

 

「この場は撤退するぞ! 退け!」

『司令!? けどよ……!』

「エイハブ・ウェーブだ、MSが来る!」

 

 爆発から数十秒後、右手に馬上槍、左手に盾を持つ白と紫の機体が四脚ホバーで広場に入って来た。機雷を投下したそのMSは、脚を変形させて二脚となり、広場の中心に降り立つ。

 

『全員、降伏して武器を捨てろ!』

 

 クリウス・ボードウィンの駆る「ガンダム・キマリストルーパー」――ギャラルホルンの鎮圧部隊が到着した。キマリスに引き続き、新型のMW隊が何十台と広場に現れ、掃討を開始する。

 その様子を街の高台に立つ愛機「ガンダム・アスモデウス」のコクピットから観測しながら、フェンリス・ファリドは呆れ半分安心半分で呟く。

 

「全く、真っ先に突撃していくとはな。少しは指揮官として、落ち着きを持ってほしいモノだが」

『ファリド公。クリュセの包囲、完了致しました』

「よし。反乱分子を見逃がすなよ」

 

 一方、壇上で一命を取りとめたレヒニータは、自分に覆い被さるクレイグを、信じられないと言わんばかりに見つめる。

 

「クレ、イグ……? どうして、無事で―――」

「悪いけど、話は後だ。キマリスが来て、暴動が収まり始めた。今の内に逃げるよ」

 

 クレイグはレヒニータを横抱きにし、キマリスに見られていないコトを確認した上で、走り出す。火星解放軍の反対側に降り、官邸の裏門に向かう。

 

「……レヒニータ! 撃て、レヒニータだ!!」

 

 しかし、本隊からはぐれた火星解放軍の兵士に見つかり、ライフルを掃射される。クレイグは敷地内の木を盾にしながら、右手のみでレヒニータを抱えたまま、左手の拳銃で撃ち返す。

 その時、裏門から装甲車が突入して来た。武装は無いが、その車のヘッドライトにクレイグとレヒニータは照らされる。クレイグは反射的に拳銃を車の方に向けるが、車は二人の前でドリフトして停止するとともに、後部座席のドアが開いた。

 

『乗れ、レイ!』

「―――ッ!」

 

 クレイグはレヒニータを両腕で抱え直し、迷い無く装甲車の座席の中に突入する。二人が転がり込むや否や、運転手の男は運転席のボタンを押してドアを閉め、車のハンドルを切る。

 装甲車はアサルトライフルの射撃などものともせず、ドリフトして兵士を吹き飛ばしながら裏門から飛び出し、炎に包まれた統一政府官邸を後にした。

 

 

   ◇

 

 

 官邸の裏門から走り去る装甲車。それを「ガンダム・キマリストルーパー」のコクピットから、クリウス・ボードウィンは見ていた。

 レヒニータは、出来ればギャラルホルンで身柄を確保したい。右手に持つデストロイヤー・ランスの百四十ミリ機銃なら、逃亡を阻止するコトは容易いが――クリウスはそれを足元に向けさせ、無謀にもアサルトライフルを発砲して来る火星解放軍めがけて撃ち放つ。

 

『クリウス。そちらの状況はどうだ?』

「――大体は鎮圧した。後はMW隊に任せて、MSは引き上げても良いだろう。いつまでもエイハブ・ウェーブを垂れ流して、通信インフラを破壊する訳にもいかないしな」

『了解した。事後処理担当のザルムフォート家麾下の部隊が、間もなくこちらに到着する。お前は包囲網まで後退しろ』

 

 フェンリスとの通信を終え、キマリストルーパーは四脚ホバー形態に移行し、飛び上がって広場から去る。

 

(しかし――クレイグが生きていたとはな。そればかりか、レヒニータを命懸けで守るとは)

 

 セブンスターズの一員として、ギャラルホルンの使命を果たす為には、見逃すべきではなかったのかもしれない。フェンリスやドワームなら、阻止していただろう。しかし、かつての仲間が命懸けで助けようとしているところを邪魔するコトを、クリウスはしなかった。

 

(雰囲気が違うと思ってたが、そういうコトだったのか……あの何を考えてるか分からない奴が、まさかな)

 

 何にせよ、火星解放軍が有るコト無いコト好き勝手吹聴したコトにより、レヒニータの影響力は更に低下し、火星の世論はギャラルホルン、引いては地球への対抗姿勢を鮮明化すると予想される。

 なら――ギャラルホルンの力を世界に示すという作戦の一つの目的は、レヒニータがいてもいなくても達成出来るのではないか。クレイグの命懸けの行動を踏みにじる必要は、ないのではないだろうか。

 

(――つくづく甘いな、俺は)

 

 自分の脳裏に思い浮かんだコトを受け、クリウスは思わず、自嘲するように笑った。

 

 

   ◇

 

 

「ハァ、ハァ……レヒニータ、怪我は―――」

 

 道を走る装甲車の中。

 息を整え、クレイグが怪我の有無を聞こうとした途端――レヒニータは、クレイグに抱きついた。

 

「クレイグ――クレイグ、なんですね……生きて、いたんですね……よく、よくご無事で――!」

 

 クレイグの胸に顔を押し付け、レヒニータはすすり泣く。クレイグは破顔し、レヒニータの背中を右手で抱きしめ返す。

 

「うん。レヒニータも、無事で良かった」

「はい……助けてくれて、ありがとうございます」

 

 レヒニータと抱き合いつつ、クレイグは左手に握る拳銃を向けて、運転手に問う。

 

「で、アンタは?」

『オイオイ、助けてやったのに過激だな』

「そんな見た目してたら、警戒くらいするよ」

 

 クレイグの言葉を聞いて、レヒニータも顔を上げ、運転席に座る男を見る。男は――真っ赤なフルフェイスの仮面を着けており、その素顔は愚か、後頭部の下半分しか確認するコトしか出来なかった。辛うじて、黒髪らしいコトくらいしか分からない。

 そればかりか、声も機械じみている。ボイスチェンジャーを使っているのか、それとも喉に発声器を埋め込んでいるのか分からないが、地声ではないだろう。

 

『俺はローゲ・サッカ。普段はナーサティヤ・アシュヴィンのところで働いてる。この仮面は、戦争で顔面と喉をやられちまったから着けてんだ』

 

 と、赤い仮面の男は自己紹介した。

 拳銃を向け続けながら、クレイグは言い返す。

 

「……助けてくれたのは、ありがとう。けど、簡単には信じられないよ」

『お嬢さんを連れてりゃ、そりゃそうだろうな。信じろ、って言って信じてもらえる見た目でもねぇ。とりあえず、話はジーさんから聞いてくれ』

 

 細い路地裏に入り、車が停められる。

 ローゲは車から降り、建物に裏口から入る。クレイグは銃を構えながら、レヒニータの手を引いて同じ建物に入った。

 

「ここは……」

「――病院、ですね」

 

 病院というより、診療所と呼ぶべき規模だが――先の暴動で負傷した人で、ごった返していた。治療機が幾つも並び、重傷を負った人が入っている。

 ローゲは背中にクレイグの銃を向けられながら、カーテンの奥を覗き、人を呼ぶ。

 

『ジーさん、連れて来たぜ』

「――いきなり飛び出して行った時は驚いたが、本当に連れて来たのかね。分かった、この子の包帯を巻き終えたら顔を見せよう。君も手伝え」

『おう』

 

 ローゲがカーテンの奥に姿を消し、数分経ってから、一人の老人がクレイグとレヒニータの前に姿を見せた。

 

「やあ、久しぶりだね」

「……ナーサティヤさん!」

 

 ナーサティヤ・アシュヴィン。

 かつてレヒニータも世話になった、火星に名を馳せる凄腕の医師だ。レヒニータと知り合いであると分かったところで、クレイグは拳銃にセーフティをかけ、懐に戻した。

 

「ニュースは見ていたよ。しばらく、ここの地下室に身を隠すと良い。積もる話もあるだろうが、私は怪我をした人の治療をしなくちゃならなくてね。落ち着いてからで構わないかね?」

「あ、はい……ありがとう、ございます」

「夜ももう遅い。とりあえずシャワーでも浴び、身体と――何より、心を休めた方が良い」

 

 ナーサティヤは古くさい金属の鍵を白衣のポケットから取り出し、クレイグに投げた。

 

「そこのロッカーを動かすと、地下室への隠し通路が有る。三日前くらいに掃除はしたけど、多少の汚れは我慢してくれ。それと、ベッドは一つしか置いてないが――まあ、何とかしたまえ」

「――何で、隠し通路なんて有るの?」

「この建物は昔、脱税を目論んだ主人が、地下に隠し倉庫を作っていたらしくてね。買い取った時に、そこを居住スペースにしたんだよ」

 

 こんな風に有効活用される日が来るとは思わなかったけど、とナーサティヤは笑いながら言い、踵を返して治療の為に戻って行った。

 クレイグとレヒニータはロッカーをズラし、地下室へと入る。二十段ほどの階段を降り、鍵を使って扉を開けると、トイレとシャワー、ベッドにクローゼットが並ぶ居住空間が現れた。二人で使うにはやや手狭だが、思ったよりも快適そうである。

 

「とりあえず、身体を洗ったら? 着替えは――これしかないけど」

「あ、ありがとうございます」

 

 クレイグはそう提案しつつ、クローゼットを覗いて中から病衣を取り出し、レヒニータに渡す。レヒニータは礼を言いつつ受け取り、シャワールームに入っていった。

 それを傍目にしつつ、クレイグは壁にかけられたテレビの電源を入れる。すると、臨時ニュースが流れ始めた。

 

(キマリスはクリュセを出たみたいだね)

 

 放送が復活している以上、エイハブ・ウェーブの影響は無くなっている。つまり、キマリスを始めとするギャラルホルンのMS部隊は、ひとまずクリュセから撤退したというコトだ。

 

『こちらはクリュセの中心地、統一政府官邸前の広場です。先ほどまで、レヒニータ・悠那・バーンスタイン代表による会見が行われていましたが、火星解放軍を名乗る武装組織が乱入し、クリュセ防衛軍と武力衝突しました。その後、ギャラルホルンが鎮圧の為に介入し、現在は秩序を取り戻しています』

 

 臨時ニュースは、クリュセでの騒動について報道している。広場はギャラルホルンの介入で更地と化しており、官邸に回った火も消し止められたようである。現在はギャラルホルンが広場を封鎖し、事後処理にあたっているようだ。

 

『官邸は火事に見舞われましたが、ギャラルホルンの消火作業により、火は数十分前に消し止められました。統一政府に参加する閣僚と見られる遺体が相次いで発見されており、ギャラルホルンは広場の市民たちの遺体と併せ、身元の確認を急いでいます。

 また、現在レヒニータ・悠那・バーンスタイン代表の遺体は確認されておらず、消息不明とのコトです。ギャラルホルンは市内に兵を展開し、姿をくらました火星解放軍も含め、捜索にあたっています』

 

 ベッドに腰かけ、クレイグは顔を険しくする。

 火星解放軍の台頭にギャラルホルンと、火星の状況は悪くなる一方だ。また、レヒニータがギャラルホルンに見つかれば、身柄を拘束されて反抗勢力共々、処刑台送りにされる可能性が高い。火星代表として世界に認知されているレヒニータを処刑すれば、ギャラルホルンが火星を屈服させたと、分かりやすく視覚的に世界に示すコトが出来るからだ。

 チャンネルを変えると、こちらも臨時ニュース。スタジオで有識者(?)たちが討論している。

 

『先生。火星解放軍は、バーンスタイン代表の主張する経歴が全てウソであり、本当は地球生まれで、地球の手先であったと主張していました。先生はどうお考えですか?』

『バーンスタイン代表の経歴には、不透明な点が確かに多くあります。特にバーンスタイン家に拾われるに至るまでの経緯と、それまでのコトですね。バーンスタイン代表は父親……エルバート・バーンスタイン氏です。彼に見つけられ、拾われたと話していましたが、スキャパレリでも屈指の権力者である彼が、わざわざ孤児を拾って来て養子としたというコトには、違和感を感じていました。

 デメトリオ・ウォッシュボーン氏の話が全て真実であるとは限りませんが、あながち間違いとも言い切れないのではないでしょうか』

 

 ニュースを見るクレイグは、険しい表情を崩せない。

 レヒニータがウソを吐いている訳がないので、クレイグにはデメトリオの話こそが真っ赤なウソ、陰謀論でしかないコトが分かるが――一度生まれてしまった疑惑は、後に覆す証拠が出て晴らされたとしても、完全に消えるコトは無い。

 

『なるほど……この件に関して、エルバート・バーンスタイン氏は火星解放軍の主張を全て否定し、これまでの説明が真実だと釈明していますが、これについてはどう思われますか?』

『「これまでウソをついていました」とは、口が裂けても言えないでしょう。少なくとも、火星解放軍の主張通り、バーンスタイン家がテラフォーミング中期に地球から移り住んで来た、というのは事実として確認されています。そして、地球にバーンスタイン家の親族が住んでいるというコトも――』

 

 テレビを切って、クレイグは天井を見上げる。

 デメトリオの上手いところは、「レヒニータは地球の操り人形」というウソをでっち上げる為に、事実を根拠としている点だ。追い込まれた火星の現状は、地球生まれのレヒニータが地球と結託して作り上げたモノだとし、火星の人々の反地球感情を煽ってレヒニータにも向けさせた。事実、レヒニータの出自は不明な点が多く、バーンスタイン家は地球をルーツとする。

 「孤児だったところを、バーンスタイン家に拾われた。だから貧困層と富裕層の両方に寄り添える」――デメトリオはレヒニータの大きな支持理由を利用し、覆してしまった。そして、地球との和平を唱えて穏健派として通っていたレヒニータを否定するコトにより、火星の世論を過激派、地球との戦争の方向へと傾かせようとしている。

 

(……レヒニータはもう、火星にいられない)

 

 クレイグは、そう確信を得た。

 火星にいる限り、レヒニータは追われる身だ。ギャラルホルンに火星解放軍――あまりにも、敵が多すぎる。

 そして、レヒニータに疑惑が持ち上がり、事実が疑惑に説得力を持たせる形になっている以上、民衆たちからの支持もこれまでのようには得られない。支援者たちも自らに飛び火する事態は避けたがるだろうし、バーンスタイン家も最悪の場合、レヒニータを勘当しかねない。

 

 もう、逃げるしかない。火星の外まで。

 レヒニータを死なせたくないのなら、一緒に。

 

「―――私、戻ります。統一政府の官邸に」

 

 クレイグは驚き、シャワールームから出て来たレヒニータに視線を向ける。レヒニータはドライヤーで髪を乾かし終えた後、クレイグから受け取った病衣ではなく、それまで着ていたスーツに袖を通していた。

 

「……それはダメだ、レヒニータ」

 

 レヒニータの言葉を、クレイグは真っ向から否定する。彼女の意志を尊重したいのはやまやまで、彼女ならそう言うと分かっていたが、それだけはさせる訳には行かなかった。

 

「今戻ったら、ギャラルホルンに拘束される。――見せしめの為に、殺されるんだ。ギャラルホルンだけじゃない。火星解放軍だって、どこにいるか分からない」

「構いません。多くの人が傷付き、命を奪われました。代表としての責任を放棄して、私だけがのうのうと生き延びる訳にはいきません。

 ――私が見せしめとして処刑されれば、火星はこの先、長い間冷遇されるでしょう。ですが、戦いを選んでも勝ち目は無く、皆さんが命を奪われます。私が死ぬコトで事態が収まり、皆さんが殺されずに済む可能性が有るなら、私は喜んでこの命を投げ出します!」

 

