厄祭の英雄 -The Legend of the Calamity War-《完結》 作:アグニ会幹部
俺ことアグニカ・カイエルと、その幼なじみスヴァハ・リンレスは今、親から二つの選択肢を突き付けられている。
それは「阿頼耶識」システムを最初に施術され、ツインリアクターシステムを搭載した試験機に乗るか、そうでないか――と言う、二人の今後を大きく左右する選択肢だ。仲間と共に戦場へ出て、MAと戦うか。仲間が戦場へ向かわさせられる中、自分は安全な場所に残るか――と言い換えるコトも、出来なくはない。
「一週間後に結論を聞く」と言われてから、既に四日。俺もスヴァハも、唐突に現れた人生の分かれ道に困惑し、今なお決めかねていた。
「ハァ…」
気晴らしに、と思ってシミュレーターで対戦したが、ちっとも集中出来ずに負けてしまった。思わず溜め息を漏らした俺の所に、さっきまで戦っていた相手であるアマディス・クアークがやって来た。
「どうしたんだよ、アグニカ。最近、動きにキレが無ぇぞ?」
アマディスのその指摘に、俺は反論出来ない。全く以て集中出来ていないのだから、動きにキレも何も無いだろう。
「――そうか? …そうだな、そうだろうな」
「オイ、一人で何納得してんだ。溜め息ばっか吐いて、お前らしくもねぇ。スヴァハちゃんと喧嘩でもしたか?」
…まあ、間違いでは無いか。クソ親父から話を聞いてから、ロクに会話をしていない気がする。実際には、お互いどうにも話しかけ辛くて、全然話せていないだけだが。
「さっさと仲直りするのが身の為だぞ、アグニカ。お前、スヴァハちゃんがいなけりゃ堕落しきったダメ人間になるだろ」
「大きなお世話だバカ野郎、俺だって人間としての最低限の生活は維持するわ」
「生活目標低過ぎだろ…。って、冗談を抜きにしても、何か悩みが有るなら言えよ? 一人で考え込んだって、答えが見える訳じゃねぇからな」
「そんな真理突いた台詞、どこで覚えて来たんだお前は」
「失礼な奴だな、自分で辿り着いた結論だよ」
「十三で人生諦観とか、流石に早過ぎるだろ。――まあ、心配してくれてありがとな。だけど、そう気にしなくて良いぞ」
それに、こればっかりは自分で考えて、自分で決めなきゃならないコトだろう。そんなにやる気が無い方とは言え、クソ親父の言う通りに生きるのはちょっと腹立つ。
例え最終的にクソ親父の思い通りになろうとも、せめてテメェで選んだ道として歩みたい。
「それじゃあな」
「おう――あんまり思い詰めて、背負い込むなよ」
アマディスと別れ、どこへ向かうでもなく施設内を歩く。「ヘイムダル」の本拠地となってから、この海上移動式研究所「ヴィーンゴールヴ」は増築が行われ始め、メガフロートの様相を呈して来た。おかげで、かなり施設が広くなっており、まだその全容を把握しきれてはいない。
「――親父は何で、あんなに必死になってるんだ?」
ふと、口からそんな言葉が発せられた。
親父は二年間、火星独立軍に月面でモビルアーマーを造らされ、半年前に帰って来た。その時に親父はMAへの対抗組織「ヘイムダル」を結成し、決戦兵器モビルスーツを世界に提案すると共に、このヴィーンゴールヴで独自にMSの開発も始めた。これまで先祖代々貯め込まれて来たらしいカイエル家の私財を出し惜しみせず投入し、施設を増築しまくった。そして、子供達を利用してまでMAを倒そうと粉骨砕身している。
俺の記憶が確かなら、昔はそんな奴じゃなかったハズだ。流石にスヴァハの親父ほどの親バカではなかったと思うが、少なくとも自分の子供を実験台にするようなキャラではなかった。
一体何が、親父にここまでやらせるのか――?
