厄祭の英雄 -The Legend of the Calamity War-《完結》   作:アグニ会幹部

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今回でアメリア編はラストになります。
戦闘無い割にクソ長くなったのはナズェダ!!(悪い癖)


#22 悪夢に沈む空の下で

 開戦から六時間を経て、ロサンゼルス防衛戦は終結した。

 宇宙からの「ダインスレイヴ」による射撃で、ロサンゼルスの都市シェルターは崩落。その後、都市内に侵入したモビルアーマーの攻撃により、都市は甚大な被害を被った。死者はロサンゼルス住民の九割を超えるとされ、防衛戦を展開したアメリア合衆国軍としても、損害は多大なモノとなった。

 

 厄祭戦の中でも一、二を争うほど一般人に多くの死者を出した最低最悪の防衛戦は、後に「ロス・ナイトメア」と呼ばれるコトとなる。

 

 戦闘が終了する頃、空は鈍色(にびいろ)の雲に包まれ――人々の無念を体現したかのような凍えきった雨が、戦場に降りしきり始めていた。

 

「各部隊の被害状況を確認! モビルスーツは各艦に収容し、あぶれた分は基地に入れろ! MAの残骸は余さず基地に回せ!

 これから雨は酷くなる予報だ――疲れているだろうが、迅速に行動しろ!」

 

 ガンダム・サブナックのコクピットハッチを開放し、機体から身を乗り出しながら、アメリア合衆国軍第一MS部隊隊長のサイラス・セクストン大佐が全軍に指示を出す。

 自身も機体のサブアームを駆使し、MAの残骸を移動させている。

 

『大佐。MSの被害報告が上がって来ました。無傷のモノは存在しない、とのコトです。艦艇は十二隻が撃沈、その他も損傷している模様です』

「報告ご苦労、モンターク少佐。後は私だけで構わん、貴官は基地に戻って休むと良い」

『は――お言葉に甘えさせて頂きます。それでは』

 

 機体を一礼させ、ファビアン・モンターク少佐のグリムゲルデがキャリフォルニア・ベースへと帰投して行った。少し前には、ガンダム・ボティスとマリベル・コルケット大尉も下げさせている。

 この最低最悪の防衛戦の後始末にも、ようやく終わりが見えてきた。今回回収したMAの中に、人間爆弾製造型がいれば良いのだが。

 

「雨が強くなって来たな――」

 

 雨とはこんなにも冷たかったか――?

 などと思いながら、サイラスが空を見上げていると、基地から通信が入った。

 

『サイラス、後どれくらいで作業は終わる?』

「後、三十分も有れば。パール、上層部(おえらいさん)による折檻(オシオキ)は終わったか?」

『ええ。これで一生前線コースね』

「それはそれは…しかし、処罰は無かったのか?」

 

 パール・マコーマック少将は、本作戦の指揮官だった。敵が予測困難な作戦を取ったとは言え、ロサンゼルス壊滅の責任はパールに有る。責任を問われて、最悪な場合は即時銃殺も有り得る、とサイラスは踏んでいたのだが。

 

『これまでの得点(ポイント)と相殺されて、准将への降格で済んだわ』

「ほう、良かったじゃないか」

『部隊の指揮官になれなくて、残念?』

「まさか。女王様(クィーン)にいなくなられては、部下達の士気が下がる。――ヤケ酒には付き合おう」

『ええ、是非ともお願いするわ』

 

 パールの酒癖は、ハッキリ言って悪い。泥酔した挙げ句、吐瀉物を撒き散らす姿を見れば、百年の恋だろうと覚める。パールが未だ独身なのは、その辺りのズボラさに理由が有ると見て良いだろう。

 

「しかし――よもや、こんな方法で鉄壁(シェルター)を破って来るとはな」

『ええ。軌道上からのダインスレイヴだなんて――事前に対策して、なお防げなかった。どんなMAが撃ったのか、一刻も早く突き止めないと』

「軌道上に展開していた第七宇宙艦隊が、三分で全滅させられたのだろう? よほどの大部隊が動いていた、と考える他に無い」

『でも、そんな大量のエイハブ・ウェーブは観測されなかったわ』

 

 通信妨害型MA「シャティエル」が全世界に散らばり、エイハブ・ウェーブを散布し続けているとは言え、MSやMAが動けば特有のエイハブ・ウェーブ反応がほぼ必ず観測される。これを隠すコトはかなり難しいのが現状であり、エイハブ・ウェーブの観測はMA接近を知る為に欠かせない。

 ただ、MA側にはエイハブ・ウェーブを隠匿し、奇襲を可能とする機体も存在している。必ずしもエイハブ・ウェーブを観測出来る訳では無いのも事実である。

 

「―――『天使長』を上回る、新たなMAが現れたと言う可能性は?」

『それは勿論、無いとは言い切れないわ。私たちはあまりにも(MA)を知らなさ過ぎる』

 

 そもそも、何故「マザーMA」ガブリエルが暴走してしまったのかすら、人類は分かっていない。

 

『MAのコトは愚か、私たちは私たち自身のコトすらよく分かっていない。今、火星はどうなっているのか――とかね』

「全くだ――私もそろそろ帰投する」

『了解』

 

 通信を切って、サイラスは溜め息を吐いた。

 

 

   ◇

 

 

 機体から降り、焦土と化したロサンゼルスを、俺とスヴァハは歩いていた。一時は都市全土に広がった火は、雨によってかき消えつつあるが、燃え続けている所も有るようだ。

 燃えた肉塊の匂いが鼻腔を突く。焼けて固まった血があちこちにへばりついていて、死体がゴミのように転がっている。

 建物はその悉くが吹き飛ばされ、薙ぎ倒され――原型を留めているモノも、例外無く焼失している。ついこの前行った映画館やレストランは、最早どこにも見当たらなかった。

 

「―――酷い…」

「ッ…!!」

 

 歯を食いしばる。

 守れなかった。守りきれなかった。

 ガンダム・フレームを以てしても。

 

