厄祭の英雄 -The Legend of the Calamity War-《完結》 作:アグニ会幹部
時の流れの早さに恐れおののくと共に、己が怠慢を猛省したい次第。
1000パーセント出来ないだろうなと思いつつも、元日に「今年中完結」とかいう目標を掲げた身としては、もうちょっとやる気を出さねばマズい…。
今年は前作(ガンダムバーサス)比724パーセントの売上を達成するであろうマキオン家庭版が出るので、それまでに頑張って進めねば。出たらどうせそれしかやらなくなるからね。
今回はラストの幕間がとっても重要。
最後のセリフになってる名詞は、覚えておいて頂かないとこれからスムーズ、かつ快適にお読み頂けないレベルの超重要情報になっております。
三国共同戦線の下、実行された「オデッサ奪還作戦」は、多くの援軍も有り、無事に完遂された。
これは、モビルアーマーが展開していた三国同時侵攻作戦を粉砕した形となる。また、国を越えての共同戦線が効果を発揮したコトは、今後人類が一種族として団結する大きな理由となりうる。MAという人類共通の脅威に対し、やがて総力戦を強いられるであろうコトは、聡い者ならば誰もが感じているコトだ。そう言った面に於いても、今回の作戦の成功は大きな反撃の一歩と言えるだろう。
しかし、予測されていたコトではあったが、オデッサに住んでいた人々は全滅。そればかりか、その遺体はオデッサのシェルターの外壁に吊されるという、あまりに
置き土産にしても悪趣味が過ぎており、ロス・ナイトメアの時に確認された人間爆弾といい、MAの残虐性は増していると感じられる。
『それぞれ、事後報告は受けましたかな?』
『無論だ。――MAもタガが外れて来ているようですな。論理的に考えれば、何の意味も無い行為だと言うのに』
『あの処置は、間違い無く我々の憎悪を煽る為のモノだろうな。人類特有の「感情」を逆撫でする為にあんなコトをした。奴らはAIでありながら、我々のコトを随分と理解しているらしい』
作戦終了後、参加した三国の首脳――ユーラシア連邦大統領アルテョム・ドミートリエヴナ・ユーリエフとイングランド統合連合国首相チャーリー・デイビス、アラビア王国国王ムスタファ・ビン・ナーイフは、ヘイムダルが構築しつつあるLCSレーザー通信網「アリアドネ」を利用し、秘密会談を行っていた。
作戦自体は文句無しの成功だったと言うのに、三人の表情には影が落ちている。
原因は明白――オデッサの住民に対し、MAが行った所業である。MAにオデッサが占拠された時点で、住民が犠牲になったコトは想定していたが、まさかここまでやられるとは思っていなかった。
『――やりきれませんな』
『全くだ。…しかし、作戦が成功したのはひとまず進展と言えよう。ヘイムダルもよく協力、貢献してくれた』
『MAの殲滅は、彼らの存在意義にして至上命題でもあります。これぐらい働いて頂かねば、我々も出資した意味が無い』
『組織と言う個の為ではなく、人類全体の為に動くべき…動かねばならないのが、ヘイムダルと言う組織。素晴らしい全体主義です』
『ハハハ、アルテョム君。キミからすれば、それはさぞヘイムダルは素晴らしい組織だろうさ』
ムスタファ王の言葉を受け、アルテョム大統領はくつくつと笑う。チャーリー首相は咳払いをし、改めて謝辞を申し上げる。
『…アルテョム殿、ムスタファ王。この度は我が国の都市であるオデッサの奪還作戦にご協力頂き、誠に感謝申し上げます』
『何、構いません。あの場所を拠点として確立されては、我が国の首都たるモスクワへの侵攻もあり得ましたからな』
『アラビアとて同様だ。主要都市であるイスタンブールを攻められるのは、面白いコトではない。この度の作戦に於いて、三国の利害は一致していた』