 今後、火星が地球に長期間冷や飯を食わされる結果になるのは、最早確定している。覆すのは難しいだろう。ギャラルホルンはそれほどまでに、圧倒的な戦力を有しているのだから。

 ただ、火星解放軍の煽動のままに抵抗を選んだ場合、冷や飯を食わされる前に多くの市民たちの命が失われるコトになる。レヒニータが処刑され、市民たちに反抗の意志が無くなれば、命だけは助かる。大人しく従うなら無益な殺戮はしないと、ギャラルホルンも言っている。

 

「絶対にダメだ。戻らせる訳にはいかない」

 

 しかし、クレイグは断固として立ち塞がる。

 レヒニータは歯を食いしばり、拳を握りしめて、クレイグに叫んだ。

 

「ッ――どうしてですか! 全部私のせいで、私が間違えたからこうなったんです! 私が死ぬコトで皆さんの命が助かるなら、私が死ぬべきなんです! ギャラルホルンに処刑されるべきなんです! 私が悪いのに、私が死ねばそれで済むのに……! どうして、どうして行かせてくれないんですか!!」

 

 涙を浮かべ、レヒニータは悲痛に訴える。クレイグは立ち上がり、迷わずにレヒニータを真正面から抱きしめた。

 

「……え」

「どうしてかって、決まってる」

 

 折れそうなほど強く抱きしめて、クレイグは力強く、断言する。

 

「俺は、レヒニータに死んでほしくない。レヒニータが好きだから、死なせたくないんだ。俺は、レヒニータに生きていてほしい。俺と一緒に逃げて、ずっと……ずっと、生きてほしい。ずっと一緒にいてほしい。

 だから――絶対に、死なせたりしない。死なせる訳にはいかない」

「―――ッ、そんな……コト、出来る訳……」

「分かってる。こんなの、俺のわがままだって。

 だけど、お願いだ。レヒニータ」

 

 レヒニータは嗚咽を漏らし、俯いてクレイグの胸板に額を押し付ける。そして、かき消えそうな声で呟く。

 

「ダメ、です……私は、間違えたのに――私のせいで、こんなコトになったのに……貴方と一緒に、なんて……ズルいです、断れる訳……」

「うん。だから、これは俺のせいだ。レヒニータのせいじゃない」

「――う、うう……うあああああああああああ!」

 

 大声を上げて、レヒニータはクレイグの胸で泣きじゃくる。張りつめていた何かが、プツンと切れたようだった。

 小柄な自分よりも若干背が低い、レヒニータの小さな背中を抱きしめながら、クレイグは決意を改めて固める。この(ひと)を、殺させたりなんてしないと。何としてでも――例え自分の命を引き換えにしてでも、守り抜くと。

 

『(……やっぱり女を引っさげて来てたんじゃねぇかよ、レイ)』

 

 二人の隠れる地下室の扉を挟んで、話を聞いていたローゲは、扉の向こうに聞こえないボリュームの声で、そう呟いた。フルフェイスの仮面の裏で、彼は口元を緩め、笑みを浮かべている。

 今、診療所にはギャラルホルンの兵が訪れ、ナーサティヤが応対している。ローゲは万一の為に手に持つ拳銃を、隠し通路の暗闇の中で見下ろして。

 

『(俺も、覚悟を決めねぇとな)』

 

 誰にも聞こえないよう、そう一人ごちた。

 

 

   ◇

 

 

 鎮圧作戦の事後処理の為、ザルムフォート家麾下の部隊はクリュセ入りしていた。

 少し離れた郊外には、部隊を指揮するザルムフォート家当主シプリアノ・ザルムフォートが、愛機「ガンダム・ダンタリオン」の足元で情報端末の画面を覗き込み、部隊からの文書報告を受けている。

 

「よう、シプリアノ。どうだ?」

「―――クリウス」

 

 シプリアノの下に、クリウス・ボードウィンが訪れた。キマリストルーパーにすぐ乗れるよう、パイロットスーツを着込んだままである。

 思わず名前で呼び返したコトを「しまった」と思い、シプリアノは周りを見回すが、幸い側近の部下以外はいない。歩いて近寄って来たクリウスに、シプリアノは手に持つ端末の画面を見せ、説明する。

 

「治安はひとまず回復した。遺体の回収と身元確認も、順調に進めてる。広場にも変化は無い。

 ――ただ、火星解放軍のリーダーと、レヒニータさ……レヒニータは確認出来てない。目下捜索中ってところだ」

「優先は火星解放軍にしてくれ。あの場にいた大半の武装した兵は死んだハズだが、リーダーの男がいないのは妙だな」

「ああ。包囲網からして、クリュセからは出られないハズなんだが……」

 

 クリウスとシプリアノは、頭を悩ませる。「四大天使」ウリエル戦時、ヘイムダルが火星全土で掃討作戦を敢行したコトで、ギャラルホルンが持つ火星の地形データはほぼ完璧なモノとなっているが――数年の間に、かつては無かったモノが出来ているのかもしれない。

 端末から目を離して、クリウスはシプリアノの肩を抱き、顔を近づけて耳元でコッソリと言う。

 

「(―――それと、レヒニータについてなんだが。レヒニータはクレイグと一緒に、官邸から逃亡してる。広場を探しても、絶対に死体は無い)」

「(……クレイグが!? いや、お前が何故そんなコトを!? お前、まさか――)」

「(言うなよ。フェンリスにバレたら、俺もお前も大目玉だ)」

 

 じゃあ、後は任せた――そう言って、クリウスは愛機キマリスの下に戻って行った。シプリアノは、クリウスの残した情報を咀嚼し、思案する。

 

(クリウスは、レヒニータ様を連れたクレイグを見逃した。情から、というコトか――いや、それなら私にわざわざ告げ口する必要は無い。見逃したコトが発覚するリスクを、自分から増やすコトになる)

 

 クレイグが生きていた、というコトは驚きだが、それ以上に重要なのは、クリウスがみすみすレヒニータを見逃したというコト。

 

(やるべきコトはやる奴だ。絶対に捕らえなければならないのなら、クリウスはそうしていただろう。それをしなかったってコトは、それが絶対条件ではないからだ)

 

 ギャラルホルンがレヒニータを捕らえるべきと考えていたのは、火星代表のレヒニータを反抗勢力諸共処刑するコトで、火星の人々の心を折り、ギャラルホルンの権威を世界に示す為である。

 しかし、レヒニータを取り巻く状況は、先の一件で変わった。事実でなくとも、火星解放軍により、レヒニータには疑惑が生まれた。暴動の後、行方を完全にくらましたコトもあって、レヒニータの影響力と求心力は低下し続けている。

 

(レヒニータ様は今、指導力を失っている)

 

 火星の世論は今、地球と戦う方向へと舵を切りつつあり、各地の政府にも降伏を受け入れないと宣言した所がある。火星の人々は、誰もが少なからず地球への反感を持っている。何せ、シプリアノすらも今回のギャラルホルンの作戦を、心から支持出来ている訳ではないのだから。

 今、ギャラルホルンの降伏勧告を受け入れれば、保守層から火星の裏切り者として晒される。各地の政治家たちは、絶対に降伏の決断を出来ない。そうしてギャラルホルンに逆らった人々を鎮圧し、代表者を根こそぎ処刑すれば、火星の人々の心を折ってギャラルホルンの権威を世界に示すコトは可能だ。

 

(―――レヒニータ様の処刑は、必須条件ではなくなったというコトか……?)

 

 だから、クリウスはクレイグに救われたレヒニータを見逃した。そればかりか、わざわざシプリアノにそれを話しに来た。そう考えれば、理解出来る。

 かつては火星防衛軍士官として戦ったシプリアノは、レヒニータを騙すように罠にかけ、最終的に処刑しようという地球の策略を好ましくは思っていない。出来るコトなら、レヒニータを犠牲にしたくはない。無論、ギャラルホルンの士官として犠牲にする覚悟はしているが、望んでいる訳ではない。

 

(それに、クレイグが生きていて――クリウスが目を瞑ると言うなら……しかし、これでは)

 

 レヒニータの命は、助かるかもしれない。だが、火星の人々はギャラルホルンに鎮圧され、より多くの命が落とされる。

 レヒニータを処刑すれば、犠牲とする数は少なく済むかもしれないし、少なくともレヒニータの汚名は晴らされる。レヒニータが地球のスパイなら、ギャラルホルンに処刑されるハズがない。火星解放軍はそれでも、レヒニータは地球の手先なのだと主張するだろうが、大半の人はレヒニータが本当に火星の為に生きた人なのだと解釈するだろう。

 

「―――クソ。どうしろってんだ……」

 

 頭を抱えて、シプリアノは呟く。

 レヒニータは無実の人々が殺されるより、自分が処刑される方を選ぶだろう。レヒニータとはそういう人間なのだと、シプリアノは理解している。

 だが――クレイグと共に幸せに生きれるのなら、それ以上のコトは無いだろうとも思うのだ。

 

「シプリアノ・ザルムフォート――だな?」

「……ッ!?」

 

 声をかけられたコトで、シプリアノは思案を一旦中止し、声のした方を見る。その先には、ギャラルホルンの佐官に与えられる軍服を着た男が一人、立っていた。

 ――そしてそれは、シプリアノも見知った男。シプリアノは驚きのあまり目を見開き、愕然と言う。

 

「――そんな、バカな。有り得ない……お前、お前の艦はあの時、確かに沈んだハズ……!」

「ああ。まんまと死に損ねちまってよ」

「シプリアノ、何が――ッ、な……!?」

 

 シプリアノの声に反応し、周囲に待機していた部下たちが男に銃を向ける。しかし、元火星防衛軍の部下たちも、男を見るや驚愕を露わにしていた。

 赤の制服を纏う黒髪蒼目の男は、シプリアノが良く知るあの頃のように不敵な笑みを浮かべて、こう言い出した。

 

「俺は、レイのやりたいようにやらせてぇ。その為に、お前の力を貸してくれ」

 

 長く重々しい夜が明け、眩い太陽の光が、血と硝煙に汚れたクリュセに差し込み始める。夜明けの光の中で、死んだハズの男がシプリアノと向かい合う―――

 

 

   ◇

 

 

 気がつくと、炎の中に立っていた。

 見知った街が赤く染まり、燃え上がっている。

 黒い煙が空を覆い尽くして、膝から下は赤い海の中に浸かって、重たい血が足にまとわりつく。

 

 ――シ。

 

 声が聞こえる。魂からの恐怖を感じさせる声。

 

 ―――モノ。

 

 怨念に満ちた声。知っている声。

 どうして、誰のせいか。分かっている。

 

 ―殺し。

 

 見下ろした自分の手が、赤く染まっている。

 血の下から無数の焼け焦げ爛れた腕が現れて、掴まれて、引きずり込まれていく。

 

 ――り者。

 

 ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい。

 私のせいで、私が。私が間違えなければ。

 

 人殺し。

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

 

 裏切り者。

 人殺し。裏切り者。人殺し。裏切り者。人殺し。裏切り者。人殺し。裏切り者。人殺し、人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺シ人殺シ人ゴロシ人ゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシ―――

 

 

   ◇

 

 

「―――ッ、ハ……ァ、ァ!」

 

 日が空の真上まで昇った頃、レヒニータ・悠那・バーンスタインはベッドから飛び起きた。

 全身が冷や汗で濡れたレヒニータは目を見開き、ボンヤリと周囲を見回して。

 

「おはよう、レヒニータ」

「……おはようございます」

 

 まだハッキリとしない視界に、クレイグ・オーガスの姿を認めて、レヒニータは挨拶を返す。直後、頭が覚めてきたレヒニータは周囲を見回し、自分の服装を確認する。

 

「窮屈そうだったから、上着とネクタイだけは取ったよ。そこに干してる」

「――私、どうして?」

「泣き疲れて寝ちゃったんだ」

 

 スーツとネクタイを脱がされているが、それ以外に服装が乱れてはいない。クレイグがヘンなコトをするハズもないと判断し、レヒニータは息を吐く。

 魘されていたレヒニータに対し、クレイグは敢えて何も聞かず、何も無かったように冷静に言う。

 

「ハイ、これ。落ち着くよ」

「……ありがとう、ございます」

 

 クレイグがスッと差し出してきたコーヒーを受け取り、一口含む。MAがいなくなってからは農作も出来るようになり、コーヒー豆も自然のモノだ。戦時中に比べれば、かなり味は良い。

 ようやく落ち着いて、レヒニータはため息を吐いた。

 

「――というか、クレイグはどこで寝たんですか? ベッドを譲ってもらってしまって……」

「床。慣れてるし」

「ゆ、床!? 身体を痛めてしまいますよ!?」

「横になって寝れるだけ良いよ。昔、ゲリラ戦してた時は、コクピットで無理矢理寝たりしてたし。そもそも寝られない日も有ったから」

 

 阿頼耶識を接続してコネクターを固定する為、座りながらかつ寝返りすら打てないコクピットに比べれば、床でもよほどマシ――とクレイグは言う。しかし、レヒニータは異を唱える。

 

「それでもダメです! 狭いかもしれませんが、クレイグもベッドで寝て下さい!」

「気にしないで。俺は左腕(こっち)が義手だし、レヒニータに怪我させそうだ」

「そんなコト気にしません! いいから、ベッドは共用です!」

 

 断言したレヒニータに、クレイグは抗議の目を向けるが、諦めたように頷いた。――レヒニータとしては、クレイグと同じベッドで寝るなど心穏やかではないのだが、クレイグを床に寝させて自分だけベッドで寝るコトは出来ない。

 ベッド問題に話がついた時、ドアが向こう側からノックされ、電子的な声が響いた。

 

『昼飯、持って来たぜ。開けてくれ』

「分かった」

 

 クレイグがドアに近づき、ロックを開けると、ローゲ・サッカが二人分の食事を持って入って来る。外から使える鍵はクレイグが預かった一つしかないらしく、こうして内側に呼びかけないと外からは部屋に入れない。

 クレイグとレヒニータにそれぞれ飯を渡し、ローゲはドアを閉めて鍵をかけ、壁に寄りかかった。

 

「……何?」

『プレートだけ持って帰る。わざわざお前らに上まで持って来いとは言わねぇよ』

「あの、ローゲさん。外は今、どうなっているんですか?」

 

 レヒニータの質問に、ローゲは赤い仮面の裏で一息吐きつつ、答えた。

 

『昨晩の鎮圧作戦の事後処理を終えて、ギャラルホルンの部隊は一時的にクリュセから撤退した。診療所(ウチ)的にも怪我人は打ち止め、軽傷者は処置して帰らせて、重傷者はベッドで休ませてる。治療機には意識不明の奴もいるが、全員助かるってよ』

「そう、ですか――良かった……」

『ただ――火星の状況は、全く良くねぇな』

 

 声のトーンを落としてそう言い、ローゲは壁にかけられたテレビの電源を点ける。最初のギャラルホルンの通達からそろそろ一日近くが経過するが、番組はどこも関連した臨時ニュースで持ちきりだ。

 

『クリュセでの死者は六千人を越え、重軽傷者は一万人を超えています。また、統一政府に参加していた閣僚の内、ご覧の十二名の死亡が正式に確認されたと、ギャラルホルンは公表しています。統一政府代表のレヒニータ・悠那・バーンスタイン氏の行方は依然として明らかとなっておらず、クリュセ防衛軍は現在、全力を挙げて捜索にあたっています。

 それでは、現場からの中継です』

『こちら、武力衝突の現場となった統一政府官邸前広場です。広場には防衛軍により封鎖され、今なお厳戒態勢が敷かれています。

 昨晩は火星解放軍とクリュセ防衛軍による銃撃戦が行われ、最終的にはギャラルホルンが介入し、鎮圧作戦が行われる事態となりました。現在は静寂を取り戻していますが、広場には戦闘の爪痕が色濃く残っています』

 

 レヒニータは俯き、手を止める。しかし、ニュースは流れ続け、衝撃的な内容を伝えていく。

 

『以上、現場からの中継でした。

 続いて、最新のニュースです。火星解放軍の代表を名乗るデメトリオ・ウォッシュボーン氏は現地時間で本日の朝十時、レヒニータ・悠那・バーンスタイン代表の本宅であるスキャパレリのバーンスタイン邸に討ち入り、エルバート・バーンスタイン氏の身柄を拘束しました』

「―――な、!?」

『同時に、火星解放軍は声明を発表。今一度、ノーカットでご覧頂きます』

 

 愕然とするレヒニータ。

 画面が切り替わり、火星解放軍のデメトリオが映し出される。ご丁寧にも字幕付きで、彼の言葉が流され始めた。

 

『火星の皆さん、改めまして――我々は「火星解放軍」です。そして、私はその最高司令官、デメトリオ・ウォッシュボーン。

 今、火星は未曾有の危機に晒されています。悪辣な地球種たちにより、我々の母なる大地は無惨にも蹂躙され、火星は自由を奪われようとしています。しかし今、火星に地球に対抗するだけの軍隊は有りません。地球生まれの国賊レヒニータ・悠那・バーンスタインによって、火星の軍隊は月におけるMA戦に派遣させられたからです! 戦後、火星を地球に売り飛ばす為に、あの女は火星から軍隊を無くして、抵抗する力を火星から奪ったのです!』

 

 デメトリオの背後に、レヒニータの両親であるエルバート・バーンスタインと、その夫人が映る。

 レヒニータは思わず、手に持ったコーヒーカップを取りこぼした。そして、届かないと分かっていながら悲痛に叫び、懇願する。

 

「お義父(とう)様、お義母(かあ)様! 待って、待って下さい!」

『これがどういう意味か、皆さんにはお分かりのハズです! 誰かに頼り、誰かに任せる時代は終わった! 我々が、アナタ自身が、火星に済む一人一人が武器を手に取り、地球種たちと戦って、火星の自由を守らなければならないのです! もう二度と、地球種の奴隷になりたくないと言うのなら、戦って勝利するしかないのです!