「なあ」

「「!」」

 

 歩く俺達に、突如として声が掛けられた。驚き、俺とスヴァハは声のした方に振り返る。

 

 

 そこには、一人の少年が立っていた。

 

 

 漆黒の髪にエメラルドグリーンの瞳を持っている彼は、泣きはらしたように腫れた眼をしている。しかし、その瞳に光は無く――スヴァハが身じろぎ、半歩後退りしてしまうほどの憎悪と殺意が満ち満ちていた。俺には、思わず冷や汗を流してしまうほど――彼が、恐ろしく思えた。

 それでいて、気配を全く感じなかった。幽鬼であるかのようだった。年端の行かぬ少年であるコトは間違い無いのに。

 

「アレに乗ってたのはお前か」

 

 アレ、と言うのはガンダム・フレーム――MSのコトを指しているのだろう。

 

「――ああ」

 

 少年の問いを、俺は肯定する。

 気付くとスヴァハの前に進み出て、少年から庇うようにしていた。焼け焦げた服と煤で汚れた姿から、自分達の無力が為に失わせてしまった、被災者であるハズの少年が相手だと言うのに。

 思わずそうしてしまうほど、彼は俺達に畏怖を与えていた。

 

「――そうか」

 

 その答えを聞いて、少年は俯いた。

 そして、数秒後―――

 

 

 俺に飛びかかり、その頬を思い切り殴り付けた。

 

 

 殴られた勢いで倒れ込むと、少年は俺の胸ぐらを掴んで馬乗りになった。

 そして、何度も殴った。

 何度も何度も、両拳を堅く握って殴り続けた。

 

「アグニカ!」

 

 スヴァハが反射的に拳銃をホルスターから抜き、少年に向ける。

 

「やめろ!」

 

 しかし、それを制止する。

 殴られている俺には、スヴァハには見られないモノが見えていたからだ。

 

 彼は、泣いていた。

 

 大粒の涙を流しながら、俺を殴っていた。その涙が、殴られて腫れた俺の頬に零れ落ちて来る。

 いつしか殴打の嵐は止み、少年は俺の胸ぐらを掴み上げ、泣きながら叫ぶ。

 

「何で! 何で、守ってくれなかったんだ!!

 化け物を倒せるんだろ!!? みんなを助けてくれるんだろ!!? 世界を救うんだろ!!?

 だったら、だったら何で――何で…!!」

 

 

「何で、姉さんを助けてくれなかったんだ!!!」

 

 

 絶叫し、少年は泣き崩れた。

 少年の糾弾に、俺は返す言葉を持たない。

 

 言い訳ならいくらでも出来る。

 MAがあんな攻撃をして来るなど、予想出来なかった。それによって都市シェルターは破られ、防衛艦隊はズタズタにされ、MAの突破を許した――だが、言い訳は所詮、言い訳に過ぎない。

 大切な、唯一無二の家族を失った彼を納得させる弁明など、俺に出来るハズも無かった。彼の姉を蘇らせる力など無く、街を守る力も無かった。

 

 ――どうしようも無く、無力だった。

 

 何も出来なかった。何も守れなかった。

 パイロットになり、ガンダム・フレームに乗っていようと。「天使長」と呼ばれるMAを撤退に追い込んでいようと。チームを率いて、多くのMAを撃破していようと。

 

 

 彼の姉一人を守る力も、俺には無かったのだ。

 

 

 天蓋に開いた大穴から、雨が降り込む。

 それはどうしようも無く、冷たく感じられた。

 

 この雨はきっと、慟哭を表しているのだろう。

 姉を失ったという少年の。このロサンゼルスだった焦土に家族や知人を持つ、多くの人間の。

 そして、その冷たさは――

 

「お前は、何を憎んでる? 何を殺したい?」

 

 ――俺の冷たさなのだろう。

 

「…決まってる。あの化け物(クソ)どもだ。全部残らず、一匹残さずブチ殺してやりたい」

 

 腹が立つ。反吐が出る。胸糞悪い。

 クソったれ、一体何をやってんだ俺は。

 ――こんな、誰かの為に怒れる奴の想いを、どの面下げて利用しようってんだ?

 こんな良い奴の人生を、何の権利が有って踏みにじろうとしてんだ――?

 

「だったら、俺たちと――ヘイムダルと共に、MAと戦え。MAを殺す力を、俺たちならお前にくれてやれる」

 

 クソ。クソ、クソが!

 またか。また、俺はこんなコトを繰り返すのか!

 人類の為に、世界の為に、未来の為に――そんな戯言(たわごと)を並び立てて、誰かの人生をブチ壊そうってのか!?

 

「――本当、なのか?」

「当然だ。俺たちはその為に戦っている」

 

 雨の冷たさが痛い。

 嗚呼――結構だ。俺はこうやって、人の想いを踏みにじって生きていくのだろう。

 それこそがテメェの使命だと、人も自分も騙し続けて。軽蔑されて当然だ。天の神サマとやらも、唾を吐きかけたくなるさ。

 

「…寄越せ。オレにそれを寄越せ。

 あのゴミクズどもをブチ殺す為なら、何だってやってやる」

 

 ――また、一人の人生が壊れた。

 俺が壊した――

 

 

   ◇

 

 

 キャリフォルニア・ベース内の食堂には、こじんまりとしたバーが隣接している。

 小さい上に何故有るのかは定かではない(一説によると、以前の基地司令官が作らせたらしい)が、個室まで用意されたそれなりに本格的な所である。一般兵士はロサンゼルスのバーまで足を運ぶのでほとんど来ないが、その時間が無い上級将校が、雑務の合間を縫って度々訪れる。

 そのバーカウンターには、現在。

 

「あー……あえー………うあー」

 