「『責務』からですよ」
後ろから、疑問の答えらしきモノが返って来た。それを受けて振り向くと、そこには。
「ヨウィス、さん?」
親父の助手をしているヨウィス・ピトリが、真剣な眼差しをこちらに向けて来ていた。俺と目が合うと、彼は僅かな愛想笑いを浮かべて口を開く。
「失礼、つい差し出がましいコトを言ってしまいました。それでは、僕はこれで――」
「――待って下さい」
立ち去ろうとしたヨウィスさんを引き留める。
親父の助手をしてるこの人なら――俺が知らない親父のコトを、知っているかも知れない。
「俺の親父のコトを、話してくれませんか? 何で親父は、ここまでしてMAを倒そうとするのか。俺の知らない親父のコトを、聞かせてほしい」
「―――分かりました。それが貴方の、ディヤウスさんの助けとなるのならば」
すると、ヨウィスさんは俺を自販機の立ち並ぶ簡易休憩エリアまで誘導した。俺をベンチに座らせ、缶ジュースを手渡し、少し間を空けて俺の隣りに座った。
「どうも…?」
「貴方が聞きたいような話ではないかも知れませんからね。今からお詫びをと」
缶のプルタブを引き起こし、コーヒーを僅かに口に含んでから、ヨウィスさんは話しを始めた。
「貴方のお父さん――ディヤウスさんは、とても真面目な方なのです。ディヤウスさんがあらゆるモノを犠牲にしてまでもMAを殲滅しようとしているのは、MAを造ってしまったから。自分が撒いた種なら、自分が何とかしなければと思っているのです。
ですが、ディヤウスさん一人ではMAを殲滅するコトは出来ません。ディヤウスさんは、それを良く分かっています。MAを設計、開発したのは、他ならぬディヤウスさんですから。その恐ろしさを、ディヤウスさんは誰よりも理解しています」
それは当然だ。親父が、というよりは人類が持てる最新技術を、ほぼ全て注ぎ込んで造られたのがMAである。
同調した五基のエイハブ・リアクターから生み出される、圧倒的なエネルギー。ビーム兵器を無効化する、ナノラミネートアーマー。開発されたばかりの特殊合金である高硬度レアアロイ、特殊超硬合金の採用――まさしく科学力の結晶、本物の怪物だ。
「だから、ディヤウスさんは『ヘイムダル』なんて組織を結成しました。同時にMSというMAへの対抗手段を発案し、世界中を巻き込んでMAを撃破しようとしています。現在、このヴィーンゴールヴで開発されている『ツインリアクターシステム』と『阿頼耶識システム』を搭載した新たなMSは、まさしく世界の光となり得るポテンシャルを秘めていると、僕には断言出来ます。
貴方達をそのパイロットにしよう、とディヤウスさんが考えているのは、貴方達に他の誰よりも期待しているからです。貴方達の力を。精神を。絆を、誰よりも信頼しているからこそ、ディヤウスさんは貴方達に人類の希望の象徴たる機体を託したいと考えています」
――これはまた、随分と身勝手な話だ。
勝手に期待して、勝手に信頼して、勝手に託そうとしていると来た。当人達が、それを望んだ訳でもないと言うのに。
「それが如何に勝手なコトか、ディヤウスさんは分かっています。それが貴方達の輝かしい未来に、影を落としかねないモノであるコトも。貴方達の身が危ぶまれ、最悪はその命が失われかねないコトであるというコトも。
しかしディヤウスさんは――貴方に、貴方達には『英雄になってほしい』と願っています。人類を救った英雄、希望の象徴、世界の光に」
「――そんなの、なれる訳…!」
空けていない缶を、思わず握り締めた。潰れはしないが、ペキペキと音を立てる。
ヨウィスさんは缶を呷り、中身を一気に飲み干した。
「…最後に一つ、個人的な意見を言わせて下さい。
ディヤウスさんの想いは先ほど言った通りですが、貴方がディヤウスさんに付き合う必要は、全く有りません。貴方の人生は貴方のモノで、それを決められるのは貴方だけでなければなりません。他の誰にも、貴方の人生を決める権利は有りません。それに、正直『英雄』になんてなった所で、その結末はロクでもないモノになると思っています。
誰かに気を使う必要なんて、全く有りません。貴方は貴方の意志で、貴方がしたいようにするべきです。いえ、
――期限まで後三日。どうか、悔いのない選択をなされますコトを、心より祈っております」
ヨウィスさんは立ち上がり、缶をゴミ箱に捨てて去って行った。残された俺は、結局空けなかった缶をボーッと見つめながら、最後に残された言葉を思い返していく。
「――俺がしたいように、か…」
◇
「…アグニカ」
アグニカとヨウィスさんの会話を盗み聞いた後、私ことスヴァハ・リンレスは思わず、アグニカの名を呟いていた。
私もどうするか決められていないので、とりあえず最近話せていなかったアグニカと話してみようと思って来たのだが、話を邪魔する訳にも行かず――此処に突っ立ったまま、途中から盗み聞きしてしまったと言う訳だ。非常に申し訳無い限りである。
アグニカは今、自分の意志で自分の未来を選択すべく、真剣に考えている。ディヤウスさんの助手であるヨウィスさんから、自分では知るコトの出来ないディヤウスさんのコトを聞いて。そして、ヨウィスさんと言う大人の意見を聞いて。
なら――私は、どうすれば良いんだろう?