 地球種に鉄槌を! 火星に仇なす裏切り者に粛清を! 我々の尊厳を、権利を、自由を守る為に!』

 

 デメトリオの背後で二人が射殺されたところで、映像が切り替わり、再び画面にはニュースキャスターが映る。

 呼吸も忘れてよろめいたレヒニータを、隣のクレイグが支える。二人には見えないが、ローゲも仮面の下で表情を歪め、歯を食いしばった。

 

『火星解放軍の声明の後、「TSMトラスト」を名乗る組織により、各地にMWを始めとする兵器や銃火器が供給され始めています。各自治区の政府は相次いで声明を発表し、ギャラルホルンの通達を受け入れないとの意思を示しています。

 また、クリュセの火星統一政府は先ほど、組織の維持は困難と判断し、総辞職すると発表しました。代表のバーンスタイン氏も不在の中、クリュセの行政を担って来た統一政府が倒れるとあり、混乱の長期化は避けられないと見られています』

「総、辞職―――?」

 

 虚ろな表情で、レヒニータは呟く。

 今回の暴動で火星統一政府は閣僚のほとんどが火星解放軍に殺され、代表のレヒニータは消息不明。影響力も失われており、クリュセ自治区の行政府としての機能すらままならない以上、総辞職の後に解体との結論が出されてもやむを得ない。

 民衆からの支持、支援者、家族、立場――今、レヒニータはその全てを奪われた。人生の半分以上をかけて積み上げて来たモノ、その全てを。

 

『昨日、暴動が起きたクリュセを始め、各地では抗議デモが行われ、武装した集団も確認され始めています。ギャラルホルンも対抗して警戒を強めている為、各地での睨み合いが武力衝突に発展するのも、時間の問題と思われます。

 続いて、バーンスタイン元統一政府代表に関して持ち上がった疑惑についての―――』

 

 ローゲがテレビを切り、胸糞悪いと言わんばかりにリモコンを床に投げ出した。レヒニータの肩を抱きつつ、クレイグはローゲを睨みつける。

 

『……知らねぇ方が良かっただろうが、伝えねぇ訳にも行かねぇだろ。俺だって気は進まなかったが、お嬢さんはそういう立場に有るんだからよ』

「―――ッ」

 

 しばらくローゲを睨んでいたクレイグだったが、ローゲの意見に同意したのか、レヒニータに向き直る。レヒニータはベッドのシーツを強く握りしめ、何も言わずに俯くのみだ。クレイグはそんなレヒニータの頭を倒し、自分にもたれさせた。

 

『今後、ギャラルホルンの通達を素直に受け入れるところは無ぇだろう。そんなコトすりゃあ、裏切り者として吊るし上げられて、解放軍と保守派のイカれた奴らに粛清されちまうからな』

 

 通達を受け入れる方が死人が少なく済む、と分かっていても、政治家は民意のままに動くコトしか許されない。世論が地球との戦争の支持に傾きつつある以上、各地の政府や権力者たちが自身への支持を失うような決断をするコトは無い。

 

『それに、解放軍と吊るんで、(タチ)の悪ぃ連中が動いていやがる』

「『TSMトラスト』……だっけ?」

『ああ。表向きは総合商社、裏市場じゃ武器商人。バックにどこぞの大富豪でも付いてんじゃねぇのかって、昔っから言われてる。ロクでもねぇ奴らだ』

 

 その会社が、全土に武器を配り歩き、解放軍と共に人々の戦意を、怒りを焚き付けている。

 言うまでもなく、それでギャラルホルンに勝てる目算など皆無な訳だが、眼前にMWや銃火器を積まれれば、人々は力を得たと――これで自分も戦えるのだと、戦って勝てるのだと勘違いしてしまうモノである。

 

『これから、あちこちで戦火が巻き起こされる。それは、クリュセだって例外じゃねぇ。

 ―――もうどうやったって、止められねぇよ』

 

 それこそ、当の焚き付けた火星解放軍にすら。

 火星にはかねてより、地球への不平不満や怒りが溜め込まれていた。そして、今回のギャラルホルンの襲来により、そのダムは決壊した。最早、爆発するのも時間の問題と言える。

 

「……一刻も早く、レヒニータを逃がす算段を付けないと。火星にもう、安全な場所なんてない」

『―――あ? は?』

 

 クレイグの言葉を聞き、ローゲは驚くとともに、呆れを滲ませつつ、自分の予想が正しくないコトを祈りながら確認を取る。

 

『お前――なぁ、もしかして……これから方法を考えようってのか? 目算が有ったから、お嬢さんを助けたんじゃなかったのかよ?』

「そうだよ。クリュセに着いたのは昨日で、時間が無かったし」

 

 強く頷いたクレイグに、ローゲは脱力してため息を吐く。レヒニータすら、少し驚いたようにクレイグを見つめている。

 

「バルバトスさえ有れば、どうとでも出来るんだけど――まさか、厄祭戦が終わってからもバルバトスが必要になるなんて、思ってもみなかった」

「……そう言えば、クレイグ。大気圏に突入して消息不明になったと聞いていましたが、貴方はどうやって生き延びたんですか?」

「どう、って……MAの残骸を大気圏突入用ボードの代わりにして。推進剤(ガス)が切れてたから、今もバルバトスは砂漠に置きっぱなし」

 

 確かに、クレイグの愛機である「ガンダム・バルバトス」が有れば、ギャラルホルンから逃げ延びつつ、解放軍からレヒニータを守るコトも容易い。

 しかし、今から掘り返しに行く訳にもいかない。「四大天使」ウリエル戦の後に強引な大気圏突入をし、地上に落ちて砂漠に埋まり、数年間放置されたとあっては、掘り出したとしてもマトモに動く保証が無い。そもそも、推進剤が切れていたのだし。

 

「ギャラルホルンもレヒニータを探してるんだろうし、宇宙に出てもギャラルホルンの艦隊がいるし。今はクリュセのマスドライバーを使えるとも思えないし……」

『――まあ、そんなコトだろうと思ってたけどな』

 

 ローゲは仮面越しに頭を抱えつつ、失笑とともに呟いた。そして、クレイグにこう言った。

 

『算段は俺がつけて来た。立場的に信じれるかは微妙なとこだが、一番確実性の有る手だろうよ』

「……何それ?」

『クリュセの郊外に、丘みてぇなとこが有る。今はギャラルホルンがキャンプを立てて、クリュセやアキダリアに出撃する為の前線基地にしてる。三日後に、大規模な鎮圧作戦を見据えた人員の増員と、物資の補給がされる予定だ』

 

 ローゲは懐から端末を取り出し、二人に渡す。そこには地図と日程、謎の番号が書かれていた。

 

『この時をついて、俺が騒ぎを起こす。ギャラルホルンの注意が俺に向いた隙に、そのナンバーが書かれたコンテナの中に紛れ込んじまえ。後は悠々と、ギャラルホルンに守られながら、地球圏まで運ばれるだけだ』

 

 そのコンテナは食料の詰まったコンテナで、予備の食料が入れられているのだという。二人なら、一日五食でも五ヶ月は食いっぱぐれない。

 

「――仮に入る時はそれで良いとして、出る時は? 見つからないように、ってのは無理だと思うけど」

『なあ。俺がどうやって、ギャラルホルンの物資補給の日と、予備食料の入ったコンテナの番号なんて調べ上げたと思う?』

 

 笑いを滲ませながらそう言ったローゲに、クレイグはギャラルホルンの手先である可能性を考え、警戒心を露わにする。「仮にそうだとしたら、悟らせるようなコトは言わないだろう」とは思うが、クレイグがそう判断すると予想して、敢えてこのように言っているのだとも考えられた。

 

『キマリスは――クリウスは、お前らを見逃した』

「……!」

『お嬢さんには疑惑が持ち上がり、火星の世論は戦いに寄っている。お嬢さんが降伏を呼びかけても、もう人々は耳を貸さねぇだろう。そもそも、お嬢さんが建てた統一政府は、もう存在してねぇ。残念だが、それが今の状況だ。

 つまり――お嬢さんはもう、ギャラルホルンにとっては必死こいて捕まえて、何としてでも処刑しなきゃならねぇような人間じゃなくなった。非力なお嬢さんなんかより、解放軍みてぇな反抗勢力の奴らをねじ伏せて処刑した方が、より強くギャラルホルンの権威を世界に示せる』

 

 とはいえ、レヒニータは戦時中の火星を指導し、独立を図ってきた人間だ。彼女が建てた政府は倒れるに至ってしまったが、完全に指導力や求心力を失った訳でもない。

 ギャラルホルンとしては、火星で権力を持った人間を、大っぴらに保護する訳にはいかない。火星分割成功の絶対条件でこそないが、もし見つけたなら捕らえ、反乱分子同様に処刑しなければならない。

 

『それに、ギャラルホルンには元火星防衛軍の奴らもいる。お嬢さんを処刑するとなりゃ、そいつらは表立って反発しないにせよ、納得しきれねぇだろうからな。お嬢さんを処刑せずにおけば、ギャラルホルンは内部に禍根を残さずに済むって形になる。

 俺はそいつらに協力を取り付けた。とりあえず、見過ごすくらいはやってくれるさ』

 

 クレイグは、ローゲの話の内容を吟味する。

 利害関係やギャラルホルンの立場、火星の現状など――様々なコトを加味すれば、確かにローゲの話には筋が通っている。問題は、それを信じるかだ。

 

「アンタは何で、ここまでしてくれるの? アンタが俺たちに協力する理由って何?」

 

 なので、クレイグはローゲに問うた。

 試されていると感じているかどうかは分からないが、ローゲはその答えを口にする。

 

『俺には俺の目的が有る。お前らに手を貸すのは、それが俺の目的と合致するからだ。

 ――俺は、今のギャラルホルンが気に入らねぇ。アグニカ・カイエルの望んだ未来を実現するってのはともかく、やり方がな。

 ギャラルホルンは理想の為に、他の全てを踏みにじって行きやがる。今回の火星分割だってそうだ。地球(テメェ)が勝手に定めた秩序とやらの為に、火星(そこ)に住む奴らの想いや願い、望みをひねり潰そうとしてる。元火星防衛軍の士官たちを今回の作戦に参加させたのも、ギャラルホルンの為に母星に銃を向けられるかを確認する為だって言うじゃねぇか』

 

 拳を握りしめて、ローゲはそれを見下ろしながら言う。

 

『俺たちは、アイツらにそんなコトをさせるような未来の為に、戦った訳じゃねぇ。俺たちはこんな目に合わせる為に、必死で火星を守って戦った訳じゃねぇ。こんなクソったれな世界の為に、俺たちは――アイツらは戦って、死んじまったなんて……そんなコト、認める訳には行かねぇだろうが』

 

 仮面の下から放たれる機械音声。しかし、クレイグとレヒニータには、ローゲの想いが分かった。

 彼はそれが憎らしく、許せなくて――何よりも哀しみ、誰よりも怒っているのだと。

 

『だから俺は、アグニカの代わりに、アイツらを一回ブン殴ってやりてぇ。ギャラルホルンだけじゃねぇ――火星をメチャクチャにして、大勢を死なせようとしてる、解放軍のクソ野郎どももな。

 お嬢さんが生き延びれば、解放軍の奴らをこれ以上つけ上がらせずに済む。ギャラルホルンに、テメェらのやり方以外のやり方も有るんだって、見せつけてやれる』

 

 言い切った後、ローゲは拳をポケットにしまい、クレイグを見据えて問いかける。

 

『これが俺の動機だ。――バカバカしいだろ?』

「―――いや」

 

 クレイグは微笑み、食事のプレートをローゲに差し出しながら、信頼とともに言い返した。

 

「そういう奴を、俺は知ってる。昔、そいつと一緒に戦ったんだ。―――信じるよ。アンタのコト」

『……ああ。ありがとよ』

 

 ローゲは空になったプレートを受け取り、部屋を後にした。クレイグはドアの鍵を内側から閉め直して、レヒニータに言う。

 

「ごめん。こういう感じになったけど、良い?」

「いえ――私は、クレイグを信じます。

 私も開き直りますから。私はもう、統一政府の代表じゃありません。ただ一人のわがまま女です。どうぞ、クレイグの好きにして下さい。

 ……私をこんな風にした責任、取って下さいね」

 

 心からの笑顔を浮かべて、レヒニータはいたずらでもするかのように宣言する。

 クレイグは浮かべていた微笑みを深めて、レヒニータの顎に自分の右手を添え――柔らかい唇に、啄むようなキスをした。

 

 

   ◇

 

 

 火星衛星軌道上で、火星支部基地施設の建設作業を執り行いつつ、地上部隊の統括も担当する、派遣艦隊旗艦――スキップジャック級大型戦艦。

 その一角の司令室で、月外縁軌道統制統合艦隊「アリアンロッド」司令にして派遣艦隊の指揮官も務めるセブンスターズ第四席「エリオン家」当主ドワーム・エリオンは、とある男との通信に応じていた。

 

『この度はご多忙の中、私めの急なご連絡に対応して頂き、ありがとうございます』

「前置きはいい。私に何の用だ、ホルヘ・マクニール」

 

 火星の大富豪、ホルヘ・マクニール。

 唐突に連絡を寄越してきた、この食えなさそうな老人の真意を、ドワームは図ろうとする。

 