 一人のブロンド美女が、酔い潰れて突っ伏していた。

 彼女の名はパール・マコーマック。

 アメリア合衆国軍第一MS部隊の司令官だったが、この度のロサンゼルス防衛戦の最高指揮官だった為に失敗の責任を問われ――その優れた指揮能力と戦歴から、奇跡的に懲罰は無かったものの、無事准将に降格してしまった不幸者だ。

 

「飲み過ぎて人語を忘れたのか、女王様」

 

 その隣には、彼女の直属の部下であり戦友でもある男が、呆れ顔で座っている。

 彼はサイラス・セクストン。

 アメリア合衆国軍第一MS部隊の隊長であり、自ら「ガンダム・サブナック」を駆って前線で戦う、アメリア合衆国軍最高のパイロットだ。

 

「やってられるかってのよー! あんのジジイどもめ!」

「気持ちは察するが、軍にも対外的な面子と自己的なプライドが有る。誰かが失敗の尻拭いをして、誰かが責任を被るモノだ。でなければ組織が成り立たん。一階級降格だけで済んで、むしろ良かったな」

「良かないわよ――うっ」

「オイ待てまだ吐くなトイレ行け」

「じゃあ手伝いなさい(ヘルプミー)

「ムチャを言うな」

 

 相変わらず、酒には弱いクセに飲み過ぎる。

 そして吐く。淑女としてどうなんだコレは、とサイラスは思わざるを得ない。

 しかし、こんな所で撒き散らかさせる訳には行かない。この女にマトモな思考回路が残っているか怪しいので、ここはサイラスが対処せねばならない。

 

「マスター、ゲルググ袋は無いか?」

「はい、こちらに。しかし、吐くならばバーから出て下さいますよう。他のお客様もお見えですので」

「ああ――こっちに来いパール」

 

 バーテンダーの台詞は尤もだ。いくら見た目が良いとは言え、飲んでる隣で吐かれるなどされたら、どんな酒だろうが不味くなる。少なくともサイラスは耐えられない。

 バーテンダーから袋を受け取り、サイラスはパールの手を引っ張って、バーの外に出る。

 

「きょーは、せっきょくてきねー」

「オイコラ酔っ払い。今すぐ打ち捨ててやろうか」

「えー」

 

 基地廊下の蛍光灯は、夜になると淡い光に変わる目に優しい仕様なので、酔っ払いの気分が悪くなる可能性は高くない。――流石にそんなコトを想定して、夜間モードを実装した訳ではないだろうが。

 

「全く…」

 

 酔っ払い上司を部屋に送り届けるという時間外労働の発生に、サイラスは嘆息する。別に嫌と言う訳では無いが、明日には残業代をせびってやろうかと考える。軽くあしらわれそうだが、今回は断固とした抗議を行ってやろう。

 

「うー…」

 

 唸りながら手を引かれるままの、アメリア合衆国軍第一MS部隊司令官殿。普段の威厳はどこにも無いが、サイラス以外の部下には見られていないのでギリセーフである。

 

「しかし、今日は意外に耐えるな…」

「ふふー」

 

 今日のパールはなかなか吐かない。少しは成長したのか、と感心しながら、サイラスは部屋まで誘導した。

 服は軍服のままだが、まあ仕方無い。着替えさせるなどしたら、セクハラで訴えられて即刻軍法会議コース不可避である。時間外労働の挙げ句にセクハラで訴えられなどしたら、サイラスは真面目に軍を辞めてやるだろう。

 

「さて――大人しく寝ろ、分かったな」

 

 パールを部屋に放り込み、忠告を残してサイラスは去ろうとする。だが、パールがその袖を離す気配は無い。

 そして、上目遣いの果てに(かぶり)を振るではないか。こうなると堅物で有名なサイラスも流石にドキっとするが、平静を保って冷静にツッコむ。

 

「パワハラか」

「ちがうわよー。あついからぬがせて」

「帰る」

「かえらせない」

「いーや帰らせてもらう。労働基準法違反だ、これ以上働いてたまるか」

「待ちなさーい!」

「うわっ!? 何だ!?」

 

 サイラスは速やかに(きびす)を返したが、パールに全体重で引っ張られ、室内へと強制的に引きずり込まれた。自動ドアが無情にも閉まり、暗黒の部屋に囚われる。この時、サイラスは生まれて初めて自動ドアと呼ばれる無機物を憎んだ。

 案外強い力でベッドに放り出されたサイラスの上に、パールがのしかかった。

 

「――どういうつもりだ、パール」

「…一つ、聞かせてちょうだい」

 

 暗闇の中で、彼女は問う。

 その眼に先程までのホワホワとした光は無く、パールはただ鋭くサイラスを見下ろしている。

 

「貴女は今回の戦いをどう思ったの? 情けない指揮官に絶望したかしら?」

「――これはまた、お前に相応しくない弱気な質問だな」

「お願い、正直に答えて」

 

 これまた、パールには珍しい頼み事だ。

 今日はどうしたんだ、とサイラスは思ったが、真剣な質問には真剣かつ正直に答えねばならない。

 

「確かに今回、お前は敵の戦力を読み誤り、ロサンゼルスの殲滅を許した。これは明らかな失態だ。

 だが、別に絶望はしていない。敵戦力は我々の予想を上回っていたし、その行動も予測は極めて難しいモノだった。場当たり的な対応を余儀無くされる中でも、お前は指揮を執り続けた。決して諦めず、その思考を止めなかった。

 敵のダインスレイヴ攻撃でズタズタにされた防衛線を短時間で立て直し、迎撃態勢を整えられたのはお前の的確な指揮が有ってこそだった。指揮官がお前でなければ、このキャリフォルニア・ベースまで落とされていたやも知れない」

 

 サイラスはパールの眼を見据えながら、こう述べた上で更に続ける。

 

「お前はやれるコトをやった。だから、自信を無くす必要は無い。お前が気に病むコトではないし、そんなコトで今回の結果が変わる訳でもない。

 お前はいつも通りで良い。傲岸不遜に笑え、パール。それがお前にはお似合いだ、我らが女王様(クィーン)

「――ありがとう、サイラス」

 