「――そうだ。私も、クマーラさんにお父さんのコトを聞いてみようかな」
クマーラさんことクマーラ・シャクティダラは、私の父マヴァット・リンレスの助手をしている女の人だ。私にとってマヴァット・リンレスと言う人は優しいお父さんでありマッドサイエンティストだけど、側で仕事をしているクマーラさんなら、私の知らないお父さんの思惑を知っているかもしれない。
「よし…!」
そうと決まれば、うかうかしてはいられない。思い立ったなら、すぐやってみないと。
私はその場から離れ、クマーラさんがいると思われるお父さん達の研究室へと向かう。そして、研究室の自動ドアの前に立った。
「――失礼しまーす」
深呼吸を一度した後、研究室に入る。モニター以外に明かりが付いていないので、研究室は不気味な暗さになっている。絶対目に悪い。
「むむ? スヴァハでーはないーか! どうーしたんだ、期ー日までーまーだ余裕が――ハッ!?
まさーか、私ーに用がー有っーて来ーたのか!? ハハハハハ、照れーるでーはないーk」
「お父さんうるさい」
「ごーげはッ!? 我ーが娘、思ー春ー期にしーて反抗期ー! お父さーん、冷ーたいー態度にー哀しーみを抱きーつーつ、スーヴァハの成ー長に喜び!
そしーてッ! 再ーび優しーさをー見せてーくれーるそーの日まで、私はー諦めないッ!!」
ドアが開かれるやいなや、たまたま近くにいたらしいお父さん(マッドサイエンティスト)に絡まれてしまった。いつにも増してうるさく、テンションが異様に高いコトから、ここ数日ロクに寝てないコトがよく分かる。寝ろ、速やかに。
「クマーラさんに会いに来たんだけど…」
「んん? 珍しーいコトーも有ーるな…オーイ、クマーラ! スヴァハーがお呼ーびだ、二秒以ー内に参上ーしーたまーえ!」
「ゴメンねスヴァハちゃん、後二十秒待ってね」
「あ、ハイ。ごゆっくり」
「ちょっとー? おー父さん、無視さーれてる?」
「マヴァット、ちょっとこっち来い。システムチェックだ」
お父さんを、一部始終を見ていたソロモンさんが連れて行ってくれた。こちらに視線を向けて無言のメッセージを飛ばして来たので、気を使ってくれたらしい。見えてるかは分からないけど、一礼しておこう。
そうこうしてる内に、クマーラさんが私の方にやってきた。
「スヴァハちゃん、お待たせ。マヴァットさんがゴメンね、あの人二徹中なのよ」
「ああ、ハイ…寝てないのは分かりました。ただでさえ不健康なので、寝させてあげて下さい」
常日頃白衣を着てるから分かり辛いけど、お父さんは元々線が細い。加えて、研究に没頭するあまりご飯を抜くコトも少なくないので、放っておくとドンドン細くなって行くのである。それはもう骨と皮しか無いんじゃないかと思うくらい細くなりかねないので、キッチリ寝かせてご飯を食べさせるのが、周囲の人間に課せられる義務なのだ。
「ええ。ところでスヴァハちゃん、今日は何の用? 返答の日までまだ有るわよね?」
「えっと…その返事をどうするか、まだ迷ってて…参考までに、お父さんのコトとかクマーラさんの意見とか、色々聞かせてほしいなって…」
「――私で良ければいくらでも。とりあえず、こんな所で話すのも何だし…海風にでも当たりに行きましょ?」
良い場所が有るのよ、と言って、クマーラさんは歩き出す。それに付いて行くと、やがて施設に増設された滑走路を見下ろせる、ブリッジに出た。
その時には、もう太陽が海に沈もうとしていた。空は黄金色に染まり、海に映し出された太陽が揺れている。MAなどと言う殺戮兵器が跳梁跋扈しているとはとても思えない、神秘的な光景だ。
海風が頬を撫で、潮の香りが鼻に付く。それを楽しみながら、クマーラさんは目の前の手すりに両手を乗せた。
「…良い場所ですね」
「ふふ、そうでしょ? 此処からの景色はとっても良いのよ。朝昼晩、ずっとね」
朝は昇り行く太陽、昼は太陽に照らされる青く広い海、沈み行く夕日に、夜は満天の星空。こんなモノをすぐに見られる時点で、私はすごく恵まれていると思う。
「それで――マヴァットさん達のコト、が聞きたいんだったわね?」
