厄祭の英雄 -The Legend of the Calamity War-《完結》 作:アグニ会幹部
キリも良い(多分)
ヘイムダルの母艦「ヴォータン」の撃沈は、アラビア王国海軍の艦隊でも捉えていた。そして、遠方から観測していたが故の、その不可解な現象も。
『殿下、ヘイムダルのマンリー級が撃沈したと…』
「こちらもブリッジから仔細報告を受けた。だが、妙だとは思わなかったか?」
出撃準備を終え、コクピットに座したアラビア王国第一王子ラティーフ・ビン・ナーイフは、忠臣であるケイハズ・タイステラからの通信に、そう聞き返した。
『…やはり、殿下もそうお感じになられましたか』
「うむ。――あのマンリー級のハッチは、進んで艦体から離れたようにすら見えた。ただ破壊された、と言う訳ではなさそうだ」
何か、特殊なコトをされ、結果として分離させられた。それも恐らくは、新型のモビルアーマーに。
「ブリッジ、周辺警戒を厳にするよう徹底しろ。『アブハー』と『ターイフ』にもそう伝えるよう」
『はっ!』
「私のストラスとケイハズのゲルヒルデ出撃に合わせ、モビルスーツ隊は艦の周囲に展開。ヘイムダルのガンダムと合流し、掃討作戦を敢行する」
アラビア王国海軍旗艦、ナーワル級航空母艦「アル・マディーナ」の甲板に、一機のガンダム・フレームとヴァルキュリア・フレームが姿を現す。
甲板に二基設置された射出カタパルトにそれぞれが足を載せると、ガッチリと固定される。
「ラティーフ・ビン・ナーイフ――『ガンダム・ストラス』、出るぞ!」
ガンダム・ストラス。
三十六番目のガンダム・フレームは、ストラス・ルークソードとストラス・ランサーを主武装とする汎用機だ。ストラス・ルークソードは剣型と弓型に変化させられる専用武器であり、二本の曲刀とした剣型での近接戦と、ダインスレイヴとしての運用を可能とする弓型での遠距離戦を両立している。弓型にして武装に内蔵されたスラスターを吹かせれば、ブーメランとして投げるコトも可能である。
ストラス・ランサーは十メートル程の馬上槍となっていて、主にストラス・ルークソードを弓型としている際の突発的な近接戦に用いられる。また、腰部に接続されたレールガン「ティルフィング」も存在し、こちらでもダインスレイヴ用弾頭を運用出来るようになっている。
近距離から遠距離、隙の無い戦いを実現する。
「『ゲルヒルデ』、ケイハズ・タイステラ――出撃致します」
一方、ゲルヒルデはヴァルキュリア・フレーム二番機となっている。
ヴァルキュリア・フレームのMSは元々、高い性能を持つが故にピーキーな機体に仕上がっており、十全に扱うには熟練の技が必要となる。このゲルヒルデもその例に漏れず、武装は「ヴァルキュリア・スピアー」と「ヴァルキュリア・バックラー」のみとシンプルな構成である。
しかし、パイロットのケイハズ・タイステラは、阿頼耶識手術を受けていないにも関わらず、このゲルヒルデを完璧に使いこなして見せるだけの高い技量と経験を有している。
「ヘイムダル、何が有った!? あの奇怪な墜ち方は何だ!?」
「それはこちらが知りたい! 恐らくは新型だろうが、何をされたかは俺達にも分からん!」
ラティーフは「ガンダム・プルソン」を駆るケニング・クジャンに通信するが、ケニングには「分からん」としか答えられない。
敵の正体はこれから探るとした上で、ラティーフはヘイムダルに要請する。
「これから応戦し、敵部隊を撃滅する!