『はい、では早速――私は火星解放軍を支援し、火星各地に武器を配布しております企業「TSMトラスト」の出資者です』

「……ほう。それを我々ギャラルホルンに告げるというコトが、一体どういう意味を持つか――分かっているのだろうな?」

『いえいえいえいえ、滅相もございません。

 私はただ、貴方がたギャラルホルンに協力したいのです。武器を配り、火星の民衆どもを焚き付けているのも、貴方がたの作戦にご助力致したいが為でございます』

 

 なるほど、とドワームは理解する。

 つまり――この男は、ギャラルホルンを味方につけ、利用し合う為に接触してきたという訳だ。

 

「人々に戦う為の力を与えるコトで、暴動を誘発する。それを我々が鎮圧し、その武力と権威を世界に知らしめ、ギャラルホルンは作戦を成功させる。

 代わりに、お前の後ろめたい仕事を見逃せと?」

『流石、ご理解がお早いですな。

 そうそう――私めはマスメディアにも影響力を持っておりますので、暴動鎮圧の様子を、火星中に流させましょう。火星のマスメディアの情報統制にまでは、手が回っていないとお察し致します故。

 更には、今後のギャラルホルンの火星での活動についても、出来うる限りの支援を約束致します』

 

 ドワームは一考し、返事を返す。

 

「―――勝手にしろ」

『ありがとうございます』

 

 ホルヘとの通信を切り、代わりにドワームは、地上にいるフェンリス・ファリドとの通信を開いた。

 

『どうした?』

「至急、ホルヘ・マクニールという男の身柄を拘束しろ。火星の大富豪で、火星解放軍と『TSMトラスト』の支援者だ」

『了解した。――ああ、任せるぞ。速やかにな。

 それとドワーム。火星解放軍が、我々の包囲網をかいくぐった理由が判明した。都市間の地下送電ケーブルを使ったようだ』

 

 火星の地下には、都市間で電力を融通出来るような送電ケーブルが通っている。通信用の有線ケーブルも有り、エイハブ・ウェーブの影響下でも都市間の通信が可能となっているという。

 元火星防衛軍の士官たちも、流石に各都市のケーブル管理用通路への正確な位置など掴んでいる訳もない。まんまと解放軍にしてやられたという訳だ。

 

『各地での捜索と発見、封鎖は既に完了している』

「流石だな。鎮圧作戦は、思ったよりも大規模になりそうだが――行けるか?」

『問題は無い。クリウスから、そちらに増援要請をしたと聞いた。敵がどれだけMWを揃えようと、こちらにはMSが有る。鎮圧は可能だろう』

 

 ナノラミネートアーマーを持ち、高さ二十メートル弱の巨大兵器であるMSに、MWが太刀打ち出来るハズもない。加えて、ギャラルホルンのMS隊のパイロットは、厄祭戦を生き延びた歴戦のパイロットばかりである。MAが侍らせた子機(プルーマ)に比べれば、MWなど問題になりはしない。

 しかし、ドワームはそれでも、念を押してフェンリスに忠告する。

 

「決して油断するなと、部隊を引き締めておけ。勝てると思っている敵ほど、倒しやすいモノは無い」

『――肝に銘じておこう』

「増援は予定通り送る。任せたぞ」

 

 

   ◇

 

 

「ふぅうぅう」

 

 自宅である豪邸の庭、プールサイドでホルヘ・マクニールは、生暖かい息を吐き出した。

 一時間ほど前のアリアンロッド艦隊司令ドワーム・エリオンとの通信は、少々リスクの有る取引ではあったが、勝算は大いに有った。ギャラルホルンが世界秩序維持の為の作戦を実行するには、そもそも前提として秩序を乱す者たちが必要となる。ホルヘは裏からそれを用意し、ギャラルホルンが鎮圧する――このマッチポンプは、ギャラルホルンにとっても有意義なモノである。

 

「戦いしか出来ぬ連中と思っていたが、それくらいは弁えていたようで何よりだ」

 

 現在の世界において、ギャラルホルンは圧倒的な武力を有している。敵対しても得は無く、良好な持ちつ持たれつの関係を築いておくコトが重要だ。

 自分の立場を安寧なモノとする為に、彼は迷い無く、自分が支援する火星解放軍も火星の人々も利用する。彼はこれまでも、そうやって上り詰めた。この世界は決して、綺麗事だけでは回っていかないのだから。

 

「―――? 何だ、外が騒がしいな。暴動か?」

 

 ふと、ホルヘは邸の外が騒がしくなっているコトに気づいた。遠いが、銃声のようなモノも聞こえてくる。

 ホルヘは待機していた使用人に、外を見て来いと命令する。タキシードを着た老年の使用人は一礼して、邸の正面玄関の方に向かうべく、屋内へと入って行った。

 

「全く、勝てる訳もないのに元気なコトだ。まあ、すぐにギャラルホルンが鎮圧するだろ――う?」

 

 だんだん、銃声が近くなって来る。

 ホルヘが使用人の消えていった屋内への扉に視線を向けた瞬間――扉が内側から勢い良く開け放たれて、先ほど遣わした使用人が、死体となって飛び出して来た。

 

「ッ、何事だ! ワシを誰だと思っている!?」

 

 続いて、最新鋭の武装に身を固めた集団が、次々と扉から入って来る。凄まじい素早さで突入してきた部隊は、たちまち横列を敷いてホルヘに狙いを定め、ライフルを突きつける。

 

「―――ギャラル、ホルン……!?」

「ホルヘ・マクニール。火星解放軍及び各地の暴徒達に支援を行い、秩序を乱した者として、貴方を拘束します」

 

 周囲の兵より豪奢な軍服に身を包んだ、部隊の指揮官と思わしき女が現れ、ホルヘにそう告げた。一方、ホルヘは信じられないと言わんばかりに叫ぶ。

 

「バカな、何を血迷った貴様ら! ワシは、ドワーム・エリオンと合意をして―――」

「我々は、世界秩序を乱す者を粛清します。それが直接的であろうと間接的であろうと、例外無く。そして、あらゆる勢力から独立して存在する我々は、世界秩序維持の使命の為だけに動く者です」

 

 指揮官がハンドサインを出すと、兵たちが速やかに駆け寄って、見事な手際でホルヘを縛り上げる。

 ――ギャラルホルンに、清濁合わせ飲むなどというスタンスは、存在してはならないのだ。英雄アグニカ・カイエルの名に恥じぬ、清廉潔白な組織で在り続けなければ、世界からの信頼を得るコトなど到底出来ないのだから。

 

「ッ、ワシを捕らえてどうする! そもそも暴徒がいなければ、貴様らに存在意義など無いのだぞ!」

「秩序の為、火星解放軍や各地の抵抗勢力共々、処刑します。財産の全てを差し押さえ、あらゆる権力を剥奪した上で。――基地まで連行するぞ」

「は!」

 

 このように拘束された者は、ホルヘだけではなかった。火星の各地で権力を持ち、火星分割への反対を表明していた富裕層や権力者たちは、ほぼ例外無くギャラルホルンに捕縛、連行された。

 これにより各地は混乱し、ギャラルホルンへの反感は一気に高まり、各地でのデモや抗議活動は活発化の一途を辿った。

 

『ギャラルホルンは五日後、火星全土での大規模な鎮圧作戦を行うと発表しました。既に各地では反乱分子の一斉逮捕が始まっており、今後も更に激化していくコトが予想されます』

 

 デメトリオ・ウォッシュボーン率いる火星解放軍は、協力しての徹底抗戦を訴え、保守層を中心に支持を急速に拡大した。各地では武装したデモ隊のMWやバリケードが立ち並び、火星解放軍もクリュセで態勢を整えて決戦の準備を完了させ、まさしく一触即発の状況が火星の各地で生まれていた。

 

 そして、幾つかの夜が明け。

 いよいよクレイグとレヒニータ、ローゲが動く日がやって来た―――

 

 

   ◇

 

 

 脱出計画を実行に移す日の朝、三人は早朝に診療所の一階、裏口前に集合した。レヒニータはクレイグにローブを被せられ、顔を隠している。

 

『コイツが車の鍵だ。四日前から移動はさせてねぇし、ヘンな細工をされてないコトも確認済みだ』

「ありがと」

 

 クレイグがローゲから、装甲車の鍵を受け取る。

 作戦は至ってシンプルだ。クレイグとレヒニータは車に乗り、目的のコンテナが投下されて来るギャラルホルンのキャンプまで接近し、潜伏する。コンテナが降って来て、ギャラルホルンが中身の確認の為にコンテナを開けたら、ローゲが騒ぎを起こし、ギャラルホルンの注意を引きつける。混乱に乗じ、クレイグとレヒニータがコンテナの中に移動する――それだけである。

 

『車の中に、お嬢さん用のギャラルホルンの軍服も用意しておいた。それを着とけば、とりあえずパッと見じゃバレねぇだろう。サイズまでは保証しかねるが』

「わ、分かりました」

 

 クレイグはヘイムダル時代の制服を持っているので、それを使う。デザインは変わっていない為、疑われるとしたら所属と階級くらいだが――混乱の中で、それをわざわざ問いただしに来る者はいないだろう。パッと見でバレなければ何とでもなる。

 

『ここまでしたんだ――何としてでも、逃げおおせてくれねぇと困るぜ?』

「………はい」

「無駄にはしないよ。アンタも気をつけて」

「―――そうか。今日、出発するんだったね」

 

 頷き合った三人の下に、診療所の主であるナーサティヤ・アシュヴィンが見送りに来た。クレイグはナーサティヤに地下室の鍵を返し、レヒニータは老人に一礼する。

 

「ナーサティヤさん。昔から色々、ありがとうございました」

「ああ。健康には気をつけなさい。――それと、外では火星解放軍が人々と共に、ギャラルホルンへの対抗姿勢を鮮明化している。未だに君のコトも探しているようだから、見つからないようにしたまえ」

 

 二人が気にしなければならないのは、ギャラルホルンだけではない。レヒニータは火星解放軍からも追われる身だ。即射殺されかねない分、ギャラルホルンより(タチ)が悪いとすら言える。

 

『そろそろ時間だ。―――じゃあな』

「うん。行こう、レヒニータ」

「助けて下さって、ありがとうございました」

 

 クレイグはレヒニータの手を引き、裏口から出て行った。ドアの向こうに消えて行った二人の背中を見届け、ナーサティヤは傍らに立つローゲに言う。

 

「……良かったのかね? 正体を明かさなくて」

『俺は死んだ人間だ。今更、レイに合わせる顔なんてねぇ』

 

 ローゲはフルフェイスの赤い仮面を脱ぎ、その素顔を晒す。前髪が特徴的な黒髪に、蒼い瞳――パリス・イツカとしての素顔を。

 仮面を腕に抱えるようにして持ち、それを見下ろしながら、パリスは地声で呟くように言う。

 

「レイは、レイ自身がやりてぇと思うコトをやろうとしてる。俺が後ろ髪を引く訳にはいかねぇだろ」

「――君がそう思うなら、きっとそれで良いのだろうな。君たちのコトは、君たちにしか分からないのだから」

 

 さて、とパリスは前置きし――ナーサティヤに、別れを告げる。

 

「俺も行くぜ。長い間、世話になっちまったな」

「何を言うのかね。私こそ、君には助けられたよ。また助手を探さねばならないのかと考えると、頭が痛くなるくらいには。――だから、また戻ってきてくれたまえ」

 

 赤い仮面を近くの棚の上に置き、パリスは正面玄関に向けて歩き出す。微笑みながら、振り向かずに左手を持ち上げて、一言だけ言い残した。

 

「せいぜい長生きしろよ、ジーさん」

「その言葉、そっくり返そう。三肢を失くして宇宙に放り出された君を、せっかく死に損なわせてやったのだからね」

 

 カーテンの外へ、パリスは去る。残された赤い仮面を眺めて、ナーサティヤは一人、誰に聞かせるでもなく、恨むようにこう呟くのだった。

 

「―――私はいつも、見送るばかりだな」

 

 

   ◇

 

 

 二人は診療所の裏口に停められた装甲車に乗り込み、クレイグは運転席に座って、水素エンジンを点火した。

 助手席にレヒニータが座ったコトを確認しつつ、拳銃のセーフティを外して懐に隠し、運転席の横に備えられたアサルトライフルの残弾とセーフティも確認して元の位置に戻す。

 そして――クレイグは、口元を緩めて笑った。

 

「……? どうしたのですか?」

 

 唐突にクレイグが微笑んだコトに少し意外性を感じつつ、レヒニータはその意味を問う。クレイグはシートに深くもたれかかって、車の天井を見上げ。

 

 

「別に―――不器用だな、って思ってさ」

 

 

 呆れたように――でも、少しだけ悲しそうに呟いた。その後、一瞬だけ目を閉じて開き、クレイグはシートベルトをして車のハンドルを握った。

 

「行こう」

「――はい」

 

 レヒニータはクレイグの言葉の意味を掴みきれなかったが、クレイグが気持ちを切り替えたコトを察し、頷きを返す。

 クレイグは足元のアクセルを踏み込み、路地裏から車を走らせ、大通りに出る。街のあちこちに火星解放軍のMWが配置され、数日前の戦闘の痕が見て取れる。建物のガラスが割れ、街灯が倒れ、道路には陥没や破壊跡が残っていた。

 

「……なんて、酷い」

 

 レヒニータは、胸を締め付けられるような思いだった。同時に、脳裏には自分を責める声が響く――お前の失策がこんな状況を招いたというのに、お前は何をのうのうと逃げ出そうとしているのだと。

 

「また、自分のせいだって思ってる」

「――どうして、それが」

「分かるよ、レヒニータの顔を見れば。

 何度でも言うけど、これはレヒニータのせいじゃない。レヒニータが一人で背負い込んで、全部自分で責任を取ろうとする必要なんて無いんだ」

 

 今回の件の根本的な原因となる地球と火星の確執は、それこそ火星テラフォーミング初期、レヒニータが生まれる、はるか前から存在しているモノだ。

 他人の感情は、自分の意志でどうにか出来るモノではないし、如何に理性的な判断を下そうと、感情論一つで覆されるコトなど珍しくない。それが人間だ。誰もが自分の正義を信じて動いた結果がこれなのだから、レヒニータが全ての責任を抱え込むのはお門違いと言うモノである。

 

「そう、かもしれませんが……」

「ゴメン、話は目的地に着いてからだ。――勘付かれたっぽい」

 

 クレイグはサイドミラーを睨み、レヒニータもバックミラーやサイドミラー、窓の外などを見る。すると、そこには火星解放軍のMWが二台、写り込んでいた。

 

『そこの装甲車、止まれ! ……オイ、間違い無いんだろうな! この前の暴動で、あの車がレヒニータ・悠那・バーンスタインを攫ったってのは!』

『ああ、間違い無い! 俺はこの目で見たんだ! そもそも装甲車なんてモンが、そうそう有る訳ねぇだろ!』

『止まれ! 止まれと言っている! 止まらなければ破壊するぞ!』

 

 クソ、とクレイグは舌打ちする。

 確かに数日前、火星解放軍の兵士にこの装甲車を見られている。それこそ、この車にレヒニータが乗り込む瞬間まで。

 

「撃ち殺しとけば良かった……!」

 

 装甲車が破壊されるコトなどほぼほぼ考えられないが、流石にMWが装備する機関銃の砲撃を受け続ければ、タダでは済まないだろう。走行能力が奪われ、目的地まで辿り着けなくなってしまう可能性は大いにある。

 だが、当然止まる訳にも行かない。一台に二人乗っているとして、敵は四人。レヒニータを守りながら、クレイグ一人で始末するのは無理だ。

 

「クレイグ、どう―――」

「無理矢理振り切るよ。掴まって!」

『従わないか……撃て!』

 