「はい。教えて下さい、どんなコトでも」
知ったからと言って、私がお父さん達に協力するとは限らない。だけど、その真意は知っておかなければ、選択するコトが出来ない。
随分と身勝手な話だ。クマーラさんは人類の未来の為にやらなきゃならないコトが山積みなのに、私は自分の為だけに彼女の手を止めさせ、呼び出してしまったのだから。
「分かったわ。――けどまず始めに、大前提になるコトを言うわよ。
マヴァットさんだけじゃなく、ディヤウスさんもなんだけど、あの人達はとんでもないロクでなしだわ。正直、私は貴女達が存在しているコトが奇跡だと思っているわ。貴女達が自分のお母さんを知らないのも、仕方無いと思う。それくらい、あの人達はイカレている」
開幕早々、酷い言われようだ――けど、全く否定出来ないので何も言えない。
私とアグニカは、お母さんを知らない。産まれて来た以上は間違い無くいるハズだけど、両者とも私達が小さい内に別居状態になった。二人とも研究ばっかりで、お母さんに関わるコトは少なかったのだと思う。
「一人の女として言うなら、私はぜぇッたいにあの人達とは付き合いたくないわ。結婚なんてもってのほかよ。
――でも、あの人達はその分、とてつもなく優秀な研究者なのよ。それこそ、エイハブ・バーラエナさんが死んだ今では、世界で一、二を争うくらい。だから私は、マヴァットさんの助手をやってるの。かれこれ十年近くなるから、そろそろお別れしても良いんじゃないかなって思い出してるけどね。面倒くさいしうるさいし」
エイハブ・バーラエナさんの助手だったソロモン・カルネシエルさんも、ヘイムダル技術部顧問のリシャール・ワグネさんも、世界でトップクラスの研究者だ。それでも、あの二人には敵わない――と、クマーラさんは評した。
「そんな技術レベルを持ってて、阿頼耶識なんて物を考案して、それを実の子供に埋め込もうなんて言うのよ? 本当に頭がブッ飛んでるわ。本当の意味でイカレているわよ。
――でもね。だからと言って、あの人達は人間としての良心を失ってる訳じゃないの。むしろ、他の誰よりも人間らしいのよね」
「人間…らしい?」
それは一体、どういうコトなのか。人間にらしいも何も有るのだろうか?
「少なくともあの人達は、ちゃんと恋をして、貴女達をつくった。貴女達のコトは本当に、心の底から愛しているし、誰よりも大切に想っている。危険に晒したいなんて思ってないし、逆に貴女達に害を与えかねないようなモノは、片っ端から取り除きたいと思ってる。
行動には責任が伴うと理解しているし、何かをした後に責任はしっかり取る。取らなきゃならないと思ってるの。それが、それだけの技術を持つ自分達が為さなければならない義務だから」
…ならどうして、私達を言うまでもなく危険な戦場に向かわせようとしているのだろう?
「それと同じくらい、自分の技術に自信を持っている。互いの技術も心から信頼している。貴女達に真っ先に阿頼耶識の手術を受けさせて、新しいMSに乗せようとしているのもそのせいよ。
そうすれば、貴女達は誰よりも強くなる。MAを目の前にしても殺されず、逆にMAを撃破出来るようにだってなれる。あの人達は、真面目にそう考えているわ。自分達にはそうさせられるだけの技術が有って、貴女達にはそうなれるだけの能力が有る――って」
「…そんな――」
私が悲観的な言葉を舌に乗せる前に、クマーラさんは遮るように続けた。破顔し、淡い笑みを浮かべて。
「ハッキリ言って、筋金入りの親バカよ。世界一の天才なハズなのに、それが親バカだって気付いてないの。『天才と馬鹿は紙一重』って、誰が言ったんでしょうね」
「――そう、ですね…本当に」
常日頃、お父さんは私に高いテンションで絡んで来る。最近ちょっとウザったくなって来てたけど、それがただの親バカから来るんだとすれば、とんだお父さんだ。
すると、クマーラさんは崩れていた表情を戻し、真剣な眼差しで言う。
「とまあ、こんな話してから言うのも何だけど――スヴァハちゃん。今回の選択に、優しい心とか配慮とかは要らないわよ?