その間お前達には、私の指揮下で動いてもらう。良いな、ヘイムダル」
「はい、分かりましt」
「断固辞退しよう」
「「…は?」」
「ガンダム・マルバス」に乗るミランダ・アリンガムが答えようとしたが、それを遮る者が一名――「ガンダム・イポス」のパイロット、レオナルド・マクティアである。
思わずミランダとラティーフの間の抜けた声が重なってしまったが、レオナルドは平然と続ける。
「私は司令部より、独自行動の免許を与えられている。つまりは『ワンマンアーミー』…たった一人の軍隊なのだよ」
「いや、お前チーム組んでるだろうが。てか司令部ってどこだ」
「馬鹿なコト言ってる場合じゃないですから、良いから協力して敵を倒s」
「免許が有ると言った」
「いや、俺も今回は異論を挟む気は無いから従え」
「聞く耳持たぬ」
ラティーフとミランダのツッコミ、果てにはケニングの指示まで、レオナルドは突っぱねた。横では「また始まったか」と悠矢・スパーク――「ガンダム・ヴァッサゴ」のパイロットが、呆れたように溜め息を吐いている。
ラティーフは機体越しにチラリとミランダの方を見るが、ミランダはマルバスに両手を広げさせて。
「気にしないで下さい。この人は時々こういう訳の分からないコトを言い出すんですよ」
「俺達のチームはレオナルドも含めて指示に従うから、気にしないでくれ」
「…そうか、分かった」
ケニングの言葉が受け、変人についてはとりあえず考えるのをやめたラティーフは、静けさを取り戻した海域を俯瞰する。…見た目ではそうだが、エイハブ・ウェーブの濃度は相変わらず、異常数値を維持しているのだ。
「敵の位置が分からん。ブリッジ、そちらでは観測出来ているか?」
『いえ、こちらも敵の位置は特定出来ません。発振源不明のエイハブ・ウェーブで、レーダーが攪乱されている状況です』
「『ヴォータン』撃沈直前には、艦の真下に敵のエイハブ・ウェーブが観測されました」
「…そいつが新型か」
「恐らくは」
水中で十全に活動出来る機体がいれば、そいつを潜らせて探るなんてコトも出来るのだが――生憎、水中用MSはこの場に無い。
大体のガンダム・フレームは水中での戦闘が可能だが、水中用に調整されていない機体では、ある程度制限が掛かってしまう。正体不明の新型を相手にするには、少々リスクが大きい。
『三時の方角、オマーン湾沖合に多数のエイハブ・ウェーブを観測! 敵の本群と思われます!』
「ようやく、それらしいのがおいでなすったか!」
「あちらの敵は私一人でやる。干渉、手助け、一切無用! 然らば!」
水平線の彼方に、無数のMAの影が現れる。その報告を受けた途端、レオナルド・マクティアの「ガンダム・イポス」が海上を滑り出し、そちらに突撃をかけ始めた。
「な、何て奴だ…!」
「すみません、ウチのバカがすみません!」
「ミランダ、レオナルドを追うぞ! ああは言っているが、一人では厳しいだろう!」
遠ざかって行くイポスの背を追って、ケニング・クジャンの「ガンダム・プルソン」とミランダ・アリンガムの「ガンダム・マルバス」が同じように海上を進んで行く。
止め損ねたラティーフは思わず溜め息を吐くが、一方で動く素振りの無い「ガンダム・ヴァッサゴ」に乗る悠矢・スパークにこう問うた。
「…お前は行かないのか?」
「あの三人なら大丈夫でしょう。それに、私のヴァッサゴは情報収集、解析を主とする機体――未知の新型に近いこちらで動いた方が、都合が良い。
あちらに行け、と言うなら行きますが?」
「――いや、助かる。
MS隊、三時の方角に警戒しつつ引き続き待機! 敵は海中だ、分は悪いが墜ちるなよ!」
『はっ!』
各艦の甲板上に展開するヘキサ・フレームの「ジルダ」で構成されたアラビア王国軍のMS隊からの返事に頷き、ラティーフは改めて悠矢に問う。
「何か得られた情報は?」
「今の所は何も。先ほどの攻撃時、私の機体は出撃準備中でしたので…」
ヴァッサゴの頭部に配された円形のレドームが、不規則に光を発している。周辺警戒、並びにデータを全力で取っているようだ。
「そうか。何か異変が有れば言ってくれ」
「分かりました」