『―――ありがとうございます。ただ、僭越ながら私の私見を述べさせて頂いてもよろしいですか?』
二人の了承を得て、チャーリーはこう述べた。
『ムスタファ王の仰られた通り、この作戦に於ける我々三国の利害は一致しました。我々にとって、利となるはオデッサの奪還。
我がイングランドは自国の都市を占領され、内陸から欧州の主要都市へ攻め込まれる恐れが有りました。ユーラシアは首都モスクワを攻撃対象とされ、アラビアはイスタンブールから、エルサレムなどの聖地まで攻められる可能性が有った。オデッサの奪還は急務と言える事項でした』
『然り。しかし、それが何だと言うのかね? 我らにとっての害とは、奴らにとっての利だ』
『ええ。
その言葉を受けて、二人は息を詰まらせた。
『MAの戦力は膨大であり、制空権を抑えている以上、三国に対する即時侵攻は難しいコトではなかったハズです。三国全てを相手にしなくても、例えば我が国に対してオデッサに存在する戦力全てをぶつければ、かなり奥深くまで攻め入るコトは出来たと推測出来ます。
今回の作戦に限った話でなく、一国でも落とせたならば、人類の滅亡も現実味を帯びて来る。そうするだけの戦力は有るハズなのに――何故、そうしないのか? これを、私は疑問に思っています』
『…何が、言いたいのですか?』
『――我々は、
チャーリーの推測に対し、ムスタファは鼻で笑って言う。
『ハッ。心無きまま合理的に、人類滅亡の為に動くMAがそんなコトをして、一体奴らに何の益が有ると言うのだ?
イングランドはともかくにせよ、ユーラシアもアラビアも自然環境が厳しい。それに手をこまねき、速攻が出来なかった。我々はその間に共同戦線の算段を整え、奴らの目論見を見事に叩き潰した。それだけの話だろう。キミは考え過ぎなのだよ、チャーリー君』
『…私も、ムスタファ王と同じ意見です。デイビス首相、貴方の意見には憶測――妄想とさえ言えるモノが含まれているように思う。人類の現状に懸念を抱き、MAの動向に対して過敏になる気持ちは分かります。しかし、答えが定かでなく、確かめようも無いコトを考えるのは全体の為にもならないかと』
『それは――そう、ですが』
二人の意見を尤もだと判断し、チャーリーはしどろもどろながら頷いた。
『とは言え、興味深い意見だった。頭の片隅に留め置いておくとしよう』
『ムスタファ王の仰る通りです。何にせよ、この度の件に関しては、また十国の首脳で意見を交わす必要性が有りそうですね』
『ええ。ではまたスケジュールを調整しつつ、十国首脳による通信を行いましょう』
『ああ、そうしよう。チャーリー君、エミリアナ女王にもよろしく伝えてくれたまえ』
『承知致しました』
◇
作戦終了後、オデッサでは犠牲者への簡単な追悼式が実施された。無事な死体はゼロに等しく、また人間爆弾等の関係でシェルター外から中への移動は極力制限されている為、身元が判明し次第、遺族には遺骨のみが届けられるコトになるだろう。
「…クソ」
「どうした」
アグニカチームからの増援として来た「ガンダム・グラシャラボラス」の
「あのクソどもに腹が立っただけだ。何であんな…あんな鉄クズに、たくさんの人が殺されなきゃならないんだろうって」
「――さァな。考えて分かるコトでもねぇし、きっと聞いても理解出来ないコトだ。オレ達は、今やれるコトをやるしかねぇのさ」
「モビルスーツが出来て、ガンダムが出来ても――ここの人達は死んだ」
「それでもさ。…この戦争の趨勢なんて、オレには分からない。そんなコトは、ディヤウスさんやアグニカが考えるコトだ。オレの仕事じゃないし、柄でもない。