 パールは無邪気に笑い―――

 

「じゃあ脱がせなさい」

 

 などと抜かした。

 振り出しに戻った上、脱がせろと言っておきながら、勝手にシャツのボタンを外し始めている。

 

「せっかく励ましてやったのに、何でそうなる」

 

 サイラスは呆れかえり、諦観に満ちた死んだ魚のような眼をパールに向ける。一方でパールは、不思議そうに首を傾げた。

 

「あら。暗闇の部屋で男女が二人きりなら、ヤるコトは一つじゃないの?」

「いや、その理屈はおかしい」

「おかしくないわ! それとも嫌なのかしら?」

「――処女の割に強がりやがって…帰る」

「大きなお世話よ! そしてむざむざ帰すわけないじゃない、ここは私の部屋(マイ・スイート・ルーム)!」

「ッ…パール貴様、謀ったな! 酔っ払ったふりをして私を嵌めやがったな!?」

「フフハハハ、まんまとかかったわねサイラス! 私の酒癖の悪さを知ってるが故のミスよ! さあ、今日こそ逃がさないわこの朴念仁ッ!」

「や、やめろ貴様! やめ」

 

 その時。

 

「勤務時間外に失礼します、少sy…准将。緊急の確認事項が政府から回って…来て――」

 

 アメリア合衆国軍第一MS部隊の隊員にしてガンダム・ボティスのパイロットを務める女性士官、マリベル・コルケット大尉が入室して来た。

 彼女はサイラスをパールが押し倒し、服を脱ぎかけながら顔を近付けているその光景を目にして、持っていた書類を落とした。

 

「し、失礼致しましたごゆっくりィ!!!」

「待てコルケット大尉! 誤解だ! 私は今襲われている、助けてくれ!!」

「襲うなんて失礼ね! でも待ちなさい大尉、書類について説明を残して行きなさ…ぐかー」

「寝やがった!? ウソだろこの女ァ!」

「はっ! そうだこの過去最大のチャンス、無駄(ユースレス)にするモノですか!」

「書類が先だろうがァッ!!」

「ごはァ!?」

 

 ――アメリア合衆国軍第一MS部隊の指揮官二名は、今日も仲良くカオスであった。

 

 

   ◇

 

 

「はぁー…」

 

 一方その頃。

 パールの部屋に書類を放り出して退散したマリベル・コルケット大尉は、溜め息を吐きながら廊下を歩いていた。

 

「――どうしたの、マリベル」

 

 消沈したマリベルの姿を見て、通りがかったアメリア合衆国軍第一MS部隊副隊長ファビアン・モンターク少佐が声を掛ける。

 勤務時間外であっても、彼女は黄金の仮面を外さない。だが――目元と口元から、心配してくれているコトがマリベルには分かった。背中を預けられる仕事仲間であり、友人でもある彼女に対し、マリベルは吐露する。

 

「――サイラス大佐が、パール准将に押し倒されてた。准将の部屋で」

「へえ、それは面白いわね」

 

 いつの間にそんな仲に、と言わんばかりにファビアンは口角をいやらしく上げる。四年以上パールの下でサイラスと共に戦場に出ている彼女は、微妙な距離感の二人の関係が気になっていたりした。

 

「まあ、貴女の気持ちからすると、ショックなのは大体察せるけどね」

「…ファビアンはどう思うのよ。私はおかしい?」

「まさか。それが当たり前のコトだと思うわ。――愚痴なら聞いてあげる」

「…うん。ありがとう」

 

 長い夜になりそうだ、と思いながら、ファビアンは仮面ごしに額に手を当てた。

 

 傷が痛む。

 どうしようもなく醜い、自分を殺した傷が。

 

(羨ましいわ、マリベル。私には分からないから)

 

 

   ◇

 

 

『ロサンゼルスは壊滅、住民は全滅か。これまた随分な結果になったモノだな、フローレス君』

 

 アメリア合衆国の首都ニューヤークにいる大統領ローガン・フローレスは、通信による十国首脳会談を行っていた。十国の間に成立させている、LCSレーザー通信網の秘匿回線によるモノだ。

 議題は「人間爆弾製造型MA」と「ロス・ナイトメア」についてである。

 

「仰る通り、とても『遺憾』との一言では表し切れぬ、凄惨な戦いとなってしまいました。シェルターで守られた大都市が壊滅させられた今回の事件は、人々に不安を与えるには充分過ぎます」

『全くだ。しかし、こう言うのは些か問題が有るかも知れんが――これで、人間爆弾のコトを知る一般人はいなくなった。情報統制は容易になったと言えるだろう』

『それは事実だが、反発を招く言い方だな』

『アメリア第二の都市だったロサンゼルスが壊滅したとあって、人々は不安から来る混乱の中に有ります。鎮めるのは容易では有りません』

『ロサンゼルスにダインスレイヴを撃ったMAについては、観測出来ていないのか?』

 

 ローガンは、無言で(かぶり)を降った。

 恐らくはそのMAに沈められた第七艦隊の残骸から回収したデータを解析したが、下手人と思わしきMAの機影は確認出来なかったのだ。

 

『そのMAによって、そちらの一個艦隊が全滅させられたとも聞き及んでいる。一刻も早く正体を掴まなければ、これからも同じコトが起こるな』

『一個艦隊がたった数分で壊滅させられるほどの戦力なのだろう? 正体を掴み情報を得た所で、対応出来るとはとても思えん』

『ええ――ダインスレイヴ攻撃を敢行したMAにつきましては、新たな情報が確認され次第、ヘイムダルも併せて共有せねばなりますまい』

「私も同じ意見です」

 

 今回のロサンゼルス防衛戦は、人類の完敗だ。

 対応策は打ったものの、圧倒的な武力によって押し潰された形となる。MAの底知れなさと恐ろしさを、改めて味わっただけだった。

 