その時――ラティーフの「ガンダム・ストラス」やケイハズの「ゲルヒルデ」、悠矢の「ガンダム・ヴァッサゴ」が載るナーワル級航空母艦「アル・マディーナ」の右舷側に並ぶナーワル級航空母艦「ターイフ」で、変化が起きた。
『エイハブ・ウェーブが真下に――うわぁっ!』
甲板上に二基配置された二連装主砲の一つが、
「何事だ!?」
『ふ、不明です…! 主砲が突然爆発して…!』
「新型の攻撃だ! 対空対海監視、何してる!?」
『監視、万全でしたが…レーダーには何も…!』
「ターイフ」のブリッジからの報告で、ラティーフは怪訝な表情を浮かべた。
「MA本体は元より、
次の瞬間、もう一基の二連装主砲も爆発四散。火災が発生し、「ターイフ」の内部は混乱し始めた。
――しかし、「アル・マディーナ」の甲板上から「ターイフ」を監視していた「ガンダム・ヴァッサゴ」のセンサーは、とある物を捉えていた。
「…これは、そうか――そういうコトか!」
「どうした、ヘイムダル!?」
「データを送る! 我々の母艦が沈んだのも、恐らくはコイツの仕業だ!」
悠矢から送られたデータを見て、ラティーフは驚愕したが――同時に、全ての合点が行った。
「
サイズにしておよそ数センチの子機が、爆発直前の二連装主砲に群がっていた。全ては、この超小型の子機が原因と見て良いだろう。
「コイツが艦のパーツを分解した――だからハッチが自分から離れたかのように壊され、自爆したかの如く主砲が爆発したというコトか…!」
だから、センサーにも反応しない。あまりに小型過ぎるが故に。まさしく、隙を突かれた形だ。
なお、ラティーフ達には知る由も無いが、この小型の子機は「ウーニャ」と名付けられており、新型MA「シャクジエル」によって生産されている。
「手品のタネは暴かれましたが――殿下、如何致しますか? 流石にこのサイズの物まで観測していては、センサーが使い物にならなくなります」
「全機、ワイヤー・ガンを展開! 小型プルーマを取り付かせるな!
――その間に、私のストラスとヴァッサゴで本体を破壊する」
ラティーフの「ガンダム・ストラス」が二本の曲刀「ストラス・ルークソード」の柄を連結させ、片方の切っ先から弓の弦となるワイヤーを伸ばし、反対側の切っ先に接続させた。
それからダインスレイヴ用の特殊KEP弾を弓型となった武装につがえ、弦を引き絞る。
「ヘイムダル、敵の位置を特定しろ!」
「無茶を言うな。――二十秒待ちたまえ」
ヴァッサゴがレドームとバックパックのシステムを全力稼働させ、エイハブ・ウェーブの影響下ながら敵の位置を推測、特定する。
ピッタリ二十秒で、悠矢は観測結果のデータをストラスに転送した。
「良し…敵は『ターイフ』の真下、水深十五メートル!」
「了解――そこか!」
ストラスのダインスレイヴが放たれ、斜めに海面に突き刺さり、目標へと直進するが――直撃による爆発は、起こらなかった。
「避けた!?」
「敵が浮上――来るぞ!」
「ターイフ」の左舷、「アル・マディーナ」との間の海面が持ち上がり、二十メートル弱のMA「シャクジエル」が現れる。そして、水しぶきが上がる中、「ターイフ」に向けて全身のビーム砲を撃ち放った。
MS隊の迎撃よりも早く、十本ものビームが甲板に突き刺さり――「ターイフ」は誘爆を起こし、一気に炎が燃え広がった。
「これ以上、好きにはさせん!」
ヴァッサゴが両腕――クローアームを伸ばし、「アル・マディーナ」の甲板に機体を固定すると、両胸と腹部の装甲が開かれ、大口径の火砲「バスターアンカー」がその姿を見せる。
「バスターアンカー、発射――!」
それから躊躇い無く三門の「バスターアンカー」が火を吹き、その反動によってクローアームが甲板に食い込み、艦体が揺れる。
放たれた大型の弾丸は、シャクジエルを背後から直撃し、ド派手な爆発を巻き起こし、その機体のナノラミネートアーマーを吹き飛ばした。
「殿下!」
「ああ!」
間髪入れず、ケイハズ・タイステラの「ゲルヒルデ」とラティーフのストラスがシャクジエルに肉迫する。