オレ達の役割は、この手の届く範囲にいる人を助けるコトだ。オレ達が戦って、死ぬ奴が一人でも減るなら儲けモンなんだよ。それなら、オレ達の戦いにも意味が有る」
顔を上げ、アマディスは赤い空に手を伸ばして見せる。一方、大駕は俯いたままだ。
「…オレは、復讐の為に戦ってる。自分の為だ」
「良いんだよ。人間、自分の為にしか行動出来ないからな。それがたまたま誰かの為になるコトも有るってだけだ。オレだって偉そうに宣ったが、最終的には自己満でしかねぇ。…共産主義者の手前、あんまり言うと殺されそうだが」
「共産主義者、って何?」
「…そういうの見ると、オレちょっと安心するわ」
「馬鹿にしてるの? オレはそれを知らないってコトを知ってる」
「共産主義者は知らねぇのに何で
というかお前は休め。『覚醒』使って、身体はボロボロだろうが」
「覚醒」は、機体に「悪魔」を宿すガンダム・フレーム特有の能力だ。ガンダム・フレームのパイロットとは、即ちこの悪魔との「契約者」。悪魔に供物を捧げるコトで、悪魔は相応の力を解放する。この供物…対価とさえ呼ぶべきモノが何なのかは、悪魔によってまちまちである。
グラシャラボラスが契約者たる大駕に要求したのは、肉体だ。今回「覚醒」を行ったコトで、彼の左手は炭化し、見るも無惨な様になり果てた。今は包帯を巻き、ギプスで固定されている。きっとこれから「覚醒」を使い続ければ、炭化する場所はどんどん増えて行き――全身に広がり、死ぬのだろう。
「明日には帰路について、三日後までにアグニカ達と合流する手筈だ。移動はオレがやる、お前はとにかく休んどけ。…コクピットの中じゃ、なかなかそうも行かねぇかも知れねぇが」
「分かった」
最後の援軍だった「ガンダム・パイモン」のカロム・イシューは、少し離れた場所から二人の会話を見守っていた。カロムの下に、部隊の一人が報告に来る。
「カロム様」
「…あんな小さい子まで、戦場に駆り出さねばならないなんてね」
「――はい。由々しきコトです」
カロムは歯噛みするが、赤の他人でしかない自分が何を言っても、復讐に燃える少年に届かないコトは分かっていた。
だから、何も言えない。言う資格も無い。自分だって、誰とも分からない奴に上から目線で知ったような口を聞かれれば、腰の刀を抜くだろう。斬り捨てるまでは行かないが、そうして黙らせる。
カロムがやるコトは、これから肩を並べて戦う時が有るなら、信頼してその背を預けるコトだけだ。
「ええ。…それでシグルズ、何の用かしら?」
「は。我が部隊に、新たな任務が入っております。速やかに出立せよ、との命令です」
「聞き届けたわ。行くわよ、付いて来なさい」
「無論です。我ら、
この世にMAが蔓延る限り、ヘイムダルにノンビリ休む時など無い。MAを倒し続けるコトが、ヘイムダルの存在意義である。
◇
レタ・クィルター。「ガンダム・ベレト」のパイロットは、機体の前で真っ白に変色した右手を眺めていた。それは、ベレトの力を引き出した代償だ。夕陽に照らされているのにも関わらず、手は真っ白のままである。おまけに影も出来ない。
全く以て不可思議だが、非科学的存在の「悪魔」に頼るとはそう言うコトだ。普段の生活に支障を来さないのは良いが、とにかく不気味と感じる。
「はぁ…」
レタは憂鬱だった。
彼女は、「ガンダム・デカラビア」のクジナ・ウーリーのように、自分で選んでガンダム・フレームに乗った訳ではない。元々孤児であった所をヘイムダルに保護され、パイロットとなるべく育てられたのである。
それは良い。自分が戦うコトで助かる命が有るなら戦いたいと思うし、適合したガンダム・ベレトにレタは愛着を持ち、敬意を払っている。共に戦えるコトは誇らしいコトだ。
一方で、レタは一つ願望を持っている。