「しかし、収穫も有ります。

 今回の戦闘で我が国の第一MS部隊が回収したMAの残骸の中から、人間爆弾製造機能と(おぼ)しき構造を持つ機体が発見されました」

『ほう――』

「データを転送致します」

 

 ローガンがコンソールを叩くと、瞬時に情報の転送が行われた。

 

「機体名『アルメルス』――四肢がチェーンソーになっている機体です。今回回収した機体は、つい最近製造されたモノでした。恐らく、このMAの開発自体が最近のコトなのではないかと」

『最近か――厄祭戦開始時から疑う必要は無くなったのは、ひとまず僥倖と言えるか…』

『しかし、どこにどれだけの人間爆弾が有るか分からないのが現状です。識別する手段が無い以上、とりあえず静観する他に有りませんが――このまま捨て置く訳には行きません』

「これから更に解析を進め、この機体が人間をどのようにして爆弾に変えているか突き止められれば、と思います。それが分かれば、人間爆弾の発見にも繋がるかと」

『うむ――任せたぞ』

「はい。皆様もお気をつけ下さい――どうか、ロサンゼルスと同じ悲劇が繰り返されませぬコトを」

 

 

   ◇

 

 

 キャリフォルニア・ベースに入港し、整備と補給を受けているヘイムダルのラファイエット級汎用戦艦「ゲーティア」は、宇宙でも地上でも運用出来る他、大気圏突入能力まで備えた超ハイスペックなMS運用戦艦である。加えて、他種戦艦に類を見ない強力な兵器が二種、一基ずつ搭載されていると言うオマケ付きの。その分建造、運用コストがガン上がりし、世界でたった二隻しか存在していないちょっと可哀想な艦級でもある。

 その片割れたるゲーティアの医務室に並ぶ治療カプセルには、ロサンゼルスで保護された二人の少年が横たわっていた。

 

 一人は「ガンダム・アンドラス」のパイロットになり、つい数時間前に初出撃初戦闘をした緑髪のトビー・メイ。

 「阿頼耶識」システムの施術から間が無く、慣れない状態でガンダム・フレームに乗って戦った為、身体的には健康ながら大事を取って寝させられている。

 もう一人は大駕(たいが)・コリンズ。

 数時間前に保護された後、「ガンダム・グラシャラボラス」に適合し得ると判断されたが、火傷などの怪我の治療の為に入れられた。

 

 二人とも、年齢は十代前半。

 どちらもMAによって家族を殺され、人生を歪められた戦災孤児である。

 

「よう」

「ちゃんと安静にしているな?」

 

 そんな二人のいる医務室に、二人の男が訪れた。

 トビーと大駕にとっては知らない人物なので、大駕がガラス越しに問いかけた。

 

「…アンタらは?」

「ああ、そういや自己紹介がまだだったな。

 オレはアマディス・クアーク、『ガンダム・フォカロル』のパイロットをやってる」

「私はソロモン・カルネシエルと言う。『ガンダム・オセ』のパイロットだ。よろしく」

「アグニカの仲間、と言やぁ分かりやすいか?」

 

 ガンダム・フレームのパイロットでアグニカの仲間、と聞いて、トビーと大駕は驚いたような表情を見せた。

 アマディスとソロモンは笑みを浮かべた後、口元を下げたソロモンが話の続きを始める。

 

「キミ達のコトは、スヴァハから聞いている。又聞きでしか無く、当事者ではない私がこのようなコトを言うのは、不愉快に思うかも知れんが――災難だったな」

「ああ、いやそんな…」

「―――何しに来たんだ」

 

 トビーが遠慮するかのように言う反面、大駕は眉を(ひそ)めて本題に入るように促す。数年前と数時間前で、身内を失った時期が違うコトも有るだろうが、反応の違いから二人の性格の違いをソロモンは感じ取った。

 大駕の追及に近い低い声に対し、アマディスは肩をすくめる。

 

「何、と言われても…ただの挨拶だよ。事情がどうあれ、お前達はこれからオレ達の仲間になる。互いに命を預ける相手だし、命を預けられる相手だ。互いのコトを知るのは必要だろう。

 本来なら、アグニカとスヴァハも一緒に来る所なんだが――アイツらは現在お取り込み中だ。オレらはまだ馬に蹴られたくねぇから、アイツらとの挨拶はまたの機会と言うコトで了解してくれ」

「お取り込み、って…?」

「仕事か? こんな夜に?」

 

 首を傾げる子供達に対し、アマディスは言いよどんでしまう。どうすれば上手く説明出来るか、アマディスは言葉に迷った。

 そんなアマディスの横に立つ大人、ソロモンからフォローが入る。

 

「つまり――アグニカは優しいから、キミ達を戦わせたくないと思っている。

 だが、アグニカの背負う使命はこの世界から全てのMAを殲滅し尽くすコト。これは、アグニカが一人でやるにはあまりに重いモノだ。手段を選んでいる余裕など無いし、そもそもそんな悠長なコトをしていたら、MAの殲滅より先に人類が滅びる。今の人類には、余裕も猶予も残されていない。保護した以上は無駄飯を食わせる訳にも行かないから、キミ達にも戦ってもらわねばならない」

 

 かつてトリテミウス・カルネシエルと名乗り、エイハブ・バーラエナの隣に立っていた時と同等か、それ以上の真面目な口調でソロモンは説明する。

 

「しかし、キミ達はまだ年端の行かぬ子供だ。キミ達にはあらゆる可能性が有る。キミ達くらいの年齢なら、これから先何にだってなれる。ただ、ガンダム・フレームに乗ってMAと戦うと言うコトは、キミ達からその可能性を摘み取る行為だ。戦場では、人の命など簡単に失われる。ガンダムに乗ると言うなら尚更、キミ達の命は危険に晒される。外からも内からも、キミ達は脅かされるコトになる。

 アグニカには、それが我慢ならないんだ。キミ達には危険な目に遭ってほしくない、と願っている。だが、キミ達がガンダムの力を十二分に引き出せる以上、戦場でMAと戦わせ、殺させるのがアグニカが立場上やらねばならないコトだ。アグニカは自分の気持ちと使命、この二つの間で葛藤している。