ゲルヒルデは長槍「ヴァルキュリア・スピアー」を、ストラスは腰背部から引き抜いた馬上槍「ストラス・ランサー」をそれぞれ突き出す。二本の槍がシャクジエルの中枢コンピューター部に間違い無く突き刺さると、ゲルヒルデとストラスはシャクジエルを蹴って「アル・マディーナ」の甲板まで後退。
死した天使シャクジエルは再び海面に落ち、水柱を上げて深淵の海へと姿を消した。
「お見事です、殿下」
「世辞は後にしてくれ、ケイハズ。
『ターイフ』は放棄、脱出した者は『アル・マディーナ』及び『アブハー』に収容! 完了し次第、艦隊はオマーン湾方面へ転進する!」
「――私は先行させてもらう。よろしいな?」
「ああ、任せる」
ラティーフの許しを得て、悠矢のヴァッサゴはアラビア王国軍の艦隊から離脱し、ヘイムダルのガンダム達が戦う沖合へと進み始めた。
◇
ホルムズ海峡を出てオマーン湾へと向かう三機のガンダム・フレームは、敵群を間もなく射程圏内に捉えようとしていた。
「敵群、数はおよそ三十――しかし、こちらに向かっている訳ではないようですね。一体どういう…」
「私の好敵手であるコトを拒むか…ならば、私にも考えが有る!」
「ちょ、何を!?」
レオナルド・マクティアの「ガンダム・イポス」は、背中に背負うダインスレイヴを構え――敵群に向けて、撃ち放った。
海面スレスレを水平に飛ぶ弾頭は、MA群の中の一機に直撃し、破壊。それにより、MA群は向かって来る三機のガンダム・フレームを観測し、方向転換した。
「そう、真剣なる勝負を――この私、レオナルド・マクティアは、君達との果たし合いを所望する!」
「――まあ、結果オーライではありますか。見たからには、逃す訳にも行きませんからね…!」
「行くぞ! 流さねばならぬ血が有るのなら、それは俺達だけで充分だ!」
イポスは超大型ハルバード「アルマーズ」を、ケニング・クジャンの「ガンダム・プルソン」は片手持ちハンマー「レイヴン」を両手に、ミランダ・アリンガムの「ガンダム・マルバス」は二本の拳銃「セシル」と「ローズ」をそれぞれ構え、三十近いMAと接敵した。
「私の道を阻むな!」
「ぬうぁっ!」
「行かせません!」
無数のプルーマはマルバスによって蹴散らされ、イポスとプルソンがMAを正面から次々と吹き飛ばして行く。まさに暴風と言うべき攻撃に対して、初期型のMAでは為す術も無い。
敵の中に、対MSを想定した中期型のMAは五機――その内の一機である湾岸都市制圧用MA「ゼルエル」が、全身のミサイルポッドを吹かせる。マルバスは二丁拳銃と肩部ビーム砲で迎撃するが、如何せん数が多い。
「ッ、迎撃しきれません!」
「構わぬ!」
ハンマーでミサイルを殴り落としながら、プルソンがゼルエルに肉迫する。しかし、ゼルエルの背後から飛び上がる影が有る。MSを模して造られたMAで、イングランドで初確認された「アサエル」が、ビーム・サーベルをプルソンに向けて振り下ろす。
プルソンは僅かに身体を捻って右側へと回避し、その頭部に左手に握るハンマーを叩きつけ、頭部ビーム砲を粉砕しつつ離脱した。
「隙有りィッ!」
後ろへ倒れるアサエルに、プルソンを追随するイポスがハルバードを叩き付ける。胴体に直撃を受けたアサエルは、中枢コンピューター部を破壊されると共に、海中へと沈んで行った。
イポスに向けてゼルエルがビーム砲を放つが、イポスはナノラミネートアーマーでそれを受け流し、横薙ぎにハルバードを振りかぶり、ゼルエルをすら粉砕せしめた。
「来ましたか…!」
一方、後方支援に徹するマルバスに、頭部にビックシザース、二本の腕にそれぞれハンマーとメイスを装備したMA「シマピシエル」が襲いかかるが――マルバスはその攻撃を回避しつつ、両手に持った二丁拳銃を上空へとブン投げ、腰背部に懸架する試作強化型ダインスレイヴ「ケーニヒス・ティーゲル」を取り出し、シマピシエルの胴体に砲門を叩き付けた。
「この距離なら!」
引き金が引かれ、特殊弾頭がシマピシエルの胴体に有る中枢コンピューター部を貫き、勢いで後方へと吹き飛んで海面に身を投げ出す。
マルバスは速やかにケーニヒス・ティーゲルを腰背部にマウントし直し、落下して来た二丁拳銃を見事にキャッチせしめた。
「ふっ!