誰よりも強くなれる、なんて保証は何処にも無いわ。その前に死んじゃうかもしれないし、むしろそっちの方が可能性としては高い。人間はミスするモノで、二人ともどれだけ賢くても人間。だからこそ気付いてないだけで、阿頼耶識そのものに欠陥が有るかも知れないし、それで一生寝たきり――とかになるかも知れない。間違い無く真っ当には生きれなくなるし、誰かに恋して、愛し合うなんてコトも出来なくなるかも知れない。それが嫌なら、阿頼耶識の施術もMSへの搭乗も蹴った方が幸せよ。
よく考えて、後悔しない方を選びなさい」
否定的な忠告を残して、クマーラさんは去って行った。
その後ろ姿を見届けて、広がる景色に目を向けた時には、とっくに日は没していた。東からは暗闇が迫り、空には幾つかの星が浮かんでいる。
それをボーッと見ながら、自分がどうすべきかを考え始めた――のだが。
「…アグニカは、どうするんだろう」
ふと、そんな言葉が出てしまった。自分で決めなきゃいけないのに、何故かアグニカの選択がどうなったのか気になってしまう。
何故そう思ったのか、その根幹に有るモノが一体何なのか―――この時の私には、知る由も無かったのだった。
◇
かくして、決断の時が来た。
再び薄暗い研究室に呼び出され、ソファーに座らされたアグニカとスヴァハは、反対側のディヤウスを見据えている。ディヤウスはブラックコーヒーを一口含んで、簡潔に――淡々と問う。
「決断を聞かせてくれ」
と。
その直後、口を開いたのはアグニカだった。
「俺は戦う。俺を好きにしろ、クソ親父ども。
その代わり――」
「…? その代わり、何だ?」
今回の選択に、交換条件も何も無いハズだ。阿頼耶識を施術されてMAと戦うか、戦わないか――それぞれに課せられた二者択一であり、そんなモノが介入する余地は無い。
突如として提示されようとしている交換条件に、ディヤウスは困惑を抱きながら、先を促す。
「スヴァハを戦場には出させないでくれ」
「…………………………………………はい?」
沈黙を破り、素っ頓狂な声を上げたのは、当のスヴァハ本人だった。心底「何故?」と思っている表情で、隣に座ったアグニカの顔を覗き込んでいる。
「俺はどうなっても良い。この一週間で、そう覚悟したからな。でも、スヴァハを危険に晒すようなコトを認める訳には行かない。
俺が戦うから、スヴァハは安全な所にいさせてやってくれ」
「――この世界の何処に、安全な場所が有る?」
「少なくとも、戦場に出るよりは此処に残った方がまだ安全だろ。だったら、スヴァハにはそうしてほしい」
「ちょ、ちょちょちょちょちょっと待って! 待ってよアグニカ!