誰かに恋をしてみたい。誰かを好きになってみたい、と言うモノだ。何も珍しくない、誰しもが思うごく普通の夢と言える。
しかし、ガンダムのパイロットとして戦っている以上、その夢を叶える望みは限りなく少ない。手がこんなでは、更に夢は叶い難くなるだろう。
一度、レタは愛情を調停する悪魔でもあるベレトに「私は良い人と巡り会えるのでしょうか」と、何となく問い掛けたコトが有る。その時、答えを知りながらもベレトが言葉を濁したコトを、レタは感じ取った。
「身体に不調は有るか、レタ」
その時、チームリーダーにして「ガンダム・アスモデウス」のパイロットであるフェンリス・ファリドが現れた。レタは白い手を見せつつ、答える。
「戦いに支障は有りません。…手は変になっちゃいましたけど」
「嫌なのか?」
「不気味だと思います。夕陽に当たっても、影すら出来ないですからね。――本当なら、大駕さんみたいになっててもおかしくありませんから…ベレト様は手心を加えて下さったのでしょう」
「そう悲観するコトでもないだろう」
「こんな手じゃ気味悪がられます。お嫁に行けなくなってしまいました」
「――そんなコトは無い。綺麗な手だ」
その言葉を受けて、レタは三十センチ以上も上に有るフェンリスの顔を見上げた。
「それは、キミが代償を恐れず、勇気を振り絞って全力で戦った証だ。勲章と言えるだろう。
――礼を言う、レタ。あの時、キミが『覚醒』をしていなければ、我々は危なかったやもしれん」
レタはしばし、フェンリスの瞳を吸い込まれるように見つめ――破顔した。
「礼を言うなら、一つお願いして良いですか?」
「願い? …聞こう。私に叶えられるなら叶える」
「この戦争が終わって、嫁の貰い手が見つからなかったら――嫁に貰ってくれませんか?」
「…そんなコト、軽々しく言うモノではない」
「いえ、私は本気ですよ? これから全身真っ白になったりしたら、貰ってくれる人は本当にいないでしょうし。今の内に用意しておこうと思って」
笑顔でそうのたまうレタを前に、フェンリスは呆れたように息を吐く。
「――分かった。そうなったらな」
「フフ、ありがとうございます。…戦争が終わる前に、死んじゃうかも知れませんけど」
「不吉なコトを言うな。――とは言え、明日の行方も分からないのが現実ではあるな」
その時、フェンリスの持つ通信機が振動した。画面のボタンを押し、フェンリスは通信に出た。
「――了解した。すぐに戻る。では」
「…どうしました?」
「次の任務が入った。私はこれから『リングヴィ』のブリッジに向かう。ガンダムは全機、リングヴィに積み込んでくれ」
「分かりました」
◇
「まずは!! 作戦成功、おめでとう!!!」
ユーラシア連邦軍「スヴィエート部隊」は、母艦の近くで祝勝会を開催していた。最高司令官アーイスト・スヴィエートの音頭による乾杯の後、一斉に全員がウイスキー(原液)を呷る。
「しかし司令。今回オデッサに起きた惨状は、他の都市でも充分に起こり得る事態です。これから軍として、どのような対策をお取りになるのですか?」
「ハーッハッハッハ、全く堅苦しいな
「は、申し訳有りません」
「まぁ良い! ちなみに答えとしては――『まだ分からん』!!」
「…とは?」
「今夜、秘密裏に十国首脳による電話会談が行われる!! その決定に応じて、我が軍も対応するコトになるだろう!! だから、私は現状何も考えるコトが出来ないのだ!!!」
秘密裏に、とか言ってる割には堂々と叫んでいるが大丈夫なんだろうか? ――と、それを聞いた誰もが思った。
「だがよ。今回の作戦でオレらが受けた被害は、軽いモノとは言えねぇぞ? 何人も優秀なパイロットを亡くしちまった。どうするんだ?」
「貴様も真面目かイゴォォォォルゥゥァッ!!!
だが案ずるな!!