 追って来るMWが、発砲を開始した。クレイグはハンドルを巧みに切り、反復横跳びをするかのように路線変更をさせて、射撃を回避する。

 

『避けやがった!?』

『至急応援求む! 現在、レヒニータを攫った車が一番通りを北西へ逃走中!』

 

 装甲車は急に右へ曲がり、細い道に入ってすぐに左へ曲がり、車が走るコトを想定していないであろう路地裏を行く。装甲車より車幅が広いMWは、追って道に入るコトが出来ず、機関銃のみを撃ち放って来る。弾が装甲車の背面に当たり、車が揺れる。

 

「だ、大丈夫なんですか!?」

「これくらいなら――ッ、口閉じて!」

「え……きゃあっ!」

 

 路地裏に置かれていたドラム缶に正面衝突し、車に押される形で転がり始める。再び通りへの出口が見えたところで、車はブレーキをかけ、ドラム缶だけが通りへ転がり出る。

 道へ放り出されたドラム缶はたちまち集中砲火を受け、中に入っていた燃料に点火し、爆発した。同時にクレイグは再び車を加速させ、火の中に突っ込む形で火と煙に車体を紛れ込ませる。ドリフトをかけて右へと急旋回し、火と煙のせいで照準を合わせられていないデタラメな射撃を背に、スピードを落とさないまま街の外へと向かう。

 

「ま、まだ撃って来てますよ!」

「大丈夫。あんな狙えてない射撃は当たらない」

 

 交差点で再び左に曲がり、続けざまに左に曲がって再び路地裏に入り、またも右へ曲がって路地裏から出て、舗装されていない街の外へと出た。これにより、最初に発見して来た二台を撒いたコトになるが――街の周囲にも、解放軍の兵士たちは配置されているのだった。

 

「来、来たぞ! あの車だ!」

「タイヤを撃て、足を止めろ!」

「しつこい……!」

 

 今度はMWこそいないが、兵士たちはアサルトライフルとロケットランチャーを撃って来た。足場が良いとは言えない状況だが、装甲車は小刻みにドリフトしてロケットランチャーを悉く躱し、ライフルの攻撃などものともせず、解放軍が張ったらしいバリケードを減速無しに突破する。

 

『逃がすな! 売国奴を処刑するのだ!』

『撃て! 避けられないよう撃て!』

 

 なおも解放軍は追って来る。今度のMWは五台――何としても、逃がさないつもりだ。

 

「またMWが来てます!」

「本当にしつこいな……けど」

 

 派手にやり過ぎたよ、とクレイグは言う。直後、解放軍のMW隊は横から砲撃を受け、一台が爆散した。

 

『な、何事だ!?』

「アレは……!」

「流石、動きが速いね」

 

 解放軍が発砲したコトで、市内を監視していたギャラルホルンのMW隊が動いたのである。最新型のMWが揃うギャラルホルンの部隊に迫られながら砲撃されたコトで、解放軍のMWは続けざまに二台が爆発する。

 

『ひ、退けーッ! ギャラルホルンだ!!』

『クソ、引き下がれっかよ……うわあっ!?』

 

 クレイグの操る装甲車は、ギャラルホルンのMW隊と反対側に走り、クリュセを囲う渓谷の中へと姿を消して行く。

 

『……車が一台、出ましたが。追いますか?』

「武装してないのなら、放っておけ。脅威にはならん。今は市内の鎮圧が優先だ。

 市内での発砲が確認された為、これからクリュセ内で鎮圧作戦を開始する――と、ボードウィン公に報告を入れておけ」

『は!』

 

 装甲車を確認しつつも、ギャラルホルンMW隊の指揮官はそう結論し、部下に命令した。

 全土での一斉鎮圧作戦は二日後の予定だが、治安を乱すような銃撃事件が起きた以上、即刻対応するのがギャラルホルンの仕事である。解放軍の動きを注視するべく、一個師団相当のMW隊でクリュセを包囲しておいたのもその為だ。

 

『隊長。MS隊より、必要が有れば連絡せよと』

「ん、了解した。――MSを頼らねばならない状況になど、そうそうならないとは思うがな」

 

 MS隊は、都市にエイハブ・ウェーブの影響が出ない程度の距離を保って待機している。火星の反抗勢力がMSを持っているという報告は無く、可能性も低いので、過剰戦力と言えるのだが――ギャラルホルンの圧倒的武力を見せつけるには効果的、と言えよう。

 

「今動けるのはどれくらいだ?」

『我が隊を含め、中隊二つです。要請すればもう一中隊は』

「――念の為、要請を出しておけ。クリュセに関しては、今日ケリを付けても良いだろう」

 

 一方、無事に火星解放軍を撒き、ギャラルホルンにも見逃してもらえたクレイグとレヒニータが乗る装甲車は、渓谷を抜けて問題のキャンプ地から数キロ離れた地点に到着した。

 空からキャンプ地には、パラシュートの付いたコンテナが次々と投下されて来ており、あの中に狙いのコンテナも有るのだろう。

 

「レヒニータ、ちょっと早いけど着替えといて。着替えは後部座席に有るから」

「分かりました」

 

 レヒニータがシートベルトを解いて、運転席と助手席の間から後部座席に回る。着替えとなるギャラルホルンの軍服を発見し、クレイグ用のと思わしきモノを運転席に座るクレイグに手渡して、早速着替えようとしたが――ピタッ、と動きを止めた。

 

「……どうしたの?」

「の、覗かないで下さいね」

「そんな気にしなくても――分かった」

 

 ジロリと睨まれて、クレイグは目を瞑る。絶対に嫌われたくないので、大人しく従うコトにしたのであった。

 

「―――終わりました。どうでしょうか?」

 

 数分後、レヒニータはそう言いながら助手席に戻って来た。クレイグはギャラルホルンの軍服に身を包んだレヒニータを見て、目を見開く――かと思いきや、顔を(しか)めた。

 

「えっ!? ど、どこか変ですか!?」

「そうじゃなくて。着方はそれで良い、けど――」

 

 軍服なんて似合わない、とクレイグは感じたのである。ただ、そのまま口にするのはどうかと思い、言葉を吟味して続ける。

 

「レヒニータにはもっと、可愛い服の方が似合うと思う」

「――そ、そうですか」

 

 微笑みながら言われて、レヒニータは照れくさくなって縮こまった。しかし、一回咳払いをして気合いを入れ、微笑み返して言い返す。

 

「では今度、私に似合いそうな服を選んで下さい」

「……分かった。じゃあ、今度は俺が着替えるから――覗かないでよ」

「の、覗きなんてしませんよ!」

 

 冗談を言いながら、後部座席に移動したクレイグは慣れた手付きで、かつての制服に着替える。三分もかけずに着替えを完了し、昔は留めていなかったボタンとホックまでキッチリ留めて、運転席に戻った。

 

「さて、と」

 

 座席の下から双眼鏡を取り出し、クレイグは防弾ガラス越しにギャラルホルンのキャンプ地を観察する。全てのコンテナ投下が完了するまで、一時間とかからないだろう。

 その後はローゲが騒ぎを起こし次第、作戦スタートだ。――もっとも、先ほどのクリュセ脱出時にギャラルホルンと火星解放軍の衝突が始まったので、もう騒ぎは起きていると言えなくもないが。

 

「――何?」

 

 視線を感じ、クレイグは双眼鏡から目を離して、隣の席のレヒニータを見る。レヒニータは「いえ」と言いつつ、笑みとともに答える。

 

「あの時のままだな、と思いまして。昔はもっと着崩していましたけど」

「うん、ホックまでキッチリ留めると窮屈だし。レヒニータこそ、息苦しくないの?」

「いえ……何故かサイズもピッタリですし、皆さんの前に立つ時よりはよほど気楽です」

 

 なお、サイズがピッタリなのは、ローゲに軍服を横流しした元火星防衛軍のギャラルホルン士官の一人が、レヒニータの身長など身体的数値を正確に記憶していた為である。それはクレイグやレヒニータは愚か、受け取ったローゲすら知らないコトではあるのだが。

 

「――そう言えば、ギャラルホルンの敬礼の仕方って分かる?」

「え? いえ、正確には……足を揃えて左胸に右手を当て、左手は腰の後ろに回すという程度にしか」

「なるほど、分かった」

「……クレイグは知らないのですか?」

「ヘイムダルは軍隊じゃなかったし、明確な上下関係も無かったから、敬礼なんてしなかったよ。一応チームリーダーとかは決まってたし、俺はサブリーダーだったけど」

 

 レヒニータはなるほどと思いつつ、ふと疑問に行き着いた。

 

「この服の階級は、どれくらいなんでしょうか?」

「そのデザインなら多分、尉官かな。俺のは……分かんないけど、佐官だと思う」

「確かに、クレイグの服の方が豪華ですね。となると、私はクレイグの部下という設定で振る舞うのが自然というコトになりますか」

 

 オーガス三佐、とレヒニータはふざけたように言う。クレイグは猛烈な違和感を感じながらも、逆に聞き返す。

 

「というか、ヘイムダル時代のコトしか知らない俺より、レヒニータの方が詳しいんじゃないの? ヘイムダルがギャラルホルンになってから、ヴィーンゴールヴまで行ったんだし」

「そう……なのでしょうか? 確かに、色々な方にお会いしましたが――フフッ」

 

 急に口元を押さえて笑い出したレヒニータに、クレイグは首を傾げる。柔らかい笑顔を絶やさず、レヒニータは「すみません、急に」と言ってから、このようなコトを口にした。

 

「貴方とこんな他愛もない話をしているのが、とても不思議で。このような日が来るなんて、思ってもみませんでしたから」

「――これから、ずっと出来るよ。その為に、ここまで来てるんだから」

 

 微笑み返しながらも、クレイグは車の時刻とキャンプ地の様子を交互に確認する。その時が訪れるのを、二人はじっと待つのだった。

 

 

   ◇

 

 

 クリュセを挟み、ギャラルホルンのキャンプ地とは真反対の方向にある渓谷の中へ、パリス・イツカは向かっていた。クレイグとレヒニータを逃がすべく、「騒ぎ」を起こす。その準備の為だ。

 周辺を渓谷に囲まれているのがクリュセの特徴――というより、渓谷を切り開いて作られた都市がクリュセなのだが。ともあれ、クリュセは地形的に街の周囲への潜伏が容易く、平原のド真ん中に有るスキャパレリなどに比べて、包囲網を敷きにくい。火星解放軍がクリュセを本拠地としたのは、レヒニータの火星統一政府官邸が置かれていたという理由の他にも、そうした要因が有るのだろう。

 

「―――使うコトはねぇ、と思ってたんだがな」

 

 渓谷の中に有るクレーターの中心で車を停め、パリスは降車しながら一人ごちた。彼の前には、大きな岩壁が聳えている。

 周囲の大地とは一線を画し、渓谷の中にクレーターを作った存在――厄祭戦において崩壊し、地上に降り注いだ火星の衛星「フォボス」の残骸。火星防衛軍がかつて本拠地とした、宇宙基地「大舟」の一部である。

 この残骸には、基地施設の一部が残されていた。

 今後機能するコトは無いし、ここに施設が残っているコトを知る者はほぼいない。砂漠が近い場所だからか、表面には砂も付着している。

 

 だからこそ、()()()()()()()()()()()

 

 パリスは岩壁の隙間から中に入り、広い空間に出る。頭上に大穴が開いているので、昼なら光量は充分だ。僅かに舞う砂埃が光を強調し、幻想的にすら感じられる光景を作り出している。

 

 パリスは、墜ちた星の中に隠されしモノ――一機のMSの前に立った。

 

 見つけた時こそ酷い状態だったが、パリスがこの数年で少しずつ機体を修復したコトで、万全とまでは行かずとも九割がた性能を発揮可能なまでになっている。ギャラルホルンの気を引けるような騒ぎを起こすには、これ以上のモノは無い。

 とはいえ、パリスは元々艦長であり、訓練を受けてこそいたが、MSの操縦は得手としなかった。阿頼耶識の数も少ない。厄祭戦を生き延びて来たパイロット達が集うギャラルホルンのMS隊を相手にしては、そう長くは保たないだろうが――クレイグとレヒニータが目的のコンテナを発見し、潜伏し終えるまでの時間は、何としても稼いでみせなければならない。

 

「レイの為に―――お前の力を貸してくれ」

 

 眼前の機体の頭部を見上げ、両拳を握りしめて呼びかけた後、パリスは悪魔の下へと歩み出した。

 

 

   ◇

 

 

 クリュセ内部では、市民達からなる抵抗勢力とギャラルホルンの武力衝突が開始されていた。

 ライフルを撃ち、MWで砲撃する火星解放軍率いる市民達に対して、ギャラルホルンのMW隊は戦列を組み、順当に進軍していく。練度は愚か、MWの性能すら市民軍はギャラルホルンに大きく劣る。市民側のMWは次々と直撃を受けて爆発し、周囲の生身の人々が吹っ飛ばされる。

 

「クソ、怯むな! ここで勝てなきゃ、俺たちに自由は無いんだぞ!」

「地球のクソどもが! 見返してや――うわッ!」

 

 数でも質でも劣る市民達に勝ち目は無い。彼らの屍を踏み越えて、ギャラルホルンは街の奥へと進むのみ。鎮圧作戦は順調そのものだ。

 

「ギャラルホルンの部隊に、上は押されているようです!」

「ああ。だろうね」

「だろうね、って――このままでは、奴らの良いように鎮圧されてしまうぞ! 分かっているのか、デメトリオ!」

「分かっている。……だから、()()を使おうと言ってるんじゃないか」

 

 クリュセのとある区画、ビルの地下――火星解放軍が本拠地とする施設で、上半身の服を脱ぎ捨てた火星解放軍代表デメトリオ・ウォッシュボーンは、同胞たちの言葉に冷静に対応する。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()、同胞たちにこう命令した。

 

「全て、計画通りだよ。ギャラルホルンがこの地区まで侵攻して来たら、地盤を爆破する。俺がコレで出るコトこそが、火星の反撃の狼煙となるんだ」

 

 同胞たちは「分かった」と頷き、準備をしに地上へと向かって行く。残されたデメトリオは真紅に染められた機体を前に、背中の阿頼耶識にコネクターを接続する。その口元は、歓喜と狂気によって吊り上げられ、歪められていた。

 

「――見ててくれ、ロシータ。ご覧下さい、セレドニオ司令。

 遂に、地球種のクソどもを直接ブン殴る日がやって来たのですよ。俺たちをメチャクチャに踏みにじって、俺たちから何もかもを奪った猿どもを、皆殺しに出来る日が……!」

 

 妹は二束三文の為に両親に売り飛ばされ、娼館で地球から来た権力者にレイプされ、孕まされた後は捨てられて野垂れ死んだ。その両親も、父親は過重労働でくたばり、母親は父親と妹の死で精神を病んでしまい、首を吊って自殺した。

 彼自身も過重労働の現場に放り込まれ、心身ともに追い詰められ、ギリギリのところまで強制的に働かされた。火星独立軍の前身となるセレドニオ・ピリー率いる集団が、彼の雇用者を殺さなかったら、今頃はデメトリオ自身も死んでいただろう。

 

「地球種に惨たらしい死を。火星に真の自由を!」

 

 だから彼はセレドニオに心酔し、彼の亡き後もその意志を継ぎ、火星防衛軍の腑抜けぶりに愛想を尽かして火星解放軍を結成した。

 彼は地球を赦さない。セレドニオを淘汰し、吐き気のする綺麗事を並べながら、地球にすり寄ったレヒニータを赦さない。火星に銃を向け、その尊厳を蹂躙するギャラルホルンを赦さない。