――これは、新たなエイハブ・ウェーブ!」
その頃、プルソンは初期型の一機を殴り飛ばしていたが――そこに、一機のMSが接近し、剣を振り下ろした。背後からの不意打ちだったが、ケニングはこれに反応し、右手のハンマーの側面で受け止める。
『商売の邪魔ばっかりしやがって…! このクソガキどもが、ちったァお行儀良く出来ねェのか!?』
「このエイハブ・ウェーブの波長は――貴様、『フヴェズルング』だな!?」
プルソンに攻撃を仕掛けたのは、傭兵組織「フヴェズルング」のMS「ベルゼビュート」だった。右腕に「ティファレト・メイス」、左腕には「ホド・ソード」を構え、背部のサブアームでは右に「イェソド・サーベル」、左に「ゲブラー・シールド」を備える「マドナッグ・フレーム」の機体。
そのパイロットは、ロブ・ダリモアなる男だ。
『ケッ、この機体のエイハブ・ウェーブも登録されたって訳か。お仕事が順調そうで何よりだよクソッタレどもが! テメェらはここで愉快な
「やれるモノならやってみろ! 我々の正義は、貴様のような下劣な輩に屈したりはしない!」
『ほざきやがれ、クソカス野郎! テメェらが俺に勝てるとでも思ってンのか、あァン!? 随分とめでてェ頭してンなァ!』
プルソンがハンマーを振り切り、パワー差でベルゼビュートを押し切る。しかし、ベルゼビュートはすかさず右足でプルソンの顎を蹴り上げた。
『さヨならァ』
「ッ、ナメるな!」
ベルゼビュートが右腕のメイスを振り下ろすも、プルソンは左足のナックル「レーヴァン」でこれを弾き返す。そのままプルソンはバックパックのスラスターを吹かせて飛び上がり、空中で回転して左手のハンマーでベルゼビュートを砕かんとするが、ベルゼビュートはシールドでこれを受け流す。結果、プルソンのハンマーは、ベルゼビュートの左側で空を切るだけに終わった。
ベルゼビュートはプルソンのスラスターを両断すべく、左手の剣を振りかぶるが――
『ッ!』
遠方から飛来した大口径弾を視認し、速やかに海面を滑って後退。弾は着水し、水しぶきを舞い上げるに留まった。
「この砲撃――悠矢!」
「あの機体、やはり例の機体か!」
『増援か…チッ、流石に分が悪ィ!』
ケニングチームに所属するもう一機のガンダム・フレーム、悠矢・スパークの「ガンダム・ヴァッサゴ」による砲撃である。
プルソンから距離を取るベルゼビュートに、ハルバードを構えたイポスが吶喊する。
「斬り捨て、御免ッ!」
『ンな獲物が当たる訳ねェだろ、バカが!』
いともアッサリとイポスのハルバードをかわし、ベルゼビュートは左足でイポスを蹴り、後退を余儀無くさせた。
「邪険にあしらわれるとは…!」
「逃がすとお思いですか!?」
マルバスの銃撃をサブアームで振り回すビーム・サーベルで弾きつつ、ロブは舌打ちして。
『潮時かよ…もうそろそろ、ピラールが仕事を終える頃だしなァ』
ベルゼビュートが煙弾を投げたコトで、周囲は煙幕に包まれる。ケニングチームは煙幕からすぐに脱出したが、僅かな合間に、ベルゼビュートは撤退せしめていた。
「クソ、まんまと逃げられるとは…!」
「敢えて言うぞ――覚えておくがいい!」
「聞こえてはいないでしょうけどね…」
「しかし、奴はこんな所で何を…?」
フヴェズルングに逃げられはしたが、MAは殲滅したので、ひとまずヘイムダルとしての役目は果たしたと言えるだろう。
◇
母艦を失ったケニングチームは、追って来たアラビア王国海軍の艦隊に収容され、ペルシャ湾に面する都市「アブダビ」に有る軍の基地に寄港した。