「司令、コミーは詐称です。そしてその言葉は皮肉です」
「堂々と問題発言すんじゃねぇよ…」
「ハハハハ!! ――まあ真面目に述べるならば! 確かに今回、我が部隊は大きな損害を被った! 非常にまずく、また哀しいコトだ! 近々、我が部隊のみならず、ユーラシア連邦軍のMS運用について全体を見直すコトになるだろう!」
ボリュームはぶっ壊れているものの、アーイストは真面目に返した。アーイスト・スヴィエートは声がデカくうるさいが、やれば出来る子なのだ。
「今回の三国共同戦線は有意義かつ有効なモノだったしな! 今後は国を越えての作戦展開を考えていかねばならない! 一刻も早くMAを殲滅し、安心安全に満ちたクリーンな世界を実現せねばならないからな!! その為にも我らは粉骨砕身し、祖国の為――引いては人類の為に戦うのだ!!」
ジョッキを掲げて、アーイストは改めて直属部隊の精鋭達に宣言する。
「ゆめ忘れるな! この戦いはまだ序章だ!! これから先、誰よりも何処よりも勇敢に戦え!!!」
『――はっ!!』
「そしてその為に、この場で存分にその英気を養いたまえ!! 食って飲んで騒ぐのだァッ!!!」
『やっほーーーう!!!』
◇
馬鹿騒ぎするユーラシア連邦軍の皆様を傍目に見て、「ガンダム・キマリス」のクリウス・ボードウィンと「ガンダム・デカラビア」のクジナ・ウーリーは呆れたように呟く。
「――メンタル凄いな…」
「何だかな。まあアレくらいのノリじゃねぇと、こんな戦争やってられねぇのは分かるんだが――何万もの人が死んだ場所で馬鹿騒ぎすんのは、かなり不謹慎と言うか何というか…」
この戦争は狂っている。
同じように彼らも狂っている。その方が楽だし、ゴチャゴチャと考え込まずに済む。精神的負荷を考えれば、合理的であるのは確かである。彼らを「異常だ」と断ずるのは容易いし、事実その通りだ。
だが――狂った世界の中で狂わずにいる方が、狂っているのだと言えなくもない。
「――グラツィア?」
ふと、クリウスは物陰へと姿を消す「ガンダム・ボルフリ」のパイロット、グラツィア・アンヴィルを視界に捉えた。そして、それを少し怪訝に思う。
「どうした、クリウス」
「いや――ちょっとトイレに行ってくる」
クジナの下を離れて、クリウスはグラツィアを追って、物陰に顔を覗かせる。
「グラツィ――」
ア、と名前を呼び終わるコトは出来なかった。
クリウスはグラツィアがいるハズの物陰を見て、息を詰まらせた。
「…うっ、うう…」
お嬢様気質で気丈な振る舞いを見せるグラツィアは――しゃがみこみ、膝を抱えてすすり泣いていたのである。
「――グラツィア…?」
「…! クリウス…!?」
クリウスが恐る恐る呼びかけると、グラツィアは驚き顔を上げて、クリウスに視線を向けた。その目元は赤くなり、涙が浮かんでいる。
グラツィアは立ち上がり、逃げ出そうとしたが――クリウスに片腕を掴まれて、後ろへつんのめった。
「…放して!」
「待ってくれ、グラツィア」
「嫌よ! こんな、こんな情けない所見られて、
「何か辛いコトが有るなら話してくれ、俺で良ければ聞く。俺が嫌ならクジナでもレタでも良い。――俺たちはチームだ。放っておけるか」
声を荒げないクリウスの説得で、グラツィアは逃げ出すのを止めた。そして、元通り座り込んで膝を抱える。クリウスは無言でその隣に座り、
グラツィアは再びすすり泣き始めたが、クリウスは何も言わず、ただ横に座っていた。しばらく経って泣き止んだグラツィアが、口を開く。
「…おかしいですわよね」
「何がだ?」
「
「別に、おかしいコトじゃない」
俯いたまま、グラツィアは話を続ける。クリウスは日が沈み、暗くなりだした東の空を見上げて、それを聞く。グラツィアは、泣き顔を見られたがるような性格じゃないからだ。
「…
「――お前は怖がりでも臆病でもない。ガンダム・フレームに乗って、MAと立派に戦ってる。時には自分から前に出て、俺たちを守ってくれる」
「レタと、アグニカの所の男の子を見て――
クリウスは膝を抱えて俯くグラツィアに目を向けて、自分の思うコトを口にする。
「なら、お前より俺の方が怖がりで臆病だな」
「…え?」
「ヴィーンゴールヴで訓練してた時は、辛くてバックレたコトも有る。逃げ出したんだ。でも、お前は逃げ出してなかっただろ?