 だから、きっと今も一人で悩んでいる。そして、スヴァハはそれを心から気にかけている。お取り込み中、と言うのは即ちそういうコトだ」

 

 とてつもなく丁寧で真面目な説明を終えたソロモンに対して、その横でそれを聞いていたアマディスは。

 

「――アンタ、そんな真面目に話せたのか…!?」

「失礼な奴だな。私はただ、この二人にアグニカの心情をこの上無く正確に解説しただけだ。彼らにはアグニカの良さを存分に知ってもらい、あわよくば信仰対象としてもらわねばならん! そして究極としてアグニカファンクラブのゴールデン会員とn」

「アグニカを宗教の御神体か何かだと思ってんのかアンタは…そういう風に祭り上げられた結果、アグニカが苦しんでるのはアンタにも分かってんだろ」

「…それはそうだな。なればこそ、我々はアグニカを後ろから支えてやらねばなるまい。スヴァハがそのメインになるだろうが、私達とてアグニカチームだからな。

 ――アグニカチーム。私が、アグニカのチームの一員! フフフフフヒヒヒヒ…!」

「オイ、せっかく良いコト言ってたのにテメェでそれをブッ壊してんじゃねぇ」

 

 真面目な大人なのか、大人げ無いアグニカのファンなのかよく分からなくなってきたソロモン・カルネシエル(三十八)である。普段から百パーセント真面目にやってれば、心底敬える良い大人なのにな――と、アマディスは思う。

 何故コイツはギャグに走ってしまうのだろうか。

 何故ノリの軽い、アグニカバエル馬鹿になりつつあるのだろうか。

 かのエイハブ・バーラエナの助手までやっていたのだから、頭が悪いハズも無いというのに。悪いどころか、世界最高峰の天才科学者でもあるハズなのだが――バカと天才は紙一重、とは誰が言った。

 

「…何でだ? オレはMAを殺したいから、あの人が差し出した手を取った。それなのに何で、あの人が悩む必要が有るんだ?」

 

 心底分からない、と言った口振りで、大駕はアマディスとソロモンに問う。

 それに、アマディスが髪を掻いて、少し困ったように答えた。

 

「それはアレだ。ソロモンの言った通り、アグニカが優しい奴だからだろ。優しすぎるんだよ、アイツは。こんな時代で生きるにしてはよ。

 アイツは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。全く、とんでもねぇお人好しっぷりだ」

「お人好し、と言うにしても行き過ぎではあるが…だからこそ、私はアグニカを信奉している。それ故に私は、アグニカと共に戦いたいと思ったのだ」

 

 アグニカの優しさは、エイハブさんに繋がる所でもあるな――とソロモンは思ったが、声には出さずに、自らの胸中へとしまい込んだ。

 

(――私はまだ、あの人の背中を見ているだけなのかも知れんな…)

「まあ、アグニカ・カイエルってのはそういう奴なのさ。スヴァハはそんなアグニカをほっとけない、お節介な世話焼きだ。お前達も、アグニカが無理してると思ったら手伝ってやってくれ」

 

 そう言って、二人は医務室から退散した。

 残されたトビーと大駕は、治療カプセルに身体を預けたまま、アマディスとソロモンが残した言葉を咀嚼する。

 

「お人好し、か…」

「―――何だ、それは?」

 

 

   ◇

 

 

 保護した少年――大駕・コリンズを医務室に預けて以降、彼を連れ帰った張本人であるアグニカ・カイエルは、自分の部屋に閉じこもってしまった。

 私ことスヴァハ・リンレスは今、そんなアグニカの部屋の前に立っている。

 

(アグニカ…)

 

 部屋のドアにロックはかかっていない。ドア近くの壁に設置されたタッチパネルを使えば、開けるコトは出来る。

 ――けど、それはしない。出来ない、と言うのが正しいかも知れない。部屋のドアの前に立ちこそしたが、私はまだ、アグニカにかける声を見つけられていない。

 開けて何になる?

 どんな声をかける?

 それが、私には分からないのだ。

 

 トビー・メイと大駕・コリンズ。

 ロサンゼルスで、十五にもならない少年を二人、アグニカはスカウトした。ガンダム・フレームのパイロットをやってもらう為に。MAと戦ってもらう為に。

 そしてそれを、アグニカは責めている。アグニカは、子供と言える年齢の孤児達を戦場へ出すのを、快く思っていない。これは、個人的なアグニカの主観であり、本心だ。

 

 しかし、アグニカはMAを殲滅する為に、ガンダム・フレームのチームを率いて戦っている。その戦いに勝利する為には、より多くのガンダム・フレームを完全稼働させ、出会ったMAの全てを叩き潰さねばならない。その為には、使えるモノは何でも使わねばやってられない。例え子供を戦場に立たせねばならないとしても、それがMAの殲滅に繋がるなら迷わず実行する。これがアグニカの置かれた立場であり、アグニカに課せられた使命である。

 

 アグニカは今、自分の想いと使命に挟まれ、押し潰されている状態と言える。

 二人を戦わせたくない。

 二人を戦わせなければならない。

 矛盾する二つのモノに板挟みとされていて、使命の為に少年達を戦場へと赴かせる「ヘイムダルのアグニカ・カイエル」を、そんなコトをさせるのは間違っていると叫ぶ「個人としてのアグニカ・カイエル」が責めている。

 

 なら、私はどうすれば良い?