基地内のMSデッキの一角と、士官室を二部屋(男部屋と女部屋)借り受けたケニング達は、そこでヘイムダルの迎えを待つコトとなった。なお、今は男部屋にチーム全員が集っている。
「一体、誰のチームが来るんですかね?」
「さあ。ディヤウスさんは『直近のチーム』としか言わなかったからな」
程なくして、部屋に設置された大型の液晶画面が光った。司令塔からの通信のようだ。
「何事だ?」
『ヘイムダルの艦が一隻近づいて来ている。もうじき到着する、三十七番の港に行くと良い』
「了解しました、ありがとうございます」
ラティーフ自らの連絡を受け取ったケニングのチームは、四人揃って言われた通りの三十七番の港に向かい、迎えの艦を見た。
「…あれは、アグニカのチームの艦だったか?」
「確か、そのハズだ。青と白のラファイエット級なんて、ヘイムダルには一隻しか無いからな」
「ヘイムダルには、と言うか世界には…ですね」
ケニングチームの迎えに来たのは、ラファイエット級汎用戦艦の一番艦「ゲーティア」――アグニカ・カイエルの率いるチームが運用する艦だ。ラファイエット級の艦載可能機体数は十機で、アグニカチームのガンダム・フレームは六機。なので、ケニングチームの四機がちょうど乗る計算になる。
ゲーティアは無事に基地に到着し、艦の側面のハッチが開いた。そこから、二人ほどが艦内から姿を現し、基地に降り立った。
「無事か、ケニング。…災難だったな」
「アグニカ! 久しいな、何ヶ月ぶりだ!?」
「久しぶり。ミランダちゃんと悠矢君も」
「はい。スヴァハも元気そうで何よりです」
「二人とも無事なら、結構なコトだ」
チームを率いるアグニカ・カイエルと、一応副長的立ち位置にいるスヴァハ・リンレス――どちらもガンダム・フレームのパイロットであり、ヘイムダルの中では特に優秀な二人だ。
アグニカとケニング、スヴァハとミランダが挨拶を交わす傍ら――身体を震わせ始めた男が一人。
「――奪われた」
「…? どうしたんだ、レオナルド」
奇怪な行動に定評が有るチーム一の問題児、レオナルド・マクティア。…なお、ケニングチームの中だと彼が一番年上である。
側に立つ悠矢が、レオナルドの顔を覗き込もうとした時、突如としてレオナルドはズカズカと歩み出した。その先にいるのはアグニカとスヴァハだ。
「…ミランダちゃん、この人は?」
「え? ――そう言えば、スヴァハ達はタイミング的に初対面だったかしら」
レオナルドはMA登場後に難民となり、ヘイムダルに保護された後にパイロットとなった男だ。ただ、保護されたのは割と最近であり、その頃にはアグニカとスヴァハはチームを組んでヘイムダルの本拠地「ヴィーンゴールヴ」を発っていた為、レオナルドとの面識は無い。
「レオナルド・マクティア。『ガンダム・イポス』のパイロットで…」
「そうさ、奪われてしまった――」
「…ちょっと言動がおかしいですけど、あまり気にしないで下さい。こういう人なんです」
心此処に在らず、と言った様子のレオナルドに困惑を覚えたスヴァハが、ケニングと悠矢の二人と話をしていたアグニカの袖を引き寄せた時――レオナルドが動いた。
「初めましてだなぁ、少女! 私はレオナルド・マクティア――君の存在に心奪われた男だ!!!」
「…え?」
「は?」
呆然とするスヴァハとアグニカ。特にスヴァハは困惑が大きいが、当のケニングチームの三人も困惑していた。
今、この変態は何と言った?
「この気持ち、まさしく愛だ!!!」
――今、この変態は何と言った…?