何言ってるの? 何でそうなるの!?」
ドンドン話が進んで行っているが、スヴァハはまだ状況が良く分かっていないようだ。話を遮って、混乱しながらもスヴァハはアグニカに純粋な疑問を投げかける。
「あららー? アグニカ君ったら、スヴァハちゃんとロクに話さないまま、そんなコト言っちゃったのかしら? ちょっと頂けないなーァ」
コンソールを叩きながら聞き耳を立てていたクマーラが、ニヤついた顔で野次を飛ばす。一方、マッドな親父は絶賛混乱の淵に叩き落とされている。
「オ、オオオオオイ、クマーラ! それーはどうーいうコートだ!? アグニカ、貴ー様スヴァハに何ーをさせーる…いーや、どーうすーるつもりーなのだ!?」
「落ち着きましょうかダメ親父! これは本人同士の問題よ、私達外野が口を出すコトじゃないわ! ヨウィス、このバカ親父の拘束手伝いなさい!」
「わ、分かりました!」
「では、私も手伝おう」
「貴様ーらーァー!!! がっ、痛い痛ーい脚もーげる脚もげーるゥ!!」
研究をほっぽりだし、ヨウィスとソロモンもクマーラに協力する。自分より若い大の男二人に組み敷かれては、身体の細いマヴァットに打つ手は無い。
「ねぇ、アグニカ。何でこんなコト言ったの? 真剣に答えて」
勝手に盛り上がる大人どもはさておき、スヴァハは真剣にアグニカを見据えている。一方、アグニカは僅かに頬を赤く染め、視線を外し。
「…スヴァハには、危険な目に遭ってほしくない」
と、さっきよりボリュームを抑えた声で答えた。
ディヤウスの話にノるなら、かなりのリスクが伴う。阿頼耶識の施術が成功するかはまだ未知数で、それは開発中の「ツインリアクターシステム搭載型MS」も同様だ。どのようなモノになるかはまだ分からず、フレームの名前すらまだ決まっていない。戦場に出たなら、当然死の危険は二十四時間付きまとう。MAなんて規格外の化け物に挑むのだから、死ぬ公算の方が大きい。
アグニカは、スヴァハをとても大切な存在だと想っている。二人は物心付いた時から、この研究所で一緒に育てられて来た。
だからこそ――スヴァハを危険に晒させる、ディヤウスを赦せなかった。一週間前にディヤウスに組みかかり、今このような条件をディヤウスに提示したのも、全てスヴァハを大切にし、自らの命と引き換えにしてでも守りたいと想うからである。
「……そ、そう――そうなんだ」
このコトを子供ながらに何となく察して、ついスヴァハも頬を朱に染めてしまう。目線を逸らし、流し目で互いに様子を探り合う。
「んーッ!! んーッ!!!」
マヴァットが何か叫んでいるが、ヨウィスとソロモンに口を完全に塞がれている。無論、クマーラの指示によるモノだ。
二人の間に流れる甘酸っぱいような居心地悪いような落ち着かないような空気は、スヴァハによって破られた。
「私も一緒に戦うよ」
「…ほう?」
「――!? スヴァハ!?」
ディヤウスは意外な答えに眉を顰め、アグニカは驚愕した。アグニカ自身、スヴァハが自分の願う通りになってくれるとは思っていなかったが、ちょっと恥ずかしいコトを言った後に裏切られるのは流石に予想外だった。
「そこまで言うのなら、ちゃんと側で守ってもらわないと。それに、私がいなくなったら誰がアグニカに世話を焼くのさ?」
「ぐ…」
これを言われると、アグニカは言い返せない。
かなり高い世話焼きスキルを持つスヴァハに、アグニカは何度も助けられた。アグニカの言う通り、スヴァハが此処に残るなら、アグニカとスヴァハは離れ離れになる。スヴァハがいないと困る場面なんて、挙げたら多分キリが無い。
「――答えは出たようだな。それでは…」
「待てクソ親父。スヴァハ、一つだけ確認させてくれ――それは、
俺が戦うからって、お前がそれに付き合う必要は無いんだぞ? と、アグニカは続けた。それでも、スヴァハは明確に、首を縦に振った。
「私が『戦う』って言う前に、それを遮ったのはアグニカじゃん。
――人類の未来の為だし、出来るコトならやらないと。ゴメンねアグニカ、せっかく気にかけてくれたのに」
「いや、俺の我が儘で困らせてすまん」
「良いの良いの。嬉しかったよ」
ディヤウスは一度咳払いし、口を開いた。
「これで、ヘイムダルの進むべき道は決定した。皆の為に、何より人類の為に、一刻も早くシステムを完成させねばならない。気合いを入れ直そう」
第十二話「選択」をご覧頂き、ありがとうございました。
長いのに話ばっかりな回でした…本当に申し訳無い。
重要な回ではあると思うんですがね…。
ただガンダム・フレームが出来ないコトには、戦闘の機会があんまり無いですしね…(言い訳)
あ、次回は戦闘有りますのでご安心(?)あれ。
《新規キャラクター》
アマディス・クアーク
・アグニカの友人。
・後の「ガンダム・フォカロル」のパイロット。
《今回のまとめ》
・アグニカとスヴァハ、戦場へ
・アグニカとスヴァハ、イチャつき始める
・落ち着けマッドサイエンティスト
次回「天使長」