 

 だから彼は、MSのコクピットに座る。

 憎むべきモノ全てを破壊し、死を与える為に。

 

 

『地上に出た。ギャラルホルンのMW隊が、間もなく所定のポイントに到達する』

「こちらは準備完了だ。―――始めよう」

『了解』

『10カウントで起爆するぞ。十、九―――』

 

 解放軍の動きなど露知らず、ギャラルホルンのMW隊は向かって来る敵を制圧し、進む。

 

『向こうの部隊も、順調なようで―――』

「……どうした? オイ」

 

 隣のMWを操縦する部下からの通信が突如として途絶え、ギャラルホルンMW隊の指揮官はコクピットのモニターを操作し、回線の切り替えも行うが、やはり繋がらない。

 唐突な通信途絶、という不可思議な現象――真っ先に考えられる理由は、やはりアレしかない。

 

「これは、まさか―――ッ!?」

 

 彼の言葉は、そこで終わった。いや、終わらせられたと言うべきか。何故か。

 

 

 MW隊の足下の地面が突然爆発し、落盤が発生したからである。

 

 

『うわああああああああ!!!』

 

 道路は陥没し、MW隊は穴に飲まれて地下へと落ちて行く。――そして、地下に潜んでいたモノが、降りかかってくる土とアスファルトをかき分けて立ち上がり、地上へとその姿を現した。

 

「フハ、ハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 舞い上がった土煙を内側から晴らし、鋼鉄の巨体が太陽の下に露わとなる。それを操るデメトリオ・ウォッシュボーンの哄笑が、世界に高らかと響き渡る。

 現れるは、一機のMS。()()()()()。右手に二十メートルにもなる長槍を握り、左手に鈍重な五百ミリにもなる大口径火器を保持する機体。両肩に全てを一蹴する刃を備え、両腰に全てを貫く砲門を有した、真紅に染め上げられし存在。

 それは火星の赤を、同胞たちの血を、自らの涙を表す真紅。復讐に取り憑かれ、地球人類全ての滅亡を望む男が手にした、願望を叶える為の力。

 

 

 ASW-G-61 ガンダム・ザガン。

 

 

 光によって生み出され、角笛が象徴とする天使殺しの悪魔――「ガンダム・フレーム」の一機が今、背中の赤き翼を広々と展開した。

 

 

   ◇

 

 

 衝撃と轟音が、火星の空の下に響き渡る。

 クリュセ郊外の平原に設営され、数日後の大規模鎮圧作戦の為に補給物資と追加戦力の受け入れを行っていたギャラルホルンのキャンプ地にも、その異常は届いた。

 

「何事だ!」

 

 キャンプ地の監督を任されたシプリアノ・ザルムフォートは、前線司令部となっているキャンプに飛び込み、オペレーター達から報告を受ける。

 

「クリュセで鎮圧作戦を展開していた、第一MW隊との通信が途絶えました!」

「爆発はクリュセ内で発生、エイハブ・ウェーブも観測されています!」

「……エイハブ・ウェーブ、だと――!?」

「ッ、第二MW隊より報告! MSを確認、交戦を開始したとのコト! 応援を求めています!」

 

 シプリアノは驚愕し、心中で「やりすぎだ」と舌打ちする。相手は数日前に接触してきた、元ヘイムダルの戦友――パリス・イツカだ。

 

(パリスめ――騒ぎを起こす、とは聞いていたが、ここまでやるとは……!)

「ザルムフォート准将、どうなさいますか!?」

「――即応可能なMS隊はクリュセに入り、応戦せよ! 物資及び人員の受け入れは継続させろ!」

「は!」

「MW隊より、エイハブ・ウェーブの固有周波数を拾ったと報告! データベースと照合――これは、ガンダム・フレームです!!

 六十一番機、ガンダム・ザガン!!」

 

 敵は一機――しかし、其はガンダム・フレーム。

 その報告を受け、シプリアノはこの一言だけを言い残して、愛機「ガンダム・ダンタリオン」の下へと駆け出した。

 

「クリウスに応援要請を出せ! 私も出る、作業は継続!」

 

 クリュセ方面から爆煙が上がり、キャンプ地のギャラルホルン士官たちが慌ただしく動き始めた――その様子を、クレイグ・オーガスは双眼鏡越しに確認した。

 

「さ、先ほどの音は一体……ローゲさん、でしょうか?」

「まだ約束の時間よりは早いけど――チャンスだ、行くよ!」

 

 クレイグがアクセルを踏み、停まっていた装甲車が走り出す。どうやってあんなコトをしたかは分からなかったが、二人は予定通り、目的のコンテナに潜伏するべく、ギャラルホルンのキャンプ地へと向かう。

 

「MS、それもガンダム・フレームを出して来るとはな――確かに騒ぎにはピッタリだが、勘弁しろ!

 ダンタリオンのハーフカウルは!?」

『Tブースターを接続します!』

「了解だ。ガンダム・ダンタリオン、出すぞ!」

 

 背部に漆黒の大型ブースターユニットを接続し、右手にベイオネット・ライフル/ソード、左腕に大盾アイギスを装備した状態で、ダンタリオンが起動する。

 シプリアノがコクピットに座り、機体のシステムチェックを済ませた時――オープンチャンネルにて、LCS通信回線が開かれた。そこに映ったのは、火星解放軍のデメトリオ・ウォッシュボーンだ。ガンダム・フレームと思しきMSのコクピットに座っており、上半身裸であるコトから、阿頼耶識を接続しているのだろうと分かる。

 

『火星に住む全人類、並びに地球種(ギャラルホルン)の無法者どもに告げる! 私はデメトリオ・ウォッシュボーン――火星解放軍の最高司令官だ!』

「発信源は……ザガン、か―――!」

 

 通信の発信源をサーチし、シプリアノは目を見開く。つまり、ザガンを操っているのはデメトリオであり――クリュセでの爆発とザガンの出現は、パリスと前もって打ち合わせていた、パリスの起こした「騒ぎ」ではない。

 パリスと火星解放軍に繋がりが無いとは断言出来ないが、シプリアノの知るパリス・イツカという男は、火星独立軍の意志を継ぐ火星解放軍を支持したりしない。レヒニータ・悠那・バーンスタインとともに、火星独立軍最高司令官セレドニオ・ピリーを打ち倒したのは、他ならぬパリスのチームだったのだから。

 

『この映像をご覧下さい! 地球種どもは、自由を求めて勇敢にも剣を取り、立ち上がったクリュセの人々の意志を、思いを無慈悲にも打ち砕いた! 奴らは逆らう者全てを虐殺し、恐怖と抑圧を以て我々を、火星を支配しようとしています!』

 

 映像がデメトリオから移り変わり、先ほどまでクリュセで行われていた鎮圧作戦の模様を、市民達側から撮った形で流し始めた。目の前の人が、隣の人が爆発に飲み込まれ、血を四散させる様を、ありありと映し出している。

 続いて映像は中継、遠巻きにデメトリオの乗る「ガンダム・ザガン」を映す構図に変化した。ザガンに対し、ギャラルホルンのMW隊が決死に砲撃しているが、MWの持つ火器ではMSのナノラミネートアーマーには到底敵わない。まさしく、豆鉄砲のようだった。

 

『この地球種の暴虐を、決して赦してはならない! 故に、我々は地球種を排除し、火星の自由を取り戻す! 火星解放軍と、この「ガンダム・ザガン」が――いや、我々だけではない! 火星に住む皆が、一人一人が武器を取り、奴らを打倒するという意志を持ち、理不尽と戦わなければ、火星に未来は無いのです!』

 

 ザガンが右手に握る長槍を持ち上げ、MW隊に向けて横薙ぎに振る。MW隊は急速後退するも、槍のリーチの長さもあって間に合わず、二十ものMWが巻き上げられて宙を舞う。

 

『我々は今まで、地球に多くのモノを奪われて来ました! 家族の命を、財産を、尊厳を――数え切れないほどに多くのモノを我々から奪い去っておきながら、奴らはなおも飽き足らず、我々の権利を、命を奪おうとしている! これ以上、何も奪わせてはいけません! 奪わせてたまるモノか! 火星の未来は、火星に住む我々が決める! 火星のモノは、火星に住む我々のモノだ! 正義は我々にある!

 私、デメトリオ・ウォッシュボーンは――我々「火星解放軍」は、この「ガンダム・ザガン」の下で、地球種と最期まで徹底的に戦うコトを宣言します! 火星よ、火星に住む全ての人よ! 戦え!! 戦え!!! 戦え!!!! 戦え!!!!!』

 

 ギャラルホルンのMS隊がクリュセ入りし、ザガンに向けて攻撃を開始する。入ったのは二個小隊、十機。ライフルを斉射しながら接近し、近接武器を構えて突撃して来る。

 演説を終えたデメトリオは、ザガンが左手に持つ口径五百ミリのバズーカを構え、撃ち放たせる。MS隊は即座に反応して弾丸を回避するが、弾は空中で炸裂し、散弾となって撤退するMW隊に降り注いだ。

 

「避けるとは――では、これならどうだ!」

 

 ザガンの両肩から、ワイヤーブレードが勢い良く飛び出す。凄まじい速度で襲ってくる二本のワイヤーブレードなど、同じガンダム・フレームにとってすら脅威となるが、ガブリエル戦を生き延びた歴戦のパイロット達は対応してみせる。

 ライフルを犠牲にしつつも後退を成功させ、爆煙越しにバズーカを撃つ、大盾や手に持つ格闘武器で巧みに弾くなどして、ザガンへの攻撃を続行する。

 

「チッ、猿どもが……!」

 

 舌打ちしつつ、長柄のハルバードを振り下ろして来た「シルト・ロディ」に対し、ザガンは柄の両端が穂先となった長槍でこれを迎撃。ワイヤーブレードで背後から攻めるも、シルト・ロディは咄嗟に自分の後方へ装備する大盾を投げ、迎撃してみせた。

 ザガンの長槍による追撃をかわしつつ、シルト・ロディは後退。代わりにヘキサ・フレームのMS「フレック」がザガンの懐に飛び込み、バスターソードを振り上げる。これを長槍の柄で受け止めつつ、後退するザガンだったが、そこにギャラルホルンの新型MS「ヘリヤル」も含めた全機からの射撃。ザガンはバズーカで応射しつつ、いつの間にか包囲されているコトに気付く。

 

「これで封じたつもりか? ――甘い!」

 

 背部のウィングユニットを展開し、ザガンは真上へと飛び上がった。ワイヤーブレードを差し向けつつバズーカと腰部のレールガンを空から降り注がせるコトで、ギャラルホルンのMS隊は数機が小破し、散開と一時後退を余儀なくされた。彼らの機体には大気圏内での飛行能力が無いからだ。

 翼を広げて滞空するザガンに対し、同じように飛び上がって、銃身を剣として展開させ、攻撃を仕掛ける機体が有った。

 

「ベイオネット・ソードを味わえ!」

「――ギャラルホルンの、ガンダム・フレーム!」

 

 ダンタリオンの一撃を、ザガンは冷静に長槍の柄で受け止める。そして、二本のワイヤーブレードによる挟撃を仕掛けるが、ダンタリオンは右手のベイオネット・ソードを手放し、左腕のアイギスを変形させて胸部へと移動させ、背中に背負うTブースターを両腕に覆い被せるように接続して。

 

「何、だと!?」

「フッ!」

 

 その場で回転。巨大な腕がワイヤーブレードを弾き返しながら、ダンタリオンは頭を地面に向ける天地逆転状態で先ほど手放したベイオネット・ソードを掴み取り、ザガンに向けて振る――おうとした、瞬間。

 

「オラァッ!」

 

 二機の横から、蛇腹状のしなった剣が振られた。

 

「「!」」

 

 両方を対象とした斬撃を、ザガンは長槍で、ダンタリオンはギガンティック・アームで迎撃。ザガンはそのまま地上に降りて態勢を立て直し、ダンタリオンは即座に変形させたベイオネット・ライフルで攻撃の来た方向へ射撃する。乱入者は蛇腹剣を伸縮させて通常のブレードモードに戻し、射撃を躱すべく後ろへと飛んだ。

 ダンタリオンも着地し、ザガンとダンタリオン、そしてもう一機が睨み合う状況が完成した。

 

「ったく、余計なコトしやがって……! 俺たちの作戦が御破算(パー)になったら、どう落とし前つけてくれんだ!?」

「……へぇ。このザガン以外にも、ガンダム・フレームが火星に残ってたとはね」

 

 乱入した機体のコクピットで、パリス・イツカはザガンを睨みつけながら毒づき、一方のザガンに乗るデメトリオは意外そうに言う。

 ダンタリオンを駆るシプリアノは、乱入してきた機体を見て驚きの感情を抱き、エイハブ・ウェーブの固有周波数をデータベースと照合して裏付けも取った上で、呟いた。

 

 

「―――『ガンダム・バラム』。

 撃墜されたハズの機体が、何故……!」

 

 

 パリスが駆る悪魔の名は、バラム。

 ASW-G-51 ガンダム・バラム――かつてヘイムダルのガンダム・フレームとして火星戦線を戦い、撃墜された機体。シプリアノが火星独立軍に移籍する前、彼が所属したヘイムダルチームのリーダーだった少女が搭乗していたMSである。

 

「ちょっと気を引ければ、って思ってたんだが――こんなコトになっちまうとはな」

 

 そのコクピットで、パリスは嘆息する。実のところ、パリスがこれまでにMSに乗った回数は、片手で数えられる程度しかない。

 加えてこのバラムは、コクピットブロックをロディ・フレームのモノで代用しており、ガンダム・フレーム最大の武器であるリミッターの解除――「覚醒」が出来る状況に無い。そもそもパリスに悪魔バラムとの適合性は無く、バラム自体も借り物と言える。この場に集った三機のガンダム・フレームの中で、最も不利なのはバラムと言えよう。

 

「――お前やレイのようには行かねぇだろうが、レイとレヒニータの為に、少しでもゆっくり倒されてやらねぇとな」

 

 しかし、だからと言ってパリスは退かない。

 バラムのバックパックから、本体と有線で繋がれた四機の特殊ドローンが分離し、それぞれ飛行を開始する。ドローンは近接攻撃用のブレードと特殊装備「ヴァジュラ」を備えており、蛇腹剣とともに、バラムを近接戦闘に特化させている武装の一つだ。

 

「ドローン……! まさか、()()も使えるのか……!?」

「―――」

 

 バラムの機体特性を知るシプリアノが身構え、ダンタリオンの警戒が薄れた隙を突き、ザガンがワイヤーブレードを射出。バズーカを背部にマウントして、長槍ツイントライデントを両手で構え、ダンタリオンに横から襲いかかる。

 ダンタリオンも反応し、ギガンティック・アームでワイヤーブレードを叩き落とし、間髪入れずベイオネット・ソードでザガンの槍を受け止める。ダンタリオンが左拳を横薙ぎに振るって反撃すると、ザガンは翼を展開して飛び上がるコトで回避。ワイヤーブレードでダンタリオンの追撃を抑えるが、飛び上がったザガンはしかし、バラムの射程距離内だ。

 

「しばらく付き合ってもらうぜ、ティナ!」

 

 バラムが左手に握る蛇腹剣を振り上げる瞬間に伸長させ、幾つもの建物を両断しながらザガンに攻撃を仕掛ける。ザガンは長槍の柄で蛇腹剣を受け、柄に蛇腹剣が絡みついた。

 

「チ……!」

「よっ!」

 