「あ、愛ィ!?」
「ちょ、アグニカこれどういうコトかな!?」
「おお俺が知るか、何を言ってんだコイツは!? ケニング、ミランダ、悠矢! 仲間だろ、説明!」
「わ、私達も分かりませんよ!?」
「俺にも分からない」
「何だコイツは」
チームメンバーにすら分からないのなら、もう誰もレオナルドを止めるコトは出来ない。そして、案の定この男は止まらない。
「まさかな、君のような者に出会えるとは。乙女座の私には、センチメンタリズムな運命を感じずにはいられない…」
「ちょっと、何を言ってるんですかレオナルd」
「好意を抱くよ」
「えっ」
「興味以上の対象と言うコトさ」
――つまり、つまりだ。この変態は今…
「…分かった。スヴァハ、お前今告白されてるぞ」
「えっ!? これ告白なの!?」
「ああ、うん…多分…自信は無いけど多分そう」
…スヴァハに対し、愛の言葉を叫んでいるのだ。
きっとアレだ、俗に言う「一目惚れ」。
「レオナルド、初対面の相手に強引過ぎます!」
「多少強引でなければ、女は口説けんよ」
「ア、アグニカ! 私どうすれば良いのかな!?」
「フフ、身持ちが固いな…」
「どう、って…返事しなきゃいけないんじゃ?」
「そんな、いきなり!?」
「私は我慢弱く、落ち着きの無い男だ」
キョロキョロして隣のアグニカなどに助けを求めたスヴァハだったが、結局「告白されたからには返事をしなければならない」という結論に達してしまったので、一回深呼吸してレオナルドを見据え――
「ごめんなさい」
――バッサリと、一言で断った。
「何と!?」
「いや、それはそうだろう…」
「残当ですね…」
「初対面で告白は流石に引く、俺だって引く」
驚愕するレオナルドと、辛辣なツッコミをかますチームメンバーの三人。ちょっと申し訳無さそうにするスヴァハと、その傍らで何故かホッとするアグニカ…と言う、カオスな光景が展開している。
「だが、私はしつこくて諦めも悪い、俗に言う嫌われ者だ! ナンセンスだが、動かずにはいられない! そう、私は君を求める!! 果てしないほどに!!!」
「かっ、確保だー!
レオナルドが恐ろしくも再びスヴァハの方へ歩み出したので、急いでチームメンバーの三人が羽交い締めにする。
「ええい、反政府組織が! 私の道を阻むな!」
「ちょっと、何する気ですか!?」
「無論、ナニをするに決まっている!」
「最低か!! 公共の場、他国の基地ですよ!?」
「そんな道理、私の無理でこじ開ける!」
「ふざ…貴様、今何時だと思ってるんだ!?」
「正確には、十八時二分と言わせてもらおう!」
「アグニカ、早くスヴァハを連れて逃げろ! この変態は俺達が取り押さえる!」
「ぬおっ、やめ…やめるんだぁ! あっ…ああ、でも…こういう、プレイも…悪くない!!」
「ッ、貴様はまだ懲りないのか!」
「ケニング! 良いから二、三発ブン殴れ!」
「このケニング・クジャンの裁きを受けろ!!」
「ごっ、がぁっ! …しかし、どれほどの人数差であろうと――今日の私は、阿修羅すら凌駕する存在だ!!!」
まさしく地獄絵図である。他国の基地の中で、一体何をやっているのだろうか。
悠矢に言われた通り、アグニカはスヴァハを連れてひっそりとその場を後にするのだった。
「…何だ、アレは」
「痴情のもつれですね。若さとは、いずれ失われる財産なのですよ…」
なお、ケニングチームの機体の積み込み作業に立ち会っていたラティーフ・ビン・ナーイフとケイハズ・タイステラは、このようなコメントを残したという。
◇
かくして、(阿)修羅場から脱出したスヴァハとアグニカは、再びゲーティアの中へ逃げ込まざるを得なくなった。
…なお、四機のガンダム・フレームや物資の積み込み作業はMSデッキにいる他のガンダム・フレームのパイロットや整備班の面々が対応してくれる為、チームリーダーとは言えアグニカに急を要する仕事は無いし、それはスヴァハも同様だ。
「す、すごい人だったね…」
「いや、アレはただの変態だろ」
とんでもない奴がいたものである。
まあ、ガンダム・フレームのパイロットは実力と適性が全てなので、性格やら性癖やらは関係無い。七十一人の中には、本当に色々な奴がいるのだ。
「あーあ…人生で初めて告白されたのに」
「それがアレかよ…」
ポジティブで明るいキャラを生業としているスヴァハも、流石に溜め息を吐かざるを得ない。全く、先が思いやられると言うモノだ。
(ヴィーンゴールヴに着くまで、アイツとスヴァハを会わせないようにしないとな…ケニング達にも協力してもらわないと)