 私はアグニカチームの副官、言わばナンバーツーであり、アグニカを補佐し支える立場に有る。アグニカが困っているならば、それを助けなければならない。

 それ以上に、私はアグニカを助けたいと思っている。役職など関わりなく、一個人としてアグニカを支えてあげたい。

 

 アグニカとは逆に、使命と想いが一致している。

 アグニカを助けるコトは私がやらねばならないコトであり、私がやりたいコトでもある。

 なら後は、実行するのみなのだが――どうすれば良いんだろう。

 どんな風に声をかければ、アグニカは立ち直ってくれるのか―――

 

「…アグニカ、いる?」

 

 ――それを考える前に、口は勝手に動いていた。

 まだ何を言うべきか分からないけど、うん。長々と考えて一人で悶々としているよりは、きっとこの方が良いんだろう。

 

「――スヴァハか」

 

 部屋の中から、アグニカの返事がした。その声は少し消沈しているようにも、苛立っているようにも聞こえる。あまり聞いたコトの無い声音だ。

 

「こんな時間にゴメンね。…入っても良い?」

 

 けど、私は気にせず続ける。この程度で怯んでいたら、唐突に叫び出したりするお父さんの相手はやってられない。

 それに、こんな時に不謹慎だけど――アグニカの色んな声が聞けるのは、ちょっと嬉しいかなーと思ったりも…って、何考えてんだ私。

 

「好きにしろ」

 

 アグニカはぶっきらぼうにそう言った。

 ――普段なら、こんな深夜に私と密室に二人きりになるなんて事態は、何としても避けようとするハズなのに。やっぱり、今日のアグニカはちょっとおかしい。

 とにかく、声と共に頷いてからパネルを叩き、アグニカの部屋の中へと進入する。その後、ドアを閉めて念の為ロック。部屋の中は暗く、当のアグニカはベッドに腰掛けた状態で手を組んで額を乗せ、うなだれている。堅苦しく仰々しい制服は上の詰め襟だけが脱がれ、本人はカッターシャツとズボンだけになっていた。

 そして、心なしか、燃えるような色の赤い髪の跳ねっぷりにも元気が見られない。

 

「…寝てないなら、部屋の電気は点けた方が良いと思うよ。部屋が暗いと、気持ちまで暗くなっちゃうんじゃないかな」

 

 アグニカの隣に座って、その役目を果たしていない天井のライトを見上げる。改めて暗い部屋を見回すと、脱ぎ捨てられた制服の肩掛けと詰め襟が床に転がっている。…帰る時に片付けておこう。

 

「――今、そんな気分じゃない」

「うん、分かってる。――あの子達の、トビーと大駕のコトだよね?」

 

 アグニカは沈黙を以て、それを肯定した。

 他の奴がどうなろうが知ったコトか、と切り捨てられるような人ではない。家族への想いとMAへの憎悪を煽り、二人を戦場へと(いざな)ったコトで、アグニカは自分を責めている。二人を戦わせないようにしたいだろうが、立場の問題から、自分を責めるコトしか出来ない。

 

 そしてそれは、先日トビーをアグニカがヘイムダルに引き入れた後、私がアグニカに言った言葉によって後押しされてしまった。

 アグニカの抱く使命から、そうするしかないコトは理解していたハズだ。使命の為に自分の想いを押し殺し、仮面を被るしかないのだと分かっていたハズだ。

 けれど、私はアグニカを責めてしまった。「あんな子供を戦わせるのか」と。そうさせたくないと思っているのは、他ならぬアグニカだと。

 私には、それを理解するコトが出来たハズなのに――出来なかった。

 

 私のやるべきコトは、私のやりたいコトはそうじゃないハズだ。

 私の役目は、アグニカを責めるコトじゃない。

 アグニカを助けるコトだ。アグニカの背負っているモノを、一緒に背負うコトだ。

 

「アグニカが、自分の使命と自分の想いに潰されそうなのは分かってる。戦わせたくないのに、戦わせなくちゃならない。知った風に言えるコトじゃないけど、それはすっごく、とっても重いんだと思う。

 ――でも、それは必ずしもアグニカだけが背負うべきモノじゃない。アグニカが一人で抱え込んで、苦しまなくちゃならないなんてコト無い」

「―――」

「アグニカ。それ、私も背負っていいかな?」

 

 アグニカは俯いたまま、目線を合わせようとしない。けど、私は構わず更に続きを口にする。

 

「私はアグニカの仲間で、友達で――だから、私も一緒に、貴方の背負っているモノを背負いたい。一人で抱え込んで、苦しんでほしくない。いや、私も背負うし苦しませない。絶対だからね」

「…お前」

「私だけじゃないよ。きっとアマディスもソロモンさんも、トビーと大駕だってそう思ってる。アグニカは一人で戦ってるんじゃなくて、皆で戦ってる。だから、貴方が背負ってるモノは私たちも一緒に背負う。

 あ、私たちが背負いたくて背負うんだから、アグニカは『俺が不甲斐ないせいで皆に迷惑を』とか考えちゃダメだよ。絶対」

 

 人差し指を立てて突き出し、あらかじめ忠告しておく。アグニカは優しいんだけど、優しすぎて卑屈になっちゃう所も有るからね。

 

「…悪い、迷惑をかけちまった。俺がウジウジしてたせいで――」

「全然迷惑じゃないから、そんな風に自己嫌悪しないの。私はただ、アグニカを励ましたいと思ってやっただけだもん。

 アグニカは、笑顔の時が一番カッコいいからね。もっと笑ってほしいなーと思って」

「―――ありがとな、スヴァハ」

 

 アグニカは顔を上げて、笑顔を見せてくれた。

 うんうん、やっぱりアグニカはこうでなくっちゃね。せっかくイケメンなんだから、笑ってなきゃ。

 

「あのー…ところでスヴァハさん」

「どうしたの? いきなりかしこまって」

「いやその…慰めてもらっておきながら大変申し訳無いんだが、そろそろ自室に戻って頂けないでしょうかね…?」

「ひ、酷い! 追い出すなんて酷いよアグニカ!」

 

 大袈裟めに言って目尻を押さえてみると、アグニカは慌てふためいてその根拠を説明し始めた。

 

「違、いやこれはスヴァハの為であってだな! 夜に閉め切られた部屋で二人きりになるとですね、その――俺の理性が保つか大変怪しい所なので…」

 

 …成る程。だが、ここで大人しく引き下がる私ではない! アタックフェーイズ!