大丈夫、お前は俺より強い」
強くて優しいお嬢様さ、とクリウスは付け足す。そして、更にこう続ける。
「それに、俺が――俺たちが守る。お嬢様には、お付きの騎士が必要だろ?」
「…それ、お嬢様じゃなくてお姫様じゃない?」
「同じだよ。…まあ、いつもはお前に守られてばっかだから、説得力無いかも知れないけどな」
そう言って肩をすくめて見せると、グラツィアは笑った。
「フフ――じゃあ、今度の戦いは
「え…ええーと、それはキツいかな…? 是非とも助けて下さいお嬢様!」
「さっきと言ってるコト変わってますわよ!?」
◇
翌日。
ヘイムダルのフェンリス・ファリドが率いるチームの母艦たるマッケレル級地上戦艦「リングヴィ」のブリッジには、チームに所属するパイロットが勢揃いしていた。
「次の任務だ。当面の目的地はサンスクリットの主要都市、カルカッタだ」
「…フェンリス。そこまで行くには山脈とか越えなきゃならないんじゃないのか? この艦で行けるのか?」
「そう。まさしくお前の言う通りだ、クリウス。
不可能である!」
「ダメじゃないですか」
レタのツッコミに対して、フェンリスは動じず種明かしをする。
「よって、我々はレキシントン級大型輸送機に乗り換える。物資の搬入は済ませた、後は人を移し変えるのみだ。そら、そこに来てるだろう」
そして、フェンリスはブリッジの右モニターを指し示す。何とそこには、超巨大な大型の空母が鎮座しているではないか。
「い、いつの間に来たんですの!?」
「オイ、昨日はいやがらなかっただろうが」
「我々が寝静まっている内に到着した。朝の内に、優秀なスタッフ達が機体諸々全ての移動を完了してくれた。行くぞ、ここからはしばらく空の旅だ」
それから二十分後、エンジンに火が点いたレキシントン級大型輸送機が動き始めた。全長三百二十メートル、全幅五百三十メートルにもなる鉄の鳥が、滑走路に出る。
「レキシントン級はデカすぎて、的になるんじゃなかったのかー!?」
「残念ながら、これしか手配出来なかったらしい。襲撃されるか否かは運ゲーだな」
「「「ふざけんな!!」」」
「うむ、昨夜の私と全く同じ反応をありがとう。しかし、乗り込んでしまったからにはもう遅い。大人しくフライトを楽しむしかなかろう。
それに、これは対空防御能力と装甲の分厚さには期待が持てるらしいぞ? マヴァットさんがそう言っていた」
「「「信用出来ねぇ!」」」
離陸の為、滑走路を滑り出すレキシントン級大型輸送機。それを地上から見上げて、ユーラシア連邦軍「スヴィエート部隊」司令官アーイスト・スヴィエートは爆笑していた。
「ハハハハハハ!! 全く面白いなヘイムダル!! 制空権はMAが抑えていると言うのに、あんなバカデカい空母で出立とは、自殺志願者かね!!?」
「ヘイムダルにも、色々事情が有るのでしょう…」
「ご愁傷様だなガハハハゲルググオロロロロ!」
「イゴール隊長、笑いながら唐突に吐かないで下さい。吐くならちゃんとゲルググ袋に吐いて下さい」
「よし雅斗、お前はゲロ袋をゲルググ袋と言わない所から始めろ」
スヴィエート部隊の面々が見送る中、フェンリスチームを乗せた大型輸送機は、青い大空へ向けて旅立って行った。
―interlude―
イングランド統合連合国、首都ロンドン。
古くからの建物や博物館を数多く有する街の中心部、ダウニング街十番地には、イングランド統合連合国が成立する以前から使用される首相官邸が存在している。
その執務室で、イングランド統合連合国首相チャーリー・デイビスは、雑務を片付けてから通信を行っていた。
「王子。三国共同戦線は如何でしたか?」