果敢にもあの変態に立ち向かい、スヴァハを逃がしてくれたケニング達は、大丈夫なのだろうか。
「…というか、断ったな」
「いや、流石に断るよ。悪いかな、とは思ったけど――好きな人がいるのに、他の人と付き合う訳にはいかないからね」
「まあそりゃそう――ん? スヴァハ、今なんて」
何かに気付き、聞き直してくるアグニカ。
対してスヴァハは、はにかんだ笑みを浮かべ――
「何でもない」
――その一言だけを、舌に乗せた。
―interlude―
アラビア半島とアフリカ大陸ソマリ半島の間に位置するアデン湾、その深海。そこでは、一隻の潜水艦が航行していた。
「ピラールは?」
「先程、モガディシュ近辺へ三十機規模のMAを誘導したとの定期報告が入りました。予定通りなら、二○五七に帰投するハズです」
「上出来だ。囮になってやった甲斐が有ったな」
グレイバック級ステルス潜水艦「パルミュラ」――その操舵室で、傭兵組織「フヴェズルング」のロブ・ダリモアはほくそ笑んだ。そのリーダーに、艦長がこのように問う。
「…リーダー。自ら囮になるとは、慎重過ぎるのでは? ヘイムダルは我々に手出し出来ないのでは」
「俺達が誘導してるMAはそうでもねェだろォが。むしろ、それが奴らの役割だかンなァ」
ヘイムダルのチームの一つがアラビア王国軍の海上艦隊に接触するという情報を得た時点で、ロブは自ら囮として出撃し、敵の注意を引きつける役割に徹した。無論、本命の方にヘイムダルのチームがいないコトを確認した上でだ。
「では何故、自分から仕掛けたのですか?」
「ンなの、俺の『ベルゼビュート』がステルス機じゃねェからだよ。奴らもバカじゃねェ、俺の機体のエイハブ・ウェーブはとっくに組織中に共有されてやがる。だったら、やられる前にやるだけだろ?」
ただ、いつまでも察知される訳には行かないので――機会が有れば、もう一機の「ダアト」とエイハブ・リアクターをシャッフルしておくべきだろう。
「ピラールが戻り次第、またアジトに戻る。ボスは今頃、次の指令を受け取ってるだろォしなァ」
「は。――そう言えば、イングランドとサハラ、アフリカンの調査チームが、フヴェズルングの
「あッそ。じゃァ、今頃はお飾りの社員どもがしょっぴかれてンのかねェ。ご苦労なこって」
心の底からどうでも良い報告に、ロブは肩を竦める。ただ、その一方で思うコトも有ったようだ。
「だが、思った以上に早く動いたな。殺人機械とのお遊びもしなきゃならねェってのに、被害者様方は随分とお暇らしい」
ヘイムダルに捕らえられたアマーリア・ウィーデンから情報を聞き出したにせよ、この迅速な対応ぶりはある程度評価出来る。
「我々への調査は、アフリカンのベンディル・マンディラ大統領が中心となっているようですが…」
「だと思ったよ。相変わらず食えねェジジイだぜ、ッたく。――だがまァ、早ェのはここまでだな」
直接のガサ入れが失敗に終わった以上、三国は組織の
しかし、単純に手間はかかるし、国家間の関係を拗らせる要因にもなりかねない以上、調査には相当の時間と外交努力を必要とする。どれだけ迅速に進めたとしても、後々に禍根を残さないよう努めたなら、最低でも三年はかかる。それでも、裏から糸を引いている国を見つけられる保証は無い。
「何が有ろうが、俺達は俺達でやるべきコトをやるだけ――全く脆いよなァ、人間の社会ってのは」
―interlude out―
第四十二話「天使の爪」をご覧頂き、ありがとうございました。
サブタイが何のコトか、結局分かんないって?
この後の機体紹介で説明しますね(オイ)
ケニングチーム担当回のハズなのに、幕間を除けば最後がアグニカとスヴァハで終わるという不思議な現象。
まあ、グラハム変態が爪痕を残してくれたので良しとしましょう。何も良くないけど。
そして、これでアラビア王国編は終了なんだぜ…。
ちなみに、フヴェズルングの「表向きの本社」は、今回のような依頼主がバレたらヤバい依頼以外の、普通の依頼を処理していた場所です。
なので、割と真面目な本社機能が有る本社らしい本社になっておりました。
《新規機体》
シャクジエル
・中期型の都市虐殺用MA。
・小型の子機「ウーニャ」を生産する。本来はこれを都市に大量に流し込み、ネズミ一匹に至るまで殺戮する為の機体なのだが、今回は戦艦に取り付いて部品レベルで分解していた。なお、「ウーニャ」はスペイン語で、意味は「爪」。
《今回のまとめ》
・本当にいやらしいよね中期型のMAって
・またまた出ました「フヴェズルング」
・隙あらばアグニカを登場させていくスタイル
次回「