 

「嫌」

「えっ」

「今日はここで寝るもん。あんなに慰めたんだし、代わりにアグニカを抱き枕にしてやるんだもん」

「それは理論が破綻してると思うんですけど」

「破綻してないって。私がアグニカを慰めてあげたんだから、アグニカも私に何かすべきじゃない?」

「お、おう?」

「なので! 今晩は私の抱き枕になってもらおうかアグニカちゃん!」

「勘弁して下さいスヴァハ様…てかガチでやめてくれ、真面目に襲ってしまうかも知れないんで…。そうすると取り返しが付きませんので…。お返しはまた今度、何かで埋め合わせますので…どうかご容赦下さいませ…」

 

 ベッドの上でまさかの土下座を敢行し、懇願してくるアグニカ・カイエル。ガンダムチームのリーダーとは思えない有り様だ。

 

 …流石にこれ以上は困らせちゃうかな。

 残念だけど、無理強いは良くないもんね。

 ――襲ってくれても、私は別に良かったんだけどなぁ。

 

「仕方無いか。じゃあ、今日は帰るね」

 

 そう言ってベッドから立ち上がり、床に散らばったアグニカの服を速やかに回収してハンガーに掛けておき、お礼を言ってきたアグニカを背に、ドアを開けて通路へ出た。

 

「おやすみ、アグニカ」

「ああ…お休み、スヴァハ」

 

 

   ◇

 

 

 翌日。

 その日はヘイムダルのアグニカチームを乗せるラファイエット級汎用戦艦「ゲーティア」が、アメリア合衆国のキャリフォルニア・ベースを出航する日だった。

 とは言え、艦の指揮は艦長たるディリゲント・バンクスの仕事。出航時の挨拶くらいしかやるコトが無い為、いつも通りの時間に起床し、いつも通りの時間に部屋を出て、艦のブリッジに向かったアグニカ・カイエルは。

 

「…何だ」

 

 絡まれた。

 艦のブリッジに入った瞬間に、その胸ぐらを掴まれたのである。

 

「オイ、アグニカ」

 

 そうしたのは「ガンダム・フォカロル」のパイロット、アマディス・クアーク。アグニカの親友であるが、口調が少し荒いが仲間想いな男だ。

 そんな彼は普段より声を低め、アグニカに突っかかっている。…ご機嫌斜めと言うより、物申したいコトが有るのだろうと、長い付き合いからアグニカは察した。

 

「お前だけで全部背負おうとしてんじゃねぇ! お前はオレらを、仲間を何だと思ってやがる!?」

 

 そのアマディスの訴えは、昨夜スヴァハがアグニカに言ったコトとほぼ同じだった。アグニカはアマディスに胸ぐらを掴まれながらも、ブリッジにいるスヴァハに視線を送る。

 目が合ったスヴァハは、アグニカの視線による追及に人懐っこい笑顔を返す。スヴァハが皆に話したらしい、とアグニカは悟った。

 

「アグニカ。ディヤウスがわざわざ、ガンダムのパイロット達にチームを組ませた意味が、分かっていない訳ではなかろう。

 ヘイムダルのパイロットは若年者が多い。背中を預け合い、共に戦い、互いに支え合う。そんな『仲間』の意味は、国の軍隊とは比べ物にならないほど大きいモノだ」

 

 ――スヴァハとアマディスだけでなく、ブリッジにはソロモンに加え、トビーと大駕までいる。アグニカチームのガンダムパイロットが勢揃いした状況だが、全員とも同意見のご様子だ。

 

「なぁ。アンタがそんなコトを思うのが何故かは分からないが、勝手に責任を感じるな。確かに、提案したのはアンタだが――オレ達は、()()()()()()()()()()()()()

「うん。MAを倒して、皆を守る――それは、アグニカさんから押し付けられたからやる訳じゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 大駕とトビーは、アマディスに締め上げられたままのアグニカに向けて、確固たる意志を持ってそう言った。

 呆気に取られたアグニカを、アマディスは無言で解放した。踏ん張れず座り込んだアグニカに、手が差し出される。

 

「行こう、皆で。ね、アグニカ」

 

 そのスヴァハの手を、アグニカは。

 

「―――ああ」

 

 笑顔を浮かべて、握り返した。

 手を引かれて、アグニカは立ち上がり――正面を真っ直ぐ向き、前を見据えた。

 

「ゲーティア、出航だ! 行くぞ!!」

『おっしゃあ!!』

 

 悪魔の母艦が、青々と広がる大空へと飛び立つ。

 

 向かうは新たな戦場。

 目指すは天使の誅戮。

 それこそが世界の光(ヘイムダル)――人類に希望の光を齎す、英雄の率いし一群(Goetic Demons)の天命であるが故に。




第二十二話「悪夢に沈む空の下で」をご覧頂き、ありがとうございました。

今回で、アメリア合衆国編は終了となります。
もう既に第四章の七話目なのに一国しか終わってない上、スケールがやべーコトになったの草バエル。
単純計算だと四章だけで七十話…いや、同じ話数になるとは思えないですけど。
しかしこっから先、どうやって九ヶ国分も切り抜ければ良いんだ…?(オイ作者)
これ以上のスケールの戦い、まだ書く訳には行かないんですよね…まだ。

今回のシーンをイメージした落書き

【挿絵表示】



《新規キャラクター》
大駕(たいが)・コリンズ
・ガンダム・グラシャラボラスのパイロット。
・ロサンゼルスの生き残りの少年。MAへの復讐を原動力とし、これから戦場で暴れ回る予定。


《今回のまとめ》
・ロサンゼルス、ほぼ全滅
・アグニカチームにまた仲間が増えた
・アメリア合衆国軍第一MS部隊は仲が良い
・マリベル「私、ショックです」
・アグニカはお人好し(重症)
・アグスヴァ爆発しろ




次回「失われた悪魔」
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