 バラムはそのまま剣を後方へと引っ張り、ザガンを自らの方へ引き寄せる。ザガンは敢えて長槍から手を離さず、スラスターを吹かせて加速。懐に入った途端、バラムへと鋭い一撃を見舞う為だ。

 対してバラムは、腰背部に右手を回してマウントされていた変わった形状の手榴弾「ヴァジュラ」を掴み、ザガンへと放り投げる。ザガンはもろともに叩き斬れると判断し、構わず槍を振り――手榴弾が切断される。

 

 すると、中から粘性を持ったジェルが吹き出し、手榴弾を切断した槍の穂先の片方に絡みついた。

 

 ジェルの絡みついたザガンの槍が、バラムの右腕を捉える。フレームごと斬り裂けるであろう一撃――しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ、これは……!」

 

 バラムは続いて右手で「ダインスレイヴランス」――特殊KEP弾頭を応用して造られた馬上槍を取り出し、ザガンへと突き出す。ザガンは蛇腹剣に絡め取られ、穂先をジェルに固められた長槍を手放し、後方へと飛び去ってこの槍を躱した。

 だが、ザガンが飛び去った先では、ダンタリオンがギガンティック・アームを振りかぶっている。

 

「うおおっ!」

「チッ!」

 

 ザガンは急上昇し、ダンタリオンが振り下ろした左拳を回避。ダンタリオンの拳は道路へ深々と突き刺さり、ダンタリオンの機体自体が勢いで垂直に浮き上がる。ダンタリオンは意に介さず、右手に持つベイオネット・ライフルを空のザガンへと撃ち、ザガンは腰のレールガンを撃ち返す。

 ライフルの弾を受けたザガンはウィングを僅かに損傷し、二機から距離を取って再び着地する。レールガンの砲撃を受けたダンタリオンは堅牢な胸部装甲でこれに耐えるも、バラムがドローンからジェルを射出し、ダンタリオンに直撃させる。ダンタリオンは道路に刺さった左手を持ち上げて引き抜き、アスファルトの破片がバラムを襲う。

 バラムは破片を避けて後退するコトで二機との距離を取り、ダンタリオンは後転して背後のビルの上に飛び乗った。加重に耐えられなかったビルの下階が潰れると同時に、先ほどダンタリオンが空のザガンに向けて放った弾が、重力に引かれて道路に降り注ぐ。

 かくして三機は距離を取り、再び睨み合いの状況が完成した。

 

「地球種如きが、手こずらせやがって……!」

 

 ここまでの戦闘で、最も不利となったのはデメトリオのザガンである。主兵装である長槍ツイントライデントを失い、高機動を可能とするウィングに僅かとは言え損傷を受けた。武装は残っているが、もう近接戦において勝ち目は無いだろう。

 

「――共闘する気は無い、というコトか。

 あくまで、ギャラルホルンとは敵対するつもりなのだな、パリス」

 

 次に、シプリアノのダンタリオン。

 バラムの放ったジェルを、機体の各所に受けた為だ。このジェルはすぐに固体となり、敵機の機能に障害を与える。ドローンから放たれるジェルは量が少ない為、致命的な動作障害にまでは至っていないが、複雑な機構を要するギガンティック・アームの変形は避けるのが得策だ。

 

「悪ぃな、シプリアノ。レヒニータを見逃してもらう以上、お前と()り合うのは筋が通らねぇんだが――ギャラルホルンのやり方が気に食わねぇ、ってのは本音だからよ」

 

 そして、バラムは未だにほぼ無傷だ。

 特殊なジェルによって敵機を阻害する金剛舒型手榴弾「ヴァジュラ」は品切れで、ジェルの残りはドローンに少ししか残されていないが、その他の武装は残されている。ザガンの主武装である槍を奪えたので、使い所は悪くなかったと言える。

 巻き付いた槍を足元に放り出し、蛇腹剣「ヴィジャヤ」を伸縮させて通常のブレードモードに戻す。右手にはダインスレイヴランスを構え、四基のドローンも今なお健在。我ながら上手くやっていると、パリスは思う。

 

 だが、それもここまでだ。

 状況が変わる。――ギャラルホルンのガンダム・フレームは、ダンタリオン一機ではないのである。

 

 

『ザルムフォート公、ボードウィン公より連絡が入っております。間もなく、こちらに到着出来ると』

「了解した。――エイハブ・ウェーブも来たか」

 

 クリウス・ボードウィンの「ガンダム・キマリストルーパー」を始めとする増援部隊が、クリュセに迫っていた。

 

「『ガンダム・キマリス』――! クリウスが来やがったか……!」

 

 MAの討伐数に応じて授与される「七星十字勲章」、その数によって席次が決定されたセブンスターズにおいて、第三席を預かるのがクリウスだ。付け焼き刃でしかないデメトリオとパリスでは、万に一つも無いが二人で結託して挑んだとしても、打倒は敵わないだろう。

 

(しかし早すぎだ、クリウス。レヒニータ様が所定のコンテナを見つけて隠れるには、もう少し時間が要るだろうと言うのに)

 

 ダンタリオンとて、フル装備ではない。もし「パーフェクトカウル形態」だったなら、もう既に勝敗が決着していてもおかしくない。「覚醒」も使用していない以上、シプリアノは本気でもなければ全力でもない。フル装備を使っていないのは、パリスと同じく時間稼ぎ――クレイグとレヒニータがコンテナ内に潜伏し終えるまで、()()()()()()()()()()()()()()()()為のモノだ。

 

「――セブンスターズ、だったか。ちょうど良い」

 

 最も窮地に立たされているというのに、それでもなお――デメトリオは、口元を吊り上げる。

 セブンスターズを討ち取れば、火星反撃の狼煙としては充分だ。地球種を一匹残らず絶滅させる、セレドニオ・ピリーと自らの悲願の第一歩としては申し分無い。

 

「皆殺しにしてやるぞ、地球種(クソ)どもが!」

 

 ザガンは飛び上がり、飛翔する。

 目的地は――クリュセ郊外の、ギャラルホルンのキャンプ地。補給物資を受け入れているそこを叩けば、まず一つギャラルホルンへの打撃となる。

 

「ッ、あの野郎……! 行かせるか!」

「全隊、ザガンを撃ち落とせ!」

 

 一呼吸遅れてバラムが動き、ダンタリオンも追撃しつつ、シプリアノは待機するMS隊に連絡した。MS隊からの砲撃が始まるが、空のザガンは意にも介さず、目的地に向かって飛んで行く。

 そして、その様子は、接近して来るクリウス達の部隊も捉えていた。

 

『ザガン、キャンプ地へと向かっています!』

「――俺が先行する。進路を維持しろ!」

『な、ボードウィン公!?』

 

 キマリストルーパーが四脚ホバー形態のまま加速し、MS隊を置き去りにして猛スピードで現場へと向かう。地上戦に特化したトルーパー装備だからこその芸当だ。

 

「退避! 退避ーッ!」

「MS隊、応射せよ! 撃ち落とせ!!」

 

 狙われたキャンプ地は、混乱の極みだ。クレイグとレヒニータは、何百個と並ぶコンテナの番号を確かめていっているが、まだ該当のコンテナは見つからない。

 

「クレイグ、アレは一体……!?」

「――どうやら、さっきの騒ぎは予定のモノじゃなかったみたいだね……!」

 

 兵士たちが退避する中で、二人はコンテナ探しを継続する。他の兵士たちがいなくなるのは好都合だが、危険な状況だ。クレイグはレヒニータの手を取り、いつでも庇えるようにしながら、冷静にコンテナの確認をしていく。

 

「――ゴミみてぇに逃げ惑いやがって。今から掃除してやるよ」

 

 直衛のMS隊からの対空砲火にも構わず、ザガンはキャンプ地のド真ん中へと落下してやるべく、足を下に向けたままウィングを空に向け、バーニアを全開にして加速。

 そして、いよいよ着弾する――という直前。

 

「うおおおっ!」

「な、ッ!?」

 

 ザガンの落下地点と速度を予測したキマリストルーパーが、デストロイヤー・ランスを構えて全速で横から突撃し――ザガンを、凄まじい速度で吹き飛ばした。脇下にランスの直撃を食らったザガンの左腕が根本からへし折れ、ザガンは地面を転がり、渓谷となって盛り上がった岩壁へと叩きつけられる。

 

「が、ぐあッ……!」

 

 エイハブ・リアクターの重力制御が追いつかず、デメトリオはコクピットの中で全身を打ち付けられる。ザガンがその場で崩れ落ち、そこから一キロほど離れた地点に、キマリストルーパーが二脚形態に変形して着地した。

 

「あんな攻撃、イカれた奴だ……!」

 

 クリウスはキャンプ地に被害が無いコトを確認しつつ、ザガンを見据えた。すると、渓谷を飛び越えてバラムとダンタリオンが現れる。

 

「キャンプ地は――無事だな、良し!」

「クリウス、間に合ってくれたか……!」

 

 空中で一回衝突し、バラムとダンタリオンは距離を離して着地。キマリスはバラムからの攻撃も警戒しつつ、最優先警戒対象をザガンと捉えていた。

 そして、そのクリウスの判断は、的確なモノだった。音速を超える速度で岩壁に叩きつけられ、速攻で意識を失って当然の衝撃を食らったハズのザガンは、両手で大地を殴りつけ―――

 

 

「―――邪魔、するんじゃねぇ!!! 薄汚ねぇ地球種(ゴミクズ)風情がァァァッ!!!」

 

 

 ―――デメトリオは激昂と憤怒、憎悪を滾らせて絶叫した。

 ザガンの双眸(デュアルアイ)が機体色と同じ真紅に光り輝き、全身から余剰エネルギーが蒼い炎となって吹き出す。

 

「ッ、アレは……!」

「まずい、『覚醒』か――ッ!?」

 

 渾身の(パワー)で赤い大地を蹴り飛ばし、ザガンが一直線にキマリスへと襲いかかる。マニピュレーターの爪による神速の一撃を、キマリスは流石の反応速度で左手の盾を突き出して防ぎ、前方から受けた衝撃を利用して後転するコトで攻撃を受け流し、同時にリアスカート裏の機雷をザガンに向けてバラ撒いた。

 機雷はザガンに接触した側から、近接信管により爆発。ザガンは両腕を胸部前で交差させて致命傷を避けたが、腕部装甲の幾つかが剥がれ落ちる。

 

「全機、一斉射撃!」

 

 シプリアノの指示で、ザガンを射程内に捉えていたMSの全てが砲撃を開始。ダンタリオン自身もベイオネット・ライフルを撃ち、狙われたキマリスも距離を取りながらデストロイヤー・ランスに仕込まれた百四十ミリ機銃を火吹かせる。

 飽和射撃を浴びながらも、ザガンは両肩のワイヤーブレードを、先ほどまでとは比べ物にならない速度で射出し、応戦する。

 

「回避ッ!」

 

 操縦系に阿頼耶識を残し、厄祭戦を生き延びた猛者達が駆るヘキサ・フレームの「フレック」及びロディ・フレームの「シルト・ロディ」は、見事に反応してワイヤーブレードを避けた。しかし、阿頼耶識をコクピットブロックに持たず、パイロットも比較的未熟な者が多い「ヘリヤル」は反応が遅れて避けきれず、何機かはコクピットを両断される。

 そして、二本のワイヤーブレードが、それぞれキマリスとダンタリオンに向かう。

 

「来るぞ、シプリアノ!」

「ああ!」

 

 キマリスは腰部側面から展開させたサブアームにデストロイヤー・ランスを持たせ、空いた右手でシールド裏に装備されたキマリス・サーベルを握り、引き抜きざまにブレードを弾く。弾かれたワイヤーブレードはすぐに反転して襲って来るが、キマリスはサーベルとランス、シールドを駆使し、音速を優に超えるブレードを捌き続ける。

 一方のダンタリオンはベイオネット・ライフルをブレードに向かって投げ捨てて初撃を凌ぎ、以降はギガンティック・アームを以て防戦する。アームのあちこちには、先ほどバラムに付けられたジェルが固形化して張り付いているが、ワイヤーブレードをジェルの有る部分で的確にガードするコトで、固体化したジェルをどんどん剥がれさせていく。

 

「ガァッ!!」

 

 ワイヤーブレード二本でキマリスとダンタリオンを足止めさせつつ、ザガンはなおもキャンプ地を狙うべく、ブーストする。

 だが、この場にはもう一機、ガンダム・フレームが在る。パリスのバラムが。

 

「やらせるかよ……!」

 

 四機のドローンを先行させ、バラムは左手に蛇腹剣、右手にランスを構えてザガンへと突撃する。ザガンは四肢をブン回してドローンを弾き落とすコトで破壊するが、ドローンに残されたジェルがザガンの剥き出しとなった腕部フレームに飛び散り、瞬時に固体化して関節部や駆動系の動きを阻害させた。

 バラムはドローンを接続していたパーツを排除(パージ)し、身軽となってからスラスターを全開にして飛び上がり、蛇腹剣を伸長させて突き出す。蛇腹剣がザガンの右腕に絡みつくと、バラムは剣を伸縮させてザガンの懐に飛び込み、右手の馬上槍を肘を引いて構える。

 

「コイツで……ッ!?」

「ア゛ァッ!!!」

 

 バラムが突き出したランスはザガンの左胸装甲を貫き、エイハブ・リアクターの表面を滑ってザガンのコクピットブロックに到達した。

 しかし、ザガンは蛇腹剣に捕らわれた右手で反撃に出て、全力(フルパワー)の裏拳がバラムの胸部正面装甲に直撃。装甲がヘコみ、コクピットが正面から押し潰され、パリスは自身を守っていた装甲にペダルにかけた両足を轢き千切られる。

 

「そいつが、どうした!!」

 

 だが、パリスの両足(それ)は生身ではなく、義足である。神経接続をされているので多少の痛みこそあるが、今更失われた所で大した問題ではない。

 バラムはザガンの胸部に突き立てたダインスレイヴランスを激発させ、パイルバンカーを放つ。穂先に利用された特殊KEP弾頭が、射出音と共にザガンの胸部フレームを穿ち貫き、ザガンのコクピットに座るデメトリオの背の阿頼耶識接続ケーブルから後ろに風穴を開け、ツインリアクターの接続部を打ち砕いた。

 

「が、く――ソがァァッ!!!」

 

 それでもなお――ザガンは、止まらなかった。

 背部スラスターを吹かせてバラムの頭上を飛び越えるも、負担に耐えられなくなったフレームが()し折れて、ザガンの胸部が真っ二つに分裂する。左側のエイハブ・リアクターが左腕と下半身ごと脱落し、上半身もバックパックのウィングが接続部から分裂し――ザガンは残骸同然の有様になりながらも、執念でギャラルホルンのキャンプ地に並べられたコンテナ群へと向かう。

 

「――有りました、このコンテナです!」

「本当……ッ、レヒニータ!」

 

 クレイグとレヒニータがちょうど目的のコンテナを発見したところに、ザガンが倒れ込んで来る。クレイグはレヒニータに覆い被さり、その場で姿勢を低くさせた。

 そして、ザガンはコンテナ群のド真ん中に勢い良く落着した。土煙と爆風が上がり、キャンプ地のコンテナ群が覆われる。

 

「ゴホッ、ケホッ……!」

「……レヒニータ、大丈夫?」

「ハ、ハイ私は――クレイグこそ!」

「俺も平気だよ。コンテナの陰に隠れないで正解だった」

 

 土煙の中で、二人は立ち上がる。幸い、どちらとも怪我は無い。衝撃と爆風でコンテナが吹き飛んだり転がったりし、内容確認の為に空けられていたモノは中身が飛び散ったりしているが、ギャラルホルンの士官達が退避を完了させていたコトもあり、人的被害は出ていないようだ。