『なかなか面白い作戦だった。…オデッサの住民については心苦しい思いだが、珍しい顔を見れた』
通信相手はイングランド統合連合国第二王子にして、軍の最高司令官でもある男、ヴィンス・ウォーロック。チャーリーに比べればまだまだ若輩だが、その能力は非常に優れている。
『他国軍のトップに直接会う機会はそうそう無い。ましてや同じ作戦について顔を突き合わせて論ずるなど、前例の無いコトだ。時間は短かったが、有意義で面白い作戦会議だったよ』
「左様でございますか。――ん?」
その時、部屋の外で物音がした。警護として立っているSPの怒号らしき声も聞こえる。
『どうした?』
「いえ、少しばかり部屋の外が騒がしく」
『首相官邸でか? しかも、執務室にまで聞こえるとはどういうコトだ?』
「分かりません。申し訳有りませんが、一旦通信を――ッ!」
チャーリーが通信を切ろうとした瞬間、執務室の扉が勢い良く開け放たれた。チャーリーは通信終了のボタンを押そうとした指を止め、扉から部屋の中へ足を踏み入れて来た男に視線を向ける。
扉の外で、SPが血に濡れて倒れているのを、チャーリーは侵入者の男越しに見た。
「…何用だ」
チャーリーは、執務室の机の引き出しに入った護身用のレーザー銃を取り出し、男に向ける。その問いに対し、男はこう述べた――いや、
「報復 実行―――
「―――ミカエr」
通信先のヴィンスに伝えるべく、チャーリーが男の言葉を反芻し終わるより早く――
――眼前の男は、体内から爆散した。
その爆発はチャーリーを一瞬で呑み込み、首相官邸を丸ごと吹き飛ばした。
「…デイビス? デイビス!」
チャーリーの言葉を掻き消す爆発音を最後に、本国の首相官邸との通信は途絶えた。通信先のヴィンスは、ノイズの走る画面に向かって呼びかけるが、応答は無い。
「―――デイビス…ッ」
通信機が拾った爆発音が確かなら、チャーリー・デイビスは死んだのだろう。恐らくはMA「アルメルス」が生み出した、人間爆弾の男が爆発したコトによって。
ではチャーリーは最期に、何を言ったのか?
一体何を、ヴィンスに伝えようとした?
「…『ミカエ』――?」
聞き取れたのは、その三文字だけ。
しかし、チャーリーが言ったのはこれだけではない。その後にも、何かを言おうとした――いや、言ったのだろうが、爆発音にかき消された。
ふと、ヴィンスの脳裏に一つの名詞が浮かんだ。
「…まさか、そんな――いや、しかし…!」
そんなコト有ってたまるか、とヴィンスは吐き捨てようとした。だが、あのチャーリーが何としてもヴィンスに伝えようとした言葉とは、まさか。
「―――『
―interlude out―
第三十話「赤き世界」をご覧頂き、ありがとうございました。
今回でユーラシア連邦編は終了となります。
サブタイトルは夕日+流された血のイメージ。
次回からはイングランド統合連合国編。
第四章、長ぇな…。何でご丁寧に一国ずつなんだ…もう面倒くせぇから飛ばしたい(オイ)
飛ばしたいものの、各国でやりたいコト有るしやるコト有るので、どうしようもないという。プロットもそのように決定済みですので…それも割とキッチリと。
気長にお付き合い下さい。私も気長に書きます(投稿頻度上げろ絶版にすんぞ)
《新規艦船》
レキシントン級大型輸送機
・超巨大な輸送機。
・宇宙世紀のガルダ級大型輸送機みたいな奴。制空権は現状MAが取ってるので、最早的でしかない。対空防御能力と装甲で何とか生き残ろう。
《今回のまとめ》
・作戦は人類勝利で終了
・様々な懸念、葛藤は残る
・イングランドの首相が爆殺される
・「ミカエル」とは?
次回「イングランド統合連合国」