 クレイグはザガン落着の直前にレヒニータが指差したコンテナに駆け寄り、指定されたモノであるとの確証を得た。コンテナは空けられていたが、こちらも幸い、転がるコトも中身が出るコトも無く、ほぼ無傷である。コンテナ内を覗くと、ご丁寧に宇宙服が用意されているコトまで分かった。

 

「今の内に隠れよう、レヒニータ。ギャラルホルンの士官達が来るのも、時間の問題だと思うから」

「――分かりました」

 

 レヒニータは服に付いた土や汚れを軽く払って、クレイグの下に歩き出そうとした――が。

 

 

「レヒニータ・悠那・バーンスタイン!!!」

 

 

 己が名を叫ばれ、その足を止める。

 声がした方にレヒニータが振り向くと、そこには先ほど落下して来たザガンが在り――デメトリオ・ウォッシュボーンが、拳銃を構えていた。

 

「この売国奴が、卑しい売女が……! 貴様、貴様のせいで火星は、俺たちはこうなったのに――貴様が、貴様さえいなければ……!!」

 

 デメトリオは全身に打撲の痕が有り、あちこちから出血していた。頭から血を流しているコトから、頭部も強く打っているのであろうコトが分かる。死んでいてもおかしくない傷を受け、それでもデメトリオはそこに立ち、自身が地球種の尖兵と定義したレヒニータに殺意を向けていた。

 

「――貴方の言う通りです。火星がこうなってしまったのは全て、私の責任。私の失策が、今の事態を招きました。言い逃れする気は有りませんし、出来ません。私のせいで、多くの犠牲が生まれました。これからも……全ての責任は、私に有ります。

 そして、私にはもう……尻尾を巻いて、逃げるコトしか出来ない。私は何も、成し遂げるコトが出来なかった」

 

 その殺意を受け止めて、レヒニータは拳を胸の前で握りしめ、俯いて言う。

 

「撃ちたいと言うなら、撃って下さい。私には撃たれる理由が有り、貴方には私を撃つ理由が有る」

 

 レヒニータは指導者の立場に就きながら、何も出来なかった。今後百年単位で、火星に自由は訪れない。地球の植民地として支配され、搾取される日々が続くのだろう。結局、戦前から何も変わらなかった。犠牲を積み上げ、長きに渡る戦火を経てなお――火星の現状は、何も変わらなかった。変えられなかった。

 挙げ句の果てに全てを失い、レヒニータは「革命の乙女」ではなくなった。地球への憤怒と憎悪に燃える火星の人々に、レヒニータの声は届かない。レヒニータの命は最早、一人の小娘の命以上の意味を持たない。火星の人々からの求心力を失った今のレヒニータが処刑されたとしても、それはもう見せしめにすらなりはしない。

 裏切られ、蔑まれ、貶められ――自らの失態の結果をまざまざと見せつけられ、罪を背負って生き恥を晒し続けるコトが罰だと言うのなら、レヒニータはそれを受け入れる。自分の死で火星の人々の命を救えると言うなら、レヒニータは今からでも命を投げ出すだろうが、最早それすら叶わない。償いきれない罪を犯してしまったコトを、それを一生背負い続けなければならないというコトを、レヒニータは自覚している。

 

「そうだ、全部貴様のせいだ! 貴様の生ぬるいやり方では、何も変えられなかった! だから私が、俺が変える! 地球種どもを殺し尽くして、ロシータの為に、火星の真の自由を、ご覧下さいセレドニオ司令! 俺が、私こそが貴方の望んだ、ロシータの望む地球種の抹殺を――!」

 

 失血と全身の痛み、脳への衝撃、ガンダム・フレームの「覚醒」の反動で意識を朦朧とさせながらもデメトリオは叫び、赤く染まった眼球を駆使し、拳銃の照準をレヒニータに合わせる。

 しかし、レヒニータは顔を上げ――デメトリオ・ウォッシュボーンに、断固としてこう言い放った。

 

 

「ですが――貴方は、同じ火星に住む人々にまで、銃を向けました。お父様やお母様、クリュセ防衛軍の皆さんにも。そればかりか、皆さんを戦いに煽動し、死なせようとしています。

 その行いを、私は正しいと思えません! 私は貴方の行いを、決して赦しません!! 貴方は間違っています、デメトリオ・ウォッシュボーン!!!」

 

「黙れェェェッ!!!!!」

 

 

 絶叫し、拳銃の引き金を引く――前に。

 デメトリオは、全身に風穴を開けられた。

 

「ェ、―――」

 

 レヒニータの後ろのコンテナから出て来たクレイグが、携行していたアサルトライフルを連射したのである。十何発もの弾丸に貫かれ、彼の幾ばくかだった命は、一瞬の内に刈り取られた。

 

 

「―――ロ、シータ……」

 

 

 失った妹の名を最期の言葉として、デメトリオは即座に絶命し、力無く血の海の中に倒れ込んだ。

 クレイグはレヒニータの手を取り、コンテナの中へと引き入れる。そして、速やかにハッチを閉じ、ギャラルホルンの士官たちの目から逃れる。

 

 ハッチが閉まる直前、レヒニータが見た光景は、デメトリオの亡骸と――彼の駆った悪魔と同じ、鮮血の真紅だった。

 

 

   ◇

 

 

 「ガンダム・ザガン」の大破とデメトリオ・ウォッシュボーンの死亡により、戦闘はひとまず集結した。――しかし、ギャラルホルンにはもう一機、対応しなければならないガンダム・フレームが在る。

 

「―――よう、シプリアノ。冴えねぇ顔だな」

 

 パリス・イツカの、「ガンダム・バラム」だ。

 ザガンとの戦闘で中破し、倒れ込んだその機体の歪んだコクピットハッチをこじ開け、シプリアノ・ザルムフォートは三日ぶりにパリスと対面した。

 

「……レヒニータ様は、コンテナに入ったようだ。クレイグも一緒だった」

「そうか。――なら、大丈夫だな」

「ああ」

 

 今回の作戦後、レヒニータが火星に残るのなら、独立運動の旗印として担がれる可能性が少しでも有る以上、ギャラルホルンは彼女を捕まえて処刑するとの方針だった。

 しかし――何もかもを捨てて只人となるなら、見過ごしても問題は無い、と秘密裏に判断された。

 この判断はフェンリス・ファリドやドワーム・エリオンも含めたモノだ。おかしな動きをするようなら、速やかに拘束して処刑するコトに変わりはないが――かつての仲間だったクレイグとパリスが、決死の覚悟でレヒニータを逃がそうとしているのだ。セブンスターズ自身、彼女のいる火星を守る為に戦った経験が有る。全てを失ったレヒニータには目を瞑る、との結論に至った。

 

「……パリス。俺たちと一緒に、戦う気は無いか」

 

 シプリアノは、パリスにそう持ちかける。

 しかし、パリスは即座に、首を横に振った。

 

「俺は、今のお前らとは一緒に行けねぇ。秩序維持の為に暴力だけを振るって、あらゆる犠牲を許容する――お前らのやり方を、俺は受け入れられねぇ」

「ッ、だが! それでは俺たちは、お前を殺すしかない! 反乱分子として、処刑するしか―――」

()()()()()()()()()()()()

 

 パリスの一喝に、シプリアノは息を呑む。

 

「秩序を乱す者を、ただ暴力で粛清する。そうやって秩序を守るって決めたなら、お前らはそれをやり通さなきゃならねぇ。誰が相手だろうと、どんな手を使うコトになろうとも――違うか?」

 

 例えそれが、かつての仲間だったとしても。

 ギャラルホルンの定めた世界秩序を乱すと言うのなら、ギャラルホルンはそれを裁かねばならない。

 

「レイとお嬢さんは、お前らが決めた秩序の中で生きるコトを受け入れた。俺は受け入れなかった。何も難しくねぇ。ただそれだけの話じゃねぇか。

 お前らにとって、俺は世界秩序を乱す犯罪者。ギャラルホルンのやり方を認めねぇ上に、あろうことか噛み付いて来やがった、正真正銘の反乱分子だ。

 だったら―――どうすべきか、分かってるだろ」

 

 シプリアノを睨みつけて、パリスは告げる。

 目尻に涙を浮かべながら――シプリアノは歯を食いしばって、自分の後ろで待機する部下たちに、命令を出した。

 

「―――パリス・イツカを拘束し、連行しろ。

 反乱分子として断罪し、処刑する」

 

 シプリアノの側近となる部下たちは、無言で命令に応えた。バラムのコクピットに入り、阿頼耶識を外させてパリスをコクピットの外に引きずり出し、後ろ手に手錠をかけ、連れて行く。

 

(酷ぇコト、させちまうな。けど、これで良い)

 

 かつての仲間だとはいえ、反乱分子であるパリスを捕縛して処刑したとあれば、ザルムフォート家はギャラルホルンへの忠義を示し、今回課された「踏み絵」を見事に踏んで見せたコトになる。

 クレイグとレヒニータを生き延びさせる。ギャラルホルン内におけるザルムフォート家の立場を、盤石にさせる。パリス・イツカは、死んだハズの己が命一つで、一見相反する二つを両立させたのだ。

 

「俺はもう、生きちゃいねぇハズの人間だ。……お前が気にするコトじゃねぇよ、シプリアノ」

 

 引きずられながら、パリスはかつての仲間の背に向けて一言、言い残した。シプリアノは振り向くコト無く、唇を引き結んで。

 

「二人のコトは任せてくれ。――ありがとな」

 

 胸中に在るあらゆる想いをかみ潰し、それだけを答えとした。しかし、パリスはその言葉を聞き届け――心の底から、安心したように笑った。

 

 

(―――じゃあな、レイ。お嬢さんと、幸せになれよ。死んじまったアイツらと俺の分まで、長生きして……老衰するまで、こっちに来るんじゃねぇぞ)

 

 

 そうやって――彼は処刑される瞬間すら、笑って迎えたという。

 

 

 

   ◇

 

 

 P.D.0003年――ギャラルホルンによる火星分割は、滞り無く終了した。

 

 分割に反対して起こされた暴動は、その悉くが鎮圧され。関連して、捕らえられた反乱分子も全てが処刑となった。

 火星の各都市は全てが地球の経済圏いずれかの支配下に置かれ、四大経済圏によって統治体制は一から築き直され―――火星は今後、三百年にも及ぶ植民地時代を迎えるコトとなったのである。

 

「――これからも、監視は続けられる。何か秩序を脅かすコトをしたなら、我々はすぐに二人の身柄を拘束し、処刑しなければならなくなります」

「分かってるよ。……見逃してくれるってだけでもありがたいし、条件は受け入れる。ヘンな真似もしないって約束する」

「はい」

 

 地球の大海原に面した街で、シプリアノ・ザルムフォートは秘密裏に、クレイグ・オーガスとレヒニータ・悠那・バーンスタインの身柄を解放した。

 シプリアノは海風に煽られるスーツの裾を押さえつつ、並び立つ二人に別れを告げる。

 

「それでは。――二度と会わないコトを祈ります」

 

 クレイグとレヒニータは手を取り合い、街に向かって歩き出す。

 立派な行いではない。二人がやったコト――やれたコトは、逃げたコトだけだ。何も変えるコトは出来ず、失ったモノを取り戻すコトも出来なかった。

 何度も困難に直面し、その度に打ちひしがれた。

 全てを失って、それでも罪は消えずにこびり付いて――生きる限り、消え去るコトは無い。

 

 

 それでも、この人がいるのなら。

 世界はきっと、そう悪いモノではないハズだ。

 

 

 

 そう信じ、男と女は並び立って。

 新しい未来(セカイ)へと、一歩を踏み出した―――




断章「支配 -The Will to be Suppressed-」をご覧頂き、ありがとうございました。

実に68000字強、本当にお疲れ様でした。
そして、オマケなのに新規機体やキャラクターが出ちゃってるので、いつも通り解説を置いておきたい次第。なお、「今回のまとめ」は行いません。


《新規機体》
EB-01 ヘリヤル
・ヘリヤル・フレームの量産型MS。
・ヴァルキュリア・フレームをベースに開発されたギャラルホルン初の量産型MS用インナー・フレームにして、原作に登場する「EB-04 ゲイレール」や「EB-06 グレイズ」の前身機にあたる機体。操縦系に阿頼耶識システムを採用していない為、当初は阿頼耶識手術を受けていない新兵に与えられた。

UGY-EB01 シルト・ロディ
・ロディ・フレームの機体。
・各勢力から接収したMSをギャラルホルンで運用するにあたり、それらしく装備を整えられた姿。ヘリヤル・フレームの配備が進むまでの間、阿頼耶識を持つ厄祭戦の生き残りとなるパイロット達により運用された。

IPP-EB01 フレック
・ヘキサ・フレームの機体。
・各勢力から接収したMSをギャラルホルンで運用するにあたり、それらしく装備を整えられた姿。ヘリヤル・フレームの配備が進むまでの間、阿頼耶識を持つ厄祭戦の生き残りとなるパイロット達により運用された。

ASW-G-51 ガンダム・バラム
・かつて、ヘイムダルで運用されたガンダム・フレーム。
・蛇腹剣とかいうイカした武器を持ち、ジェルやドローンなどの特殊装備も備える、五十番台に相応しい多機能な機体。特殊KEP弾頭を近接武器とするのは、なかなか画期的だと思うの。

ASW-G-61 ガンダム・ザガン
・火星解放軍が所有するガンダム・フレーム。
・柄の両端が刃となった長槍という、出てそうで出てなかった武器を持つ機体。口径五百ミリのバズーカに二本のワイヤーブレードと、六十一番機らしく殺意が高い。赤くてウィングユニットを持つのは、MoEのガンダムレギルス(ゼハートカラー)意識である。


《新規キャラクター》
ローゲ・サッカ
・ナーサティヤの下で働く、ボイスチェンジャー入りの赤いフルフェイス仮面を着けた謎の男。
・正体はウリエル戦で戦死したと思われていた、パリス・イツカ。オンドゥルイキトッタンディスカー!! かつての仲間の愛機たるバラムを駆り、クレイグとレヒニータの逃走を手助けする。

デメトリオ・ウォッシュボーン
・武装勢力「火星解放軍」のリーダー。
・セレドニオの信奉者であり、彼と同じく地球への強い憎悪を抱いている。ギャラルホルンの火星分割に際し、ザガンを以て抵抗するコトを選んだ。

エルバート・バーンスタイン
・レヒニータ・悠那・バーンスタインの義父。
・ロリコンだったので、孤児だったレヒニータを拾って育てたが、妻プルデンシアと使用人アダリナに妨害された為、結局は未遂に終わった。自宅を火星解放軍に襲われ、妻諸共銃殺されてしまう。

ホルヘ・マクニール
・火星トップクラスの大富豪。
・総合商社「TSMトラスト」への出資者であり、火星解放軍を始めとする地球への反抗勢力を支援しつつギャラルホルンに取り入ろうとしたが、普通に拘束されて当然のように処刑台送りにされた。哀れ。


《新規艦船》
スキップジャック級大型戦艦
・アリアンロッド艦隊の旗艦。全長八百メートル。
・原作にもアリアンロッド艦隊司令ラスタル・エリオンの座乗艦として登場。規格外過ぎて厄祭戦中に出すのは無理そうだったので、戦後ギャラルホルンが武力の象徴の一つとして建造したという設定をでっち上げました。
・「ハーフビーク級の二倍」と書くとそんなモン? と思ってしまいがちだが、そもそもハーフビーク級の四百メートルは十六両編成の新幹線と同じ長さなので、その時点でサイズ感がおかしい。




次回「後書き Ⅲ(断章〜総括)」
明日更新します。
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